「「生きること」を深く考える」「悼むのに理由がいるのか?」「只生きていることを幸せに感じる」「最近では一番」「世界は救済されるのか?」
「貴志祐介の最高傑作」「アキラを思い出す」「読み手の想像力が試される「新世界」」「貴志作品の集大成!」「衝撃を受けた徹夜本」
「壮大なスケールの大ボラ話」「貴志作品の、ひとつの到達点」「溢れるパワーの傑作」「夢にこの世界が出てくるほどのインパクト」「すごい、の一言」
「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!」「人間臭さがいい。」「誰が悪人で誰が悪人じゃないか」「そもそも、悪人とはなんぞや」「本気の淋しさ」
東京湾景 (新潮文庫) (詳細)
吉田 修一(著)
「切なく哀しい恋愛小説」「恋愛の難しさ」「まるで女性が書いた恋愛小説のような」「まるで女性が書いたような恋愛小説のよう」「最高の恋愛をあなたに」
脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (詳細)
池谷 裕二(著)
「それも脳の働き?!」「最新科学と科学的な妄想」「一般向けのサーベイ論文(分かりやすい解説つき)」「兆しが聞けるか」「わかりやすい表現と活用法の示唆が良かったです。」
「研究者の姿勢込みの最先端」「ゆらぐ脳を読んで」「脳心サイエンス=ゆらぎ」「脳の知識に加え、科学者の泥臭い日常も垣間見られる書」「学生も教授も読むべき良書」
夢に迷う脳――夜ごと心はどこへ行く? (詳細)
J・アラン・ホブソン(著), 池谷 裕二(監修), 池谷 香(翻訳)
「夢を見るのが楽しみになる」「複雑系の心のケアは、各人なりに睡眠をとること」「驚いた!」「夢は健常な精神疾患」「夢分析の王道はこちらにあり、ということが実感させられる。ただし、翻訳には...」
ぬしさまへ (新潮文庫) (詳細)
畠中 恵(著)
「短編集でも気分は長編!」「さくさく読めた」「続きが読みたい!」「シリーズ2弾もやっぱり面白い!!」「簡潔に…」
旧暦と暮らす―スローライフの知恵ごよみ (詳細)
松村 賢治(著)
「夏は夏らしく、冬は冬らしく」「確かに論旨のおかしいところはありますが」「スローライフの必需品」「太陰太陽暦☆彡」「消費財に関わる仕事の方は必読です」
パレオマニア―大英博物館からの13の旅 (詳細)
池沢 夏樹(著)
「理想の旅」「コンセプトはいいけれど…。」
ねこのばば (新潮文庫) (詳細)
畠中 恵(著)
「それぞれの「居場所」 」「貧乏神」「取り返しの付かない過ち」「現代に通じるもの」「本格ホラーの気配−「産土」」
おまけのこ (新潮文庫) (詳細)
畠中 恵(著)
「しゃばけワールドのファンサービス」「やっぱり好きな短編集」「しゃばけシリーズ4作目・文庫化」「心にグッときます。」「引き続き、短編集」
うそうそ (新潮文庫 は 37-5) (詳細)
畠中 恵(著)
「若だんな、最高!!」「病弱若旦那、頑張る」「びっくり」「今回は冒険活劇!」「箱根へ湯治に」
「佳作」「参った!!!」「ますます加速!」「「しゃばけ」シリーズ第六弾」「切なく、少し上を見る。」
「安心して読めるクオリティ」「楽しみつつもふんわりほんわかお江戸の物語」「馴染みの楽しさ」「ほっこり暖かいお話。」「もっと妖たちの活躍の場を!」
図書館ねこ デューイ ―町を幸せにしたトラねこの物語 (詳細)
ヴィッキー・マイロン(著), 羽田詩津子(翻訳)
「アメリカの図書館界ではつとに有名だったデューイ君の生涯」「特別に愛された猫の物語?」「ヴィッキーとデューイ;人生にいちばん大切なものは?」「感動と勇気を与えてくれる子ねこ物語」「猫好きにはたまらん」
● これから読む本A
● 第140回直木賞 候補作品(6作品)- 平成20年度下半期
● 読書日記6
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●悼む人
・「「生きること」を深く考える」
悼むという行為で「生と死」が強く描かれているけれど、読んでみて心に残ったのは「生きるチカラ」ということでした。死ぬことを意識したときに思う自分の存在が誰に刻まれているのかという問いは、そのまま「誰に愛されていたか」、「誰を愛していたか」という要素となっているのだなあと、すっと胸に落ちました。そしてエピローグに書かれた静人の母巡子の生き様が、とても心に沁みました。とてつもなく号泣するような作品ではありませんが、心を動かされる作品であることは間違いありません。人のことを見る目、まずは自分の家族のことを見る目というのが、この本を読んで変わった気がします。大切な一冊です。
・「悼むのに理由がいるのか?」
「悼む理由」がわからない、意味がない、そんなことはできない、と言う人もいます。でも、悼むのに理由がいるのでしょうか。自分の肉親の不幸、世界中で起きている戦争、児童虐待の新聞記事、動物の死、人によって悲しみの範囲、程度に差はあれど、悼む気持ちに理由がいるのか。悼む人は、むしろその点を考えさせる小説だったと思う。なぜ悼むのか、小説の登場人物の繰り返しの質問によって、結果的に自分が「悼み」の意味を考えされる構図の様な気もした。私には良質な小説に思えた。
・「只生きていることを幸せに感じる」
ある評論家が生涯読んできた本で1番良かったと言っていたので、読みました。だって1番良いって凄くないですか?で、とても感動しました。全編を通して、色々な死に方をした人が出てくるのですが、主人公のように、只家族がそこにそろって、食卓を囲んでいられることがどんなに幸せなことなんだろうと、つくづく感じることの出来る作品でした。(人の死って、事故って、本当にあらゆるところに転がっている物だから)
ここまで、ボリュームのある作品を読んだのは、何年ぶりという感じでしたが、ほんとにあっという間に読ませるのは、凄いと思う。一生のうちで、必ず読んで欲しい本です。
・「最近では一番」
1年前の6月23日の夜明け前,私の目の前で友人は同級生の男子生徒からナイフで刺され亡くなった。葬式では泣いていた友人達も時の経過と共に彼女の話題が少なくなり,私は罪の意識にさいなまれていた。そして,今日友人の命日に亡くなった場所で,左膝をつき右手を頭上に掲げ,自分の胸に持って行き,左手を地面すれすれにおろし右手に重ねる青年に出逢う・・・
第140回直木賞受賞作品。人の死と人の生の両端にあるものを,悼む人(主人公:坂築静人)を中心とした3人の視線から描いていく物語である。読む人によって色々な感想を抱くと思うが,私は人として,そして人の親として涙無しでは読めない作品であり,最近の本の中では最高の物語の一つであったと感じた。読み終えたあとは爽やかな気持ちになるものの,自分そして他人の存在がいままでと違うものとなり,心に大きな重いものを残してくれる物語であった。
・「世界は救済されるのか?」
「悼む人」というタイトルが広告で気になって本書を入手し、3日ほどで一気に読んだ。
日本全国の死者に関して、 「その人は誰に愛されていたか、誰を愛していたか、どんなことをして人に感謝されたか」 を尋ね、「悼み」を続ける静人の旅が、 彼を偽善者とする雑誌記者、彼の家族、夫を殺し絶望した女性との関係を通じて描かれる。 著者の本を読むのはこれが初めてであるが、 プロローグにおける問いかけから、3者がそれぞれ静人とのかかわりを通じて内面が変化し、 死の平穏と生の胎動が見事に交差するエピローグまで止揚する、 緻密かつ立体的な構成は、本当に素晴らしい。
静人の旅から、世界の救済というものを考えた。 彼の旅は宗教には基づいていない、ということが繰り返し語られる。 彼を不審がった者も多かったが、雑誌記者、家族、夫を殺した女性は、途中、傷つきつつも救われた。 特に、7章において雑誌記者が救済される場面と、エピローグには、非常に心を動かされた。
著者は、宗教を持たずまた希望も持たない多くの現代日本人に向けて、 「宗教の言葉を用いない」という制約の下、 人間同士のつながりからの救済(の可能性)を描きたかったように思う。 その救済の道のりは、静人が経て来たように困難である。しかし、小説においては、「悼む人」の存在が描かれただけでなく、彼に影響を受けた幾人かに実際に種が蒔かれたことが示唆されており、そして、本書を読んだ人にも、その心の野に種は蒔かれている。ただ、自分自身にも、どのような芽が出るのか(そもそも芽が出るのか)は、わからない。人類愛に燃えれば燃えるほど、個々の人間を愛せなくなるのかもしれない。自分がどのような答えを出すか、それはもちろんすぐに出るものではないし、カラマーゾフの兄弟なりを何度も読む必要があるだろう。
この小説の持つ主題は壮大であり、現代において書かれたということが、それを、より圧倒的なものとしている。素晴らしい書物を世に届けてくださった著者に感謝いたします。
・「貴志祐介の最高傑作」
待たされた甲斐がありました。本作は貴志祐介の最高傑作であるだけでなく、日本SF史上に残る怪作です。酷評された『硝子のハンマー』以降、長期にわたり新作の音沙汰がなかったので、作家としてのピークを過ぎてしまったのかと残念に思っていたのですが、杞憂でした。『黒い家』、『クリムゾンの迷宮』、『天使の囀り』の頃のパワフルな貴志祐介が完全復活です。
読み始めた当初は、「少年少女が主人公」、「中世日本の長閑な農村風景」、「呪力」、「色々な架空の生物」といった設定から、トトロのようなファンタジックな話なのかと思い、「あー、貴志祐介またやっちゃったか」と期待外れを覚悟しました。しかし、世界観をある程度構築する序盤が終わるあたりで、世界の真の姿が明らかになり、以降は怒濤の貴志ワールドが全開フルスロットルです。『青の炎』のやりきれない哀しさ、『黒い家』で描かれた人間の狂気、そして『天使の囀り』や『クリムゾンの迷宮』の残虐表現がすべて詰め込まれたような物語で、読んでいる最中の気分の悪さは格別です。展開が強引だったり、ご都合主義だったりする箇所は多々ありますが、物語の勢いがそれらを補って余りあります。なお、そうした物語としての勢いもさることながら、緻密な世界観を構築したうえで、数多くの謎や前振りの大半を破綻なく活かし、まとめあげている手腕にも舌を巻きます。
ただし、SFという性格上、架空の生物、技術、競技などが数多く登場するため、多くの場面で相当な想像力を要求されるのも、また事実です。そのため、SFやファンタジーを読み慣れていない方は、語られているシーンをリアルに想像できず、本作をとんでもない駄作と感じるかもしれません。私としては、本作は貴志祐介の最高傑作だと感じていますが、過去作品以上に読み手を選ぶという点で、評価は賛否が大きく分かれるでしょう。
・「アキラを思い出す」
遥か未来、呪力と呼ばれる力をもった子供達の話で、言葉を喋るネズミがでてきたりと、表層はファンタジーだが、読み進めて行くうちに感じとるのは、サイコホラーである。アキラ私は、このイメージかしっくりた。アキラというのは、アニメのアキラである。未知なる力を手に入れ、やがて体も人格も力に呑み込まれてしまう小学生時にアキラを見て、ワクワクするような凄さと、気味の悪さを感じにはいられない話の流れ、それと同じものを、この本から感じた。
・「読み手の想像力が試される「新世界」」
「天使の囀り」にも衝撃を受けましたが、作者の生物学的センスは抜群です。ぼく自身、生命科学の「専門家」の端くれですが、本作に描きだされる想像上の生き物の体系は、ある意味、空前絶後のリアリティを持っていると思います。一方で「呪力」に関する設定は科学的には首を傾げざるをえないものだけに、作者の生き物への執着には畏怖を覚えます。この、少なくとも視覚的には醜悪を極める世界を数年にわたって脳裡に抱きつづけ、ここまでの完成度へと煎じ詰めた精神力は凡人には想像しがたいものがあります。
物語の詳細に踏み込むのは危険なので触れませんが、読み手の想像力が試される小説です。細かくディテールが描写されているようでいて、視覚的な詳細の描写はストーリーテリング上、最小限描写すべき対象に限られており、それ以外の多くは、世界を構成する要素がいかにしてそこにあるかというプロセス、メカニズムの描写の積み重ねによって提示されています。その結果として、この小説世界に五巻で感じられるどういった光景が展開しているのか、その大部分は読者の想像力に任されています。読み手のそれぞれが、それぞれの経験、想像力に応じて、異なる「新世界」を脳裡に描きだすことでしょう。
近年の日本のエンターテインメント小説の系譜上は、「屍鬼」「シャングリ・ラ」といった流れに連なるものと感じますが、それはストーリー展開の表層を捉えた比較に過ぎないかもしれません。生き物が争い、争いの中で他の生き物を殺すという、ほぼすべての動物種が行っている振る舞いを、詩的ロマンティシズムなどに逸れることなく、真正面から描こうとし、描ききれたかはさておき、完遂したことに敬服します。その中で、生き物が生き物たるがゆえに行う行為の積み重ねの中に、「神」をはじめとする、私たちが「人間らしい」と感じる概念を淡々と畳みこんでみせた点など、唸らされた部分も数多くあります。そして、最後の1行に、さまざまな意味で胸が熱くなりました。傑作です。
・「貴志作品の集大成!」
貴志裕介氏の作品にはいつも驚かされてきました。「ISOLA」、「黒い家」を読んでる最中、真昼間の自宅にも関わらず本気で背筋が凍ったのを今も鮮烈に覚えています。個人的にベスト1の作品「クリムゾンの迷宮」の発想、プロットの巧みさに驚き、貴志裕介氏の作品が出ると即購入していました。
評価の高い「天使の囀り」はベスト2で、薀蓄部分が後々効いてくる仕掛けに惹かれて気持ち悪い箇所があるとわかっていながら再読してしまいます。心理学的、生物学的、進化論、人間の善悪等、多彩な要素を込めてあるのが貴志氏の作品の特徴であり、そこが他の作家と一線を画しているように思います。「青の炎」、「硝子のハンマー」辺りで、独特の世界観が薄くなったようで残念に感じており、長い間長編新作がでなかったので、もう大作は書かれないのかなぁと思っていました。が、しかしこの作品を読んでこれからも大いに期待できる!と非常に嬉しく思いました。
この作品は今までの貴志氏の作品の集大成だと感じています。読み出すと止まりません。前半に複数散りばめられる複線を後半でどう回収するのか気になってしかたなく、後半の少し中だるみをする部分(東京探索箇所)を飛ばし読みして二日で一気に上下を読みました。そして、またもう一度読み返しました。
SFはそんなに好きな分野ではなかったのですが、この本は分野を超越しています。ホラーでもミステリーでもあると思います。下巻で上巻のある登場人物と交わした台詞や情景が太字で何箇所か挟まれるのですが、切なくて心が締め付けられました。間違いなく、貴志氏の作品ベスト1です。
・「衝撃を受けた徹夜本」
上下2巻で1000ページを超える作品だが、ページをめくる手を止めることが出来ない面白さだった。長編にありがちな中だるみもほとんどなく、この奇妙でダークな新世界を巡る少年少女たちの冒険に引きずり込まれていった。
物質文明が滅んだ千年後の世界。人類はほんの僅か生き残り、小さな集落が広い日本列島に数箇所あるだけとなってしまった。人類は「呪力」という超能力を得て、平和で貨幣経済もないユートピアにも似た共同体を作っていた。しかし、新世界は管理教育、情報操作、洗脳、そして歴史の隠蔽、改ざんといった闇の部分ももっていた。世界を維持するには、真実は隠されなければならなかった。図書の分類と検閲。新世界に生きる人々、特に子供達は徹底した管理のもとに置かれていた。世界の秘密の全貌はしかし、なかなか明らかにはならなかったが、戦慄を覚えるほどの謎の輪郭がじわじわと読者に迫ってくる。なにか腐臭を放つものがどこかに隠されているような、そんな感じを受けながら貴志祐介の描く「新世界」の謎に魅せられて物語の中にどんどん入り込んでしまった。 醜い奴隷として使役されるバケネズミ。 自爆して敵を倒す風船犬。 自走式図書館のミノシロモドキ。そして、呪力を暴走させる悪鬼と業魔。
なんという世界だろう。
貴志祐介の脳髄から産み落とされたこの新世界は、悪と秘密と汚濁、そして謎に満ちている。主人公の早季と覚が、バケネズミの巣から脱出するため暗闇と悪臭とおぞましい生物のなかを走り抜けるシーン。人類を破滅から救うために旧世界の東京の地下を下る胎内巡り。ファンタジーと呼ぶにはあまりに生生しく、不気味に息づく奇形なモンスターに満ちている。 そしてなんともすっとぼけた自走式図書館のミノシロモドキ。緊迫した展開のなか、唯一の癒しキャラ(?!)かもしれない(笑)不思議と恐怖とミステリーをたっぷり堪能させてくれる作品だった。長さにしり込みせずに、一読してほしい。
・「壮大なスケールの大ボラ話」
上巻はこの超未来の異世界を丁寧に書いています。下巻になってから一気に話が展開し、ものすごいパワーで話が進んでいきます。壮大なスケールでのこのウソ話、まさに小説の醍醐味です。読後感はお腹いっぱいで超満足!これだけのウソはそうそう書けない。こんな読後感は山田正紀さんの「宝石泥棒」、半村良さんの「太陽の世界」以来です。
なんかジャンプ漫画みたいなところがあって、私は脳内では冨樫義博さんの「HUNTER×HUNTER」のキャラで再生していました。すばらしい長編映画を観た後と同じくらいの満足感。すばらしかったです。
・「貴志作品の、ひとつの到達点」
貴志祐介氏が、おそらくは相当の難産の末に生み出したであろう、久方ぶりの新刊です。小説のジャンル分けをするとすればSFになるのでしょうか。カズオ・イシグロ氏の「私を離さないで」、大友克洋氏の「アキラ」等に通じるものも感じました。いわゆる念動力(本作では「呪力」と表現されます)を多くの人が持った時、どのような世界が表出するのか。使い古されたネタのようにも感じましたが、圧倒的な筆力でディテールを積み上げていくことによって、見事に異世界の構築に成功しています。上下巻、千ページ以上を費やして紡がれる物語には、人間という生き物の持つ業の深さがいやというほど描き込まれており、安易な感情移入を許さない描写は爽快さやカタルシスからはほど遠いものとなっています。これは現在の、リアル・ワールドに対する著者の危機感の表れであることは想像に難くありませんが、それでも最後には、人は想像力という翼を振り開くことにより少しでも良い方向に進んでいくことができるのだという仄かな希望・期待が伝わってきて、胸が熱くなります。読み手を選ぶという評に対しては、確かにその通りかもしれないとも思います。でも、これ程の読書体験は、そうそうできるものでは無いのでは?個人的には間違いなく今までの貴志作品のベスト、文句なしの最高傑作です。これだけの圧倒的な物語世界に身を浸すことができて、この値段は安すぎます。
・「溢れるパワーの傑作」
あっという間に、上下巻を読み終わりました。読み手の既成概念を超えたワールドに圧倒され、まだ頭が痺れています。正に空前の世界の物語をを最後まで、球速の衰えない(安易な妥協のない)パワーに敬服しました。時には少々の暴投や、四球もありましたが、作者が全力投球した作品を真っ向から受け止める体験は、実に気持ちの良いものです。そして、久々に読後の余韻にも浸っています。本当は早季と覚が今後、周囲の目の制約の中で、どのような郷を創っていくのか。また彼らの子供たちの目から見た世界の移り変わりや冒険。そして1000年後を舞台にした世界の展開。など、続編も読みたいのですが、この余韻を大切にしておくのが良いのでしょうね。とにかく既存のスケールを超えた傑作です。読んで下さい。
・「夢にこの世界が出てくるほどのインパクト」
SF的な要素を含む上下合わせて1000ページを超す大作。普段、現実的な世界の話しか読まないボクには、SF的なこの世界観は苦手だと思って読んでいましたが、上巻半ばあたりから一気にのめりこみ、すっかりこの世界を堪能してしまいました。貴志さんは恐怖の描き方が素晴らしい。怖かった。
・「すごい、の一言」
ほんとに、この作家にはいつも驚かされます。今まで私の中のベストは「天使の囀り」だったのですが、それをはるかにしのぐ傑作だと思います。現実離れした舞台設定や細かい描写のおかげで、決してスラスラ読み進める物語ではないのですが、それでも上下巻一気に読んでしまいました。
奇妙だけどどこか懐かしいようなな不思議な世界にあれよあれよと引きずり込まれ、自分もまさにその場にいるような臨場感で読み進み、最後には「な、なるほど〜!」と膝を打つことでしょう。2匹のバケネズミが物語の最後まで関わってきますが、好き嫌いはあるにせよ、どちらもそれぞれに格好良かった。
大好きな作家なので、もっともっとたくさん書いて楽しませて欲しいです。
●悪人
・「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!」
凄いな、この本は、、、。読み始めてひとときも中座する事なく一気に読了した。傑作である。恐らく今年世に出た小説群の中でも読む者の心を鷲掴みにするといった点では屈指の作品ではないか。本の帯にある“なぜ、事件は起きたのか?”“なぜ、ふたりは逃げ続けるのか?”“そして悪人とはいったい誰なのか?”とのフレーズが見事にこの作品を読み取るキーワードになっている。冒頭から、今作の登場人物たちのぐだぐだとした満たされない日常生活の中で湧き起こる儚い嘘と悪意の心理描写の上手さにぐっと引き込まれ、ある「悲劇」が起こった後は人間の深淵に潜む「業」の様なものを読んでいくのかと思いきや、物語は第3章で劇的に変貌する。変えたのは馬込光代の存在。彼女の登場で、物語は儚くも美しい純愛路線に大きく舵を取る。世の時流に乗る事などまるで諦めていた生きベタなふたり、生まれて初めて出逢った真に心を許せる者たちの、安っぽいラブホテルでのあまりに痛切な抱擁と逃避行の道行きでの魂の絶叫に、ページをめくりつつ胸が張り裂けそうになる。ラスト、なんとも切なくやるせない気持ちになりながらも、今作に登場する傷ついた者たちの絶望の「闇」の彼方に見える魂の救済を思わせる様な一筋の光明が救いと信じたい。
・「人間臭さがいい。」
久しぶりに泣けた作品。年齢を重ねたから感じる事なのか、登場人物皆がとても人間臭くていい。登場人物皆悪人なのか、そうさせる環境で生きて来たのか・・・綺麗事の多い小説の中で人間味のある人々の心にふと足を止めてみたい作品。「生まれて初めて人の匂いがしたっていうか・・」と始まる少年の言葉が今の世の中に重なるような気がした。
・「誰が悪人で誰が悪人じゃないか」
久々に真ん中ストレートに刺さった本。 まだまだ進化する作家さんだと期待してるけど、現時点では 最高傑作だと思う。 被害者の父と、加害者の祖母(母代わり)、立場は真逆なのに 2人の辛さや悲しみがリンクしていました。 描写が秀逸で、登場人物や舞台となった地方都市が自分の中で リアルに浮かび上がってくる。 追い詰められ、切羽詰った2人の逃避行はせつな過ぎて痛い。 わたしにとって特別な映画「モンスター」と通じるものがあります。 両作品とも、誰が「モンスター」で「悪人」なのか分からない、 もしかしたら誰もが「モンスター」であり「悪人」なのかも知れない・・・ と思わせるタイトルも含めて。 心をえぐられる本です。
・「そもそも、悪人とはなんぞや」
本の厚さは読むうちに忘れた。見知った地名、見知った景色。そして、人々の姿は等身大。女が男に殺された。よくある事件のひとつとして小さく報道されて終わりになるかもしれない。男女それぞれの家庭や職場の生活、周囲の人々を描くことで、小さな事件の当事者にとっての大きさを思い知らされる。
これが新聞に掲載されていたのか。読み終えて、その意義を考えさせられた。法で裁く悪は、法で規定されているものに過ぎない。その意味では悪人とは犯罪者であるが、心情を踏まえた上で語られる悪を規定するのは倫理である。裁判官制度が導入された今、もしもこの事件を裁く側に回るとしたら。自分の基準を問われている気がした。
・「本気の淋しさ」
吉田修一の集大成のようだと思いました。今までの小説のいろんな要素がいい具合に盛り込まれています。
嫌な役でも嫌な事でもなんでも引き受けてしまうのが当たり前になっている祐一の、底なしの優しさが切なかったです。自分が犠牲になることの苦痛なんかより、おいてきぼりにされることの恐怖がずっと大きい。祐一の優しさと淋しさが見事に表現されているラブシーンがとてもよかったです。祐一も光代も、ほんとうに淋しかったのです。
・「切なく哀しい恋愛小説」
東京の臨海地区を舞台にして展開する切ない恋愛小説。著者はこれまで比較的クールな人間関係を描いてきたが、この作品ではもっと突っ込んだ人間関係を描いていている。そのてめ、思いのたけの一片さえ伝えられない言葉のもどかしさや誤解から互いを傷つけてしまうすれ違いの哀しさが、切なくなるくらい良く伝わってきた。ふたりが働く品川埠頭とお台場の距離感は、近いようで遠いふたりの距離感をそのまま投影しているようだし、そこをつなぐモノレールも心もとないふたりのつながりを象徴しているかのようで、舞台背景をふんだんに活かした作品だと思う。また、作中使われる同名の小説も、直接打ち明けられない部分を代弁するアイテムとして、効果的に用いられていると思った。
・「恋愛の難しさ」
この手の本にしては結構ハッピーエンドで、読み終えた後にホッとする内容でした。人間は動物と違って恋をし、恋に悩むこともあります。(人によっては一番の悩みかもしれません)恋愛は人間にとって一番素敵でドキドキする反面、一番難しくそして残酷なものかもしれません。そんな恋愛をロマンティックで少女漫画的に描くのではなく、現実的で現代的に描いたのが本書です。お台場と天王洲を中心に行われる現代的な恋愛に何となく心が和みます。
・「まるで女性が書いた恋愛小説のような」
「悪人」に感動して次にこの本を読みました。恋愛小説は男性作家より女性作家の方がはるかにうまいと思いますが、吉田さんのこの作品はまるで女性が書いたかと錯覚するほど微妙な心の揺らぎが書けています。しかも登場人物は男性よりも女性の方がよく描かれていると思います。女性の読者がこの意見に賛同するかどうかは分かりませんが。「悪人」を読んだ時も感じましたが、この作家が人を観察する力は相当なものです。
・「まるで女性が書いたような恋愛小説のよう」
「悪人」に感動して次にこの本を読みました。恋愛小説は男性作家より女性作家の方がはるかにうまいと思いますが、吉田氏のこの作品はまるで女性が書いたかと錯覚するほど微妙な心の揺らぎが書けています。しかも登場人物は男性よりも女性の方がよく描かれていると思います。女性の読者がこの意見に賛同するかどうかは分かりませんが。宮本輝氏も女性に人気がありますが、女性の方はどちらの作家がお好みでしょう。「悪人」を読んだ時も感じましたが、この作家が人を観察する力は相当なものです。
・「最高の恋愛をあなたに」
吉田修一の最高であって最高級の恋愛小説。物語を読んでいくとわかるのですが、なにかしらドラマ「たったひとつの恋」を思い出します。人と人との繋がりを理屈なくして感じられる恋愛とでも言うんでしょうか。亮介と美緒のなにげないんだがそのなにげなさにドラマがあるというか...波乱とか驚愕とかドンデン返しとか今はやりの感じはないんですが、あったか〜い気持ちになれる物語テイストでした。
●脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?
・「それも脳の働き?!」
海馬の研究をしている薬学者による、最新の脳研究を分かりやすく解説した本。著者が『プレジデントファミリー』で「頭がよくなる玩具」特集に登場していたことから、どのように頭がよくなるのか知りたくて読んだ。
動物実験などのデータに基づいた人間の行動の傾向を、脳機能から説明していくと妙に説得力がある。それはあくまで傾向であって全ての人間に当てはまることではないのかもしれないけれど、ある程度までは普遍的だと知ることは有意義である。
「重要なのはストレス解消ではなく、解消する方法を知っていること」の項は深く共感。実験では、ストレスホルモンを増やす薬を点滴するのだが、注射量を調節できるボタンを用意しておくだけで、実際にボタンを押さなくてもホルモンが上昇しないという報告が紹介されている。「つらくなっても、オレにはこれがある」という思いが大事なのだ。趣味をもつことの大切さ。
そのほか、 ・最初に言った意見をすぐに曲げないという行動は自己維持の本能に由来する ・仕事のできる能力は好奇心や注意力と関連する ・サルもギャンブル好き ・人が痛がっているのをみるだけで反応する「同情ニューロン」が見知らぬ他人の場合は反応しない ・意思が生まれる前に脳が活動を始めるので人間に自由意志はない(でも行動を思いとどまることは自由にできる) ・歳をとっても知的好奇心や注意力があれば記憶は衰えない など、興味深いトピックがいっぱい。
また脳とコンピュータをつなぐ神経補綴学、遺伝子を解析してその人にぴったり合った薬を出せるようになる薬学など、最先端の研究も楽しい。
脳を活性化させるべく、さまざまなものに好奇心をもっていきたいなと思った。
・「最新科学と科学的な妄想」
最新鋭の脳科学者である池谷裕二先生によるエッセイ集。
今作は海馬や記憶のみならず,脳とその現象全体について,最新の論文を身近なテーマと結びつける形での「語り」となっている。例えばタイトルにもある「脳はなにかと言い訳する」という章では,変化に気づかない現象(変化盲)について,2005年10月の「サイエンス」誌の論文を元にしてわかりやすく解説している。われわれがいかに「上っ面」に流されやすいかを。
かといって今作は「100%科学的」な本というわけでもない。科学者というのはよく「妄想」にふけるものだが,池谷先生とてその例外ではない。その妄想を「思い切って」「仮説のまま」述べているところに,ただの科学書ではない,本書の魅力というのもあるのではないか。
・「一般向けのサーベイ論文(分かりやすい解説つき)」
「進化しすぎた脳」「海馬」「記憶力を強くする」などの著者で知られる脳科学の研究者による著作.
本作は,今までの著作のスタイルと変わり,章ごとに1つのテーマを挙げ,それに対する最新の脳科学の研究成果を紹介,著者による解説というスタイルを取っている.最新の論文を引用し,それに対して著者がわかりやすく具体例を交えて紹介する,というスタイルは非常に読みやすいし,理解しやすかった.
本文で紹介された論文には,インターネット上に公開されているものもあるので,興味を持った研究があれば原著論文を読める.現役の研究者が読んでいる論文というものはどんなものなのだろうと,眺めることができる..
これだけのサーベイ(先行研究の調査)を行い,一般人が理解できる文章にしたということが素晴らしい.まさに一般向けのサーベイ論文.読み終わる頃には本が付箋だらけになってしまった.
話のネタにもなるが,普段当たり前に行っている自分の行動について,深く考え直すきっかけにもなる一冊.
・「兆しが聞けるか」
脳のささやきに耳を傾けることが、いかに本質的なあるべき行動を示唆しているか、考えさせられる。そのささやきがなかなか聞こえない。それを聞けることこそが、幸せになるための秘訣だということに納得させられる。なるほど、生理的な体や意識から来る兆しが、いかに大事かということを示している。
・「わかりやすい表現と活用法の示唆が良かったです。」
子供用教材の中にある、著者の勉強方について記述に興味をもち、この本を購入しました。科学的用語や専門語がありながら、読み易い。ハギレの良い語り口調と簡潔な文章は、主婦であり、科学とはなじみのない生活をしている私でも1・2日で読める内容でした。この本で脳のしくみ、効率の良い記憶の仕方が理解できたので、子供の勉強の仕方に取り入れてみようと思います。また、年をとっても記憶力が衰えないという記述は納得できる内容でしたし、はげみになりました。使える本だと思います。
●ゆらぐ脳
・「研究者の姿勢込みの最先端」
その分野の専門書でもない限り、一般に入手可能な書籍で得られる情報は、最新のものからどうしたって遅れがち。また、発見の先取権競争の最前線にいる一部の研究者をのぞいて、たいていの分野については、そんなに最新の情報は必要ないって事情もあるかも。高度な専門家じゃなければその重要性がわからない、いわばトリビアルな最新情報が大半だろうし、一般の読者にとってはその最新情報がなんで最新なのかを理解するための、その分野の定番的な基礎すらないことがあたりまえなので、一般的な啓蒙書の場合は、アップトゥデートな最新情報への目配りって、実は重要じゃないことすら多いかと。
しかしここに、最新の研究動向が文字通り日進月歩に昨日の定説を塗り替え続け、一般の関心も高い研究領域があり、そして、分野の大雑把な全体像と最新の研究動向とその意味するところを、大変に高い伝達度でもって文章化できる有能で希有な専門家がいたりします。もちろん著者である池谷氏のことを言っています。
過去の著述も非常にエキサイティングで面白かったし、偶然から参加した著者の講演でその高いプレゼン能力を目の当たりにもしていたので、新著は楽しみにしていましたよ。著者は「あとがき」で、若干これまでの類書と毛色が違うことに言及していますが、読者としては、期待以上のものでした。
内容は大きく、3つ。研究範囲(個別の細胞や、ずっとマクロな組織レベルではなく、「回路」レベルの対象)・研究態度(仮説はたてない方針とか分子生物学への疑問とか)・研究実態(けっこうドロくさいし、政治的な振る舞いも必要だったりするよ)。その三つの軸(研究範囲・研究態度・研究実態)が述べられる中で、「ゆらぎ」が一貫したテーマとなっているのは、これは著者の作戦か、それとも編集者の構成の妙か。脳の「ゆらぎ」が重要なトピックとして紹介されるだけではなく、研究範囲・態度・実態のそれぞれに、そして、ひいては人間活動、生命全般に「ゆらぎ」が言及されます。頭の良い人は違うな〜、と。
もちろん、大枠のお話しから個別のトピックまで、あちこちで、ふんだんに最新の脳研究の動向が紹介されます(驚くべきことに、過去の著作からのネタの使い回しがありません)。活動依存的に自分で自分を書き換える脳とか(あまりに我田引水にすぎるかと思いつつ、やはりルーマンっスよ!)、幽体離脱は社会性を獲得するための脳の機能ではないかとか(!)、記憶は未来のためにあるとか、仰天中ですよ(しかもちゃんとトップジャーナルの参考文献付き)。
もー賞賛の言葉もありません。超お奨めですよ。
【蛇足】還元主義的ではなくホーリスティックにとか、近代合理主義の限界とか、複雑性だとか、形相的な同一性だとか、個別の分子の振る舞いではなく分子相互の相対的付置状態だとか、いろいろ言われる中、本書もそうした動向と軌を一にした近代科学方法論懐疑派と見えるかも知れません。しかし、著者の認識はどうあれ、私は、本書とその著者は、耳触りの良い上述のようなお題目とは一線を画すものだと思っています。耳触りの良いお題目の特徴は、文字通りお題目に終わっており、そこから具体的に問題を展開することがない、という点です。本書および著者は、科学者共同体に十分に承認される形で(←これが重要)、問題提起のその先へと進む方策を案出し、実際に歩を進めているところが、大違い。抽象的なお題目に安住して自分が思考停止していることにも気がつかない、あるいは、実は単なる無知だったりする近代科学方法論懐疑派と、よく似た話柄に言及しつつ、本書と著者は、その問題点を具体的に設定しようとし、それを探求するためにはどうすればよいかを(繰り返しながら、具体的に)考え続けます。つーか、これが科学者のまっとうな姿かと。ユースケ・サンタマリアではありませんが、「刮目せよ!」って叫びたくなります。
とっちらかったレビューでごめんなさい。
・「ゆらぐ脳を読んで」
著者の本を読むのはこれで3冊目、ちょうど2年前に読んだ最初の『海馬』は糸井重里との対談であり、2冊目の『進化しすぎた脳』(両署とも「感銘の1冊」として紹介)は、中高生たちとの対話形式を採っているが、本著では木村俊介の質問に答えるというスタイルである。 いずれも対談の相手が「脳科学」の素人というところから、一般の読者にとっていたって身近で入りやすいのが特徴である。 この『海馬』によって、脳細胞は死滅するばかりだと聞いていたのに、記憶中枢である海馬だけは、使うほど増えるのだということを知って、大いに勇気づけられたものだ。 タイトルの「脳のゆらぎ」だが、脳の神経細胞が自主的に活動するときに、「ゆらぎ」に似たリズムが見られる。従来はそれを一種の「ノイズ(雑音)」として、脳の活動究明に有害なものだとして不当に扱われてきた。 それを著者は、脳全体で見ると脳部位の相互関係の中で、たえず揺り動いていることを(綿密なMRI検査で)見つけることで、そうしたゆらぎにも意味と理由があるものとして捉えている。 そこには、組織を分割して部分だけを見ることの危険性、たとえば、いま注目の「分子生物学」だが、彼らの細分化することで全てがわかるという発想の危うさを指摘している。 とはいえ著者は、脳の至妙な働きを霊的なものとして韜晦(とうかい)する事なく、あくまでも脳の活動は、脳神経の発する電気作用と、タンパク質・アミノ酸それにイオンの移動とフィードバックという、至極即物的な作用で生まれ、特定の神経細胞が放出する脳内物質、たとえばドーバミンとか、エル・アドレナリンなどの微妙な働きで「喜怒哀楽」が生まれ、その作用が表情にも反映されることだとする立場は崩さない。 たとえば霊的現象・超常現象として捉えられ勝ちの「幽体離脱」にしても、特殊な装置を使うことで、健康な人でも経験することが可能であることを教えてくれる。 そうした現象について著者は、この「第三者の目で、客観的の己を見る」という人間の「客観視力」は、生長にかがせない能力であって、決してきかいな現象とは思わないと強調する。 ただそうした「脳の至妙な働き」は、分解することで見付かるものではなく、いわば無駄も多く、間違いや過ち、それに錯覚などという、一種泥臭い行動原理の中で、複雑に張り巡らされた脳の各部の絡み合いと揺らぎの中で生み出されるのだと言う。 もっとも興味深い事例だが、神経細胞は栄養を与えられるとシャーレの中で1年ほどは生きるので、それ自体「生命体」といえそうな感じであるが、培養は難しく分裂・増殖はしないし非常に脆い。 一方ガン細胞は非常に強くて、東京大学にあるものは50年以上生き続けていると言う。本著の中で、著者が博士課程の学生時代に行なった興味深い実験紹介している。
ネズミの脳組織をミンチしてタンパク分解酵素トリプシンをかけて保温器に数十分すると神経細胞はバラバラになって沈殿する。それを濾過して酵素を洗浄する。 その時点では単に「丸い細胞」に過ぎないが、それをシャーレに入れて栄養を与え、24時間後にわざと栄養を少なくして飢餓状態にする(かわいい子には旅をさせる)と、周囲の細胞と結びついて生きようとして、次第に神経細胞のネットワークを形成させ、しかも常にダイナミックに内部の結束を強めて、回路のつなぎ替えやシナプスを作っていく。
と言うのだ。ご存じのように海馬以外の脳細胞は、一定の時期から死滅して減少すると言われている。そうした中でこうした、ある意味タフな「生命現象」を知れば知るほど、脳の持つ可能性に驚嘆するばかりである。 科学に常識と思われる「仮説」という手段を採らないという著者は、「なにをやりたいか」より、「何を試すことができるか」が大切だという。そして「科学的な論理を詰める」よりも、好奇心を先に走らせることを採るのだという。 どうも著者は、脳の至妙な働きよりも、むしろ脳細胞の「ガックリするほどヘタクソな使用法」に、いい知れないほど愛着を持っているようだ。 また日本とアメリカのの学者の違いは、その表現能力の差であって、アメリカの著名大学で教わったことは、いかにうまく表現するかという、プレゼンテーション能力の養成だったと述懐する。 そうした問題提起も含めて、複雑で捉えどころのない脳の働きについて、このように親切な入門書の存在と、著者の能力・サービス精神に感謝したい。
・「脳心サイエンス=ゆらぎ」
本書は脳科学者である池谷先生が、現在行っている「多ニューロンのイメージングによる脳回路システムの理解」に関する研究を軸に、サイエンスに対する考え方、つまり池谷先生版"科学の方法"論を綴ったエッセイである。
随所に最新の脳研究の成果が"ミニ質問"という形式で分かりやすく、しかも池谷先生のその問題に対する視点も織り交ぜて紹介されているが、本書は脳科学のホットなテーマを紹介する!というものではなく、あくまで"現在"の池谷先生による"科学の方法"なのである。
先生が現在に至る研究生活の中で、脳をどのように理解していけばいいのか、またそもそも科学的な分かるとはどのようなことなのか、ということについてその問題に正面から立ち向かっている池谷先生ならではの視点が多く述べられている。詳しくは本書を読めばよいと思うが、キーワードは脳、心そしてサイエンスの"ゆらぎ"であろう。サイエンスによって物事を分かるとはどういうことなのか、そしてその方法で脳は理解できるのか、といったことに興味がある方は大変楽しめると思う。
そして、本書の魅力の一つは科学者池谷先生の科学研究に対する「本音」が聞けるところであろう。「科学者にはプレゼン能力が必須」「仮説を立てると視野が狭まる」「アイデアはコミュニケーションから生まれる」「やりすぎなければ研究は成功しない」「何が出来るかの方が大事」など科学に対する池谷先生の捉え方が知れる。このような問題は科学者を目指す上では誰でも直面するであろうというものであり、特にこれから科学を目指そうという学生の方(僕も学生だが)にかなりおすすめである。
現在進行形のゆらぐ池谷先生がこれから脳科学にどのように取り組んでいくか非常に楽しみになるのと同時に、同じように科学者として負けずに頑張って行きたいと思わせてくれる良書であった。
・「脳の知識に加え、科学者の泥臭い日常も垣間見られる書」
楽しく読めて賢くなれる。本好きにとってこれ程ありがたい話はない。それも薄っぺらい雑学やハウツーではなく、アカデミック&インテリジェントな内容であればある程、受け売りでウンチクを垂れるのに都合がよい。その点で「記憶力を強くする」「進化しすぎた脳」「海馬−脳は疲れない」etc.、池谷氏が関わる本はハズレがない。本書も「脳のゆらぎ」「心のゆらぎ」「科学のゆらぎ」を軸としながら、一流科学誌への論文掲載に血眼になる科学者たちの泥臭い日常、きれいごとではない世界が垣間見られて大いに興味深かった。高潔なサイエンティストを志す純情な学生が幻滅しかねない内容も含まれているが、「実験や発見ができても、論文が書けなければオタクで終わる」のだから、プロのサイエンティストを生業とする以上、象牙の塔にこもって実験に明け暮れる訳にはいかない。政治力、プレゼンテーション力を駆使して研究資金をかき集める図太さ、俗っぽさが欠かせない様である。
・「学生も教授も読むべき良書」
1970年生まれ、東大薬学准教授ご自身があとがきで書かれている。「ぼやき」の本だと。しかし、ぼやきの中に余りに多くの、研究者あるいは科学者という文脈で生きる人々にとっての大切な思想、哲学があるように思う。分子生物学一辺倒な現状を憂いながらも、その実験技術の進歩により大きな科学発展があった事を素直に認める。「わかる」ということをとことん詰めて行き、その先にあるであろう真実へのアプローチの方法を語っている。本書は木村俊介さんがインタビューアーとなって池谷さんの本心を聞きだした訳であるが、実に分かりやすく脳科学を説明し、そして現状でのサイエンス業界の光も影をも写し出している。文系、理系関係なく大学生、大学院生、ポスドクそしてもちろん指導者の方も必読だと思います。こんな先生の下で働きたい、そして、こんな指導者にならないといけないと感じるでしょう。そして、いろんな分野(科学だけでなく)に興味を持つ事こそが、大きな発見や発明に繋がるのでしょう。
・「夢を見るのが楽しみになる」
分厚い本を久しぶりに読み通した。夢は潜在的な欲望が表れるものだと今でも信じ込んでいたがこれがいかに馬鹿馬鹿しい学説であるか「目の醒める」思いがした。著者は私より高齢だが、考え方は非常に柔軟で、出てくるエピソードも驚きと発見に満ちて若々しい。個人的に認知症が気に懸かる年齢になってきたが、彼のような研究が実を結んで病因が解明されることを願いたい。この著者が夢を扱うとこんな風に料理されるのか。今夜から夢を見るのが楽しみになった。
・「複雑系の心のケアは、各人なりに睡眠をとること」
精神病治療を目的として、夢を研究。分析派が解釈対象とする夢の〈内容〉ではなく、夢見中の〈認知形式〉を機能検査し、それと精神錯乱者に見られる形式との一致を確認。夢を見ている人と精神錯乱者の心脳状態に、質的違いはなく、同一だと断定しています。そこから心と意識と脳の新たなパラダイムを提案しています。
従来の人文学は、心と脳を分けて考えてきました。著者は、両者を1実体と見て「心脳」と名づけ、1ユニットとして扱っています。更にこの心脳が、動く場として、○脳内で起きている電気活動の総量の多少、○脳が処理する情報が、外界あるいは内界からもたらされるのか、○覚醒時のアミン作動系あるいは睡眠時のコリン作動系どちらが優位の制御系であるか、などの3つの変数軸からなる空間モデルを設定。人の心脳は、この空間内を時間に沿って連続して移動。その心脳の位置で、覚醒・睡眠・夢見の状態、また健常状態・精神疾患状態などが特定されます。この3つの変数は、それぞれが、物理・化学的な検査が可能で、精神病治療の根拠にも使えると考えられるそうです。
さらに「心」「意識」概念も刷新。○脳内情報の全てが、心。○意識は、この情報を部分的に脳が自覚すること。脳のどこかに局在しておらず、それは、脳と共に生まれ、生き死ぬもので、脳の化学的物理的な変化に応じて変化する。○また旧来の無意識概念を捨て、アクセスできない脳内情報を「非意識」と総括。無意識と夢との神話的結びつきも否定。不思議な夢の構成や内容は、内界の記憶だけで話を作れるレム催眠時の特性と考えています。
提案は革新的です。しかし、壊せないテレビの内側を、外からその形式面だけ推断していく志向は、カント風で伝統的です。治療法も、新奇ではありません。心脳には、自己治癒力があり、睡眠が究極の治療薬。患者が手におえない時のみ、薬を使って、精神状態を制御するのがよいという穏当な処方です。
・「驚いた!」
夢が精神的やまいとは。しかし、夢もかってなもので、自分で都合よく完結していたりする。そのような夢はなんなのか。そして。忘れたものを思い出すときもある。夢は便利なときもあり、また恐ろしい夢なら見ないほうが良かったなんて思ったりする。 わたしはわたしの心と体が別物になっているということで驚き。 また、こうゆう研究者がいるということに脱帽。 ぜひ一読推薦します。
・「夢は健常な精神疾患」
本書は、人間のすべての精神活動(夢や精神異常も含めて)は脳という実体の生理学的働きとしてとらえるべきであるという、科学的立場を貫いた精神疾患に関する研究の現状レポートである。夢にフロイトの精神分析のような神秘主義的解釈を勝手に付与することなく、夢の様相を捉えることにより、精神疾患に関する知見を得ようとする立場である。著者は臨床の精神科医でもあるので、科学的知見に基づいて患者の負担を出来るだけ少なくする「人道的科学主義」の治療を推進することを提唱している。
本書は部分部分ではなかないいことが書いてあるのだが、その全体構成はあまりすっきりせず、建て増しを繰り返した建築のような感じがする。また、比喩的に物理に言及したところがいくつかあったが、間違いだらけである。
・「夢分析の王道はこちらにあり、ということが実感させられる。ただし、翻訳には...」
フロイト流の夢分析/精神分析にはどうものめりこんで行くことが出来なかった自分にとって、本書、というか本書の著者のホブソンとの出会いは、まさに「喜ばしき邂逅」であった。 脳医学の関わらない夢分析/精神分析は、所詮、迷路にはまり込むしかない。 もちろん、大切な自分の意識や夢、というものを、機械による電気的な分析などで置き換えられて堪るか!という憤りや惧れは誰にも多少なりともあるだろう。 しかし、その場しのぎの「ダマシ」や、とりあえずの妥協案としてフロイト流の夢分析/精神分析を「仕方なく」導入するのならいざしらず(いや、それにも大いなる弊害があるのかもしれない)、これからの発展は、ホブソンらの脳医学に基づいた純粋に科学的な追究の方向で、なされていくものと確信できる。
ただ本書、他の彼の著作に比べ図版がほとんどなく、全部が文章。しかも、私が最初に読んだ感じでは、あまりフロイト派や一般大衆を刺激しないように(?)随分おずおずとした文体や論旨進行が時として鼻につき、ちょっとじれったい感じがした。タイトルやカバーの写真は魅力的だが、おもったより読み通すのに忍耐が必要かも。 さらに翻訳に関してだが、まだ学校で勉強中で、本書が初めてお仕事になる、という人が翻訳を担当している。それでいいのだろうか。しかもその翻訳者は、みずからあとがきの中で、自分は文系で日本語のサイエンス論文を読み通すのさえ大変、みたいな告白をしており、優秀な監訳者がいるとはいえ、一抹の不安が残る。部分的に訳が生硬なところとか、日本語の文意がちょっと不明確な部分も散見され、たとえば、青木薫みたいな人に頼んだほうが良かったのでは、という疑問も残ろう。
いずれにしろ、古いフロイト流の夢分析/精神分析にしか触れたことが無く、しかもそれに限界や疑問を感じていた人は、すぐにでも本書と格闘すべきだ。 そして出来れば、理解を深めるために、ホブソンのほかの著書にもあたってみることを強くお勧めする。
・「短編集でも気分は長編!」
人より並外れて体が弱い若旦那・一太郎とそれ故、人より並外れて過保護な父母や妖達が6本の短篇集の中で大活躍。
仁吉が貰った文の謎、栄吉の饅頭が発端の謎、などなど次から次に一太郎と妖らが「事件」を解決していくのですがただ単に最後は事件解決してあっぱれというわけではなく、事件が起きた裏の事情には必ず人間なら誰もが抱く「暗」の部分や悲しさ、やりきれない思いというのがあるのです。ヒョウキンにする登場人物達の中にもそれらが必ずあるのでこの作品はわかりやすい文章にしてあっても考えれば奥が深いと思います。
個人的には「空のビードロ」と女性としてせつなくなる「仁吉の想い人」がお気に入りです。
・「さくさく読めた」
前作のしゃばけは一冊で一つのお話ですが、今回は短編。しかも、毎回推理ものというわけでもなく、バラエティー豊かです。しかし、この話だけ読んで寝よう、とか思っても気づけば全部読んでいました・・。特に、「空のビードロ」は胸にきゅんと来ました。松之助さんと一太郎は立場的にはとても複雑なのに、一太郎の純粋なやさしさの前ではそんなことは全く意味がない。松之助さん自身も一太郎に会えて救われた、という思いがせつなかったです。作品全体に漂うあたたかさ、読み終えた後にほっこりとくる心地よさがたまらないです。
・「続きが読みたい!」
『しゃばけ』に出会って、すっかり若旦那と妖たちの虜になりました。長編もよかったけど、短編集もいいですね。今回は、事件の話ばかりでなく、妖の手代・仁吉や一太郎の腹違いの兄のエピソードもあり、期待を裏切らない楽しい作品でした。
私が気に入ったのは、「空のビードロ」と「仁吉の思い人」。「空の〜」は若旦那の義理の兄、松之助の奉公先での話。やっぱり兄弟なんでしょうか、気だてのいい若旦那と同じで、とても優しいんです、松之助は。自分が生まれたことについてはいわくがあるとはいえ、弟が大店で悠々と暮らしているのに、どうして自分だけこんな暮らしなんだ・・・と普通ならひねくれて性根もねじ曲がりそうなものを、まじめに生きていればいいことがある、と奉公先でがんばる松之助。そこにちょっとした事件が起こり、店を出るはめになるのですが、『しゃばけ』で出てきたシーンとかぶるところがあるので、ああ、ここでこういう風に話がつながるんだ、と納得。二人の兄弟がいい関係を築いていけるといいなと心が温まる話です。
「仁吉の〜」は端正な顔立ちで女性からの付け文が絶えることがないというモテモテの仁吉(本人は若旦那の世話以外に興味なしなのですが)が振られたという話。相手の女性は?嫌がおうにも興味が高まる、そこは早く話して!とせがむ若旦那と同じ気持ちで読みました。はかない恋の物語、だけど読んだ後にほっとする。
妖たちとの暮らしは、それは楽しいものなんでしょうね。からだが弱く、あまり外出できなかった若旦那には菓子屋の栄吉の他には友達らしい友達もいませんから、家族のような、兄弟のような妖たちとは、もう切っても切れない仲なんでしょう。最後のエピソードは、若旦那の妖たちへの愛情(?)のようなものがよくわかります。
今回は、続けて2度読んでしまいました。それほどおもしろかった。
・「シリーズ2弾もやっぱり面白い!!」
前作と違い、今回のほとんどの事件は妖怪ではなく、人間の仕業。「かくも恐ろしきは人間かな」ということなのでしょうか。もちろん、今回もかわいい妖怪達の手伝いがあります!
「空のビードロ」では、若だんなの腹違いの兄、松之助が長崎屋に来るまでのお話で、ちょうど時期も前作しゃばけと同じで、裏側を見ている様でした。切なかったけど、松之助が救われてよかったなぁ、と思いました。。一番よかったのは、「仁吉の思い人」!仁吉の切ない片思いと、長崎屋に来るまでのお話が書かれています。今作は短編と言うこともあって、前作よりもさらにテンポよく、さくさく読めました♪
・「簡潔に…」
前作「しゃばけ」が気に入った方なら、間違いなく楽しめます。内容は、前作で主人公の脇を固めていたキャラクターを主役にした短編集です。キャラクターの設定が掘り下げられる事で「しゃばけ」の世界感に深みが増し、寄り楽しめるものとなっています。「しゃばけ」シリーズはどの巻から読んでも楽しめますが、私は順番に読む事をお勧めします。後の作品から読むと前作についてネタばれしてしまう部分も有りますし、前作で触れなかった事が続編で描かれている事で「ああ、そうだったんだ…」と感じられる場面が少なからずあるからです。
・「夏は夏らしく、冬は冬らしく」
旧暦というと古くさいイメージがありますが、この本を読んで目から鱗!七草粥を作ろうと思っても、スーパーで売られているパック入りのひょろひょろした野菜・・・ひな祭りを祝おうと思っても、なぜか桃は咲いておらず花屋でしょぼしょぼした桃の枝しかない・・・何かおかしい、と日頃感じていた素朴な疑問がこの本でどんどん解決されていきます。1年中どんな食べ物もたいていは手に入るようになった時代ですが、そんな中、季節感をより感じることができるヒントになると思います。
・「確かに論旨のおかしいところはありますが」
スイスイと読めて、図表も多く、内容的には面白かったです。私が今まで読んだ旧暦本の中ではかなり特異な旧暦に対する意見も含まれているので初めて旧暦の本を読む方は他の旧暦本と比較することをお勧め致します。巻末の平成15年〜24年までの旧暦カレンダー(表)がお得感があって嬉しかったです。
・「スローライフの必需品」
著者のことは、最初NHKラジオの出演で知りました。そのときは、スローライフがテーマでした。農文協の雑誌、現代農業でも著者の記事があったので、この本を読もうと思いました。 この本は旧暦をわかりやすく解説し、旧暦がいかに自然を反映し、人間生活を豊かにしてくるかを紹介しています。わたしの仕事は農業ですが、毎年作物の植え付けの時期が違う、今年はどうか、来年はどうかと悩みます。それは、現代の太陽暦で考えているから。旧暦で考えると、ぴったりと一致する。中国では旧暦のことを農暦とよび、いまも現役で活躍しているそうです。 農業とは限らず、自然の移ろいを感じるための、一つのツールになります。
・「太陰太陽暦☆彡」
お正月はなぜ「初春」?満月に赤ちゃんが生まれる?二十四節気とは?
・「消費財に関わる仕事の方は必読です」
よく、小売店などでは「販促カレンダー」があり、また外食産業では「季節のメニュー」なるものが存在します。
しかし、これらは旧暦を意識してつくられたものではないです。
日本だけがこうした意識が希薄なのは残念です。(除く沖縄)
基本的な季節感がなくなっていくということは長期的に観れば教育的な面でも、また心の不安定な社会・犯罪の多い社会を増徴するような気がしてなりません。
・「理想の旅」
あなたが旅に行って、必ず訪れるのはどこですか?博物館・美術館はかかせないという人には、この本はオススメ。私は、旅をすると、どうしても博物館・美術館に行ってしまう。そして展示物1つ1つをじっくりとながめ、その展示物の歴史、作られた場所などに思いをはせ、時を過ごす。
そんな時、実際に作られた土地を訪ねたいという思いにとらわれたことは、1度や2度ではない。そういう意味で、この本の旅は私にとって理想の旅だ。
この本で旅するのは「男」だ。著者の分身であり、われわれの分身なのかもしれない。大英博物館という、あまりにも巨大で、たくさんの収蔵品がつまっている場所で、
「男」は小さな美しい展示物に目を留めては、思索にふける。それが作られた地を実際に訪れ、作った人や空気を感じ、さらなる思いをはせる。
なかなか、実際にこんな贅沢な旅はできないだろう。この本を読めば、頭の中の知的な旅を味わうことができる。少々、高価な本ではあるけれど、私にとっては読んでよかった本の一冊だ。
・「コンセプトはいいけれど…。」
~池澤夏樹さんの作品は好きでよく読むし、博物館で見た収蔵品で心ひかれたもののルーツを辿るというコンセプトは面白いのだが、この本が「男は…」という三人称で書かれているのが最後までひっかかって、話に入りこめなかった。なぜ「私は…」という一人称ではいけなかったのか。一人称で書かれたエッセイ/紀行文として読んだ方が、すんなりと楽しめたと思う~~。訪れた場所の写真まで載っているのだから、この話が実際の旅に基づいているのは明白だと思うのだが…。文明や文化に対するちょっとナイーブともとれる感想を一人称で書くのは気がひけたのだろうか、と思ってしまった。それでも、気に入った収蔵品のバックグラウンドを丁寧に追って行く過程はとても興味深く、こんな旅ができたらいいのに、と思わせる。中~~国や日本も含め、もっといろいろな土地を取り上げて欲しかったとも思う。~
・「それぞれの「居場所」 」
「しゃばけ」シリーズの第3弾。今回も前作に続き短編集です。
本作は前作に比べ,趣向の異なる点が見られます。
第一に,本格的ミステリーとよべる作品が収録されていることです(『ねこのばば』『たまやたまや』)。 第二に,「あやかし」のまさに‘妖しさ’を中心に据えた作品が登場したことです(『産土』)。個人的には,このようなテイストの作品は大好きなのですが,従来の「しゃばけ」シリーズの中ではむしろ異彩を放っているといえましょう。といっても,最後は,きちんと‘一太郎たちの日常’に戻ってくるように設定されています。 第三に,人の暗部に焦点を当てた重いテーマを扱っていることです(『花かんざし』『ねこのばば』)。 第四に,江戸の風物がかなり描写され出したことです。もちろん,これらの風物に通じていなくても作品は楽しめますし,畠中さんも文中でさりげなく説明をしてくれています。しかし,知っているほうがよりイマジネーションが広がることも確かです。
本作は,‘居場所探し’というテーマが濃厚に表れている印象を受けます。もっとも,シリーズの最初から主人公「一太郎」の‘居場所探し’は続いているのかもしれませんが…。
型にはまりきってしまうことなく作品を物する畠中さんに,今後も期待します。
・「貧乏神」
ハードカバーの本が買えない私にも貧乏神が…は、さておき久々の一太郎と愉快な仲間達と出会いました。読めば読むほどジンときますね。特に佐助の長い一生(って佐助、その他愉快な仲間達に死があるのか?)のほんの少し前の悲しい過去に、涙してしまいした。だからあんなに一太郎の事を甘々にしてるんだなあ〜。あとお春ちゃんにも幸せになってもらいたいな。
・「取り返しの付かない過ち」
貧乏神をひらってきたり、猫又を助けに行ったりと、相変わらずの若旦那と妖たち。長崎屋の中はいつものんびり、にぎやかで、楽しい妖たちに守られているけれど、外の世界には、ささいなきっかけやすれ違いで、取り返しの付かない過ちを犯してしまう人がいる。若旦那が得意の推理で犯人を捕まえるものの、捕まえてすっきり一件落着!という気分にはなれません。なにかしら考えさせられる犯人たちの言い分や事情が、まるっきりの他人事ではないと思えるからでしょうか。今回は、長崎屋に来る前の佐助さんの過去のお話もあり、これがまたなかなか切ないのです。「若旦那に死なれたら あたしはまた一人になってしまう」強そうな佐助さんの切ない気持が、胸に刺さるかんじで、ちょっとほろりときます。
・「現代に通じるもの」
一番印象に残っている巻ですね。現代をうつすかのような、そんな感じです。楽しいだけじゃなく、人とは悲しく、さびしく、愛しいものであるのだなあと思います。
・「本格ホラーの気配−「産土」」
ホラーものが一編入っています。「産土(うぶすな)」。これが面白かったです。ホラーものは結構読んでいるのですが、ストーリーの面白さ、怖さはなかなかです。(しゃばけシリーズではちょっと異色かも)短編に収めようとして、構想を切り詰めて(ちょっぴり無理して)オチをつけたのだと思いますが、畠中さんにはいずれ「産土」を長編にしてただきたいと思いました。村上春樹さんの「蛍」が「ノルウェーの森」になったように、傑作が書けるかもしれないと思います。その他の作品では、「茶巾たまご」の金次、「ねこのばば」の寛朝など、登場人物のキャラクターが冴えていて、今後も脇役として活躍しそうな予感も含め、面白かったです。
・「しゃばけワールドのファンサービス」
本シリーズも4冊目の文庫化です。シリーズも4作目にもなると、読者も多少の飽きがくることはよくあることです。本作はその点、畠中氏よく考えてくれてます。栄吉や鳴家のエピソードが登場します。ひとひねりが効いています。「ああ、そういう手があったね」と頷いてしまいました。飽きずに楽しく読み切れます。可愛い話が多いんです。
一番のお勧めは、栄吉をストーリーの中心に据えた「こわい」。栄吉に焦点が当たる話って、今までなかなかなかったですが、ここでは「ええ!」と思わず感嘆します。栄吉、いい味出してます。
「おまけのこ」は、作風は変わってません。でも登場人物の活躍ぶりが、多様になってます。今まで読み続けてきた読者にとっては、面白い作品です。そういう点で、ファンサービスが感じられます。
新しい読者は、「しゃばけ」からお読みになる方がいいなあと・・・。
・「やっぱり好きな短編集」
買ったものの、なんだか読むのがもったいなくて温めていた本。読み始めると一気に読んでしまうことが分かっているので、楽しみを先延ばしにしていましたが、ついに表紙を開きました。思った通り、どれもおもしろくて、すぐ読み終わってしまったので、今回は続けて3回読んでしまいました。
今回の短編集は、屏風のぞきや鳴家が主人公になっているものや、一太郎の子どもの頃のエピソードもあり、今までの作品よりももりだくさんなお得感がありました。また、「こわい」では、これを飲めば腕のいい職人になれるという薬を、栄吉のために欲しがった一太郎に対し、薬に頼ることはせず、自分の力でなんとかがんばりたいと言う栄吉を佐助が「いい男になった」と褒めますが、べたべたに甘やかされている自分ですらそんな風に褒めてもらったことはないとちょっとうらやましがる一太郎が、だんだん大人になりつつあるんだな、と微笑ましかったです。
今回は、随所に一太郎の成長ぶりがうかがえる作品になっていて、今後がますます楽しみです。からだの弱い若旦那が、大店の主人に無事おさまる日はやってくるのでしょうか。
・「しゃばけシリーズ4作目・文庫化」
文庫化まで待って買いました。日本の妖怪をこんな形で文章にしてほんわか柔らかい空気のただよう世界観が大好きな「しゃばけ」シリーズ。身体が弱いくせに生い立ち、境遇などのすさまじさ。なんか、現代人の求める、古き良き日本の心らしきモノが、読後感に暖かく感じられる一冊。
こんなちっこくて、可愛い妖怪やったら、一人くらい、毎日膝の上に置いておきたくも、なります。
・「心にグッときます。」
この巻までくるともう超病弱な一太郎や超甘やかしの佐助と仁助達、そして妖達にも慣れた頃ではないでしょうか?
そういう所で今回は皆から嫌われている「こわい」がやって来たり、お化粧が厚い固い娘の心をほぐしたり、家鳴が冒険したりと相変わらずです。最初のこわいはどうかしてあげたいけどどうしようもしてあげられない悲しさと一太郎が最後に「こわい」に優しく接したとき彼がなぜ疎まれているのかがわかるような気がします。人間にも「こわい」のような傲慢な部分があるからです。また恵まれたものとそうでないものがあるやりきれない気持ちにもなる「ありんすこく」など妖達より人間の暗部をついた作品がこの巻は多いです。
滅入ってしまいがちでも幼い一太郎の冒険や家鳴の冒険もあるので充分楽しめると思います。
・「引き続き、短編集」
江戸の大店の病弱な跡取り息子、一太郎と彼を過保護なまでに守る、妖怪の手代・仁吉と佐助たちが活躍する、時代ファンタジー。今回も引き続き、短編集。五本入りです。
人にも妖怪にも嫌われる妖・狐者異が登場するほろにがいお話「こわい」、以前登場した厚塗りの少女お雛さんと屏風のぞきがメインの「畳紙」二人の手代が現れる前の、幼い一太郎と栄吉の冒険話「動く影」、吉原の禿の足抜けを一太郎が手伝う「ありんすこく」、大粒真珠の盗難と一人の鳴家のかわいい冒険の「おまけのこ」です。
「こわい」のお話の中で、佐助たちが栄吉を褒め、一太郎がうらやましがる場面など、一太郎が成長したがっている様がリアルに感じられました。「ありんすこく」での活躍ぶりといい、とても甘やかされていても自分の力で算段をつけられる一太郎が、すごくいいです。
小さいころの一太郎たちの冒険話や屏風のぞきが活躍する話などの、イレギュラーなお話もあたたかく、どこかリアルで切なく、しみじみ楽しめました。
・「若だんな、最高!!」
これまでずっと畠中恵の本を読んできて、そろそろネタ切れかなぁ・・・と思いつつ手に取って読み始めたら最後。ジェットコースターの様な勢いで読みきってしまいました。今回もキャラクターの構成がしっかりしていて、さらに舞台が「箱根」という事もあって、箱根に行った事がある人はさらに面白く読めると思いますよ!!是非オススメです☆
・「病弱若旦那、頑張る」
えっ、あの甘々な両親が一太郎を箱根を兄や達だけで湯治に行かせる?
・「びっくり」
とてもきれいです。新刊と比べても変わらない位です。又利用したいと思います。
・「今回は冒険活劇!」
さて「しゃばけ」シリーズ第5作目の本作。今までと比較すると、ずいぶん違います。まず長編。そして4作目までは基本的に謎解きがメインのストーリーであったのに対して、本作「うそうそ」は箱根を舞台にした冒険ものです。
若旦那を中心にした登場人物は変わらないのですが、ストーリーはめまぐるしく変化する、冒険活劇です。いきなり本作を読むと「あれ!」と驚いた読者も多かったかなと想像します。二人の兄やが大活躍。天狗との戦い、クライマックスの箱根の天変地異など、アクションが中心で、いわゆる時代劇的な印象も強まりました。今までの「しゃばけ」シリーズとスケールが違います。エピソードが大きくなりました。私はエンターテイメント性が高まったと感じました。
今後のこの人気シリーズは、こういうアクション中心のエピソードが加わったことで、ずいぶんと広がっていくかもしれません。
楽に読み切れて、楽しい作品だと思います。
・「箱根へ湯治に」
2006年に出た単行本の文庫化。 「しゃばけ」シリーズの第5弾。今回は長篇である。 若だんなが箱根に湯治に行くことになり、山神や天狗を交えた事件に巻き込まれるというもの。 シリーズのなかでは、もっともプロットが良く出来ているのではないだろうか。物語に破綻がなく、さまざまな登場人物を上手く活かし、謎を散りばめることで読者の興味を最後まで引っ張っていく。かなり、こなれてきたなという感じがする。 一方で、従来からの読み手には物足りない部分もあるだろう。二人の手代など、これまでの主要メンバーの活躍が少なめなのだ。とはいえ、これは私にはあまり気にならない部分なのだが・・・。 この物語から加わったメンバーが、以後、どんなふうに活躍していくのか、楽しみだ。
・「佳作」
「しゃばけ」シリーズ6作目となる本作品。シリーズ共通の長所として随所に若旦那や妖達の生い立ち・エピソードが散りばめられ、初めての読者も容易に「しゃばけ」の世界へ入って行けます。また本作は表題「ちんぷんかん」を含む短編集の構成になっているので、時間が無い方にもお薦めと思います。今回の若旦那はこれまでに輪をかけて病弱ですが、死にかけている(死んでいる?)時さえ、他人をいたわる優しさを忘れません。また「ちんぷんかん」では妖との算術合戦もあり、シリーズファンも飽きさせない内容です。
・「参った!!!」
「はるがいくよ」短編ならではの余韻。シリーズ番外編とでもいうべき位置かと思いますが、その世界観、人生観、死生観が、シリーズのすべてを表現してくれていました。私の中で、しゃばけシリーズの最高傑作。大好きです。また、ここから、前の5巻、読み返してみようかと思いました。
・「ますます加速!」
シリーズ6作目、全体的に「せつなさ」が際立つ作品ばかりです。若だんなは妖の血を引いているとは言え人間で、誰しも訪れる「死」はいつかは迎える。しかし、長い年月を生きる妖達にとって「死」は人間ほど身近ではない。限られた命が少しずつ消えて行くのを目の前で見ている若だんな。それに対し、妖達が静かに、ある案を伝える様子は実に清閑。読んでいる間、周りの音が聞こえなくなる程せつなく、静かな場面でした。ですが、このシーンに「しゃばけ」シリーズの伝えたい部分が詰まっているように感じました。毎回、器用に病にかかり、コミカルに描かれることの多いシーンがあってこそ、このシーンがより際立つものになり、心に突き刺さりました。
しゃばけシリーズはどこから読んでも大丈夫ですが、「はるがいくよ」を読むにあたっては、これまでの話を読んでからの方がより楽しめると思います。
・「「しゃばけ」シリーズ第六弾」
1作目の「しゃばけ」から若だんなの病弱ぶりは変わらないけど、今回は三途の川まで行ってしまった!頼れる兄や達がいないけれど、若だんなはそこでも知恵を働かせ、鳴家たちを元の世界に戻そうと奔走します。生き返っても病弱は変わらず、そんな病弱な若だんなだけど、少しずつ大人になっていくのかな。この作品は短編ですが、1短編ごとに少しずつ時が動いているのを感じます。兄・松乃助の縁談話は数編にわったて続きますが、若だんなは素直に喜べません。出会いがあって別れがあり、特に最後の「はるがいくよ」では生と死、別れがくるということを知った若だんなに泣けます。タイトルにもなった「ちんぷんかん」は、広徳寺の寛朝の弟子・秋英のお話。もちろん若だんなも登場しますが、この話では脇役といったところでしょうか。しかし妖も出てきて、秋英が妖と勝負をしたりと、ちゃんと「しゃばけ」シリーズのお話になっていて面白いです。「今昔」では陰陽師が登場したり、「男ぶり」ではおっかさんの恋話が明かされたりと、今作も笑いあり、涙ありでどの話も面白いです。
・「切なく、少し上を見る。」
一瞬の生にくる終わりを、もがいても止めることはできない。初めてかもしれない、若だんなが人を見送ったこと。一緒になって少し上を見ました。
鳴家はあい変わらず、というか前にもまして可愛い。本当にいてほしい。
・「安心して読めるクオリティ」
長崎屋の若だんな一太郎が活躍する妖怪時代小説の第七弾です。
巻を重ねるごとに重厚さを増していく「しゃばけ」ワールド。今回も多くの妖に囲まれて、一太郎が奮闘していきます。
巻を重ねてきて世界観も大分安定してきましたが、マンネリを感じさせない作者の筆力はすごいです。どこか憎めない妖たちには終始頬がゆるみっぱなしですし、妖が主役でありながらも、人物の心情描写にも手を抜いていないところは作者の力量を感じさせます。
今作も5編全てがとても面白かったのですが、菓子作りの修行のため奉公に出た栄吉の悩みを描いた「餡子は甘いか」、お雛さんと一色屋のその後を描いた「ひなのちよがみ」、そして長崎屋縁の妖たちがオールキャストで奮闘する表題「いっちばん」が特におすすめです。
ドラマ第二弾も決定しているという目が離せないシリーズ。今後の展開に期待です。
・「楽しみつつもふんわりほんわかお江戸の物語」
しゃばけシリーズ第7弾。*今回も病弱な若旦那と妖達、そして若旦那の友人達との賑やかで楽しいお話が盛りだくさんでした。*若旦那を誰が一番喜ばす事が出来るのか妖達の競い合いに巧く江戸流行りのスリのお話が絡み合う表題作『いっちばん』。*回船問屋長崎屋と近江商人とその分家の品物の競い合いが描かれた『いっぷく』。*気が付くと天狗に攫われてしまった若旦那。天狗にはとある事情があるのだが…。そこからドタバタと物語が進む『天狗の使い魔』。*若旦那の友人で和菓子職人の栄吉のちょっと切なくほろ苦いお話『餡子は甘いか』。*厚化粧のお雛さんとその許嫁の絆を描く『ひなのちよがみ』。*時には、若旦那が自分自身の不甲斐なさを苦やしみつつも前向きなその姿が、とっても好感が持てた。そして、その影には妖達の姿が欠かせない。妖達と若旦那、そしてその友人達の織りなすお江戸の物語の次回作が楽しみだ。
・「馴染みの楽しさ」
最新刊が出てとても嬉しいですね。いつ読んでも、なじみの人や妖怪さんたちが楽しく話を繰り広げてくれます。ずーっと続いて欲しいなと思う本ですね。こころが暖かくなります。
・「ほっこり暖かいお話。」
友人に勧められ読み始めました。若旦那と妖たちが織り成す、心温まるお話です。いつも帰りの電車で読んで、ほっこりしながら帰ります。
・「もっと妖たちの活躍の場を!」
ご存知『しゃばけ』シリーズの最新刊
タイトル作の『いっちばん』が一番良かったなぁ〜。妖たちにとっての「いっちばん」はやはり一太郎で、その一太郎を喜ばせようと妖たちが知恵を絞って一太郎の気に入るようなものを探そうとする。読んでいると何かほのぼのとしていて思わず笑みがこぼれてくるような話でした。もちろん本編は一応事件が起こり、それを解決しようとする一太郎もいるんですけど・・・・。一太郎の活躍よりも妖たちのかわいらしさの方が目立つ作品でした。
そろそろネタ切れか!?と思いつつ今回は栄吉やお雛にもスポットを当て、目先を変えているけれど、その分、妖たちの活躍が見られないのがちょっと残念ですね。
まぁ、栄吉の話はほろっとさせられたりもするんですけどね。
次作ではもっと妖たちが活躍する話も読みたいものです。
・「アメリカの図書館界ではつとに有名だったデューイ君の生涯」
以前からアメリカの図書館界ではつとに有名だったデューイ君の生涯を、飼い主だったヴィッキー・マイロンのエッセイを綴った1冊。ただのねこ好きの方にはお薦めしません、念のために。開館と同時利用者を玄関で迎え、館内では利用者に迷惑をかけずに愛され、18年の永きに渡ってスペンサー公共図書館のシンボル的存在でもあった。以前から図書館のHPにも専用ページを持っていたデューイで、アメリカ図書館協会の会員配布雑誌American Librariesにもたびたび登場した人気者だった。今回本書を読んで著者ヴィッキー(図書館長)の人生の同伴猫でもあったことが判り、シンミリさせられる一方で、ペットの偉大な存在ぶりにも感動させられる。小説風に読みやすく、構成も優れ、訳文も優しい仕上げ。もちろんデューイ君の肖像写真もあります。そして図書館論も立派。「りっぱな図書館は大きかったり美しかったりする必要はない。最高の設備とか、非常に有能なスタッフとか、最高の利用者は必要ない。りっぱな図書館は必要なものを与えてくれる。地域社会の生活にすっかり溶け込んでいるので、かけがえのない存在になっている。いつもそこにあるので、誰も気づかないのがりっぱな図書館だ。そしてみんなが必要とするものを常に与えてくれる。」(p.134) 同業者として、大きな共感を抱いた一文である。アメリカでは、引っ越したら、住民票の手続きより図書館カードを先に作れ、と云われるくらいに市民の根城になるのが地元の図書館で、その典型を凝縮した文章でもある。日本の公共図書館にデューイがいたら、管理問題で上位機関の監督者からクレームが出そうな問題だが・・・。英語版の9月に出たばかりなのだが、日本語版も10月10日発売と同時刊行した出版社の心意気にも敬意を表したい。日本は、指定管理者問題で大いにゆれ初めており、デューイがいれば、問題の本質に光明を差し込ませたかもしれない???
・「特別に愛された猫の物語?」
一見どこにでもありそうな、拾われた赤ちゃん猫の、18年に渡る生涯を描いた、猫の一生の物語なのですが、この猫は、著者ヴィッキーにとって家族となったばかりか、スペンサーという町の人々にも、特別な猫になったのです。その経緯が、延々と語られた物語と言ってもいいでしょう。なにしろデューイは、特別に愛された猫なのですから。
いったいどのような猫で、どのように愛されたのか?それはこの本に、たっぷりと具体的に書いてあるので、興味がある方は、直接読んでいただければいいのですが、特に猫好きでもない僕が、最後まで一気に読み終えたのは、これが猫を通して、人生を確認した物語だったからです。作者はデューイを描きながら、実は自分を描いている。
産まれて間もなく捨てられた、ひとりぼっちの猫が、けなげに人に愛情を示し、自らをも愛するように求める。それが生きる術だとすれば、自分はどうなのかと考える。ヴィッキーは、結婚に失敗したシングルマザーだけど、さらには兄弟を癌や自殺でなくしながら、それを受け入れ、母の生き様に習って、人生を前向きに生き続けた女性です。
そんなひとりの女性と一匹の猫の、信頼と生涯の物語で、デューイはヴィッキーの家族であり、最愛の友でもある。僕は自分が自由気ままに生きているので、ペットは苦手で、人間とペットの依存関係には、閉口する感覚も少しあります。だけど、人間よりも短い生涯を生きるペットを愛するとは、その生涯を見ることで、人生そのものを見るのかも知れない。そんなことを考えさせられる本でした。
・「ヴィッキーとデューイ;人生にいちばん大切なものは?」
この本は、人には関心がなく、ただかわいい猫が見たいだけの人向きではないかもしれない。気丈に人生を歩んできた著者ヴィッキーがデューイを得て、それから約20年(特に精神的に)二人三脚で人生を乗り越えてきた様を綴った物語。もし私の飼っている猫の内の一匹と出逢っていなければ、私はデューイとヴィッキーのことにこれほど関心を持たなかっただろう。この猫を飼い始めたときから、人と深いところで交流ができる猫がいるのでは?と思うようになっていたからだ。そして、他の家族も、またこの猫と会った他人もそう感じるという。確かにデューイのような猫はいる。そしてヴィッキーと出逢うことでその才能(?)が発揮されたに違いない。経費削減の嵐が吹き荒れる今、図書館の存在意味、温かい人情、決して捨て鉢になってはならない!などをしみじみ思わされるのは、著者の経験としっかりした考えと文章の構成、訳者のうまさによるものだろう。『人生にいちばん大切なものは、あなたを抱きあげ、きつく抱きしめ、大丈夫だといってくれる人がいることなのだ』まさにそうなのだ。
・「感動と勇気を与えてくれる子ねこ物語」
日本語訳の出版が昨年の秋。出版間もない新聞広告記事でこの本を知った。
内容的には、表紙カバ−に記されているコメント(HP商品紹介)どうり。図書館の書棚の前で、積み重なった本に足をかけて写っている子ねこ。そんな表紙絵もとても印象的だ。
「図書館は本の倉庫ではありません。出会いの場所です。」など、ところどころ、著者の優れた見識を伺わせる図書館に関わるコメントに目がとまる。
ただ、この書を、単にある図書館ねこにまつわる感動的な物語と評するのは惜しい気がする。
「本書の魅力は著者の生き方そのものから感じ取ることができる。 逆境にめげない不屈の闘志、努力、勇気 不運に絶望せず、 精一杯努力して生きていれば、 必ずいい出会いがあり、人生が開けていく・・・。 そんなことを教えてくれるように思う。」
訳者は、あとがきで、こう語っている。まさに本書は、「困難な人生に立ち向かう勇気を与えてくれる本」でもある。<意志あるところに道あり>本文に出てくる、この著者の言葉がそれを表しているように思う。
本屋さんで買ってよむのもよし。図書館で借りて読むのもよし。とにかくおすすめの一冊です。
・「猫好きにはたまらん」
私は猫も犬も好きな人間ですが、働く犬ってなんかどこか「奉仕」のイメージがあるのですが、働く猫って「生き方としてそれを選択している」みたく見えますよね(まあ、見えるだけなのでしょうけど)。デューイはまさにそんな猫で、自分の運命を受け入れ、図書館で自分が何をすべきかを自分で考えて動いているように見えます。ときに失敗したりするけども、そこが猫好きにはぐっと来るところですね。
ちょっと的外れかも知れませんが、私は黒澤映画の「生きる」を連想しました。猫本といえば女性読者が中心となるのでしょうが、これはぜひ男性諸氏に読んで欲しいと思います。
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