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▼戦争哲学:セレクト商品

戦争倫理学 (ちくま新書)戦争倫理学 (ちくま新書) (詳細)
加藤 尚武(著)

「戦争を論じるさいの基本的論点を提示。」「冷静な情熱を!」「右のうさんくさい言論に嫌気がさした人のために」「単なる平和論ではない」「間違いのない本。」


軟弱者の戦争論 憲法九条をとことん考えなおしてみました。 (PHP新書)軟弱者の戦争論 憲法九条をとことん考えなおしてみました。 (PHP新書) (詳細)
由紀 草一(著)

「平和をめぐる難問」「一般庶民の目線で戦争を見る」「普通の感覚で考える」「柔道みたい」「視点は面白いが、個々の論理展開がご都合主義的」


人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書)人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書) (詳細)
最上 敏樹(著)

「難解なテーマをわかり易く解説!」「小さいのに、とてつもなく重い本です。」「「人道的介入」についてのオールマイティな本」「人道的介入についてのオールマイティーな本」「考えさせられる」


人間の安全保障 (集英社新書)人間の安全保障 (集英社新書) (詳細)
アマルティア セン(著), Amartya Sen(原著), 東郷 えりか(翻訳)

「理論付け」「セン博士の意想が凝縮された本」「公共の論理から世界を見る」「知性の深み、道徳哲学の復権」「これぞ知識の源泉 世界が待ち望んでいた知識人が彼です。」


墨子 (中国の思想)墨子 (中国の思想) (詳細)
和田 武司(翻訳)

「現代に生きる墨子の思想」「ストレスなく読める」「非攻・兼愛をとく墨擢」


戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス)戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス) (詳細)
高柳 先男(著)

「平和学」「あたたかみのある学術書」「あたたかみある学術書」「まさに入門書」


鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫) (詳細)
ノエル ペリン(著), 川勝 平太(翻訳)

「ハイテク国家日本の歴史」「戦争の時代へ日本からのメーッセージ」「鉄砲 vs 武士道」「我が国は軍縮の範となれるか?」「歴史書と言うよりは」


平和学をはじめる平和学をはじめる (詳細)
山岸 尚之(著), 松田 哲(著), 菊池 真理(著), 川村 暁雄(著), 池尾 靖志(編集)

「朝ナマがウザいと感じられたら、これをどうぞ」


憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)憲法と平和を問いなおす (ちくま新書) (詳細)
長谷部 恭男(著)

「長谷部憲法学という可能性。」「1・2章だけでもおもしろい」「憲法と平和を理性的に論じる視座を提供する」「しっかりとした論理の憲法解釈」「立憲主義」


アイアンマウンテン報告―平和の実現可能性とその望ましさに関する調査アイアンマウンテン報告―平和の実現可能性とその望ましさに関する調査 (詳細)
レナード・C. リュイン(著), Leonard C. Lewin(原著), 山形 浩生(翻訳)

「挑発の書」「文書作成の最高の教科書」「文書作成には最高の教材」「ワカッタ風総括論がお好きな人に」


軍事学入門 (ちくま文庫)軍事学入門 (ちくま文庫) (詳細)
別宮 暖朗(著)

「大人になるための読み物」「軍事を広い観点から俯瞰する入門書」「平和を維持するためにこそ」「企画自体は面白いのだが………」


新・戦争学 (文春新書)新・戦争学 (文春新書) (詳細)
松村 劭(著)

「人生を理解するのにもよい」「「揺るぎなき指針」を得る。」「企業戦略・事業開発に関わる人に推薦します」「左翼よりの政治家だけでなく、左翼よりのマスコミと国民に必読の書!」「前作よりは買う人を選ぶかな?」


「正しい戦争」という思想「正しい戦争」という思想 (詳細)
山内 進(編集)

「穏やかな平和主義?条件付きの好戦主義?」「「正戦」の復活は是か非か」「歴史・宗教面から多角的に解説した書」


「戦争学」概論 (講談社現代新書)「戦争学」概論 (講談社現代新書) (詳細)
黒野 耐(著)

「戦争をどうこう言う前に読むべき一冊」「とりあえず政治家は読むべきだろう」「戦争学の名著です!」「多くの内容を盛り込んだ解説書」「無駄に戦争に詳しくなれる」


地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721))地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721)) (詳細)
曽村 保信(著)

「日本人に馴染みの薄い地政学を学ぶ上で最良の入門書である」「国際関係を理解する上での必読書」「常に地球を相手にする政治学」「地政学の基本を知るならこの一書!」「国際政治の基礎」


戦争を論ずる―正戦のモラル・リアリティ戦争を論ずる―正戦のモラル・リアリティ (詳細)
マイケル ウォルツァー(著), Michael Walzer(原著), 駒村 圭吾(翻訳), 鈴木 正彦(翻訳), 松元 雅和(翻訳)


最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀) (詳細)
石原 莞爾(著)

「歴史の残酷さを思う」「彼の未来予想図」「「最終戦争論」」「ジパングでおなじみの石原莞爾の講演録」「この人は」


戦争論〈上〉 (中公文庫BIBLIO S)戦争論〈上〉 (中公文庫BIBLIO S) (詳細)
カール・フォン クラウゼヴィッツ(著), Carl von Clausewitz(原著), 清水 多吉(翻訳)

「歴史的著作物のひとつ」「国民戦争考察の古典」「非常に読みにくかったが…」「戦争の考え方」「戦争論」


新訂 孫子 (岩波文庫)新訂 孫子 (岩波文庫) (詳細)
金谷 治(翻訳)

「多分、必須教養」「世間のイメージほど薄っぺらな内容ではない」「意外にも現代性ある一冊」「 失ったもの」「全ての人が読むべき書」


戦争と平和―カント、クラウゼヴィツと現代 (叢書・ウニベルシタス)戦争と平和―カント、クラウゼヴィツと現代 (叢書・ウニベルシタス) (詳細)
シセラ ボク(著), 大沢 正道(翻訳)


構造的暴力と平和 (中央大学現代政治学双書)構造的暴力と平和 (中央大学現代政治学双書) (詳細)
ヨハン・ガルトゥング(著), 高柳 先男(著), 塩屋 保(著), 酒井 由美子(著)

「世界を貫く理論」「個人体暴力だけでなく、構造的暴力をも批判する」


違法の戦争、合法の戦争 国際法ではどう考えるか? (朝日選書 (782))違法の戦争、合法の戦争 国際法ではどう考えるか? (朝日選書 (782)) (詳細)
筒井 若水(著)

「戦争について論理的に考えたい人は是非!」「快刀乱麻を断つ、正に名著☆」


戦略論大系〈6〉ドゥーエ戦略論大系〈6〉ドゥーエ (詳細)
瀬井 勝公(著), 戦略研究学会(編集)

「本邦初訳とのことですが」


永遠平和のために (岩波文庫)永遠平和のために (岩波文庫) (詳細)
カント(著), Immanuel Kant(原著), 宇都宮 芳明(翻訳)

「素晴らしき現実主義者カント」「国際関係論を学ぶ者に読んでもらいたい」「人類の最終目標は絶対的平和」「「永遠平和」は人類の<目標>ではなく<義務>である!」「読んで下さい!」


日本を思ふ (文春文庫)日本を思ふ (文春文庫) (詳細)
福田 恒存(著)

「若い時分にこそ・・。」「生きることのみちしるべ」「若い時分にこそ。」「今でも十分通用する議論」「素晴らしい」


▼クチコミ情報

戦争倫理学 (ちくま新書)

・「戦争を論じるさいの基本的論点を提示。
戦争ã‚'考えるさいの基本的è«-点ã‚'提示ã-てくれる本です。

è'-è€...の基本的スタンスは、絶対平å'Œä¸»ç¾©ã§ã‚‚戦争不可避主義・戦争やりたいæ"¾é¡Œè‚¯å®šä¸»ç¾©ã§ã‚‚なく、戦争終結のため戦é-˜ãŒé¿ã'られないå '合もあるが、基本的目標は(平å'Œçš„な手段による)戦争å...‹æœã«ãŠã‹ã‚Œã‚‹ã¹ãã ã€ã¨ã„うもの。

言ってã-まえば平凡ですが、その結è«-にいたるまでに、国家主権と戦争規制のæ­'史、カントやヘーゲルの議è«-など様ã€...なç' æã‚'検討ã-ます。

è'-è€...の議è«-はたとえば、

・小æž-よã-のりは国家に殉じる自己犠牲にあã"がれ、戦争はその絶好の機会だという。たã-かに自己犠牲は美徳だが、それã‚'教えるæ-¹æ³•は戦争以å¤-にもある。また、自己犠牲が「徳」となるためには、相手に利益ã‚'もたらã-たか、自発的に行為ã-たか、といった条件ã!‚'!!みたさなã'ればならないが、第二次大戦に参加ã-たå...µå£«ã®è¡Œç‚ºã¯ã"れに該å½"ã-ない。

・国際法は有名無実だと小æž-は説くが、問題は、「略奪・強姦・虐殺ã‚'禁止する戦時国際法が欺瞞的であるかないか」ではなくて、「略奪・強姦・虐殺ã‚'禁止するべきであるかどうか」である。 ・戦争は人é-"のé-˜äº‰æœ¬èƒ½ã«æ ¹ã-ã-ているから不可避だ、とする議è«-があるが、スポーツなどä»-の手段でもé-˜äº‰æœ¬èƒ½ã‚'å......足できる。

・ãƒ'ル判決は、「泥æ£'が泥æ£'ã‚'裁くã"とã‚'批判的な距離から見ている」のであって、「æ-¥æœ¬ãŒæ³¥æ£'でないとは言っていない」。

・憲法九条は、æ-‡ç« ãŒæ„å'³ä¸æ˜Žã§è¡Œå‹•の規æº-にならない。自衛権ã‚'æ"¾æ£„ã-たらåˆ'法の正å½"防衛も否定ã-なã'ればならない。といったもの。

ã"のほかにも興å'³æ·±ã„記述は続きますが、ç-'問は残ります。たとえば、空爆の規æº-ã‚'きびã-めに設定するå '合、「自国のå...µå£«ãŒæ­»ã‚"じゃうよ!」という心é...ã¯ã©ã†ãªã‚‹ã‚"でã-ょうか。最上敏樹『人é"的介å...¥ã€ï¼ˆå²©æ³¢æ-°æ›¸ï¼‰ã¨ä½µèª­ã-てもç-'問は氷解ã-ませã‚"。でも両è'-は、ã"うã-た問題ã‚'考え抜いたよい本です。

・「冷静な情熱を!
過去の著者の著作の加筆、再録ということもあるが、新書としては、最高級の品質を誇っている。

この本は、何も、戦争大好き、極右の本ではなく、左右の立場を冷静に分析した高著である。

アメリカのイラク攻撃などを目の前にした今、自らを取り巻く、プロパガンダの嵐に惑わされない、自己規範を築く確固たる一歩となるであろう一冊である。

この本を読めば、国際法の現在、及び、世に流布するあらゆる言説の陥穽に気付くこととなるであろう・・・

・「右のうさんくさい言論に嫌気がさした人のために
やたらと戦意をあおるような右の主張が横行し、また現実にもアメリカなどがどんどん戦争に突っ込んでいく中で、土台に出来る書。

平和というのは消極的な状態なのか、パール判事の真意はどこにあるのか、九条の真の問題点は何か、右に都合よく解釈されがちなものに、もう一方からの視点を与えてくれる。歴史的に見て、それまで語られてきた戦争観などにも触れてあるのもうれしい。

もちろん、筆者の考えがすべて正しいわけではないだろうが、土台にして自分で考えるのに役立つだろう。

・「単なる平和論ではない
書き込みが足りない部分もあるが、十分な説得力を持った力強い論考だと思う。単なる反戦絶対平和論ではなく、戦争を排して行くため方向性を示唆している意味で、勇気付けられる。パル判事はあくまで法理論的に日本の無罪を主張したのであって、日本の戦争責任そのものを免罪したのではない、というのはその通りだ。アメリカの報復戦争、先制攻撃論も、明確な国際法違反である。保守派は、「平和」を「戦争がない状態」として消極的に位置づけ、平和の持続が生きる意欲の喪失につながるという倒錯した論理を振り回すが、著者は、「平和」に生きることそのものが「積極的」な生のありかたなのだ、と説く。その通りだ!。国家の存続が究極目的で、市民はその為の手段であるという考え方自体が、消極的な現実逃避である。そんなことは、ニーチェやフロムがとうの昔に論じたことなのに、そんな半世紀以上の昔に決着がついている筈の理屈を、西部や小林よしのりが蒸し返している。本書はそのようなシニシズム・ニヒリズムへのアンチテーゼとなっている。

・「間違いのない本。
何度も読み返しました。

淡々とした文章からにじみ出てくる著者の熱い正義感と、一本筋の通った論理。

これは純粋な書き下ろしではなく、戦争について著者があちこちで書いたものを集めた部分もありますが、その点は決してこの本の良さを半減させるものではありません。

正義のための戦争とそれへの反対、などというふうに考えると、自分はどちらに就くべきかと迷いがちですし、自分で出した結論に引きずられて極端に走りがちですが、この本を読んでおけば自分なりにバランスを取れた「結論」を出すための指針になるのではないかと思います。

戦争倫理学 (ちくま新書) (詳細)

軟弱者の戦争論 憲法九条をとことん考えなおしてみました。 (PHP新書)

・「平和をめぐる難問
日本人は自分の命が惜しいだけなのに、それを普遍的な理想としての平和主義として押し出している卑怯者だ。少なくとも、海外の人にはそう見えてしまう。思わずこれを納得させられてしまいました。筆者の憲法改正の考えには賛成するにせよ反対するにせよ、ここで提出されている戦争と平和をめぐる難問に正面から向き合わないうちは、日本の平和主義は本物とは言い難い。という意味で、平和問題に真剣に取り組みたい人には必読書です。

・「一般庶民の目線で戦争を見る
あくまでも一般庶民の目線で戦争を見ている著者。戦争なんていやだから、空虚すぎる「絶対平和主義」を斬って捨てて、現実的な平和を目指します。

例えば、筆者は「せめて戦争にともなう悪を、出来るだけ少なくするような方途を考えるべき(p118)」といいます。

九条も考え直した方がいいですね。ただ、今の状態だとただアメリカに利用されるだけで、著者の考えるようなものを骨抜きにされる可能性も高そうです。

ともかく、もう一度戦争を考え直してみるにはいい本です。

・「普通の感覚で考える
 タイトルに軟弱者とあるように、戦争の現場には行きたくないという普通の観点から描かれた本です。 平易な語り口ですし、難しい哲学者なども出てこないので読みやすいです。 無論、軟弱者といっても普通のけんかだとか争いには遭遇することもあるもので、 あくまで地に足のついた考えで述べられた本といえるでしょう。最後のほうにユーゴ空爆の話がでてきており、実際イラク戦争を批判する人でもユーゴ空爆は支持した人が多いわけで(その後やっぱりあれはいけなかったと前言撤回した人も多いですが・・・・)それと比較しながら読み、考えることもできるなかなかの良書です。

・「柔道みたい
平和主義者の論理を押し進めて、ひっくりがえしてしまう芸を見せてもらえます。これを面白がるのは、9条改正賛成派だけでしょうが。不愉快だったという人は、ぜひ反論してみせてくださいませ。

・「視点は面白いが、個々の論理展開がご都合主義的
憲法9条擁護の理論のおかしさを「論証」しているように見えるが、実は個々の論理展開を見るとかなり強引。語り口が平易なので、さらっと読むと著者の主張についつい納得させられそうになる。しかしゆっくり読み直すと、論破したい相手の言葉がいつの間にか著者の「解釈」の言葉にすり替えている。

例えば「戦争がない社会が良い」という反戦論者の主張を、いつの間にか「戦争は絶対悪」との主張だ、と著者が言い換える。そして、その上で「絶対悪なんて言うほど世の中は単純じゃない」として、反戦論者の主張を論破?!する。

著者自身は自分の論理展開の強引さを理解した上で、文章力で誤魔化しているとも思われ、その面ではかなり悪質かもしれない。

ただ新規な視点を提供している部分はあるので☆は二つ。

軟弱者の戦争論 憲法九条をとことん考えなおしてみました。 (PHP新書) (詳細)

人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書)

・「難解なテーマをわかり易く解説!
 人道的介入といってもその定義は様々。本書では狭義の定義から広義の定義まで幅広く解説した上で、ルワンダ、ソマリアなど具体的事例を数多く挙げながら「真に人道的な」介入の有様、可能性を模索する。 難解なテーマを非常に読みやすい文章で解説してあり、初心者から本格的に学びたい人にまでお勧めの一冊。

・「小さいのに、とてつもなく重い本です。
いろいろ意見はあるであろうし、なかには「ウザイ!」などと思う人もいるかもしれない。でも、それは別に悪いことではない。人は、千差万別なのだから。けれども、これこそ、「岩波新書」であり、岩波書店の良心なのだと思う。新書であるから、いうまでもなく、「軽い」はずである。ところが、なみいるハードカバーの「大作」以上に、「重い」のである。「逆説」。ただ、ご一読していただければお分かりになると思うが、逆説や不条理だらけである。もとより著者の責任ではない。世界の現実であるだけなのだ。(戦後)世界は「(ある種の)絶対平和主義」を選択した。戯言ではない。国連憲章に書いてある。これほど明確なことはない。だからこそ、イラクのクウェート侵攻も、アメリカやイギリスのイラク侵攻も、「違法」かつ「不当」なのである。このように書くと、「また、ヒットラーが現れたらどうする」とか、「どこからか「テポXX」が飛んできても、お前は逃げ回っているのか」とか、いわれそうです。ただ、小生ごときでも、家族を守るためなら、きっと「抵抗」するでしょう。当然です。要するに、とてつもなく重い問題なのですから、もうすこし慎重に、もうすこし丁寧に、議論をして欲しい。この新書が「重い」のは、著者が、そのことを(ほとんど)命がけで行ったからではないでしょうか。いま現在は、イラクのことで雲散霧消になってしまっているかのごとくですが、「人道的武力介入」は間違いなく、早晩、21世紀の大問題のひとつになると思います。一読して、損は絶対にありませんよ(オフレコ:小生の大学での教え子たちも、少なからず興味を示すので、「じゃあ、まず、これからかな?」というのですが、多くの学生は、日本語が難しくて分かりません!」「ちばれよー、これ、カントの原書じゃないからねー…」)。

・「「人道的介入」についてのオールマイティな本
 どんなテーマでも、キーとなる文献が存在する。「人道的介入」というテーマでは、間違いなく本書は必読文献である。人道的介入に関心を持つ初学者への導入として使うこともできるし、また国際関係を専門に学ぶ者にとっても議論の整理のために有効で、その意味ではオールマイティーな本である。

 本書中のメッセージの中で、最も重要なものの一つが「武力不行使=非介入ではない」というもの。ユーゴ空爆などの派手な介入劇のせいで、あれこそが人道的介入の典型と見なす認識は改めなくてはならないだろう。

 本書が持つ重要な意義の一つは、安易な国連不要論を峻拒する迫力を備えている点である。紛争への介入に際して、しばしば有効に機能できない国連(または安保理)を批判して、安易に国連不要論へと走る議論が巷に散見される。しかし、人権侵害国の意思に反して行うのが介入であるのだから、そこに入り込む各国の恣意的な思惑はできる限り排除されねばならない。たとえそれが完全には不可能だとしても、それにもっとも近い形にすることができるのは国連をおいて他にない。介入が不幸にして武力行使を伴わなくてはならなくなった場合も、それが「正当な例外」だと判断できるのも、国連だけである。

・「人道的介入についてのオールマイティーな本
 どんなテーマでも、キーとなる文献が存在する。「人道的介入」というテーマでは、間違いなく本書は必読文献である。人道的介入に関心を持つ初学者への導入として使うこともできるし、また国際関係を専門に学ぶ者にとっても議論の整理のために有効で、その意味ではオールマイティーな本である。

 本書中のメッセージの中で、最も重要なものの一つが「武力不行使=非介入ではない」というもの。ユーゴ空爆などの派手な介入劇のせいで、あれこそが人道的介入の典型という認識は改めなくてはならない。

 本書が持つ重要な意義の一つは、安易な国連不要論を峻拒する迫力を備えている点である。人権侵害国の意思に反して行うのが介入であるのだから、そこに入り込む各国の恣意的な思惑はできる限り排除されねばならない。たとえそれが完全には不可能だとしても、それにもっとも近い形にすることができるのは国連をおいて他にない。介入が不幸にして武力行使に至った場合も、それが「正当な例外」だと判断できるのも、国連だけである。

・「考えさせられる
中東情勢が,ここまで,泥沼化してくると,また考えさせられます。報復に継ぐ報復,平和ボケしてるひまない。しかし,私個人の意見は,非暴力。

人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書) (詳細)

人間の安全保障 (集英社新書)

・「理論付け
本書は、「人間の安全保障」という概念の理論付けがなされています。といっても、専門書のようなものではなく、読みやすいですし、「人間の安全保障」について深く理解できます。

【法学を学ぶ方へ】本書は、「人権」「民主主義」についての、一般の教科書にはない説明がなされています。しかも、それはとても示唆に富む内容です。なので、一般の方のみならず、専門として法学を学ぶ方に、是非お勧めしたいです。

つまるところ、本書の最も優れた点は、人間にとって大切なこととは何か、を教えてくれることです。絶対的な答えではないですが、とても有意義な議論がなされています。

お勧めです。

・「セン博士の意想が凝縮された本
  本書は、同じ集英社新書の『貧困の克服―アジア発展の鍵は何か』(2002年1月)に引き続くアマルティア・セン博士の小論集で、「人間の安全保障と基礎教育」など8本の論稿が収められている。本書も是非、高校生や大学生の皆さんに読んでもらいたいと思う。

 さて、本書のテーマである〈人間の安全保障〉の簡潔な定義だが、それは「人間の『生存』と『生活』を守り、維持するものであり、また、私たちの人生に危害や侮辱、軽蔑を与え得る様々な苦難を回避すること」(本文)とされている。そして、〈人間の安全保障〉は、「人間の生活を脅かす様々な不安を減らし、可能であればそれらを排除し、人間の生活に制限や制約を加えたり、その開花を妨げたりする様々な障害物を取り除くこと」(同)を目的としている。

 ここで特筆すべきは、前掲書や本書で触れられている「アジアの明日を創る知的対話」(1998年)における故小渕恵三首相の基調演説で、そこで故小渕首相は、アジアにおける〈人間の安全保障〉の取組みを訴えたことである。この取組みは今日までささやかに行われているらしいが(国連に「人間の安全保障基金」を設置)、私は〈人間の安全保障〉政策を与野党を問わず、日本外交の基軸と据えるべきではないかと考思する。少なくともそれは、我が国のODA(政府開発援助)が、例えば隣の大国における軍備増強(漢人の安全保障?)に貢献している状況に比べ、アジア(そしてその他の地域)の大多数の民衆から大いに歓迎される政策であることは間違いあるまい。

 最後に、セン博士の“グローバル化(globalisation or globalism)”についての捉え方であるけれども、セン博士は、S.ハンチントン(Samuel P.Huntington)教授の「文明の衝突」論に対抗する意味でその語を使用している。説明は省略するが、私はむしろ、“世界化”とした方が含意が通じやすいと考えている。

・「公共の論理から世界を見る
 カルカッタ大を卒業後、英国で経済学を学び98年度ノーベル経済学賞を受賞したインド出身の学者です。 2000年から2004年に書いた8つのエッセイをまとめたものです。「人間の安全保証」から「環境問題」まで主題は多様ですが流れは一つです。  インド・中国・日本・アラビア・アフリカなども含めた現代及び過去の思想が、随所に引用されています。ヨーロッパ人の思想家よりも幅広い教養があります。インド(非ヨーロッパ)出身の根を生かして、世界全体を見ようとする真摯な眼差しがあるようです。

・「知性の深み、道徳哲学の復権
 ひとことで言えば、素晴らしい本です。もちろん、細部を読み込んで、批判をすることはいくらでも可能でしょう。賞賛するにも批判するにも、しがいのあるものだという意味で、素晴らしいと言いたいと思います。 経済学を越えてさまざまな分野に影響を及ぼしているセンですが、個人的には道徳哲学・倫理学的なグランドセオリーの復権という観点から、評価したい。「人権を定義づける理論」の章は、圧巻です。とりわけ、ドグマチックな理想主義として敬遠されがちなカントの義務論が、人権の基礎づけにおいて、「理論と実践」の両方にわたって果しうる役割の可能性を、きちんと評価し、扱っています。実はこれ、カントの専門家でもできていない人が少なくないのです。倫理は法が機能するための広い土壌を形成するものである、という実りあるセンの議論を、近代法の法と倫理の峻別に固執している方々には、ぜひお読みいただきたい。 知識量の多さと目配りの広さは確かにすごいですが、学の本質は、その多さと広さを言い立てることではなく、どれほどの深さで対象を熟考し、吟味し、批判的に検討する思考の作業ができるかだと思います。その意味ではセンには、感嘆のため息しかないのですが、遠く及ばなくとも、その姿勢に学びたいものです。

・「これぞ知識の源泉 世界が待ち望んでいた知識人が彼です。
 アマルティア・セン、彼はインドが生んだアジア初のノーベル経済学受賞者です。最近高校の「現代社会」や「倫理」の教科書にも彼の名前およびその思想が記載されるようになってきました。インドがここの所絶大な経済発展を成し遂げていることは有名ですが、近い将来それを象徴する世界史上の人物として評価されるはずです。日本でも川本隆史を中心として熱心な紹介がなされ、「現代を代表する知識人」として定着しつつあります。 本書は各方面で出された小論を集めたものですが、我々がセンに望んでいる論考がまとまっていて値ある一冊になっています。特に「グローバル化」について述べた2つの章が抜群です。西洋中心主義的な狭量の歴史観をやすやすと、しかも高校の世界史でも習うような容易な実例を用いて打破します。そしてその視野の広さ。西洋と東洋の「知の大系」を十二分に理解した上で展開される、まさにグローバルな思考。彼は新しいタイプの、そして世界が望んでいた知識人なのです。 訳も素晴らしい。知人が代表作『自由と経済開発』(日経新聞社刊行)の訳のダメさを批判していましたが、実際訳出技術の拙劣さのために台無しになったり真価が曇ってしまった学術書の何と多いことか(これは映画の字幕にも言えることですが)。しかし本書は見事でかつ読みやすく、その意味でも多くの人に薦められる一冊です。「人間の安全保障」の第一は読み書き計算の基礎教育にあるとセンも主張しています。我々はすでにその潜在能力(ケイパビリティ)を得ています。ではそれを発揮して、これだけの好著ですから是非読んでみてください。〈追伸〉平成18年度政経センター試験の大問1問目にこの「人間の安全保障」という概念が大々的に取り上げられました。このリード文は抽象論的・概括的ではありますが極めて良くまとまっています。本書を読む前にさらに手っ取り早く、という方にはお勧めです。

人間の安全保障 (集英社新書) (詳細)

墨子 (中国の思想)

・「現代に生きる墨子の思想
戦国時代の中国において多くの思想が生み出された。孔子や老子・荘子などが有名であるが、墨子は比較的資料も少ないため、あまり知られていない。しかしながら、彼の唱えた思想はまさに現代社会に通ずるものがある。非行(戦争を否定し、戦争の矛盾を考える)・兼愛(全ての人間を平等に愛する)など孔子などの理想論などに比べると比較的親しみやすい。この本はその墨子の思想を白文、書き下し文、分かりやすい現代語訳で綴り、墨子の思想を分かりやすく解説している良書である。

・「ストレスなく読める
墨子のすべてが網羅されているわけではありませんが、墨家の世界観がわかりやすく伝わってくる一冊でした。構成は、各編タイトルとテーマの要約が記されたトビラに続き、数編〜十数編の教えが並べられています。それぞれの教えはまず現代語訳で書かれ、次いで上段に原文(漢文)、下段に読み下し文が記載され、各編の最後に簡単なまとめがついています。墨子の人柄や思想、当時の時代背景などが大変スムーズに頭に入ってくるのは、この構成の巧みさと、訳者・和田氏の文章の読みやすさに起因しているのは勿論ですが、墨子自身のことばが平易で朴訥としており、わかりやすいためでもあるのでしょう。

・「非攻・兼愛をとく墨擢
中国戦国時代、楚の国の公輸盤(技術の神様)と言う人が作った雲悌を使って、宋の国を攻めることになりましたが、斉の国でそれを聞いた墨テキが止めにいきましたが、言うことを聞きません。そこで帯を外壁とし、木片を人として戦い、墨子が勝ちました。公輸盤は私はそれでも勝つ方法を知っていると言ったため、墨テキは「私を殺せば勝てますが、すでに弟子たちに方法は教えて有る」といったため、楚は宋を攻めることを止めました。人を愛せば、人からも愛され、人を憎めば、人からも憎まれると述べ、人間不信のこの時代にどう生きればよいか、と言う命題にひとつの回答を与えようととした思想家です。その理想のため庶民の立場から東奔西走しました集団。 ぜひ御一読を

墨子 (中国の思想) (詳細)

戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス)

・「平和学
この本を読めば「戦争」の本質の一端を理解できるのではないか、と思います。改めて、「平和」とゆうのは人間が獲得するものなんだ、と感じました。

・「あたたかみのある学術書
æ•...高柳å...ˆç"Ÿã®ä¸­å¤®å¤§å­¦ã§ã®è¬›ç¾©ã‚'(å...ˆç"Ÿã®è¨€è'‰é£ã„も想像できるような)やさã-い口語ä½"で再現ã-た、温もりのある学è¡"書です。ã-かも、ただの講義の書き写ã-ではなく、図や表ã‚'駆使ã-てã-っかり補強されています。前半は「平å'Œå­¦ã€ã®å­¦å²ã‚„背景ã‚'ç'¹ä»‹ã-、国際的にオーソドックスな「平å'Œå­¦ã€ã®è¦-座ã‚'講義ã-ます。そã-て、後半はケーススタディです。

「平å'Œå­¦ã€è€...が、特に理è«-とå...¬å¼åŒ-に傾å€'ã-がちで、å...·ä½"的事例にé-¢ã-て積極的にè'-ã-てã"なかったã"ともあり、ã"の本が後半でå...·ä½"的事例(ODA、印ãƒ'、コソãƒ'ォ)ã‚'扱い、それらについて「平å'Œå­¦ã€ã‚¢ãƒ-ローチã‚'貫徹ã-たã"とは、「平å'Œå­¦ã€ã«æ"¹ã‚ã¦è«-点ã‚'提示ã-たã"とになったのではないでã-ょうか。

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・「あたたかみある学術書
æ•...高柳å...ˆç"·å...ˆç"ŸãŒä¸­å¤®å¤§å­¦ã§æ•™éž­ã‚'å-っていらっã-ゃった際の講義ã‚'、(å...ˆç"Ÿã®è¨€è'‰é£ã„まで想像できるような)話ã-口調のままに再現ã-た、温もりのある学è¡"書でã-た。ã-かも、単なる講義の書き写ã-ではなく、図、グラフ、表ã‚'駆使ã-て、å†...容はã-っかり補強されています。

前半は、「平å'Œå­¦ã€ã®å­¦å²ã‚„背景ã‚'まとめ、オーソドックスな「平å'Œå­¦ã€ã®è¦-座ã‚'ç'¹ä»‹ã-ています。後半はケーススタディです。「平å'Œå­¦ã€è€...たちがã"れまで、理è«-とå...¬å¼åŒ-に偏る傾å'があり、å...·ä½"的事例について積極的にè'-ã-てã"なかった(è'-ã-えなかった?)ã"ともあり、ã"の本後半のケーススタディ(ODA、印ãƒ'、コソãƒ'ォ)におã'る「平å'Œå­¦ã€ã‚¢ãƒ-ローチの貫徹は、「平å'Œå­¦ã€ã«å¯¾ã™ã‚‹é‡è¦ãªè«-点ã‚'与えるã"のになったのではないでã-ょうかã!€‚æ-¥æœ¬ã§ã€Œå¹³å'Œå­¦ã€ã¨ã„うと、左翼、というイメージで倦厭される傾å'もありますが、ã"の本にé-¢ã-ては心é...ã"無ç"¨ã€‚ã‚€ã-ろ国際é-¢ä¿‚è«-の基本書、とã-て初学è€...はぜひ参考にされてはいかがでã-ょう。

あと、本のサイズがコンãƒ'クトで、持ち歩きにも便利♪一æ-¥æŒã¡æ­©ã„て、すらりと読み飲み込める感じが好きです。

・「まさに入門書
実際の講義を基に作られているだけあって、表現もわかりやすい。それに著者の実際の体験なども交えているので、読みやすい。まさに入門書といった感じだが、意外と抜け目なく作ってある。さまざまなモデルや図が登場しており勉強になることが多いが、説明が多少わかりにくかった。

戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス) (詳細)

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)

・「ハイテク国家日本の歴史
勿論、江戸時代日本の軍縮術が主題ですが、戦国末期〜江戸初期の鉄砲製造技術を中心に日本の伝統的な技術力の高さについて書かれています。刀製造、土木、建築・・なんでも日本は凄かった。本作は、デーブ・スペクターが某雑誌で一押しされていたのですが、結局氏は親日家なんだな、と当然の事を確認してしまいました。

・「戦争の時代へ日本からのメーッセージ
 1543年に種子島に漂流したヨーロッパ人によってもたらした鉄砲は戦国時代の日本にまたたく間に広がった。そして、鉄砲伝来から100年もたたないうちに、日本は世界最大の鉄砲保有国となったのである。 それから200年後、日本と西洋が再び出会った時、そこには鉄砲をすてた日本人がいた。

 日本人にとっては、あたりまえすぎる「鉄砲伝来」と「ペルー来訪」の間に起きた事は世界でも類を見ない程の徹底した軍縮であった。この本は、戦争の時代とも入れる現代に、かつて日本人が行った事と、いま行おうとしていることを見つめなおす機会を与えてくれる一冊である。

・「鉄砲 vs 武士道
 種子島に伝来してから瞬く間に鉄砲が日本に広まっていったと言うことは、おそらく日本人なら皆一度は学校で習ったことがあると思う。このとても便利な戦争道具が普及した後、その地位を失っていった経緯について書いた本です。 その背景には世界における日本がどのような国であったかということも関係していますが、武士がどのように日本刀を使いどのようにたち振る舞うかを考えてできた「作法」が大きく影響していると著者は述べています。

 また、同時代における西洋と日本とを比べるとどうしても日本の方が劣っているように書いた本が多いような気がしますが、各種工業・技術において西洋よりも優れているものを持っていたことも書いてあるので、日本の優秀さを再確認できましたし、最初から最後まで興味深く読むことができました。 ちょっとした歴史物の読み物ではなく、論文を文庫本サイズに縮めたものなので、たくさんの資料を基にしてかかれています。ですから、当時の人々の考え方等を除けばとても正確なものでしょうから、資料の引用部をみるだけでも価値があると思います。

 最後に、副題に「日本史に学ぶ軍縮」とありますが、現代における軍縮と全く同じ意味で使われているとは思わない方がよいと思います。

・「我が国は軍縮の範となれるか?
戦国末期の日本はヨーロッパから伝来した鉄砲の国産化に成功、大量生産を行った世界有数の軍事大国であったらしい。ヨーロッパでは火器の普及後ずっと戦争に明け暮れたが、我が国は天下泰平の世、江戸時代を迎え大幅な軍縮を行った。そして明治近代を迎えるまで刀の時代に帰っていた。

しかし江戸時代の我が国は、軍縮によって技術の発展が止まったわけではない。例えば火薬の用途は弾薬から花火へと転じたのだという。花火は日本の夜空に美を咲かせ、夏の風物詩となった。

アフガニスタン・イラクと世界に戦争は絶えない。歴史上稀に見る奇跡の軍縮を成し遂げた我が国が、戦争に協力する行動を採ることなく、新たな軍縮の形を提示するすることは出来ないのであろうか?

・「歴史書と言うよりは
1984念に紀伊国屋書店から出たものの文庫化。 1543年に種子島に渡来し、長篠の戦いを始め戦国時代には大活躍した銃器。しかし、徳川時代には使用されなくなり、日本の銃の技術は衰退していった。なぜ、日本人は銃という有用な武器を捨て去ることが出来たのか。本書では、武家文化、刀、島国などをキーワードとして、その秘密に迫っている。 この本は歴史書ではない。決して実証的ではないし、事実関係の誤りも多い。むしろ、現代世界における軍縮の必要性と可能性を訴える内容になっている。執筆されたのは1979年であり、東西冷戦、自衛隊強化のまっただなかであった。限りなくエスカレートする軍事力に対し、警告を発しようというのが著者の意図なのである。 武器を捨てて平和な世界をつくること。かつての日本人に出来たことが、どうして現代の我々に出来ないことがあろうか。 

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫) (詳細)

平和学をはじめる

・「朝ナマがウザいと感じられたら、これをどうぞ
勘違いした過激なリアリズムや、硬直した反戦論に辟易した時に読むと、とてもすっきりします。 問題提起としては”平和でない状態=戦争だけではない”という、よくよく考えれば当たり前の視点が、意外に新しいと思います。基本的に教科書ですが、平易な文章で現代の”平和でない状態”を、さまざまな視点で整理されて書かれており、通読もそれほど時間がかかりません。(ただ、奇をてらった文章でもないので、内容的に面白いと思わないと眠くなってしまうと思います。当たり前ですが)

大学等の入試時の論文ネタとしても使えそうです。

平和学をはじめる (詳細)

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

・「長谷部憲法学という可能性。
日本における現代憲法学の最先端をゆくであろう長谷部恭男教授の筆による待ちに待った平和論。本書は、俗に言う「強い日本」志向の改憲論や「憲法フェティシズム」ともいえるような護憲論とは明確に袂を分かち、議論を現代民主国家の制度的淵源ともいえる「民主主義」や「立憲主義」といった諸論点から始めることで、より深いレベルから「平和主

義の可能性」を模索することを試みている(故に、著者が述べているように議論の内容はそれほど簡単ではない)。個人的に長谷部憲法学の最大の衝撃は、本書にも見られるように、平和主義の検討に「チキンゲーム」といったゲーム理論を持ち出したことであった(学部レベルの学生がやっていたらきっと教授に一喝されただろう)。

現実の国際情勢の中で、これらのゲーム理論がどれだけの有効性を保ち得るかは疑問も残るが(著者も認識の上での議論であろうが…)、神学論争に近い感情的な改憲・護憲論の応酬と比べれば、それでも議論の益は「天と地」ほどの差があろう。また、「人権」や「立憲主義」といった自らが

コミットする思想をも、簡単に相対化させて論じている点は小気味よい。国民の意見など「何処吹く風」の憲法議論がかまびすしい昨今、今井一氏が『「憲法九条」国民投票』で世に放った衝撃は大きかった。そして、憲法学界からの真打ちが放った二つ目の衝撃は、日本の安全保障における憲法議論を根底から変える力を持つオルタナティヴを提示していると

いえるのではないだろうか。いわゆる「護憲派」が述べる平和主義が日本国憲法の本質であるならば、第9条は早晩改正されるべきであると考えてきた。しかしながら、長谷部憲法学ならば支持できるのではないか??政治の多様性に乏しく、多くの国民がコミットできる政治的代表を持たずにいる現在の日本において、こう考えたのは私だけではないはずである。

・「1・2章だけでもおもしろい
「立憲主義とは、国家権力を制限し国民の権利・自由を保障する・・」「日本国憲法は、個人の尊厳をその中核的価値とし・・」「民主主義は、単に多数者の支配の政治を意味せず・・」

一般的な憲法学のテキストを読むとよくでてくるフレーズですが「なぜ民主主義なのか?」「なぜ立憲主義なのか?」「なぜ個人の尊厳なのか?」と聞かれると、うまく説明できないことは多いのではないでしょうか。

本書では、自明視されがちなこれらの憲法の核心的な概念をまさに「問い直す」ことで平和主義へのアプローチを試みています。法哲学・ゲーム理論・社会的選択論などの知見を駆使して進む議論は一般的な憲法学を学んだ人にとって刺激的なものではないでしょうか。文章は比較的平易で、予備知識はなくても読みこなせます。今までとは違った平和主義へのアプローチ。オススメの一冊。

・「憲法と平和を理性的に論じる視座を提供する
憲法と平和を論じる上で理性的な議論の視座を提供する良書。 なぜ多数決か、なぜ民主主義かから話が始まる。そして、立憲主義が民主主義とは緊張関係にあることを明らかにする。 「民主主義にもとづいて行使される国家権力でさえ制限されるという点に、立憲主義の強みとその謎がある」(13頁) 立憲主義を、比較不能な価値を奉ずる各人が、それでも社会として統一した決定を導出するための、公私をわける極めて人為的な装置、と位置づけ、我が国の平和憲法との関係を探る。

 憲法典は、準則ではなく原理であるという考えから、必ずしも文言に厳格である必要はない。事実、表現の自由や政教分離規定は言葉通り厳格に解されていないし、それで妥当である。だから、9条は現実に即していないと批判する人々は、9条のみは厳格な文理解釈をするべきという何らかの特殊な前提をおいている。一方、絶対平和主義はそもそも立憲主義と整合しない。なぜならば、警察力と人民による抵抗で国の脅威に立ち向かうことは、公私の境界をなくした戦争=地獄理論と親和するからである。結論として、穏和な平和主義を提唱する。長谷部教授の著作の入門的な本でもあり、憲法改正議論が盛んな今こそ、「理性的な議論のために」もおすすめできるだろう。なお、法学教室2005年10月号30頁とあわせて読むと面白いと思う。

・「しっかりとした論理の憲法解釈
この本は「平和」より「憲法」の方が主ですね。九条は最後のほうで、なぜ立憲主義を取るのか、そもそも憲法とはどういうものなのか、などをきちんと説明している本である。

私は九条改正派だし、著者の護憲論には若干疑問があるのだが、それでも護憲派の著者の論は聞くに値する。立憲主義、民主主義という、論議の土台になっている部分から問い直し、考えを構築していく。憲法学内のホープと言われているだけある。

以下は著者の九条論

著者は、まずゲーム理論により軍事的空白は戦争を誘発することを指摘する。また、軍隊によらないパルチザン的な抵抗は、軍人と民間人の峻別を不可能にし、戦争を際限なき地獄へと至らせる。その上で、九条は準則ではなく原理としてとらえるものだとする。つまり、例えば「表現の自由」が認められているからといって、他者の名誉を傷つけたりプライバシーを暴露するようないかなる表現も認められているわけではない。「表現の自由」を憲法改正することなく、プライバシーの権利を認めさせることはできる。同様に、九条も平和主義という一定の方向を示したものであって、文字通り「すべての」軍隊を禁じているわけではなく、自衛のための戦力は認められているとする。そして、自衛力を持つためならば九条を変える必要はなく、むしろ諸外国に余計なメッセージを与える可能性があるため、改憲の必要はないとする。

ただ、私自身は九条解釈は著者のが妥当だと考えられるが、それによる護憲へはある一つのハードルがあると考える。それは、すべての人が著者のような九条解釈を行う必要があるということである。つまり、憲法上は自衛力は認められているが、国民の多くが誤解してそう思っていないならば、政府が自衛力を行使したときに国民の批判が高まり、本当は行使できるはずの自衛力が行使できない、またはしづらい状況になる、という可能性が大いにある。そして、現在でも自衛隊を意見だとする政党が国会の議席を占めており、下級審とはいえ一度違憲判決が出たことがあるという現状を考えれば、そうした可能性への危惧は決して杞憂ということはないだろう。著者は「憲法解釈を最終的に決めるのは憲法学者」と予防線を張っているが、政府が見るのは憲法学者の意見ではなくて国民の意見である。なので憲法学者がお墨付きを与えても、政府は国民の意見を聞くよりほかない。ゆえに、現状のような誤解の多い九条は、いざというときに足を引っ張る可能性があり、変える必要がやはりあるといえるだろう。

九条論議に興味がなくても、憲法に興味があるのならオススメです。

・「立憲主義
立憲主義を元に日本国憲法について考察していくのが本書である。ただ著者の「立憲主義」の使い方と巷の凡百の憲法学者との使い方には相違が相当程度あるので注意が必要だ。自然権というものについて決して自然な考え方ではないと述べた上で、「人が人であること自体によって、自由で平等だと考えることが、人のありのままの自然の傾向であるかも、おおいに疑わしい」と述べる。穏健な平和主義への選択肢として5つを挙げ、1つ1つを考察していく部分を見れば著者の論理的能力にうならされるであろう。

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書) (詳細)

アイアンマウンテン報告―平和の実現可能性とその望ましさに関する調査

・「挑発の書
本書の論は、「戦争は社会にとって必要である」というものだ。

そんな、とんでもない、という人がほとんどだろう。そういう人は、本書を読んで、そのロジックのどこに間違いがあるか、じっくりと考えてみてほしい。この本は、真面目にとる本というより、挑発として受け止めて、反論を考える本だろう。

本書では、戦争は、経済的余剰の消費手段として必須であり、社会は敵を必要としており、人口余剰をどうにかする手段であり、社会安定化のためにも戦争は必要だ、といった感じである。そして、代替案の可能性を一つ一つ反証して、結局有効な手段は戦争しかないと結論する。

経済的な論は、バタイユの蕩尽を彷彿させられる。だが、バタイユは『呪われた部分』で、戦争の可能性を回避すべく手段を考えている。ロジックは同じだが、バタイユは正反対の結論を導いているのだ。

政治的・社会的な論は、シュミットのそれと非常に類似している。『政治的なものの概念』で展開された「友ー敵」理論はまさにそれだ。だから訳者も触れているように、本書を読むならばぜひシュミットの著書にもあたってほしい。

人口の話はマルサスを考えずにはいられない。だが、マルサスは道徳による人口抑制の可能性を2版の『人口の原理』では認めているのを忘れてはならない。

とりあえずの本書への反論としては、「軍備を減らす方向に動くことと、警察力さえなくした軍備ゼロの状況にすることとは違う」と言っておこう。最低限の必要な軍備も存在するわけだ。これを認めさせるだけで本書の論は崩壊する。だが、それと同時に、あらゆる軍備的なもの、『力』を象徴するものを否定する平和主義者もまた誤りであることになるのだが。

・「文書作成の最高の教科書
本書の内容はともかくとして、主張の本質を明快に書くための文例集として極めて良質な教材といえる。学力低下が懸念されているが、戦後教育を受けてきた世代には実際まともなドキュメントを作成できない者は多い。小学校の国語教育や企業内教育に本書を取り入れてはどうだろうか。

・「文書作成には最高の教材
内容は別として、本書の本文の書かれ方は、訳の分からない文章が巷に氾濫する中で、言いたいことの本質を明快に表現するためには、どのように文章を書けばよいかというとてもよいお手本となる。国語教育に取り入れるべき良書といえるだろう。

・「ワカッタ風総括論がお好きな人に
この本については、「はじめに」を最後に読みたかった。人間だまされたいって思うときもあるし...逆説的な意味での平和論だと思うんだが、こういうシンクタンク風のワカッタ風総括論(それにしてもよくとりまとめられてるし、ディテールもこういうレポート読みなれている人には面白いんだと思う、訳者によるあとがきも必ず参照)よりも、 個別論の「鉄砲を捨てた日本人」みたいな平和論の方がより興味深かかったりするのはなぜなんだろう?

アイアンマウンテン報告―平和の実現可能性とその望ましさに関する調査 (詳細)

軍事学入門 (ちくま文庫)

・「大人になるための読み物
軍事の話をすると、酒場でも会社でも、途端に「ヤメ、ヤメ」みたいに年長者は両手で場の空気を変えようとする。「士農工商××軍事」か?この日本では正義で戦うことも、暴力から身を守ることもまともに論じることができない。そんな国にあって、同書のような卓見は、大いに広く読まれることが望ましい。恐怖とか、暴力とか、「煽り、煽られ」るものではない。戦争=軍事行動は政治の延長なのだから、「民主的に」行なわれることもわかってほしい。

・「軍事を広い観点から俯瞰する入門書
 19世紀以降の戦史に詳しい別宮氏による軍事・戦争に関するQ&A集である。通常の大学の一般教養に国際政治学や戦争学がほとんど無いため、我々は世界諸国に比べて非常にこの分野への理解が乏しい。この本では、様々な疑問に歴史的事実を持って回答してくれる良書である。「宣戦布告なしの開戦は合法?」  →「はい。宣戦布告とは国内及び中立国向けが主眼だからです。」「クラウゼビッツの“戦争は他の手段をもってする政治の延長である”は本当ですか」  →「近代的参謀本部の設立以降、外交と関係しない戦争が発生したため、現代ではNOです。」「民間人が軍隊に対抗できる?」  →「独裁者に率いられた軍に対しては不可能です。1万人集まっても、小銃で武装した200人に蹴散らされます」「軍人は好戦的か?」  →「絶対に勝てる保証が無い限り、将軍というものは非常に臆病です」「戦争になりやすい国は?」  →「隣国同士です」といった具合で、その内容には唸らされるばかり。 止めの一発は、「ハト派のフリをして口先で平和を唱え、隣国と友好第一を唱える人物が、じつは平和にもっとも危険なのです。」 どっかの国にもいますね。

・「平和を維持するためにこそ
平和の維持のためには軍事というものを近代史に照らして学ぶべきであり、この本はその役目を果たしていると感じた。この本には目から鱗が落ちる話が多かった。以前は非武装中立の思想に惹かれるものを感じていたが、この本を読んだ結果、自国を弱く見せることこそ戦争を誘発するのだということを認識した。また、容易に降伏することは同盟諸国への裏切り行為であることも認識した。かつて第1次世界大戦でドイツに対して毅然として立ち向かったベルギーの姿は精神的に素晴らしいだけでなく、政治的にも正しい。この本からは、平和とは現状の境界線維持であるということも学んだ。主義主張、誇大な構想、ロマン主義によって戦争は誘発される。居心地が悪くとも、現状の維持のために外交および軍事的な努力を続けることが重要であると感じた。

・「企画自体は面白いのだが………
大層なタイトルが付いているが、戦略や戦術等についての専門的な話が出て来る訳ではない。「戦争はどのように始まるか」「戦争の『大義』とは何か」「勢力均衡について」「戦争を起こさない法」等の設問をずらっと並べ、19世紀以降の戦争の事例を参考にしてそれらに回答すると云う内容。『戦争ってなに? なぜなに一問一答』とでもした方がいい。日本の学校教育ではこうした事柄を議論する場は略皆無に等しい為、企画自体は大変面白い。

但し答え方が余りにも恣意的でいい加減。大体、上記の様な非常に一般性の高い問題について、各々僅か2、3頁で本当に答えられると思っているのだろうか? 例えば、時には外交に於て軍事力が重要性を持つ局面があることは解るが、そこから「軍隊は平和を維持する唯一の積極的手段」などと一気に一般的結論に敷衍されては、首を傾げざるを得ない。また著者は「弱気」の外交はどうしても許せないらしいが、平和主義は他国からの侵略を招くから駄目だなどと、「銃を持たなければ強盗に襲われる」と考える一部のアメリカ人並みの発想で以て、武力の保持自体が攻撃の口実とされる現状をどう説明する積もりなのだろうか? いちいち挙げればキリが無いが、物事を単純化し過ぎて現実が見えていないか、見る気が無いかどちらかとしか思えない。

他にも、この著者は悪者を作るのが大好きらしく、「イスラム国家は侵略を容認する」「共産主義者は人がモノやカネだけで動くと思っている」「日本の平和運動家の多くはマルクス主義者」「中国は民族主義教育を行っているので、日本が友好を求めても無駄」等々の妄言がてんこ盛り。その一方で例えばイラク戦争を侵略戦争と認め乍らも、石油目当てではなくフセインが「かつて侵略戦争を実行し」「テロリストを匿い」「悪逆非道に統治した」からだなどと、アメリカに対しては忠犬的姿勢を崩さない。著者の頭は半世紀程前に成長を止めてしまったものと見える。本書を読んでも幾らか得るところが無い訳でもないが、「国際政治は食うか食われるかしか無い」と云う前提に立つ人ではなく、もっと相対的な視点を取れる方に書き直して貰いたい。

軍事学入門 (ちくま文庫) (詳細)

新・戦争学 (文春新書)

・「人生を理解するのにもよい
イギリス陸軍少将J・F・C・フラーが「銃が歩兵を生み、歩兵が民主主義を生んだ」と説いた。人類の歴史の中で多くの国々で主力となっていたのは騎馬だった。しかし馬は飼育が難しく飼育するためにあ財産が必要であり、騎馬を操るのは訓練が必要だ。そのため有る程度の富裕層でなければ馬を持つ事ができなかった。しかし銃が発明され、騎兵が無力化され。誰でも使える兵器である銃をもった歩兵が主力となった。歩兵は徴兵される市民によって構成されることになり、そのことが一般の市民の発言力の強化につながり、民主主義が生み出されたとの考えだ。事実、近代徴兵制の成立は、フランス革命によってもたらされた。革命によって、貴族制度が廃止され、それまで国を守ってきた騎士たちは軍隊から外された。しかし革命が波及する事を恐れた周辺諸国は、次々とフランスに侵攻を始める。そんな中でフランスは、市民による軍隊を作る事が迫られ、それが近代徴兵制の成立に繋がったのだ。民主主義と徴兵制は、相反するものではなく、実はこのように一体のものであった。

このような歴史を知らなければ、軍隊や戦争というものがわからないでしょう。新戦争学には、第二次世界大戦から冷戦時代に至るまでの戦争の歴史が描かれ。何故、そのようなことが迫られる事になったか、そうした歴史と政治の背景が書かれています。この一冊を読む事が大切な理由は、こうした事を知る事で、いま我々がどういう状況にあるか理解する事ができるだけではなく戦争の知識が実は我々とは離れたものではなく常に身近に必要な知識であるか理解できるからでしょうそのことは外交や政治だけではなく、歴史にも人生を理解する事にも繋がると思います

・「「揺るぎなき指針」を得る。
●状況が常時変化するという点では、「戦場」と「日常生活(家庭・職場・・)」は酷似しています。故に、一瞬の判断の狂いが生死を分ける戦場での知恵は、人間のあらゆる活動に応用がききます。●戦略と戦術、インフォメーション(=あいまいな情報)とインテリジェンス(=根拠の明確な情報)を区別・駆使して生きていこうとするすべての人に著者の著作全般は役立つと思います。(バラバラに読んでも解る人ならいいですが、軍事用語の意味がわからない人の場合は、著者の他の著書で説明があるので相互に意味を補完できます。例えば、陸軍の編成における「方面軍」「師団」「旅団」の違いなど。)●日々の生活で直面する諸問題に柔軟に対応する上で、著者の書籍は様々なヒントを与えてくれました。(特に商売人にとっては「企業コンサルタントの書いた戦略本」よりも、格段に有益だと思います。)ちなみに「軍事革命(RMA)」もかなり面白かったです。

・「企業戦略・事業開発に関わる人に推薦します
企業戦略・事業開発に関わる仕事をしている人に推薦します。

完全市場が現実には有り得ない以上、企業経営者は「市場の霧」の中で選択し、決断し、トラブルを乗り越えて成果を出さなければなりません。

この本は情報が不完全で流動的な状況の中で組織をまとめ、全員を成果に駆り立てるための組織運営の原則が書かれています。

軍事マニアだけに読ませておくには、あまりに惜しい内容だと思います。

・「左翼よりの政治家だけでなく、左翼よりのマスコミと国民に必読の書!
 この本は軍事史を紹介しながら、軍事学の初歩を説明している。これまでアメリカ帝国と中華帝国の政治目的による政治宣伝により、日本人は軍事を危険視してきた。しかし21世紀初頭に国民の運命を決定づける大戦争が起きる。そして軍事と外交の両面から防衛戦争を決断する必要がある。よって政治家を選択する「マスコミ」や国民が、国際関係学と「軍事学」の初歩を知るべき。さもないと日本人は奴隷にされるであろう。日本を防衛するためには、イスラエルのように、被害を恐れずに「独自の戦術」で「侵略者」を攻撃しなければならない。しかし日本は、単独での防衛を行えない「属国」である。しかもアメリカは、歴史的に日本を守る気など無い。例えば冷戦初期、アメリカ海軍は日本近海での艦隊の作戦計画な!!ど無く、日本は自前で空母2隻を保有する必要があった。しかしアメリカはそれを阻止した。しかも日本に核弾頭が落ちても、今だにアメリカの核兵器は発射されないシステムである。

 私見だが、日本を防衛するためには、日本人独自の憲法と有事法制を制定する。そして日本軍独自の戦闘教義(得意技)に基づき、必要な装備を調達する。例えば核兵器や大量の予備役師団などである。そしてその装備をアメリカだけでなく、ロシアからも調達する。そのためには、国家戦略に基づきアメリカと一歩距離を置く必要がある。なぜならアメリカは「善意の足長おじさん」ではなく、自己中心的な普通の超大国に過ぎないからだ。戦うのがいやなら、奴隷になり死ねばよい。ただし攻撃対象は戦闘員のみに絞るべきだ。なぜなら非戦闘!!員の虐殺は怨念となり、長期的に不利である。そして空軍のみの攻撃は無意味であり、海洋国家日本が中華人民帝国に陸軍を常駐することは鬼門である。私見だが、日本から侵略せずに日本の防衛体制を整えて、中華の内乱を待つのが良いであろう。

・「前作よりは買う人を選ぶかな?
前作「戦争学」に続き、良い本であると思う。でも、自分的には前作は

・歴史から原理を抽出し、他の場面にも応用を考える人・歴史そのものに興味があり、歴史の勝者が具体的にどう勝ったのか? を知りたい人・軍事や国際政治などに興味のある人

大きく言って3つの読者像があったと思うが、今作の読者像は3番目の人に限定されてしまう気がする。

※そういう人にとっては買いだと思う。

1番目しか目的のない読者であれば、その主張は前作で尽きていると思われる。松村氏の著作でその発展を考えるなら選択は本作ではなく「戦術と指揮」あたりになるんじゃなかろうか?2番目の目的しかない読者でも今作には向かないと思う

新・戦争学 (文春新書) (詳細)

「正しい戦争」という思想

・「穏やかな平和主義?条件付きの好戦主義?
「正しい戦争」とは、条件付で戦争を認める考えです。「自衛戦争すら認めない平和主義ではないが、およそすべての戦争を認めるというものではない。武力行使の必要な事態があることは承認するが、その原因と方法に「正しさ」という条件を付すもの」と序論にあります。様々な文明圏を広く見ると「正しい戦争」には、聖戦、正戦、合法戦争の3類型があります。十字軍の聖地奪還や異教徒改宗を目的とした聖戦と正戦が同一視された中世から、西洋の公法から見て野蛮な人を文明化する目的の人文主義的な正戦論に拠った大航海時代。この時代の流れを西洋史から見た研究と、他方、侵略されたインカ帝国側から見た研究があります。また「正戦」思想の宗教的な背景を、キリスト教側とイスラム教側の専門家が考察した論文が2編。さらに現代の視点から、Carl SchmittやJuergen Habermasなどドイツ思想家の「正戦」思想を紹介したものと、Jean Bethke ElshtainやMichael Walzer,, Michael Ignatieffなど米国のそれとが、1編づつあります。国際法から見た「合法戦争」「正しい戦争」論が1編あります。現代では、正しい戦争とは国際社会が実定国際法または国際機関または国際世論によって合法とみなす戦争とのことです。この本は、議論百出するこの問題の今後の議論のための素材を整えてくれています。

9条で育った僕の年代には、この問題を冷静に扱うこと自体が簡単ではありません。僕と同じ様な方には、「はしがき」と「序論」をゆっくり読むことをお薦めします。史家としての冷静公平な目で全体を見ており、考察対象を3分法で明晰に述べられています。錯綜した用語のはっきりした理解、後続の論文が扱う問題への手引きと共に問題への適視距離に自分を置く模範例を読者に与えてくれます。敬服しました。

・「「正戦」の復活は是か非か
 いまの世の中、戦争それ自体を「善し」と言いきる人は殆どいません。さはさりながら、この21世紀の今日ですら戦争がなくなっていないということも、残念ながら冷厳な事実です。国家は何ゆえに武力を行使し、人はまた何ゆえに戦うのか。古くて新しくて重くて難しい問題です。 本書は、古代ローマから今日に至るまで、戦争という営みに対する人間の捉え方を、法・宗教・思想という3つの観点から分析し、右の問題に対する考察の糸口を提供しようとするものです。キケロ、グロティウス、カール・シュミット、ハーバーマスなど、古今の思想家・法学者の思索を概観しつつ、戦争に対する時代的な見つめ方が変容していく様子が、平易に、かつ多角的に語られていきます。 NATOによるコソボ空爆等を契機に、欧州中世の「正戦」的思想の復活傾向が指摘されるなか、本書は、これからの人の世の安寧を考えていく上で、たいへん示唆に富んだものを含んでいると思います。 複数の著者による論文集の体裁をとっていますが、しっかりとした縦糸を通す工夫がなされており、こうした点でも好感の持てる一冊です。

・「歴史・宗教面から多角的に解説した書
 本質的には、キリスト、イスラム教とも平和主義であるにもかかわらず、中世・近代の聖地の防衛、生まれながらの奴隷たる野蛮人への善意による統治、福音の布教やその他の侵害などの理由で、征服戦争を正戦とし、現代では、人道的介入や米の行っているテロと同様の恐怖を世界にまき散らかしてる予防戦争を正戦と解釈している。

 ウォルツアーは、民族浄化や組織的な虐殺、生命と自由の侵害に限定されたミニマムな「人権」侵害のみを理由とする、人道的介入を条件付で正当化しており、その部分には賛同できた。 但し、国連かNATOによる介入かコメントせず、中ソ対立の代理戦争様のベトナムによるカンボジア侵攻から中越戦争があったにもかかわらず、それも隣国がする場合が現実的に成功する可能性が高い例としてあげている点、オルブライト米国務長官により外交よりも武力介入が進められ、NATOに守られたアルバニア人によるセルビア人への蛮行が続いた点に触れずに、コソボを「介入するが迅速に退却する」原則の例外にしてる点については、不満を持った。

 いずれにしても、正戦であろうがなかろうが、当事者民衆にとってみれば、災難にかわりはなく、文化・経済を含めた外交や、経済格差を縮めるといった根本的解決がなされぬ限り、拡大解釈による「正戦」が止まることはないだろう。

「正しい戦争」という思想 (詳細)

「戦争学」概論 (講談社現代新書)

・「戦争をどうこう言う前に読むべき一冊
「戦争とは政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」 このクラウゼヴィッツの定義がこの本の重要なテーマになっている。 日本では、第二次世界大戦での軍部の暴走から戦争が起こったために、戦争は「軍部」が起こすものだと思われているが、そうではなく、戦争は「政治」がおこすものであって、だからこそ政治家がきちんと軍事を学ばなければならない。

初めの2章程は地政学にページが割かれている。地政学とは要するに、世界のどの地域をおさえれば自国が有利になるか、ということだと思う。世界の国々はこの地政学的思考によって大戦略を定め行動しているのだが、日本には地政学を研究している機関もなければ大学での講義もないらしい。それは日本の第二次世界大戦での大東亜共栄圏構想等の過ちを地政学のせいにしているからであるが、筆者にしてみればそれは間違いであり、地政学自体が悪いのではなく、その適用が誤っていただけだという。

その他、ナポレオン戦争からイラク戦争まで、戦争がどのように変わっていったのかが書いてある。新書にしては300ページ程あってすごく読み応えがあった。

「世界の安全保障の中心には、いやでも軍事があり、現実に戦争は頻発している。たとえ、日本から決して手を出すことがなくても、攻撃されることを百パーセント避けられる保証はないのである。筆者は戦争を推奨するために、戦争を学べと主張しているのではない。知らないことがもっとも危険であると言いたいのだ。」 もう、めちゃくちゃ賛成。

・「とりあえず政治家は読むべきだろう
まず、私自身は筆者の内容に全面同意するわけではない。(特に日米同盟のところとか)だが、戦争学初心者にはとりあえず読んでみることを薦める。

とりあえず、暴走するのは軍部だけではない。戦争は愚かな政治家が起こす、というのはまさにその通りであろう。だから、戦争を防ぐためにも政治家は戦争の勉強をしろというのももっとも。

しかし、下の方も書いているが、この本は地政学を軸に戦争を分析しているので、判りやすくはあるが、いささか簡略化しすぎのところもあるだろう。ほかの戦争学の本も読んでみるのがいいと思うが、とりあえずこの本をステップにするのは悪くないと思う。

・「戦争学の名著です!
極めて平易に、国家の安全を図るために必須の学問である「地政学」の重要性を語りつつ、日本の軍事的安全保障の基本がきちんと示された稀有な本である。類似の本の中で、これくらい分かり易く、バランス感覚に優れた確かな洞察力で書かれたものは他にはちょっと見あたらない。国会議員の必読書として、そして優れた有権者になるための基本書として、本書はぜひお薦めしたい。

・「多くの内容を盛り込んだ解説書
 最初の2章で「地政学」について解説。その後の6つの章でナポレオン戦争から第一次・第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争など具体的戦争をとりあげ、そして、最後の章で「アジア太平洋の戦争学」として日本の安全保障について解説している。

 300ページ近くと新書にしては分量が多く、読み応えがある。随所に「なるほど」という記述もある。近代以降の戦争についてしっかりと解説しようという意図を充分に感じる、好著である。

 しかし、その反面で、これだけ多くの内容を一冊に盛り込もうとしたことにはやや無理があり、紙幅の関係でやや説明し足りない章もあるように思う。

・「無駄に戦争に詳しくなれる
本書は『概論』とありますが、概念や歴史は詳細に書かれてあり、それを専門としない人間としては結構お腹いっぱいになる内容です。本書はその構成として大きく分けて三つに分けられます。

第一講第二講が本書の議論の中心になる思想である地政学について、その概論となります。ここではまた『戦争は政治の一手段である』というクラウゼヴィッツの命題の下に、地政学により政治的な大戦略を立てること、そしてその大戦略があって初めて軍事があることの重要性が何度も念を押されて強調されます。

第三講から第八講までが本書のメインの部分で、先の講で提示した地政学の下に歴史上の戦争を紐解きます。フリードリヒ大王の制限戦争、ナポレオン戦争と絶対戦争の萌芽、その発展としての一次大戦と二次大戦、核抑止力が働き世界が二極化した冷戦、そして記憶に新しいゲリラとテロとの戦争について、軍事という面から歴史を眺めるのですが、この部分が素晴らしい。まず軍事から見る、とはっきりと制約をかけて歴史を解説し、またそれが成功している、つまりその制約をはみ出すことはなく、また軍事面から見て文句のつけようがないほど詳細に(ある種、新書を読んで勉強しようなんてレベルの人にとっては不必要なほど粘着質に、ていうか単純に著者の趣味なんじゃないか、と疑わせるほどに詳細に)書かれてある点が素晴らしい。面白いです。読んでて楽しめました。またもう一つ素晴らしい点は、軍事という視点のみで惑うことなく歴史の流れを追うことができるように書かれてある点です。これは歴史というものが、本質的には戦争によって動いてきたという事情にもあるのかもしれませんが、フリードリヒ大王の制限戦争がナポレオンの絶対戦争で打ち破られ、またその絶対戦争が二次大戦で極まり、核兵器により戦争に制限戦争が復古してきて、またイラク戦争で完全に制限戦争が復古される、そして高らかに

「戦争においても主役は「軍事」ではなく、あくまで「政治」であるという、フリードリヒ大王時代の戦争に戻ったのだ。」

と宣言される流れは感動的ですらあります。

最後の第九講「アジア太平洋の戦争学」は今後の日本の国防に関して著者の主張が、今までの議論を踏み台にしてなされます。はっきり言って、この節は個々の問題がバラバラでまとまりがなく、またあるときは感情的で論理性を欠き、あまりよい出来ではありません。まあ軍事の専門家として現在の日本の国防に憂うことがあるのでしょう。軽く読み流せばよいかと思います。

最後の節はあんまりですが、軍事の歴史を無駄に詳細に語った中の節が最高すぎるので、近代史に興味のある方は絶対に読んで損はないと思います。

「戦争学」概論 (講談社現代新書) (詳細)

地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721))

・「日本人に馴染みの薄い地政学を学ぶ上で最良の入門書である
地政学は、日本では戦後、軍国主義否定の名のもとに葬り去られてしまい、地政学の講義を置いている大学が皆無になるほどお寒い状況にありますが、日本以外の国では外交戦略や軍事戦略を決定する上で重要な役割を果たしています。この本はその地政学を分かりやすく解説した数少ない入門書として非常に役に立ちます。入門書なので内容もそんなに難解なものではない上に、新書なので値段も安く、地政学の概念を分かりやすく解説してあるので国際政治を学ぶ人だけでなく、広く地政学について少しでも関心のある人にはオススメの本です。

・「国際関係を理解する上での必読書
 「地政学」の本を読みたくて、初めて手に取った本ですが、良いです。 入門書としては最適では、地政学の開祖マッキンダー(英国)の海洋国の外交戦略の基礎としての大陸との関係の捉え方、彼の考え方が後の国際連盟、NATOに繋がっていたとは・・・、ドイツのハウスホーファーの地政学、アメリカのモンロー主義にいたる変遷がわかり易く纏められています。 日露戦争に到るロシアの満州進出がドイツに後押しされていた事、シベリア鉄道がフランス資本の資金協力で建設されていた事はこの本を読むまで知りませんでした。 日本は歴史上、大陸の中国との関係で捉えがちですが、より広い世界観で捉えていく必要を感じました。 日本は海洋国家であり、海上貿易によって成り立っていることは英国と同じで、第二次大戦までの大陸進出やドイツとの同盟等が、地政学的に考えて間違いだったといえるので・・・、 この本を読んだことによって国際関係の記事の読み方が変わりました。国際関係を理解する上での必要な基礎知識だと思います。

・「常に地球を相手にする政治学
 「地政学とは常に地球をひとつの単位としてみて、その動向をできるだけリアルタイムでつかみ、そこから現在の政策に必要な判断の材料を引き出そうとします。つまり、常に地球を相手にする政治学だから地政学といいます」 この言葉で始まる本書は、地政学の成り立ちと基本について記された本です。軍事を考える上で「地球をひとつの単位としてみる」という考え方は非常に重要です。軍事は政治の一部であることを理解するうえでも、非常にためになる一冊だと思います。 また、「地政学って何?」とおっしゃる方にとってもよい入門書となっています。

・「地政学の基本を知るならこの一書!
地政学に興味があった自分ですが、なにぶんにもその本自体が少なくてしかも何を読めば良いのかもわかりませんでした。

アマゾンで地政学と入力検索した結果、当時この本が一位に出て来たので“地政学入門―外交戦略の政治学 ”のタイトルもあり買って読んでみました。

地政学での重鎮である、マッキンダー、ハウスホーファー、そしてマハンの思考が判り、地政学の基本がわかること請け合いです♪

1984年の本であり、古さはありますが、今のアメリカを中心とする世界の動きを見るに照らし合わせると、まったくその地政学の戦略で動いているのがわかるので基本的で普遍的なこの本はやはり“地政学入門”にぴったりだと思います♪

・「国際政治の基礎
本書は地政学についての基本的考え方を学ぶ為の地政学概論である。勿論本書は専門書では無いが、国際政治を観る上で必要と思われるような要素は多分に含まれていると思う。地政学の歴史としては、ドイツ地政学を始めとしてイギリス地政学、そしてアメリカ地政学までを丁寧に解説してあり為になる。そして、ハートランド理論を少しでも学んで置く事は、中東問題について解決の手助けとなる事は否めないであろう。最後のアメリカ地政学の描写は、多少古くなりつつあるが、要素を汲み取れば問題は無い。今後、重要請を増して来るであろう地政学の専門書が少ない限り、本書は大変重要な意味を持つであろう。

地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721)) (詳細)

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)

・「歴史の残酷さを思う
本書は、まさに大東亜戦争開戦のわずか一年前に出版されたものであるそこでは、太平洋を挟んだ日米決戦は数十年以内に起こるであろうから、その日のために日本は経済的、社会体制的、軍事的に準備せよといったことが書かれているしかし現実は日本にそのような猶予を与えることはなかったそして石原ら戦前の社会改革思想家の理想は敗戦と日本人だけでも310万人の死者を生む無惨な結果に終わったと言わざるをえない(彼等の理想は戦後、岸信介らをリーダーとしてある程度実現したが)しかし、本書が全く無意味かというとそうではない

一見エキセントリックとも思える第五章の日蓮宗の教義をもふくめ、ここで書かれていることは、戦前の(そして戦後から現代をも含めて)日本の政治指導者たちの行動原理の大きな一部を形成しているのだ

そういった意味でも本書は現代日本人必読の書と言えるのかもしれない

・「彼の未来予想図
東条英機に面と向かって総理辞めろといったという、昭和の異端児石原莞爾の講演録。

世界の戦争を歴史的に分析するところから始まって、最終的に世界が一つになるという彼独自のものと思われる思想を展開する。

その理論上に太平洋戦争をおいており、太平洋戦争自体の善悪はまた別の問題として、世界戦争が今後短時間に決着が着く戦争になり、その後大量殺人兵器(核という形で実現したが)が開発され、その驚異によって超大国による一極支配が到来し、世界平和が到来するというかれの理論は、是非はまた別として、すばらしい洞察力であると思う。

ただ、その一極支配をもたらすべき核があまりに強い力を持つために世界に冷戦を招いたことや、また、兵器としても実効力は大きくなく、そのような象徴的兵器の為に、テロリズムという形態で新しい長期戦が到来する事まではさすがの彼にもできなかったようである。

しかし、戦争史を知るのにも適しているようにも思えるし、必読とまではいわないが薄いし読みやすいので読む価値はあると思う。

・「「最終戦争論」
次回の大戦で、究極の戦争が終ろうとしている。それも半端ではない。地球の人口は半分になるかもしれない。世界も統一するといっている。そこに日本はいる。否、日本は苦労して、真剣に戦わねばならない。敵を恨むとか侮辱するとかを超え、敵に十分敬意を持って、正々堂々と闘わねばならない。これを「世界最終戦争」とするために。

石原莞爾。彼は生粋の帝国軍人であるが、ミリタリストではない。恐らくその対極に位置している。彼の世界観は、じつは「武」ではなく、日本人の謙譲の徳や、慎みの姿勢、そして天皇や八紘一宇という建国の御精神の本来意味する所に、一番の大切な核がある。国力が増進すれば、とくに日本民族にはいっそうの慎みをと戒めているのである。危険思想といわれるかもしれないが彼を信頼したいのは彼の姿勢である。彼は、日本の「良さ」と「使命」を、敗戦後もずっと信じて捨てることはなかった。つまり、「空気」で軍国主義やその逆を演じるようなやわな人物ではなかった。彼は、実際日本国土の数倍に匹敵する満州を僅かな兵力で乗っ取る頭脳があった。人の観ない点で物事を見ることができた。ある目的を遂行してからは、満州を返すといっていた。そして、余りにも早く到来してしまった大東亜戦争に、反対した。この桁はずれた計算力が、慄然とするのである。

この種の鬼才は滅多に出現しない。戦後の極東裁判にも自ら出廷を請う男である。この種の「永遠平和論」は、今の日本人には絶対に想起できない。天皇を戦犯にしようと言う人すらいる状況である。不謹慎かもしれないと思いつつも、私はこの男に魅了される者はいていいと思う。

因みに、まったく受付けないというなら別だが、彼の予言を後知恵で批判するのは、正しくない。彼こそは、決戦兵器や軍事情勢の未来筋を、当時予言して当てた、恐らく世界でただ一人の人物である。帝国陸軍が誇る、最高の知能。

・「ジパングでおなじみの石原莞爾の講演録
かわぐちかいじ氏の人気コミック「ジパング」で一躍有名になった石原莞爾の昭和15年の講演録。昭和15年になんとなく読みにくそうな本だろうと思われるだろうが、当然、新字新かなだし、講演録だから、口語体であり、実に読みやすい。

この本を読めば、「ジパング」で石原莞爾が講演で登場したのも納得。あの講演をもっと聴いてみたいと思われた方には、絶対お勧め。

・「この人は
本当に先が見えていたようですね。目先の事に惑わされず日本陸海軍がこの先どうあるべきかを明示した鋭さには敬意を表したい。

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀) (詳細)

戦争論〈上〉 (中公文庫BIBLIO S)

・「歴史的著作物のひとつ
「戦争全体は人間の弱点を前提とし、この弱点に目をつける」。「正しい方針を立てる人のみが奇襲できる」。まるでグリン・スパン元FRB議長の演説のように難解で含蓄のある表現が多いのは事実。誰でも読み進められるような本ではない。ただし、説明は冷徹なくらい論理的で、それゆえ回りくどく長くなっているだけである。よって、その点に慣れてばくれば、むしろわかりやすくさえ感じる。

ただ、古くから世界の軍関係者に愛読されてきた名著であるものの、大量破壊兵器やハイテク兵器が幅を利かせる時代の常識からすると、率直に述べて、もう古い。

一方、「合理的目的が附加されれば大胆さは容易に発揮される」というような指摘は戦争だけに限ったものではなく、むしろビジネスマンにとって参考になる部分が多いかもしれない。実際、「上級軍人に必要な知識は、特殊な才能による考察、つまり研究と熟慮によってのみ獲得することができる」「批判とは理論的真理を実際の事件に応用すること」というような点や、あるいは、戦略と戦術の定義と位置づけと意義などは、けして軍事に限ったことではない。

簡単な本ではないが、読み解きながら時々姿勢を正したくなるような著作である。

・「国民戦争考察の古典
断言します、難解です。しかも未完です。にも拘らず、本書は高い評価を維持しています。というのは、歴史的に見て長期間国民戦争という枠組みに変化が無かったからです。内容は戦争行為を抽象化し演繹することによって得た原理と、ナポレオン戦争を分析し帰納することによって得た法則を対比させ、結論を導き出していくという方法で戦争全般の考察が行われています。

もっとも、クラウゼヴィッツが生きた時代の所為でもあるのでしょうが、問題点が無い訳ではありません。例を挙げると、欺瞞の有効性・兵站の重要性・科学技術の効果などを軽視している点でしょうか。この3点は現代戦に於いては、死活的な重要性を持っています。その辺は脳内で補完してください。

・「非常に読みにくかったが…
 極めて回りくどい表現のオンパレードで、上下巻を通読するのは、正直言ってしんどかった。まどろっこしい表現は、原典のせいか翻訳のせいかはわからないが(おそらく前者か…?)、通読するにはそれなりの覚悟は必要。だが、研究者でなければ、通読の必要も高いとは思わない。

 しかし、通読の必要性はともかく、第1部から第3部と、下巻に収められている第8部は読み応えがある。現代のビジネスパーソンにも、多くの示唆を与えてくれると感じる。

 マーケティングの世界は、(ライバル企業との)戦争の時代から、(顧客との)恋愛の時代へと、変遷したというのが、私自身の時代認識ではあるが、しかし、この「戦争論」は、ビジネスパーソンにも、有益な一冊(二冊?)になると考える。

・「戦争の考え方
クラウゼヴィッツは戦争を客観的に捉えており、政治的な解決手段のひとつとして考えないといけないという視点は国によっては今の世の中でも当てはまるところもある。ただ、戦争自体の悲劇を考えると他の平和的な手段も考え出す必要はあるが、戦争について思いを巡らせるには良書であると思う。

・「戦争論
クラウゼヴィッツは、生前は決して名高き将軍ではなかったが、卓越した理論家ではありました。軍人としての彼は凡将に過ぎなかったが、ナポレオンの戦争をその目で見て研究し論理的に構築する事が出来た。「戦争は外交交渉の代わりに「他の手段」、つまり武力が行使されているのであり、それは政治的交渉の一つの手段にすぎないのである。」彼が戦争論で説いた有名な一節。この言葉は一見すれば冷酷なようにも聞こえますが、私は極めて理性的な言葉だと考えています。なぜなら、この言葉が守られるなら戦争は感情ではなく、政治の手段として用いる事でコントロールしえるものだからです。感情的に戦争反対と叫ぶ人は、結局のところ、ベクトルがちょっと変わればすぐに戦争万歳と叫ぶようになります。情緒的な反戦論も情緒的な抗戦論と結局のところ、右回りか左回りかの違いであり本質的には同じものだから、そのときの雰囲気次第ですぐに変化するものです。それよりも、もっと冷静に判断を下せることが大事でしょう。湾岸戦争では当時のブッシュ大統領は、これをわきまえていたから戦線の拡大を望まず、クウェートからイラク軍を追い払うだけで戦争を終わらせた。しかし十年余り経て、彼の息子のブッシュ大統領は、これをわきまえる事が出来ず。感情的に突っ走ってしまったから、戦線を拡大し泥沼に入り込む事になった。戦争を外交の手段と位置づける事は、人の良識を過度に信じる人たちには非道な言葉に聞こえても、実際は極めて良識ある意見だと私は信じています。

クラウゼヴィッツの死後、彼の研究資料が、彼の未亡人から彼の知人たちにゆだねられ、一冊の本として出版された。それから180年近く経ちますが、いまでも世界中の士官学校で教科書として用いられ。わが国の防衛大学校でも学生たちが必ずそれを教わります。さらに戦争論は、軍事の枠に限らず、国際政治学の中でも必ず学びます。大量破壊兵器が用いられ、さらにミサイルや航空機の発達で、戦場と後方の区別が失われた現在の戦争では彼の論理は100%通用するわけではないでしょうがしかしその大枠は現在でも大切な事であり、外交と軍事を理解する上で必要な知識でしょう。

戦争論〈上〉 (中公文庫BIBLIO S) (詳細)

新訂 孫子 (岩波文庫)

・「多分、必須教養
「孫子」本はたくさんある。ハウツー本からマンガ、そして原典訳まで。この本は原典訳、そして「史記」に見える孫子たる人物の逸話にも触れている(二人とも)。

自分が思うに、ハウツー本は所詮、著者の主張であって、孫子の主張ではない。孫子の主張は原典の中にしかない。そして、それに自ら触れることで、自分なりの「孫子との対話」が完成する。

読めない外国語では日本語訳をあたるしかないが(ここにだって訳者の主張が混じる可能性はあるのだ)、孫子は高校漢文知識で読めるのである。訳もついてる。忙しくたってこの本を携帯し、休憩がてら時間をとるくらいはできるはずだ。ということで、社会人必須教養図書の一冊として推薦します。

・「世間のイメージほど薄っぺらな内容ではない
最近ビジネスの世界で孫子がブームである。解説書や、ビジネスと結びつけた本も多い。しかしなんといっても孫子自身の書いた本をよんでほしい。難しいのでは・・・と思う人がよんだら、きっと拍子抜けするくらい簡単な本だから。薄いし。

2000年前ととても思えないほど洞察に満ちたこの本は、圧倒的なリアリズムに裏打ちされている。たとえば孫子は兵を勇猛果敢、兵はかくあるべし、などとは書かない。彼は兵とは都合が悪ければ、目を離せばすぐに逃げ出すものだ、と言う。彼は戦争など下の下であって、国と国の最後の手段としてしか用いてはいけないという。彼は戦争に至らないためのありとあらゆる手段を尽くせ、という。

クラウゼビッツ(戦争論の著者)と大きく違い、彼は国全体の経済のなかで戦争を捕らえていた。戦争が国の経済に与える影響を良く知っていた。また、情報の重要性も知っていた。

できれば中高生に読んで欲しい。僕がそうだったように、人生が変わると思う。孫子は戦争に勝つための方法を書いたような薄っぺらな本ではない。大学生以上でも遅くはない、読んで欲しい。きっと何度も震えが来るはずだ。

・「意外にも現代性ある一冊
 中学生時代から何度か読んでいる。 内容は、この時代によくぞ書けたと思うくらいリアリズムに徹した著作である。他にも「呉子」「六韜」「黄石公三略」その他の兵家の著作の中で、唯一偽書でなくて残っているのが本書であるし、また内容的にも当時から最も評価されていた著作なので、それだけのことはある。 本書で特に強調されていることは、「兵は不祥の器なり」(老子)に繋がるいたずらな武力行使を戒める姿勢である。何せ今も昔も戦争にはカネがかかるのだ。また、政治的な解決を先行させずに武力で解決しようとすることが、紛争の早期解決には繋がらないとの洞察もあったのかもしれない。むしろ、武力に頼る姿勢は現代の方が顕著かもしれない。もう一度この思想を見直して欲しいものである。 また、間諜の重要性を異様なほど強調していることも本書の特徴だ。さすがに現代では「死間」は使えないだろうが、何よりも情報収集に力を入れることが、無駄な犠牲を減らすことに役立つという観点から、スパイ(というか、インテリジェンス)を推奨しているのだ。これは戦争に限らず、すべてのプロジェクトに応用できる考え方だ。 本書では、戦争のもうひとつの重要な要素である兵站は重視されていない。三国志の時代に諸葛孔明があれほど補給に苦しんだことを考えればこれは意外だ。本書が書かれた時代には、短期決戦しかなかったのだろうか。

・「 失ったもの
 高校時代に中国古典にかぶれて本書を読んだが 流石に 青春時代の幻想と妄想に満ちていた小生にとっては むしろ読んでいて腹が立つ本であったと記憶している。青春時代は 理想に燃える熱血少年だったということかと20年以上経った今では 当時の自分が懐かしい。

 ところで それから20年経ち 社会に出て 色々すれた後の最近に本書を読み返した。

 全く腹が立たない。

 実社会を経験したあとに本書を読むと はたと膝を打つばかりである。勿論小生は戦争が職業ではないし そもそも戦場に行ったこともないわけであるがそれでも読んでいて感に堪えないのが本書である。 つまり 戦争や戦場は現実社会の一局面であり 一方 我々の実社会も戦場の一面は常にあるわけであり 従い 読んで得られる所が多いわけである。ビジネス書で孫子の特集などが組まれているわけだが なるほど こんなに面白いのであれば 当然である。

 それにしても 本書を読んで腹が立った時代があった。年を取るということは 陳腐ながら 何かを失うことでもある。

・「全ての人が読むべき書
「彼を知り己を知らば百戦して殆うからず」孫子兵法の有名な、最も言いたいことだと多くの人が思っていることでしょう。それが大きな間違いだったことが、孫子兵法を実際に読むことで理解できると思います。非常に良い本ですが、勘違いしないでほしい本でもあります。

孫子は「教科書」でも「参考書」でもないのです。

「背水の陣」で有名な韓信をはじめ、名将といして名高い白起も、「戦は兵法書の暗記で勝てるものではない」と言っています。

戦争・経営・人生の最高のレクチャー本と断言していいですが、鵜呑みにすることだけはないようにしてください。「自分で応用できる人の中に孫子はその本質がある」

そんな書物です。

新訂 孫子 (岩波文庫) (詳細)

構造的暴力と平和 (中央大学現代政治学双書)

・「世界を貫く理論
 世界には不条理な格差がたくさんある。それは決して目に見えるものだけではない。その目に見えにくい「パワー」の分析を試みた書。平和学に激震を起こした「構造的暴力」の理論は、社会科学をする上で必読の一冊と言いたい。

 専門書なので多少の読みにくさはあるが、理解すると、その理論の美しさに気づく。作者が数学の博士号も持っているだけあって、特に第一章、二章では非常に緻密な議論がなされている。

・「個人体暴力だけでなく、構造的暴力をも批判する
平和研究のもはや古典的書。ガルトゥングの主要な論文が4本納められている。



筆者は、通常の暴力(個人的暴力)以外にも、構造的暴力が存在することを指摘する。構造的暴力とは、例えば完全自由市場のため、貧しいものが飢えて死ぬような場合である。これまでの平和研究は、顕在化しやすい個人的暴力ばかり分析してきたが、構造的暴力の分析も重要である。個人的暴力と構造的暴力とは、一方をなくそうとすると他方に頼らざるを得ないというジレンマが発生しがちだ。しかし、だからといって暴力の廃絶を諦めるのではなく、暴力をなくすよう努力すべきだ。



構造的暴力にスポットを当てたのは興味深い。ただし、都合の悪いものをすべて『構造』におしつけてしまうようにもなりかねず、そこら辺には注意も必要だと思った。また、筆者の帝国主義論では、中心国と周辺国とを非常に単純な構図で論じていたが、現実の関係はあのように単純なのかは疑問が残った。(実際筆者は仲介国をあとで入れているが、それにしても単純な構図には違いない)しかし、全体としては薄くてまとまっており、良書である

構造的暴力と平和 (中央大学現代政治学双書) (詳細)

違法の戦争、合法の戦争 国際法ではどう考えるか? (朝日選書 (782))

・「戦争について論理的に考えたい人は是非!
全く専門外の人間ですが、タイトルに興味を引かれて読みました。素人なりに戦争に関してはいろいろ考えてきたつもりですが、さすがプロは深くまで考え、また、それをわかりやすく表現するものだと思いました。例えば、我々はしばしば、戦争でどちらが正しいのか、あるいは、正当な開戦の権利があるのかということに関心を集中する。もちろん、それは必要なことだが、しばしば不毛な結果しか生まない。それよりも、戦争において、どのような行為が正当でどのような行為が違法なのかということに関心を集中した方が有益な場合が多かった。あるいは、中立国は自国がそう思うだけではなく、他の国から中立国と見なされなくては意味がない。したがって、強制的に他国の軍事行為に荷担させられないために、相応の軍備を持たなくては話にならない。(引用ではなく、私の解釈なので、もしかしたら違っているかもしれません。)目からウロコという箇所がいくつもありました。

・「快刀乱麻を断つ、正に名著☆
東京大学、一橋大学法学部、早稲田大学で国際法を講じた、国際法学の泰斗が、満を持して書いた「戦争論」。

年来の主張が過不足なく、時に具体的な例を挙げて記載されており、説得力に富んでいる。

「国際法は、短期的には国家を守るわけではない。しかし、長期的には、建前としての機能を果たす可能性が高い」、という著者の主張は、従前の著書に比べて明快に打ち出されている。

◇ jus in bello(戦い方に関する法規。「交戦法規」)と jus ad bellum(戦争開始決定権)との違いを理解しないままに、日本国憲法9条を語ることの無益さや如何ばかりか?

◇ 群民兵(自発的な自衛のための戦い方であって、国際法上、準国家として認められるもの)を知らずして、日本の国防を語ることが、如何に不毛なことか?

⇒ 9条が放棄する交戦権とは、政府の戦争開始決定権(jus ad bellum)以外にはありえない。憲法は、制限規範であるため、国民の戦争開始決定権は否定されておらず、群民兵の形態であれば、日本国憲法の下でも戦争遂行は可能である。

選挙のたびに繰り返される不毛な議論に辟易している人におすすめ。

喝を入れてくれること、間違いない。

違法の戦争、合法の戦争 国際法ではどう考えるか? (朝日選書 (782)) (詳細)

戦略論大系〈6〉ドゥーエ

・「本邦初訳とのことですが
かつて、日本は米軍の爆撃で焼け野原にされた。そういう戦略爆撃思想の発端はここにある。

ドゥーエ当人が思っていたほど、戦略爆撃だけで戦争に決着がつけられるわけではなかった、というのが歴史の結論であり(爆撃の破壊力の見積りの問題だ)、今後、戦略爆撃が必要になる大規模戦争自体なくなっていく、

ということで、ドゥーエの理論がドゥーエの考えどおりに証明される機会はついに来ないようでもある。ま、核弾頭装備の弾道ミサイルをどう考えるか?にもよるけど。

しかし、戦略というものは、適用される技術によって変容するもの。孫子やクラウゼヴィッツといった著名どころと肩を並べて空軍戦略のドゥーエがシリーズに加わっているのはそういう意義だと思うし、過去の悲惨な歴史の背景にある理論を

知る意味でも読んでおく価値はある。

戦略論大系〈6〉ドゥーエ (詳細)

永遠平和のために (岩波文庫)

・「素晴らしき現実主義者カント
カントは、常にホッブスと対比される。そこでは、一般的に、カント的とは国家を克服し、地球市民となって“世界平和”的に協力的に世界平和をえること、ホッブス的とは“単独平和”的に、いわば一国が世界の警察官として、国家同士の闘争状態に終止符をうち世界秩序を維持すること、というように解釈されることが多い。少なくともド“素人”の私にはそのように感じられる。ヨーロッパ=EUや国際連合は前者であり、最近はやや対話にシフトしつつあるが、米国のかつてのユニラテラリズムが後者と捉えているのが実情である。本当に果たしてそうか?この疑念のもと本著をひもといてみた。結果として、私に期待は大きくはずれ、カントを見直したのである(笑)。そこにはいわゆる国境なき地球市民としての“世界平和”をカントは著述してはいなかった。ホッブスと同様、“自然状態とは戦争状態にあること”が世界の実情であることを的確にとらえ、その上で、独立国家同士が互いに牽制しあいつつも、平和を維持するには国家間に国際連合的なものが必須であると説いているのであった。すなわち、カントは超現実主義者であり、そこには常備軍の廃止というユートピア的提案は確かに一部なされてはいるものの、国連はもちろん、VISAの原型や現行国際法では、まさしくカントの思考がここに照射されているのであった。一方のホッブスは、プラトン『国家』で推奨された哲人政治の利点を大きく認めたのであろう、リヴァイアサン=超国家(=現行では米国)による統治こそ世界平和の近道であると説いたのであった。かくいうカントもホッブスも、ともにリアルな世界史観のもと、最終的な方法論においての相違を呈しているにしかすぎないことが、本著によって確信されたのであった。翻訳であっても、原著を読むことが、世間的虚妄を払拭してくれる近道であることを改めて痛感した読後であった。解説本もなるべく読むまい!

・「国際関係論を学ぶ者に読んでもらいたい
哲学者のカントであるが,この著作は,むしろ国際政治を学ぶものが読むべきものである.薄くて読みやすい.

なお,カントの論じた命題のうち,共和制を取る国は戦争をしない,というものがあるが,これは,現代における「民主的平和論」という議論のもとになっている.

・「人類の最終目標は絶対的平和
本書は、国際連合設立のもととなったものです。ですから、平和実現への方法として諸国家の連合を訴えています。勿論、本書の内容はそれだけではありません。

カントというと、名前くらいは聞いたことのある方が多いのではないでしょうか。とても著名な哲人です。

内容は、決して難しいわけではありません。薄い本ですし、主張とその根拠が明確です。また、アマゾンで目次を見ていただけば明らかなように、目次自体が要約にもなっています。

是非、お読みください。

・「「永遠平和」は人類の<目標>ではなく<義務>である!
人類の2/3が飢えていて、ごく限られた人たちだけが贅沢を尽くしています。人間性に訴えてこれを変えようとする人たちがいます。「愛こそすべて」。でも現実は、人類が平等に近づくどころかますます遠のいていこうとしています。そうであるなら、発想の転換が必要です。彼らの人間性には期待せずに、社会のほうを変えてしまおう。人間の私利私欲を前提に、たとえ彼らがどんな手段を使っても富を独占できないようにしてしまおう。共産主義的唯物論(構造主義?)。

カントは、戦争をしない、ではなく、戦争ができない、世界を考えています。「問題とされているのは、道徳的改善ではなくて、自然の機構である」(p67)。またカントは、正義を訴え愛を合唱するだけでは平和は実現できない、と考えています。「政治は人間愛とは容易に一致する。権利とは決して一致しようとしない」(p109)。とはいえ、人間を殺し合いの道具にするな、と主張する根拠とは実は、有名な「人間を手段としてだけでなく目的として扱え」という道徳律です。

人間が社会を変え、社会が人間を変える(マルクス)。まさにその通りですが、政治的に保守的な人たち(フロイトやドストエフスキー)は、その社会構造を変える人間のほうが先に変わる必要があるのではないか、そして、人間が変わることを期待するのは難しいのではないか、と反論します。ーー鶏が先か、卵が先か? 人間が先か、構造が先か? 「道徳性からよい国家体制が期待されるのではなく、逆に、よい国家体制から国民の道徳的形成が期待される」(p68)。カントはどうやらマルクス同様、社会が先、という考えのようですが、「永遠平和」出版から200年後のアメリカは、国連よりも国家が先、という判断をくだしましたーー。

カントの熱い思いが伝わってきますが、(私にとっては)本書は実に苦い、ほとんど絶望的な本に見えます。

・「読んで下さい!
今だから、すべての日本人が読むべき本であると言える。ただの空虚な左翼の本ではなく、これからの時代を考える上で非常に有効な書物である。

この本を読めば、現代世界での潜在的恐怖としての常備軍及び、兵器への疑念が更に深まり、平和へ真摯に考えることの大切さを痛感させられるであろう。

今私たち日本人に求められていっることは、マッチョな野蛮に抵抗し、柔らかい思考を世界に提示することである。つまり、一国平和主義などという一部の阿呆ヨクが述べていることを一切無視しつつ、平和ボケから脱却し、他国の野蛮な政治家がどっぷり浸かっている、戦争ボケを脱け出す手伝いをしてやることである。

この本は哲学系の岩波文庫にもかかわらず、格別分かりやすい日本語で記されているし、安い。しかも薄い!この本を読まないで何を読む!

awaken JAPANESEになれ!

永遠平和のために (岩波文庫) (詳細)

日本を思ふ (文春文庫)

・「若い時分にこそ・・。
何気なくふと目に付き読みましたが、普段現代について言葉にできずモヤモヤと疑問に思う事が、凝縮している気がしました。時代を感じさせない内容です。

・「生きることのみちしるべ
 軽薄な底の薄っぺらいまやかしが通る世にあって、まことを問いつづけた福田恒存氏のエッセンス。みづっぽかたり辛口すぎたり、人により味わいはそれぞれ違うでしょう。利き酒をして旨いと思ったひとは、福田氏の全集等の読了をおすすめします。ただし、政治家や政治を志す者には、政治的立場の如何にかかわらず必読の書。国会議員には二日酔いしてゲップが出るくらい読ませたいものです。

・「若い時分にこそ。
ふと現代について疑問に思い悩んでいた時これを読んで、頭の中で文字にならずにモヤモヤしていたものがココに凝縮されていたと思います。時代を感じさせない内容です。

・「今でも十分通用する議論
かの有名な「平和論に対する疑問」をはじめとして、福田のエッセンスが詰まっている。

「平和論に対する疑問」は、当時は激しい批判が起きたそうだが、今読んでみると常識的なことしか言っていない。それを考えると、当時はどれだけ左傾化していたのやら。

一言で言えば、何でもかんでも「平和平和」と叫んでいればいいわけではない、具体的・個別の問題にことさらに平和の問題をからませて複雑化させ、当の問題の解決を遅らせたりするな、平和運動をどやどややるよりも、今ある平和を享受する方がよほど平和を愛している、ということ。筆者の論は多方面にわたっているのでまとまっていない気もするが、こんなところだろう。

ほかにも何本か平和に関する論文は納められているが、平和に対する筆者の洞察は鋭い。

また憲法についても、王道でありながら必要なところはきちんと主張・批判している。

平和の問題をはじめ、日本の近代化に関する問題、天皇の問題など、現代でも意義を失っていないものも多い。

最後に、この本が絶版になっているのは非常に惜しい。ぜひとも再版していただきたい。

・「素晴らしい
 近代、憲法、防衛、歴史などについて書かれた評論。防衛問題は流石に古くなった観もあるが、歴史、憲法問題に対する著者の論は今でも十分通用する。今後、憲法改正議論が盛んになっていくだろうが、一体憲法の何処に問題があるのかを考察するのに十分な内容が本書では収まっていると思う。尚天皇論・国体論については科学的にも、曖昧な点が多いのも気になる所であるが、これについては、里見岸雄博士の『天皇とは何か』を薦めたい。本書は一読の価値が多分にあると思う。

日本を思ふ (文春文庫) (詳細)
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