西の魔女が死んだ (新潮文庫) (詳細)
梨木 香歩(著)
「久々に胸打たれた素晴らしい本です」「アイ・ノウ」「ラストがとにかく”ぐっ”とくる」「大切なことを軽やかに教えてくれる」「私の心に一生残る本です」
夏の庭―The Friends (新潮文庫) (詳細)
湯本 香樹実(著)
「一気に読んで、すぐにまた読みたくなる傑作」「スタンバイミー」「大好きな一冊」「確かに「人は死ぬ」ことへの再確認。」「あたたかい」
高円寺純情商店街 (新潮文庫) (詳細)
ねじめ 正一(著)
「かつお節の香り」「昔懐かしいほのぼのドラマのような」
「感動の一品!」
ユタとふしぎな仲間たち (新潮文庫) (詳細)
三浦 哲郎(著)
「ユーモアとペーソスにあふれた座敷わらしたちが魅力的です」「私も座敷童に会いたい!」「三浦先生の童話」「時代を超えて、胸に響いてくるメッセージ。」
しろばんば (新潮文庫) (詳細)
井上 靖(著)
「おぬい婆さん達に、会いに行きたくなる」「大正時代の伊豆の少年の生活」「この純朴さが大好き!」「透明な感覚(孤独感)」「ともかく読んでから」
わしらは怪しい探険隊 (角川文庫) (詳細)
椎名 誠(著)
「これぞキャンプの醍醐味!!」「私のキャンプ原風景」「これも椎名誠の最高傑作」「大好きな一冊」「世紀の大傑作」
「両親の時代を追体験」「戦時中だって、明るい話もあった」「これでも戦争を正義と言えますか?」「ついつい引き込まれてしまう面白さです。」「”間違いだらけの少年H”という汚い批判が出版されたこそ、偉大な傑作」
流れる星は生きている (中公文庫BIBLIO20世紀) (詳細)
藤原 てい(著)
「流星とエネルギー不滅の法則」「母の強さ 引き上げの悲惨さ」「長じて数学者となった次男」「この親にして あの子」「想像を絶する実話」
四十一番の少年 (文春文庫) (詳細)
井上 ひさし(著)
「井上ひさし作品の原点」「小説家としての「井上ひさし」」「今読むとどうってことない作品ですが」
ふしぎなことば ことばのふしぎ (ちくまプリマーブックス) (詳細)
池上 嘉彦(著)
「言語の奥行きを身近なところから感じる本。」「国語の説明文の読解練習用に」
小さな町の風景 (偕成社の創作文学 (44)) (詳細)
杉 みき子(著), 佐藤 忠良(イラスト)
「長年のファンです」「見た目パッとしないが…最高!!」「あの坂をのぼれば海がみえる」「シンプル・イズ・ベスト」
キッドナップ・ツアー (詳細)
角田 光代(著), 唐仁原 教久(イラスト)
「本を読まない僕でも読める!」「夏休みの父との思い出」「読語さわやかな小説」「反省しちゃいました・・・」「父娘の交流が胸に染みる・・・」
いもうと物語 (新潮文庫) (詳細)
氷室 冴子(著)
「日本の「家庭小説」」「時代をこえる子供の世界」「子供の頃・・・」「小学4年生」「ん?ちびまるこちゃん?」
ぼくは勉強ができない (新潮文庫) (詳細)
山田 詠美(著)
「学校からみるか、子供からみるか」「僕は格好悪い。」「主人公はまだ半人前の高校生である。」「気持ちいい」「楽しく読める」
泥流地帯 (新潮文庫) (詳細)
三浦 綾子(著)
「泣いてください」「泥流地帯」「生きる勇気を与えてくれる本です。」「わずかな隙間にも陽は射す。」「感動の名作」
機長のかばん―離陸から着陸までのチェックリスト (講談社プラスアルファ文庫) (詳細)
石崎 秀夫(著)
「空の旅がますます好きになる」「う〜ん・・・」
夏の葬列 (集英社文庫) (詳細)
山川 方夫(著)
「お守り」「とても良いです。」
「確かに泣ける!」「温かい何か」「さださん、すみません。誤解していました」「久しぶりにいい本に出会った」「『精霊流し』」
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 17/20
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 15/20
● 少年とか養育とか本屋さんとかヲタものとか。個人的好き本&DVD
● kaizen review award 2009 good(126-150)
● 心に残る児童文学
・「久々に胸打たれた素晴らしい本です」
シャーリー・マックレーンの娘さんが西の魔女を演じるとの大きな特集を読売新聞で読み、この本を読んでみることにしました。
児童書でもあるようですが、40台半ばにさしかかった私には、主人公の中学生の気持ちも、その母親の気持ちも、そして主人公の祖母の気持ちも、どれもが手に取るように理解できました。
読みやすく、描写も文体も美しいです。 「おばあちゃん」の一言一言がものすごく大切なことをさらっ、と言っているので、何度も読み返してしまいました。
テーマはとても奥深く、スピリチュアルで、人がなぜ生まれてなぜ苦労をしながらも生きていくのか、本質をついていました。
読みながらも目頭が熱くなりましたが、読み終えた後は、自分でも理解できないぐらいわんわん泣いてしまいました。
心の豊かさがどのようにして育まれるのか、経済的に余裕がなくても、母親として子供にしてあげられることの中で、何が一番大切なのか、あらためて確信した次第です。
物を沢山持つことが、文化ではないことがよくわかる一冊です。
・「アイ・ノウ」
私には分かる。おばあちゃんが西の魔女。イギリス生まれのおばあちゃんが、孫が学校に馴染まないときに、生きることの大切さを教えてくれる。植物や動物と人間との営みで、生きるということを教えてくれる。
・「ラストがとにかく”ぐっ”とくる」
不登校の中学生まいは田舎のおばあちゃんのところで暮らすことになる。英国人の古き良き時代の伝統を引き継ぐおばあちゃんは「私たちは魔女の家系なのだ」と告げる。魔女になるには規則正しい生活と何でも自分できる事が大事なのだ。山に囲まれた自然豊かな家で少女の心は次第に緊張がほぐれていく。
生活描写がとてもいい。特に食べ物に関して。野いちごのジャムは作り方が克明だし,ハーブ入りののサンドイッチや朝食のハムエッグ,そしておばあちゃんの得意料理のキッシュはとても美味しそう! ラストがとにかくぐっとくる。(種をあかすと「ぐっ」とこなくなるのでここでは言わない。)いつか訪れるであろう人生の予行練習とも言える一冊です。
・「大切なことを軽やかに教えてくれる」
不登校になった中学生の女の子「まい」は、喘息の治療を口実に山間のおばあちゃんの家に預けられます。イギリス人のおばあちゃんは今で言うナチュラルでエコな暮らしの実践者で、自分には魔女の血が流れていると言い出します。自分も魔女の子孫であるのなら、雑音の多いこの社会を生き抜いていけるかも知れない。そう考えたまいは、おばあちゃんに魔女修行を申し込む。その日から数週間のおばあちゃんとまいの物語です。
英国の伝統的な暮らしを異国で頑なに守るおばあちゃん、母親に反発して家事より仕事に精を出すママ、流行ってるかどうかが物事の視座のパパ、年頃の女の子が学校で踏む手続きに抵抗を感じる孫娘。なげかけるテーマは私たちの生きる現代を何層にも切り取る大きなものですが、そこには説教臭さもなければ、切実さもない。あるのは爽やかな読後感。そして最後に訪れるカタルシス。
人生に大切なことをこんな軽やかに教えてくれる作品はそうないのではと思います。
私は、梨木さんの英国留学中の下宿屋での日々を描いたエッセイ「春になったら苺を摘みに」がかなり好きなのですが、フィクションもノンフィクションも両方うまい作家に久しぶりに巡り会いました。端正で磨き抜かれた文章を書く方です。
・「私の心に一生残る本です」
普段は読まない感じの本なのですが、感動する、泣けるという評判を聞き、購入してみました。
読んでいる間も「ほんとに泣けるのかよ・・」という気持ちでいましたが、みなさん同様泣きました。電車の中だったのでこらえるのに必死でした。
小さな頃、おじいちゃんおばあちゃんっ子だった私は成長するにつれて、だんだんと離れていきました。
おじいちゃんおばあちゃんを大好きだったことを忘れていた気がします。この本で、やっとそのことに気づいた今でも祖父祖母4人とも健在であることがどれほど幸せなことか・・
何年か先、彼らの死に直面したとしても、この小説を思い返して「死ぬことが悲しいこととは限らない」と自分に言い聞かせたいと思っています。
・「一気に読んで、すぐにまた読みたくなる傑作」
無邪気で残酷な好奇心から始まった出会いが、1つの幸せと、大きな悲しみに帰結し、夏の光にさらされた少年時代が終わる。 本のページ数が残り少なくなり、物語の終わりが近づいてきて、この魅力的な登場人物たちとの別れが非常に残念に思えてきた。そしてラスト。通勤途中の地下鉄で、僕は涙をこらえるのにとても苦労した。
とても悲しく、だけど満たされた気持ち。 さあ、もう一度、最初から読もうか!
・「スタンバイミー」
大人になっていくということは、その本人に智恵がついてくるだけでなく、自分以外の人の考えを参考に行動できるようになるということでしょうか。おじいさんならこう言うだろうということに基づいて、母の再婚に反対しないという最後の方の場面で、子供の成長を見たような気がしました。
・「大好きな一冊」
忘れていた子供の頃の好奇心、冒険心。 そんな気持ちを思い出させてくれる素敵な本でした。 そして「死」を初めて意識して悩んだ頃のことも。 大人になると何気ない風景や出来事に鈍感になって 感動することも少なくなってしまったけど この本の情景描写はとても鮮やかで、子供のころの 新鮮な視点で景色を見ることができました。
幸せな人生ってなんだろう。 大人になるってどんなことだろう。 そんなことを考えさせられる一冊でした。 いつまでも子供の頃の新鮮な気持ちを忘れたくないですね。
・「確かに「人は死ぬ」ことへの再確認。」
かなり前に読んだ本ですが、おそらくこの先一生心に残る物語として位置付けのできる作品。「よく眠るように死んでいるとはいうが、あきらかにおじいさんの「それ」は眠っているのとは違う」というくだり(記憶)を覚えています。「人間の死」というテーマを扱いながら、読み終わった後のなんともいえない爽やかさ(?)は悲しくてやりきれないのに、なぜかやさしい気持ちになるよう。ちょうど、映画の「スタンドバイミー」のラストの感じを思い出しました。(発売当初は日本版と言われていた)ただ悲しいだけの恋人や身内の死ではなく、あくまで他人の死であることにこの作品の意味があると思う。
・「あたたかい」
読み終わった後は、「悲しい」よりも「あたたかい」だった。この本を読んでたくさん泣いたのに、読み終わったら「ああ。いい本だなあ」って。心があたたかくなった。読み終わるのに何時間もかからなかった。目をこの文章から離したくなかった。いや、正確には「離せなかった」かもしれない。この本から目を離している時間が勿体無くて、一気に読んだ。文章中の『もしおじいさんだったら』こう考えることは、「おじいさんを忘れないこと」「おじいさんと心の中で共に生きていること」につながるのではないだろうか。
児童文学とは思えなかった。子供だけでなく、幅広い世代に読んでもらいたい。そして、いつまでも忘れないでいてほしい。そう思った。
・「かつお節の香り」
商店街の町並み乾物屋の佇まい。どこを見ても何か懐かしい良い雰囲気の商店街といったこの高円寺純情商店街、そこの中程あたりに店を構える江州屋乾物店の家族達が起こすほのぼのとしたストーリー。読み終わったら商店街へふらっと行きたくなるような、かつお節が食べたくなるような、そんなほっこりとするようなお話です。
・「昔懐かしいほのぼのドラマのような」
タイトルの「純情」というのが、嫌らしくてずっと読まなかったが、読んでみると、実に昔懐かしいほのぼのドラマを見たような幸せな気持ちになった。
「六月の蝿取紙」までは、ややくすんだ印象だが、「もりちゃんのプレハブ」から、お色気も交えて、平和な町内に事件発生という感じで、いいですよ。
昭和感覚というか、町内の古きよき人情というか、読んでなごめる小説です。
・「感動の一品!」
過去に何度も中学入試の題材に使われた本です。家庭の都合で家に住むことになった親戚の女の子とその家の子供(聡)を描く。最初は打ち解けられなかったが後に本当の妹のように思えてくる・・・。これが聡の心。・・・・・・妹のように思えてくるきっかけが昔懐かしい伝書鳩飛ばし。 昔の子供、筆者の文章力の高さを思わせる文章です。
・「ユーモアとペーソスにあふれた座敷わらしたちが魅力的です」
父を事故で亡くした勇太が東北の湯ノ花村に母と二人で越してきます。けれど、分教場では、東京のモヤシッ子・ユタとよばれて、仲間にいれてもらえません。ひとりぼっちの勇太の前に、座敷わらしのペドロたちがあらわれます・・・。
ひ弱な少年がたくましく育つ成長物語と言ってしまえばそれだけなのですが、読み返すたびに、ユタとペドロたちの物語は、面白く胸があつくなり、最後のところでは、涙ぐんでしまいます。
座敷わらしのペドロたちは、昔、凶作で飢饉の年に間引きされて殺された子どもたちであるという話が、ユーモアとペーソスにあふれたペドロたち座敷わらしを形作り、この話を、たんなる愉快な成長物語にとどめず、いつまでも心に響き、忘れられない物語にしていると思います。
・「私も座敷童に会いたい!」
面白かったです。妖怪に会えるお話です。日本昔話を彷彿させるような懐かしい感じがしました。間引きなどの歴史的なことは悲しく暗くなりがちですが、そこは三浦先生の腕の見せ所、テンポ良く進む話の中に何気なく組み込まれていて、人生のいつの時代に読んでもすっと心に沁み込む一話だと思います。
最後の場面、ユタと座敷童たちのお別れは、ちょっと淋しくなりました…。
・「三浦先生の童話」
三浦先生自身も楽しんで書いたと言われている小説です。いじめられっこ。おとなしい子。自信をなくした人。一歩踏み出す勇気をもらいたい人。読んでみてください。
・「時代を超えて、胸に響いてくるメッセージ。」
「やっぱり、おれが思ってたとおりだ。おめえの心の底には、本物の勇気がある。それは、おめえのオドから受けついだ勇気だ。だけど、おめえはまだそれに気がついていねえ。おめえは自分で自分を意気地なしだと思っているし、人もおめえを、情けねえモヤシだと思っている」「人間、なんでも、気の持ちようだぜ。自分が乗り物に弱いと思ってるから、すぐ酔っ払っちまうんだ。おめえが、自分に勇気がねえと思ってるから、いつまでも弱虫でいるみてえにな」―――本書より、“座敷わらし”・ペドロのセリフ
北東北の、温泉のある山間の小さな村を舞台に、タンカーに乗っていた父の事故死を機に都会からその村へ越して来た少年・ユタ(本名=水島勇太)が、害のない妖怪として知られる“座敷わらし”のペドロたちと出会い、彼らとの交流を通して“貧弱な坊や”状態(ブルワーカーの広告か!)から、心身ともに成長してゆく様子が描かれている。「ぼく」の一人称で語られる児童文学―1971(昭和46)年、新潮少年文庫の一冊として刊行―ではあるが、エッセイなどでもおなじみだった作者ならではのおっとりとした語り口のせいか、ユタのモノローグが作者本人の言葉であるように思われる部分などもあり、それがこの作品に、ちょっと奇妙というか、よくいえばユニークな味わいを与えているのだが。ともあれ、ユタに語りかけるペドロのセリフなどには、(読者として想定した)子どもたちに対する「君たちの中には、もっともっと可能性が眠っているはずだ」、というような、時代を超えて胸に響いてくる作者の想いが強く感じられ、もういい年をしたオレ自身も、読んでいて大いに励まされる思いがしたのだった。なお、74年にはNHKでドラマ化(近年DVD化も)。極力、この原作の世界を尊重して映像化した佳作(ただし、終盤の展開は大きく異なる)。
・「おぬい婆さん達に、会いに行きたくなる」
「しろばんば」は井上靖氏の代表的な作品。私は子供の頃初めて読んで以来、もう何度となく読み返してきた。「小説を読む」というより、おぬい婆さんやさき子、蘭子といった小説の中の人たちに、「会いに行く」という感覚のほうが強い。井上靖氏の作品は、どれも人物の会話に個性とユーモアがあって、生きているような生活感や情緒がある。人の匂いや温もりに、小説の中の人物であることも忘れて懐かしさを感じてしまう。
主人公・洪作の家族の間には、色々な「大人の事情」があり、その関係も少々ギクシャク。育ての親のおぬい婆さんと、実の母や叔母のさき子は互いに悪口を言い合って、幼い洪作を右往左往させることもしばしばだった。
が、彼らは互いにその「いがみ相手」がいなくなった後は、決して悪口を言わない。「母が、亡くなったおぬい婆さんの悪口を言わず、洪作は嬉しくなった」というシーンには、読んでいるこちらも一緒に嬉しくなってしまう。知らない間に洪作と同じぐらいおぬい婆さんに愛情を感じていたことに気づかされ、また、母にもおぬい婆さんに対する感謝と、潜在的な愛情があることにホッとするのだ。
洪作は成長するに従い「世の中には憂きことが多い」と気づきはじめるが、決して退廃するわけでもない。それは、根底にある人間の愛情を、彼が感じてきたからではないだろうか。この小説の最大の良さは、人に対して温かく、ポジティブであるという点。井上靖氏の文体は飾りなくシンプルだが、それゆえ、淡く広がるような感動を与えてくれる。
・「大正時代の伊豆の少年の生活」
大正時代の伊豆を中心とする静岡県を舞台にした小説です。主人公の少年、洪作は、豊橋に実の父母がいて、憎まれているわけでもないのに、曾祖父の妾であるおぬい婆さんの手で、伊豆のいなかの母親の実家の土蔵で育てられています。しかし洪作は、一応ある程度の大家の息子さんということで、自然と、中学に行かないまわりの地元の子たちと違い、中学の受験勉強などをすることになります。こう書くと、「もしかしたらどろどろした小説なのではないか」と思うかもしれませんが、そういうことはなく、田舎にとけこんで育つ少年の生活やこころの機微が淡々と、しかしほのぼのと描かれています。
・「この純朴さが大好き!」
この「しろばんば」から「北の海」までの一連の自伝劰?説で 完璧に井上靖にはまりました。 登場人物の性格がどれも面白くて ほんとに読んでて楽しいです。 湯々島とか沼津とか 実際に見てみたくなって もう何度も足を運んでしまいました。
・「透明な感覚(孤独感)」
伊豆半島の真ん中で、少年が複雑な家庭環境の中で色々な経験をし成長していく様を、何の誇張もなく鮮やかに照らし出した作品だ。主人公の洪作は大人たちをじっと見つめ、そこに哀しさや孤独を感じ取り、愛情を注がれたり注いだりしている。全体的に、これといってクライマックスらしい話はないが、何の変哲もない日常の話にはっとするようなものが散りばめられているし、一気に読みたくなる。その中には幻想的といっていいようななシーンがいくつもある。子どもの感覚はどこかしら幻想的だ。作者はそれを、慈しみ深く表現している。
・「ともかく読んでから」
ストーリーは、ということになると、そんなものは言うほどないし、それほどころか大きな事件すら起こるわけではないし、昔の話だし、田舎の話だし、出てくるのはほとんどばばあと子供だし、文章に特にきらめくものがあるわけでもないし、文学的に深みにあるものではないし、著者の代表作としてこれを挙げるのも井上さんにかわいそうな気がするし。なのに、いい。だから、いい。のかもしれない。刺激を求める人には勧めなくてもいいかもしれない。これを読んでいるからと言って、「センスがいい」ということには絶対ならないだろう。が、読んでいないあなた、読んでから話をしましょう。
・「これぞキャンプの醍醐味!!」
筆者が悪友達と過ごした、辺境の地でのキャンプ生活を書く。シリーズ物だが、個人的にはシリーズ第一作のこの作品が一番面白かった。いい年した大人達の愉快なキャンプ生活が、軽妙な文章と沢野ひとし氏のイラストでより魅力あふれるものに。
本当のアウトドアに必要なのは、道具や場所、まして電気や水洗トイレなどではなく共に楽しめる仲間だということを実感。不自由を楽しむことが本来の姿であろう。
・「私のキャンプ原風景」
焚き火と酒、そして仲間。これだけそろえば、旨いもんは旨いし、旨くなくても旨くなる。わいわい与太話で楽しい時もあるし、焚き火を見ながら黙りこくる時もある。雨が降り、風が吹き、蚊に襲われても仲間と囲む焚き火は楽しいのである。本書に出会ってから始めたキャンプ。一生続けるのだろうな。だから、本書は私のキャンプ携行本です。
・「これも椎名誠の最高傑作」
男たちが野山、海に出かけて、焚き火をして酒を飲んで馬鹿騒ぎすることを書いた本。ただそれだけの事ですが、これがなんとも面白い。こんな事を一冊の本にしてしまう椎名誠は天才だと思いました。この本が出てから、東ケト会(東日本なんでもけとばす会)のコピー会が日本全国いたるところにできたと言います。私もその一人でした。
当時日本は、アウトドアブームでした。これを読んでアウトドアに興味を持った人も多かったのではないでしょうか。これを読むと山や海に出かけたくなります。ああ、男っていいもんです。
・「大好きな一冊」
作者の椎名さんとその仲間達による焚き火キャンプのルポ。
ここに登場する仲間は椎名さんと学生時代からの親友や、会社の同僚、後輩、友達、友達の友達といった感じで、一見しただけでは「どこに共通点があるんだろう?」という気がしないでもない集団が、ナベや釜、10人用のテント、なぜか折りたたみ式のテーブルまで持って離島や偏狭へ行く。そして、焚き火をしながら、おいしいもの食べて酒を飲んで唄って踊って寝る、という話である。
キャンプといっても、そこらの正しいアウトドア用品を装備して、いわゆるブームになったキャンプではなくて、気の合う連中と発作的に、しかも荷物も気取らずダンボールに入れて移動するのがなんかいい雰囲気だ。ともすればキャンプでも一々指図する人!とかいるけれど、「自分流でやればいいじゃん、楽しければいいじゃん」という本来のあり方がズバッと出ているのも読んでいて好感が持てる。
この「あやしい探検隊」はシリーズ化して、この後もいろんな所に行くのだけど、この本では主に三重県の神島が舞台。酒を飲んで寝ているところへ、蚊の大軍による突然の襲来で殺されそうになったり(笑)、神島一周を泳いで競争するというのでは途中で流れで沖に持っていかれて必死に陸を目指したりと、そういったことが椎名さんならではの書き方で表現されていると思う。個人的にはあやしい探検隊シリーズでは一番好き。 そういえば、「あやしい探検隊」というのはこの後のシリーズや文中では「探検隊」なのに、この巻だけが「探険隊」だったな。なんでだろ!う?
・「世紀の大傑作」
内容を書くと、いつもの4人組を中心とする探険隊、いわゆる「東日本何でもケトばす会」の離島での、飲んで食って歌って騒いでという天幕生活を描いただけである。でも、これが面白いのである。これほど笑って、笑いすぎて泣いたのは、10数年前に村上龍の「69」を読んで以来だと思う。
別にこの本を読んだからといって、何か知識が増えるわけでもなんでもない。でも、そんなごたくをいわずに、とにかく読んで下さい。絶対、腹がよじれます。
・「両親の時代を追体験」
小生は44歳、男性です。これまで両親の世代を理解したくとも理解できない事が多々ありました。第2次大戦を境に価値観が一転したからと一言ですませられるのでしょうが、しっくりこなかったところ、この本に巡りあって目から鱗が落ちたような気がします。両親の子供時代を追体験できました。自分と全然変わらない戦前の少年Hのおかげで、摩訶不思議な遠い時代のことが嘘みたいにみずみずしいものとして感じられました。読書の間、良くも悪くもあの時代を自分も生きた、と感じられました。
・「戦時中だって、明るい話もあった」
下巻は暗くなりがちですが、上巻はまだまだ明るいと思う。史実と違う点が指摘されている作品だが、「小説」と割り切って読むには気にならない。Hが情勢について知りすぎてる点は大人になった今若干の違和感を感じないでもないが、子どもが読むにはちょうどいいんじゃないかと思う。戦時中でも明るく生きていた。人々は頑張っていた。情景が目に浮かぶような、そんな作品。
・「これでも戦争を正義と言えますか?」
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・「ついつい引き込まれてしまう面白さです。」
戦争が本格化する前の日本の様子がありありと伝わってきました。今となっては考えられない程制約の多い暮らしの中で、少年Hの投げかける素朴な疑問や素直な感情が戦争や軍事主義の意味を際立たせていると思います。読んでいると時間を忘れて引き込まれてしまい、それでいてとても考えさせられる作品です。
・「”間違いだらけの少年H”という汚い批判が出版されたこそ、偉大な傑作」
必ず自分の子どもに読ませたい一つの傑作です。 国民が直面した残酷な体験そのものから誠実に書けられたもので、戦争と政治ということは何か、この作品から意識できる筈でしょう。その点では、個人思想の自由が否定されていない限り、本物の歴史書になります。
尚、素晴らしい速やかなスタイルで神戸市民の言語を味わえる非常にフレッシュな作品だと思います。
・「流星とエネルギー不滅の法則」
著者が子供たちへ、祈るように書いた遺言(遺産)が本書となった。次男は「国家の品格」の著者でもある藤原正彦氏である。
日本人である一人の女性の満州引き揚げの苦難を綴った手記である。生まれたばかりの赤ん坊を含め子供3人を連れての引き揚げは想像を絶する苦難があった。過酷な状況の中で子供を連れて生きることの辛さと責任感、そして愛情が伝わってくる。
夫からの「子供たちをたのむよ」の言葉への責任感、食料のない状況で子供3人と自分自身を餓死させないためのぎりぎりの選択、そして子を思う母の愛情と母を思う子の健気さに胸を打たれる。
人は極限においてその本性を見せるのであれば、著者は責任感と愛情の塊である。その本性は、満州引揚げを果たした後も子供たちへ遺産を残そうとこの本を書かせた。
産後1ヶ月の女性一人で、生後1ヶ月の赤ん坊と3歳と6歳の男の子を命がけで日本に連れて帰って来たのである、並大抵のエネルギーではない。
夫の言う「流星のもっていたエネルギーは何かに変換されて生きている」(流星とエネルギー不滅の法則)の通り「流れる星は生きている」を通してこの本を手にする読者にエネルギーが変換されていくだろう。
子を思う親の愛情(エネルギー)に触れるためにも是非読んで貰いたい。
・「母の強さ 引き上げの悲惨さ」
満州からの母一人、子三人の壮絶な引き上げ記録です。何度読んでも著者の強さ(根性、体力、そして子供たちに対する愛)に感動させられます。涙なしでは読めません。
・「長じて数学者となった次男」
感動です。ここまで人は強くなれるのかと。戦後に死線をさまよった次男の正彦さんは無事帰国後、長じて数学者になりました。コロラド大学助教授・お茶の水大教授にまでなりまがら、国語教育の重要性を主張していらっしゃいます。文藝春秋『日本の論点』の常連でもあります。
無事に帰国できて、本当によかった。
・「この親にして あの子」
先日発売になった「決定版 この国のけじめ」藤原正彦著を読んでいる最中、この母親の本を読んでみたくなった。併読しているうちに面白さが逆転し、この母親本が、ランナー追い越しのランニング・ホームランとなった。
「藤原正彦の面白さの原点はここにあったのだ」と思い知った。「この母にして、この子」と言うべきか、「この子にして、やっぱりこの母」といった感じで、ものすごい。寝る暇を惜しんで一気に読んだ。「壮絶!」「凄い!」、もうこの一言に尽きる。男では到底できない母の強さがここに記されている。
1945年の敗戦後、こんな凄いことが中国、北朝鮮で実際にあったのですね。このような記録がないと私たちの代で消え去ってしまう過去の事実。無知の私なんぞは、敗戦、即、解放、淡々と引き上げされたのだと思っていましたが、敗戦後もこんなに凄まじい、死ぬ思いで引き上げてきたなどとは全く知りませんでした(この本から、大半の人は亡くなっているのですが)。
こういう本を読むと、どうして日本はこの事実を代々伝えていかないのであろうか、どうして消し去ろうとするのだろうか?と、日本の教育方針を疑ってしまう。まさしく、小学校では英語教育なんて必要ない!まず自国の勉強が必要である!しかも、通常こういう「戦争体験記」は、男性側からのもの。女性の体験記は非常に貴重である。
しかし、こんな凄い体験記のなかでも、「藤原正彦の母」が垣間見られる。その表現の仕方が似ているのである、息子と。またウイットが非常に利いているのである。こんな壮絶な内容にも拘らず「面白い」のだ(非常にはしたなく申し訳ないが)。
しかし、やぱり親子だなー、こういう親でないとこういう子は育たないよなーでも、親子5人生きて還れてほんとに良かった。
■お薦め度:★★★★★(超お薦め!、実に面白いしためになる)
・「想像を絶する実話」
本書は壮絶な満州からの引き揚げ体験を綴ったものだ。長男正広6歳、正彦3歳、生まれて間もない咲子を連れての日本への帰国は過酷なものだった。
特に飢餓や病気による死者が多発する中で、子供たちの健康を守ることは想像を絶するほどのものだ。夫と引き裂かれての心細さも当然あったことだろう。そんな中、ていさんにとって唯一頼りにしていたのが、長男の正広である。
「正広が一番私に叱られて、そして私のただ一人の信頼できる人間であった。こうしてここに立っている七歳の吾子に私は一年の間の謝罪を手をついてやりたいほど悲しかった」と記している。
十分な食糧の確保ができなかった時は、かじりかけの芋を「お母さん、僕のをあげるよ、お母さんお腹がすいておっぱいがでないんでしょう」と言って渡した。
また正彦がひどく衰弱している様子を見て、「その正広自身もぶるぶる震えていたが、正彦をこうさせたのが兄としての責任でもあるかのごとく、私にいっているのであった」と幼いながら兄弟を死なせてはなるまい、という重い責任感が感じられる。
食糧の確保がいかに困難で、藤原一家が弱りきっていたかがわかる記述がある。「一日おきにコンビーフと野菜サラダの缶詰が一ポンドずつ配給された。…ぺろりと食べて、空き缶を眺めていると、胃の中が妙にむかむかとして来て、便所にまで行かないうちにほとんど吐瀉してしまった。…私たちの胃のにはこの過ぎた栄養分を吸収するだけの力がなかったのである」
なお、当初本書はこどもたちへの遺書、遺産として書くつもりだったそうだ。ていさんの両親に再会してこどもたちの無事を確認した時に出た「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」「もうこれ以上は生きられない」という言葉は印象的だった。どれほど言葉を尽くしても、本書の壮絶さの実感がわかないだろう。それほど私たちの想像の範疇を超える体験記なのである。
・「井上ひさし作品の原点」
解説にあるように、日本を代表する喜劇作家井上ひさし氏の自伝的小説である。喜劇と悲劇は、紙一重というか、氏の喜劇の原点は、悲劇を可虐的に喜劇に転じている。私は、氏の出身中学で教育実習をさせていただいた。この小説の舞台でもある。主人公が、駅から孤児院へ向かう「四十一番の少年」の冒頭の坂道の描写のスケッチのリアルさに身の震える思いをした。あくまでもフィクションであるが、ニュースを見ているようなリアルさがある。暗い、悲しい作品で、読み終わった夜には、心が絞られるような悲しさでよく寝つけなかった。氏の才能は、貧困、孤独など、本来喜劇の材料になりうる素材をおかしさに転ずることができる才能であると思う。若き日の、氏のあまりにもストレートは表現に驚いてしまう。後に超有名な作歌になる氏の、原点をみるような作品である。
・「小説家としての「井上ひさし」」
井上ひさしは、言葉や表現の選択に非常に慎重な姿勢で臨んでいる。そのため、氏は様々な分野で活躍しているが、そのどれもがとても洗練された文章で、かつ五感の全てに訴えるような書き方になっているので非常に読みやすい。井上ひさしの作品というと、どうしても戯曲や放送作品・対談などを思い浮かべてしまうのだが、小説にもすばらしいものが沢山ある。特に、この本に収められた短編「あくる朝の蝉」は以前中学校の教科書にも採用されていた名文で、一見すると単純な作品だが読み深めていくととても興味深い。
この本の解説にも書いてあることだが、ここに収められた3つの作品は自身の体験を元にして書かれているといわれている。そして、他のユーモアたっぷりの作品からは考えられないほど重い主題をはらんだ作品である。「あくる朝の蝉」のなかで、僕と弟が孤児院流の生活を通そうとして祖母に窘められるという部分があるが、一見するとコミカルで面白いこの場面も、「孤児院」から抜け出せないという現実を見せ付けられていることに他ならない。結局、その後2人は孤児院へ戻っていくのである。 ここに収められた小説の中では、ユーモアの中に底知れない闇が潜んでいる。結末を予想させるような伏線も張られている。そうして様々な形で見え隠れする「闇」こそが、この本の最大の魅力となっているのである。
・「今読むとどうってことない作品ですが」
書かれた当時では、新しかったのでしょうか。少年の視点だけで描かれる内容は、随分と悲惨なものです。解説にもありましたが、喜劇と悲劇は紙一重らしいですが、この作品は悲劇的な要素だけが詰まっていると思いました。
●ふしぎなことば ことばのふしぎ (ちくまプリマーブックス)
・「言語の奥行きを身近なところから感じる本。」
この本自体は、小学生、中学生低学年程度に向けて平易に書かれたものであるが、筆者のファンである私は今回も楽しく読ませてもらった。
私たち人間は、母語である言語を何の意識も無く使用している。しかし、音と意味の面白いつながりのある語(「ことば遊び」や「ナンセンス詩」等があるのもこれに一因があるのだろう)や、「お湯を沸かす」「穴を掘る」といったよく考えれば面白い表現、「天気」や「運」といった元来中立的な意味を持つはずの語が文脈に応じてはポジティブな意味を持ちえること等、立ち止まって考えてみれば非常に興味深い表現に満ち溢れていることに気づく本である。筆者が述べているように、子どものことばの感性は、大人の「意味」を中心に考えることばと違い、形や音に敏感な、純粋なものである。子どもがこの本を読めば、また更に面白い事例に気づくかもしれない。子どもの言語観やメタ言語能力を伸ばすと共に、身近なテーマであるだけに、大人にも非常に興味深く読める本である。
・「国語の説明文の読解練習用に」
中学受験に要求される読解力を身に付けさせるには、といろいろ考えた。結論は学年より少し上の内容の説明的文章を音読し要約すること。このトレーニングは受験をまだ意識していない低学年から始めると更に良い(下の子で実験中。ついでに字をきれいに書く練習も)。
題材にぴったりなのが本書。大人が読んでも十分面白いレベルの内容を小学生が読みこなせるように分かりやすく書いてある。おすすめ。
・「長年のファンです」
そう、教科書に載ってましたよね。「あの坂をのぼれば」という一遍を何度もなんども朗読した記憶があります。大好きでした。子供心になんてすばらしいんだろうと思いました。同じ作者の「春先のひょう」というのも教科書で読みました。「かくまきの歌」という長編も文庫で読みました。今でも持ってます。
この本は大人になって、もう一度読みたくなり買い求めてみると、やっぱりすばらしかったので安心しました。その名のとおり、ひとつの小さな町の風景が丹念に描かれ、互いを補完して、読み終える頃にはこの町が大好きになっている。掌編というか、短いエピソードの積み重ねですが、一遍ごとにきらっとひかる。時代も変わったし、今はこういうのはやりではないのかもしれないけど、杉さんのようなシンプルかつ鋭い文体とストーリーを内に秘めた書き手は、もう他に日本にはいないんだろうか、とふと思います。
・「見た目パッとしないが…最高!!」
最高。一話が2ページくらいの短編集。どの話も教訓めいたうるささもなく、静かにこころの琴線をふるわせる。といってもさほどハイレベルでもない…感受性のにぶい私でも響いたのだから。子どもが読んでも、大人が読んでも楽しめる。難があるとすれば、あのカバーイラストか。いい雰囲気を出しているが、現代っ子の私は読む気をなんとなく削られた。
中学受験をするお子さんには特にお勧め。ここからの国語の出題がけっこうあるらしいので。とある事情から読まねばならなくなり、正直気が進まなかった(あのカバーイラストで読む気がなくなった)が、読んでみたらなんと!って感じです。感受性ゆたかな小学生のお子さんがいる方、ぜひ読ませてあげてください。
・「あの坂をのぼれば海がみえる」
国語の教科書にのっていた小説の中には忘れられないものがいくつかある。その中の一つが「あの坂をのぼれば海がみえる」である。細かい話は忘れていたのだが、坂をのぼっていく少年のイメージが焼き付いていたもう一度読みたいと思いようやくネットでこの本を探し当てた。全編はまだ読み切っていないのだが、あの一編だけでも個人的には価値があったし
何度でも何度でも読み返していきたい話である。
・「シンプル・イズ・ベスト」
端正な短編集である。文章も無駄を削ぎ落とされた、ともすれば素っ気ないほどのシンプルさだ。
やや甘めの表紙絵や作者が女性であることの表面的なイメージと無縁の手触りで、郷土文学にありがちな湿り気もない。
だから喚起されるイメージがシャープなのかデコラティブな昨今の小説にはない、シンプル・イズ・ベストな逸品である
・「本を読まない僕でも読める!」
中学1年の僕は、いつも本を買っても途中で挫折していて、なかなか1冊読み終える事はありません(^^;)。しかし、この本は違いました。中学受験の過去問の文章で読んで、面白いと思い、家で見つけて読んでみると、ものすごく面白く、あっさりと最後まで読めてしまいました。その最大の理由は、出だしの書き方が、興味を誘うような書き方がしてあった事だと思います。普通の本なら、出だしのところでアウト!なのですが、この本は、いきなりお父さんに誘拐されるところから始まり、最後には感動的なお父さんの言葉が…本当に面白かったです。
・「夏休みの父との思い出」
父親に誘拐されて連れ回されるという、こんな体験は絶対ないだろうけど、夏に家族で行った海や旅館など、さまざまな夏の思い出がよみがえってきたのは、何故だろう。あーこの感じわかるわかるといった場面がでてきて、可笑しくなる。またこの不器用なおとうさんがいい味出してる。お父さんと2人になったら何話していいかわからなくってしまう感じもよくわかる。そして、最期までお父さんが取引していた条件は何だったのかはそのまま読者に余韻を残してくれる。
・「読語さわやかな小説」
五年生の女の子ハルが、二ヶ月前から家にいないお父さんに誘拐されるというお話。夏休み中の誘拐という名の小旅行の間に、父と娘の関係がどのように成長するかに重点が置かれているようです。ハルの視点なので、父親の娘に対する不器用さが目立つが、父へのハルの不器用さもほほえましい。ぎこちないんだけれどいいなあと思えます。
親になったオトナの人に読んでもらいたい小説。
・「反省しちゃいました・・・」
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・「父娘の交流が胸に染みる・・・」
子供とお父さんのひと夏の逃避行って話ですね。いろんな「謎」があるのですが、物語が子供の視点から書かれているため、解明されなかったりします。つまり、物語の趣旨は「娘が徐々に心を開くところ」を噛み締めるべきなのですが、「謎」も気になるんですよね。人によっては、そのあたりが消化不良になりそうですが、私は微妙な父娘関係を面白く感じました。決して優等生ではない父娘。それだけに、しみじみとした「ワビサビ」のようなものを感じた作品です。
・「日本の「家庭小説」」
「赤毛のアン」や「若草物語」といった、外国の家庭小説が大好きだという氷室さん。そして彼女もまた、日本の家庭小説を生み出したのです。 冬のストーブ騒動、いそがしい子供の夏休み、都会から来た転校生、友だちにしちゃった意地悪……そんな小学四年生のチヅルの日常を支える、たくましいお母さんと照れ屋なお父さん、優等生のお姉ちゃん。
時代や土地柄はちがっても、かつて女の子だった人ならきっと楽しめる、あたたかい作品です。
・「時代をこえる子供の世界」
私がチヅルくらいの頃、ガスはもう一般家庭に普及していたし、牛乳はスーパーでパックのを買うものだった。なのにチヅルの抱えている問題や周辺で起こる小さな事件は私のあの頃とちっとも変わらない。「ひいき」とか、今の子供達も使っているのだろうか?いくつになった人でもなつかしい、と感じられるでしょう。
・「子供の頃・・・」
鼻水すすりながら、何となく感じていることをツブサに表現した小説。鼻の奥がツンとすること請け合い。
・「小学4年生」
昭和40年代の北海道。小学生4年生のチヅルの周りでの事件を描いた作品。私が育ったのは時代も場所も違うけど、私も小学4年生のときはこんな風に感じてたなぁと、懐かしく思いながら読んでました。
「カルピスとゲソ揚げ」の三原センセーの意地悪にチヅルが可哀相になったけど、チヅルに対するお母さんの優しさに思わずうるっときました。
・「ん?ちびまるこちゃん?」
娘の受験が無事に終わり、積んであった本を読み出した。「なんだこの本?ちびまるこちゃんのネタ本か?」どちらが先に書かれたか気になり発刊日まで確かめた。舞台は北海道と清水と異なるが、主人公の食い意地の張った性格から周囲の大人に対する観察眼の鋭さまでウリ二つ。疲れた時やごろごろしながら読むにはおすすめか。
・「学校からみるか、子供からみるか」
学校からみるか、子供からみるかで、作品の印象が違うかもしれません。学校からみると、不良の物語でしかないかもしれません。子供からみると、最後は常識の範囲内で行動しようとする男の子「時田秀美」に嫌気がさすかもしれません。「秀美」が嫌いな相手が、実は、同じ性格だから嫌いなんだというくだりでは、自己嫌悪を覚えるかもしれません。
ps.あとがきを読むと、作者の意志を登場人物が代弁していることがわかり、安心しました。目的のない文章を読むと、悪い後味を引きずったままのことがあります。作者の意図はなんだったのだろうかと悩んだままになったり。
作者の意図が分かり、安心しました。自分でも、こういう作品が書ければと思います。
NHKテレビ Jブンガクの第4週で紹介があります。”For him, thogh, the tragedy happened right before the findal exam. ..."
・「僕は格好悪い。」
主人公は勉強が出来なくって(いや、実は出来るらしい)、変にクセのあるちょっぴり不良少年。秀美君、君ってはっきり言ってちょっと格好悪いよ。
でも、なんとも魅力的な子だ。なにより、自分に正直でやりたいことをやれる子だ。自分を試してみることが、出来る子だ。そういう子は好かれる。俺もそういう子が大好きだ。
なんか無茶なこと言っているなぁ、斜に構えすぎじゃない?なんて思うけれど、でも高校生だよなぁ。まだまだ変わっていくんだろうなぁ。そして秀美君はまだ変化できるだろうな、そう思える作品でしたよ。 みなさん、お勧めの一冊です。
・「主人公はまだ半人前の高校生である。」
物事の価値は自分で決める、そして他人もそうあるべきだ。
齟齬があるのなら対話をすればいい。
それを認めてくれない、しようともしない大人に主人公は牙を剥いているのだ。
著者本人のイメージで作品を良くも悪くも語られていることが悲しい。
・「気持ちいい」
高校時代、私の尊敬する国語の先生が「山田詠美なら『ぼくは勉強ができない』だな」とおっしゃっていて気になって手にとった本なのだが、私もとても気に入った。さすが先生。秀美くんの生き方は見ていてとても気持ちがいい。そして、さらにいいのはその秀美君に「自由なふりしてるけど」って言ってのけちゃう子がいること。山田詠美は素晴らしいと思った。高校生に読んで欲しいというレビューが多くあるが、私は高校生には完全に理解はできない部分もあると思う。もちろん、ルーズソックスに化粧をして学校へ来て、生徒指導に注意されたら「これが私の個性なんです~」とか言う中高生に是非とも読んで欲しいが、年齢を重ねるにつれて面白みが増す本ではないかと思う。
・「楽しく読める」
中学の頃読んだんだけど、楽しかったな〜。爽やかな気持ちになれる面白い本だった。
実際、秀美の母親のような親に育てられて、秀美のようにひねくれず育つのはムリがあるようには思ったけど、でも面白いんだから良し!
ただ作者の価値観には共感しないけどもね。秀美は大事なトコ、ハートは熱いんだけれど、基本的には女好きのヘラヘラ男だぁ。
・「泣いてください」
今までこんなに泣けた本はありません。それも、感動というよりは、あまりにも悲しくて泣けてしまうのです。なんでどうして人生ってこんなに理不尽なのだろう、と悔しくなってしまうくらいに。この本の登場人物たちほどドラマチックな体験はしていなくても、努力が報われなかったり、身に覚えのない災難に遭ったりすることは誰にもあることだと思います。私はクリスチャンではないので「神さまから与えられた試練」とは、どうも考えられないのですが、人間は実に「受け身」なものだなと感じてしまいました。生まれた家も、持って生まれた才能も容姿も、育つ環境にしてもすべて「与えられて」いるなと。そして生死にしても、当たり前だけれど人間は何も自由にできないなと。自分自身も含め、現代人は人間の力を過信しすぎているように思います。
・「泥流地帯」
『泥流地帯』は、私の一生を左右した本と言っても過言ではありません。
北海道の日進部落で育った拓一は、貧困や親の不在にも健気な姿勢で向かい、明るく誠実に生きていきます。その拓一や、拓一を取り囲む人々の半生が三浦綾子さん独特の文体で描かれていますが、ここに描かれていることは現在の世の中にも十分に適用されます。「人間ってなんだろう」「どう生きるべきなんだろう」「正しさってどういうことだろう」と、基本的でありながら重要なことを様々に考えさせられます。
・「生きる勇気を与えてくれる本です。」
現在、不況だ、将来が不安だなどど泣き言を言っている日本の方々に、特に目標、夢、自信を無くした方に読んでいただきたく思います。 自分達のご先祖がどんな苦労をして日本を切り開いてきたのかがわかります。 名作です。
・「わずかな隙間にも陽は射す。」
多くの人が胸に抱える世の中の理不尽さを,実際にあった惨劇をもとに描いている。確かに,生きていく上で辛いことや苦しいことは多いと思うが,だからこそ楽しみや喜びを求めるし,それらが叶った時に嬉しさを感じることができる。主人公らにとっては,久々に母が帰ってきてくれると喜んだのも束の間,その喜びも期待も,何もかもが泥流に飲まれてしまった。結局,楽しいことや嬉しいことは,儚いものに過ぎないのだろうか。人の価値や,生きることの意味など,この作品が問いかけてくることは多い。「世の中って何と理不尽なのか」とも思える。しかし,その理不尽な中にも射し込む光があるんだということも,著者は伝えようとしているように思う。
・「感動の名作」
キリスト教をテーマにした作品だと思うが、生きる事の真の意味を問う名作。真面目に明るく力強く生きる兄弟に降りかかる試練の数々。人生とは、生きるとは、、、、というテーマを力強く指し示す作品だと思います。
●機長のかばん―離陸から着陸までのチェックリスト (講談社プラスアルファ文庫)
・「空の旅がますます好きになる」
空港を颯爽と歩いていくパイロットの姿。「あのかばんには何が入っているんだろう?」そんな問いからこの本は始まる。離陸前の準備から着陸まで、飛行機がどのように飛ぶかを分かりやすく語りかける、楽しい一冊。かばんの中身は読み進むうちにおのずと明らかになり、それが空の安全を守るために大切な役目を果たしていることに気づく。著者の石崎氏は全日空の元機長。空を愛し、飛行機を愛する石崎氏は、楽しい乗り物であるはずの飛行機が人殺しの道具に使われていたことを悔やみ、毎朝手を合わせて戦争で犠牲になった人々の冥福を祈っていたという。この本からは、そんな石崎氏のあたたかな人柄も感じられる。
・「う〜ん・・・」
中途半端はいいすぎかとも思いますが、飛行機を少し知っている人には、物足りない。入門書としては、用語の使い分けなど理解できないのでは。書かれた時期が古いので、現状とあっていないところもあります。でもパイロットの生の声としてはよいのではないでしょうか。
・「お守り」
9編の短編から構成される。それらすべてが非常に面白い。誰もが経験するような日常の断片から、緻密に計算された物語が構築されている。「お守り」は、その中の一編で、無個性な団地に住んでいたことに気づいた男の反乱を描いた作品。高校生や中学生の学校内での刃傷沙汰がある度にこの物語を思い起こす。現代人の心に潜む秘密や不安を見事に結晶化させた短編が並ぶ。この値段は非常にお買い得。
・「とても良いです。」
これは、とにかくすごいと思います。ショートショートの名手・山川氏の世界が広がっています。実はこの本を買うきっかけになったのは国語の教科書に載っていた夏の葬列でした。それで文庫だったので買ってみたらもう大当たり中の大当たり。一番好きな作家になりました。
私が特に好きな話は「夏の葬列」、「お守り」、「煙突」です。
お守りは、乙一や星新一の作品が好きな方ならきっと好きだと思います。夏の葬列は教科書と全く同じ文章なのに何度読んでも胸が痛くなります。煙突は今年読書感想文で書いたのですが、この作品は読めば読むほど味が出て、作者の心理が分かっていきます。思春期ならではの戦後の心境など、とても胸が打たれます。
そして、最後に主人公の友・山口の起こした行動…全てが繊細で、大事な記憶として残されていきます。後は「他人の夏」も良いです。
山川氏が短い生涯の中で残した珠玉の名作達を、是非読んでみて下さい。絶対損はしませんよ!安いですし(^^)
●精霊流し
・「確かに泣ける!」
世間で泣ける本というふれこみで、本当に泣ける本に出会うことは限りなく少ない。でも、この本は違った。確かに泣ける!と唸らされてしまった。
さださんのライブを知っているかたなら、ご存知かと思われるが、彼のライブトークはエピソードの宝庫である。それも琴線に触れるちょっといい話しばかり。これらのエピソードをバランスよくちりばめ、長編小説にしたてあげた技量にはまさに脱帽。各々の登場人物に対しても愛情込めて描かれているから、ちょっと切ないエピソードでも、あまり暗くならず、さわやかな感動を覚えることができる。自分としては、第一話「薔薇の木」が一番好きかな。 それにしても、彼(さださん)は本当に人間が好きなのだなと思う。彼が人間が大好きだからこそ、エピソー!ドのもとになる些細な出来事のほうが彼の前を素通りできないんじゃないだろうか、そんなふうに思う。
・「温かい何か」
この本を読み終わった後、この本は自分の心の中に何かとても懐かしくて温かい物を残していってくれました。見落としている人と人とが助け合う気持ちや、感謝の気持ちを率直に教えてくれました。色々と考えさせられる本でした。
・「さださん、すみません。誤解していました」
映画版を見てそれなりに感動はしたのですが、長崎出身者として腑に落ちないところがあって買いました。そして、深く、深く感動しました。こんなに暖かい心を描ける人とは。誤解してました。申し訳ありません。18までしか長崎に住んでませんが精霊流しは大好きでした。そのせいか「精霊流し」や「鬼火」の話はしんしんと胸に沁みます。すみません、反省します。もう精霊船を回したりしません。でも、この本、長崎以外の人には難しすぎませんか?「げな」のイントネーション、「まかせとかんへ」のあたたかさ、精霊船の意味、etc。翻訳不能で仕方ないのかもしれませんね。これらをネイティブとして理解してこの本を読めたことをほんとうに幸せに思います。
・「久しぶりにいい本に出会った」
何気なく手にとって読んだのだが ガツンと来た。久しぶりにいい本に出会いました。教科書に載せてもいいのでは?!と思えた。全編いい感動を与えてくれる、久しぶりにもう一度読み直したいと思った作品です。
・「『精霊流し』」
2001年のお盆に僕は故郷の長崎に行ってきた。息子と娘に初めて『精霊流し』を見せてあげたかったからだ。耳栓をして賑やかに爆竹の音を鳴らしながら、霊を送るというのも珍しいのではあろうが、それもまたいい。人の命は、それぞれの意味があっての命であり、その人の命は決してその人のだけの命ではない、と思う。いろいろな思いを乗せて『精霊流し』は続く。 アメリカのテロ・・・・人の命はそんなに軽くなってしまったのか。 命と平和・・・・改めて考えさせられる本です。
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