姑獲鳥の夏 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「無題」「この本から読まなくてはいけません」「映画を観る前に是非」「唯一無二の作品」「「圧倒的」である事の凄味」
魍魎の匣 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「第2弾にして、早くもシリーズ最高の出来。」「三重苦を乗り越えて、傑作!」「今回も京極さんの世界に はまらせてもらいました」「背筋の凍る重苦しさ」「思った以上!!癖になりそうっ!!」
狂骨の夢 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「その女、朱美」「京極堂シリーズ第3弾。」「京極堂シリーズ第三弾!」「夢を見ているような」「感動」
鉄鼠の檻 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「傑作:「陰陽師」対「禅問答」」「なんとも鮮やか」「シリーズ中一番の完成度」「読めば「禅」の理解が確実に進む。」「「姑獲鳥の夏」以来の衝撃の再来」
絡新婦の理 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「女性を中心に進んでいきます…」「ラスト1行を読んだ時は暫く惚けてしまいました。」「あまりに美しい情景」「ベストオブ京極夏彦」「一番厚く一番読みやすい!」
塗仏の宴 宴の支度 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「文明批評としても優れたミステリー」「今まで続けてきて、」「宴の支度」「長い!じれったい!」「読み返すと時間がかかる本です。そこがいいのです。」
塗仏の宴 宴の始末 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「混乱するほど面白い」「面白かった!」「罪な本」「はっきい言って」「登場、登場、また登場!!」
百鬼夜行-陰 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「表紙に「妖怪小説」と書いてあります。読ませますねえ。」「京極堂もののサイド・ストーリー」「陰。」「京極夏彦のイメージ通りのスピンオフ小説」「そして彼らはあの日を迎えた…」
百器徒然袋-雨 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「榎木津礼次郎ファンクラブのための一冊」「笑いにつきました」「神の裁きだ!」「エノさん、最高っ!!!」「榎さんサイコー!」
今昔続百鬼-雲 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「ひと味違う「推理」モノ」「フィールドワーク型ユーモア妖怪談」「「妖怪シリーズ」が好きなら必ず楽しめる1冊」「「妖怪シリーズ」は番外編も面白い!」「笑えるミステリ!」
陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず) (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「しっとりとした死」「悲し過ぎる」「しんみりしました。」「待った甲斐あり」「「姑獲鳥の夏」再び」
百器徒然袋 風 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「下僕、下僕、下僕。」「待ってました!」「世界の中心でバカと叫ぶ名探偵!」「大爆笑。」「やはり京極氏は最高。」
邪魅の雫 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「涙の雫に濡れる礼二郎」「せつない…」「混沌とした作品」「男・榎木津に翻弄される」「波紋のような・・」
邪魅の雫 大磯・平塚地域限定特装版 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
「シリーズの中で」「素敵」「平塚に住んでいるので。」「予約して平塚まで買いに行きました…」「現代の病んだ社会に通じる無節操な犯罪」
アンカット特装版 魍魎の匣 (講談社ノベルス) (詳細)
京極 夏彦(著)
嗤う伊右衛門 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「大人の恋愛小説」「これはひとつの愛情物語です。」「美しい話でした。」「新解釈!今の日本人的な人物設定」「新鮮な驚きです!」
覘き小平次 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「小平次の幽霊という妖怪」「切なくて切なくて」「ただそこに居るだけの恐怖」「ぞくり・・・」「ドタバタ劇と見物人の主人公」
巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「面白い!」「「サイボーグ009」による「必殺」シリーズだ」「とにかく小気味よくておもしろい!」「読み応え十分の面白さ」「虚実の境を揺曳する」
続巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「京極夏彦氏の仕掛けにやられてしまいました。」「「後~」も読まなきゃ。」「短篇一つひとつが「大仕掛け」に収斂していく構成」「文句なしに面白いです!」「言の葉を追う楽しみ」
後巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「君子よ、今こそ怪力乱神を語れ」「第130回直木賞受賞作」「おいおい」「いまひとつ・・・」「世の中に不思議な事も多くあり」
前巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) (詳細)
京極 夏彦(著)
「京極入門」「「おすもうさん」よ永遠に」「どすこい(安)」「地響きがする・・・」「ふぅふぅって・・」
ルー=ガルー (トクマ・ノベルズ) (詳細)
京極 夏彦(著)
「なし」「舞台は未来でも京極ワールド!!」「近未来の社会描写が面白い作品」「仮想2030年に、自分を当てはめて考えてみる。」「巨大な敵に挑む少女たち」
文学・評論>ミステリー・サスペンス・ハードボイルド>日本の著者>か行の著者>その他
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・「無題」
京極夏彦氏の作品には長編が多いです。この話は京極氏の作品としては短いうちに入るうえ、内容面を考慮してもこれから京極氏の本を読んでみようと考えている方には最適だと思います。京極氏の描くこの独自の世界観は、一度は触れておいて損は無いと思います。自分に合う合わないは別として、新しい単位の物差しを見つけた様な感覚が味わえます。あと、文章がとても綺麗だという印象を強く受けています。小説や文章の構成などに関しては全くの素人なので、ただの個人的な印象に過ぎないのですが、登場人物の心情描写のあたりの文章は特に、間や言葉が滑らかに感じられてとても好きです。
・「この本から読まなくてはいけません」
この本から人物の紹介が始まります、シリーズを始めて読む人は、どれが1巻目なのか迷うかもしれませんが、この本が、シリーズ1巻目なのですよ。京極夏彦氏の本を始めて読みましたが、友人にこの本から読まなくてはいけませんと教わりました。僕の評価は、面白いか、そうではないかだけで判断するので5つ星か、1つ星しかならないけど、この本の後、はまってしまって立て続けに6冊このシリーズを読んだけど、分厚さを感じさせないほどの内容の濃さが活字中毒の僕には良かった。ですからこの本から読まなくてはいけませんよ。
・「映画を観る前に是非」
言わずもがな、妖怪小説家・京極夏彦の衝撃のデビュー作。その分厚さもさることながら、内容はといえば…もう超一級・極上のミステリ。京極堂の長弁舌の中に、事件解決の糸口が必ずある。そしてその長弁舌は、複雑に絡み合ったかに見える個々の事件と事例を両断する刃ともなる。それを「憑き物落とし」という。「妄想」「幻惑」と言う妖怪を、「言霊」の力でただの一つの「現象」に変えてしまう。奇妙に見える現象も「名」を付けることによって、正体不明の化け物から、名のある一つの「妖怪」にする。「妖怪」になったソレは、もう正体不明のものではなく、誰もが共通の名で呼べる、共通の現象となってしまう。京極堂はその手法で、事件に巻き込まれた人たちの眼前から、迷妄の霧を取り払い、隠された真実を白日のもとに曝け出すのだ。そのクライマックスは圧巻の一言に尽きる。宗教、民俗学、古典文学、医学、歴史、心理学…などなど、実に多彩な雑学が盛りだくさんなのも魅力の一つ。さて、このたびこのデビュー作が映画になるとのこと。ともあれ、映画を見る前に、是非原作をご一読ください。その面白さは「ベストセラーに名作なし」とベストセラー本に背を向け続けてきたこの私が、保証いたします。
・「唯一無二の作品」
普通にミステリーの傑作というとトリックや犯人探しに独自のものがあるものをいうと思うのですが、この作品は、そういった部分よりも宗教などの人文系の学問の薀蓄で形成された世界観が唯一無二となっています。
好き嫌いは分かれると思いますが、はまる方には、めちゃめちゃはまると思います。
分厚くて辟易するかもしれませんが、そういう薀蓄話がお嫌いでなければ、あっという間に読み終えます。
面白いですよ。
・「「圧倒的」である事の凄味」
この作品は、推理小説と銘打っているがそれは「ズルイ」。謎解きの究明にいたっては「あまりにも非道い」。それでも、五つ星を付けざるを得ないほどに「圧倒的に上手い!」。
「アンフェアな謎解き」などと声を荒らげるほど私も純情ではないけれど、これを俗に言う本格推理小説と思って読んだ私は愕然とした。
これは「犯人当て」などという次元で済むお話ではないのだ。世の中に妖怪という物が存在する事の謎解きと、理論。そこには妖怪マニアの浪漫主義などを軽く越えた、圧倒的なロジック(言い換えれば「科学」)がある。
とっつきにくい衒学的な装いさえも、全てはそのロジックを支えるための見事な手段だ。もちろん、主役である京極堂のヒロイックな魅力も楽しめるエンターテイメントである!傑作!!
その後の著者の作品に溢れる「京極世界」の要素は、ほぼ本作品で堪能できるだろう。
・「第2弾にして、早くもシリーズ最高の出来。」
京極堂シリーズ第2弾。
シリーズ第1弾『姑獲鳥の夏』で表された登場人物それぞれのキャラクターが、この作品でより濃くなり、固まっていく感じなので、やはり本書を読む前には『姑獲鳥の夏』は読んでおきたい(もちろん、本書を独立して読んでも十分に楽しめる)。
このシリーズ(というか京極夏彦氏)は、本当に多様な分野を扱ったストーリーを描く。作者自身はどういう意図でこのシリーズを書いているのかわからないけれど、個人的にはこのシリーズは啓蒙の書だと思っている。つまらん常識を覆す、という意味で。
特に本書は、(メインテーマとは少しズレるけれど)一般的な「犯罪者に対するイメージ」を覆そうとする作者の意図がよく見て取れる。そういう意味で、できる限り多くの人が本書を読んで欲しいなあと思う。評者は、テレビのコメンテーターやなんかが犯罪者を異常者扱いするのを観て、さらにそれらを無批判に受け入れる人間をみて、毎度ムカついているタイプなので、同じような方は本書に共感できるところが多いはずであるし。
評者は推理小説が好き、というわけではないので、本書のトリックや推理が推理小説として成功しているかどうかはわからない(この点、他のレビューでは良い風に評価していないものもあるようだ)。ただ、ストーリーの奇抜さ、それに伴ってついてくる知識、ボリュームがあるのに一文の無駄も無い構成etc...秀作が多いこのシリーズの中でも、本書の「面白さレベル」は群を抜いていると思われる。個人的にはシリーズ最高の出来。
なぜ商品の評価を「星5つ」までにしかできないのだろう・・・残念。
・「三重苦を乗り越えて、傑作!」
京極夏彦の作品と言えば、「重い、暗い、長い」の三重苦。文庫のくせに携帯に適していないこの厚さ・・どうなってるの?
しかし、ご安心ください。この作品は一気に読めてしまうから。とにかくストーリーに勢いがあります。途中にお勉強になることがはさまれていません。(あんまり)
だから、宗教?戦後?妖怪??と??続きで、キーってなりそうな人および、京極作品は初めてなのって方にお勧め!レギュラー陣もほぼ出てくるし、ばっちりです。どうぞ、夜を徹してはまってくだされ。
・「今回も京極さんの世界に はまらせてもらいました」
前作を読んだときもそうだったが、このシリーズを読んでいると、自分が京極堂のように理屈っぽくなる。そう、僕は影響を受けやすいのだ。それでいて、榎木津の特異性にもすごく惹かれる。また、木場の人間味もいい。
今回も登場人物がそれぞれ良さを出していて、おもしろかった。この作品は一度読み終えた後で、読み直すのがまたたまらなく好きだ。なるほど、こういうことだったのね、と繋がりを見つけながら読むと楽しい。今回読み直して思ったのは、人がすれ違う悲しさ。本音を語っていても、他人にはぜんぜん届いていないことが悲しい。
・「背筋の凍る重苦しさ」
人には開けてはならぬ箱がある。 あの超論理的かつ合理的弁舌を振るう京極堂があいまいな話をしてまで語るのを避ける箱。 善くない、後味が善くない
確かに。 全てを読み終えて事件が解決してもなお残るこの重苦しさ。 魍魎という断定しきれないあいまいな憑き物に惑わされた人々は彼岸の間を揺れ動く。いったん越えてしまえばいくところまで逝ってしまう背筋の凍る恐ろしさ。 核心が箱へ向かうのを避け、最後まで秘密を明かそうとしない京極堂。箱とは何か。 事件が解明されていく憑き物落としの中で、その箱の全貌のあまりの凄さによろめき、または嘔吐しかけ、震え出す者達。やっぱり健在の関口の狂気。そして箱の中身を知っていても魍魎の誘惑に惑わされる事のない陰陽師京極堂。 箱とは開けてはならぬものなのだ 連続して起こるバラバラ殺人事件や新興宗教、箱型の建物、全ての事件に不気味に符号する箱の正体とはいったい何なのか。 とらえどころのない魍魎を京極堂は落とせるのか。 珍しくあいまいにはぐらかし、箱から目を逸らせようとする芥川龍之介の幽霊こと古本屋陰陽師京極堂シリーズ第2弾。
・「思った以上!!癖になりそうっ!!」
最初に読んだ京極作品『姑獲鳥の夏』が大当たりだったので、続けざまに『魍魎の匣』を読みました。他の方のレビューを見ると、本書が京極夏彦の最高傑作と評価しておられたり、星の数でも満点が連なっているのでさぞや面白いのだろうと期待大でした。その一方、本書の内容紹介文は『姑獲鳥の夏』のそれと比べるとうまくないな、と思います。好奇心のあおり方が弱いといいますか・・・。だからとにかく読んでみてください!後悔しない作品です。それはさておき、実際読んでみると、著者の才能にあっと驚かされます。前回とほぼ同じ顔ぶれ&同じように京極堂が憑き物を落とす、という設定でありながら、こうも違った作品に仕上げられるのかと思わず感嘆の溜め息。また、前作よりも人物描写・心理描写が細かく丁寧になったな、と思いました。誰も彼もかなりの個性派揃い。それでいて魅力的。本作では前回と違い、なかなか京極堂が出てこない。私は京極堂が関口相手に一席ぶつ場面がなかなか気に入っているので、まだかまだかとかなりじらされました(笑)。活字でこれだけ臨場感を出せる技量はさすがです。終盤物語が収束していくあの感じがたまりません!!
・「その女、朱美」
京極堂シリーズの中では、いささか反響が薄めの印象を受けるが、登場人物の書き込みに深さが増し、心理描写が細やかになって読み応えのある作品に仕上がっている。
特に「いさま屋と出会った朱美」が魅力的。いい女だなぁ、と女の眼から見ても思った。枯れたいさま屋でなくてもほれ込むこと確実。(ちなみに彼女は「塗り仏」でも活躍し、いい女っぷりを見せている)
今作でも残虐な殺人事件は起こされるわけだが、そのいきさつがあまりにも悲しい行き違いによるものであり、また「魍魎」に比べて筆から凄惨さの色を薄めているように思われ、後に不快な嫌みが残らない。 「宇田川朱美」の沈む髑髏の夢の描写は秀逸だった。この夢から始まって、次第に壊れてゆく彼女の姿は痛ましく、また切ない。 後半に至って知らされる、ある宗教の存在が彼女の業の原点であると明らかになって、その悲しさがいよいよ募る。 望んだわけでもないのに、彼女の人生のこの帰結は一体誰の罪か。 大願を果たしえず死を選んだ女たちにもその哀しみはかぶる。
が、多くのやりきれない悲しみを包み込んでエンディングは奇妙に清々しい。「朱美」という女に描き出された不可思議な違和感に気づいた読者ならば、この終結はある程度予想がつくと思われるが、京極堂の手際はいつもながら鮮やか。麻の如く乱れた糸を解きほぐし、一人ずつ「落として」ゆく筆さばきはさすがと言える。若干強引な点もいつものことであるが、基本的に京極堂シリーズは謎解きが眼目ではないので良しとする。
なお、この作品を読むに当たって、軽く精神分析関連の本、及び古事記神代記はさらっておいた方がいいと思う。まるきり知識がないと、入り口で取っ付きが悪くてせっかくの本文を楽しめない恐れがあるかと。
・「京極堂シリーズ第3弾。」
実に多様なテーマを扱う京極作品だが、本作は宗教はもちろんのこと、フロイトの精神分析までもが出てくる。これまでの作品にも心理学的な要素を含む記述は出てきたが、本格的なものは本作が初めてだろう。
評者は精神分析に明るくないので、本作での精神分析についての説明が正しいのかそうでないのか(京極夏彦氏が精神分析まできちんと理解しているのかどうか)まではわからないけれど、実際にある程度精神分析を学んだ人が読めば、素人が読むよりもまた違った面白さがあるのではないかと思う。
シリーズ中、この『狂骨の夢』が一番好きだ!!という人はあまり聞いたことがない。それはもちろん、他に魅力的な作品が多くあるからだろうが、精神分析やそれについての伏線の張り方がちょっとだけ難しくて、すんなり面白さが伝わってこないところにもあるような気がする。また、「狂骨」という妖怪自体が他の妖怪シリーズで扱われている妖怪よりも理解しにくいというところにもあるかも(これは流石にないか笑)。個人的にはもっと評価が高くても良いと思うし、非常に良くできた話だと思っている。秀作。
・「京極堂シリーズ第三弾!」
この著者は伏線の張り方がとても上手い!あらゆるところに巧みに伏線が張ってあるので一度最後まで読んでしまって納得しても、もう一度読むと気付いていなかったヒントが隠されていたり、新しい発見があったりと、とても楽しめます。
バラバラだと思っていた話が繋がっているという奇想天外なところも良いです。ミステリとしてだけでなく、ストーリー自体も面白いのでアンチミステリという方でも楽しめると思います。
今作では伊佐間が初登場します。このシリーズでは魅力的なキャラクターもひとつのセールスポイントですが、彼は関口とは違ったマイペースさと抜けた感じが魅力だと思います。今作でも結構重要な活躍をしています。榎さんもあいかわらずの破天荒ぶりで笑わせてくれますし、京極堂はやはり京極堂です(笑)彼の名台詞がまた増えます。
おすすめです。
・「夢を見ているような」
京極堂シリーズ三作品目。タイトルや表紙デザインのインパクトから、かつてから読みたいと思っていた一作。 宗教的思想、神観念からの着想も面白く、難しい内容だったが、スムーズに読み進めることができた。朱美、降旗、白丘にとって、「骨」が意味するものとは?“朱美”に関する描写は特に絶妙で、うなりたくなるほど。
長大なページ量を苦にさせない快心策。京極ファンならずともぜひお勧めの一冊。
・「感動」
なんだか色んな物が奥歯に詰まったまま取れなくなった状態でしたが、あっというまに取れました。そうか、これが詰め物がとれたのか。さておき、私としては非常に興味深い題材でした。心理学やら宗教やらにとても興味を持っていた私は楽しく、かつ飽きずに読めました。鉄鼠も楽しく読めました。ぐっちゃぐちゃになった部屋を片付けるのかとわくわくしていたら棚をたくさん買ってきて其処に全部ぴったり嵌めた時の満足感もさもあり。(わけわからん)
ただ、ミナカタ様の骨集めの存在自体が曖昧になっていましたが、其れをすっきりさせたい方は「巷説百物語」を「後巷説百物語」まで読むこと。スッキリー!とは言わないでもちょっと霧が晴れたような感覚にはなれます。「巷説百物語」自体の断片がちらちら京極堂シリーズに現れるので、読んでおくと楽しいかもしれませんよ。
・「傑作:「陰陽師」対「禅問答」」
京極堂の「陰陽師」の「言霊」に対抗する、シリーズ最大の敵「禅宗」の「禅問答」。果たして、京極堂は「憑き物」を落とせるのか?言葉の奔流によって、読むことの面白さが堪能できる「京極堂シリーズ」は、この本でひとつの頂点を迎えます。骨董屋「待古庵」と、1作目で登場した老医師「久遠寺」が、重要な役割を果たします。
1作目のインパクトがあまりにも強かったので、2~3作目は内容にかかわらず私にとっては刺激が足らなかったのですが・・・本作で払拭しました。でも・・・またもや本が厚くなった・・・!。でも、厚さと面白さの比でいくと、本作が最高傑作かもしれません。
・「なんとも鮮やか」
やはり京極先生は,鮮やかに美しく犯人を追い詰める達人です。
仏教やお寺に関する知識が皆無の状態で読んだので,正直難しいところもありました。しかし,なぜでしょう??がんばって読み通してみると大まかな仏教界の流れが見えてきて,そういう意味でも勉強したような気分になってしまいました。
後半,間違ったことは言わない,榎さんの台詞をヒントに,犯人を想像しながら読みました。書かれた時代背景を考えると,京極先生なりに訴えたいことも含まれており,キャスト的にはもちろん,内容的にもとてももりだくさん,私には欲張りな小説でした。
改めて京極ワールドにはまる一冊です!!
・「シリーズ中一番の完成度」
京極夏彦の作品中で一番の完成度だと思う。 登場人物たちが一箇所に集められるいわゆる館物のためか、一作目の登場人物の行方が伏線とされて深みを加えているためか。 京極夏彦の作品はミステリーになるのだろうか。ジャンル分けはよくわからないが、焦点はトリックではない。
この作品の面白みは、巧妙に張り巡らされた伏線にある。注意と知識さえあれば、かなり早い段階で犯人が特定できる。それは伏線が確りしている証拠。それが楽しいと思うか、予想通りすぎてつまらないと思うかは読むひと次第だが。
「拙僧が殺めたのだ」という最初の一行のインパクトもすごい。閉ざされた山の中で修行する僧たちの超然とした姿が崩れていくさまも面白い。
・「読めば「禅」の理解が確実に進む。」
シリーズ第4弾である今作は仏教、それも禅宗がテーマである。
個人的にはシリーズ中、『魍魎の匣』に次ぐ面白さだと思うのだが、おそらくこの作品は京極堂シリーズが好きな人でも好みがわかれるだろう。まず、見た目からすぐ判断できるように、とても長い。そして単に長いだけならまだしも、扱う内容が上記の通り「禅」なので、興味を持てない人は読んでてただしんどい部分がかなりあると思う(笑)逆にそれが禅や宗教に興味がある人だと面白いことしか書いていない、と感じる程の出来。禅だけでなく、寺院で生活している人の生活がリアルに描かれているので、本作を読んだ後、京都や高野山をまわると余計に風情が理解できるようになった、と感じたぐらいだ。
文庫版の解説は、禅を本格的に研究している方が書いているのだが、それによると京極堂の(つまり京極夏彦氏の)禅の本質についての理解は、正にその本格的な禅の研究者と同じぐらいのレベルまでに達しているらしい(笑)確かに、つまらん禅の解説書を読むよりも、本作を読んだ方が絶対にわかりやすいと思う。
つまり、これだけ面白い上に読んだ後は禅の本質が理解できてしまうという、(人によっては)嬉しい副次的効果を本作は持っているということだ。個人的にはもっとそこに焦点が当てられて、もっともっと本作が評価されても良いんじゃないかなあと思う。
何度でも何度でも読みたい。
・「「姑獲鳥の夏」以来の衝撃の再来」
間違いなくこのシリーズ最高傑作といっても過言ではないだろう。
いつの間にか読み手である自分もまた『檻』に囚われている不思議な感覚を覚えた。
最初はページ数と謎かけのような導入部に圧倒されるかもしれないが、読み進めるうちに本の厚さはは次第に気にならなくなる。そしてこの一連の事件の結末(というより顛末)を見届けるまでは頁を繰ることを止められなくなるはずだ。
京極堂のあざやかな憑き物落としも勿論健在だが、やはり見るべきは最大のテーマである『禅』の世界観であろう。この作品と同様、頭で『理解』しようとすると魔境に陥ってしまうあたりも非常に興味深いものだ。
・「女性を中心に進んでいきます…」
京極堂シリーズ第5弾
その分厚さに見合った内容で、グイグイ読めます。私には京極堂が登場する後半までは全く収拾がつかず、どうなってしまうのかと思いましたが…うーむ、さすが京極堂。私の中では今のところ(1-5弾までで)魍魎を抜いて一番面白かったです。
導入部で相当「?」が出ましたが、最後の最後で「?」がすっきり消え、もう一度導入部を読みさらにすっきりしました。
うぶめから鉄鼠まで登場した人物があちらこちらで登場します。是非ともシリーズを順番に読むことをお薦めします。
・「ラスト1行を読んだ時は暫く惚けてしまいました。」
前作を上回る完成度を高さ。書全体の構成度の高さはシリーズNo1でしょう。(但し次作は未読ですが)過去4作に係わった人物も多数出演。未読の方は通読してから臨んで下さい。本作は、多数の死者が発生します(10名以上)。しかもその接点が中々見出せない・その断片が上手く繋がらないので読中は整理整頓に苦労するとは思いますが、そこはじっと我慢。終盤必ず報われます。読み急ぐ事無かれ。今回は、後半に到るまで京極堂は登場せず、関口氏に到っては最終章のみ。だが他の登場人物各々の視点を以って物語りは進行し読者はタダタダ惹き込まれるのみ。特に女学生の視点を以って語る章には引き込まれます。(2作目もそうだったがホント上手い。思わず応援したくなってしまいます)9章もテンポが良かったが、圧巻は10章。11章では既に読者はノーガード状態なので作者の必殺パンチをただ受けるだけです。こんな作品を読んでしまうと次に読む小説探しに困ります。どんな名作と言えどナンカ霞んでしまいそうで。
再読しようかとも思いましたが、流石にこの分量、もう暫く後に読み返して見ようと思います。
・「あまりに美しい情景」
最後まで読み終えてから冒頭をまた読んでみて、頭に浮かんだ情景のあまりの美しさに…自分があんな想像力を持っていたことに驚きました。最初に冒頭を読んだ時とはあまりに違うものでした。
素晴らしかったです!
・「ベストオブ京極夏彦」
著者の作品はほとんど読んでいるが、これがベスト。 様々なタイプの女性が登場し、誰もかれもが魅力的に描かれていて、それぞれの対比も面白い。
ちなみに、とある友人は、最初のほうで誰が犯人がわかったとか。 しかしワタシはと言えば、最後まで真犯人がわからず(というより予想は大きく外れ)、ラストであごが落ちるほど驚いたのでした。
ワタシのように鈍い方には更にオススメかも。
・「一番厚く一番読みやすい!」
まず自分がこの本を買った理由はそのページ数なんですがこれは厚いことで有名な京極先生百鬼夜行シリーズで塗仏の宴を2冊と考えれば一番厚い!!しかしそのボリュームとは裏腹に数ある百鬼夜行シリーズの中でもおそらく一番読み易い!1巻の姑獲鳥の夏から入るよりここから入った方がのめり込めやすいと思いますそう言わしめる理由は2つまず読みやすい文章!!姑獲鳥の夏や魍魎の匣のようなグロい所とか狂骨の夢や塗仏の宴のような超常現象または鉄鼠の檻のような専門用語などのわかりにくい所などが少なくて一介の中学生である僕でさえそのボリュームから軽くとは行かないがサクサク読めたそして理由の二つ目は・・・良く練り込まれた中身!!まぁ京極先生の作品は全部練りに練り込まれていて普通の人が読んでも最後の最後まで犯人が解らないようになってはいるんですがこの絡新婦の理はその作品群を遙かに凌駕する練り込まれようだと思います。僕のように捜査能力・推理能力皆無の人間(関口か!!)にはその場その場で一番怪しそうな人間を疑うことしかできなくてどんでん返される度に感動してしまった作品の冒頭にいきなり犯人が解っているのに犯人が最後まで解らないのは屈辱的でありながら快感でもありました(自分はMではありませんよ!!自分的にはこの作品の中では織作茜が一番好きですあの自分の意見をしっかり持っていてカリスマがあり人の意見に準じないところとか格好良すぎます!!また意外と本田幸三も好きです作品の最初は大ッ嫌いでした。でもそのうち同情できました(変かな?後一つ忠告詳しくは言いませんがこの本は絶対塗仏より先に読んだ方がいいですこれは絶対です!!!まぁまとめると京極作品の中で一番いい作品だと言うことです!!!!!
・「文明批評としても優れたミステリー」
京極堂シリーズ第6作。新書上下巻合わせて1,200頁を超える大作である。登場人物も多く、複雑な作品であり、高い集中力を持続させなければ、途中で混乱する可能性が高い。よほど記憶力のよい人でなければ、忙しい毎日の中で少しずつ読み進むのに適した読み物とはいえず、ある程度集中的な読書が要求される。本書に取り組める幸せな境遇にある読者は、そう多くないのではないか、と思う。
作品の質は非常に高い。以前の作品同様、謎の解明が読者にできるつくりではないから、これもまた推理小説として読むべきではなく、壮大なミステリーとして楽しむ読み方がよいと考える。また本作品には、共同体、とりわけ家族のあり方について示唆に富む記述が随所にみられ、緩衝剤として機能していた「あいまいさ」が近代思想によって失われつつある現代の危うさを告発している点でも、注目に値する作品である。
・「今まで続けてきて、」
とうとう新書サイズ一冊でまとめるのは不可能になったのか、宴の始末、仕度と、事実上上下間構成。 仕度は本当に仕度で、たぶん、始末において解決されるべき事件の始まりを予感させるものばかり。じれったいといえばじれったいが、どうしても続きが気になってしまう。 やっぱり、この長さをノンストップで読ませるのは京極夏彦の筆致があってこそ。特に、この仕度の最後は前の女郎蜘蛛を読んだ人にはかなりの衝撃がある。
・「宴の支度」
当時京極堂の新作かと暢気に手に取ったものの驚愕。私的にが第一部ヤマ場を迎えた作品、シリーズを総括する序章といいますか。織作茜が関口が木場の身内が…これだけ入り組んでストーリーは錯綜しているにも拘わらず読んでいて時系列がごっちゃにならなかったことにも吃驚。
・「長い!じれったい!」
じわじわじわじわ責められて「一体何だ!早く来い京極堂!」と叫びながら結局次巻に持ち越し、これでは蛇の生殺しだと身悶えた。関口しかり、とにかく今回は全員が踊らされる。私も一緒になって踊るぞ、といいたいくらいだ。でも、これで確信した。百鬼園先生の名前が関口の口から出た以上、正体が明確にわかる。なんでこの人はこんな読者を試すんだ?おもしろいか?おもしろそうだが。ストーリーとは別な所で妙な小細工が施されている。それがまた私達が京極っは面白い、と公言する由縁でもあるのだが。あぁもう!じれったい!色んなところでじれったい。次巻は次巻で色々大変なことになっているのだが、土台の固め方が尋常ではない。固い。我慢して長い文章を読んでいると色々楽しいのだ。是非ともご賞味くだされ。でもこの本だけではじれったいだけなので、星4つ。
・「読み返すと時間がかかる本です。そこがいいのです。」
これは是非とも先入観を持たずに読んでいただきたいです。
しかし、ちょっと書いてしまいますと、本書はいわゆる上巻にあたるのですが、最初は短編集のようです。どのお話も背景の事情は一連のもののようですが、表面は繋がっていないように見えるからです。一体どうなってるのかどういう話しなのか、叫び出したい気持ちになります。
もうちょっと詳しく書きますと、あなたは自分の記憶に自信がありますか? 人は特に意識していなくとも、記憶にべったりと依存して生きています。記録を読んだり見たりする以上に記憶に頼っているのです。当然といえば当然ですよね。
さあ、読んで下さい。
・「混乱するほど面白い」
上巻から引き続き、さらに登場人物が増え、入り組んで、入り混じり、読んでいる方としたら「何がどうして、どうなっちゃうの???」と、とにかく目が離せない。(一瞬中断すると、誰と誰がどう繋がって、どうしてこうなったっていうのを忘れてしまうので、とにかく読み続けるしかない!)作中の登場人物と共に、自分も混乱しつつ
誰を信じていいのか、自分の記憶も信じていいのか揺さぶられ続け、最終的に登場人物、読み手全ての者の混乱が極度に達したとき、いよいよクライマックスの宴へ...
こんな厚い本の上下巻...と敬遠する必要はありません。あっという間に引き込まれて、あっという間に止まらなくなります。開いたが最後...ってやつです。
・「面白かった!」
姑獲鳥から京極堂シリーズを読み続け、読後感はこの作品が一番良かった。長い、とにかく長いのだけど展開が広ければ広いほどどうやって収束をつけるのか、楽しくてたまらなかった。この作品では京極堂が少し人間臭い。そこが良かったのかもしれない。京極堂を中心にして周りの知人友人たちがいわゆる「唆す」場面でははからずも目が潤んでしまった。一見、本編とは関係なさそうな薀蓄話も京極堂を知る上では欠かせない要素であったと私は思う。作品はどれも長いし本は分厚いけれど、これ以上には削れないという著者のぎりぎりの選択だと思うし、挑戦状を突きつけられ、受けたる!みたいな意気込みで読んでいる。‥とはいえ自分が好きで読んでいるんだけど。
・「罪な本」
わたしゃ~ね、この本のおかげで営業職失格ですよぉ。だってね営業車で会社出るでしょ、路駐するでしょ、本を開くでしょ、読み始めるでしょ、気づいたら夕方ですわいなぁ。いやぁ、参った参ったぁ。あー参るのはうちの社長かぁ、はっはっはっ。
京極天才!おいらが何より凄いと思うのはハッキリ言ってこーんなに小難しい漢字を(恐らく)わざと使ったり、話が複雑難解なのにも関わらず明らかに「活劇」であると言う事実!おいらも失職目の前!でも後悔しないもーん。
・「はっきい言って」
こんなすごいものを書ける人がいるのか、と思わず思ってしまうほどのできばえ。たしかにあまりにも分厚く、さらにあまりにも多い登場人物、錯綜しまくるストーリー、なのにも関わらず、それを吹き飛ばすほどの面白さ。 基本ミステリなのだが、この巻のラストのほうは活劇。怒涛の人、人、人。京極は男を見せるし、最後の謎解きのやり取りはいつにもましてスリリング。ボスっぽい男も出てくるし、それに相対する京極が哀愁漂うかっこよさを醸し出していて素晴らしい。 関口にノータッチで終わるのにはびっくりだが、次回作は関口に焦点が当たるのだろうか。シリーズ終幕へ向かっていると思うのは僕だけか?
・「登場、登場、また登場!!」
通常、シリーズ物では出てくるのはほぼレギュラーメンバーのみで、そのまま最後までいってしまう。
しかし、このシリーズではレギュラーメンバー以外のゲストメンバー(その話にだけ出てくる人)も最後に勢ぞろいしてしまう!!
その効果あって、シリーズ全体がまるで一つの物語であるかのような、また、それまでのシリーズがすべて複線であったかのような錯覚をしてしまう。
物語的には人がたくさん出すぎていて、メモを取りながらでないとわかり辛いのがマイナス一点だけれど、このシリーズをはじめから読んでいる人は、これを読まないと終われない。そんな作品です。
・「表紙に「妖怪小説」と書いてあります。読ませますねえ。」
冒頭、ある妖怪が引き合いに出され(江戸時代などの草紙モノから妖怪の図やその説明文がコピーしてあり、これはこれだけで楽しめるものです。その絵の中に「何が描いてあるか」「どうしてそれがあるのか」という判じ物でもある、とは別の京極先生の本で読みました)、その後ストーリーが語られ、読後、読者は「ああ、こういうことで、妖怪って生まれたんだ」という感想を持つに至る仕組みです。主人公はあくまで人間ですが、その人の経験、思い、それが嵩じた妄想などが「妖怪」を生むというか、妖怪に至る、というものです。ですからこの本は「妖怪小説」と表紙にありますが、妖怪そのものは何もせず、ただ、登場人物の目に映るだけです。それは「狂っていく」過程でもあるのでしょうか。この本は10編の短編集ですが、それぞれのお話や登場人物は、別の大きな小説に繋がっていたと思います。それにしても京極先生は「戦後」の混乱期がお好きですね。やはりその頃は、価値観とか社会秩序とかが解体されたり、衝突したりで、一種不思議なエネルギーとか情念とかが渦巻く時代だったからでしょうか。分厚めの本ですが、京極先生のほかの小説と同じく一気に読めます。それから京極先生の趣味で、やたら漢字が使われますので、漢字検定試験の練習にもなるかも。
・「京極堂もののサイド・ストーリー」
1995-1999年に、「小説現代」に不定期掲載された9編に加え、愛読者おなじみの関口巽を主人公とした最終編「川赤子」を書き下ろしで追加した短編集。京極夏彦の作品は、京極堂ものについては最初の「姑獲鳥の夏」以来発刊順に読んでいかなければ作品理解に不具合を生じるという難儀な特徴がある。本書も過去6作の登場人物が織りなすサイド・ストーリーであることから、いきなりここから読み始めることは止した方がよい(もっとも、「本編」の方のネタが割れてしまうことはない)。
・「陰。」
京極堂シリーズに登場してきた様様な人物の「過去」の話集です。作中に出てきた「なぜ」が解き明かされ、より京極堂シリーズにはまってしまうと思われます。「なぜ」とも何とも思っていなかった人物のとある行動が、実は過去の出来事等によるものであると公開されてしまうため、過去の事件に関して新たな思想が生まれて、また改めて過去作品を読み返してしまいました。京極の術中に見事に陥りました。
宗教・心理・精神、、様様な切欠でどれも酷似していないって辺りも凄いし「人間っておもしろいな」と沁沁思えました。
はまってください。陰('ー`*)
・「京極夏彦のイメージ通りのスピンオフ小説」
京極堂の百鬼夜行シリーズのサイドストーリー集でありながら、登場人物たちがいかに妖怪に出会い、恐怖し、事件に関係していったかを一人称視点で描いている。ともすれば、妖怪たちはメインストーリーの中では添え物的であったが、登場人物たちにとっては、それは実在したに等しい恐怖の存在であった。妖怪とはおのが心に住み着くもの、決して作り物と馬鹿にできないのだということだろう。京極夏彦に持っていたイメージそのままの作品集で楽しめる。
・「そして彼らはあの日を迎えた…」
京極堂シリーズの脇役たちに焦点をあて、彼らがあの事件のとき、あの事件に至るまで、何を思い、どうその日に辿り着いたのかが描かれていく。『姑獲鳥の夏』の久遠時涼子『絡新婦の理』の杉浦隆夫、平野祐吉、山本純子などなど…、本編だけではわからなかったそれぞれの一面が見えてくる。だからこそ、本編を読んでからの方が、「あぁ、そうか」と、思えるハズ。本編の重厚さを求めて読み始めてしまったため、ある種の物足りなさを感じてしまったものの、これはこれとして違う楽しみ方ができる。我らが関口巽が主役の「川赤子」も必見。
・「榎木津礼次郎ファンクラブのための一冊」
榎木津様のファンにとってはたまらない一冊です。 とりあえず、シリーズ(分厚い本達)を全て読んでから、最後の締めとしてこれを読んで欲しいです。 今までのものでは笑えませんが、“雨”はすごーく笑えます。 やっぱり榎木津ファンはやめれない!!
・「笑いにつきました」
実は図書館で借りて読んだんですけど、読了後買いたくなりました。ので、買います。面白いです!最初から最後まで薔薇十字パワー炸裂!探偵の魅力満載です。彼のやる事なす事いつもながら爆笑モノなんですが、個人的にはそれよりもいつもとはちょっと違う一面を見せてくれる中善寺氏にマケマシタ(笑)
常のあの厚さからするとサクサク読めると思います。物足りないくらいです。いや、もしかすると探偵中心で書くとこの長さ(で済む?)なのか?と思ったりなんかして・・・。
四の五の言う前に読めば解る!
・「神の裁きだ!」
本編の作品とは趣が違って、あの探偵が御自ら悪者を懲らしめるお話です。榎木図のはちゃめちゃぶりに振り回されるいつもの面々がたまりません。いやいや引き吊り出される京極堂、悪のりする京極堂が見られます。関口君はより悲惨な扱いになっており、見事にファン心理を突いています。
・「エノさん、最高っ!!!」
天下無敵の薔薇十字探偵・榎木津礼二郎さまの活躍?を描いた中篇集です。結構重い雰囲気の京極堂シリーズですが、これはもう(笑)!
スカッとしたい方、思いっきり笑いたい方、オススメします。そして、エノさんが好きでしょうがない方も、もちろん!彼の魅力が満載です。本当に何度読んでも笑ってしまいます。エノさんの数々の名(迷)言に・・「我慢の次は爆発だ!」とか。エノさん、テンション高いです。
そして例のごとく京極堂の薀蓄も健在です。関くんも木場修もちゃんと出てます。過去の作品の登場人物も。とにかく面白いです。読んでみてください。損はしませんよ!
・「榎さんサイコー!」
暴れます。いやっ、すでに今までのシリーズ中でも大暴れだった「榎木津礼二郎」が主役となって、やりたい放題(笑)榎さんファンとしては彼の冷徹な言葉に一喜一憂しながら心から「サイコー」と叫べる事、請合い!!彼の推理の真相に迫れる一冊です。絶対に読むべきっ!
・「ひと味違う「推理」モノ」
この本を一言で言えば「妖怪馬鹿の大活躍!」 構成は推理小説風。でも、やってる事はお馬鹿。 当時の旅情物としても楽しめる気がする。 ちょっと普通の推理モノとは違うが、多々良センセイが謎を解明する下りは、まさに推理モノ!面白い!! 感じとしては、北村薫の「六の宮の姫君」の近いかも。
本書を読む前に「妖怪馬鹿」を読んでおくと、さらに楽しめること間違いなし!!!
・「フィールドワーク型ユーモア妖怪談」
京極堂シリーズのサブの物語で、「薔薇十字探偵社」シリーズとは一味違ったユーモアが楽しめる。妖怪研究家の多々良先生とやはり妖怪馬鹿の沼上のコンビが東日本を駆け巡り、妖怪談に巻き込まれる騒動を描くもの。2人共フィールドワーク型なので、メイン・シリーズより広範囲な地域を舞台にできる点が眼目なのであろう。収録作は「岸涯小僧」、「泥田坊」、「手の目」、「古庫裏婆」の4作。
「岸涯小僧」は村に伝わる河童伝説と過疎地開発を結び付けた話。この事件で2人はスポンサーを得る。「泥田坊」は妖怪名にふさわしい"タオカエセ"というダイイング・メッセージと不可思議な密室事件が目玉だが、密室の方は前例が多くあり、ダイイング・メッセージも真相を明かされると腰砕けになる。「手の目」は不敗の盲目の賭博師の技を多々良先生のダミ声の歌が打ち破るという趣向に笑わされる。「古庫裏婆」では"黒衣の男"がゲスト出演し、恐怖のミイラ売買事件を解決する。
作者としては他の作品群より自由気ままに書いたものであり、読む方もリラックスして読むべきであろう。それにしても多々良先生と沼上のモデルは「妖怪馬鹿」の多田氏、村上氏の2人なんじゃないですか ? 教えて下さいよぉ〜。"妖怪馬鹿"の方にお勧めの一作。
・「「妖怪シリーズ」が好きなら必ず楽しめる1冊」
「妖怪シリーズ」が好きなら必ず楽しめる1冊。多々良先生と沼上さんが妖怪探訪に行く先々で事件に遭遇し、ある時は犯人になりかけ、ある時は九死に一生を得ながらも事件を---ほぼ偶然に---解決していくという短編集。単に妖怪が好きで、沼上さんの様に名も無いお堂や道ばたの石仏に興味がいく人---私もそうだが---は、面白く読めると思う。しかし!「人のことを棚にあげて他人の揚げ足をとる」「人に責任を擦り付ける」性格の人物が大っっっ嫌いな人は、やめた方がいい。(笑)何故なら、多々良先生がそうだから...。私は何度もイライラしながら読破した。(^^;)
・「「妖怪シリーズ」は番外編も面白い!」
ご存知京極夏彦の「妖怪シリーズ」の番外編。作者が自らの博識を披露しながらも、あまりくどくどしてなく、力を抜いて書いているところが良い。京極夏彦独特の難解さがあまり無くて読みやすかった。
・「笑えるミステリ!」
京極堂シリーズを読んだ方なら,この多々良先生が中禅寺とまさに座標軸の正反対の側にいることにお気づきのはず。妖怪のからむ謎解きは悲壮な人間関係がないだけに小品として京極堂よりも楽しめるかも。傍若無人,厚顔無恥,妖怪馬鹿の大迷惑キャラクター多々良先生と常識人を自称する沼上氏の掛け合い漫才は必見!笑えます。京極堂もちょこっと出てくる「古庫裏婆」だけでも読む価値有りです。
・「しっとりとした死」
なんとなくトリック?はわかってしまうのですが、その後読んでいくとああ、と思わされます。読後は、余韻が素敵に残りました。美しい日本語と、京極堂の語りは変わらず、真実を明らかに。でも、かなしいですね。
・「悲し過ぎる」
駄目だという評価が多いが、それは今までのシリーズと比較するからだろう。今までと比べてと考えるのもアリかとは思うがそういう先入観を持ってこの作品を読むのは余りに勿体ない。
今までの話を一度頭からとっぱらって、0にして読んでみて欲しい。少なくとも私は泣いた。余りにも切なくて悲しくて、そして遣る瀬ない。これはミステリであって、推理小説では無い。そこだけは念頭に置いて読んで欲しい。
・「しんみりしました。」
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・「待った甲斐あり」
常人の認識の隙間を鮮やかに突いてくる手法は相変わらず。さすが、としか言いようがありません。今回はシリーズの中でも特にわかりやすかった(主題や構図が)ように思われますが、それだけに“考えさせられる”内容でした。
京極堂シリーズは順を追って読まないと理解できない部分があるのですが、この作品は初めて読んでもそれなりに愉しめるのではないでしょうか(もちろん、京極ワールドを満喫するには、全作読むに越したことはありません)。ファンには待った甲斐のある、京極作品に初めて触れる方にもお薦めしたい、そんな一冊です。
・「「姑獲鳥の夏」再び」
久しぶり(5年ぶり?)の京極夏彦の長編です。京極堂や榎木津、関口くんの活躍を思う存分堪能できました。今回の事件は一年前におきた関口巽本人の事件…「姑獲鳥の夏」の再来なのです。舞台は鳥の城と呼ばれるお屋敷でそこには伯爵とよばれる華族が住んでいます。この人物は生まれてこの方屋敷の外にほとんど出たことがなく、屋敷の中
にある大量の書物によって世界のことを学んできました。
その舞台でこれまでに4度結婚初夜の花嫁が殺されるという事件が起こっており、これから5度目の結婚式が始まるのです。惨劇は五度繰り返されるのか?
探偵として犯罪を未然に防ぐために榎木津が要請されます。しかし、榎木津は
目を病んでおり現実の風景を見ることができず人の記憶だけが見え㡊??状態になっています。付き添いできた関口は花嫁を救うために全力を尽くしますが…。
この繰り返しの事件、属性だけの予定調和の犯罪に対して立ち向かうのは「関口、榎木津、京極堂」の三人。この三人の役割分担がとても久しぶりに姑獲鳥の夏を思い起こさせました。
姑獲鳥も陰摩羅鬼もどちらも鳥の妖怪ですね。姑獲鳥に関する新事実も議論されます。今回の事件は参考文献にハイデッガーがあります。「存在と時間」生きるとはどういうことなのか…しっかり考えるはめになりました。「この世には不思議なことなど何もないのです」やっぱりこの一言ですね。
・「下僕、下僕、下僕。」
あらたなる下僕となった本島氏の視点によって薔薇十字探偵団、唯我独尊・神にも等しき探偵榎木津氏の活躍(というより事態を更に悪化させる様)が語られています。
3話共に明快な勧善懲悪の物語ではあります。すっかり下僕が板についた(前職が刑事とはとても思えない)益田、典型的一般的市民の本島の情けなさぷリ、それとは対照的に榎木津は自らの身をもって悪を殲滅、中善寺は悪魔的策略をもって懲らしめます。暗さは微塵も無くニヤニヤする事必至。
「五徳猫」では「絡新婦」のオッチョコチョイ女、「雲外鏡」ではお馴染みの刑事、「面霊気」ではお馴染みの中善寺を取り巻く面々、と京極堂シリーズを通読してきた読者はここでもニヤリ。
特筆は「面霊気」。終盤では榎木津の意外な一面、そして今まで名前だけは再三再四出ていたあの人がとうとう登場します。この点に於いても購入価値はあります。
・「待ってました!」
妖怪シリーズの番外編的存在である「百器徒然袋 雨」に続く第2弾です。前作に引き続き薔薇十字探偵社の面々やその他おなじみの人々が暴れまわっています。本編の陰鬱さやあの長さが苦手という方も安心して下さい!本書は中編が3本収録されており、どのお話も痛快で後味爽やかな、笑いが止まらない程楽しい作品になっています。
個人的には前作(「百器徒然袋 雨」)より全体的に話が小粒になったかな~とは思いましたが、ラストでこれまでにない一面が描かれていたので嬉しかったです。
・「世界の中心でバカと叫ぶ名探偵!」
30歳代になっても、変わらぬ青春時代をおくれたら。永遠の青年たちの友情の物語。京極夏彦の卓抜な仕掛け!当代、他に比肩する者のいない手腕の冴え。自分をごく「普通」だと思っていた、ひとりの青年。彼が「普通」という「仮面」を剥いでいくまでの波瀾万丈の物語。好漢、榎津礼二郎の大暴れが、酷暑の夏に、一陣の爽快な「風」を吹きこんでくれます。読後感が、とても良い中編集です。仕事に疲れている中年のビジネスマンに、すすめます。クラブ活動に夢中になっていた、若き日々の活力が、よみがえってくるかもしれませんから。
・「大爆笑。」
~”「あれ」とつきあうと、猛烈な勢いで馬鹿になるから、関わりあうのはよせ”まったく、その通り。傍若無人、天衣無縫、眉目秀麗、理解不能。こんな探偵には、絶対に依頼したくない(笑)。本来、「中禅寺秋彦」シリーズのサブキャラであるはずの探偵「榎木津礼二郎」を主人公に据えた作品の第2弾。~~ 先に「サブキャラ」と書いたが、この「ぶっ飛んだ」キャラクターが元々「サブ」に収まるはずがない!「他人の経験した記憶を”視る”ことができる」という能力のため、「基本的に、犯人探しを推理する必要がない(だって犯人に会えば犯行の記憶が視えるから)」つー設定は、普通に考えるとメチャクチャだが、ちゃんとお話としてまとまっている(いるのか?~~:笑)がすごい! 中編3編からなる本作品、どれをとっても期待を裏切らない内容です。京極ファンは、もちろん。そうでない人にも、おすすめです。 久々に「痛快」な作品に会えて、大変満足しました。~
・「やはり京極氏は最高。」
榎木津ワールド炸裂です(笑)前回に続きまた名前ネタで引っ張っているのも面白かったですし、相変わらずテーマもしっかりしていて流石です。またなによりも今回は少しだけ榎木津の本質のようなものが書かれていてファンには必読でしょう。
・「涙の雫に濡れる礼二郎」
前作「陰摩羅鬼の瑕」では関口の作中作に象徴される「死の観念」がテーマだったが、本作では「己が世界の物差し」という考え方の危うさ、脆さをテーマにしている。冒頭で榎木津の縁談話があり、こりゃ「薔薇十字探偵社」シリーズ風の展開かなと思ったが、全く勘違いだった。重要な前フリだったのだ。
一方、戦時中に旧陸軍研究所で極秘に研究されていた毒物を用いたと思われる連続殺人事件が。そして、その被害者と榎木津の見合い予定の相手には関係が。関口、益田、青木が各々の立場から事件を追う。本作では、関口の活動振りが目立つ。既にこの段階で真相を看破して意気消沈している榎木津に詰め寄る(!)シーンもある(読者も早い段階で真犯人は分かる)。また、いつもながら以前の作品の登場人物を当事件に関係させるのが上手い。神奈川県警の石井、山下。そして重要な役回りを果たす元長野県警の大鷹。それに比べ、他のレギュラー京極堂、木場、榎木津の出番が少ないのはチョット寂しい。榎木津はまぁ仕方がないのだが。
そして、最後を決めるのは京極堂の憑物落し。連続殺人事件の犯人も被害者も"己が描く世界の有りよう"を全てだと思い込み、悲劇に落ちたのだ。こうして連続殺人のカラクリを説き明かし、最後に真犯人を指摘する。上述の通り、真犯人は予定調和なのだが、事件の終焉に感じられる爽快感や安堵感はなく、むしろ哀感が漂う。最後のシーンも本シリーズでは珍しく叙情性に溢れたもので読む者の心に迫る。800頁超の分量を感じさせない充実した内容の傑作。
・「せつない…」
読後、とにかくせつない思いをしたのは私だけでしょうか?私は榎木津ファンなので、特に最後の4ページ、感情移入しちゃって泣きそうでした。この4ページの存在が作品として素晴らしいと思います。すべてがここに集約されます。とにかくこのシーンの為の物語だったんじゃないかなあ。邪な気持ちって怖いですね。シリーズとおして再三語られてきた「犯罪とはチャンスがあるかないか、ただそれだけだ」ということ。「魔が刺した時にそれを行動するか否かの紙一重の違いだ」誰にでも訪れ得るということ。今回は「魔が刺した」だけなのに、事件は勝手に進んでいってしまった、という悲しいお話。人ごとじゃない気がします。邪に魅入られる。万人に訪れる誘惑です。このシリーズは、読後にタイトルが、すっと自分の心に落とし込まれてくるからすごい。京極夏彦の手法は、このタイトルの構造を最後まで徹底して見誤らないところがすごいです。だから私は、このシリーズの醍醐味を大どんでん返しに求めるのはナンセンスな気がします。これはコンセプト小説だと思うから。
・「混沌とした作品」
京極堂物の最新作と言うことで、本屋に並んでいるのを見て、迷わず購入した。読了後に持った感想は「混沌」の二文字である。とにかく読み始めてから、京極堂が出てきて事件の解決というか解説をするまで、頭の中が引っかき回されているような感じだった。何しろ事件の全貌と犯人の目線で述べられている犯行動機のような物まで、すべて書かれているのだが、真相はまるで分からないのである。事件に連続性のあるところから、自分としては前々作にあたる「絡新婦の理」の様な結末を想像もしたのだが、最後まで読んでみると事件の連続性という点では似通っているが、片方が整然と計画的に行われたのに対し、今作品はそうではなく、また違った印象を抱いた。本作品は今までの京極堂物と違い、妖怪などの解説に頁をさいていないし、登場人物も従来よりは少ないので、そこが評価の分かれ目となると思うが、今までになかったコンセプトで書かれた小説であると思う。特にラストで探偵が犯人に下す罰は、なかなか秀逸で、勧善懲悪とは行かないものの、読者を納得させるには十分の結末といえるのではなかろうか?
・「男・榎木津に翻弄される」
2日かけて読了したばかりです。前作『陰摩羅鬼の瑕』が私にとっては少々不満が残るものだった為に、今回は期待していました。過去のシリーズの登場人物の再登場や、犯人を示唆するようなモノローグは他の作品同様なのですが、ややこしさ復活!概ね京極堂シリーズは連続殺人事件ですが、今回は読み進むにつれ各事件の関連性が解らなくなってきて、コレだ、コレが京極堂だ!と興奮も急上昇した次第です。前作は、私がアヤシイと目星を付けた人物が通常と違って一人だけ、然もそれが的中したばかりか最後に怒涛の如く語られる京極堂の「憑き物落とし」が事態を収束(終息)させても、うーん、想定内、と感じてしまって今一つだったのです。舞台が一ヶ所で登場人物も少ない所為かも知れませんが。そういった意味では、今回は役者も多く、疑わしきも多く、また読者に想像・思考を促す京極堂の周辺世界への中毒性を強めた感があります。膨大な情報量や構成の難解さは相変わらずだし、人物が入れ替わり立ち替わり、あちこちを動き回っていて読者が混乱しそうでも、必ず私達にも世界を共有しようとする働きかけがあり、丁寧に読めば見えるひっかかりドコロは作ってある。そのバランスとタイミングの良さを、改めて感じました。また読みたい、そこに京極堂があるからだ。そうとしか言い様の無い気分です。然し結局の所、今回も華麗なる探偵の事件なのでしょうか。榎木津は、萌えキャラにもなるのか…いつもと違う探偵も必見です。
・「波紋のような・・」
久々の新作待っていました。重ねあう不明瞭な事柄に京極堂が名前をあたえ明瞭な形をなす。テンポがあり関係の無い話が実はその話を読み解く重要な鍵になる。・・今回は久しぶりということもありなかなか読み進まなかった・・テンポが無さ過ぎて絡み合う事柄が多い不明瞭、不快感・・つながりが見えない不快感に読むのが辛くなりました(厚いし・・笑)でも気づいたんです今の自分が物語の中で奔走する刑事たちと同じではないかと・・分かるものだと思って読むのではなくて分からないまま読んでみる・・ただ読んでいく。いつの間にか自分がキャラクターの一人になった一体感が現れる。泥のようにだくだくとしていた事件に京極堂が言葉という雫を落とし波紋となって泥のような不快感が透明な形を見せる。・・そして事件に関わった一人のように切なくなる・・。計算された話し方(描き方)だったら脱帽です。・・京極 夏彦・・恐るべし。
・「シリーズの中で」
シリーズ物であるという制約の中で、毎回色々な趣で展開され、語られる。京極作品を読んでいると、著作の中で、あの作品の方が上だとか下だとかいう、順位をつけることがいかに無意味であるか痛感する。
今回は久々の新刊だったこともありじっくり時間をかけて読んだ。ストーリーを追うだけの感覚で読むといらいらするが、(大鷹とか。)ミステリーとして事件が紡がれ、ほぐれていく過程は充分楽しめる。またそれ以上に、単純に読み物としてどこの文章をとっても「ただ読んでいる」楽しみを実感できた。
再読、再々読がこれほど面白い本は私にとっては希少で、貴重である。(読み終わった瞬間はすごい疲れたけど)
・「素敵」
京極先生の作品は文庫で集めていたので文庫発売を待とうかなって思っていました。Amazonで偶然「大磯・平塚地域限定」を知り購入しました。ノベルスは馴染みがなく装丁が好きでないので手をださないのですが、この装丁はとても素敵でした。私は大磯・平塚の近くに住んでいますが、Amazonで全国の人が買えるのであれば、こちらがお勧めです。
・「平塚に住んでいるので。」
御祭り騒ぎのような、京極さんの新刊につい手を伸ばしてしまいました。京極さんは熱狂的なフアンの人が回りにたくさんいるし、水木しげる先生の弟子ということでかなり評価が高いというか、立ち回りの派手な作家さんというイメージが先行するのですが、かなりのボリユウーム、これを読むには、ある種の心意気と時間が必要です。内容はいかに人の中に邪な思いが存在しかつ、詰まるところどんどん殺されていくのですが、最後はやはり人はただただおろかな存在なのだなあというところで終わります。最後まで、読ませるのはやはり作家の底力だと思いました。
・「予約して平塚まで買いに行きました…」
今回は京極堂や榎木津の登場が極端に少なく、脇役のはずの益田や青木の視点で話が進行していきます。関口もあくまで脇役であり、初期の作品とはだいぶ雰囲気が変わったと思います。殺人事件としては被害者・犯人の人数が多く交差していたため、読んでいるうちに誰が誰だかわからなくなってしまい、読むのに非常に時間を要しました。(私の理解力に問題があるのかも知れませんが…)
・「現代の病んだ社会に通じる無節操な犯罪」
京極氏の作品は推理小説で言う”動機”に主軸を置いている。人の心の闇、現代の病んだ社会が生んだ、一種常軌を逸した殺人者が描かれていることが多いように思う。舞台が昭和28年、GHQが撤退し、日本が民主主義国として一人歩きしだした時代と言うのもキ−になっているのかもしれない。
今回は世の中とかかわれない人々がキ−マンになっており、現在のネット犯罪をも連想してしまう。京極堂は常に犯人の心の中に入り、心の中の闇を解き放ち、憑き物を落とすのだが、それは犯人にとって一種のセラピ―になっているように思う。しかしながら、この作品には京極堂にとっても”わからない”人物が登場する。
ストレス、トラウマ、甘えに押しつぶされた無軌道な殺人者に憑いた妖怪は京極堂にも、分からないのだろうか?
今回作品の奥行きに反して、少々長かったような気がし、星4つです
●嗤う伊右衛門 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
・「大人の恋愛小説」
初めて書店でタイトルを見たとき、いわゆる「四谷怪談」のリバイズだと思って全然興味がありませんでした。実際読んでみると目からウロコ...というより涙が止まりませんでした。もちろん四谷怪談がベースになってはいるものの、これは上質な恋愛小説(陳腐な表現ですが)です。自分の気持ちだけに正直に「好き!」で良かった若者の恋とは違い、
様々なしがらみや、社会的立場、自我や誇り。そんなものが入り混じり、すれ違い、最終的には悲劇を招いてしまう伊右衛門とお岩の不器用で切なく、美しくて哀しい、そんな二人の恋愛小説です。
京極氏の作品の中で「人間が生きて行くことのせつなさ、やるせなさ」にぐっときてしまう方は是非是非是非一度読んでみて下さい。
・「これはひとつの愛情物語です。」
夏の風物詩、怪談話の代名詞である「東海道四谷怪談」をベースにして、京極夏彦が作り出した、哀しい愛情物語。
妻を裏切った悪人 伊右衛門が、実は非常な妻想いの人であり、か弱く恨みに凝り固まった岩も、実は聡明で愛情深い人であった。
自分を殺した亭主を恨んだ妻が、復讐をするといった内容の怪談話から、別の世界へ大きく想像をふくらませ、夫婦間の愛情溢れる物語にした作者の力業には敬服させられます。
「妖怪小説」でデビューした作者が、怪談を題材にした作品だけあって、そういった傾向の作品だと敬遠していた方々にも、是非ともお勧めです。
・「美しい話でした。」
『四谷怪談』に関してあまり知識が無い状態で手に取ったのですが、前知識が無くても悩む事無く、どんどん惹き込まれていきました。岩の内面的な強さと美しさに好感を覚え、またそんな岩を愛しく思う性根の真っ直ぐな伊右衛門にも大変魅力を感じました。それ故、廻りに揺り動かされ、擦れ違う二人に切なさを覚え、久々に純愛とは是を言うのだろうと感じました。小説の中には死という形を持って強引に純愛を表現していた作品が多々あるように思いますが、この作品はすんなりと純愛という言葉が浮かんで来るようでした。怪談のおどろおどろしいイメージは払拭され、寧ろ清清しい程に美しいものに作り上げられています。是非多くの人に読んで貰いたい作品です。
・「新解釈!今の日本人的な人物設定」
今までに見たり聞いたりした四谷階段とは、人物の描き方が全く異なります。元々、江戸時代に書かれたこの物語は、当時の価値観で描かれていました。だから今読むと、異世界の物語のように、登場人物は現実離れしていました。
この本では、今の日本人が感情移入することができる人物設定で描かれています。そして、幽霊の登場も、荒唐無稽な話としては描かれていません。心の底では愛し合っていた、「凛とした小岩」と「不器用で善良な伊右衛門」は、悲劇的な結末にもかかわらず、ようやく救われたような読後感が新鮮です。
・「新鮮な驚きです!」
この作品は、私が始めて読んだ京極作品です。今まで京極夏彦という小説家の名前だけは知っていたものの、「何だか分厚い本を書く人だな~」というくらいの気持ちしか持っていませんでした。また、四谷怪談のお岩さんというのも聞いたことがあれども、どういった話なのかはさっぱりわからないという具合でした。
そんな私がこの本を手にとったのは、映画化されると聞き、ページ数もそんなになさそうだったので、普段時代小説を読まない私でも大丈夫だろうと考えたからでした。そんなに期待しないで読み始めたのですが、おもしろかった!今まで恐ろしいイメージだったお岩さんが、とても身近で魅力的に感じられました。
この本のおもしろさは斬新な解釈と、人物の魅力という点に集約されるのではないでしょうか。
今まで京極作品を読んだことがないという人は、ぜひ入門編として手にとって見てください。後悔はしない作品だと思います。
●覘き小平次 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
・「小平次の幽霊という妖怪」
小平次という男は極端に存在感の無い男として描かれており、たしかに幽霊のようにも思える。夜道に立つ小平次や、舞台に立った姿は幽霊そのものである。しかし、小平次に対するお塚の感情は嫌悪であり、多九郎は苛立ちのようなものを覚えている。幽霊に対して嫌悪するのは分からなくもないが、苛立つのは少々おかしい。そもそも同居しているお塚が心底怖がっていないところが、幽霊としては間抜けである。
私は小平次は幽霊ではなく、感情を喚起させ、時に独り語りさせる妖怪ではないかと思っている。
お塚はお塚に嫌悪し、多九郎は多九郎に苛立っているのではないか。治平は小平次に対して、厚みこそが大事だ、自分を騙せと云う。これは治平自身がポリシーを確認しているに過ぎないように思える。小平次に殺意を持つ人間は、統べからず自分の境遇を嘆き、今の自分を変えたいと願っている人間なのではないだろうか。
私たちは小平次にこそなれないが、小平次の幽霊という妖怪は私たちの中に棲んでいる。知らず知らずのうちに、人の恨みを買ったり、羨望を受けたり、また逆に他人に自分を投影してみて卑屈になったり。
おそらく覗き小平次は、いつでも私たちを見ているに違いないのだ。
・「切なくて切なくて」
地味な印象を勝手に抱いていたので、なかなか手が延びませんでしたが、読み始めたらさすが京極さん!ぐいぐいと静謐な昏さを湛えた物語に引き込まれていきました。執着の無い生を真の当たりにした執着の在る者達の恐怖の描写も凄いですが、個人的には小平次とお塚の愛憎の描写が切なくて切なくて哀しくて、読後に残る感情にしんと浸りたくなります。
・「ただそこに居るだけの恐怖」
山東京伝の怪談話を主なベースとして、小股潜りの又吉、事触れの治平といった「巷説百物語」シリーズのレギュラーの企てた仕掛けの中で、人間の深層心理の闇を抉った怪談風心理小説。
小平次は稀有の幽霊役者である。それは彼が何もせず、唯そこに居るだけの空虚な存在だからである。小平次は何も語らず、何も騙らないので自分の世界を作れない。切ない存在である。彼の妻、お塚は自分で人生の道を踏み外した事を自覚しているため死を望んでいる。そのお塚を慈しみながら、押入れの隙間から覘く事しか出来ない小平次。その小平次を意識しながらも、殊更辛くあたって小平次を苦しめようとするお塚。切ない関係である。
この他、悪党が複数登場し、それらが不思議な因縁で結び付いている様は江戸時代の因果応報の思想が反映されているようである。彼等は、自分等が悪事を犯している事を自覚しているため、「ただそこに居る」小平次に底知れぬ恐怖を抱くのである。妖異譚に頼らず、人が人から受ける恐怖を描く作者の手腕を買いたい。
江戸時代の怪談をベースにしながら、現代にも通じる人間の深層心理を抉った傑作。
・「ぞくり・・・」
~幽霊役者小平治、生きた人間なのか、はたまた本当に幽霊なのか?小平治は押し入れの中から、ただ世界を見つめている。本人は何も思わず、感じず、ただそこにある、ただそれだけなのに、周りの人間から忌み嫌われ、罵られ、それでも全く変わらない、その事が周りの人間をどんどん闇に引きずりこんで行く魔力を放ってしまう。妻も友人もそんな小平治を嫌~~い、気味が悪くて仕方ない、しかし離れる事ができず、もがきながら小平治のそばで生きていくしか方法がない。いったい小平治の何がそうさせるのか?本当に恐いものとは、何なのか?読みながら、ぞくり・・・としてしまいました。~
・「ドタバタ劇と見物人の主人公」
ご存じ、御行の又市と事触れの治平が登場する物語。時代は傑作「巷説百物語」より早く、治平が又市を知った直後、であるらしい。又市は実際には、会話上の人物としてのみの出演であるが、治平はちょっとした狂言回しの役割を貰っている。
作品は江戸期の名作に取材し、作者なりに大幅に換骨奪胎したものらしい。毎度のとおり導入部で作品に入り込むのが多少難儀であるが、作品の空気を理解してしまえば、あとは作者の語り口に乗って進めば問題なく読了できる。せっかくの因果話なのに、幾重にも重なった偶然の再会があまり意味づけられず、物語世界としての完結性に難があるとはいえるが、「読んで面白い」という意味では文句はない。
それにしても、なくもがなの解説。「ただそこにあるだけ」の恐怖が一番恐ろしい、という強引で好都合な結論に私はまったく賛成できない。延々と続く蛇口からの水音、といった「無意味な反復」への恐怖も、これに属するのだろうか。しかし、ここで言う「そこにあるだけ」とは、そういうことではないだろう。私にとっては、「悪意がもたらす恐怖」「狂気がもたらす恐怖」など、自分に直接害をなす対象への恐怖の方が、通常は大きい。実際、小平次は、作中の多くの登場人物にとって「恐怖」の対象だったのではない。女房のお塚にしても、彼への感情は恐怖ではなく、常人には理解できない人格・行動に対する嫌悪感である。彼に恐怖を感じたのは、己への恐怖を彼に投影した者のみではなかったか。だからこの小説は、「ただそこにいる恐怖」を描いたものなどではなく、私から見れば単に、小平次を取り巻く悪人たちのドタバタ劇、なのである(小平次はただそれを「見ている」だけ)。このほか、霊と幽霊、お塚と小平次の関係、といったことへの考察も、得々と語られてはいるが、やはり強引・独善的で説得力を欠く。私は、こういう先生にはカウンセリングを受けたくない。
●巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
・「面白い!」
それぞれの個性も強く、なお繊細なところも持ち合わせた人物たち。彼らの織り成す、痛快であったり物悲しかったりする事件と人間模様の数々はこの物語に引き込まれ、語り部ともなる主人公になりきって江戸を闊歩できること間違いなし 読んで絶対損は無い。
・「「サイボーグ009」による「必殺」シリーズだ」
京極夏彦は長編小説の人だと思っていたが、この短編集の見事さに舌を巻く。小悪党のグループが策を練り、罠を張って悪者を退治する話で、その演劇的な仕掛けはテレビ「必殺」シリーズを想起させるし、一人ひとりの個性的な様は、「サイボーグ009」のようである。活劇はなく、あくまで頭で勝負する点が、本作の湿った空気を乱さず、味わいを増している。各物語の趣向も、言い伝えの妖怪譚に見事に沿っており、また、最後の謎解きも鮮やかである。本書には7編収められ、掉尾の「帷子ノ辻」だけはトリックに周到さが不足して不満だけれども、あとは秀逸な作品群である。
・「とにかく小気味よくておもしろい!」
やばい。かなりおもしろい!京極堂シリーズの憑物落としと似て非なる『巷説百物語』では、一筋縄では行かない奴らがタッグを組んで、悪人相手に一世一代の罠を仕掛ける。
妖怪、伝承を巧みに利用したその罠は、見事というほかなく、読んでいるこっちまでまんまと罠に落ちていく。
小股潜りの又市、事触れの治平、山猫廻しのおぎん、考物の百介が、今度はどんな妖怪を演じ、作り、騙すのか…。
妖怪、仕掛けを散りばめつつ、勧善懲悪な物語なので小気味よく、読後感もすがすがしい。
スカッとしたい人はぜひ。
・「読み応え十分の面白さ」
2年ほど前に読みました。最初妖怪小説だという先入観を持って読んだのですが、一話目から気持ちよく裏切られました。なんと巧みな話の展開。ミステリーをあまり読んだことがなかったせいか、当時久々に心が震えた作品でした。立て続けに続巷説百物語、後巷説百物語を読みましたが、総じて面白かったです。ただ、一気に読んだせいか読み進むにつれて最初の新鮮さが失われてきました。やはり、「巷説百物語」が秀逸だと思います。私は他の京極作品も挑戦してみたのですが、これほどは面白くありませんでした。逆に言うと、読まず嫌いアンチ京極ファンにはぜひ読んで挑戦して欲しい作品です。絶対面白いですから。
・「虚実の境を揺曳する」
◆「小豆洗い」
越後の難所・枝折峠。 旅の僧・円海は、雨宿りの小屋で奇妙な一行と出会う。
その中のおぎんという女が百物語として語った、 山猫に化かされる哀れな花嫁の話に、 なぜか平静ではいられない円海は…。
〈京極堂〉シリーズが、謎を妖怪と名付けて祓い落とす、という趣向 であるのに対し、本シリーズは、その完全な裏返しとなっています。
真っ当な手段では対抗できない世の悪に対し、妖怪という神秘を 演出することで裁きを与え「怪異(=完全犯罪)」を創造していきます。
◆「白蔵主」
甲斐の国、夢山。 狐釣りの弥作は、普賢和尚という僧に殺生の罪を 戒められ、猟師を辞めたことをおぎんに告白する。
しかし本当は、人には言えない、 忌まわしい事情を抱えていた…。
狐の妖かし「白蔵主」に重ねられていく人々の思惑と欲望―。
「弥勒三千」と嘯く又市が、結末で思わず漏らす倫理観にも注目です。
●続巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
・「京極夏彦氏の仕掛けにやられてしまいました。」
巷説百物語も面白かったが、この続編もすばらしい出来だと思う。1つ1つの話は独立しているが、それぞれの中に伏線が織り込まれていて、「七人みさき」を読み進めるうちにその伏線に気づくのだ。きっと「船幽霊」からはなだれ込むように最後まで読破してしまう人も多いのではないだろうか?
おススメの読み方としては、一度通して読んでみてから、もう一度読み直してみること。思いもかけないところに伏線が隠されているのが分かるはず。分厚いから根気がいるかも知れないが、京極氏の狙いを推測しながら読むのも面白い読み方かも。 それにしても、又市ご一行様の仕掛けぶりは、ますます冴えてる!
京極堂シリーズとはまた違う世界が楽しめるはず。
・「「後~」も読まなきゃ。」
「巷説百物語」は様々な視点から書かれておりそこが魅力でもあったのですが、今回の「続~」は百介からの視点に統一されており個人的にはこの方が読み易いな~と感じました。
さて、内容ですが・・・相変わらず魅せてくれます又市一行!!読み進むにつれて仕掛けの規模も徐々に大きくなっていきます。そして集大成ともいうべき「七人みさき」。
詳らかになる登場人物の過去(主におぎんさんかな?)も含め、これを読まない手はないでしょう。
そしてそして百介と又市一行が互いの立場にどういう決着をつけたのか。最後まで見届けてください。
・「短篇一つひとつが「大仕掛け」に収斂していく構成」
◆「野鉄砲」
百介は、実兄である八王子同心・山岡軍八郎から、額に 石つぶてがめり込んで死んだ同僚の事件について、相談を受ける。
百介は、又市の知恵を借りようとするのだが…。
又市一味の、ある人物の過去が明らかに。 堅物ではあるものの、実直で情け深い軍八郎の人柄が、 又市一味と好対照をなし、忘れ難い印象を残します。
◆「狐者異」
大悪党・稲荷坂の祗右衛門が晒し首になった。
彼は過去にも二度、斬首されたが、 その度に生き返る不死身の男であるらしい。
生首見物に来ていた百介は、そこでおぎんと会う。 彼女は生首を見て呟く 「まだ生きるつもりかえ」―と。
不死身の妖怪「狐者異(こわい)」の 正体とは、いったい何なのか?
生首という、いかにもミステリらしい道具立てにより、 戦慄すべき「仕掛け」が浮かび上がってきます。
そして今回、おぎんの出生の秘密も明らかに。
・「文句なしに面白いです!」
具体的な、ギャグがあるわけでは、ありません。でも、なぜか笑ってしまう。なぜか悲しくなる。でてくるキャラクターは、まったく脈絡なく話しているようですが、最後に伏線となり、謎解きになります。終わってからやっと、「そういうことだったのか~」と思えるような作品です。
・「言の葉を追う楽しみ」
前半の3話で、説明が多いなあと思いました。それなりに面白いんだけど、ドラマが動かず、解釈と述懐で事実が変形してゆく昔の京極ワールドだなあ、と思って読み進めました。 ところが、4話の「死神」で、怒涛の残虐秘話がつづられます。一藩をゆるがす圧巻小説です!ははあ、これを仕掛けるための前3話だったのか、と感じいりました。仕掛けてるなあ。京極堂さま、アンタが又市ぢゃんよ。百介、脱帽。だとすると、前3話も凄い。単なる説明のはずの三つの仕掛けを、それぞれ一編の小説に仕立て上げるとは…。京極堂さま、天才! そして最後に、又一チームが解散してしまうのも面白いのです。死んじゃうメンバーもいるし。たぶん、このシリーズは一旦ここで終わったはずなのです。決して、三部作として構想されたものではないはず。それが、なぜ「後の~」という形で復活するのか。 うーん、「後の~」を読むのがメチャメチャ楽しみです。
●後巷説百物語 (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE)
・「君子よ、今こそ怪力乱神を語れ」
京極夏彦の最高傑作は何かという質問に、私は今まで「豆腐小僧 双六道中」を挙げてきた。「巷説百物語」の正・続編は優れた読み物であるが、話があまりに陰惨であるために、私には躊躇いがあった。また、又市らが施す仕掛けの危うさに、現実性の希薄さを感じたのも、このシリーズを避ける理由でもあった。しかしこの第三作を読むに至って、やはりこれは、作者にとって最高の作品なのではあるまいか、と考える。
最初の「赤えいの魚」は以前の作品同様に、残酷な描写が歪んだ世界を原色に彩っている。しかしその後の5作品は、次第に雅味を帯びてきて、最終話「風の神」はもはや晩秋の風の如く清爽、また小春の日だまりの如く静穏な趣となり、読後に深い余韻を残す。これまでの長い道のりを主人公・山岡桃介と共に歩んだ読者なら、この味わいがわかるであろう。正に名品である。
現代は怪異の居場所が失われて久しい。妄りに怪力乱神を弄ぶ風潮はまことに憂うべきことではあるが、これは怪異を尊んで語る本来のあり方とは似ても似つかぬ、単なる虚仮威し、金儲けの手段であるに過ぎない。人の世にあって怪異とは憂き世の逃避所のようなもの。山岡桃介は江戸の良心のような粋人であった。彼のような人が生きやすい世の中なら、この世はもっと住みやすいのではあるまいか。現実の方が余程恐ろしい現代にあって、君子ならばこそ、怪異を本来の姿にて語るべき刻であろうと思う。
・「第130回直木賞受賞作」
◆「赤えいの魚」
・「おいおい」
前二作を受けての三作目。本作は直木賞受賞作品でもあります。ただし、続巷説百物語を読んで続きと思って購入すると強烈な肩透かしをくらいます。同じ世界観に基づいた別作品と割り切らないといけないでしょうか。
前作から時代は下って明治になり、百介が老いてからの昔語り。それぞれの編は読み物としてとても面白く、非常に完成度は高いです。ただ、前作の読後の寂寥感や飢餓感は埋まりません。京極氏はいつかそこを埋めてくれる作品を世に出すつもりがあるのでしょうか。半端な出来では納得できそうもありませんので、逆に出さない方が無難かもしれませんが。
・「いまひとつ・・・」
正直この作品に関しては,私の点は辛いです。前ニ作が好きだっただけに,ちょっとこの話は蛇足かもと思ってしまいます。前のシリーズで語られなかったエピソードを,老人の思い出話と言う形で話すと言うストーリーで,それが一応二重底の設定になってはいて,工夫は凝らしてあるんですが,後日談としてもいささか面白みには欠けるような気がします。これでこのシリーズは完結だと思いますが,終わり方としては前作の続巷説百物語のほうが余韻もあってよかったんではないかという気がしてなりません。
・「世の中に不思議な事も多くあり」
「百物語」シリーズの最終作で、直木賞受賞作。明治10年を舞台に、老境に入った山岡百介が当時の官憲から事件の相談を持ち掛けられて、又市等の昔話を語りながら「8割方」の真相を示唆するという趣向。だが、漆黒の異界性、妖異性が実は人間の深層心理の闇から生じるという本シリーズのコンセプトが、シリーズ中で最も弱い本作に受賞の栄誉が与えられた事に違和感を覚える。シリーズ全体としての受賞と捉えるべきか。
「赤えいの魚」は閉鎖された空間で、自らが依って立つ基盤の危うさと、頂点に君臨する者が孕む狂気を描いたもの。容易に、東西冷戦終結直後の東欧、現在の北朝鮮等を想起させる。だが、潮流が強くて人が近づけない孤島と言う地理的条件に異界性を求める姿勢は、作者の想像力の衰退を感じさせる。「天火」は妖火と切り落とされた首が呪詛の言葉を吐くという妖異譚だが、シリーズを通して読んでいる者にとっては仕掛けがミエミエで、話に意外性がない。「手負蛇」、「山男」は各々、蛇、山男という怪異譚には平凡すぎる題材を扱って、かつ内容にも新鮮味が無い。「五位の光」は「狂骨の夢」を思わせる古代からの神事と事件関係者の絡みの妙と、又市の仕掛けの華麗さがマッチし、本作では一番の出来。「風の神」は、シリーズの初作「小豆洗い」の原点に戻った百物語もの。
読者層の拡大を狙ったものか、作品の構成も文章自体も平易過ぎて、従来からの読者には物足りない出来。明治維新後に江戸時代の事件を振り返るという趣向も成功しているとは思えない。作者の意向、作品の出来とも中途半端になってしまった残念な作品。
・「京極入門」
面白すぎます。 笑いをこらえられないので外では読めません。
流れるように読み進められるし,読み応えもあるので,京極さんの入門書として最適だと思います。
「どすこい(安)」→「豆腐小僧双六道中ふりだし」→「今昔続百鬼-雲」→「姑獲鳥の夏」→「魍魎の匣」と読んでいけば,いつの間にか,どっぷりとファンになっている筈。
・「「おすもうさん」よ永遠に」
笑える。これほどの馬鹿話に惜しげもなくネタと技法をつぎ込んでとにかく笑える。歴史、民俗学、染色体工学、から関西お笑いのどつき漫才の真髄まで総動員である。しばらく「おすもうさん」のぷよぷよしたシルエットが頭からはなれそうにない。個人的には「すべてがデブになる」が好み。
・「どすこい(安)」
このタイトルと絵を見て本気で面白い本だと思う人は稀である。私自身京極夏彦のファンなのだがそう思った。しかし、手にとって見ると非常に面白い。そして、妖怪ミステリー書いてる人がお笑いを書くとこんなのになるのだと感心した。笑える本は数あれど、「47人の力士が討ち入りをする」など誰が思いつくだろうか。京極夏彦しかいまい。
今までのファンでもファンでなくても笑いに飢えている人は読むべき一冊です。
・「地響きがする・・・」
最後の一作以外がすべて「地響きがする-と思っていただきたい。」から始まります。
いずれもベストセラーをもじったタイトルに、著者近影でみるクールなイメージの京極さんの中に巣食う「オヤジ」を感じます。
この本の中で描かれているおすもうさんやオデブさんたちはなんとなく不気味なのにユーモラス。京極さんはこのおすもうさんやオデブさんというひとたちを好きなのか、バカにしてるのか。でも、怖いのに愛らしさを感じずにはいられないキャラクター作りは、さすが、「京極堂シリーズ」の作者だなぁ、と思います。上手なのですよ。
京極作品のファンの方も。そうでない方も。
ただし、電車の中で読むことはお勧めしません。噴き出しちゃいます。
・「ふぅふぅって・・」
なんか暑苦しい感じなのに、新感覚で笑える話でした~。こーゆーのもイイなと思えました。京極さん自身の小説をこの手の話で書いて欲しいです。面白いょ~ 力士弁当食べたくなりました♪
・「なし」
2030年から2050年の日本がどうなっているか?教育・医療・宗教・警察・家族の形・食料は?と一般から公募して小説の世界を創り、その中で14.5歳の少女4人が物語を引っ張っていく。直接人と会う機会の少なくなった未来世界。コミニケーションをとることや感情表現が上手くできない少女達が猟奇事件に巻き込まれていく内、人との係わり・命について考える。カウンセラーへの問い「何故、人を殺してはいけないのですか?」の答えは呆気に取られるほど簡単ですが、人が説明しうる最良の答えの様に思えます。皆さんは如何?
・「舞台は未来でも京極ワールド!!」
舞台は2030年代、無機質で均一化された都市、貧困層居住区の隔離、バイオ食品、国による個人情報の管理、そう遠くない未来設定が現実感をより引き立てています。そこで起こる14~15歳の少女を狙った猟奇殺人事件。妖怪をモチーフにした作品が人気の京極氏、今回の『ルー=ガルー』とは中世ヨーロッパの「狼憑き」を意味するそうです。京極作品の中には一貫した軸があるように思います。この未来の舞台でもそれに触れてみてはいかがでしょう?
・「近未来の社会描写が面白い作品」
装丁に惹かれ衝動買いしました,とても面白い内容でした。
ハードカバーの新書再発行版のようですが,後書きには雑誌で読者から募集した様々な近未来設定をもとに京極氏が書かれた作品だとのこと。
良かった点は・やや古い作品ながら作中の技術で一部実現しているものもあるなど約30年後の日本をリアリティのある表現で描写している・読者である自分が作品中における時代遅れの年代とされる登場人物(50代)に感情移入できるような仕掛けになっていて面白かった
不満な点は・表現が抽象的でその筋の基礎知識がないとイメージがわかない記述がやや多かった,ネット関係の知識がないと辛いかも・筋書きも結構難解なので,想像力を働かせないと状況が理解できないかもしれません
ともあれ私の中では異色かつ刺激的な作品で楽しめました。後で知りましたが同氏は江戸時代などが中心で,SFは書かない方だったのですね・・・。でも面白かったです。
・「仮想2030年に、自分を当てはめて考えてみる。」
江戸時代の人々の心を書ける人は、未来の人たちのことまで書けるのだ。人って結局変わらない。そう京極氏は云いた気だ。
仮想2030年を自分に当てはめて考えると、私は旧世代にあたるのだろう。14才の主人公たちとは決して接触しない。古い考え方しかできない。そんな人間になっている。少なくとも、そう思われる人になっている。私は親の世代のことすら、きちんと理解はしていない。同様に私も理解などされない世代になっていくのだ。なんか悲しくなった。
歴史、科学の進歩、言葉の変遷、性差別、教育、政治・・・色々なことが事細かに、設定されているのは感心。だけど、芸術はどうなっているんだ・・・音楽は?ジャーナリズムは・・・などなど、逆に気になるとこも出てくる。
最後の方の展開は、あ~いつもの京極節だなと、安心しつつ、がっかりもして、複雑。ああするしかなかったのな?
殺人事件よりも、その回りの人々が面白すぎるのが、京極氏の弱点だろうな。事件じたいには魅力をほとんど感じなかなかった。近未来ならではという感じでもないし、どこかで見たような印象は受けた。
・「巨大な敵に挑む少女たち」
江戸、明治、戦後という時代を描いてきた京極先生が描いた未来。他作品同様少女達のキャラは立っています。京極先生の作品はよく他作品とのリンクがありますが、今回もあります。よく京極堂シリーズでの中禅寺の説教が長すぎて嫌という人がいますが(それがあっての作品だと思うけど)本書は初めての人でもスラスラ読めるのではないでしょうか。
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