二十歳の原点 (新潮文庫) (詳細)
高野 悦子(著)
「30数年前のベストセラーです。愛読しました。」「孤独な魂のモノローグ」「激烈な「生」の着地点」「人間はこれ程までに葛藤する。」「感性と知性あふれる作品である。」
塩狩峠 (新潮文庫) (詳細)
三浦 綾子(著)
「何度も読み返したくなる一冊」「一生抱え持っていきたい」「愛の意味を取りもどそう。」「不覚にも涙が出ました」「心、揺さぶる」
ディズニーランドという聖地 (岩波新書) (詳細)
能登路 雅子(著)
「ディズニーランドを学問する」「類書中最高傑作」「ディズニーランド化しつつある世界の原点」「私はディズニーランドは嫌いです」「ものをいろいろな面で見てほしい」
子どもの危機をどう見るか (岩波新書) (詳細)
尾木 直樹(著)
「「学び」へ私たちの授業観を転換すること」「子どもの危機は社会の危機」「理想論に終始」「データの確かさ・・・」「根拠のない本」
子どもの社会力 (岩波新書) (詳細)
門脇 厚司(著)
「弱まっていく子どもの社会力」「誰かのせいにするのではなく」
「大人」の条件―「社会力」を問う (詳細)
門脇 厚司(著), 佐高 信(著)
「今の大人の責任を問う一冊」
ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義 (中公新書ラクレ) (詳細)
香山 リカ(著)
「ちょびっと怖い世の中かも?!」「愛国だけでなく」「ささやくナショナリズム」「むずかしい方程式からの正しい解」「自らの没落をさえ繁栄と信じる者たちの社会―それは本当にやってくるのか?」
やさしさの精神病理 (岩波新書) (詳細)
大平 健(著)
「自分の問題として読む」「短編小説のような」「「やさしさ」の10年後」「やさしい世界は広がっている」「いまのやさしさは空虚である。ではどうするか。」
無気力の心理学―やりがいの条件 (中公新書 (599)) (詳細)
波多野 誼余夫(著), 稲垣 佳世子(著)
「学習性無力感と効力感についての心理学・教育学書」「実は実践的内容」「無気力とやる気のしくみ」
身ぶりとしぐさの人類学―身体がしめす社会の記憶 (中公新書) (詳細)
野村 雅一(著)
「人類学というよりは雑学」
日用品の文化誌 (岩波新書) (詳細)
柏木 博(著)
「愛すべきモノたちと私たちの関係」
「1巻だけでも◎」「なにもなさ」「連載後に名作って呼ばれるでしょう」「ねぇナナ・・・私達の出会いをおぼえてる?」「最初見たときには」
不思議の国のアリス (新潮文庫) (詳細)
ルイス キャロル(著), 金子 国義(イラスト), Lewis Carroll(原著), 矢川 澄子(翻訳)
「説教が無い」「空想小説でありながら 論理的である(;'Д`)ハァハァ 」「アリス中毒」「驚き! ★★★★★星5つ」「寓話か実話か、それが問題だ」
若きウェルテルの悩み (新潮文庫) (詳細)
ゲーテ(著), 高橋 義孝(翻訳)
「恋に苦しむ心を癒してくれる本」「無駄がない」「もし恋愛に形を与えるなら」「若きウェルテルの悩み」「純粋な心と純粋な故の罪」
旅のおはなし―Bon Voyage (天然生活ブックス) (詳細)
雅姫(著)
「ほのぼの旅行エッセイ」「ワクワクしました」「旅先への夢が膨らみます」「私まで旅にでかけたくなりました」「ゆったり、のんびり」
「ひとつひとつの世界」「最後に目に映るもの」「綺麗………」
「あたしも永遠の少女になりたいと願う。」「読んでると悲しくなる・・・」「見たことも無いお話」
NOW (ARCADIA SERIES―フローラブックス) (詳細)
池内 厚子(著)
「必見!!」「ファインダー越しのやさしい視点」
「娘が買ってくれました!」「この感動はどう伝えればいいのだろう?」「美しい本」「ケチな私が買った本」「しなやかな強さを胸に」
ファンタスティック・サイレント (詳細)
D[di:](著)
「新たな才能の登場!」「こんな絵本初めて」「夢に似た浮遊感と繊細さ。」「不思議な絵本」
「素敵な作品です。」「苦しい面白さ」「ぞくぞくする。」「ただ美しいだけじゃない世界観」「独特な世界観」
「「世界の果ては私自身だ」という物語」「おもしろい小説です。」「安部公房ワールドの原点」「壁に含む様々な意味」「悪夢」
限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1) (詳細)
村上 龍(著)
「どこにも居場所がない若者の哀しみ」「好みは分かれるが…」「静と動」「難しく良い作品です。」「これからロックの文学が始まった」
見て読んで旅するインド (地球の歩き方プラス・ワン) (詳細)
「地球の歩き方」編集室(編集)
「豊富な写真がうれしいインド文化概説書」「分野別ガイドブックという便利な一冊」
旅の指さし会話帳〈22〉インド(ヒンディー語) (ここ以外のどこかへ!) (詳細)
岡口 良子(著)
「インドに行くときはぜひ持参」「かなり使えます!!」「インド~」「本を指さして会話を成立させます」「コミュニケーションをとるのに便利」
● 読書日記5
● 勝間和代さんお薦めの本 自然科学・社会科学をよむ36冊から(1)
● 舞台はイギリス
● 本と音楽
● 個人的なもの
● 永遠の乙女に。
● 宝物にしたい本
● ジャケ買い本
● ぱさんでぃだ
● ヒンディー語
・「30数年前のベストセラーです。愛読しました。」
50歳を越えてしまった者です。我々の頃、『二十歳の原点』は、ベストセラーになりました。今の方が読まれても、その時代背景と心情に乖離があり、なかなかうまく捉えていただけないかも知れませんが、「青春の書」でした。
高野悦子さんは、当時立命館大学史学科の3回生で、彼女の日記を本にしたものです。「二十歳」の時に鉄道自殺をして、短い人生を終えました。「孤独感」「挫折感」というキーワードに共感したものです。「未熟さ」は私も共有していました。
今日何十年か振りに再読しました。同世代だった当時と30年経った今とでは当然時代背景も変わり、何より自分が年を取りました。彼女が関わった「学生運動」の総括もできていないまま大学は現在も存在しています。一応進歩したように見えますが、本質はどうなのでしょうか。「学生運動の成果」はあったのでしょうか。
「自殺」というのは、いつの時代もどんな状況でも他人には理解できないものですね。彼女の親の世代になってしまった訳で、子に先立たれる親の悲しさを感じてしまいました。不幸なことです。自分の人生を最期まで全うすることの大切さを彼女に伝えたかったと思っています。
この本を読もうとしている皆さんの「二十歳の原点」とは何なのでしょうか。「青春」という捉え所のない言葉をどのように感じてられるのでしょうか。
・「孤独な魂のモノローグ」
高野悦子さんは、学園闘争高揚期の1960年代後半の揺れ動く、激動の時代に立命館大学文学部史学科に入学し、大学生となる。
でも彼女は他の学生のように学園闘争の運動へ没入していくことはせず、自分自身が「政治」に関わることへの根拠に疑問符を差し挟み、常に自問自答を繰り返しながら、運動への参加と離脱を繰り返していきます。
この日記は、彼女のそういった学生生活における、打ち砕かれた「理想」と「現実」への煩悶、「主体性の確立」への真摯な闘い、そして失恋や孤独の寂しさなどが、明るさと清冽なニヒリズムを底流に湛えるというパラドックスの中で、彼女の激しさと優しさが同居した、瑞々しい文体で綴られていく二十歳の記録。
青春のすべてを傾注した、孤独で壮烈な軌跡!
だが彼女はついに孤独の中で、自らの命を絶つ。1969年6月24日未明、山陰線の列車に飛び込み鉄道自殺。
何故彼女は、自ら命を絶たなければならなかったのか?透明で純粋な心を失わずにいた高野悦子さんの二十歳の魂の記録は、
才能溢れる閨秀詩人であった彼女の最初で最後の「詩集」ともいえる。
「―独りであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である」
永遠の二十歳である彼女の「二十歳の原点」―。ぜひみなさんにも手に取って感じてほしい、珠玉の一冊です。
・「激烈な「生」の着地点」
本書は、一九六九年六月、二〇歳で自殺した立命館大生・高野悦子が書き残した日記を編集したもの。
なお、大学入学までの『二十歳の原点 ノート』と大学入学後の『二十歳の原点 序章』と自殺直前までの本書が一連のシリーズをなしている。
強い問題意識を持って立命館を選択し入学した後、勉学と当時吹き荒れていた学生運動との間で、高野が引き裂かれていく姿が、強い感受性に基づいた記述の中から読み取れる。
そしてその「引き裂き」の中で読書・友人・恋愛・運動・バイトを含めた生活を通じて、自分自身のあり方を、徹底的に模索しようとする姿が生々しく描き出されている。それは、あまりに強烈な、ほとばしるような「生」である。
結局は、こうした学生時代・若い年代の「引き裂き」と自分自身への「問いかけ」に何らかの形で着地点を見出し、いわば「妥協」することが次の段階であるとしたら、高野は徹底してそれを拒み、「引き裂き」と「問いかけ」の中に身を投じきった。
そしてその激烈な「生」の着地点が、まさしく二〇歳での「死」であったのだ。
・「人間はこれ程までに葛藤する。」
内容の未熟さとか、子供っぽさとか、そんなことはどうでもいい。部分的な日記の書き込みから、失恋だの、孤独だの、人間関係だの、社会に対する失望だの、自殺の理由を探してこじつけるのは簡単である。あるいは、彼女の真理探究があまりにも性急であり過ぎたとか、いろいろあるだろう。しかし、この本の本当の凄さは、人間はこれ程までに葛藤するのだという事実である。彼女はまさに生きた、命をかけて生きたのだ。ある人間達にとって「生きる」とは、これ程まで真剣であり、凄まじいものであり、そして愚かなのだ。しかし、私は愚かさを笑う気にはなれない。むしろ、確信という自分の傲慢を反省すべきなのだ。この本は、同じ様に自分自身をみつめた若者達には、多くの共感が含まれていると思う。そして、自分自身を見つめたことのない人間には、笑うべきしろ物としか映らないのだろう。
【後記】 上記は「二十歳の原点」のみで、感想を書いてしまいました。その後、「二十歳の原点・ノート」「二十歳の原点・序章」と読み進み、少し考え方が変わってきています。この本は自殺者の心理というよりも、歴史の流れの中で読む必要を感じました。彼女の父親の世代、価値観、戦争、戦後、禁欲的な理想主義、全共闘、戦後の終焉、エコノミックアニマル、拝金主義的世代、団塊の世代の詳細な分類、その後の破綻。彼女の死は、時代の流れの中で象徴的な価値観の転換期に起こった悲劇だったと思う。
・「感性と知性あふれる作品である。」
彼女の本に対して,いろんな評価はあろうけれども,これほどまでに感性豊かで,知性あふれる人間がこの世に存在していたのかと思うと,体が震える思いです。
原点となりうる年齢はヒトそれぞれ,多分私は30歳なんだろう,そう思いつつ,彼女の素晴らしさを感じ,共鳴する思いです。
私自身,彼女と同じ時代を生きていないこともありますが,たとえ同じ時代を生きたとしても,一度読んで分かるような本ではないし,何度も何度も繰り返し読みたいし,ずっと彼女の真意を分からなくてもいい。でも,私の人生の重要な人物として彼女を残したい,そう思います。
・「何度も読み返したくなる一冊」
高校時代この本に出会い、こんなに涙を流し、心が揺さぶられたのは初めての経験でした。宗教的なものに関心がない方をも、この本は引き込む力があると思います。本当の愛とはどういうものなのか、生きるとはどういうことなのか、深く考えさせられる一冊です。自分の命を犠牲にしてまでも、多くの乗客の命を救った主人公の真実の愛に触れ、私の生き方は変わったと言っても過言ではありません。三浦綾子作品を読まれた事がない方、是非この本からスタートしてみてはいかがでしょうか。
・「一生抱え持っていきたい」
人として大事なことがこの本にはあります。私はどれだけ前評判で「この本は泣ける」などと書かれている本を読んでも、涙の出ない性分なんですが、この本には思わず目尻が熱くなりました。
勘違いをしないでもらいたいのですが(する人もいないと思いますが)、これはキリスト教を物語の支柱の1本として置いています。しかし、決してキリスト教の勧めのような、偏った宗教色の強い作品ではないので。あらすじなどを見て、もし万が一そう勘違いして本書に手を出すのを控えていた人がいれば、読んでもらいたいです。
人間としてあるべき道を示唆してくれ、荒んだ心に静謐で慈愛に満ちた光を与えてくれる本書は、一生手放したくない、私にとってはかけがえのない名作です。
・「愛の意味を取りもどそう。」
夏休みに何かずっしりとしたものを読みたくて、手に取ったがこれほどまでに頭の中からぬぐいされないものを残していった本は久々だ。愛という意味は好きの延長線上にあるような、本来の深い意味を忘れかけていた私にとって、信夫の愛がどれほど偉大であったか、今でも感動で震えてくるぐらいだ。
もしあの列車にふじ子が乗っていたら、信夫でなくても多くの人が愛する人のために身を投げるかもしれない。しかし彼は愛するふじ子が待っているかがやかしい未来を捨て、多くの人命を救うために自らの命を差し出した。信夫は私たちが軽々しく口にしている愛以上の、それを飛び越えた人間愛を持ちえる人なのだ。
もちろんそれが彼の人間性の基盤となり、ふじ子との愛をすくすく育てていったのは言うまでもない。でも信夫は生まれながらの聖人ではなかったところに、私はもっと心打たれる。人を下げすんだり、欲望に征服されそうになったこともある信夫だったからこそ、読んだ私たちには彼の生き様が頭から離れないのだ。
彼が鉄道員として働いていたときの仕事場の人間関係は、今働いている私にとって、何よりもの教訓となった。言葉ではなく、行動によって示し、周囲の人々に多大な影響を与えていく姿に、日ごろ会社の不満ばかりもらしていた私には、恥ずかしい気持ちになった。そしてあとがきでこの作品の題材となった人物が実際にいたことに、ますます驚いてしまった。あなたが人に「愛している」というときに、その愛は何なのか、もう一度か考えてみてほしい。
・「不覚にも涙が出ました」
戦後様々な制約があった時代のある物語を通して人間の生きる意味を問うた本書。
主人公である永野信夫の厚い信仰と生き様に不覚にも涙が出ました。
実在した人物を主人公の参考にしているので、現実味があります。
いつの時代も変わらない人間の憎悪や愛といった感情を深く考えさせられる一冊。
・「心、揺さぶる」
世の中に、「心揺さぶる作品」と銘打ったものがたくさんありますが、この作品は間違いなく本物のそれです。史実にもとづいた、キリスト教徒が主人公の小説です。昔、キリスト教関連の雑誌に掲載されていたこともあり、史実が美化されているところもあるらしいのですが、そんな事関係ありません。すごい作品です。読み終わった後、衝撃を受けました。とにかく、とにかく読んでください。たくさんの方に、自信を持っておすすめできる作品です。
・「ディズニーランドを学問する」
本書はディズニーランドの生い立ち・成り立ちの分析を通じて、アメリカとアメリカ人のメンタリティ、さらには現代資本主義社会の病理までもえぐり出す名著です。
入口ではミッキーマウスが楽しくエスコートしてくれますが、アメリカ史を横目にウォルト・ディズニーの頭の中を巡る中盤、そしてウォルトの死後、ディズニー・ワールドの垣間見せる管理社会ぶり、さらに浦安・パリへと拡大していく「ディズニーランド」…。
それらに昨今の無邪気なアメリカ型グローバリゼーションを重ね合わせていくと、出口付近では若干気持ち悪くなってしまう、そんなジェットコースターに乗せられた気分です。
小著かつ15年以上前に書かれたものですが、折に触れて読み返して、そこにちりばめられている問題意識を確認したいと思いました。最近読んだ中では最も知人に薦めたい本です。
・「類書中最高傑作」
著者がウォルター氏関連書の邦訳者でもある点、東京ディズニーの立ち上げに実際に関与しているという点、さらに、ディズニー関係の類書中もっともコンパクトである点、多元的な評価が施されている点、いずれをとってみても、非常に優れた一冊である。
ただ、前半、著者自身の豊かな経験がややくどく感じられる部分や執筆時期が早いことから、ディズニー・シーの情報が欠けてしまっているところに難はあるけれども、全体としては幅広くかつ深い内容である。
大学学部における国際経営論等のテキストとしても適。
・「ディズニーランド化しつつある世界の原点」
1949年に生まれ、UCLA大学院に留学し、嘱託として東京ディズニーランド建設に関与した文化人類学者(最初はディズニーランドに幻滅)が、1990年に刊行した本。1955年カリフォルニアに開園したディズニーランドは、ウォルト・ディズニー(生前既に半ば伝説化)が過酷な自然・家庭環境の中で過ごした少年時代の陰画であり、それ故に周囲の反対を押し切り、テレビ局に強引な要求を突きつけながら実現させた、「あらゆる世代の子どもが楽しめる」安全で清潔な夢の国であった。それは未来・御伽噺・西部開拓・「未開地」探検(オリエンタリズム!)を題材とし、周囲の現実世界から完全に隔離され、彼が映画制作で学んだ技術の全てを三次元に応用したテーマパークであり、しかも常に変化する「生き物」であるとされた。オーディオ・アニマトロニクスの開発による1964年のニューヨーク世界博での成功は、ディズニーの国民的名声を確固たるものとし、大企業と提携した大型設備の増設を可能ならしめ、第二期の始まりを告げた。そこでは、現実以上に現実らしい擬似世界が繰り広げられ、むしろ現実の側が虚構を真似る傾向を生み出しつつある。1966年のウォルトの死(冷凍による生存説もあるが)後の第三期にも、ディズニーランドは成長を続け、1971年にはフロリダ州オーランド(より巨大・愛国的で、限定的な「主権」を有するウォルト・ディズニー・ワールド)に、1983年には千葉県浦安市(東京ディズニーランド)に、また賛否の分かれる中、1990年代にはパリ郊外(限定的な「主権」を有するユーロ・ディズニーランド)にも進出する。1980年代、外部から参入した若い経営陣の下で第四期を迎えつつあるディズニーランドは、アメリカ精神(やや一体のものと見すぎか)のエッセンスとして既にアメリカの一種の「聖地」と化している。主に経営側の立場からの鋭い分析。
・「私はディズニーランドは嫌いです」
東京で勤務していた時、南行徳に住み、すぐ隣の新浦安の仕事をしていたにも係わらず、ディズニーランドには行きませんでした。結婚して仕方なく妻と行きました。その後、子供達にせがまれて行きました。私はひねくれ者です。あそこに一歩入ると、みんな「良い人」になるのがおぞましいのです。それがディズニーの魔法ですか?では一歩外にでたとたん、電車の席を取り合う姿。あ〜気持が悪い。アナハイムのディズニーランドとユニバーサルスタジオ両方行きました。気がついたことがあります。ユニバーサルスタジオにはアフリカ系アメリカ人はほとんどいませんでした。ディズニーランドには大勢いました。なぜだろう?私見ですが、家族で一日遊べば結構な金額です。それでは行くのならディズニーランドとなるのでしょう。夜の10時過ぎに眠った子供を抱えて、ミッキーの帽子をかぶって嬉しそうなアフリカ系のおじさんを見て、「あ〜ユニバーサルはエンターティメントで、ディズニーランドは聖地なんだ」と思ったものです。アメリカとディズニーのおぞましさを解剖してくれる本です。
・「ものをいろいろな面で見てほしい」
この本では、アメリカはカリフォルニアのディズニーランドが、アメリカ人にとって「理想郷」「聖地」だということ、またそれは何故かが、筆者の体験談、考察により語られています。この本をきに、アメリカと日本の文化に対する価値観の違いを考え、自分たちの日本の文化について、改めて考えてみてください。
・「「学び」へ私たちの授業観を転換すること」
学級崩壊から見る子どもたちの姿、少年事件を通しての子どもの姿の変化など私自身が現職の教師として感じていることをつぶさに分析しあるべき教育の方向を示してくれています。子どもの危機の背景を探りながら、今私たちに何ができるのかを多く示唆し教えてくれます。これまでの「教え」から「学び」へ私たちの授業観を転換することで新しい「教育」の地平が開けるように感じた。
・「子どもの危機は社会の危機」
私は、小・中・高の三人の子どもを持つ親として、又「キレる」「不登校」「援助交際」等今日報道される事件など教育問題を改めて考えてみようと思いこの書籍を購入しました。
学級崩壊を糸口に学校で見られる子どもの実態、その背景となっている旧態依然とした学校の閉鎖性や、小学校における「学級王国」の問題性を鋭く探り、理論的な分析と著者の実践を交えた危機脱出の展開をされ、データに基づいた分析は、大変説得力があり参考になりました。
「教え」から「学び」等による危機脱出の提案は、全体として迫力が今一つの感じが残りましたが、それは事例はあるものの、具体的な形が見えないためなのでしょう。又それは、実践で作り上げて行くものだからかも知れません。
ただこのままでは、社会全体が危機に陥ってしまうことを警鐘されており、おとな世代の行動と責任が求められている、優れた著作だと思います。
私としては、今日の子どもの危機の状況に対し、社会経済的要因による分析での展開が欲しかったと思いました。それは、我々親世代が、生育暦だけではなく、リストラや今日の社会情勢・経済情勢などから受けるストレスを抱え、子どもに対してストレスのはけ口として接し、無意識の内に自ら子どもを危機に陥らせている状況も相当あると思うからです。親を含めたおとな世代の認識が、危機脱出の根源的キーになるのではないでしょうか。
・「理想論に終始」
学級崩壊、ごく普通の子どもがいきなり起こす凶悪事件、いじめ、ひきこもりなど、子どもの危機について、現状とその対策を記述した本。 著者は東京の公立中学校の教師経験がある評論家であるが、自分の経験はほとんど本書では記述されていない。むしろ、多岐にわたる子どもの危機事象について、淡々と現状分析し、その背景をさぐっていこうとしている。そして、著者の最も言いたいことは、従前の「教師が子どもに一方的に知識を伝達する学校」は機能しなくなっており、今後は「スクール・デモクラシーのある、子どもの自主性を重んじた学校」が必要とのことである。 私は、本書を読んで、「別に間違ったことが書いてあるわけではない」ものの、「理想論に終始しており、まるで教育学部の学生が、現実をあまり踏まえないままに机上の空論を語っているような」印象をもった。正直言って少しタイクツだった。
・「データの確かさ・・・」
題名に興味を感じ、この本を購入した。 全体的にデータに頼りすぎていた気がする。本書は教育における様々な事例を、研究対象に展開されていたが、具体的な解決策よりも、現状を把握する事に重点が置かれているように見え、どちらかといえば、読者に問題を提議し、それに筆者のコメントをつけているという構成だったのではなかろうか。
私としてはデータから、どのように解決策を導くのか、それがどのような事実としてとらえれば良いのか、という所に重点を置いた方が読みやすく感じられた。 データを効果的に使っている事は間違いなく、それを目的としているのであれば、良い著作であったとは思う。しかし、私の期待とは少しズレれていたので星三つという評価をつけさせていただいた。
・「根拠のない本」
まず、この本は色々な問題を定義しているのは良いけれど、あれもこれも中途半端であり、根拠に乏しいと思われます。例えば、最初に学級崩壊の話があげられていますが、比較するのに、「現在」と「過去」をみているにも関わらず、過去の正確な資料がありません。また、事実と意見の使いわけが正しくなっておらず、意見を事実ととらえるような書き方をしています。さらに、著者は元担任という特殊な立場にあり、「担任」を保護する書き方しかされておらず、子供の危機という本質的な問題解決の意図がみられません。ってことで、☆ひとつ以下の評価でも文句はいえないと思われます。
・「弱まっていく子どもの社会力」
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・「誰かのせいにするのではなく」
子どもがわかった、社会が変わった。 それらを誰かのせいにしたり、何かのせいにしたりするのは簡単だけど、そもそもの原因を知らなければ何の解決にもならない。
社会性、ネットワーク性という面から、「人間」とは「教育」とはを見直すきっかけになる本だと思いました。
・「今の大人の責任を問う一冊」
「社会力」とは門脇さんが命名された能力なのですが、英語にするとcitizenshipが一番近い語彙になるそうです。すなわち昔から知られたことなのですが、それが特に今は薄れている気もしますが、人は一人では生きて行けなくて、
お互いがお互いを補完する形をとるべきである。そしてその場となっているのが家庭であり、地域であり、社会である。「社会力」とはそのような社会の中でいかにうまく生きることができるかというセンスのように思われます。本書ではこの「社会力」に関して門脇さんと佐高さんの対談という形で、現在大人に求められる事項について語られています。
「大人」という言葉が何を意味するか、人それぞれに違うのですが、本書では 『まわりの手本、まわりから信頼される(一目おかれる)存在』 →本書におけるお二方が同じ寮で生活されたときの寮監さんがまさにその存在。 その方は「規制などで人を縛ることはないが、見るところはしっかりと見ている。またものすごく勉強家であった。」というところでしょうか。 →それでいながらすごく子供っぽいところを残している というところではないでしょうか?
それにしても「17歳の犯罪」にあらわれるように子供あるいは子供の教育への危機がいわれていますが、そのように仕向けたのも大人の責任(と村上龍さんの書にも語られていましたが)であり、『われわれ大人が懸命になさねばならないのは子供たちへの信頼の回復と、社会づくりに積極的に関わる意欲と能力である社会力と、それを核とした「生きる力」を育てること』なのです。高度成長時代においては「頑張れば何とかなる社会」でしたが、それは今は「頑張る気さえしない社会」と言われています(「不平等社会日本」/佐藤俊樹)。少なくとも子供たちが「頑張る気が起きる」ような社会を自分達が見本となって、作っていかなければいけないと思われます。
仕事ばかりしてきて家庭を二の次にしてきた日本人。今はその失われた「市民の三要素」である「家庭」と「地域」をもっと重視すべき時代になってきているのではないでしょうか?
●ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義 (中公新書ラクレ)
・「ちょびっと怖い世の中かも?!」
国歌斉唱とか、日の丸ペインティングとか抵抗なくなってる自分に気がつかされた。昔は卒業式で君が代歌うのボイコットして新聞沙汰とかになったのに…。おまけに今日(10/17)の新聞によると、教育基本法中間報告では、かつての「個の大切さ」というものから愛国心をあおるものに変っていて、著者の懸念が現実化してきている気がした。香山リカはそんな時代の”気”を鋭い感覚で掴んでいる。ただ事象を挙げているだけでなく、精神科医としての分析、提言も納得できた。
・「愛国だけでなく」
本書の評価がかなり低いことに驚きました。 ざっくりと言えばナショナリズムが祭り状態の中で肯定されてしまうという分析でしたが、これは愛国だけではないと私はインターネットを利用していて思うのです。 2ちゃんねるを利用されてる方は解ると思うのですが、ゲイ差別、朝鮮人・中国人差別、麻生首相崇拝、創価学会批判、マスメディア批判など(まだまだあるでしょう)が、ただ面白い、楽しいという理由で、とくにその意味を考えもされず堂々となされています。 この光景は東浩紀氏のいう動物の時代や大澤真幸さんのいう不可能性の時代を象徴するような光景で、私はその観点から考えてぷちナショナリズムの存在も十分にありうると思うわけです。だからみなさんがなぜそんなにこの現象の存在を疑うのかよくわかりません。 それと精神分析を知らないのに正確性が無いと言って揶揄するのはやめてください。 こんにちの精神分析はかなりの精度を持っていますしその構造は社会学や現代哲学などにも酷似しています。
・「ささやくナショナリズム」
気づかせたくない人達には、目障りな本かも知れない。知りたくない人には、不愉快かも知れないが、すなおに読んで欲しい。ナショナリズムなんて関係ないよと思っている人には、一度読んで欲しい。
・「むずかしい方程式からの正しい解」
筆者にはマスコミなイメージを抱いてましたが、そういうものを振り切って本領を発揮した一冊でしょう。説明に専門性を取り入れた為に、方法論の証明のような文章が少なくありませんが、その部分を辛抱してつきあえば、随所に「イマドキの人々」を解析するヒントがちりばめられています。タイトルが購読層をはずした感があり、ナショナリズムに限定せずに、中学生以上の子供の事でお悩みのお父さん、職場の若い人の考えがどうにも理解できない管理職さん、学生の気持ちがつかめない先生、などに是非お勧めします。「ではないか?」の推論が弱気に見えるほど、時代は筆者の思う通りに激しさを増したようです。
・「自らの没落をさえ繁栄と信じる者たちの社会―それは本当にやってくるのか?」
本書の興味深い点は、表題に『症候群』とある通り、従来一般には政治・社会問題として捉えられてきたナショナリズムを、全人的な問題として精神分析の領域から理解し直そうとする点にあります。人間の精神構造は社会構造によって規定され、また逆規定し返している、という考え方自体はもう百年来、多くの社会学者らによって主張されてきました(規律化論など)。今回は精神分析の専門家が自らの視点から、近年の社会現象=薄手のナショナリズムを論じるわけです。
著者は、精神分析的手法の歴史性を認識しつつ、現代社会特有の問題を掘り返そうとします。無理に要約すれば、現代の人間―特に若年層―はエディプス・コンプレックスに代表される抑圧を自らに統合せずに「切り離す」傾向を持つ。その結果、今ある現実の彼方を見据えず、自己や社会の動向に対する批判意識に乏しく、他人に過剰に寄り掛かる、と従来の人間ならば感じるような人間類型が成立する(ナルシス的、とでも言うのか?)。そしてそれが無自覚なままナショナリズムと地続きになってゆく。意訳すれば以上のような形で、著者は人間の精神構造と社会構造との密接な関連、そして両者の構造的な変容を指摘します。
確かに精神分析と社会理論を関連付けて提示する手際は必ずしも良くはありませんし、紙幅の都合もあってか論旨が都合の好い還元主義に傾いているように思えます。上記の主張を、社会を解釈するマスターキーに仕立ててしまうのは流石に無理があるでしょう。また「極右」「右傾化」など既存の政治的なタームを端々で使うことで、心性と社会構造の関係性の問題が、かえって読者には見え辛くなってしまう場面もあると感じました。
しかし全体的な論旨が間違っているとは思いません。特に心理学的なタームが社会の中で過剰な迄に高い地位を占める現在、こうした方向性を伴った思考はやはり社会を理解する上で必要なものであると思うのです。
・「自分の問題として読む」
本書の主題は現代の若者の底流に流れる“新しいやさしさ”についてです。著者が精神科医としての豊富な経験から、いくつかの代表的な症例を下に巧みな構成で描き上げています。
現代社会は人間関係が希薄になった、というのはもうずいぶん前から言われつづけていることです。しかし時代の主役たる若者たちの理屈は「他人の心に踏み込むことは相手に対して優しくないし、同時に自分の心にも踏み込んで欲しくはない」。これを潤滑に実行することこそが相手へのいたわりと“やさしさ”だとする。著者はそう考え、これを“新しいやさしさ”と解釈し、本質を分析しようとしています。疑問点を順序だてて説明し、読者はともに考えながら読むことができるはずです。文章も平易で読みやすくかかれているので理解しやすいかと思います。
おそらく本書の意図するところは、病理学的な本質究明というよりも、病気ともいえない人々がふとした些細な事で悩みふさぎこむという、いわゆる心の脆弱性についての現代的な問題提起なのだろうと思います。統計的にどうであるとか、医学的にどうであるとか、そういうことよりも、読者自身が自己の問題として主体的に考えるためのきっかけとなる内容なのではないでしょうか。 内容の捉え方は人それぞれですが、一度は固定観念を捨てて読んでみるといいのかもしれません。まずは自身の客観視に最適の書だと思います。
・「短編小説のような」
文句ナシの5つ星です!
著者は、近年若者の間でやさしさの意味が変わってきたことを指摘しています。このやさしさの意味の変容は、若者と中年以上の者の間に意識のギャップを生じさせ、互いを戸惑わせます。
本書はそんな新しいやさしさの中で生きる若者の姿を、まるで良質の短編小説のような見事な筆致で読者に見せてくれます。「精神病理」というやや硬いタイトルのために、ちょっと敬遠してしまいたくなりますが、それはもったいない!!実際は肩肘張らずに読めますから(笑)
是非手にとってほしい1冊です。
・「「やさしさ」の10年後」
岩波新書の新赤版が4月で千点を超えリニューアルされるとのこと。その中で本書は発行部数29万部、16位に位置しているそうです。
旧来の「やさしさ」と異なる新しい「やさしさ」の出現について指摘したのがこの本です。旧来型が「相手の気持を察し共感することで、お互いの関係を滑らかなものにする」のに対し、新型は「相手の気持に踏みこんでいかぬよう気をつけながら、滑らかで暖かい関係を保っていこうとする」。前者がホットで後者がウォームとたとえられています。新しい「やさしさ」にとって、「コトバはお互いを傷つけうる危うい道具」。だから相手の気持に立ち入らぬよう注意を払いつつ、空疎なコトバを交わすのです。その結果、絆【本来、「きずな」と「ほだし」(=「束縛」)の両面をもつそうです】は希薄になりますが、それは我慢します。束縛は「やさしく」ないからです。さらに「やさしい」人は自分を傷つけることをも恐れて「決断できない」人になり、「いちおう」「とりあえず」と保険をかけ、曖昧な自分を生きる・・・あるいは「自分探し」をする・・・
再読してみて、約10年前に書かれた内容に違和感を覚えないどころか、状況がさらに顕著化しているようにさえ感じました。「やさしい」関係を保つため、ひっきりなしに携帯メールを打つ若者。ウォームな道具だったポケベルの延長線上にあると思われるメールが、行き過ぎて「ほだし(束縛)」になってしまっている矛盾を感じさせもします。コトバを排除し滑らかな関係を目指した結果、「空気読めよ」という格好のセリフが生まれました。そして「決断できない」人は、ニートの存在を連想させます・・・
新書ブームの今、10年後も再読に耐えうるものがどれだけあるかと考えると、本書がいかに突出しているか感心させられます。
・「やさしい世界は広がっている」
まだ携帯電話が普及する前、ポケベル全盛期の1995年に書かれながら今読んでも古臭くなく、それどころか、むしろ今こそ読まれるべきではないかと思える本です。この本で著者は、旧来の「やさしさ」の概念が通用しない、新しい世代の「やさしさ」について分析しています。その分析の的確さと分かりやすさもさることながら、最近のベストセラー新書にあるような、若者をただ否定し馬鹿にする傲慢な態度ではなく若い世代の感覚を真摯に理解しようとしつつ、その問題点も明らかにするという著者の誠実さが伝わってきて、読んでいて心地よいです。
新しい優しさとは、例えば「相手を年寄り扱いするのが失礼だから、老人に席をゆずらない」「好きじゃない相手だけど、傷つけたらかわいそうだから結婚する」「親に心配かけられないから、病院に行くことは言えない」「やさしい恋人には、重い相談や愚痴は言えない」といったものです。旧世代に属する著者は、こういう感覚が理解できず戸惑っているのですが決して若者とは言えない自分でも、こうした「やさしさ」は(自分がそうするかどうかは別として)感覚としては理解できるものがあります。それだけ、新しいやさしさがもう日常のものとして浸透しているのだと感じられました。
「相手はこう思っているのだろう」と予想して、相手の気持ちに立ち入らないよう気遣うことで心地よく築かれた人間関係は、現代ではむしろ普通なのかもしれません。そして、そんな関係だからこそ起きてしまう、やさしさの食い違いのトラブルの話も、実際身近でよく聞きます。新しいやさしさの持つ危うさを知り、自分のコミュニケーションの在り方を振り返るために、お勧めの一冊です。
・「いまのやさしさは空虚である。ではどうするか。」
「やさしさ」かつては、「相手が自分の気持ちをわがことのように 受け入れてくれたときに感じられたもの」
いまは「感情の傷つけないこと」
その結果、相手を動揺させる涙は禁物となり親切そうに気遣いすることが推奨されることになる
決断は、失敗や後悔するリスクを伴う。それは傷つけることになるので、できるだけさける。
責任を逃れるような言動を選ぶようになり、自分に確信が持てなくなり、浮き足立つ。
本当のやさしさは厳しさと同居できる。自他に厳しくなれる人が本当にやさしくなれる。
・「学習性無力感と効力感についての心理学・教育学書」
本書は、内発的動機づけを扱った『知的好奇心』(この本はとても面白かったです)の続編と言えそう。心理学書・教育学書。内容は、学習性無力感と効力感について。 会社をやめてすっかり無気力になっている頃読んだ。だけどこの本、教育者の立場から書かれているから、無気力から脱しようとしている本人が読んでも効果なし。
・「実は実践的内容」
一貫していかに無力感を排除し、効力感を獲得するかが論議される。この本では
無力感とはいくら努力したところで自分のおかれている状況に何の変化も起きないと思ってしまうことをいう。
効力感とは自分の努力によって周りの環境を変えていけるという感覚のことをいう。 新しい点は無力感とは後天的に獲得されるという点だ。自分が状況を変えられない耐え難い苦痛に長期間さらされると無力感が強まってゆく。そしてこの状態が続くとその他の変えうる状況に対しても変えようとする意思がなくなってしまう。
こういった無力感と対極に位置する感覚が効力感だ。これを獲得するには次のようなことが有効だとされる。 1、「自分は環境を変えることができる」という成功経験を持つこと。 2、失敗の原因をどこにおくか?これには自分の能力不足と考える人と努力不足と考える人がいる。そして能力不足と考える人は無力感を感じがちだ。何故ならば能力とは短期には変わらないものであり、これに対しその時どれ程努力するかどうかは比較的に自分の意思で変えられることだからだ。 3、人間には自分のことを自分で決めたい、自分にことを自分でコントロールしたいという欲求がある。この自立性を獲得できるかどうか。 4、教えあいによって得られる他者から役に立っているという感覚。 5、自己の向上判断基準が外部基準ではなく内部基準であること。熟達者たちはその分野に関して構造化された知識(=schema)を持ち、あらゆる判断を行う。これを用いて自己評価を行う。よって自律性を得られやすい。
どの主張も科学的実験による裏づけがとられていて信憑性が高い。
・「無気力とやる気のしくみ」
人はなぜ無気力になるのか,どうすればモチベーションが向上するのか.これは自分自身にとっても是非知りたい話題です.
本書では,実験などによって無気力になる原因や効力感(モチベーションややる気といったものでしょう)を育てる方法などを検証しています.ただ,結論としては概ね予想の範囲です.また,下位の欲求が満たされないことには,より上位の欲求に対するモチベーションが湧かないという,マズローの欲求階層説と似たような結論を得ています.
最後の章に,効力感の獲得に関する日本とアメリカの比較があります.文化や取り巻く環境によってこの効力感の形成のされ方が違ってくるというのは,人間が回りとの関係の中で生きていく生き物なので当然なのですが,日本人に生まれたからには日本人なりの育て方があるというのは興味深いですね.
●身ぶりとしぐさの人類学―身体がしめす社会の記憶 (中公新書)
・「人類学というよりは雑学」
身体動作という非言語コミュニケーションについての興味があったのだが、本書はどちらかというと雑学的な好奇心をいくらか満たしただけであった。残念ながら図版は一切なく、Vサインとピースサインの違いといったおもしろそうな話も文字だけではうまく伝わってこなかった。また、人類学といえばフィールドワークの体験記を思い浮かべるが、この著者はただただ文献からの情報を整理するだけで、わずかに自宅周辺を歩くのみであった。構造主義云々の小難しい話も一切ない。
・「愛すべきモノたちと私たちの関係」
私たちはたくさんのモノに囲まれて生活しているが、そのモノがいつどんなきっかけで、どんな人によって発明されたのかを考えることは少ない。本書は、現代住宅、洗濯機と洗剤、ティッシュペーパー、缶詰、電子レンジ、オフィス家具、内燃機関、無線など、あらゆる身の回りのモノを取り上げ、それらのモノと私たちの感覚や思考、文化との関わりを考察する。
ともすれば難しくなりがちなテーマだが、著者は生活感溢れる筆致で書くので飽きないばかりが、歴史的背景を描いたところなど、ドラマチックでさえある。
「空間に縛られず、自分の場を持ち、しかも孤立しているとは感じない環境を実現することが、携帯ラジオの魅力であった」と書かれると、いいなと思う。その携帯ラジオを携帯電話と関連づけた個所を読むと、なるほどなと思う。
ちょっと可笑しかったのは、エレクトリックギターに関する部分。妙に力が入っている。必要以上に詳しい。そう、著者はロックが好きなのだ。そういう部分も含めて楽しくてためになる本。
・「1巻だけでも◎」
1巻は読みきりとして書かれているので、1巻だけでも十分楽しめます。内容は、人によっては結構複雑で難しいと思うかもしれませんが、面白いです。2巻からは続編になっているので、1巻を読んで興味が出た人は買ってみて下さい。
・「なにもなさ」
まだ完結していないですが、矢沢あいさんの構築する世界は、もう熟練の域ですねぇ。おもしろい。
個人的には、ハチ子こと小松奈々の「なにもなさ」が印象につよく残る。彼女は、名もない地方出身で、高卒で学歴もなく専門学校も中退で、打ち込めるも対象も目的もなく、そして才能すらない。およそ物語の主人公としては、ありえない設定。しかし、この世界の大部分の人(=読者)って僕も含めてそういった「なにもなさ」におびえながらも、がんばっていきてるわけでしょう!。なんだか、彼女を見ていると胸に迫るものがあるなぁ。普通これほど「なにもない」空洞があると精神的に歪むものなんだが、ハチ子は健康的な家庭でそだったためか、純粋さを失わないんだよね。その受身的純粋さは、ある種の人々には嫌われるかもしれないけど、男性ははまる人多かろうなぁ(笑)。次々に男が切れないのは、わかるような気がする。。。。そういう「ありえそう」な性格の描写や人間関係の複雑さを描ききる筆力は、すごいなぁ。これは売れるよ、まじで。
・「連載後に名作って呼ばれるでしょう」
登場人物の心情を物凄く丁寧に描いている漫画で、「面白い」というか、何か心に訴えかけるようなものがあります。ただこの作品には「主人公たちに目標がなくなった」という致命的な欠点があります。ハチは当初から漠然とした目的しかないまま上京して、それからは周りに流されるままでしたが、ナナの方は「歌で食べていけるようになる」という明確な目的があったため面白く見る事ができました。ところがその目標は早々と達成されてしまい、後はみんな明確な目的のないまま物語が進行している状態です。一話完結型の物語ならそれでもいいのですが、続き物の物語だと、「何が言いたいのか判らない」ということになってしまいます。だからわたしもそろそろ連載を終わらせるべきだと思います。でもそれはこの漫画が嫌いだからではありません。この漫画が大好きだからこそ、です。
・「ねぇナナ・・・私達の出会いをおぼえてる?」
生まれた場所も育った環境も、性格も趣味も考え方も違う2人。『小松奈々』一目ぼれの鉄人。一人でいるのが寂しくて常に誰かに恋している。なんでもないことでも「大魔王」のせいにし周りを巻き込んで大騒ぎを引き起こす。人に流されがちだが人の話を聞かないという所もある。犬のように周りを和やかにするので皆からは「ハチ」と呼ばれている。
『大崎ナナ』Black Stonesのボーカリスト。熱狂的なファンもおり、カリスマ性がある。いつかメジャーデビューしてやる!と日々腹筋に励む。テーブルを自分で作ってしまうところから見ても、手先が器用そう。自分で居ることにすごく頑張るタイプ。
そんな2人が運命的に出会った。同じ電車で同じ時刻に上京中、電車の中で意気投合。しかし連絡先すら聞かずに別れてしまう。そして住む部屋を探している時に再会し、その部屋で共同生活をすることに。2人のNANAの上京物語が今始まった。
なんだかすごい人気みたいですね~この漫画!女子高校生にカリスマ的存在ですからね~矢沢先生は。slyもすっごく好きです♪男の人でも結構読みやすいと思います。友達に薦めたら読みふけってたし(笑)っていうかリアルすぎ!ストーリーが!!絶対現実にあるっぽいって!話の展開読めないし・・・まさか奈々がそんな・・・。まじで久しぶりに「こういう展開かよッ!!」とショックを受けた漫画です。読んでて切なかったり、悲しかったり、苛立ったり、そして暖かいんです。皆、幸せになりたいだけなのにね・・・。
・「最初見たときには」
こんなヒット作になるとは思いませんでした。正直。クッキー創刊記念かなんかの読みきりでハチ公が旅立ってナナが出てこないところで終わっててあれで完結したのかと思ったら、しばらくして連載開始。クッキー自体が弱い感じだったので、NANAがレベルが高くても大ヒットは無理だろうと思ったら、下弦の月映画化⇒ナナもさらに力を入れて!という展開にはびっくりしました。イメージとしては深田恭子がハチ、ナナは映画と同じ中島美嘉(次点 土屋アンナ)という感じで読んでました。どうもハチのほうがでかいのがイメージと違うぜ、映画版。
さすがに絵は丁寧だしおしゃれでかわいい。話も上手い。そして、寂しさを紛らわそうとして男に頼って足元を見ようとしないハチ公のキャラ造形が秀逸。どんなに純子が心配しても、お前の耳にゃー入ってねえんだな。こんなヤツと付き合う男性陣も大変です。すべて恋愛で解決できると思ってるんですから。計算でなく衝動で動いてるので、悪女じゃないし可愛いし、バカだから心配で別れたくても面倒くさそうで困るよねぇ。今流行の子悪魔キャラ?!ナナが麻薬・精神病・スターと現実離れした「壊れた女」なら、(バンド関連のエピソードは現実離れしすぎててあまり好きではありません)ハチはまさにそのへんにいそうな依存心強めの「壊れた女」。私もそんなところがあるかも!(うわっ!)りぼんレーベルで出産まで書ききったのには驚きました。リアリティの追求を矢沢先生がインタビューで仰ってたけど、正に書ききった!THE・プロ!絵も最新刊でも荒れてないし、「天ない」の頃より明らかに数段格上の作家になってると思います!でも、たまにはご近所みたいな軽いストーリーも読みたいな。
・「説教が無い」
グリムやイソップ、他の童話にありがちな、教訓・説話の臭いが全く無い。作者の創造性のみで突っ走るストーリー。次から次へと現れる幻想的な世界に身を委ねて楽しめば良いと思う。合法的にトリップできます。できない人はご愁傷様。童話の神髄は説教じゃなくて娯楽だなぁと感じる偉大な童話。
・「空想小説でありながら 論理的である(;'Д`)ハァハァ 」
(;'Д`)ハァハァ 空想やメルヘンチックな内容でありながら実に論理的な構成である…。原書を読めば、実にそれが顕著に分かる…。数学者が描いただけあって、理想主義と論理が混在している…。
・「アリス中毒」
金子さんの絵が最高です。話も知っているはずなのに面白い。とりあえず1回読むべき。
・「驚き! ★★★★★星5つ」
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・「寓話か実話か、それが問題だ」
「現実の世界は有意味である」と云うのであれば、それはそうかもしれない。だけど、現実世界(実話)の目的ってせんじつめて考えてみると何なんでしょうかね。。。生命あるものはめぐりめぐって、、、泣いて笑ってケンカして泣いて笑ってケンカして泣いて笑ってケンカして、、、穴掘って埋めて穴掘って埋めて穴掘って埋めて、、、まぁ何かしら意味があるのでしょうかね(^^)愛とか、、、(何のために?)
さてさて「不思議の国のアリス」の世界は、さながら現実世界(実話)の世界のように狂気に満ちていて「意味が解らない」(爆)
われわれの認識するこの現実が世界の本体そのものだとしても、『真にこの世界(実話)を理解している者がまだ誰もいない』とすれば、寓話の世界も実話の世界もたいして変わらないものですよね??目的もなにもワケが解らないという点において、、、
「アリスの国は真実ではない、ただのおとぎ話だ」
と云われたって誰か証明できるのかっ!!?むしろあっちの国に真実があるのでは!!?などと、とりとめのないことばかり考えながらこの物語を読み終えました。。。
自分なりに、とても楽しい時間を過ごせました(^^)
・「恋に苦しむ心を癒してくれる本」
青春時代に本がぼろぼろになるほど読み返しました。恋に苦しむ心を慰めてくれる本です。叶わぬ思いに苦しむのはあなただけではない、同じように悩み苦しんだ魂がある、ということを知ることにより慰められるはずです。
結末の是非が論議の対象になることがありますがそれ以前に純粋に恋に苦しむ若い心を描いたところにこの作品の類稀なる価値があるのだと信じています。恋しい人を思う1分1秒が身を刻まれるように辛いほど真剣にだれかを思ったことがある方になら必ず心に響く作品です。
・「無駄がない」
この作品の筋だけに目を奪われると、肝心なものがわからない。 読み返すたび、ゲーテの言葉には何一つ無駄がない、ということがわかる。細かな描写一つ一つ、すべてが有機的につながり、作品に厚みと重みを与えている。 こういう作品を、名作というのでしょう。
・「もし恋愛に形を与えるなら」
もし恋愛に形を与えることが出来るなら、その一つの形はもしかしてこの「若きウェルテルの悩み」かも知れません。それほど、美しく若者の報われない恋を描いた作品。タイトルだけ知って、満足してないで、どうかご一読願いたい。こんなに繊細な感情を扱える人がこの世に存在するということは悩めるあなたの救いになるかもしれません。
ところで、解説によると後年ゲーテは「『ウェルテル』は、厭世という病的状態から生まれたものであり、あの時代の病的風潮であったセンチメンタリズムを文学的に記録した小説である」と言っている。うむ。。。私も厭世的なセンチメンタリストである。。。うむ。まいった。
・「若きウェルテルの悩み」
心豊かで優しく繊細な青年ウェルテルの苦悩する日々を叙情的に綴った青春文学。ウェルテルはもうすでに婚約者のいる美しく心のきれいなロッテに激しい恋をし、最後にはその絶望的な恋によって自殺してしまうのですが、ロッテを想うウェルテルの姿にはただもう胸が苦しくなってしまうのです。また恋の事だけでなく青春期における世の中や人生の悩みについても深い考えが示されており感嘆せずにはいられないのです。ああ、ウェルテル、僕はこの本を、ずっと大切にしまっておくだろう。
・「純粋な心と純粋な故の罪」
死を選ぶことは決して尊いものではない。しかし彼女を愛することがウェルテルの人生にとって全てだった理由で、それを選ぶことは疑う余地の無い唯一の道だった。その引き金を最終的に引く原因になったのは、願いが叶わないと悟った時だと考えられるが、もしかしたらそれは彼女に自分の想いを伝える最後の手段でもあったのかも知れない。 強固な想いは素晴らしい。しかしそれは狂信性を生む。人を愛する一つの形を明確に示してくれた一冊だったと共に、考えさせられる一冊でもあった。
・「ほのぼの旅行エッセイ」
天然生活に載っていた雅姫さんの旅の詳細版といった感じでしょうか。私はとても好きです。ロンドン、パリ、ベトナム、京都、アイルランド、ハワイの旅行を通して雅姫さんが見た&感じたそれぞれの国、食べ物、お土産などが載っています。雅姫さんの本らしく、装丁が凝っていて可愛いし、セレクトしているお土産が素敵です。読んでいて、ほのぼのとした気持ちになりました。旅行をすると、どうしてもブランド物や名の知れたお店の物ばかり求めてしまいがちですが、(この本にも有名なお店は載っていますが)心を豊かにするのはそういうものばかりではないんだなって感じました。本の後ろの方には、ちっちゃい別冊付録も付いているのでお楽しみに。
・「ワクワクしました」
雅姫さんのセンスや、インスピレーションの源を感じることが出来ました。写真もステキだし、きっとこれから何度も読み返すことでしょう。文章も、私は雅姫さんらしくていいと思います。気取りがなく、楽しく読めました。 私は今、妊娠中で、これからしばらくは子育てに専念しなければいけませんが、「いつかは行ってみたい!」と思いながら、ページをめくる時間は、私を、とても豊かな気持ちにさせてくれました。 温かい飲み物と、甘いものでも用意して、ゆったりとした気分で読んでみて欲しいと思う一冊です。
・「旅先への夢が膨らみます」
これは旅先で読む本としてお勧めです。旅のガイドではなく、あくまで雅姫さんの旅にまつわるエッセイ。彼女が旅先で見つけたかわいいものやおいしいもの、また彼女自身が頻繁に訪れるマーケットでは買い物のコツも伝授してくれています。単なるガラクタの中から、いつも飛び切りのものを見つけ出しては雑誌などで紹介してくれる彼女の買い物術がちょっとわかったような気がします。私にも子供がいるので、子供との旅の過ごし方の話も参考になりました。美しい写真とともに、旅先への夢がふくらむエッセイ集です。
・「私まで旅にでかけたくなりました」
今までの雅姫さんの写真中心ではなくて、雅姫さん自身の言葉や、雅姫さんが海外や国内で旅を通じて見たものの写真など雅姫さんの視線を通じて自分まで旅をしている気分になりました。字もたくさんあるので読み応えが十分です。巻末についている小さな本もかわいいです。きっと何度も何度も読み返すと思います。全部持っている雅姫さんの本ですが中でもかなり好きな一冊になりそうです。
・「ゆったり、のんびり」
イギリス、ベトナム、京都、ハワイなど世界の各地を旅した記録になっています。ハワイで娘さんと一緒にくつろぐ姿、はっとするほど白い水着の背中にびっくり。
どこにいても独特の優雅な雰囲気で自分の世界を持っているのはさすがです。
オマケのかわいい冊子も魅力たっぷりで、他の人にない独自のセンスに脱帽です。
くりかえし何度でも眺めたい美しいゆったりした写真集です。
・「ひとつひとつの世界」
ひとりひとりの女優が願った理想の最期の風景。個性いっぱいで美しくて壮大。珍しくてもどかしい観音開き?のページが写真集の中でひとつひとつの世界をパノラマに遮断していてゆっくりと引き込まれました。
・「最後に目に映るもの」
死ぬ瞬間に、自分の目に映る物はいったい何なんだろう と考えたことがあるだろうか
冨永愛・中島美嘉・夏木マリ・小池栄子などなど、各ジャンルの今をときめく美女達が織りなす最後の風景
草原の中で、印象的な赤をまとって死ぬUA
薄汚れた、下町の道の真ん中でボロ雑巾のように捨てられて死ぬ、長谷川京子
・・・
彼女たちそれぞれの色がとても美しくて思わず引き込まれてしまう
彼女たちが選んだ、それぞれの死彼女たちはその瞬間、どんな風景を見たいと願ったのだろうかその瞳には 何を映したのだろう
そんな想像が かき立てられる一冊
・「綺麗………」
11人の女優の死……
・「あたしも永遠の少女になりたいと願う。」
永遠の少女。まずあたしはそれに憧れました。この本は7つのお話で成り立っています。そして語り手に「想像の中」で殺されていく形式です。綺麗な言葉で綴られた、ロリータ℃の世界。読み終わったあとに感動がある、とは言い切れませんがあたしは不思議な満足感を得られました。個人的にお勧めは三章と六章です。
不思議な白倉由美さんの世界と、文体。メンタルなお話が好きな方はお勧めです。
・「読んでると悲しくなる・・・」
死を恐れないことで永遠の少女になれたんだと思います。一つ一つの話は短いけれども、その中に伝えたいことがぎっしりと詰まっています。 色々な死に方があるが“残酷さ”というのがなく、“切なさ”が後からジーンと来る感じがなんともいえません。死という概念をどう受け止めながら読むかで読み方が変わってくると思います。
・「見たことも無いお話」
六回死んだ少女達はいつも輝くように死んでいるように感じます。
悲しいけど優しくて冷血に見てしまうようなお話。少女達のように死ねたらと読んでいて思いました。少女達は一人では死なない。そんな優しい語り手の中で死んで行くのが魅力的です。少女達ひとりひとりを表して行く言葉はとても綺麗で、その表し方にどこか惹かれます。
ひとつひとつのお話にひとりひとりがどこか惹きこまれると思います。
●NOW (ARCADIA SERIES―フローラブックス)
・「必見!!」
誰よりもインドを愛する池内さんのデビュー作です!
この作品を通して彼女も自己嫌悪感に悩み、カメラに対して色々考えられてました。
しかし彼女の純粋な心は何時までも保ち続けてほしいと思います!
子供に対する被写体を通して、本当に優しさが伝わってきます。
本当まだ学生で若いのに凄いよ!皆さん必見です!
・「ファインダー越しのやさしい視点」
以前、表紙の写真を見たとたんに彼女の写真に引き込まれてしまった。たった1枚見ただけなのに。そんなパワーを持った池内さんの写真集が出版されて本当にうれしい。「説明できないけどインドが好き」と池内さんは言うけれどもその想いは言葉で説明できなくても写真からじゅうぶんに伝わってくる。インドで生きる人やインドそのものの表情をありのままにとらえている。プラス、池内さんのファインダー越しの優しさ。思っていることやそのとき感じたことを素直に書いた文章にもかなりぐっと来る。『今』というキーワードも。忘れそうになった純粋な想いや素直なきもちを引き戻してくれた。
●ブローチ
・「娘が買ってくれました!」
去年のクリスマス、中学一年生だった娘が「母さんが好きそうだから」と買ってくれたのです。本人も気に入っていたらしく、すごく手のかかったラッピングでした。そしてもらって。。。本当は私が娘に買ってあげたかったなと思いました。本当に素敵な本です!
内田也哉子さんの多才ぶりもすごいですが、なんといっても、渡辺良重さんのイラストがいいです。それも、グラシン紙かトレーシングペーパーのような薄紙(この紙質だけですでに参ってしまいます)にに描かれている絵が何層にも重なった世界をつくっています。
今年は娘にプレゼントしようと渡辺さんが所属するD-Bros製の渡辺さんでザインのカレンダーを奮発しました。これもかわいいですよ!
・「この感動はどう伝えればいいのだろう?」
まずとにかく絵が優しい。そして文章も負けずに素晴らしい!
トレーシングペーパーに印刷された絵と文章は数ページ先までの展開とからんで目の前に繰り広げられます。
本は工夫次第でまだまだいろんな見せ方があるんだなあと感心します。
そんな感心よりもこの本の全体を包む優しい雰囲気と感動をどうすれば伝えられるのだろうかと悩んでしまうぐらい素晴らしい本です。
ホントだまされたと思って買ってみてください!
・「美しい本」
おとぎ話のようで、これは自分自身の物語。はな歌のように流れていく言葉が、幻のように浮かんでは残像のように残る文字とイラストによって、くっきりと立体のイメージを作っていく。単純な日常を思わせる言葉たちが生み出すイメージの連鎖。生きていく中での愛しさと大切さを確認できる絵本。言葉、イラスト、装丁のすべてが美しい本。
・「ケチな私が買った本」
タイトル通り、ケチな私が買った本です。即買しました。めっちゃワクワクしながら・・・。
絵本みたいに美しい、でもサッパリとした横長の表紙に魅せられて手に取って中開けてみたら、もう捲る手が止まらなくって。そぅっとそぅっと捲らないと破れそうなめっちゃ繊細な紙の上に、カラフルな絵と、少しの文字が。現代人の疲れきった心によく効きますよ。でも、決して、その手の「エセ癒し本」なんかじゃ、ないのよ。
素晴らしい本です。お勧めです。
・「しなやかな強さを胸に」
この美しい本に出会えて心からよかったと思う。見た目はきれいな本が数限りなく量産され、氾濫しているけれど、魂を揺すぶられるような作品に出会えることはほとんどない。でもこの作品は、装丁やデザインの美しさを越えて、私たちの心の内にある美への憧れとか、善的な感性にまで届いてくる「何か」を持っていると思います。読み終えると、心の奥の奥のほうが静まり強くなっているような、そんな力をもっている作品です。タイトルの「ブローチ」は、私たちにとっての善や美を信じる「祈り」でもあるのかもしれません。
・「新たな才能の登場!」
全篇カラーの綺麗な本。綺麗な可愛い絵と思っていると、ガツンとやられます。
夢の中を漂っているかと思えば、現実もしっかり凝視していて、この手のものにありがちな只の空想物とは一線を画しています。
ミニ・ポスターがおまけについてきますが、またそれが素晴らしい。30分くらい眺めてしまいました。
Dさん初の作品集です。新たな才能の登場が嬉しいです。今後の活躍にも期待が持てます。
・「こんな絵本初めて」
ページをめくると、どこにもない町やどこにもない文字の、まさにDさんの世界が広がっていた。Ⅱのくまが病気で外にも出られなくて貴族になることを夢みる話はくまの描写や、うさぎの驚き、悲しみの表情が切に伝わるってこっちも胸が痛くなる。絵から音楽が聴こえてくるような、そんな躍動的で、心に響く絵なんだ。読み終わったあともまだこの塔の世界から抜け出せずに浸ってしまう。何度も読み返してみたくなる。こんなすごい本に出会えてよかった。
・「夢に似た浮遊感と繊細さ。」
見る人によっては魅力の無い作品に見えるだろう。Dの以後の作品に見られる過激さはこの時点ではまだ緩く、内包された二つのストーリーは下手をすればグロテスクにさえ見える。
だが、全篇に渡って非常に柔らかく繊細に描かれ、古い外国の絵本のような芳しさがあり、ジャン・ピエール・ジュネ初期の映画のような、独特の浮遊感と愛おしさを含んでいる。
また、一読して読み捨てられる漫画とは違い、何度も読みかえすほどにその味が見えてくる奥深さも魅力の内だろう。手元に置くだけの価値はある。まさに、大人向けの絵本。
注)ジャンピエールジュネ:代表作に「アメリ」があるフランスの監督。
・「不思議な絵本」
雑誌にこの本の作者であるDさんが載っており、自分と同じ20代で高く評価されているというところに興味を引かれて読んでみました。 話題作だけ会って満足のいく内容でした。1冊の本の中に2つのストーリーが展開されている構成なのですが、Dさんのおっしゃるとおり、その2つの物語は違っているようでとても似通っているのです。読み終わった後に何となくそう思い、なぜかまた初めから読み始めてしまう不思議な絵本です。多分それはこの本が私の心を捉えているからなのでしょう。 全体の印象としてはdarkでdeep。もちろんお子様用の教育絵本とはまったく違う部類です。1なんかは一昔前に流行ったEVANGELIONと通じる物があるように思いました。ちょっとグロいです。そういうタイプのものが苦手な方は読まない方が良いかもしれません。 絵は大変良いと思います。私は絵に関しては小さい頃から親から英才教育を受けてきたので見る目だけは自信があります。コミカルに見えますが細部の色遣いや絵の構成などを見てみるとやはり多摩美油絵出身だけあってすごい底力を感じました。センスもとても良いです。 この本で1500円は惜しくないと思いますよ(笑)
・「素敵な作品です。」
夏のお話しです。夏休みに合宿をする少女達。私は、冬真っ只中にこの作品を読みました。冬なのに、夏の情景が、夏の匂いが、夏の暑さが、夏の光がぶわーっと、私に迫ってきました。冬だからこそ、だったのかもしれません。かつて少女だったことのある私はこの作品を、懐かしい気持ちで読みました。その懐かしむ気持ちと、夏を思う気持ちが何となく似ていたのかもしれません。
文章や会話のひとつひとつが、丁寧に選ばれた言葉で、丁寧に積み重ねられています。その積み重ねによって、「少女」が描かれています。「少女から大人になる一瞬」について書かれた作品をたくさん読んできたはずなのですが、これ程自然にすんなり自分の中にはいってくることは、今までになかったです。少女特有の目線・葛藤・感情・決意、どれもに静かに納得し、懐かしさを感じました。ミステリー部分はこれらのことを表現する「手段」に過ぎないような気すらします。
素敵な本です。本を閉じてなお、作品の香りがほどよくまとわりつきます。
・「苦しい面白さ」
~切り離す事の出来ない見えない鎖で繋がれた二人が、過去の事件の関係者と数日間過ごす事になる。各章ごとに違う主人公視点で描かれている風景が、それぞれの心境をうまく表されていると思いました。過去の事件の真相が明らかになっていく大事な所で、鎖に繋がれている片割れが不慮の事故で亡くなってしまう・・。まだ10代の主人公たちの、その年代特有の~~鮮やかさや、さまざまな事に対する心の葛藤等が、自分の当時を思い出されてか妙に懐かしかったり、共感したりできて、ほろ苦い苦しさの中の面白さを感じました。知るのが恐いけど知りたい、そんな思いでどんどん読み進めた作品でした。~
・「ぞくぞくする。」
装画からしてとても美しい。そのイメージのまま読める。夏の光にさらされて、ゆるゆるとほどけていく謎。少女達の痛いほどの絆。それが織り上げる結末。現実には在り得ないからこそ、憧憬として残る物語。少しずつ、大切に読みたかったのに、一気にひきつけられてしまった。
・「ただ美しいだけじゃない世界観」
どこかに不安要素が潜んでいるからこそ、この物語は美しいんじゃないかな。 真夏の話なのに時折冷気を感じます。 印象深いのは芳野の章。天使についての部分だとか、本物の少女についてとか、香澄との間にある決して同性愛というわけじゃないんだけど、純粋な愛情とか。
少年たちの真冬の7日間を描いた『ネバーランド』と、少女たちの真夏の3日間を描いたこの作品はどこか似ています。
・「独特な世界観」
蛇行する川のほとりにある家で起った、ある夏の過去と現在の物語です。読み終わったあと、すぐに次の本を読みたくないような、まだその本の世界に浸っていたいような、そんな気持ちにさせてくれる本でした。恩田陸さんの本には、決して本音を語らない美少女がよく登場してくるのですが、そのほかの登場人物がその人に何らかの形で囚われており、その関係が物語に独特の雰囲気を与えている。「蛇行する川のほとり」はそれが色濃く出ている作品だと思います。
・「「世界の果ては私自身だ」という物語」
安部公房さんの(壁)「第一部 S・カルマ氏の犯罪」を読んで、おれも一日考えてみました。
「地球」とか「宇宙」という名前があり、全部ひっくるめて「世界」という名前がありますが、その内側には、これまたあらゆる名前のついたものが存在し、その実体、または概念が存在しているということは、誰でもおおよそ認識できると思います。
ですが宇宙の境界(壁)の外側、向こう側には、どんな「世界」がある?のでしょうか。
これまで人間が認識したことのない世界、いわばまだ「名前の無い世界」。ちゃんとした名前がまだ「無い」ということは、かつて誰も経験したことの「無い」世界、もっと大袈裟に言うと、まったく概念に「無い」世界で、すなわち誰一人知ることができない世界です。人間は名前(固有名詞)の「無い」世界で生きたためしがないのであって、「無い」とは喪失した、喪失している、ということ、つまりこの小説の主人公も、ある朝、名前が突然無くなって、自己喪失というか、そんなめにあうわけです。
自分に名前が無くなったおかげで、砂漠になってしまった主人公の胸について、哲学者やら法学者やら数学者が出てきて破天荒な裁判(議論)が繰り広げられます。まさに人類の教師達の退屈しのぎが始まるのです(^^)いくらみんなが思考を重ねても、人間の認識には限界があって、主人公も犯罪者のように扱われて戸惑うばかりです。
「自己喪失」=「自己認識でき無い」=「無い」=「無」につながるのであれば、我こそ認識できる範囲の行き止まり(限界)であって、世界の内側の境界、または世界の(壁)そのものという存在と化し「世界の果てとは、私(人間)自身ぢゃないのか」と、意外な結論に導かれていくのでした、、、
とてもおもしろかった。でも自分なりの解釈が間違ってたらごめんなさい(^^)
・「おもしろい小説です。」
この作品を初めて読んだのは中学生の頃です。当時漫画か読んでも推理小説しか読まなかった私ですがこの作品は裏表紙の言葉にひかれてすんなり読む気になりました。それ以来安部さんの作品を読みあさるようになりました。いわゆるファンになるきっかけになった作品です。当時の私は難しい事理解できるほど頭の良い人ではなかったので(今でも)人間の存在理由の証明といった安部さんのテーマもまったく理解できなかったのですが、安部さんの独特のストーリーやキャラクター、妙に納得させられるたとえ話など、どんどん安部さんの世界に引き込まれていきました。頭の良いかたには色々と感じる物もあるのでしょうがバカな中学生でも物語に引き込んでしまう安部さんの才能は素晴らしいと思います。それだけ単純!におもしろいと思える作品です。
・「安部公房ワールドの原点」
この本は三部に分かれており、それぞれ独立した、しかし何らかの共通点(壁、不条理、シュールレアリスム…etc)を秘めた話で成り立っている。ちなみに三部目は短編集のようになっている。
この人の作品は、現実と非現実の境目が極めて曖昧で(これで理系畑の人なんだからすごい、と言うよりも、むしろ「理系だからこそ」できる話の作り方だと思う)、時としてメルヘンチックであり、SFのようでもある。しかし話に出てくる主人公たちは超然としたソリッドな存在ではなく、その周りの風景、事件に流されるまま流されていく、そしてその主人公をも含んだ流れが時としてまっすぐになり、時として渦を作ったりして、おのずと話ができあがる、と言った感じだ。こういうところにも安部公房の小説の根幹のひとつとなっている、「砂漠」の一端が表れているような気がする(ここでは、流れる砂、と言った調子だ)。
安部公房の作品の、非常に特徴的なものに、彼自身の描くさまざまなイラスト(物語で言及されなかったりすることもある。それはその小説の世界の雰囲気を高めるために存在しているかのようだ)が各ページに挿入されているということがある。このイラストはいずれもどちらかと言えば幾何的、抽象的な感じだが、時としてそれに具体的なモノが埋まっていたりして、4次元の世界を髣髴とさせる。彼はイラストと文章描写を融合させることに成功している数少ない作家であろう。
この作品はそのような安部公房作品の原点と言えるだろう。上記の要素が余すところなく文中に詰まっている。第一部の「朝起きると名前が独立していた…」と言うシュール感、不条理感。第二部の「壁を抜けるにはシュールレアリスムによらなければならない」と言う、まさに安部公房小説の中核の露見。芥川賞受賞は必然であったと言わしめるほどの内容の充実振りである。
・「壁に含む様々な意味」
安部公房の作品はかなり見てきましたが、この作品は安部公房入門に最適な一冊であると思います。その理由は、一度噛んだだけでも十分にうまく、でも噛めば噛むほどそのうまみは増していくからです。また安部公房の作品の中でも最も寛容深い作品のうちの一つだからでもあります。壁という様々なものの象徴となりえるこの柔軟なテーマは、読者の考え方にあわせてその考えと同調し、感動を引き起こしてくれるでしょう。氏自らの主張をしながらも読者の主張も尊重するそんな本作は個人的に言うと好きです。
・「悪夢」
読み終わった後、感動の残る幕切れは多いと思うが、「壁」はその反対。ちょっとしたきっかけから「箱男」になってしまうのではなく、「壁」の主人公は(自ら望んでではなく)ある朝突然、名前を失くしてしまう。名前を失くすことは自分を失くすこと?主人公は今まで当然のように行ってきた日常生活に支障をきたしてしまう…!「燃えつきた地図」のように、読み終わった後、不思議な不安感の残る作品。
・「どこにも居場所がない若者の哀しみ」
セックス、ドラッグ。こういった描写が、これでもかというくらいでてきます。主人公は、世界が見えるがために、世界の真理といったものがみえるがために、このような即物的な、ある意味究極的な快楽世界に行き着くしかなかったのかもしれません。それでも、主人公はその世界にどこか疎外感を感じています。まわりで起きていることは理解できるのだけど、没頭することはできない。居場所がない。見えるがために、居場所がないのではないでしょうか。その哀しみが、作品全体を包み込み、感動の波となって迫ってきます。表面的な、目を背けたくなるような部分ではなく、その背後にある深い哀しみが、この作品を傑作にしているのではないでしょうか。
・「好みは分かれるが…」
SEX、麻薬、ロックなどの過激な描写が描かれる中、そのことに関して妙に淡々とした印象を受ける。その上で、若者の持つ虚無感、破壊性を独特の詩的世界を描く。これがこの小説の「透明感」なのだろう。私自身が印象的なのは、主人公の主観で出来事を見ながらも、周りの状況が妙に客観的に描かれている文体。そのように書くことで若者の孤立感が表現されているような気がする。印象に残る作品でした。
・「静と動」
この本を一言で表すならば「静と動」だと思います。ドラッグとセックスと暴力が融合するスピーディーな展開が繰り広げられているのに、なぜか時間がゆっくりと流れているような感覚。日本の1960年代の独特なカオスはこの本のような感じだったのかな?と感じます。最後まで読みきったら、きっと本の表紙を見返すと思います。理由は…、読んでみて下さい。
・「難しく良い作品です。」
一見非常に内容がわかりづらく何をいいたいのかさっぱりわからない。ということが心に残った方はぜひうしろにある解説を読む事をすすめます。
最初から頭に引っかかっていたのが解説を読んではっきりしました。たしかにこれはリュウから見た視点で書かれているように思えますが、問題なのはそんなことではなくて描写が現実感をおびてかかれていない、ということです。まるっきり解説と同じですが、泣いたり、暴れたり、そんな場面が幾度となくでてきて、しかしそれはどこか静けさがある文体で。この作品はなにが言いたいのかといわれたらおそらく、若者の(人間全般といってもいいのかもしれませんが)現実が迫ってくるような不安。それをリュウが薬をして徐々に精神を壊されていく、という一種の比喩表現で表されているのではと思います。文章の中に隠されている本当の意味が何なのか。一貫したストーリーに言いたいことを隠す。それを見つけるのが本当の読書で、この作品は特に読み取るのが難しい良い作品だと思います。私の言っていることはまさに解説と同じ意味なのでこの本をよんで解説と読んだ自分の意見と照らし合わせると面白いと思います。
・「これからロックの文学が始まった」
この本ほどロックが上手く表現された文学はそれまでなかった。この本の後ロックが出てくる本は数多く現れたが、僕が文学と思えるものが現れるのは村上春樹まで待たねばならなかった。ロック音楽の曲、アーティストが描かれているシチュエーションの設定が本当に上手く、ぴったりの表現で感心させられる。ドアーズの「水晶の舟」の会話やおまわりさんに係わるツエッペリンの話など当時の世間と個人の情念の世界の間に揺れ動く僕の心にぐさりときた。何度読んでも名作だと思う。
・「豊富な写真がうれしいインド文化概説書」
海外旅行ガイドを20年近く出版し続けてきた「地球の歩き方」編集部がインドのカルチャーについて概観できるようにと編み上げた一冊です。旅に携行しても構いませんが、私は旅に出る前にかの地を少しでも身近に感じられるようにと手にしてみました。
インド入門書の類いは世に数多く出ていますが、そうした類書との最大の違いは掲載されているカラー写真の豊富さでしょう。 タージ・マハルをはじめとするインドの世界遺産の数々をとらえた巻頭写真がいきなりインドへの旅にいざなってくれます。
ヒンドゥー教やスィク教などインドの多宗教から、映画・音楽・文学・舞踊・建築・工芸といった様々な分野について概説してくれているので、この本がきっかけでインドのある一定の分野への興味が!増すかもしれません。
・「分野別ガイドブックという便利な一冊」
旅行者向けガイドブックというと,大抵都市・地域別で,観光と旅行に必要な情報で手一杯である. また,国別紹介書・入門書の類は概して,政治史や現代経済の状況に関心の中心が置かれている場合が多い. 対して,本書は,インドを観光という観点を基調にしながらも,音楽,舞踏,建築,食等々といったテーマごとに分類して記述がなされている点が第一の特徴である. しかも,各テーマの記事は,わかりやすくしかも適度に詳しく,信頼度も( 少なくとも『地球の歩き方』シリーズの一冊としては )少なからず高いようである. この一冊に目を通すことで,観光の対象としてのインドについては,かなりの理解を得ることができるのではないだろうか. あえて何をいうならば,各記事にせめて2倍程度のページ数を割いて欲しいということであろうか. あまりにも,分量の少なさゆえに概括的な紹介に終始してしまい,執筆者の教養・知識がいまひとつ生かされていない感は残る.
●旅の指さし会話帳〈22〉インド(ヒンディー語) (ここ以外のどこかへ!)
・「インドに行くときはぜひ持参」
インドから帰ってから手に入れましたが、インドで持っていたかった本です。田舎に行ったせいか英語を話せない人が多く、片言英語に通訳が必要だったので、この本を見て話したかったです。カラーの絵がかわいらしく、軽いのがおすすめです。
・「かなり使えます!!」
インドに三ヶ月住んでいたのですが、この本のおかげでかなりヒンディー語で意思疎通がとれ、同時にその本なしでも会話がかなりできるようになりました。現地の人にもかなり好評だったし、オススメデス☆
・「インド~」
可愛い!!イラスト付きなので初心者でも分かりやすい!!このたびのインド旅行時には、すごく助かりました。
・「本を指さして会話を成立させます」
旅行先の言葉がわからなくても現地の人とコミュニケーションがとれるようにするための本です。
電子辞書などで旅行のシーンや目的ごとに言葉を調べるようなものがありますが、それの本バージョンのようなもので、大きく違っているのはイラストが豊富に使われていることです。活字でなく、ほとんどが手書きの文字で書かれていることも親近感が持てます。まだ私は実際に旅行では使っていませんが、現地の人にも興味を持ってもらえるのではないでしょうか。
・「コミュニケーションをとるのに便利」
旅行中にヒンディー語を話したい! インド人とコミュニケーションがとりたい! という人にオススメな一冊。 「勉強」したい人向けではないかな。
わりと語彙数も多く、 イラスト、日本語、デーヴァナーガリー文字、カタカナ表記が全て手書きで掲載されている。 巻末には簡単ながらも日本語→ヒンディー語の単語集がついていて便利。
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