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▼齋藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50冊(1):セレクト商品

紫の履歴書紫の履歴書 (詳細)
美輪 明宏(著)

「美輪様の解体書!」「生ける伝説、再び」「崇高なナルシズム!」「壮絶な生き様」「たくさんの愛」


チャップリン自伝―若き日々 (新潮文庫)チャップリン自伝―若き日々 (新潮文庫) (詳細)
チャップリン(著), 中野 好夫(翻訳)

「チャップリンを知りたいなら是非」「チャップリンの半生」「「人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー」」「ユーモアの裏に」「超オススメ」


若き数学者のアメリカ (新潮文庫)若き数学者のアメリカ (新潮文庫) (詳細)
藤原 正彦(著)

「大切なのはどこにいても「日本人」でいること」「数学者の「分析力」」「洞察力とユーモアに満ちた作品」「すばらしい」「遅咲きの青春期」


生きて行く私 下生きて行く私 下 (詳細)
宇野 千代(著)

「自由奔放な生き方」


父・こんなこと (新潮文庫)父・こんなこと (新潮文庫) (詳細)
幸田 文(著)

「この父娘の終わりの始まり」「忘れ去られた人の死の実感」「希有な本だと思います。」「日本語の美しさを感じられる本」「死と日常」


自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫) (詳細)
岡本 太郎(著)

「素晴らしいの一言」「かっこいい友人」「持ち歩く本」「爆発の真意」「内なる毒をもちつづけられるか!!」


色を奏でる (ちくま文庫)色を奏でる (ちくま文庫) (詳細)
志村 ふくみ(著)

「「ふくみズム」への驚き」「草木染の基本」「日本の美」


神の肉体 清水宏保神の肉体 清水宏保 (詳細)
吉井 妙子(著)

「感嘆しました。」「「異次元」の共有」「競技スポーツに真剣に取り組む選手は必読!」「一流には必ずなれると確信できる本」「清水最強」


もの食う人びと (角川文庫)もの食う人びと (角川文庫) (詳細)
辺見 庸(著)

「「食う」ではなく「食」に関する本だ」「「悲劇」の旅の記録として」「旅をし、喰う。」「何を思いながら何を食べる?世界の人々、それぞれの場合。」「それでも毎日飯を食う」


聖の青春 (講談社文庫)聖の青春 (講談社文庫) (詳細)
大崎 善生(著)

「これが実話だなんて、なんてすごいんだ村山聖!」「涙なしに読むことができない本」「「生きる」ということ」「命を指した天才棋士。闘病と師弟愛。」「生きることの意味を教えてくれる」


ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫)ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫) (詳細)
ミゲルアンヘル サントス(著), Miguel Angel Santos(原著), 松岡 義行(翻訳)

「ファンタジスタの理想は似通う?」「クライフ最高」「現代サッカーのバイブル」「クライフちょうちん本かと思ったら、意外にそうでもない」「「美しく勝利せよ」と両方読みましょう」


素晴らしきラジオ体操 (小学館文庫)素晴らしきラジオ体操 (小学館文庫) (詳細)
高橋 秀実(著)

「老人のラジオ体操文化」「最近まれに見る傑作」「ちょっと気がつかなかった奥深さ」「うちの近所にもいる『ラジオ体操人』がわかってくる!」「明日からラジオ体操がやりたくなる・・・かも」


嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫) (詳細)
中丸 美繪(著)

「堂々たる傑作評伝」「私だったらこういう先生はいやだ」「斎藤秀雄の人作りの魔法!」「サイトウ・キネン・オーケストラをもっとよく理解するためにも」


印度放浪 (朝日文庫)印度放浪 (朝日文庫) (詳細)
藤原 新也(著)

「一つの詩集と言ってよい輝き」「才能に出会った。静かで、真摯な、人生に対する一つの視点」「生と死が感じられる場所。それは印度。」「衝撃だった。」「写真が良い。あの美しい少女は今頃・・・」


パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス) (詳細)
T.E. カーハート(著), Thad E. Carhart(原著), 村松 潔(翻訳)

「ピアノ:音楽に必要なこと:50過ぎてからでも作家になる方法」「ピアノを習ったことのある人なら…また弾きたくなる本です。」「素敵なファンタジー」「フランス人気質」「音楽を奏でる喜びを再発見する」


胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) (詳細)
三木 成夫(著)

「生命の神秘に関する壮大な物語」「畏敬!尊敬!素晴らしい!!」「いきなり、とまどう」「これが科学なのだ」「個体発生は系統発生を反復するか」


野口体操からだに貞(き)く野口体操からだに貞(き)く (詳細)
野口 三千三(著)

「からだに貞く―もっと自由に楽に気持ちよく生きるために」「内側から語られる言葉たち」「こういう人がいた」


ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫) (詳細)
竹内 敏晴(著)

「これこそが、実践に基づく思想である。」「子どもの気持ちに触れるときに」


「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫) (詳細)
九鬼 周造(著)

「この哲学的思考は秀逸であるが、西洋的分析で「いき」を捉えきれるか。」「脱帽。」「日本人が分かる」「方法論こそ『「いき」の構造』の特色」「作者の表現力がすごい!」


開かれた小さな扉―ある自閉児をめぐる愛の記録開かれた小さな扉―ある自閉児をめぐる愛の記録 (詳細)
バージニア・M. アクスライン(著), Virginia M. Axline(原著), 岡本 浜江(翻訳)

「プレイセラピーをする人や心理臨床家には必読書」「自閉症の子供を育てたことがない」


ツァラトゥストラ (中公文庫)ツァラトゥストラ (中公文庫) (詳細)
ニーチェ(著), 手塚 富雄(翻訳)

「詩人ニーチェは読みやすい!」「机の上に常備したい本」「数学が苦手のニーチェ」「女だらけの世界で育ったニーチェ」「何に苦しみを抱いたのか」


ゲーテとの対話 (上) (ワイド版岩波文庫 (191))ゲーテとの対話 (上) (ワイド版岩波文庫 (191)) (詳細)
エッカーマン(著), 山下 肇(翻訳)

「クリエイティブなことを志す人なら、読んで損はないです」「ゲーテになりたい」「21世紀の《ゲーテ》。」「絶えず努力して励む者を、われら(=天使)は救うことができる。--ファウスト」「全部読むのは大儀だなぁ」


世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)世に棲む日日〈1〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)

「時代を作った若者の生き様をいきいきと描く」「胸を突く松蔭と晋作の師弟の物語」「われわれは、限られたこの世に棲む日々をどう生きるか?」「長州における高杉晋作人気の理由」「入門編」


氷川清話 (角川文庫ソフィア)氷川清話 (角川文庫ソフィア) (詳細)
勝 海舟(著)

「勝海舟の洞察力」「開き直っている」「器の大きさ」「スケールの大きさ」「激動の時代を生き抜く智恵」


ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252)) (詳細)
石光 真人(編集)

「敗者側の貴重な証言」「日本人なら必読の書でしょう。 」「尊敬する人」「会津受難の回想記録に滂沱の涙を誘われる」「明治時代の一つの姿」


▼クチコミ情報

紫の履歴書

・「美輪様の解体書!
美輪様が歩んでこられた今までの人生を美輪様ご自身が美しく妖艶な文体で語られている自叙伝です。今でこそ、おれ達人間に様々な素晴らしい教えを伝えておられる美輪様ですが、そんな美輪様ご自身もお若い頃は様々な体験をされていたのだ・・ということを、この本から知ることができ今まで人間として遠い存在に感じた美輪様に親近感を感じる自分がなぜだか嬉しかったです。美輪様ありがとうございます。

・「生ける伝説、再び
”紫の履歴書”本書は待望の新装版以下は旧版で私が記したレビューである

・「崇高なナルシズム!
美輪さんのディープな前半生を拝読して、わたくしの苦悩や絶望など、吹けば飛ぶようなものだと反省いたしました。詩がすばらしく、血と汗と涙に裏打ちされた、本物の言葉だと感嘆いたしました。御自分を、御自分の理想像に近づけようと、ものすごい努力をされていて、芸術作品としての御自身を創造なさっていました。ぜひ、愛する対象も、ボーダーレスにされて、人間として愛した、よく見ると女性だった、というようなバージョンも経験なさっていただけたら、と思います。(・・・)

・「壮絶な生き様
長崎の花街に生まれ、マイノリティーとしての苦しみ・悲しみから逃げることなく、すべて引き受けて壮絶な半生を送ってきた三輪明宏の自伝。

「絹の衣装に絹の靴 エナメルの爪にダイヤの指輪 これは私の天の岩戸 汚い世には住み飽きた

 「化け物!」結構 「シスターボーイ!」結構 「オカマ!」結構  私の飢えを 寒さを 恐ろしさを 無実の罪の惨めさを 何一つ知りもせぬ奴輩よ 岩戸の外で笑うがいい 勝手に死ぬまで笑うがいい」

この短い文章にすべてが語りつくされている。

その美学に、哲学に、人間愛に

衝撃を受ける。

・「たくさんの愛
美輪さんがどのような幼少期、青年期を経て現在までにいたるのかが「愛」の視点で書かれているような気がします。(与えられる愛、与える愛、愛する辛さ、愛される辛さ・・・など)幼少期の戦時中の描写は、戦争を知らない私ですが、読んでいて胸を痛めたほどです。

また、恋愛のエピソードも、性別など関係なく、「美しい」と思いました。これも美輪さん自身の表現力なのでしょうか?読みながら涙がポロポロでてしまいました。

残念なのは、完全な履歴書ではないことです。TVでご自身が語っていたような、体調を崩した10年については語られていません。(もちろん、金髪の所以も。)

ちなみに、本を部屋に飾っていますが、美輪さんが微笑みかけてくださっているようで、見てるとホッとする表紙なのはGOODです*^^V

紫の履歴書 (詳細)

チャップリン自伝―若き日々 (新潮文庫)

・「チャップリンを知りたいなら是非
チャップリンの幼い頃の辛い辛い話に始まり、だんだんと喜劇俳優としての階段を上がっていく様子が細かに書かれています。おおまかなチャップリンの人生については知っていましたがこんな苦労をしてきた人なんだと、この本を読んで知り辛い過去があってこそのチャップリンだったのだなぁと思いました。自分の辛いと言う出来事とは比べ物にならないくらい大変な幼少時代を過ごしてきたチャップリンの話を読むともっと頑張れる気持ちになります。世界の人気者の歩いて来た道を知りたい時は是非!

・「チャップリンの半生
映画で見せるコミカルな表情、動き。浮浪者なのになぜか紳士的。そんなチャップリンって一体どんな人? それを知りたい人にはおすすめです。読めば読むほど、彼の懐の深さ、器の大きさというものを感じます。恵まれない環境にあっても、前を見続けるという事。教訓めいた言葉もなく、極貧生活もさらりと表現しているところがさすがです。読んだ後は、少しチャップリンに近づけたような気になる本です。

・「「人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー」
チャップリンと言えば放浪紳士の役柄が有名です。その役柄が如何にして出来たか、この「若き日々」の内容から窺い知れます。放浪者役はチャップリンの少年期の生活で実際に経験し見聞したことが自然に昇華されたモノだったのだな、と合点がいきました。チャップリンが俳優として軌道に乗るまで、彼の生活は単に貧しい/不幸というレベルではないのです。母親が栄養失調が原因で発狂するレベルなのですから。でも、そんな中でも「希望と勇気とサムマネー」の心構えで困難な状況を乗り切っていく幼少期〜少年期の氏の姿に素直に感動しました。「キッド」に出てくる子役のモチーフも、このチャップリンの幼少期を思わせるモノがあります。チャップリンの映画DVDを見た後にご一読下さい。チャップリン映画の見方が変わると思いますョ。それにしても、チャップリン氏の記憶力には脱帽します。描写が非常に細かく具体的です。(見慣れない横文字の人名も沢山出てくるので、慣れない人には大変かも?)老年期にこの本が書かれたことを思うと、もうこれは脱帽モノです。生涯現役だったんだな、と思わせます。

・「ユーモアの裏に
チャップリンのチャップリンたる深い哲学に溢れている本。

・「超オススメ
この本も面白いね、超オススメ、読まなきゃ損。いかに苦労したかが分かる。そして才能の凄さと勇気も分かる。死ぬまでに一度は読みたい本

チャップリン自伝―若き日々 (新潮文庫) (詳細)

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)

・「大切なのはどこにいても「日本人」でいること
「数学者」という肩書から、一瞬難解で論文調の文章を想像してしまいましたが、実際はとても読みやすい文章でした。

アメリカ滞在中、作者が味わった孤独感や疎外感、対抗意識、仲間意識などが実に素直かつ率直に語られており、おもしろかったです。自分は「留学生」や「旅行者」という立場でしか外国滞在の経験はありませんが、共感できる部分はたくさんありました。

日本で暮らしている時はあまり意識していなくても、外国に行くと「自分が日本人である」ことを意識させられる瞬間がたくさんあります。この本の中で、作者はアメリカ社会をオーケストラ、アメリカ人をヴァイオリン、自らを琴に例えて、滞在中の心境の変化を次のように語っています。

最初の頃はオーケストラに加わることを拒み、ヴァイオリンはライバルだと思っていたが、ヴァイオリンが「素晴らしい友達」だとわかってからは自分もヴァイオリンになろうとしていた。だが、オーケストラに加わってはいても、深い部分で共鳴することはなかった。その後、琴、すなわち日本人らしく自然に振舞えるようになってからは、深い部分で共鳴できる人も出てきた。

要約するとこういう感じですが、外国滞在中、同じようなことを感じる人は少なくないのではないかと思います。自分自身、ヴァイオリンになろうとしていた時期はありましたし、そうしている日本人留学生をたくさん見てきました。言葉の面でも、英語のスラングを連発したからって相手から尊敬されるわけではない。「琴」が「ヴァイオリン」になる必要はないのです。

これから海外に行かれる方に、是非読んでいただきたいと思います。

・「数学者の「分析力」
ほんの暇つぶしのつもりで読み始めたが、結局最後まで一気読み終えてしまいました。「若き数学者」がアメリカへ行き、文化・習慣の違いに戸惑いまごつく。しかし、学業では大成功を収め、最後にこう言う。「外国へ行くと、かえって日本の良さが良くわかる」。。。その程度の内容だろうと、単純で陳腐な想像をしていた自分を反省した次第です。

この本の最大の特徴は、著者の「分析力」ではないでしょうか。数学者なのだから、数学的分析に秀でているのは当たり前で、また社会的事象に向ける目の鋭さも人並み以上です。

ただ私が最も感心したのは、自分の内部・内面に向ける分析の刃の鋭さです。アメリカに着く前から、着いた直後、そして突然やってきた「危機」など。著者はそのつど真剣に「戦い」ながら、常に自分を分析する。そして、それを実に分かりやすい言葉で表現する。

「外国に行くと、かえって日本の良さがわかる。」たしかに、そういうこともあるのでしょう。しかし、本書を読んでみて、行ってみれば見えてくる、というものではない事がよくわかりました。

・「洞察力とユーモアに満ちた作品
 数学者である著者のエッセイにはいわゆる「ハズレ」がない。それらは独自の観察眼により社会の本質をつくものであり、ユーモアに満ちた表現力は読者を知らず知らずの内に作品の中にぐいぐい引き込んでいく。

 「若き数学者・・・」は彼の一連のエッセイの原点となる著書である。この本はアメリカに数学の研究のため一年以上滞在した、著者の体験談である。理系を専門にする人間の内面を文章にすると、かくも説得力のある面白い文章になるのかと驚かされる。特に、単身渡米のため精神不安定に陥った著者自身の体験を率直に書いた部分には心を動かされた。大学の先生も同じ人間なのだ。 この本は象牙の塔にこもって、なにやら難しい数学の難問を考えている学者像を吹き飛ばしてくれる。 

・「すばらしい
ミシガン大学に研究員として,そしてコロラド大学に助教授として滞在した際のアメリカ滞在記.70年代に書かれた滞在記が今読んでも色褪せないのは,アメリカを観察してこうだった,ああだったと外面的なことに終始するのではなく,アメリカ滞在で著者自身の内面が何を感じ,なぜそれを感じ,そしてどう揺さぶられ,どう変化したかが克明に書かれているからだと思う.そこに見え隠れする,不安やコンプレックス,興奮などは,今アメリカに滞在する人々にも共通するものだと思う.印象的だったのは,アメリカ滞在初期にご自身の情緒・精神がどのように不安定になっていったか克明に記しているところと,初めて教壇に立つときの様子や著者の興奮と緊張など.出版20年を迎えて,この先20年も色褪せない内容ではないかと思う.

・「遅咲きの青春期
ポスドクの数学者がアメリカに辿り着き、試行錯誤の生活のなか、(すごいことに)やがて職を得るという、いわば留学記である。自身の心理描写が見事な筆致で綴られているにもかかわらず、飾り気がほとんどなく、読んでいて実に気持ちが良かった。ラスベガスで大損したり、ガールフレンドを作るまでの挫折には共感したし、後半の研究や講義を中心とした生活からみたアメリカ人の気質の話しは実に面白かった。私生活についてはあまりにも子供っぽいが、研究者の多くは晩生であり、その点も興味深い。アメリカで花開いた、いわば遅咲きの青春記ともいえだろう。

若き数学者のアメリカ (新潮文庫) (詳細)

生きて行く私 下

・「自由奔放な生き方
名前は有名で、いろいろなドラマにもなっていると思う。本を読んだことがあるかどうかは記憶が定かでない。こんな奔放な人生を歩んだ人が日本にいたことを誇らしく思う。薄墨の桜を蘇生させる話は、行動力を物語っている。誰か、一人行動力のある人がいないと、社会は結局動かないのだと。

生きて行く私 下 (詳細)

父・こんなこと (新潮文庫)

・「この父娘の終わりの始まり
最初に読んだとき、掃除や接客など事あるごとに娘を厳しく躾る幸田露伴のことを「なんとイジワルなジジイだ」と憤慨しながら頁をめくっていた。そして、そんな父に耐える文を典型的な戦前の「女性」像として見ていた。

今ならそんな風には読めない。露伴の厳しさは、波風を立てないことが美徳となってしまった親子関係において自らの身を以て文子に教えようとする「熱い父」で、文子もただ耐えているのではなく、その父の言葉行動をひとつも漏らさずにみずからに取り込もうとするが故の受け身の体勢だったのだ。

ときにはふとその緊張関係が解ける瞬間のユーモアがなによりも効いてくる。

どうしても露伴の看取りが主題になりがちだが(そしてその姿勢は何年か後の自らの問題の指針になることは間違いないが)、その他の部分にも心に響くことの多い名作である。

特に研ぎ澄まされた文章力は幸田文の著作でも群を抜いているように思う。

・「忘れ去られた人の死の実感
明治の大文豪で著者の父・幸田露伴の死を綴った本書は、殊更特別な人の死を高らかに謳っているわけでは勿論なく、著者からみた父の死を淡々と書き綴っている点が非常に印象深い

・「希有な本だと思います。
これは父と娘の物語であり露伴があまりにも有名なのでそのことだけ注目されているかもしれないけど、読んでいると涙が出てしまいます。すごく素敵で,書いてくれて本当にありがとう文子さん!って思いました。

・「日本語の美しさを感じられる本
この本は、日本語の美しさを感じられる本だと思います。

そして父の死に対して、リアルにまっすぐに書かれている。現代に忘れられがちな、ささやかな日常のこと、昭和初期の生活の様子。

それらを美しい日本語で綴っており、読む側をどんどんその世界に惹きこんでくれます。

とにかく言葉の使い方が絶妙。

美しい日本語を読みたい時には、この一冊がお薦めです。

・「死と日常
父親(幸田露伴)の死にあたっての日常がつづられる。作者にとって特別な存在でもあった父に死が迫るなかの、日々。後ろから死がせまってくる最後の追い立てられる感じがとてもリアル。日常と死の関係が正確で作家としての力量を感じる。

父・こんなこと (新潮文庫) (詳細)

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)

・「素晴らしいの一言
悩みと真正面から向き合えたら、本当は悩みも解決できるのでしょうけど、その強さ、勇気がないから、いつまでも現状打開出来ない。そういう人が世の中多いと思います。悩み癖、負け癖を自分で積み上げている。でも岡本さんのこの本を読めば、必ず勇気が湧くことでしょう。買って1時間ほど、本に向かって「そうだ!」「oh yeah!」「全くその通り!」と、声を上げながら、あっという間に読んでしまいました。本に向かって叫びながら読むなんて初めてです。強力に、お薦めします。

・「かっこいい友人
価値観が違うとはよく使われる言葉であるが、タイトルからすれば岡本太郎は私とはずいぶん価値観の違う人のように思えた。人と意見を異にするとき、普通はこうでしょう、常識でしょう、という言い方には逃げがあると思う。だけど私は常識とは他人同士が気持ちよく暮らしていくためのルールだと思ってきた。だから、あるとき常識って何?と問われたとき偶然この本を手にとった。人は言葉だけではなかなか真意を伝えることができない。またその人を知ろうとしないうちには魅力も見えてこないことがある。岡本太郎は生前自分がエキセントリックな芸術家というイメージだけで見ていたのとはまったく違う人間的で情熱的でわがままでとても魅力的な男だったんだと感じた。自分の価値観を気持ちよく広げられる、すごいかっこいい友人に出会えたような素敵な本である。

・「持ち歩く本
母に強烈に勧められたので2年前に読みました。まず、私の半世紀も前に生まれた人の書く文章が、とても分かりやすく書かれていたことに驚きました。私の祖父母は太郎氏のひとつ下の世代ですが、話をしていても分らない時があるのに。そして、当時77才にして、この本を出版されている事自体が驚きでした。

岡本太郎氏の著書を読めば、彼の情熱、そして体当たりのパワーが感じられる事はもちろんですが、是非、川崎の岡本太郎美術館に足を運んでみてください。その情熱、パワーをもっと身近に感じる事ができますよ。

癒しとは別のレベルで、心をスーっとさせる本です。私は鞄にいつでもいれて、悔しい思いをした時などに読んでますよ。

・「爆発の真意
 岡本太郎氏の「芸術は爆発だ」という言葉はあまりにも有名である。彼の言う爆発とは自らの存在をぶつけて、毎秒毎秒太陽のプロミネンスの様に情熱をもって向かってゆくということだ。単に破裂してなくなるのではない。自身が無限に広がる様を爆発と呼んでいたのだった。この本を読んでいると岡本太郎と話をしているようだった。 死者と話をするのは難しいけれども私も彼の言葉を拾った。自分に挑戦せよ。相対価値に惑わされるな。絶対価値を見る目を磨け、それも剃刀のように鋭くとぎすませよ。と、訴えかけてくる。 岡本太郎氏は生きる事を考えた。本来人間は無条件、無目的に何かをすべき。私は無くしていたメモを見つけた。簡単な事。でも、忘れてしまっていた。何か理由を「探す」事の愚を窘められたきがした。

TAROに会ってみてはいかがですか?

・「内なる毒をもちつづけられるか!!
これほどまでに内なるパワーを表現し、自己を貫いた人がいたことに衝撃を受け打ちのめされた。ある一人の偉大な人物の助言として受け止めてもよし。また自分の内側を見つめなおすきっかけにもなる本でもあると思う。さっと読んでしまうにはもったいない本。自分の成長とともに見えてくるものが変わってくる本であると思う。何度も読んでほしい。

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫) (詳細)

色を奏でる (ちくま文庫)

・「「ふくみズム」への驚き
 染織という仕事の醍醐味、深みが、美しい日本語にのせられて、じんわりとこちらの心に沁み入ってくるような好著だ。そして何より、著者の志村さんが、おそらく我々の多くとはまったく異なる価値観のもとで生きておられることに驚かされる。

 まず彼女は、自然と対峙するにあたって、みずからの身を「主」に据えたりはしない。一貫して、植物から機械的に色を取り出すのではなく、色をいただく、という姿勢。 数十年にわたり、染織作家として第一線で活躍しつづけているというのに、そしてそれを可能にしている彼女の類稀な才能、感性はきっと誰もが認めることであろうに、彼女自身はほんとうに謙虚だ。あくまで自分は草木の命の一端をいただいて、「いつでも素材がそこでやすらいでいられるように」手を携えているに過ぎない、と。

 さらに、彼女も忙しくしてはいるものの、おそらく多くの私たちとは忙しさの質がちがう…ストレスを溜めながら、意に沿わないノルマに追われるような忙しさではない。糸の艶のわずかなちがいに、ひとつひとつの色が背負ういのちに心を寄せ、きこえてくる草木の声を、衝かれたように織物の上にのせていく。彼女が「仕事が仕事をしている」と表現するところの、草木や糸と渾然一体となった忘我の境地における、忙しさである。

 ここまで我を張らず、またここまでちがった時間の過ごし方をしている女性が、まだ日本におられるのだ!と、一人の女性の生き方としても目から鱗が落ちる一冊である。

 

・「草木染の基本
「梅と桜を交ぜて新しい色をつくることはできない。」という著者の立場は、草木染の基本なのだろう。草木が持っている色を組み合わせただけでも、十分に美しいものができるのに、混ぜ合わせる必要はないのだろう。混ぜ合わせて新しいものを作ったと思い込んでいる人間の傲慢に矢を射ているようだ。

・「日本の美
ほとんどの人が機械で作られた洋服を着る現代。一方、手間ひまかけて作られた美しい織物。今ではあまり目にすることの無い日本の美が本書にあると感じた。井上氏の色鮮やかな写真がまた素晴らしい。

色を奏でる (ちくま文庫) (詳細)

神の肉体 清水宏保

・「感嘆しました。
その書名になんら看板負けしない内容である。羊頭狗肉では決してない。

清水宏保さんはここまでするのか、という驚きを私は感じながらも、それが、俗に言う「スポーツだけ、それを盗ったら何も残らない」日本の運動選手そしてその指導者たちの中の9割方(と私は思っている)とは、清水さんは目指す世界が違う。

清水さんが日大学生時代に、医学生とともに人体についての勉強を履修したのは、まさに、物事の本質に気づき、それを探求する能力を、それまでの経験で備えたのでありましょう。そしてそれには、清水さんの亡父の努力なくしてはありえなかっただろう。

以前に私は、清水さんは亡父の葬儀に、その生前のいいつけに従い、参列しなかったという話をどこかで読んだ。私は、正直、そう言われたち«してもなにもそこまで、と考えた。

しかし、この本を読んで、私のその考えは180度変わった。

清水さんがそうすることが、清水さんが敬愛してやまなかった亡父に、そして母に、兄姉らに対する、清水さんの最たる、この上ない亡父への感謝と愛する気持ちの表現であったに違いないと解った。これであってこそ、天国の故人は喜んで、安心されていらっしゃることでしょう。

通勤電車の中で、私はあふれる涙をどうしようもできぬままに、頁を手繰った。

日本のスポーツ当事者は(アマ、プロ、年齢性別問わず)、ぜひこの本をお読み下さい。何がこの本(清水さんの言葉)に含まれているか、それをしっかり理解し、もし理解できなければ出来るように自身を勉強させて理解し、何をどうななすべきかを見据えてほしい。そして同時に、この本は、スポーツを観る立場とはどうあるべきかをも示唆している。多くの人々に一読を薦めます。

この本を読み始めた頃、最相葉月さんの「絶対音感」を思い出した。私に音楽知識があれば、いくらかは読みやすいだろうと感じた。この「神の肉体 清水宏保」ではその心配は不要だった。そこまでの重さは感じなかった。いや、清水さんの求める世界に対する知識など誰もが持ち得ないものだ、と果たして気付いた。

著者吉井妙子さんへ。私はこの本で初めてあなたを知り、作品を読みました。内容はわかりやすく、また、とても読みやすいです。今後ともご活躍なさるのを期待し、応援します。

・「「異次元」の共有
 また、大層なタイトルだなあ。と、出合い頭はちょっと身構えてしまった。しかし、そもそも清水選手の高尚なオーラを放つ求道者のような存在に関心を抱いていたため、購入。そして読み進めた。止まらなかった。完全に彼の世界に導かれ、彼の鋼の精神に射抜かれてしまったのだ。それは驚愕と感嘆の連続であった。

 もはや溜息すら出ない、彼の壮絶な奮闘っぷりは本書で直に打たれていただくとして、ここで記しておくべきは、次代を担う後継者に対しての文献的な意義であろう。著者の吉井氏があとがきで述べられているように、アスリートの方にこそ一読をお勧めする。それは清水選手の真意のひとつでもあるのだが、異次元といわれる彼の世界をインタヴュ-をもとに精緻に書き記すことで、その異次元は次代に受け継がれ、共有され、人類はさらなる異次元へと突入する。そうして我々は長きにわたって秘められたままの「神の肉体」を取り戻すのだ。

 人間の未曾有の可能性を記そうと骨身を削る吉井氏のまっすぐな情熱に、何より、清水の死をも恐れぬ不抜の気概に、明日を生きる鮮血が私の体内を駆け巡った。

・「競技スポーツに真剣に取り組む選手は必読!
プロでもアマチュアでも、競技スポーツに取り組んでいる選手には必読書です。清水選手の言動・発想は、あらゆる競技スポーツでこれまでに世界のトップに立った経験のある日本人の中でも、卓越したレベルにあることが本書からわかります。それを絶妙に表現した筆者に敬意を表します。紋切り型の考え方・報道をしがちな日本のスポーツ記者が,競技スポーツ選手の深層心理を理解するのに大きな役割を果たしていると思います.

・「一流には必ずなれると確信できる本
トップアスリートと呼ばれる世界の一流選手のさらに上の上に存在する清水というアスリートがなぜそうなれたかということが余すことなく公開されている。

自分なんかいくら努力してもどうせ成功できないんじゃないか。

そう思っている人は読んでみるべし!ここまですれば絶対成功できるよな・・という確信を必ず得ることが出来ます。

アスリートのみならずビジネスマンにも必読でしょう。

・「清水最強
清水宏保もスケートもほとんど知らないけどタイトルにひかれてなんとなく読んだら内容面白すぎてびっくりの1冊。

山本キッドがオリンピッククラスの人間の運動能力は普通じゃないといってたけど清水の体も鍛えまくっててすごいことになってます。トレーニングで筋肉の再生と破壊を繰り返し常人では知覚できない深腹筋を目覚めさせたり超回復の能力が進んでるので治癒能力も高い。身体の筋金繊維の1本1本まで感じれるらしいです。

オフシーズンでのトレーニングの考えも面白いです。何年も同じメニューや調子のよかったときの練習法を繰り返すと筋肉がなれてしまってだめだと毎年違うことをやるということでしかも前まで積み上げたスケートの感覚も消してしまうという。

そして気絶寸前までトレーニングで追い込み「火事場のクソ力」を人為的に出せるように鍛えるエピソードとかもすさまじいです・・

今まで結構選手(主に格闘技ですが)の本とか読んできたけどその中でも特に面白かったし清水選手がすごかったです。

スポーツやる人、見る人必読の1冊。

神の肉体 清水宏保 (詳細)

もの食う人びと (角川文庫)

・「「食う」ではなく「食」に関する本だ
一言で言えば、深い。それに尽きる。

人は食わねば生きては行けぬ。その「食う」にフォーカスした本だと思ったが、読んでみると人の「食」に注目した本なのだ。人は生きるため、好むと好まざるとに関わらず、何かを食べて生き、食べなければ死ぬ。そんな当たり前のことを淡々と綴っている。

この本を読んで、山岡俊介氏の記事を思い出した。

ピュリッツアー賞候補にもなったジャック・ケリー氏のコラムに関する記事で、飢餓の東アフリカで出会った兄弟の愛と命のはかなさに関する記事だ。

この記事を読んだ時は涙が抑えられなかった。この本は割と淡々と読み進めれられるけれど、「この本+何か」によって人は変われる。そんな、世界への入り口みたいな本だった。

前述の山岡氏の記事を探していた時に、飢餓・グレープフルーツをキーワードにした。ダイエットの記事が山盛り検索されたよ。あぁ、これが現実なのだな。

・「「悲劇」の旅の記録として
 辺見庸の作風は、鳥瞰的、抽象的、客観的ではなく、虫瞰的、具象的、意志的である。当書は、世界の人びとの「食う」という根源的な営みに自らの肉体を投じ、その「食う」という行為を通じて、世界各地に存在する「悲劇」の現場を息苦しいまでに描出している。

 辺見は実際、「噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」(旅立つ前に)を己に課し、この想像を絶する峻烈なインパクトをもったルポルタージュを完成させ、私たちに突きつけた。

 彼は、ダッカの残飯、ミンダナオの人肉、チェルノブイリのボルシチなどで、飽食の時代を生き、偽りの平和の中で惰眠を貪る日本人に対して強烈な揺さぶりをかける。辺見の提示した現実は実に重たいのだが、若い人たちには是非とも読んで欲しい作品の一つである。

・「旅をし、喰う。
辺見庸の素晴らしいところは、その文章の緻密さ、というか細かいところだ。普段、記事やルポにありがちな「大体を捉えて大まかな流れを書く」という事をせず、ただただ自分自身の感覚に素直になり、細かく感じ取って文章化しているところだ。しかし、しつこくない。

旅をし、ものを喰った文章。

それだけなのに、どうしてこうも文章の向こうに文化を感じ取らされてしまうのか。国々の歴史、風習、民族、治安、土地の匂い、、、それらが全て"食べる"ということを通して感覚として読者に伝わってくる。

そしてこの旅は、"旅行"ではなく正に"旅"というのにふさわしい行き方だ。

まずい飯も喰い、死にそうに混んだ列車にも乗り(日本のそれとは別格)、夕日を眺め、物を盗られ、危険にもさらされ、、、だが、それらの体験がもの喰う人々を強烈に印象付けている。

どこに住んでいようがお腹は空く。だが「もの喰う人びと」は地域によって違う。それぞれに人の生き方が違うと言う事だ。辺見庸の文章を読んだ後では、真剣に「もの喰う人びと」について考えたくなる。

・「何を思いながら何を食べる?世界の人々、それぞれの場合。
いろんな所へ行っていろんな人が食べてる様子を 見に行きます。食べるってのは世界中大抵の人が やってる事ですが、それぞれの違いの大きさに 驚きます。食材とか調理法って事じゃなく 「食べる」がその人の中でどんな意味を持ってるかって事です。いろいろあります。 貧しいか金持ちか 戦場か山の奥地か 伝統か新文明か‥ その他さまざま。 違う条件にいる人々は 何を考え何を食うのかってことを 知ることができます。

おすすめは  日本向け猫用缶詰のほぼすべてを作っている タイの工場で 時給82円でカツオを解体する仕事をして、 毎日50円の昼食を食べている十六歳の女の子に

 「日本の猫のための缶詰を作っていることを  どう思うか」 という質問をするところ。

けっこう衝撃的でした。そりゃむかつくよなあ。 でもそれが自分の食べ物を得るための仕事なんです。彼女にとっては。 自分の生活を外側から見るとこんなに異常なこと してるんだなぁと気づかされます。読んでみてください。下手な旅行ガイドより世界のことがわかります。

・「それでも毎日飯を食う
僕にとって一番印象に残っているのは、「世界最大のレストラン」を描いた章だ。圧倒的なまでに多くの口という口が、ものに喰らいつき、噛み、しゃぶり、栄養をこし取り、飲み込む。レストランの厨房からは次々と新しい料理が湧いて出るかのように現れる。という場面だ。筆者の描写も見事なのだろう。人類全員がものを食っているところを想像させられた。

エネルギーを取り入れるために食うという行為があるのだが、人がものを食う姿というのはものすごくエネルギーを発している。この本を読んでから、そのことを意識し始め必要以上に食うことに抵抗を感じるようになっている。この本に登場した満足に食えない人びとは、日本に暮らす僕に

とっては、不幸な境遇としか思えないのもその!理由の一つではないかと思う。

ダイエットにおすすめです。

もの食う人びと (角川文庫) (詳細)

聖の青春 (講談社文庫)

・「これが実話だなんて、なんてすごいんだ村山聖!
恥ずかしながら、現代将棋界で、これだけすごい成績をあげている村山聖という人を僕は知りませんでした。以前「将棋の子」を読んで感動した事があったので、この本の存在は知っていました。それで、文庫本が出たのを機に何気なく海外旅行のお共として買ったのですが、それは失敗でした。

時差ぼけを解消すべく寝続けるべきの飛行機で一睡もできなくなったのと、公衆の面前(飛行機の席)で号泣してしまったからです。しかも何度も。最初に涙が出たのは「いかせてくれ」の一言で、その後は、ほぼページをめくるたびに涙が出続けます。

体調のせいで、何日もまんじりともせずに布団にくるまっている時に、水滴の音で自分の命の炎がまだ消えていないことを知る、対局に行くために階段を下りたところで力尽きながら、それでも這ってでも対局に向かう。

たった一つ、名人位を取るためだけに、彼は、なぜ絞り取るように自分の命を削ることができるのか。

こんなに激しい人生が、この現代で、ほとんどリアルタイムで進行していたなんて。なぜ、生前に彼の活躍を知ることができなかったのか、応援することができなかったのか、それが本当に悔しい。

・「涙なしに読むことができない本
何度読んでも泣ける本を誰でも一冊くらいは持っていると思うが、私にとってはこの『聖の青春』がそれです。何度読んだか分かりませんが、泣かずに読みきれたことは一度もありません。

本書は29歳で夭折した棋士・村山聖の物語です。幼くして病気に侵され、周りの患者が次々と死んでいく病院で将棋を覚えた少年時代。若くして頭角を現すも、常に万全の体調では闘えない日々。師匠・森との親子関係をも超えた結び付きに、ただ「名人」を目指し駆け抜けた29年の生涯に、思うに任せない状況の中でかくも純粋に生きた村山聖という人間に、胸を締め付けられずにはいられない。

死を傍らにみるということは、本当の意味で「生きる」ということなのかもしれない。純粋に生きるということは、こんなにも尊いものなのか。

・「「生きる」ということ
村山聖が22歳頃に残したという言葉を、父親の伸一さんが巻末に寄せた文の中で見つけた時、どうしようもなく涙が止まらなくなった。

本文だけでもノックアウト寸前だった僕にとって、おそらくこの言葉の存在は、あまりにも大きすぎたのだろう。

僕は将棋のことなんて全くわからないし、興味をもったことすらない。ただ、読んだ後こんな気持ちにさせられる本と出逢ったのは初めてのことだった。

どうか「将棋が分からないから」という理由だけで、この本のことを避けないでほしい。

ここに書かれていることは、村山聖という人間の生きた道そのものなのだろうから。

・「命を指した天才棋士。闘病と師弟愛。
 5歳で難病ネフローゼ(腎臓病)に冒されながら、将棋名人を目指し、 全棋士中ベスト10のA級八段になり、後一歩で名人に手が届くところで、 膀胱癌のため、29歳の短い生涯を終えた天才棋士村山聖の物語である。 母親の愛、森信雄という父親のような師匠が彼を支えていく。

 夢を追って、努力するとはどうゆうことか。

 にこやかな顔の裏に隠された苦悩。将棋の魅力とプロのきびしさ。 人生に疲れた大人のひとにも是非読んで頂きたい。 病院関係者にも是非読んで頂きたい。

本当に純粋な魂の物語です。

・「生きることの意味を教えてくれる
 マンガにもなり、有名になった原作です。 主人公の村山聖さんの将棋にかけた壮絶な思いは、将棋を知らない人にもきっと感動を与えると思います。 「何のために生きてるんだろ」なんて毎日を過ごしている私たちに、この本はぐいぐいとした迫力で、生きることの尊さを訴えかけます。

 村山さんと取り巻く周囲の人(師匠、同期生など)の描写も泣かせる。 何をおいても、ぜひお勧めしたい一冊です。 

聖の青春 (講談社文庫) (詳細)

ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫)

・「ファンタジスタの理想は似通う?
本書でクライフは、戦術ありきではなく、あくまでも個性とその結びつきを尊重することが第一であると説く。その上で攻撃的でスペクタクルにあふれる試合をすることがフットボールの至上の姿ととらえている。同じような事を語っている人が、日本にもいたような…。そうだ、日本代表監督のジーコだ。路地裏フットボール世代の一流選手は、

みな共通した理想にたどり着くのだろうか?来日回数は数えるほどのはずなのに、クライフの日本分析は的確だ。まあ、少し乱暴な読み方かもしれないが、クライフの日本代表へのコメントなり彼の監督観なりをジーコに置き換えて読み進めると(ついそう読んでみたくなる内容なのだ)、

ジーコが日本代表において、実は極めて魅力と可能性に富!んだフットボールを目指しているのではないか、と思えてくる。本書の本筋、クライフ自身の人物像については、幼少期から選手絶頂期、監督時代に至るまで、当時の関係者のコメントを織り交ぜ、丁寧に紹介されている。私のようなクライフ大好きっ子(いい年しているが)はもちろん、

指導者やジーコ日本の将来にポジティブな想像を抱きたい方にも、一読の価値があるのではないだろうか。

・「クライフ最高
この本は、選手としてのクライフ、監督としてのクライフ、のことなどいろいろと書いてあります。私はこれを呼んでさらにクライフが好きになりました。クライフが好きな人もそうでない人も買って損はしないと思います。

・「現代サッカーのバイブル
ミケルスとクライフによるトータルフットボールの解説が秀逸。現代サッカーのバイブルと言ってもいい。練習法などについても少し記載されているから、サッカー指導者にはぜひ参考にしてほしい。

ラインをコンパクトにする効用に関しては、これを読まないと理解できないのではないだろうか?

「すべての責任をはたしたあとの自由」というクライフによるトータルフットボールの定義はサッカーを超えて未来社会を照らし出す指針だ。

・「クライフちょうちん本かと思ったら、意外にそうでもない
 「クライフ・ジャパン」なるトコロが企画した日本の読者向け?のヨハン・クライフの評伝である。 「クライフ・ジャパン」がいかなるモノなのか定かではないが、察するにヨハン・クライフを日本でプロモートする組織/会社/団体/機関/個人のようである。つまるところよくわからない。 そして著者のミゲルアンヘル・サントスが何者であるかも、訳者の松岡義行もよくわからない。 かように氏素性のいまいちよくわからない人々の手になる本ゆえ、内容はもうどうしようもない〈クライフちょうちん本〉かと思ったら、意外にそうでもない。 フットボール人としてのクライフの革新性、天才性、異端性が余すことなく描かれていることはもちろんだが、同時にクライフが結構カネにうるさいこと、自分が管理されることは嫌うが、他者には厳しく管理したがること、要するに強烈なエゴを持った極端な個性人であることも隠さず書いている。 つまりクライフのスゴイところも、ヒドイところもあからさまに記しているのだ。 なかなかエライ本である。 90年代前半、クライフがバルセロナで率いた「ドリームチーム」。 少なくともその前後10年でかくも美しいフットボールを実践しつつ、驚異的な実績をあげたチームを僕は知らない。 そして、それを支えたクライフの〈思想〉。 テクニック、攻撃性、ボールポゼッションの重視、選手(特に若手)育成の重要性、消費財化するフットボールへの警鐘。 結局のところ本書の眼目であるこれらフットボールの〈理想〉を臆面もなく語り、人々に失笑を買うことなく受け入れられる人物は、クライフをおいてそう多くはいない。現役時代のビデオを見て、バルサ「ドリームチーム」のビデオを見た後に、本書を読まれることをお奨めする。 現代フットボールにおけるクライフという存在の意味が見えてくるだろう。 そしてそれは、現代フットボールの理想と現実を理解することに他ならない

・「「美しく勝利せよ」と両方読みましょう
 周りから見たクライフを書いたような本。「美しく勝利せよ」と同様、クライフのプロ生涯について書かれているが、クライフの本心とは異なることも書かれているので、鵜呑みには出来ませんでした。 「こんな風に思われていたのか」という第三者から見たクライフについて知るには良い本だと思います。 

 ヨハン・クライフをよく知りたいと思う方は、「美しく勝利せよ」と両方読まないと偏ってしまうでしょう。

ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫) (詳細)

素晴らしきラジオ体操 (小学館文庫)

・「老人のラジオ体操文化
 1998年の単行本の文庫化。 著者は「日本人であること」とか、「民主主義」とかいったものに疑問を覚え、さまざまに取材をしては問題を提出している文筆家。本書も、ラジオ体操というものに全体主義の匂いを感じて準備されたようだが、実際には全体主義的傾向とはまったく逆の事実が浮かび上がってきたというもの。非常に痛快かつ説得的で、最高に面白い。

 現代でも、早朝の放送に合わせ、毎日ラジオ体操にいそしむ老人たちがいる。その数およそ1000万人。これは戦前の全体主義の名残ではないのか。高橋氏は疑いを抱き、老人たちにインタビューしてまわり、またラジオ体操の歴史を克明に調べ上げた。その結果として明らかになったのは、ラジオ体操がむしろ軍国主義には取り込まれない、体操のための体操であったという事実である。ラジオ体操は身体の規律化の道具ではなかったのである。 こうした事実が、ラジオ体操をつくった人々へのインタビューや調査から浮かび上がり、また現在のラジオ体操老人の意識へと重ね合わされていく。ユーモアたっぷりの語り口調はラジオ体操というテーマと絶妙にマッチして、時のたつのを忘れ読みふけってしまった。

・「最近まれに見る傑作
ラジオ体操人やラジオ体操の生みの親らにインタビューし、さらに歴史・社会・文化的背景から奇妙な日本人論を読み解こうとする超傑作!毎日頭ばかりを使ってお疲れモードの人は、この本を読んで脳ミソをラジオ体操人化する(いや!ラジオ体操人化するのではなく、自然とそうなっていく)ことで、不思議と元気になれる!?とにかく是非一度読んでみて欲しい一冊。

・「ちょっと気がつかなかった奥深さ
「なぜ毎日ラジオ体操をするのか」「ラジオ体操だから」

ここを読んだ時に、本書を買ってよかったと思いました。「ラジオ体操はやるものである」というテーゼの根拠のなさに、まったく気がついていなかった自分に気がついたからです。

全部まじめにやっても大した運動にならないのに、なぜかやれば体にいい、と刷り込まれていたラジオ体操。小学校の低学年から「やるもの」と決まっていて、何の疑問も持たずに律儀にこなし、大人になって自分はやらなくなっても、子供にはやはり「やるもの」として夏休みになると律儀に行かせていました。

作者の疑問は、このラジオ体操が、かつての軍国主義の名残ではないかというもの。しかし調査をしていくと、それとはまったく反対の真実が浮かび上がってくる。そして現在のラジオ体操が成立するまでの、長く、深く、静かな戦いが、我々の前に明らかにされていきます。

あたりまえに存在するものの裏に、こんなに様々な事実がかくされていたなんて!日本人なら一読の価値はあり、です。

・「うちの近所にもいる『ラジオ体操人』がわかってくる!
ラジオ体操人というネーミングに参った。ラジオ体操の歴史や変遷よりも、ラジオ体操をやる人々についての記述が、いちいち、「そうか、そうなんだ、そうかそうか」と思わせる内容で、ラジオ体操社会のしくみ(笑)が良く理解できる本です。

近所にラジオ体操オヤジ等がいる方におすすめです。

・「明日からラジオ体操がやりたくなる・・・かも
著者の雑誌連載エッセイが好きなので、本書も購入。

ちょっととぼけた、それでいて鋭い視点が魅力の著者。だが「ラジオ体操」について書かれた本書は、綿密な取材と調査に基づいた、かなりしっかりとしたノンフィクションだった。ということで、ある意味期待はずれだったのですが(笑)、これはこれで非常に興味深い一冊だ。

保険会社との意外なつながりや戦時中のラジオ体操促進、そして戦後の「ラジオ体操禁止令」まで、ラジオ体操の歴史はほぼ、戦争を体験した世代の歴史と重なっている。だからラジオ体操の歴史を追う本書は、昭和史を一風変わった視点から読み解くことにもなっているのだ。

ご老人に支えられているラジオ体操人口は、本書が最初に出た10年近く前に比べて、だいぶ減ってしまっているだろう。勝手なもので、じゃあお前が引き継げと言われるとちょっと躊躇してしまうのだが、なくなってしまうのも惜しい気がしてくる。

素晴らしきラジオ体操 (小学館文庫) (詳細)

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)

・「堂々たる傑作評伝
日本エッセイストクラブ賞受賞作だが、もう一つくらいノンフィクション賞をとってもおかしくない、堂々たる傑作評伝である。小澤征爾、藤原真理、山本直純のような日本を代表する音楽家を育てた斎藤秀雄の評伝だが、その父で明治期の英語学者だった斎藤秀三郎の、学問の鬼ともいうべき生活ぶりの描写から引き込まれ、その血を引いた秀雄の、全霊を音楽に捧げた生涯が骨太に描かれてゆく。手紙が来ても差出人を見れば中味は分かるといって開封しなかったといった秀三郎のエピソード、美男子だった秀雄のドイツ人女性との結婚と破綻、美貌の歌手田中路子との艶聞など興趣は尽きない。偉大な人物は多く変人でもあり、秀雄もまた周囲と軋轢が絶えない人だったとか、レッスン中に煙草を手放さなかったといったり、全編に人間臭さが漂う。と同時に、民主主義は偉才を育てえないのではないかという疑問も抱かせる。必読の書である。

・「私だったらこういう先生はいやだ
ä¸-界で初めて指揮法ã‚'ä½"ç³»åŒ-ã-、数多の逸材ã‚'音楽のä¸-界に送り出ã-たæ-‰è-¤ç§€é›„の評伝。彼の功績はまã"とに大きく、æ­'史に残る偉大な教育è€...であったã"とはé-"違いない。ã-かã-それでもなお、私にとって彼は範とする人物ではない。音楽以å¤-のすべてに犠牲ã‚'強いたã"と、真æ'¯ã«å-り組むè€...に対ã-、ものã‚'投ã'、壊ã-、æ€'é³'り、罵å€'する教育(?)法ã‚'とったã"と。彼は確かに結果ã‚'出ã-たのであるã-、そうã-て教えられた人が彼に感謝ã-ているのであるから、部å¤-è€...の私がとやかく言うべきã"とではないが、ã"ã"でå-材されている人ã€...はã"れらに耐え抜いた成功è€...のみであり、脱落è€...はå½"然ながら登å 'ã-ないのである。理不尽にæ€'るã"とは、自身の人格の欠陥ã‚'認めるã"とであるのみならず、相手の人格ã‚'も否定する行為でã!‚!ると私は考える。結局彼は、何もなかったæ-¥æœ¬ã«éŸ³æ¥½ã®åœŸå£Œã‚'ç"Ÿã¿å‡ºã-た、ちょうどç¹"ç"°ä¿¡é•·ã®ã‚ˆã†ãªå­˜åœ¨ãªã®ã§ã‚り、音楽におã'る高度成長時代の企業戦士であったといえる。そういう意å'³ã§å½¼ã¯å...¸åž‹çš„な、時代のç"³ã-子であった。今のä¸-にã"ういう教育è€...が存在ã-ないのは、だからå½"然のã"とである。

ともあれ本書は音楽愛好家のみならず、教育にé-¢å¿ƒã‚'もつ人に対ã-て多くの示å"†ã‚'与えるであろう良書である。

・「斎藤秀雄の人作りの魔法!
サイトウ・キネン・オーケストラという不思議な名前の世界的に有名なオーケストラがあります。日本のオーケストラとしては傑出した技量を持ち、日本の音楽を世界と肩を並べる存在にしたこのオーケストラは、一人の偉大な音楽家を称えています。その音楽家が、この本で描かれる斎藤秀雄です。著者は、斎藤氏の3代前から説き明かし、時代背景を丹念に描写することにより、独特の音楽観がどのように形成されたのか、という部分にまで触れています。これにより、何故、偉業が成し遂げられたのかという答えを導き出そうとしているのだろうと思いました。。斎藤氏は、チェリスト、指揮者の草分けとしても素晴らしい実績なのですが、何といっても日本という国で小澤征爾さん、秋山和慶さん等、世界に通用する音楽家を次々と世に送り出したことです。そこにはどんな魔法が存在したのか。宮沢賢治の「セロ弾きゴーシュ」に登場する指揮者は、斎藤秀雄ではないか、といった推理なども加えられており、楽しく読み進むことができました。音楽に興味がある方にお勧めなのは勿論なのですが、教育者の方にも非常に参考になると思います。

・「サイトウ・キネン・オーケストラをもっとよく理解するためにも
まず、サイトウ・キネン・オーケストラをもっとよく理解するために役立つ。そして、斎藤秀雄のアクの強さが、偉大さが、そして苦悩がどこにあったかを分からせてくれる。ついでに、近頃の学校や会社などにおける「業績評価」流行りが、いかに胡散臭く、頼りにならず、いいい加減なものであるかにも気付かせてくれる。いろいろと刺激的なドキュメント。

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫) (詳細)

印度放浪 (朝日文庫)

・「一つの詩集と言ってよい輝き
藤原新也の処女作である本書は、旅行記である以上に著者の自分自身への旅の記録である。言葉の端々には、旅に映し出された著者自身、感性、リズム、そして若さがある。多くの人が青年のころ帯びるであろう熱気を、言葉として、書物として残せた著者を羨ましく思う。あらゆる文脈から切り離しても一つの詩集と言ってよい輝き。

・「才能に出会った。静かで、真摯な、人生に対する一つの視点
完全に敗北した。徹底的にうちのめされた。こんな感情を味わうのは久しぶりである。この本は、30年以上前、僕と同じ年齢であった23歳の若者が書いた。それが、信じられなかった。徹底的にうちのめされたので、むしろ気持ちよくなった。完全にうちのめされて、藁半紙のような紙に印刷された原色の印度の人々や川の写真が敗北した心に染み入った。才能。もの書きとしては第一級の人物である。椎名誠が子供の遊びに感じられる。。。

冒頭、15年ぶりにこの旅をふりかえった著者が「なぜインドに行ったのか」と質問する若者の影に、過去の自分を投影する。「青年は何かに負けているようだった。たぶん青年は太陽に負けていた。そして、青年は大地に負けていた。青年は人に負け、熱に負けていた。青年は牛に負け、羊に負け、犬や虫に負けていた。青年は汚物に負け、花に負けていた。青年はパンに負け、水に負けていた。青年は乞食に負け、女に負け、神に負けていた。青年は臭いに負け、音に負け、そして時間に負けていた。青年は、自分を包みこむありとあらゆるものに負けていた。疲れたその青年の目は表情を失っているかに見えたが、太陽にいられて眩く白熱する、目の前の地面を、ただぼんやりと見つめ返すだけの意思をわずかに残していた。」著者は、自分は、何かに負けに行ったのではないかと結論する。。。

「火葬」の章の箇条書きがすばらしい。その一つ一つの文章が、まるで、一人の男の人生を支えてきた肉体が火に焼かれ蒸発する際に発する、一瞬の光のようだ。また、「死神」の章の幻惑的な文章がいい。コカ・コーラ伝説の幻想。完璧な文章の背後に、著者はこのような危うさまで抱えている。。。文章に惚れた。

・「生と死が感じられる場所。それは印度。
もうすでに、日本社会には生と死は混在しない。あくまで生と死は切り離されて考えられている。あるのは、あくまでも公平で単純な日本総国民は全員死刑判決をくだされているということだけだ。いつ執行されるかは分からない。でもいつかその刑は執行されるのである。そんな単純なことを分からせてくれる1冊である。僕の愛読書。印度に行きたくなる本である。

・「衝撃だった。
20代前半に出逢った本。これが初めて読んだ藤原さんの本。自分が持っているのは上下巻に分かれている版。インドの風景、人々の写真とともにつづられる文章は素晴らしく、こんなにすごい人がいるんだ!!と衝撃だった。写真も衝撃だった。河の中州で犬に食われるご遺体、荼毘に付されるご遺体。そういったものを本に載せていいんだ!!と驚いたものだ。

あれから20年近く。今も藤原さんの本は自分に衝撃と心の豊かさを与えてくれる気がする。

・「写真が良い。あの美しい少女は今頃・・・
写真が豊富で私にとっては写真集。フチもなくページ全面(時には見開き全面)で迫ってくる写真。美しくて死が身近なインド。少女の瞳が鋭く深くみずみずしい。男たちの目も鋭いけれどどこか乾いて。

若かった私に、どの写真も深く印象に残った。本を閉じても、何年か経っても、忘れられない視線とぶつかるはずです。読み返すことは滅多にないのに、手放したくない一冊になりました。

印度放浪 (朝日文庫) (詳細)

パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)

・「ピアノ:音楽に必要なこと:50過ぎてからでも作家になる方法
ピアノを習う人が少なくなってきた。 それに比べて、電子ピアノ、電子オルガン、キーボードは大衆的になっている。 キーボードでも十分音楽を演奏することはできる。 ピアノを習ってから、キーボードを扱うのでもよいのではないか。 グランドピアノの持つ音楽性を理解するには、小説として読める本書はそのきっかけにならないだろうか。 ピアノなんてもう時代遅れさという人には、この本の良さがわからないかもしれない。 ピアノのことを一度も考えたことがない人に、ぜひ読んでもらいたい本である。 著者は50歳を過ぎてから作家になったそうである。 そういう成熟した視点が、これからのピアノの進むべき道を示しているような気がする。 日本のピアノメーカの方々にも、読んでもらい、もう一度ピアノの良さを説明する方法を考えて欲しいかもしれない。

・「ピアノを習ったことのある人なら…また弾きたくなる本です。
いい本です。

パリで暮らしているアメリカ人の著者が、自宅の近くで見つけたピアノ再生工房に出入りしているうちに、ピアノや、ピアノ職人、調律士、ピアノ教師等々、ピアノに関わる人たちと親しくなって…粗筋だけ書くとこんな感じですが、ピアノと、音楽を愛する人たちの、心温まるショート・ドラマが連なっていき、それが全体としては、大河ドラマになってる感じのノンフィクション。タイトルに惹かれて読み出したんだけど、とてもいい本でした。翻訳も丁寧です。たぶん、ピアノを習ったことのある人なら「うんうん、わかる!」って感じのエピソードがあったりして、懐かしい感じもします。

ピアノや音楽のことについて、ある程度知識があった方が楽しめますが(フランスとアメリカでの音名の違い…ドレミファソラシドとCDEFGABC…の違いとか)、なくても大丈夫。著者は丁寧に取材しているんでしょうね、ピアノの歴史とか、過去のピアニストの逸話なんかも出てきて楽しめました。

ピアノの歴史、ピアニストの歴史についてもっと詳しく知りたくなったら、「19世紀のピアニストたち」って本が別にありますが、併せて読むと楽しいと思います。あと、著者がセロニアス・モンクの自伝のことに触れていましたが、自分は読みながら「キース・ジャレット自伝」を思い出しました。本棚から引っ張り出して、読み返しました(笑)

読み終わってから、ピアノが弾きたくなる本…実際、弾きました(爆笑)いい本です。

・「素敵なファンタジー
著者とリュックの出会いもファンタスティックですが、製造された時代や種類の異なる古ピアノを集め、その再生と販売を行っているというピアノ工房の存在もファンタスティックと思います。この本を読んでいると、ピアノはそれぞれ個性に応じた独自の魔法を持っていのだと素直に信じたくなります。ピアノが人々に喜びを与える妖精ならば、そのピアノを再させるリュックは魔術師と言ったところでしょうか。文章に魔法の輝きを与えているものは著者の「音楽を愛するものは、皆、ミュージシャンである」という考えかもしれませんが、音楽、とりわけピアノ音楽の素晴らしさを再認識したくなる良質のエッセイだと思います。者が、リュックの言う「あんたにぴったりのピアノ」を見つけるまでの過程は、とても楽しくワクワクしながら読みました。また、ピアノを入手してから、著者の胸に再燃する音楽にする深い愛情にも共感できました。

作品の性質上、ピアノの歴史、モーツァルトやベートーヴェン、ショパン、リストに関す逸話や、パリのピアノ教育事情なども紹介されていますが、堅苦しいお話は一切ありません。あくまでも、自分や親しい人のための私的な演奏を好む人々や、彼らを支える職人たちと穏かで心温まる交流が主となっています。出来れば終らないで欲しいと思いながら読みました大変に、心地良い、読後感の爽やかな作品です。 

・「フランス人気質
アメリカ人は前庭の広い家、フランス人は中庭のある家、こんな風に例えた人がいます。アメリカ人は取っつきやすく、前庭という部分では幾らでも人と付き合えるが、ドアから中すなわち本当の自分はなかなか見せてくれない。一方フランス人は取っつきは悪いが、いったんドアから中に入ると素晴らしい中庭がある。

著者はアメリカ人らしくないアメリカ人。彼が極めてフランス人的なピアノ修理の店を訪れるところから話は始まる。この朝の情景は実に良く描けていて、歩道脇を流れる水の音が聞こえてくるほどだ。

ここに登場するフランス人は皆一様に静かな雰囲気を湛えている。そこから外れそうな人でもなぜか雰囲気は静かなままだ。このあたりの描写をとらえられれば、この本はあなたのものになります。

・「音楽を奏でる喜びを再発見する
ある作家の人に薦められて読みました。

ピアノという不思議な魔力を持つ精密で美しい楽器。それを再生する古い工房とイギリス人の作者がカルティエ・ラタンで出遭う。そこから物語りは小説のようにミステリアスに展開していく。ピアノはたくさんあるはずなのになぜ売ってくれないのか。古い建物の奥にある光あふれる工房では何が行われてるのか。

そして作者はある日、職人のリュックと知り合いになる。その日から作者はピアノを通じて、忘れていた豊かで繊細な音楽の世界を自分の中に再発見していく。その不思議な人生の変化が美しい文章で綴られていて、読者の私たちまで同時に音楽を奏でる喜びを思い出す。ピアノの話だけではない。外国人の作者が、難しいパリの裏町文化に少しずつ溶け込んで行く日々も描かれている。そして職人という、ものづくりに執念を燃やす人々のその個性と情熱に、そしてパリの街が持つ不思議な磁力にも感銘を受けずにはいられない。

パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス) (詳細)

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))

・「生命の神秘に関する壮大な物語
 最初の「椰子の実」や「絹の道」等の解りやすい話から始まるが、全体を通してかなり難解な本でした。読み進むのにかなり苦労しましたが、途中から著者の世界観に圧倒され、引き込まれていきました。 この本に対する専門家の科学的な評価は良く知りませんが、太古からの生命の神秘に関する壮大な物語を聞かされたような気がします。 たぶん、これは宗教的な感覚に似ているのではないでしょうか?たまには俗世間から離れて太古の夢に身を任せるのもいいと思います。

・「畏敬!尊敬!素晴らしい!!
三木成夫を知ったのは、吉本隆明の本で、「なるほど、そう言う人がいるのか」と思い、この本を読んだ。

本当に凄い。著者の言葉は、深く核心に迫り、劇的で、刺激に満ちている。しかも、悪い意味での「妄想」など全くない。全てが「科学」である。

成長繁茂、開花結実。食の相、性の相。宇宙のリズムが内臓に貫入し、内臓は植物の面影を持っている。猪木VSアリの対決に、ワニとゴリラの闘いを見る。卵巣は、生きた惑星。全ての細胞は、天体。伊勢神宮の式年遷宮は、「受精卵の発生分化」。神宮の森は、宇宙のはらわた。

宇宙発生から今に至る全ては、互いに共鳴し合っているのだ。この本を読んでいる間、民俗音楽や波の音などが聞こえてきたように思う。それから、私は福田恆存氏が大好きなのだが、何故か彼が笑っている夢をみた、本当に。

「少し」でも「何か」について、興味を持ったり、勉強している人は「絶対必読」の本、と言っても過言ではないと思う。神話、歴史、地球、宇宙、生物学、源氏物語、ギリシャ悲劇、俳句、バッハ、平安朝、原始社会、福田恆存、保田與重郎、杉浦康平、松岡正剛などなど。

とにかく読んでみて下さい。適切な推薦の言葉が出てきませんが、とにかくオススメ。

・「いきなり、とまどう
実に面妖な始まり方をします。大概の方は読み始めてすぐに不思議な世界(具体的に何が不思議というのではなく)の予感を感じるはずです。著者の「私的感覚世界」と、解剖学者としての詳細で冷静な「科学者の目」と、圧倒される迫力があるのです。椰子の実の記憶からドグラマグラ経由ゲーテまで、などと書いたら、私はふざけすぎかもしれませんが…日常の生活感覚から少しはなれ、また戻り、して、読み終わったあとは、大いなる世界に旅してきたかの気持ちになりました。

・「これが科学なのだ
この本を読むと,著者の強烈な情念にまず圧倒される.解剖学者としての著者の専門は.脾臓の個体的 系統的発生であった.その仕事の遂行には,この情念が不可欠であったろうと推測される.そして,冷静 厳密な自然科学を生むのは,まさに強烈な情念なのだ.この本は,その原理をまざまざと見せてくれる点において殆ど類例を見ない.この国にも,かつてこのような偉大な科学者がいたのだ.若くして世を去られたことが,悔やまれてならない.この本の名物は,人間の胎児の顔のシリーズ写真である.これに圧倒されない人がいるとは思えないが,この写真こそが,ラマルクの仮説を論証しているのだ,と言う大解剖学者を信じることが不可能ならば,そもそも自然科学は不可能だ,と言いたい.

・「個体発生は系統発生を反復するか
現在の「生物は遺伝子の偶然の変移によって進化する」という主流の考え方からは異端として排斥されてしまうこと間違いなし!の思想だが、著者は胎児がラブカ、ムカシトカゲ、ミツユビナマケモノ等の「古代の面影」を反復しながら発生してくるという。そして水棲型(魚)から陸上型に変わる時点で、妊婦の「つわり」がひどくなるという。私はこうした説は全部インチキだと叩かれた記憶があるが、とにかく生命体について考える手がかりが欲しくてラブカの標本を見に上野の科学博物館にまで行った。

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) (詳細)

野口体操からだに貞(き)く

・「からだに貞く―もっと自由に楽に気持ちよく生きるために
 野口体操創始者・野口三千三氏 珠玉の作品の一つ。「からだの神に貞くことのできるからだが、よく利くからだである。」 スポーツ・音楽・演劇等々、何をするにしてもいつも気持ちがいい状態でいられるために、からだの調子を「からだに貞く」ことで、「絶対に無理をしない、自分に合った方法で、自分のからだの中から生まれた、空論ではない生きた合理的練習をするならば、ケガをしないで上達する」と説く。 他にも、長年の氏の研究・実践・検証に裏打ちされた様々な教えに満ちている。「あなた、自分のからだを酷使していませんか?」という氏の問いかけが聞こえてきそうである。

 姉妹本「野口体操 おもさに貞く」、野口氏の直弟子・羽鳥操氏の「野口体操 感覚こそ力」「野口体操入門」も合わせて読むとなお良い。

・「内側から語られる言葉たち
「力」を入れずに身体を感じ、身体を動かすこと。野口体操の指導者、野口三千三先生の本です。

一読して思ったのは、自分が作ったのではないこの身体、いうなれば「自然」が創った身体を、果たして自分自身がよく知っているのかどうか、ということ。

「こういった対話ができるようにならないで、 自分のからだといえるだろうか」

先生は自らのからだ、すなわち「内側」からの言葉で語ります。ご自身の身体感覚を、内側から、正確に語ろうとします。

変わった人がいるなあ、と思います。でも、この本は、そういう意味で面白いです。

・「こういう人がいた
野口体操創始者の野口三千三氏の考察の書。自伝的内容からからだとコトバ、文字や重さなどについて語られている。自分のからだの生身の実感をてがかりにして探究された野口氏のコトバは刺激的で目からウロコのコトバがたくさんあった。

「ちょっとの力で卵が倒れるということは、常識的には不安定だが、逆の見方をすれば、ちょっとの力で動くことができる。」

「目的をきめてやるということは、理性的論理的であることのように見える。しかし「新しい発見の可能性」を自ら捨て去ることにもなりかねない。」

「理解とは誤解のことである。誤解以外の理解は事実として存在しない。感覚とは錯覚のことである。錯覚以外の感覚は事実として存在しない。」

「すべての存在は重さである。」

「すべての動きは、重さの変化・流れである。」etc...。

独特の語り口はおおらかでつきぬけたひとの明晰さがあり、時として感じるなんともいえないおかしみは珍味の味わい(笑)。個人的には甲骨文字の解釈のあたりはちょっとついてけなかったけど野口氏が子供のように夢中になっているのは伝わってくる。こういう注目すべき人がいたんだ。是非一度手にとってみて欲しい。

野口体操からだに貞(き)く (詳細)

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

・「これこそが、実践に基づく思想である。
 時代は、サルトルからメルロ・ポンティへと移り変わり、身体の問題が浮上してきたときであった。この問題に気が付いていた同時代人は多いが、聴覚障害者であるからこそ、言葉を語る、語らせることが身体と結びついていることを認識出来たと言う点で、一歩進んでいた。時代の要請と自己の身体を交錯させた思想ーこれこそが思想と言えるものであるがーの成立が素晴らしい。さらに、著者は、まだ解明されていなかった「自閉症」にも挑戦している。これなどは、動作法の発見にも結びつく可能性があったのでないかと私は考えている。1人の人間の存在をかけた戦いの記録である。

・「子どもの気持ちに触れるときに
著者は、耳が不自由であったため、そのときの思いが、コミュニケーションとは何かを考えさせてくれる。私たちが不自由な立場にならない限り気づけない耳が不自由なときのもどかしい思いや相手に届かない言葉について熱い思いで語りかけてくれる。

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫) (詳細)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

・「この哲学的思考は秀逸であるが、西洋的分析で「いき」を捉えきれるか。
この論文では哲学者九鬼周造により「いき」の内包的構造、外延的構造、自然的表現、芸術的表現について、まさに西洋哲学的分析が詳細になされている。著者の主張のテーマは“序”で述べられている。すなわち、『生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。我々は「いき」という現象のあることを知っている。しからばこの現象はいかなる構造をもっているか。「いき」とは畢竟わが民族に独自な「生き」かたの一つではあるまいか。現実をありのままに把握することが、また、味得されるべき体験を論理的に言表することが、この書の追う課題である。』と述べ、非常に優れた分析がなされている。西洋哲学風に、この論文書かれているが、著者は日本人であり、徹底的な分析ではない。現実をありのままに把握することを現象論的に論ずることは可能であろうが、論理的に「いき」を分析することは「いき」を破壊しかねなく、誤りであると現代論理学的観点からレビューアーは思う。しかしながら、約80年前に「いき」に関する非常に優れた考察がなされていたことは驚くべきことである。この本の他の二篇を読めば九鬼周造の思想がお分かりになると思います。著者の文章、現代の普通の方には読みにくいと思いますが、特に、理系の分野の方に読んで戴きたい。文学、哲学系の方の読み方とは異なる感想をもち、多田道太郎氏の解説に書かれていること以外の思いを持つに違いない、I HOPE SO. この論文集は必読でしょう。

・「脱帽。
面白いです。最初のページを読み出した瞬間から九鬼氏の言葉が驚くほどするすると脳に入っていく、こういう快感を最後に味わったのはいつだろうか?

うーんちょっと興味は有るけど、なんかむずかしそー。と思ってるそこの貴方。これは本当に名作です。是非、是非、読んでください。

・「日本人が分かる
分かることの快感とは、この本を読んだときのようなことをいうのだろう。「いき」という意識現象はいったい何を意味するのか、それを構成する3つの要因に分解して明快に説明してしまう。さらに「上品」、「派手」などを含む趣味体系の中でどう位置づけられるかを、直六面体で示してしまう。感覚的に捉えていたことが、すっきりと言葉で説明されてしまうことの気持ち良さ。しかもその分析作業は論理的でありながら、テーマが何しろ異性との関係に関わる意識であることから、説明には色気が備わる。と思っていたら、多田道太郎の解説が本書のさらに上の視点から、そこに著者自身を取り巻く異性環境が反映されていることを説明してしまう。ここに至って本書は、「日本」を解析した哲学書の名著であると同時に、九鬼周造という哲学者自身の人間を語る書ともなった。

・「方法論こそ『「いき」の構造』の特色
 最近、ホームページで『「いき」の構造』を『菊と刀』の視点から分析した人が居ます。それを読んでハッとしたのですが、『「いき」の構造』の最大の特色は方法論にあるのです。多くの研究者は「いき」という言葉にこだわってその言葉が現われる場面に注目しますが、九鬼はその言葉が生まれてくる社会の集合的無意識に注目したのです。これは、今でも社会系の学者にさえあまり知られていない方法ですが、すでに七十数年前にこういう方法を駆使して日本独特の概念を分析した人があったとは、驚くべきことでもあり、同胞として誇りを感じることでもあります。

・「作者の表現力がすごい!
 内容は、哲学的であるかもしれませんが、人生観、服装、建築、仕草など様々な例を用いて、「いき」の概念について述べられていますので、純粋な哲学書と比較したら、アプローチしやすいと私は思います。

 表紙には「いき」に関連する「野暮」「上品」などさまざまな概念との位置関係を表している図があります。私自身がもつ「いき」と作者の「いき」を比較した場合、私の「いき」は、当然、文化的な背景を含んだものではなく、個人を評価するただの一単語と認識している事実を発見しました。全くたいした発見ではないですけが・・・

 しかし非常に限定されたテーマを扱いながら、最後には非常に広い範囲まで展開する作者の能力は素晴らしいと私自身は思います。

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫) (詳細)

開かれた小さな扉―ある自閉児をめぐる愛の記録

・「プレイセラピーをする人や心理臨床家には必読書
この本は小説風に書いてありますが、アクスラインののプレイセラピーの臨床の貴重な記録です。学校から集団になじめず、心配された当時5歳の子どもの相談を依頼され、学校に訪問して観察し、それからプレイセラピーを展開し、保護者とどのように会ったのか、また心配していた学校の先生方とはどのように接したのか、その後の成長の姿や、またその子自身がプレイセラピーの過程を振り返ってそのことについても述べていることも大変貴重です。

・「自閉症の子供を育てたことがない
「1時間たったら、おうちへ帰らなくちゃだめなのよ」時間を決めて子供と触れ合うことの大事さを学んだ。時間だけでなく、何か決め事をして、それを守ることの大切さを伝えることにより、2人の人間の間の絆が強くなるのかもしれない。自閉症の子供を育てたことがないので、細部には分からないこともあり、成長した後の成果が何だろうかと気が遠くなる気もする。

開かれた小さな扉―ある自閉児をめぐる愛の記録 (詳細)

ツァラトゥストラ (中公文庫)

・「詩人ニーチェは読みやすい!
ニーチェは専門家たちには余り評判がよくないらしい。論理的な飛躍があり、矛盾したことも平気で語っている、というのだ。だから解釈も実に多様だ。ヒトラーの誤読もあったし、「神を殺した」筈の彼の思想をバネにして、キリスト教を立ち直らせようとする動きもあった。ーー解釈が多様だというのは文学作品ならむしろ好ましいことなのかもしれない。だが、理論的な思考がこうであっては困る。数式に答えが複数あったりしたら、これはもう数学ではない。だから本当にニーチェには、哲学者としては致命的な欠点があるのかもしれない。

でも、ニーチェは詩人でもあった。というより、私は彼が論理的なものを軽視したとは思わないが、彼はそれ以上に詩人だったのだと思う。「ツァラトゥストラ」などはまさに詩人の手になるものだ。「超人」だの「運命愛」だのなかなかのキャッチコピーだし、ちょっと劇画調すぎてこちらが気恥ずかしくなるくらい。

専門の哲学者たちはともかく、ニーチェの文学者たちからの受けはいい。これは文学書ではない、とわざわざ註を入れて「ツァラトゥストラ」を必読書に挙げている文学者の数は知れない。「ツァラトゥストラ」は文学書として読んで一向に構わないと思う。それに、--こんなことを書くと怒られそうだが、ニーチェほど読みやすい哲学者はいない。

・「机の上に常備したい本
とても素晴らしい直感に満ちた本です。つまらない論理で解説することははばかられます。新たに日々の生に「さらにあらたに」向かう勇気を与えてくれます。本書に触れると日常に疲れた心にインスパイアするものがあります。永劫回帰というとてつもない観念、でもそれはもしかしたら、人は人生の中で何回か感じていることであると思います。机の上に常備したい本です。

・「数学が苦手のニーチェ
ツァラトゥストラの翻訳は何種類も出ているが、詩として訳されているのは手塚のこの本しかないのではないだろうか。もしあるならば、川原栄峰の訳も見てみたいものだが。

冒頭のエピグラムの訳を読むだけで、哲学屋さんたちに詩を訳す資格があるかすぐに知れる。

永劫回帰について、この真理の根拠として、ニーチェは元素の種類が有限であるのに対して時間は無限であることをあげている。永遠の時間の流れのなかでは、いつか同一の元素の組合せが生じて同じことが繰返されるというのである。永劫回帰の表象として、幼いころ耳にした神秘的な犬の遠吠えの記憶を提示するなど、ニーチェの詩人としての腕は確かではある。

しかし、遠山啓は「数学入門」だか「無限と連続」だかで、0と1のたった2種類の数字でさえ、同じ繰返しを出さずに無限に並べられることを証明して、永劫回帰の説は数学的にはなりたたないとからかっている。

プフォルタ学院でのニーチェの成績記録によれば、特に数学に弱点ありとのこと。

・「女だらけの世界で育ったニーチェ
ニーチェは、私にとって「感化剤」でした。特に本書は近くの本屋などで普通に置いてあるので、手に入りやすいです。私がニーチェの本を初めて読んだのは本作ですが、すんなり入れました。その後ニーチェに興味を抱いて、哲学全体に関心が湧き始めたのですが、今ではニーチェは私の中で死んでいます。ニーチェの問いかけは、20世紀への予言でもあり、後のフーコーやデリダやバタイユなどのフランス哲学者にも影響を与えましたが、今現在どのような評価がニーチェに与えられているか、多面的に把握した上で、ニーチェという一人の人間を理解すべきです。そうでないとナチス政権下のヒトラーユーゲントと同じように、ただ「闘争的な自己愛」を育むだけの書になってしまいます。ニーチェは文学者の必携だそうですが、哲学的にはもう既に古いということを知ったほうが良いでしょう。ちくま文庫からも「ニーチェは今日?」という本が出ていますし、ニーチェの解説本は日本だけでなく、世界的にも星の数ほどあります。また、倫理の教師が高校時代言っておりましたが、ニーチェ哲学は若者受けしやすいのも事実です。何故なら、「厭世」「闘争的」「自己超克」「既成価値の破壊」といった如何にも10代後半から20代前半が好みそうなキーワードがいたるところに散在しているからです。ニーチェは師ショーペンハウエルと同様、厭世と格闘した哲学者ですが、文体から溢れ出ている熱気は、まるで大江健三郎の「セブンティーン」に登場する左翼少年の魂さながらです。私はニーチェから哲学に惹かれましたが、ニーチェの偶像は、真にニーチェを知るのであれば、打倒されねばなりません。

・「何に苦しみを抱いたのか
「永劫回帰」「非同情」「超人思想」はとても大切な考えなのですが、紋切り型ですべて語られるのは彼に失礼だと私は考えています。思想が生み出される背景には、絶対にその人間が苦悩した問題意識から発せられるものです。人の立場にたって考えることは不可能です。けれども、他者から理解されるうえで、もし苦悩して生み出されたものがごみのように扱われているとするならば、それはおかしなことだと私は考えます。彼と同じ苦悩を味わうことはできません。人間はそれぞれの実存に根ざしているからです。けれども問いに直面し、考えるという点ではみな同じです。「何に苦しみを抱き、そう表現しなければならなかったのか」そのことに私の関心は向けられています。模範的価値・理想的価値を知る人間は狭隘な人間自身・自分自身を信仰しているにしかすぎない、したがって人間はある決められた定義を与えられた、またある枠組みで括られるような人間として存在するのではなく、人間は人間を超え出る存在だということです。「わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗りこえられるべきあるものである。あなたがたは、人間を乗り越えるために何をしたか。およそ生あるものはこれまで、おのれを乗り越えて、より高いものを創ってきた。ところがあなたがたは、この大きい潮の引き潮になろうとするのか。人間を乗り越えるより、むしろ獣類に帰ろうとするのか」人間は神という不定形で超越的なものから出発するのではなく、人間自身を地盤において今ここにある人間自身から出発することを要求しているということを忘れてはいけないと思います。

ツァラトゥストラ (中公文庫) (詳細)

ゲーテとの対話 (上) (ワイド版岩波文庫 (191))

・「クリエイティブなことを志す人なら、読んで損はないです
生涯にわたって恋愛や芸術、学問などへの情熱を変わらなく持ち続けたゲーテの、74歳から死までの約10年間の対話録です。内容は、若い芸術家に向けたアドバイスのほか、文学、美術、演劇、自然科学、宗教、当時の芸術や時事ニュースに対するコメントなどなど、すばらしく多彩です。具体的に言うと、シラーやナポレオンなどの人物を語り、古典やシェークスピアを賞賛し、誇大妄想気味なロマン主義を敬遠し、自分が研究した色彩論に熱中したりしています。とにかくゲーテの隣人愛に満ちた朗らかな性格が随所ににじみ出ています。簡潔な注釈も付いているので、古典やヨーロッパ文学にあまり詳しくなくてもついていけます。

・「ゲーテになりたい
ドイツの芸術家ゲーテと、著者との対話集です。芸術とは何かという限りない創作の迷路を歩く著者に暖かいまなざしと助言を与えるゲーテの言葉に、読んでいて自分が語りかけられているような気分になります。著者の(訳者)表現も、自然主義者らしく簡潔に、しかし的確に情景を描写しているので、文章も簡便で分かりやすいです。「座右のゲーテ」でゲーテ入門し、最近ゲーテもイタリア旅行記も買いましたが、政治・経済・芸術・自然学・言語学あらゆる学問に精通し、かつクリエイター・人格者でもあったスーパーゲーテに触れることのできる一冊です。今上を読んでますが、中・下までそろえてかいたいと思います。読みやすくて、とてもいい本です。

・「21世紀の《ゲーテ》。
20世紀後半の世界文学(日本を含む)は、《ゲーテの否定》に明け暮れた感があるが、もしかしたら21世紀の文学は、《ゲーテの再評価》から始まるのかも知れない。本書を読んで、ふと、そんなことを思いました。かく言う私も、ゲーテに関しては、『ファウスト』と2,3の詩集しか読んでいません。もっと広く深く、ゲーテを読んでみたいです。21世紀文学のキーワードは、案外、《ゲーテの復活》にあるのかも知れません。

・「絶えず努力して励む者を、われら(=天使)は救うことができる。--ファウスト
「ゲーテとの対話」は、ゲーテ本人の多くの著作以上に広く読まれている、ゲーテの代表作(?)です。

ゲーテは霊魂の不滅を信じていました。「いつまでも働くことをやめない生命には、永遠を要求する権利がある」(1829年2月4日)。精力的な活動家であるゲーテは、基本的に楽観主義者なのだと思います。努力は実を結ぶ、正義は勝つ、愛は報いられる。--残念ながら現実は必ずしもそうではないと思うのですが、こういう信念が私たちを元気づけてくれることは確かです。現在私たちにおなじみのハリウッド映画やテレビドラマは、大抵このゲーテの精神を継承しています。

「努力する限り人間は迷いつづける」(ファウスト)。ファウストはグレートヒェンを誘惑して捨て、罪のない老夫妻を殺させ、にもかかわらず天国に行きます(しかもその天国行きを導くのがあのグレートヒェンだというのですから、随分虫のいい話です)。ゲーテは、神を引きずりおろし自分に奉仕させようとしている点で、「神を否定しないが認めない」と言ったイワン・カラマーゾフと同じことを要求しているのではないでしょうか? ーー私はヒューマニストのゲーテより、ニヒリストのシェイクスピアのほうが、世界を正確に見ていると思います。

「時よ、止まれ、君は美しい」は、ニーチェによって「これが生であったか、それならもう一度」と書きかえられることになります。ゲーテと共に選ばれた者であるニーチェは、超人を目指します。ところでドストエフスキーは、私たちが本来の自分よりも優れた人格になる瞬間がある、と主張しています(逆に、堕落する瞬間も)。しかもそのようになれるのは、選ばれた超人ではなくて、子供だったり無学の者だったりもします。ーー私は「運命愛」を説くニーチェより、「永久調和」を知っているドストエフスキーのほうが、人間を正確に見ていると思います。

・「全部読むのは大儀だなぁ
エッカーマンが晩年のゲーテとのやりとりを収めたもの。日記という形式を取っている為、やや冗長のきらいがある。また、200年近くも前の出来事なので、知らない人が一杯出て来ていまいちピンと来ない。しかし、詩人であり芸術に関する造詣が深く、光や植物の研究など自然科学に関しても一流と言われる鉄人じゃなかった哲人 ゲーテ。彼が長い間考えてきたことや彼の価値観、人柄などがエッカーマンのお陰で知ることができる。正直なところ、忙しい受験生やビジネスマン、主婦などにはお薦めしないが、芸術や学問(特に自然科学)を志す人は読んでおくべきだろう。しっかし、エッカーマンは日付や曜日間違えすぎ!いい加減だなぁ。俺みたい(笑)

ゲーテとの対話 (上) (ワイド版岩波文庫 (191)) (詳細)

世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)

・「時代を作った若者の生き様をいきいきと描く
説明はいらないでしょう。あまりにも有名な、松陰と晋作の物語です。

・「胸を突く松蔭と晋作の師弟の物語
青白く長い顔をし、書生然とした吉田松陰は、我々の想像を超えた人格的影響力を持っていた。そのことは、彼が晩年長州の野山獄に入れられたときも、余人が手に余す犯罪者達に、毎日誰かが先生となり勉強しようという彼の提案が受け入れられるのみならず、終いには凶悪犯が松蔭の人格に触れ、「松蔭先生」と呼び出すところからも、よくわかるのである。

一方で松下村塾の弟子達は、松蔭の偉大さがよくわからず、久坂玄瑞などは松蔭の盟友である熊本の宮部鼎蔵を訪れ「松蔭先生は本当に人材なのでしょうか?」と尋ね、宮部に「小僧!おまえなんかに松蔭君の偉さがわかるわけがないわ!」と一喝されて帰ってきたりしている。松蔭が処刑後、弟子達は各々がもらった松蔭からの手紙を持ち寄り、初めて彼らは師匠の考えの全体像を知る。その弟子の中で、天衣無縫で痛快ともいえる活躍をするのが、高杉晋作である。真実を知り怒髪天を突いた彼は、松蔭が罪人として粗末に葬られた墓を掘り起こし、その骨を首から提げ、槍を持って一騎江戸城に入り、高々と復讐の宣言をし、疾風のごとく去ってみたり、京の神社での儀式に天皇家の後を進行する将軍以下幕臣らに向かって、町人の格好をして「いよっ!征夷大将軍!」と大音声を放って、幕臣達の悔し涙を流させたりもする。

彼の指揮する長州軍は見事に幕府軍を打ち破る。その軍の一翼を担ったのが「幕府や藩を相手にしたのが一生の不覚。向後は民を頼みとする」との松蔭の言葉から、晋作が作った百姓や相撲取りで構成された「奇兵隊」であった。晋作は27の時、有名な「おもしろきこともなき世をおもしろく」との辞世の句を残して肺結核で死ぬが、その後幕府は遂に倒れる。

何度読んでも胸を突かれる師弟の物語である。

・「われわれは、限られたこの世に棲む日々をどう生きるか?
幕末をいきた師弟の史実をもとにした、はかなくも短い日々をどう生きるか、を問いかけられるような胸を打たれる峻烈なものがたり。

・「長州における高杉晋作人気の理由
山口県を旅すると,幕末から維新にかけて活躍した人物の中で地元の一番人気を誇るのは,圧倒的に高杉晋作であると分かる。萩に行けば,木戸孝允邸や伊藤博文邸よりも高杉邸に人が集まっているのを目にし,下関の地元観光情報誌を見れば,高杉晋作ゆかりの地あれこれがエピソードと共に紹介されている。「世に棲む日日」シリーズは,思想家吉田松陰の少年時代から始まり,その門人高杉晋作がわずか27歳で肺結核に倒れ,この世を去るまでが描かれている。特に後半,高杉が,幕末の激動の中,時代を先読みし,戦略を尽くして幕府軍と戦い,日本の歴史を維新へ向けて大きく動かしていくさまは非常に興味深い。彼は革命家であるが,諸国の革命家と異なるところは,自らの権威に興味がなく,また,維新直前に亡くなったこともあって,権威と縁がなかったことである。しかし,そんな彼の生き様が地元の人気を不動のものにしているのだろうな,とこのシリーズを読んだ今思うのである。

・「入門編
吉田松陰と高杉晋作の一生を通じて、幕末の雄長州藩を描いている作品。史実については、最近の新研究と齟齬を生じる部分もあるが、両者の人生を大まかに捉えるには充分だと思う。楽しんで読んで、興味を持ったら他にも色々読んでみると、幕末への理解が深まり、ひいてはいまの日本に対する視点も変わってくるだろう。勤皇派については、これと「竜馬がゆく」を合わせて読むのがオススメ。高杉晋作楽しむなら、「十一番目の志士」「花神」をどうぞ。

世に棲む日日〈1〉 (文春文庫) (詳細)

氷川清話 (角川文庫ソフィア)

・「勝海舟の洞察力
勝海舟についての文庫本は数多くあるけれどこの本は勝海舟の語録集と言うべきものです。特に驚くべきことは日清戦争後の中国について「剣や鉄砲の戦争には勝ても今後の経済戦争において日本はとてもシナ人には及ばない。」と言い切っていることです。確かに今の中国の経済成長は目を見張るものがあり、勝海舟の洞察どおりになりつつあります。

勝海舟自身がこの本の中にも書いていますが、「数年先でなく何十年先を見通すことができる人間こそが大物である。」という言葉は本当に説得力のある事が分ります。

・「開き直っている
虚心坦懐に、自分と世界を見つめると、こんな見事な述懐ができるのかと、とにかく感動した学生時代。いまは、人生弱気になると、ぱらぱらとめくりながら、おそらく冷遇されてもくじけなかった、彼の精神の強さを思います。サムライというのはえらいもんだ。

・「器の大きさ
 勝海舟の器の大きさに驚きました。西郷隆盛など維新の時代の人物評は的確でありその人を見抜く鋭さには脱帽。特に若者に向けた話が興味深い。勝海舟に言わせればチャレンジせよ、それでだめならその程度の人物なのだということか。20代のうちに読んでおいてよかったです。また、時代が人を創ると言いますが、維新が創った傑物の器量を実感することができる異色の本です。

・「スケールの大きさ
あの竜馬から先生と慕われたからには、余程大きな方に違いないと思いながらも、「竜馬が行く」は何度も読み返したが、「氷川清話」は読む機会に恵まれなかった。開国派の竜馬が、敵とも言える勝を切りに屋敷に赴くが、敵ながらその語りに深く感動し、刀を脇に置いてそのまま弟子入りしてしまった。その後、竜馬は海運業として亀山社中を結成し、それが海援隊となり、金庫番だった岩崎が三菱を興したことを考えると、勝海舟とは現代日本の恩人とも思えてくる。とにかく、これだけスケールの大きな日本人は今でもなかなか見つからない。

・「激動の時代を生き抜く智恵
坂本龍馬の師である勝海舟は江戸城無血開城を西郷隆盛と成し遂げた維新の英雄です。篤姫の協力を得られたのも勝が信用されていたためで、これで江戸数十万の命が助かったといわれています。

特に彼の死生観はどのような危機に際しても、明鏡止水の如し、まず命を保とうとなどは思わなかった。しかし死ななかったとある。あの時代の切羽詰まった状況ではありながらも実に洋々と生き抜いています。そして西郷隆盛については心から敬服していた様子が伺えます。西郷どんは無血開城の調印式で居眠りしていたとのこと(笑)

そして、維新回天後の元勲達の増長慢を批判していて、その口調と気骨は真正の江戸っ子の心意気に満ちていて氷川あたりで育った海舟らしい息吹がするものです。その生い立ちから考え方、歴史観など歴史的資料としても物語としても第一級の本です。

坂本龍馬や明治維新に興味のある方は楽しく読めると思います。

氷川清話 (角川文庫ソフィア) (詳細)

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

・「敗者側の貴重な証言
 会津藩は戊辰戦争後に「賊軍」とされ、新政府より過酷な処罰を受けた。会津人は凄惨な生活を強いられるのだが、そのようなことは教科書に載らない。 会津藩に限らず、敗者側は語ることなく、記録を残さず、それは代々受け継がれて今日に至っている。それだけに敗者側の赤裸々な体験が刊行されているあたり、意義が大きい。 本書は、会津人柴五郎の幼少期から士官学校までが「遺書」としてまとめられているのだが、編著者の「歴史とは何か」という問いかけも鋭い。歴史を見直す最良のテキストと思われる。 

・「日本人なら必読の書でしょう。
雑誌で紹介されていて、偶然目にしました。

古風な日本語ながら、読み始めたら、最後まで止まらなくなりました。涙なしでは読めません。そして、ユーモアもところどころにまぎれこんでいます。

人生・家族・政治・戦争・歴史について考えさせられました。明治維新とは何だったのか?大日本帝国とは何だったのか?そして、幕末・維新を生き抜いた明治人の強さの源泉に触れました。強い人間は、修羅場をくぐっている。国家でも企業でも、創業期の組織には、とんでもない修羅場を経験した人間に満ち溢れているのかもしれない。

本書で一番象徴的と感じたのは、以下のシーンでした。====「兄上、われらを俘虜として江戸へ連れてゆき、晒しものとして街を歩かしめ、薩長の威を天下に誇らんとする計画ならば、余はこの地にとどまりて百姓となり、母上さまの墓所を守りたし」「薩長の下郎どもが何をなすかを見届けよ。もし辱めを受くれば、江戸にても何処にても斬り死にか、腹掻っさばいて会津魂を見せてくれようぞ、今より気弱になりていかがいたすか、万事これよりぞ」====

この「会津魂」的なものを持っているかどうかが、修羅場を乗りきれるかどうかの分岐点になると思いました。

また、「中国人は信用と面子を貴びます」とはじまる柴五郎の中国観は一読に値します。

本当にいろいろなことを考えさせられるきっかけになります。

多面的に考える習慣の必要性を改めて痛感しました。

・「尊敬する人
寺島実郎著『脳力のレッスン II』で引用されていたので興味を持ち読んでみました。読後感は2点:・教科書で教えられたり、テレビドラマになっているのは薩長側からみた歴史に過ぎないということ。会津藩士や領民が嘗めた辛酸は白虎隊のことくらいしか知らされていないが、藩取り潰しになってから下北半島に強制移住させられた人々がおり、明治になっても悲惨な生活を余儀なくされたことは全く知らなかった。・「明治人」というのは武士道を体現している人なんだな、ということ。主人公の柴五郎のような明治人がいなくなることにより日本軍はどんどん劣化していったという事実を読み取ることができる。

「日本人が忘れかけた」という表現があるが、本書は我々現代日本人が全く知らない、でも100年前には我々の祖先が経験した歴史のある一面を教えてくれる貴重な本です。

・「会津受難の回想記録に滂沱の涙を誘われる
柴五郎の回想に滂沱の涙を誘われる。柴家の女性たちは会津落城前に自刃して果て、最早この世にない。「非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮びて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余をあわれむがごとし。」

下北半島移封の旧会津藩士たちは、斗南藩での御家再興ならぬ一藩島流しの現実を知る。僅か十歳の五郎と父と兄嫁の一家三人に、火山灰地の開拓地での「まことに乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に蓆(むしろ)を張りて生きながらえし辛酸の年月」が降りかかる。

武士の子たる覚悟を息子に迫る父。「戦場にありて兵糧なければ、犬猫なりともこれを喰らいて戦うものぞ。ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、のちの世までの恥辱なり。ここは戦場なるぞ、会津の国辱雪ぐまでは戦場なるぞ。」

飢餓迫る辺境の<戦場>で生きるために、死んだ犬の肉を食する日々に父子は耐えた。「予期せざる父上の激怒に触れ余の心戦(おのの)き慄(ふる)えて、口に含みたる犬肉の塊り眼をつむりて一気に飲み下せば、胸につかえて苦しきことかぎりなし。」

青森県大参事の野田豁通の知遇を得て上京し、柴五郎は陸軍に転じた野田豁通と再会して陸軍幼年学校の受験を勧められたことで、下僕たる浮草生活に別れを告げた。勉学機会のハンディを克服した青年将校柴五郎に野田が甥っ子の石光真清の訓育を託し、先輩後輩の友誼を越えた軍人同士の友情が紡がれる。

父石光真清の遺した手記(「城下の人」など四部作)を長男真人が老翁の閲覧に供したことから、八十歳を超えた元陸軍大将柴五郎の本書草稿を委嘱される切っ欠けとなり、会津受難の貴重な証言記録が世に出たという。不思議な因縁、めぐり合せに感嘆する外ない。

・「明治時代の一つの姿
 旧会津藩士柴五郎が,会津若松城の落城から斗南藩(現在の青森県むつ市)での飢餓との戦いを経て,陸軍士官学校に入るまで(幕末から西南戦争くらいまで)を振り返って記した自伝である。 暴虐なる薩長軍の侵攻を受け,柴家では,祖母以下5人の女が,籠城して足手まといになるよりはと自刃して果てた。他方,柴家の男たちは,前線で戦って怪我をした父を始め,みな命が助かった(小さかった五郎は山荘に避難していた)。実に皮肉な話であるが,そもそも,戦場となる城下に女性を放置していた会津藩首脳部の責任が大きいのではなかろうか。 斗南藩での苦労や,あてもなく東京に出てきてあちこちとツテを辿るくだりは,さすがにリアルで,明治初期に生きた柴五郎の姿が目に浮かぶようであった。 文語で取っつきにくいが,冒頭を我慢すれば最後まで読む手が止まらない好著である。

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252)) (詳細)
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