「家族」と「幸福」の戦後史 (講談社現代新書) (詳細)
三浦 展(著)
「企画が面白くなる本」「衝撃!」「ニュータウンが新しかった時代」「社会問題の根を俯瞰的に読み解く」「「下流社会」よりも・・・」
まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫) (詳細)
宮台 真司(著)
「まぼろしの郊外とは。」「強度を」「屋上から何が見えるのだろうか?」「それなりにインフォマティブですが、語り口が。。。」「自己調査としての社会学」
看板力 SIGN POWER ―世界は看板で満ちている (ワールド・ムック (400)) (詳細)
Kiyoko Semba, Kesaharu Imai
ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 西日本編 (ちくま文庫) (詳細)
都築 響一
「いい日旅立ち」「東日本編ばかりでなく、西日本も相変わらず面白い。やっぱり日本は狭いようで色々と見どころがあるものだ!でも…」「北の秘宝館。」「写真も文章も不思議もぎっちり詰め込まれた本」「もう一つの日本文化」
近代日本の郊外住宅地 (詳細)
片木 篤(編集), 角野 幸博(編集), 藤谷 陽悦(編集)
流通業 再生の構図―郊外化・専門化する業態変化のゆくえ (詳細)
服部 吉伸(著)
「郊外」と現代社会 (青弓社ライブラリー) (詳細)
若林 幹夫(著), 山田 昌弘(著), 内田 隆三(著), 三浦 展(著), 小田 光雄(著)
幻想の郊外―反都市論 (詳細)
越智 道雄(著)
イギリスの郊外住宅―中流階級のユートピア (住まい学大系) (詳細)
片木 篤(著)
郊外住宅地の系譜―東京の田園ユートピア (詳細)
山口 広(編集)
郊外住宅の形成―大阪-田園都市の夢と現実 (INAX album (10)) (詳細)
安田 孝(著), 入澤企画制作事務所(編集)
ブルジョワ・ユートピア―郊外住宅地の盛衰 (詳細)
ロバート フィッシュマン(著), 小池 和子(翻訳)
リビングポーチ―アメリカ郊外住宅の夢 (住まい学大系) (詳細)
市原 出(著)
「家族と郊外」の社会学―「第四山の手」型ライフスタイルの研究 (詳細)
三浦 展(著)
● 最近読んだ本 2
● サブカルチャー的一冊…自分でも呆れる程の好奇心をお持ちの方に捧ぐ
● 「戦略的読書」
● ブックリスト
● 教養のために
● 新しい生き方
● 読書案内
● 知識人・文化人
● 参考図書
・「企画が面白くなる本」
商品企画の仕事にかかわって五年になります。最初は何を勉強すればいいのか分からず、図書館の心理学コーナーの本を立読みしたり、社会学の先生の講演を聞いたりしていましたが、難しくてさっぱり分からず成果が上がりませんた。そんなある日、近所にある本屋の新書コーナーで「家族と幸福の戦後史」をみつけました。中を流し読みしてみたら、小坂明子の歌から始まり、吉田拓郎、サントリーワイン、ニュータウン、サザエさん、金妻、アメリカ、と私が知っている言葉や出来事が次々と出てくるではありませんか。言葉使いもていねいで、雑誌のように写真が豊富で、わかりやすくまとまられています。本屋の棚には同じ本が二冊あったのですが、なにか吸い込まれるような気分になって、二冊とも衝動買いしてし!まいました。そして家で一気に読んでしまいました。私が幼い頃、白黒テレビで見た番組「パパは何でも知っている」で日本人はこういう気持ちになって夢を持ちつづけていたのか!電化製品がわが家に入ってきたあの頃の日本はこうだったのか!など、私のような企画の素人でも今まで見たり聞いたこと、それらをつないでいくだけで消費者の意識の変遷が理解できるので、とても嬉しくなりました。その後、著者の本はバックナンバーで全部買って読みました。どれをとっても商品企画を面白くしてくれる本ばかりです。
・「衝撃!」
マーケティングの勉強の傍ら郊外ライフスタイルについて理解を深めようと軽い気持ちで手にとったが、ここに書かれている「作られた家族」がゾっとするくらい自分の育った家庭と一致しているため、夢中で読み進んだ。郊外のライフスタイルにこんな背景があったことを知り、衝撃を受けるとともに、自分が研究したかったことを気づかせてくれた1冊。マーケティング学習者には必読書と言えると思う。
・「ニュータウンが新しかった時代」
ニュータウンの歴史をアメリカから日本に影響を与え、多摩ニュータウンが誕生。 そしてニュータウンの中で苦悩する人々まで。 多くのデータを用いながらその歴史を描いています。 現在多摩ニュータウンでは子どもが減り老人の一人暮らしや孤独死が報道されているが8年前のこの書はそれすら予感させていた。 神戸の少年Aが住んだニュータウンの無機質さなども描いている。 希望や幸福に包まれて?出来上がったはずのニュータウンは今大きな問題を抱えていることを知ることができる。 この50年間日本人がどのような風俗を好みどのようなテレビ、雑誌を受容していったのかを知るのにも便利だ。良い書物だと思います
・「社会問題の根を俯瞰的に読み解く」
大都市の郊外や地方都市では一般的になった、モータリゼーションを前提にした社会。郊外に広がる住宅街、標準的な核家族を前提にした大量供給、大量消費の社会。
著者は、最近10数年、今までなかった社会問題の根がここにある事を明らかにしました。標準的な核家族が、広まるにつれ、それまで心の中でくすぶっていたものが、大きくなり、社会問題になりました。アメリカに始まった社会構造の転換や社会問題が、20年遅れで日本に広まった歴史をひもといています。
元来、宗教の規範が乏しい日本、新しい郊外住宅街では、昔からの規範を言う者はおらず、規範を言う者がいないから、子供には、善悪の基準が育ちにくいとの指摘。ごもっとも。
自由なようでいながら、逆に、標準からはみ出たものに、違和感を覚え、はみ出ないようにと、真綿で首を締められているような、息苦しさを生み出し、外向きな若者には社会への反発を、内向きな若者には引きこもりを招き、夫は仕事、妻は家庭と言う役割分担を当然とする風潮と相まって、専業主婦には人生の空虚さと不安感になったと指摘。なるほど。
最終章では、郊外型社会の壁を超えようとする萌芽にも触れています。今のサブカルチャーの健闘を予想していたかのようです。それから10年以上経った今、時代の閉塞感は深まるばかり。多様性の薄い社会、標準に偏りすぎた社会の脆さを証明しているように感じました。
・「「下流社会」よりも・・・」
郊外論と聞くと東浩紀と北田暁大が対談しているしいまではすっかりポピュラーになったがこの本はその郊外論ブーム前夜に書かれたもの。
●まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)
・「まぼろしの郊外とは。」
成熟し複雑化した近代社会では、何が良いことで何が悪いことかは自明のことではなくなる。そのような社会においては、一概に「売春」や「援助交際」を「悪い」ということはできない。
そもそも日本には、一神教的な神は存在しない。だから神に対する「罪の意識」はありえない。だが、その信念を保障してくれるような「内的確かさ」もありえない。要するに、日本社会は「倫理」なき社会だ。
日本では、伝統的に「倫理」に変わって「道徳」が社会を律してきた。「道徳」とは、同じ共同体に属する人々の視線に規律されることだ。しかし共同体が、郊外化=「団地化」、「コンビニ化」を通じて解体した。第一段階の郊外化である「団地化」は、“地域共同体の崩壊”と“家族への内閉化”をもたらし、第二段階の郊外化である「コンビニ化」は、“家族共同体の崩壊”と“第四空間化”をもたらした。
これにより日本社会においては、「道徳」は意味をなさなくなった。前提となる共同体が解体したからだ。日本の「道徳」とは、「郷に入りては郷に従え」的である。そして、これは「旅の恥はかき捨て」と表裏一体。すなわち共同体が解体して、そのまなざしがないところでは、「何でもできてしてしまう」。そして若者たちは、地域共同体から「第四空間」である街に流れ出した。
この背景には、「学校化」という重要な問題もある。以前は家・学校・地元にはそれぞれの評価基準があった。しかし評価基準の均質化が始まり、学校の優等生・劣等性は、家や地域でも優等生・劣等性としてしか見てもらえなくなる状況がでてきた。「学校化」により、空間的には、家も地域社会も学校的なものの「出店」になり、時間的には、教室にいる時間だけでなく全生活を覆うようになった。
そのような学校的なイメージから解放され、閉塞感を打破するためには、街に出て行くしかなくなってしまう。街は「風景」としての他人ばかりで共同体のまなざしのない場所であるから、若者は何でもできてしまう。
そしてこれが、テレクラ、ブルセラ、デートクラブ、そして援助交際へとつながる素地を作りあげた。「倫理」や「道徳」が存在しないので、体を売ろうが何をしようが恥ずかしくなくなった少女たちが現れてきたのだ。
そして少女たちは、そのなかで「まったり」と過ごし、輝かしくない「終わりなき日常」に適応し生活している。
・「強度を」
保つために、女子高生のようにまったりと生きろ、という宮台の主張のうちの一冊。 中でも興味深かったのは、好きなもの同士で、好きな時間に、好きな教師に、好きな科目を、学習する、というスタイルを学校でとったならば、いじめはなくなった、というデータ。一概には言えないだろうが、興味深い。学校化した社会の中で、「自己決定能力」というものを養わなければどうしようもない、ということ。中身を変えれば、教師に「生徒のサインをひとつ残らず見逃すな」と超人的能力を要求することのなくなる、という。 彼の主張するとおり、「ゆとり教育」というものが導入されて、学校自由化が推進している。が、学力調査で日本の順位が落ちている、と騒ぐ識者がいる。ゆとり教育で授業時間が減ったんだから、学力が下がるのはあたりまえなのに、それで下がっていて騒ぐ、というのは、なんのためのゆとり教育なのか一度考えてもらいたい。
・「屋上から何が見えるのだろうか?」
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・「それなりにインフォマティブですが、語り口が。。。」
この著者については、もちろん、名前やお顔はよくお見かけしていたのですが、著作に目を通したのは初めてです。
明晰な頭脳で知られる著者だけあって、独自のフィールドワークの部分や、切れ味鋭い現状分析の部分については興味深く読ませていただきましたが、具体的な改善案を提案する部分を読んでいるときには、頭の中で警報機が鳴りっぱなしでした。その理由は、著者独特の語り口にあるように思います。
たとえば、著者は「システムの問題と個人の実存の問題を区別しなければならない」と言っていますが、何がシステムの問題で何が個人の実存の問題かは、理論だけで自動的に決まるものではなく、何らかの価値観に基づく社会的選択の問題ではないでしょうか。
著者は、少女の売春などをシステムの問題とし、オウム事件のような「終わりなき日常」に耐えられない人々の犯罪を個人の実存の問題とみなしているようですが、なぜその逆(あるいは、どちらもシステム・実存の問題)でないのか、ということは、それほど自明なことではないはずです。
そもそも、分析や批判は論理だけでもできるかもしれませんが、なんらかの価値観に基づかない改「善」案などというものは、それこそ論理的にありえないはずで、その前提となる価値観を明示せず、すべてが自明の前提に基づく当然の結論であるかのように書く著者の文体は、私のようなものにはかなり欺瞞的に写りますし、著者の主張に納得できない人には、なにかたちの悪い詐術にひっかかったような印象を与えるのではないでしょうか。
そのような矛盾はいろいろなところに現れていて、たとえば、「価値観は構造的メカニズムの派生物に過ぎない」のなら、「ロマンチシズムに固執する大人世代」に宮台先生が説教するのもムダだということになるはずだし、「共同体が失われ、一神教的な父なる神のいない社会では、原理的に良き父親と悪しき父親の区別ができない」のなら、いくら個人の自己決定能力を鍛えたって、それがよい方向に収束する保証などないのではありませんか?
著者が多用する、「社会学では」とか「社会システム理論では」というフレーズも、ややコケ脅し的に響きます。そもそも、社会科学がどこまで客観科学足りうるのかということ自体、一定の留保が必要なのではなかったでしょうか。
そんなわけで、素直な人や、理屈や権威に弱い人には、正直あまりお勧めしたくない本なのですが、もちろん、賛成できる部分もあったし、それなりにインフォマティブでもあったので、星3つ。
・「自己調査としての社会学」
著者である宮台氏は都立大学で教鞭をとりながら、街へ出歩き実地調査をする、名うてのフィールドワーカーでもある。冒頭、社会学的フィールドワークと民俗学的フィールドワークを対峙させて前者は自己を見つめなおす手段として、後者は他者が放ったコトバを自己のコトバに浄化させることで他者の理解を深める手段として存在する、と述べている。社会学の本来的な目的は、他者を理解するのではなく、自己に対する認識コストを費やすことなのである。だから、テレクラも都市郊外論もコミュニケーション論も社会の中に浮遊する自己を理解する突破口にすぎないのである。
●ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 西日本編 (ちくま文庫)
・「いい日旅立ち」
誰がどう見てもしょぼい施設を、けなすでもなく淡々と評価する著者の視点に共感。確かにこれが「今」の日本。日本にすらこんな不可解なものを作ってしまう人がいるのに、ストーンヘンジやナスカの地上絵の制作者のことなど理解できるはずがないということがよくわかる。東日本編もどうぞ。
・「東日本編ばかりでなく、西日本も相変わらず面白い。やっぱり日本は狭いようで色々と見どころがあるものだ!でも…」
東日本編と合わせて買ってしまう西日本編のこの本だが、相変わらずこっちも面白い。知的好奇心をかなり刺激される。しかし、それぞれの物件は現在のせちがらい世の中ではなかなか上手く流行らない所ばかりで、現在ではやめてしまった所も幾つかあるので、非常に惜しいと思う。例えば、地方の規模の小さい遊園地などは、最近の少子化などの影響や、首都圏のとある外国資本の大遊園地などの客足を取られてしまって、それこそ「閑古鳥の鳴く」状態になってしまっている。竹下内閣時代の「ふるさと創生1億円」を利用して、バブル景気の時代なので、いわゆる「ハコモノ」に投資してしまった自治体の物件も載っているが、1億円という資本を何とか他の利用方法に利用出来なかったのかと悔やまれるものもあり、実際にはそんな行政の不甲斐無さを感じる事もあるだろうが、この本を読んで感じ方は人それぞれだと思う。
・「北の秘宝館。」
ビスケット工場と特殊博物館が一体となった北の秘宝空間「坂ビスケット」。
一度来たものならばわかるのだが、あの異様ともいえる素晴らしきコレクションの合間を近所の親子連れがビスケットを片手に何事もなく通り抜ける光景はまさに神秘的とも言える。子供の目には紐で縛られたリカちゃん人形や、せくしーな下着を幾重にも着せられたマネキンも、なんたらレンジャーの玩具と同じ日常の風景としか捉えられてないのが感慨深いものだ。
・「写真も文章も不思議もぎっちり詰め込まれた本」
こんな事で町おこし?観光客は見に来るの?あ、でもココ行ったことあったっけ...読めば読むほど疑問がわいてくる、不思議物好きにはたまらない。写真も多いが、文章も多い。東日本編とあわせれば、日本の珍スポットが制覇できる、ついついシリーズ制覇もしたくなる1冊。
・「もう一つの日本文化」
いわゆるテーマパーク巡りの写真集なのだろうが、奥が深いものがある。私はそう思っている。現代民俗学とでも言ったらいいのだろうか。
神道や仏教などを背景として形成された日本文化が、欧米や他のアジア諸国でも高く評価されている。いわゆるハイカルチャーとしての日本文化である(一方でアニメやヴィデオゲームなども多くの人の支持を集めている。むしろこちらの方が盛んであろう。ただこの場合は技術的な側面が問題となる)。しかし日本文化が取り上げられるのは、日本文化が何れの国にとっても「極めて特異」である限りにおいてである。
この本で紹介されている珍妙な博物館やオブジェもまた、「極めて特異」なものである。しかし上で述べたような、広く認知された日本文化とは別のものではないか、そう考える人もいるかもしれない。だが、やはり同じ精神風土の中で生まれたものなのである。一国のハイカルチャーもサブカルチャーも、その根底で軌を一にしているものがあるのである。物質的な飽和状態と思想的な空疎さが、この作品のなかかせ窺える。
漫然と見ていても楽しいし、自国の文化を考える材料としてもなかなかのものである。生殖器関係のテーマパークと農耕と日本人のつながりなど、いろいろと考えるのも面白い。
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