歓楽通り [DVD] (詳細)
パトリス・ルコント(監督), パトリック・ティムシット(俳優), レティシア・カスタ(俳優), ヴァンサン・エルバズ(俳優), セルジュ・フリードマン(脚本)
「お約束のテーマ」「ルコント作品」
パリと娼婦たち 1830‐1930 (詳細)
ロール アドレル(著), Laure Adler(原著), 高頭 麻子(翻訳)
さくらん [DVD] (詳細)
蜷川実花(監督), 土屋アンナ(俳優)
「異世界へようこそ!」「女性の才能パワーが結集の惹句はウソじゃない」「日本発の江戸吉原モノはアヴァンギャルドな映像だった」「色彩と音楽のための映画」「よかったわ〜」
娼館の黄金時代 (詳細)
アルフォンス ブーダール(著), ロミ(著), Alphonse Boudard(原著), Romi(原著), 吉田 春美(翻訳)
横浜「チャブ屋」物語―日本のムーランルージュ (詳細)
重富 昭夫(著)
マダム・クロード愛の法則―パリ高級娼婦館女主人の告白 (知恵の森文庫) (詳細)
クロード グリュデ(著), Claude Grudet(原著), 伊藤 緋紗子(翻訳)
「開放されること」「どんなHOW TO本よりも」「「一流の女」とは」「全女性に贈る女性の魅力と駆け引きのバイブル」「マダム・クロードの思想」
本牧お浜 (上村一夫完全版シリーズ―淫花伝) (詳細)
上村 一夫, 戸川 昌子, 岡崎 英生
「話としてはいいけれど」
娼婦ベロニカ [DVD] (詳細)
マーシャル・ハースコビッツ(監督), キャサリーン・マコーマック(俳優)
「およそ…公開から8年の歳月の末、待望のDVD化!!」「あの「恋に落ちたシェイクスピア」のスタッフなのに・・・。」「ワンシーン、ワンシーンがきれいです。」「愛の強さに感動」「 凄いですわー」
ヨコハマメリー [DVD] (詳細)
中村高寛(監督), 永登元次郎(俳優), 五大路子(俳優), 杉山義法(俳優), 清水節子(俳優), 広岡敬一(俳優), 団鬼六(俳優), 山崎洋子(俳優), 大野慶人(俳優)
「個人的にはリアルな実感」「この映画を札幌で見ました そしてその翌日ススキノ「エンペラー」が閉店しました」「人が生きることの美しさ」「見終わって、すぐもう一回見た。」「最高のドキュメンタリー!!!」
消えた横浜娼婦たち 港のマリーの時代を巡って (詳細)
檀原照和(著)
「歴史の暴露本というだけでなく」「写真のセレクトと着眼点のユニークさ」「厳しくも優しい眼差し」
「鬼気迫る生理的恐ろしさ」「So grotesque」「小説は事実より奇なり」「限りない上昇志向の結末」「このおもしろさは、たまらない!」
東電OL殺人事件 (新潮文庫) (詳細)
佐野 眞一(著)
「真実かどうかを判断するのは自分達」「推理小説でも、俗に言うノンフィクションでもないです。」「示唆に富んだ内容」「人間の持つ闇に迫る傑作事件ノンフィクション」「結局「わからん」」
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く (詳細)
石井 光太(著)
「言葉がない」「ノンフィクションから文学の領域へ」「圧倒される現実。これは虚構ではないのだよな。」「人々の内面を純粋に」「熱く新しいノンフィクション」
嫌われ松子の一生 通常版 [DVD] (詳細)
中島哲也(監督), 中谷美紀(俳優), 瑛太(俳優), 伊勢谷友介(俳優), 香川照之(俳優), 市川実日子(俳優), 黒沢あすか(俳優), 柄本明(俳優), 山田宗樹(原著)
「この映画の面白さをどう伝えたら良いのだろう、必見!」「原作は読んでおりませんが。。。。」「Love is life!!!!!!!!」「悲しみを受け入れるために」「21世紀の映像再び」
マレーナ [DVD] (詳細)
ジュゼッペ・トルナトーレ(監督), モニカ・ベルッチ(俳優)
「胸を打たれる戦争の悲劇と女性の強さ」「戻ってきた2人の存在の大きさ。」「無声映画でも伝わる少年時代の心のゆらぎ」「反戦映画であり、純愛ドラマ」「『僕は走った。過去と決別するかのように・・・』」
墨東綺譚 [DVD] (詳細)
新藤兼人(監督), 津川雅彦(俳優), 墨田ユキ(俳優), 宮崎淑子(俳優), 佐藤慶(俳優), 永井荷風(原著)
「なんだか悲しいけど・・・」「どこかほのぼのと」「なんだか悲しい」「底辺にいながら明るく綺麗な女性」「老いて益々盛んとはこれいかに」
娼婦たち ヘア完全無修正 [DVD] (詳細)
ルナ(監督), ダリル・ハンナ(俳優), デニス・リチャーズ(俳優), ホワキン・デ・イメルダ(俳優), イザベル・ピサノ(原著)
「予想より面白かった。一見の価値あり。」
阿部定事件―愛と性の果てに (新風舎文庫) (詳細)
伊佐 千尋(著)
「事実は小説より・・・」
「阿部定という生き方に共感」「真実の「愛」だったのでは……」
● 昭和裏街道残照
● |Д´)ノ [イラッ!ムカッ!ウザッ!キモッ!いつもいつもむかつくー] 3 (08)
● 美しき女性たち
● 見たよ!(邦画)
● 2007年 年間 (01‾12月)興行収入ランキング 61‾80
● 感染したくない話
● 面白かった映画3
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・「お約束のテーマ」
ルコントには「お約束のテーマ」がある。 この映画は、「仕立て屋の恋」「タンゴ」といった少しブラックが混じった愛でなく、 「髪結いの亭主」のような純粋無垢で女性へのリスペクトを含んだ愛がテーマである。
メイキングを見ると、ルコントは井崎脩五郎似のひょうきんなオッサンだった。 撮影現場も終始明るく、よくぞこんなオッサンが「橋の上の娘」のような渋い映画を 撮れるもんだと妙に感心してしまう。
またルコント映画に関するブログやレビューを読むと、 彼は女より男に興味があるという意見が散見され、私は唸ってしまった。 そうか、それでパトリック・ティムシットの方が、レティシア・カスタより印象深い 理由が解った。確かに「列車に乗った男」のように男しか描かない秀作があるものね。
・「ルコント作品」
なかなか純でいい作品だと思いました。娼婦館に生まれ、母親が娼婦、父親はお客の主人公、女性につくすことが生きがい。おもしろい設定でルコント監督らしい作品だなと思いました。「髪結いの亭主」とは少し違いドロドロしたものもあまりなく、爽やかで厭味のない感じがしました。いいフランス映画です。
・「異世界へようこそ!」
例えれば「スワロウテイル」。スワロウテイルの世界が日本のパラレルワールド的世界観を感じさせたように、さくらんの世界は江戸吉原であるようでいて江戸吉原で有り得ない世界。言うなれば「鏡の中の吉原」であり、異世界好みの自分にはサイコーの作品でした。役者・美術・音楽の全てがひとつの世界をバランスよく構築していて、心地よく入り込む事が出来ました。蜷川幸雄の芝居の舞台をスクリーンに移したような感覚。インパクトが強いので好き嫌いは分かれるようですが、感性が合う方なら事ウケアイです。^^
・「女性の才能パワーが結集の惹句はウソじゃない」
まず、衣装とかセットの美術、フラワーアレンジメントも含め強烈なインパクトのある映像。中島哲也監督の「嫌われ松子の一生」の映像もすごかったけど、この蜷川実花の映像も天才のひらめき。色と光の入念な処理も尋常ではない。写真家だからこそか映画の24コマを一枚一枚のスチル写真として仕上げたかのような作り。
音楽を担当した椎名林檎の多様なアレンジメントが、遊び心を加えるが、ジャズ、タンゴ、ある種のクラシックも入る多彩な音がミスマッチの良さと、彼女本来の楽曲では、さすが歌舞伎町を歌い上げていただけあって本作の吉原ワールドにピッタリ。土屋アンナは、相変わらず滑舌が悪くセリフが聞き取りづらい部分はあるものの、ぶっ飛びスーパー遊女ぶりがピッタリはまる。それより、登場場面はそれほど長くないが菅野美穂ーには正直驚いた。色っぽいし、芯の強さ意地悪さのなかに優しさを垣間見せる難しい役どころを存在感タップリに演じている。カワイイだけの女優を脱したね。木村佳乃については特に感想はないけど、きつい感じの黄緑色が似合っていた。郭のしたたかな女将を演じる夏木マリも相変わらずの大迫力!!
男優はあまり登場しないけど、成宮寛貴は惣様っぽかった。(笑) あの笑うシーンは絶妙でした。安藤政信は役に恵まれた部分も大きいと思いますが、クールでカッコよかった。あと、永瀬正敏、小泉今日子の元夫婦(残念ながら共演シーンはない)など、豪華脇役陣も話題のひとつですが、忌野清志郎、大森南朋、ゴリなどもカメオ出演していたようなのですが、気がつきませんでした。DVDでこのあたりを確かめてみよう!!
・「日本発の江戸吉原モノはアヴァンギャルドな映像だった」
この一見チープとも取れる破天荒なアヴァンギャルドな映像は、椎名の音楽とともに実は抽象化された吉原の歓楽を見事に描き出していた。当時の吉原のテンションを現代の人間に伝えるにはやりすぎくらいがちょうどいい。非常に効果的に映った。吉原には粋はあっても格調なんかありはしない。江戸っ子の自分が言うんだから間違いない。今までの江戸を描いた作品には、どこかしらニセモノ臭い野暮ったさが漂っていたものだった。それをこのスキャンダラスなキャスティングは見事に演じきってくれた。公開時の世相を考えれば、離婚したカップルやら、突然ヌード写真集を出した清純派女優、元教師との売春の嫌疑をかけられた若手俳優、と実にアブないキャスティングだ。実はそういったかなり辛いスパイスが隠されているところが、監督も「世界の蜷川」の愛娘といったところか。誰一人自分が好きなキャストが出ていなかったが、全員に賛辞を送りたいと思った初めての映画だった。
ただ、このかもし出す雰囲気、わからない人にはわからないだろうことが危惧される。ストーリーは原作をうわべでなぞっただけで実に陳腐だし、映像もひとたび間違えればかなりの駄作に映るだろう。しかし、実はこの作品はかなりのものだと思う。数十年後にものすごい評価を得そうな気がする作品である。
惜しむべくは特典盤に含まれる「カットシーン」。なぜカットされたのかがわからないほどグレードが高い。ならばいっそ、チャプターで分けるなどして、本編に溶け込ませて「ディレクターズカット」版にして欲しかった。特典DVDはどこまでもおまけなのだから。
・「色彩と音楽のための映画」
安野モヨコの原作は単行本が一巻しか出ていないためラストがどうなるかと思いながら観ましたが、これはこれで納得のラストでした。ストーリーがどうこうと言う映画ではなく細部にまでほどこされた色彩の優雅さと林檎の音楽を楽しむための映画ではないでしょうか?林檎の歌で町を歩くシーンは実際、震えがきました。
・「よかったわ〜」
すっごいよかった! 土屋アンナさいこー!って思ったんですが、びっくりするほど評判よくないんですね。原作を読んでないのも吉と出たのかもしれませんが、爽快感がありました。
確かに江戸吉原の話としてはありえない、薄っぺらいのかもしれませんがああいう映画は頭で考えるもんでもないし、とにかく楼閣の入り口の門に泳ぐ金魚、色彩…ガーリーでうっとりしました。
ああいう、だって女のコだもん!っていう映画が大好きです。映像は、蜷川実花の写真からも想像できるように赤が強調されたコントラストの強いもの。
原作はとても評判がいいようなので、近々読んでみたいです。そのときにはなにか感想は変わるのでしょうか。
●マダム・クロード愛の法則―パリ高級娼婦館女主人の告白 (知恵の森文庫)
・「開放されること」
もし、自分の周りに「自分がお手本にしたい女性が存在しないなー」と思っている人がいたら、この本は何かしらもたらしてくれると思います。今の日常生活で、なんだかわからないけど、変な望んでいない流れに流されてしまっているなーと思ったら、必須アイテムになるかもしれません。
自分が大切にするべきこと、それが世の中の人が口々に言うこととは違っているのかも、そしてそれでいいんじゃないって感覚を私にはもたらしてくれました。
・「どんなHOW TO本よりも」
物事の本質を突いている。コルティジャーナ養成機関というべきか。整形や売春を「正」とするのは意見が分かれると思うが、「完璧な」女性とはどういうものか、概念から具体的な所作にまでに落とし込み、彼女の「娘たち」に体現させたのはさすがだ。きっと、このマダムこそが、一流の女性であり、人間であったのだろう。
売春宿という最も古いが忌み嫌われる職業を芸術にまで高めたのは、ストイックな彼女の気質による。これは「シューズ」というニックネームをつけられるほど、ぴかぴかの靴でなければいやだった少女の自叙伝である。
最後、スキャンダルにおとしいれようとマスコミや政府までもが彼女の口を割ろうとした際、顧客のプライバシーを最後まで(投獄されても!)守った彼女を私たちはたたえるだろう。歴史は真実はあとからでも知ることができることを証明してくれる。
十代の高校生から大人まで読んでその懐の深さ、人生を濃くいききった人間の生き様を知って欲しい。
内容は濃いがすらすら読める。行間が命。
・「「一流の女」とは」
この実際に存在した最高級売春宿の客と女たちのレベルの高さに驚いた。援助交際を考えている少女たちにぜひ読んでもらいたい本だ。援助交際の少女たちの商品レベルの低さと、レベルの低い商品しか相手にできない客のレベルの程度がはっきりするだろう。
また客の幻想の中の「一流の女」を体現するのがこの最高級売春宿の女達だ。したがって、この本に書かれている「娘を最高の娼婦に仕立てる」方法を「一流の女」に見せかけるマニュアルとして読むこともできる。
しかし、この本の中でもっとも素晴らしい人物は、冷静に状況を分析する能力に長けた最高級売春宿の経営者である著者自身である。最終章を読めば、著者こそ最高の「一流の女」であることが分かるだろう。
・「全女性に贈る女性の魅力と駆け引きのバイブル」
邦題はかなり過激だが原作は「マダム」。これはマダム・クロードの赤裸々な自叙伝であり、その中でひょんなことから友人からビジネスを譲り受け、有限会社から1部上場の 一流企業へと押し上げたような、<路上の女>を<高級貴婦人>に変身させた一人の女性の奮闘記でもある。 「マダム・クロードの娘たち」はどの他の女性より美しく品があり、かつ清潔である。夫は妻を愛してはいるが、時には冒険したい・慰めが欲しいという弱い生き物であり、その心の隙間を埋め夫婦間を壊さず充実したものにするのも娘たちの役目。動物的欲求だけでなく、全てにおいて満足させられる魅力ある女性を創造すること。この本にはその職業の女性だけでなく、一般の女性にも学ぶべきエチケットがふんだんに盛り込まれているし、何より潔い生き方のマダムに惹かれていく、力強い作品だ。
・「マダム・クロードの思想」
思想といっては大げさかもしれないが、一つの考え方、価値観としては完結したものであり、参考になった。服装、身だしなみや作法だけでも本当に整えることが出来れば、それは幸福につながりえるということだろうか。本当にというのは精神性を伴っているということであり、その精神性が何なのかは本書を読んで理解して欲しいところではある。しかし娼婦という特異的な職業が題材となってしまっているために、読者の共感を呼び込みづらくなっている。娼婦というだけで男女関係が隷属的なイメージを与えてしまう可能性がある。偏見にとらわれずに読むことが出来れば、若い人には新しい何かを見出すことが出来るであろう。
・「話としてはいいけれど」
上村一夫の絵なので大抵のことは許せてしまうが、この話、所々本当のことが書いてある、という程度で8割方フィクション。大事なことなのでしっかり書くべき。とくにお浜が働いていたホテルの創世記の話はデタラメも良い所。ホテルのオーナー経営者は元相撲取りで、愛人を二人抱えるヤクザな男だった。マンガの世界は史実と全く異なる。このシリーズの他のマンガがしっかり取材しているのに、この作品だけがウソで塗り固められている。ストーリー自体は美しいのだが、「フィクション」としっかり書くべきだ。
・「およそ…公開から8年の歳月の末、待望のDVD化!!」
今まで「何故DVD化しないのかなぁ?」とヤキモキしていましたが…待望のDVD化です!!!内容は実在した人物ベロニカ・フランコの自伝が基となっており、これがおおまか実話と知り、壮絶な人生にビックリしました!
16世紀のベネチアに生き、恋人と身分の差で結ばれず恋人マルコを取り戻す手として高級娼婦への扉を開くことを決意するベロニカ
お金と権力に近づける高級娼婦の世界も男からはどこか見下され、客の妻である女からは蔑まれ…それでも、自分の信じた道を美しく駆け抜けた…
女性が自分を貫くのに難しかった時代に激しく戦った女性の物語です!
まだ観てない方は是非オススメします!!!
・「あの「恋に落ちたシェイクスピア」のスタッフなのに・・・。」
あの「恋に落ちたシェイクスピア」のスタッフなのに・・・。邦題がいけないのか配給先の宣伝不足か何故かヒットせず、DVD化もしばらくなされなかった作品・・・。実際、「恋に〜」はパロディ満載だったから見ててその点もかなり楽しめたのでヒットしたのはわかるが、この作品も前作同様クオリティではまったく引けをとらないと思う。唯一の難点は、やはり娼婦が題材(見ればある女性の人生そのものをダイネミックに描いた映画ということはわかるのだが)だけにベッドシーンも多く、しかも本題の前振のように描かれていることから皆警戒した・・・?このスタッフの製作作品は、ラブストーリーながら、甘すぎず、かと言ってつらくも無い。見終わって、スッキリとする良質なラブストーリーを生み出せる数少ない(他にある?)だけに残念。邦題や題材に惑わされず、彼らの作品だから間違いない!と信じるファンだけが見た作品かも・・・。事実、その判断は120%正しいと思う。
・「ワンシーン、ワンシーンがきれいです。」
高額な持参金がないと裕福な家庭の息子と結婚できなかった当時、ベロニカは恋人を取り戻すため、家族の生活のため、高級娼婦になる道を選ぶ。
それからの彼女の努力と変身ぶりが素晴らしい。当時の高級娼婦はルックスだけでなく知性と教養も要求されたため、外見と知性と両方を磨く日々を送る。そのワンシーンワンシーンがきれいです。少し野暮ったい少女が、どんどん魅力的な女性になっていきます。
貴族たちの羨望の的となり、国難の時にフランス王の協力を取り付けたことから、ついには英雄として尊敬されるまでに至る。
しかしその後ペストと戦争のせいでベネチアは衰退、宗教裁判と平民はその責任を高級娼婦に転化、ついには魔女として裁かれることに…。
女性が自分らしく生きることが難しかった当時のベネチア。自分に正直に、気高く、強く生きたベロニカにあっぱれです。ラストまで目が離せません。
・「愛の強さに感動」
ベネチアという美しい街の華やかさと衰退。愛する人と結婚できず、高級娼婦への道を選んだベロニカの生き方に、その人格に心打たれました。美しさと賢さを持ち、国を救いながらも、魔女にされ、何人もの男性と関係を重ねても、ただひとりを愛した強い女性。そして、ベロニカを愛した男たち。見終わった後には、自分まで勝ち誇った気分になりました。実在したベロニカの生き方を観てください。
・「 凄いですわー」
超面白い作品です。 高級娼婦教育は息も付けないほどのハードさ?ひえー状態で見入っていましたが、全体的にもそうかも。 この方、実在の詩人ということで、更に興味深いものもあり。 ノンフィクションとしては、全く退屈するところも無い、煮詰められた優秀な古典なのかも、それ以上に凄いとか。 わたしなんかも、あなただけと思わせるのは、きっと偉いからね・・、あ、娼婦ではないですはい。
・「個人的にはリアルな実感」
ヨコハマを語るうえで必ず話題にのぼるのが「メリーさん」。ヨコハマに馴染みのない人やヨコハマ以外に住んでいる人にとっては、好奇心半分、一種のぞき見的楽しさ半分の意味合いから「都市伝説」というカテゴリーで語られているようです。でも、年代的には40代以上のヨコハマ地元民にとっては、彼女の存在は大変リアルな存在で、一度は遭遇した経験があるはずです。個人的には伊勢佐木モールで数回ほど「メリーさん」を目撃しましたが、プライドと気概に満ちた凛とした佇まいから、ただならぬオーラを感じました。周りの人も彼女の存在や人となりを理解したうえで、尊敬とまではいかなくても、激動の人生に対してある種の畏敬の念を抱いていたように思います。
映画化にあたって真っ先に思ったのが、どうか「好奇心」や「偏見」だけを切り口にしてほしくないという一点でした。「都市伝説」などというわかったようで実は意味不明なキーワードで括られることにはやはり抵抗感があります。しかし、本作品を見て、それはまったくの杞憂に終わりました。証言者によって淡々と語られる彼女とその周辺からの描写の裏側から、敗戦直後の日本の状況、ヨコハマが抱えていた特殊な状況、ヨコハマの「明」を担う伊勢佐木と「暗」を受け持つ日本3大ドヤ街のひとつ「寿町」と娼婦の町「黄金町」などとの対比が、鮮やかに浮かび上がってきます。日本のドキュメンタリー映画はなかなかヒットしないと聞きましたが、セールス面はともかく、内容的には秀逸の出来栄えだと思います。
2009年はヨコハマ開港150周年。当時は政治的に、対外的に“無理やり”開港したと聞きます。それでもさまざまな軋轢をはねのけて突貫工事で開港したヨコハマは、大きな恩恵を受ける一方で、さまざまな「負の影」も背負ってしまった気がします。その負の部分は、注意深くヨコハマを観察すると平成の時代でもさまざまな場面で実感されます。そうした歴史的な因果を意識しながら、なぜ彼女がそのような生き方しか選択できなかったと考えると、さらに理解が深まると思います。
・「この映画を札幌で見ました そしてその翌日ススキノ「エンペラー」が閉店しました」
「横浜伊勢佐木町に戦後からずっと立っていた女性がいた。白塗りの彼女はヨコハマメリー。彼女に声をかけられるのは男性にとっては大変な名誉。しかし彼女は突然町から姿を消した。メリーさんはどこに。歌手の永登元次郎さんは末期癌。もう一度メリーさんの前で歌を唄いたい。彼女の行方を追ううちに見えてくるものは横浜の影の戦後史だった…」 魅惑的な紹介文にいざなわれ札幌のあるミニシアターに足を運びました。そこで展開したのは期待を裏切らない「魂」のドキュメンタリー。素晴らしかったですよ。関係者達が語り、そして明らかにされていく戦後横浜の夜の世界。そこに息づいていた人達の生きた証。それは現実ながらなぜか夢幻的で懐かしい薫りを漂わせています。過去を再現するものが写真であり、人達が「自分でなければ語り得ない物語」を語っているからこそこの感じが生まれたのでしょう。ナレーションが入らないのもそれに寄与しているでしょう。 私が生まれ育った札幌にもススキノを巡る夜の世界と人々の生きた軌跡の物語があります。私の父は土建屋でしたのでそんな人生の深層をほの見せる話をそれとなく聞いたものです。でもその頃を象徴するキャバレー「エンペラー」も去年なくなりました。私が大学生になった時にバブルが始まり、各地の大繁華街ではドブ板スナックがお洒落なバーへと変貌を遂げていきました。それが悪いことだとは思いません。しかしメリーさんやこの映画に出てきた多くの愛すべき人達が生きて行きにくい時代になっていたことは確かです。 日本は貧しく、そのために本意ではない生き方を余儀なくされた人達がいっぱいいました。それでもみんな底意地のあるバイタリティで生き抜いたのです。私の魂の故郷はそんな所にあります。だから『フラガール』や『力道山』に過ぎ去った昭和の影を見て胸を熱くするのです。そしてこの映画。心ある人に見てもらいたい至極の一品です。
・「人が生きることの美しさ」
メリーさんを追うことにより40〜20年前のヨコハマの街の様子があぶりだされていく。メリーさんを知る人=当時の街を知る人。それも歴史の表には表れないような普通の人々、もしくはいわゆる裏の世界の人々だ。彼らがメリーさんのことを語ることをきっかけに、当時のことを話していく。生の町の歴史がわかる、そこにいた人たちの生き様がわかる。まれに見るドキュメントだ。
私は幼い頃メリーさんを何度か見かけたことがあり、強烈な印象残っていた。「どんな人だったんだろう」という興味本位で見始めたがこんなにすばらしい作品だったなんて。見終わった後、メリーさんに対する愛おしさ、そして生きていく人間に対する愛おしさを感じた。元次郎さんの唄にも涙。
・「見終わって、すぐもう一回見た。」
入り口は、横浜の都市伝説見たさに入ってしまった。しかし見終わった際に、不思議な清々しさを覚えて、その清々しさを再び味わいたくて、もう一度見た。二度目を見た時にも、やはり同じような清々しさがあった。そんなドキュメントだった。
キーパーソンである「メリーさん」不在の中で撮影されたドキュメント。しかしメリーさんが不在でも、彼女を知る複数の人々の証言の中で、彼女の人間像が克明に浮かび上がってくる。
ガンにより余命残り少ないシャンソン歌手・永登元次郎氏にスポットを当てたドキュメントであるとも言える。彼のそれまでの人生に対する赤裸々な告白は、ある種の悟りすら感じさせ、崇高ですらある。
本当に優れたドキュメントであった。最後までメリーさんを謎の人にせず、健やかな老後を送っているのをきちんと描けているのも良い。彼女はカメラの前でしゃべってくれなかったのだろうが、元次郎さんとの会話の中で、一言だけぽつりと礼を言う。その肉声を上手く挿入できているのも良かった。映画を見ている立場へのフラストレーションを払拭できるし、あの一言だけで必要充分だった。
人は触れられたくない過去を隠して生きたい存在だ。その難しいテーマを、スタッフと登場人物の間の信頼関係の構築によって見事に乗り切っている。「仮面」を脱いだメリーさんの素顔は美しかった。恐らくそれが清々しさの理由だったように思う。
人間はどんなにしても生きてゆかねばならぬし、どんなになっても生きてゆけるのだ。元次郎さんの歌声に勇気づけられた。
・「最高のドキュメンタリー!!!」
横浜の風俗史、その中で生きたひとびとの生の声。町に歴史があり、人には人生がある。町の歴史とそこに住む人々にはそれぞれの物語がある。そんなことがじんわりと伝わる、あたたかなドキュメンタリーです。最後のシーンが本当に感動的。涙が出た。いい映画です。
・「歴史の暴露本というだけでなく」
お浜さん、メリーさん…開港150年の横浜のダークな歴史のナイーブな面。
同著者のヴードゥー大全もしかり。詳しい情報の提供で終結というだけでなく、文化の余韻…哀愁。そして面白い。
・「写真のセレクトと着眼点のユニークさ」
路地探索や昭和の裏話といったテーマに興味を持っていたので購入した。ざっとページをめくって目に付いたのが、数々の写真。横浜港に出没したという海賊や密輸業者、船乗りの現地妻などを取りあげた「ヨコハマ・ノワール」の章と、都市伝説として有名な「白塗りメリー」の章の写真は、はじめて目にするものが多い。とくにメリーさんの写真は、森日出夫氏の撮影した物はよく目にするが、本書の中には森氏の作品は一枚もなく、初見の物ばかりだ。これだけでも手にする価値があると思う。 テキストにも努力の跡がうかがえる。メリーさんを取りあげたドキュメント映画として知られる「ヨコハマメリー」より一歩も二歩も進んだ取材は、予想外の収穫だ。ただ賛否両論分かれるかもしれない。 横浜という港町の歴史を、娼婦をとっかかりにしながら、あたらしい視点で描いている点は評価できる。タイトルだけ見ると「娼婦の話を扱ったB級本」みたいだが、実際は街の移り変わりを日陰から描いた一種の通史で、かなり読み応えがある。著者が描くのは「光も影もはらんだ異国情緒溢れる街」から「薄っぺらい観光地」へと横浜が転落していく経緯だ。2005年の黄金町壊滅で、「特別な場所」をすべて失った横浜。街にはある種の物語が必要だが、ロマンが失われて久しい街を素材に、「港」という色あせた物語の解体と大胆な書き換えを行った力作。資料価値が高い一冊だと思う。
・「厳しくも優しい眼差し」
開港百周年ということで、横浜がらみの企画は多々あろうが、これは異色の一冊ではないだろうか。
娼婦、特に外人相手の女たちをめぐる文化風土に目を向ける著者は、それに代表される「いかにも横浜らしい異国情緒」が次第に失われていく過程を、むやみな感傷に浸ることなく静かに追っていく。時には著者は「横浜が外国に一番近い街といわれたのは昔のこと」、今の横浜は「ノスタルジックな残骸」であると、なかなか手厳しい指摘もする。このあたりも娼婦という題材と合わせて、レビュワーがこの本を「異色」と感じる要因の一つである。
しかしこの本は同時に、やはり百周年という横浜のお祭りにふさわしいものではあるな、とも思う。華やかに生きながら身を売る女たち、キャンプの米兵、船乗りたち、ホテル、酒場、ジャズ、といったハマの猥雑な空気を活写する著者の眼差しは、冷静で厳しくもありつつ、優しいのである。特にそれは、老娼婦であり都市伝説にもなった「メリーさん」もすでにいなくなった現在の横浜に筆が及ぶあたりで顕著になる。警察の浄化作戦でもぬけの空になった黄金町のチョンの間街。その寂しさと、ほんの少し垣間見える未来への展望。
頭から通して読めば、舞台の裏側から横浜の百年を見た気持ちになり、読了してその未来について思いが及ぶ。様々な写真もあいまって、充実した読書時間をもたらしてくれる一冊である。
・「鬼気迫る生理的恐ろしさ」
例の東電OL殺人事件をモデルにした小説だが、怖い。殺されるエリート女性の心が荒廃して化け物になっていく様がリアル過ぎて、ハイミスの私には恐ろしい。そして周りの人間の悪意も、社会の冷たさも恐ろしい。女性が、それも周りの期待に答えようと頑張ってしまう、社会の歪みを認めてそこで賢く立ち回ろうとすることのできない生真面目で不器用な女性が現在の日本社会でいかに潰され壊されていくかが、これでもかと描写されている。 そうならないために私はどうすればいいのだろうか。この小説は答をくれない。この小説の中には幸せそうな人は皆無である。多分、私達は考え考え一人一人別の方法を見つけて何とか生き延びていくしかないのだろう。
・「So grotesque」
東電OL殺人事件をモチーフにして書かれたといわれる作品である。(主人公の職業は、大手建設会社シンクタンクとなっているが)
インタビュー、手記、手紙、上告文を通じて、有名私立学校で共に過ごし、卒業した数人の女性の生き様と人間関係が描かれている。ある者は、一流大を経て大手企業に就職、昼はキャリアウーマン、夜は娼婦となり、ある者は東大医学部を経て某宗教に入団、テロ犯罪に関わる。ある者は輝く美貌を持ち、ある者は、自意識の下で悪意を磨いて生き延びようとする。
読み進めるほど、まるで他人のえぐれた生傷を見せられているような感覚を覚えながら、同時に、せつなさ、それどころか懐かしささえ感じる。どうして彼女は、そこまで勉強を、仕事を、世間に認められるはずの様々なことを頑張り、果てには、「変人」と指差されるほど、家族にすら顔を背けられるほど、濃い化粧と奇異な服装で装い、何を武装したのだろう。
かの事件について、もし詳しく知りたいならば、すでにルポルタージュが何冊も出ている。だがこの本は、文学に昇華されていて、読んだ私を、余計に迷わせた。
・「小説は事実より奇なり」
実際の事件を参考にして書き上げられているこの作品、出来事自体の羅列は殆ど事件と同じと言う、身もふたも無い作りだが、実はこの小説そんなことなどどうでもよい、事件はただのきっかけではないかと思いました。
この小説は何人かの登場人物の語り部、手記という形をとって流れていき、そこから出てくる話は微妙なずれを見せてきます(そう羅生門タイプです)。そこから醸し出される世界はまさに「グロテスク」。これでもかと言うぐらいに人間の闇の部分にだけとことん焦点をあて、自分自信の意識がすべてと言う恐ろしいくらいにリアリティある人たちを書き上げています。語り部によっては全然違うことを主張し、誰の言っている事が真実、事実なのか深い謎になり、手記の形を取っている章は、書き出されたものと言うことで、リアルさはあるが真実性が乏しく、物語をますますの迷宮えと落としていきます。
まさに人間のエゴ。誰も彼もが本当の事を言っていて、また平気で嘘も吐いている。視点によって世界が違う、まさに醜悪な人間を映し出しています。これをグロテスクと言わずして何と言いましょう。
実際の事件はバッググランドもあり、それなりの物語を持っていると思いますか、この事件においては小説のグロさが勝ったと感じます。
「OUT」のある種ストレートな内容に比べて、少し難解なストーリーに見えますが、良く読めばそれほど難しい話でもありません。ただ恐ろしく気の滅入る話が続きます。読む人によってまったく違う世界が広がるとおもいます。これは一読する価値のある一冊です。自分自信と向き合うためにもぜひ読んでみてください。 あなただけが感じる真実が見えてきます。
・「限りない上昇志向の結末」
三流小説でも書かないようなストーリーが事実として起こってしまった。
何が彼女をそうさせたのか? このグロテスクはそこに迫っている。
彼女が娼婦になった理由は堕落ではなく、それとは全く正反対の限りない上昇志向の結果である。
彼女の一生は戦いの連続でした。中学では受験の勝者となり超難関のQ女子高に入学する。しかしそこで彼女が見た物は裕福さでは全く勝てない内部生、美貌では及びもつかないユリコ、勉強では相手にもされないミツル。中学では勝者であった彼女は、Q女子高では「ただの人」に成り下がってしまった。それでも勉強は頑張り続け何とか上位は守り続けた。
そうやって努力を続けQ大、G建設総合職とエリートコースを歩みつづけるのだが、この高いレベルは彼女の努力も通用しなかった。完全に敗北を知った後に彼女は「誰も決して追ってこられない道」に活路を見出してしまった。
限りない上昇志向が叶わない度に違う方向にねじ曲げられていく、いったい彼女の努力はなんだったのか? 考えさせられる一冊です。
・「このおもしろさは、たまらない!」
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・「真実かどうかを判断するのは自分達」
一人のOLが殺されるというよくある事件をここまで重層的に読まされるドキュメンタリーはあまりない。結論が強引だとかこじつけだとか、人により様々な厳しい評価があるが、個人的には非常に優れたドキュメンタリーだと思った。タイトルから連想させるような下世話な低レベルのドキュメンタリーなんかではない。
作者は単なる話題集めや好奇心でこんなことをしているわけではないとすぐに気付く。読んでいると作者の執念と気迫を感じられる。何も情報がないことにめげず、丹念な現地調査や聞き取りにより、一人で情報を集めて行くことは並みの作家ではできない。その意欲は作者をネパールにまで飛ばせ、有用な証言を集めることに成功している。この気迫が全体を貫いていて、このボリュームの文章を読ませてしまう。
ここで浮き彫りにされているのは、日本の社会の暗闇である。私達はこの作者の数年をかけて掘り起こしてきた事実の集積をここで読むことができるのはこの本のおかげである。何が真実かどうかを判断するのは読者自身なのであろう。
・「推理小説でも、俗に言うノンフィクションでもないです。」
先程読み終えて、とても興味深かったので、感想を書きます。
本書は、1997年に起きた東電OL殺人事件とその後の裁判を題材にしたルポルタージュ形式の作品です。特に、被害者の女性の心理状況の解明と、容疑者として捕まったネパール人の冤罪問題が、主要なテーマとして扱われています。
まず、この本を手に取る方は、この事件に関する裁判が、ネパール人容疑者の殺人容疑だけでなく、日本の裁判制度自体を問題にした形で、現在(2005年11月現在)も続いていることを肝に銘じるべきだと思いました。本作品では、2000年4月の一審無罪の段階で筆が置かれています。ですので、被害者の女性の心理だとか事件の真犯人の、最終的な解明は望むべくもありません。そういった謎解きを期待する方はこの事件に関連する小説を読んだ方が良いと思います。
さらに、本作品は、一般にも、また文庫版の背表紙でも「ノンフィクション」とされています。だからと言って、本作品で事件に関する「客観的事実」だけを読もうとしても、期待外れの内容に映るでしょう。なぜならば、作者は、この事件のルポルタージュを書くに当たって、「客観性」や「合理性」を重んじながらも、書く人間の「主観性」という点も、誠実に書き記しているからです。私は、この客観性だとか事実だとかを振りかざさない書き方に好感が持てました。作者の考えを支持するかしないかは、彼の調べ上げた事柄に、合理的に反論できるかにかかっている思います。
分量は非常に読み応えある500ページ強。雑誌連載をまとめた本ということもあって反復も多いですが、何度かに分けて読む場合には、逆に読み易いと思いました。
以上です。
・「示唆に富んだ内容」
さすがルポライター、自分の感覚に従って、すごく緻密な取材がなされています。その嗅覚に関心しました。彼女がなぜエリートでありながら、なりふり構わない娼婦という顔も持っていたのか、それは最後までわかりません。
女性エリートであるが故のストレスが半端じゃなかったのではないか、そして、ファザコンだったから通常の恋愛が(心理的に)出来なかったのではないかという感じはしました。著者の深い洞察力、推理力から、OLの行動や事件の真相だけではなく、様々な事が書かれており、勉強になりました。
目に見えない階級社会、外国人不法労働者の心理、ネパールの道路事情の劣悪さ、警察の裏取引の実態。すべて実名で書かれているのは、とても気の毒だとは思いましたが、これだけ大衆の関心を集めた大事件なので、しょうがないのかもしれません。
本の中心は、エリートOLの心模様ではなく、逮捕されたネパール人の冤罪になってしまっていますが、示唆に富んだ内容で、読み応えのある本でした。検察の主張も、著者が言うほど的外れであるとも思えず、優秀な弁護士が付いていなければ、冤罪は簡単に生まれ、これまで何人もが無実の罪で服役あるいは処刑されてきたのかもしれないと思いました。
・「人間の持つ闇に迫る傑作事件ノンフィクション」
もう8年前の話になるが、エリートOLが何者かによって殺害された。この事件が注目を浴びたのは、被害者の女性に昼間とは別にもうひとつの顔があったことが判明したからだった。彼女は売春婦としてラブホテル街の一角にあるうらぶれたアパートの一室で誰かと性交した後に命を絶たれた。最後の客として浮上したのがあるネパール人の男性で逮捕、拘禁、裁判が始まる。筆者は独自取材を進める中で男性の冤罪を確信する。本書は裁判の模様と同時に、被害者の女性が夜の顔を持つに到った背後にある深い闇に迫ろうとする力作である。裁判の結果、男性は無罪を勝ち取った。しかし真犯人は未だ見つかっていない。そして彼女の闇をかき消すことができる光も、また、ない。
・「結局「わからん」」
結局、わからないのです、なぜ、泰子が売春行為をはじめたのか?金銭目的でもなさそうだし、セックスに依存している、という状態でもなさそうだし。頭がよくてお勉強はよくできて、お行儀もよく躾けられてるんだけど、そういう性的なこと(肉欲っていうのはね・・・)をちゃんとおしえていないから、例えば、車の教習所いかないで、いきなり路上で運転をはじめるような無茶を平気でやってしまう、ような感じなのでしょうか?
・「言葉がない」
「絶対貧困」から他の著作に興味を持ち、この本を読んだのだが自分が持っているどんな言葉も意味が無く力がないと思い知らされた。とりわけダッカの路上で売春する年端もいかない子供達の前では、「先進国」で生活している自分がなにを言えるだろう。助けるとか救うとかとてもおこまがしくて言えない。哲学や芸術やその他諸々が意味を失っていく。「ごめんなさい」。それしか言えない。いつからこんな事になってしまったのだろう。昔からある世界の一つの風景なのだろうか?「ごめんなさい」。「何を言ってるの?おかしなおばさん、それより抱っこして」ってあの子達は言うんだろうか。
・「ノンフィクションから文学の領域へ」
週刊文春だったと思うが、たまたま病院の待合室にいた時に、この本のことを知った。「イスラームのセックス」という前人未到の分野に若干28歳の著者が果敢に挑んでいることと、インタビューで著者が語っていたノンフィクションを文学の方法で作品に高めるという考え方に胸を打たれ書店で購入した。インド、アフガニスタン、パキスタン、さまざまな国で著者は売春婦や性同一性障害者などに出会い、懸命に何かをしようとする。普通のノンフィクションならば、たんにそれをさも偉そうに高みから見下ろして論じているだろう。しかしこの著者はそんなことはしない。いや、あまりに身近にいすぎてできないのだ。一緒に泣いたり、苦しんだりする。そしてあらゆるところで価値観を覆されて、存在を額去れ、悔しさに打ちのめされる。木端微塵にその存在感を否定される。こうしたことは、たしかに文学的な方法論でなければ描ききれない。高いところから見下ろし、偉そうに何かを論じるジャーナリストだとかノンフィクション作家には決してできないことだ。これを読んで、著者はノンフィクションを一つの文学だととらえているのだと思った。そして、それこそが誰もやったことのない新しい方法論だと思った。こんな取材力があって、文章力がある作者はここ何年も見たことがない。私はこの作者がさらに高いところを目指し、突き進んでくれることを願っている。
・「圧倒される現実。これは虚構ではないのだよな。」
「物乞う仏陀」でルポライターとして鮮烈なデビューを飾った石井光太の新作。
本書は、性に対して厳しいイスラム圏で、性がどのように扱われているかを、前作同様様々な国の底辺に行き、体当たり取材を敢行したもの。
・インドネシアの13歳の売春婦の話・インドネシアでは、性器に焼けた石を突っ込まれてしまった東ティモール難民の乞食女の話・パキスタンで男娼をしなければ生きていけない幼い兄弟の話・ヨルダンの売春宿で売春をしているイラク難民の女性の話・レバノンの金持ちの元で働くフィリピン人女性を相手にした占い師の話・マレーシアに住むおかまのインドネシア人の話・バングラデシュとミャンマーの国境近くで、子どもが金のためにさらわれる話・イラン西部のクルド人の村で、戦争で足がな苦なってしまった女性を嫁にする一夫多妻の話・ミャンマーに住む爺さんが語る、日本人兵に嫁が犯され、それがため嫁は姿を消し、残された子どもを育てている話
この本にはまだまだこういう話が載っている。
どこまでが本当でどこまでが作り話なのかと思ってしまうくらい、非現実的な、というか信じたくないようなリアルな現実が書き出されている。その圧倒される現実は、日本にいたら感じることができないものであるし、スーダンのダルフール紛争すらまともに取り上げることができないテレビや新聞などのマスメディアでは、石井光太が本書で書いているような内容はあまりに過激なため、取り上げることはないだろう。
著者石井光太は、一体いつまでこういうルポを書き続けることができるのだろうか。いつまでも書いて欲しいのだが、こういうルポを続けるとしたら、いつかどこかでのたれ死んでしまうのではないかと、いらぬ心配をしてしまう。
・「人々の内面を純粋に」
夢中で作者のイスラムの闇世界に突進し、そこから宝石のような話をひろい集めた書物。宝石と言っても、きれいな話ばかりでない。きれいじゃないけど、描かれる人はこれ以上ないほどいとおしく感じる。
なぜだろう。
それは作者がしっかりとその人のことを見詰めているからだと思う。その人のことを見詰めがら、自分を見詰めているからだと思う。そして人を非難せずに、自分を非難するからだと思う。
こうやって紡がれた小説のような話は、遠い世界のことであるのに、他人事とは思えない。私たちは作者の石井光太という人物を通して、自分というものを見詰める。作者が自分を非難すれば、読者は自分を非難する。そうやって疑似体験をしていく。
本物の書物と言うのは、読むことで疑似体験が出来るものだ。知恵袋としての書物も悪くない。けど、疑似体験としての書物というのは、知恵袋なんかより何倍も魅力的だ。
本書に登場したイスラームの国の売春婦やニューハーフや芸の人々の叫び声が読後一週間以上経った今も耳に残っている。
・「熱く新しいノンフィクション」
小説的な文体を駆使して、自分の感情を極限まで描く新感覚ノンフィクション。賛否両論ある作品だと思った。この文体を苦手だと思う人もいれば、この文体だからこそ見えてくるものに心を揺さぶられる人もいるだろう。ただ、著者のHPを見ると、これを確信犯的に行っていることが分かる。事実なのは、「イスラームとセックス」という誰もがなしえなかった世界をこの著者が克明に描いていることだ。そして、この新しい感覚でしか描けないことを描いているということでもある。そこで描かれるのは、人間の「深さ」としか言いようもない人生そのものだ。これを大御所と呼ばれるノンフィクション作家が書けば、たんなるお説教になってつまらなくなることは間違いない。この作品が面白いのは、この作者が新しい時代の書き手であり、これまでの作家とは違う書き方をしているかだらだと思う。作者の文章を受け入れられるかどうかは別として、少なくともどの作家もできなかったことを新しい感覚でやったという業績にエールを送りたい。同時代の人間として、彼のような人がニュースや新聞ではつたわらない世界を書いてくれることを本当に楽しみにしている。期待も込めて、★五つ。
・「この映画の面白さをどう伝えたら良いのだろう、必見!」
この映画の面白さを、果たして、どう伝えれば良いのか。 中島哲也の斬新な場面構成と、ポップで才気ほとばしるセンスに!日本映画界において、極めて稀なミュージカルとしての楽しさに!全編に充満する苛酷さと残酷さとファニーさが融合するジェット・コースターばりの疾走感に!そのものズバリの、刹那的なBONNIE PINKの歌詞に!郷愁を誘うデパートの屋上のメリー・ゴーランドに!「アメリ」を想起させる松子の少女時代の唯一の夢の具現化としての赤い靴の眩しさと、「まげてのばして」に!クドカンの焦燥感と、劇団ひとりの情けなさに!黒沢あすかの、額の美しさと凛々しさに!光GENZIからのファンレターの返事を日々待ちわびて郵便箱を開ける哀しいファン心理に!中谷美紀のスクワットに(笑)!またかって、歌手としてヒット曲を持っていた彼女の澄み切った歌の上手さに!美人女優としての、見事なひょっとこ顔に!ダメ男に惚れ続ける彼女の生きベタ加減に!劇中3回発せられる「おかえり」、「ただいま」のあまりの哀切さに!そして、悲劇的な結末の後、カメラがパンして映し出される夜空の星々の美しさと、彼女が晩年眺めていた荒川が、故郷の筑後川に連なり、松子の魂が安住するラストに!以上、深く感動し、限りなくホシボシを捧げたい。掛け値なしに観ないと後悔する作品、文句なく今年の日本映画のベスト1になり得る傑作と、声高に叫んでおきたい。
・「原作は読んでおりませんが。。。。」
中谷美紀が演じる松子は、子供時代からのトラウマで、「誰かに愛されたい、誰かから必要とされたい、誰かとつながっていたい」という気持ちを強く心の中に秘めながら生きています。そして、いろいろな人と出会って、精一杯尽くして、でも、結果として逃げられたり、別れたりして、また一人になっていく。
その一つ一つの出会いは、観ている者に「今度こそ松子は幸せになれるのか???」と思わせないではない。笑える瞬間もあるし、幸せ一杯に見えることもある。
けれど僕たち観客は、「松子が殺害されてしまった現在」というオープニングを通過してしまっているのです。 あたりまえですが、僕たちは最後には松子が殺害されてしまうことを知りながら、彼女が迎えるひとつひとつの出会いを、素直な期待感のみと共に見守ることはできません。切なすぎる。 でも、だからこそ松子の不器用な、執拗な、男(愛する対象であり、自分を必要としてくれる他者)への執着がいとおしく、かわいく見えたりもする。 悲しい結末に向かって、それでも一生懸命生きている松子を、心の底から応援したくもなる。
是非、みなさんも機会が有れば観てみてくださいませ。 本当に良い作品でした。
もうひとつ。この映画で素敵な楽曲と歌い手さんに出会いました。
「What is a Life?」というタイトルの曲。歌っているのは、AIと及川リン(彼女のことは知りませんでした)。
AIも良いのですが、及川リンの声と歌い方が、とてもいいのです。 はかなく、カワイく、まるで松子の歌声のようです。実際映画の中では及川リンのパートは松子が歌っていました(当てレコですが)。
AIのパワフルなボーカルとの対比が、及川リンのはかない存在感を際だたせている感もありますが、DVDを観てしびれた僕は、すぐにiTunesMusicStoreで、及川リンの曲だけ即データ買い。 その日に40回は聴いていました。
アルバムが出たら是非聴いてみたいアーティストです。及川リン。
・「Love is life!!!!!!!!」
周囲での評判が良かったので、見てみました。ヤラれました。泣いちゃいましたよ(笑)観始めは唐突過ぎて訳が分からず、「おいおい最後までこのノリかぁ?!」と不安に思ってましたが、杞憂でした。いつのまにやら松子さんの一生に引き込まれていました。
映画本編の感想ですが、とても良かったです。ミュージカル調のどこまでも明るい演出でなければ、多分もっと重たくて悲しくていかにもお涙頂戴的な一品になっていたと思いますが、このノリはツボでした。また、逆にその「空回り・本能の赴くまま」的な明るいテンションが胸に刺さりました。
そんな感じのテンションで本能に任せて生きた松子さんは、『本当は皆に愛されてる嫌われ者』なんだなぁと思いました。松子本人を筆頭に本当に不器用な人ばっかりで、見ているこっちがワジワジした気持ちになったけど、ラストの歌のシーンで「松子さんが人生に影響を与えた人はこんなにいるんだ」、と涙してしまいました。皆が皆、色んな形の愛で松子さんと繋がっていたんですよね。
それと、人に一番影響を与えるのは誰でもない『親』なんだ、ということを再認識しました。最近のイジメやら、自殺やらとマスコミを賑わせている話題も、全ては親にかかってるんですよね。やっぱり子は親を見て育つんです。幾つになっても親の一挙一動がその人の全てなんですよ。
と、話が反れてしまいましたがこの映画は本当にオススメです。中谷さんの演技はやはり凄すぎます。ミュージカルだけに歌もチカラ入りまくりで大好きです。松子さんのおかげで、いろんなことを考えさせてもらうことが出来ました。
・「悲しみを受け入れるために」
松子にとっては「父は妹を可愛がり、私を愛してはくれていない」というストーリーがあったのだと思います。そして、父の関心や愛情を得るために行動します。それが束の間の満足を得ることには成功しますが、本当のところでは満足は得られなかったのでしょう。
松子にとっての関心事は父からどれだけ愛されているのか?の一言に尽きます。そして、それが後々の男性関係の元型となっていきます。松子にとって世の中の男性は父の置き換えにすぎないのです。そこには父から愛されたいけど、愛されていない、という深く傷付いた決して癒されることのない気持ちと悲しみが根付いています。また、松子は主体としての自分を力強く生きることができず、いつも常に誰かの愛情で自分を満たそうとします。しかし、満たそうとしても満たそうとしても、そこには決して満たされることのない松子のポッカリとあいた空虚感があるのでしょう。そういう松子の前エディプス期に固着した発達水準の中で、生活年齢だけは重ねていきます。
松子はただただ父からの愛情が欲しかっただけであり、そのもらえなかった愛情を他の誰かから死に物狂いの努力で変わりに満たそうとしていただけなのです。松子は愛情がもらえなかったという深い悲しみを悲しみとして受け取れなかったというところが辛いところです。その悲しみを少しでも意識化し、言語化し、誰かに共有してもらえていたら、何かが変わっていたのではないかと思ってしまいます。
・「21世紀の映像再び」
監督の前作「下妻物語」の時も思ったのですが最新の旬な素材(役者)を実に上手く使われてますしかもいい顔で撮れてるし編集も無駄が無く時間枠の中にみっしりと詰め込まれていて完璧ですね。
映画がコミカルになり過ぎたら嫌だなぁと危惧していたんですが、ちゃんとツボも押さえられて居て完璧なバランスだったと思います。
ただエロと残酷なシーンにおいて過激な部分は映ってませんが、映像表現が上手すぎる為に苦手な方や小さなお子さんには、刺激が強すぎるかもしれません。
後、完璧で無駄が無い映像ゆえに良い意味でも悪い意味でも見終わった後に満腹感が残るので、ゆったりとした映画が観たい時にはお勧めしません。
なんだかアウトラインだけのレビューになってしまいましたが汗長くなってしまったので内容的な部分は他の方に譲ります。
ちなみに私は、DVD発売したら即買います。きっと何度みても楽しめる作品ですので
・「胸を打たれる戦争の悲劇と女性の強さ」
久しぶりに何度目かまたマレーナを見てしまった。
戦時下のイタリアで、夫を亡くした(と思っている)寡婦がどうやって生きていけばいいのか。あまりに美しいマレーナが、権力者であるナチスやファシストの売春婦になってしまった事を責める事は、難しい。結局イタリアやドイツが戦争に負けたため、彼女は売春婦と罵られ町を追われる事になるが、本当に彼女にどんな罪があったのかしらと考え込む。
前半はとてつもなく明るくちょっぴりエッチな、子供から大人にさしかかる、男性なら誰しも記憶と経験のある青春お色気物語のよう。それが後半一気に、戦争が残酷に人生をもてあそぶドラマチックな展開を見せる。このあたり、同じイタリア映画のビューティフルライフと似た構成になっている。前半が明るければ明るいほど、後半の厳しさが胸を刺す。
音楽、シチリアの風景、そしてまだこの頃(演技派としての)名は売れていなかったモニカの美しさ。戦争と言うものの残酷さを女性の強さが結局凌駕するストーリーの行方はすがすがしく、力強い。
・「戻ってきた2人の存在の大きさ。」
国のために戦争へ行って片腕を失った男性と、戦死したと誤報を受けて寡婦になり、町の人達から冷たくあしらわれる女性が出てきます。戦争と言う非常事態の中とは言え、心を失い余裕のない町の人達から冷たい仕打ちを受け、侮辱され、冒涜され、町の女性からリンチを受けた女性は町を出、妻を捜す男は町の人から冷たく、あしらわれ、妻の悪口を聞かされ、妻を捜すために男も町を出ます。月日がたち、町の人達が2人の存在を忘れた頃に2人は町に戻ってきます。ばつの悪い顔をする町の人達。2人は自分達を貶め、侮辱した町に何故もどってきたのか?何故、町で暮らす事に決めたのか?それは忘れさせないため、自分達にした仕打ちを町の人に忘れさせないために戻ってきたのか?戻ってきた2人の存在感の大きさに圧倒されます。2人はただ、町の人達が多く行き交う道をただ、歩いているだけなのですが。それと集団心理、集団ヒステリーは恐ろしいです。
・「無声映画でも伝わる少年時代の心のゆらぎ」
モニカ・ベルッチという女優を私はこの作品で初めて知りました。最近公開されたマトリックス・リローディッドにも出演していたようですが、このマレーナという作品の彼女ほどのインパクトはありませんでした。美しいがゆえにただ存在するだけで男たちの心をかりたてる。ただセックスアピールが強いとか、セクシーだとかいうのではなく、戦争未亡人であるという陰のある美しくこわれやすい女(ひと)。男ならばだれでも、こんな女性を守ってあげたいと本能的に感じるはずだが、女性たちは違う。全編をとおしてマレーナがたどっていく数奇な運命のいたずらと、それをただ見守ることしかできない少年のもどかしさ。実際にベルッチの台詞まわしはほとんど無く、ただイタリアの太陽と海と空とまちと人が登場人物たちを包み込んで情感が匂い立つほどに伝わってくる。デジタル技術で何でも映像化出来、立体音響でどんな空間でも人工的に作り出せる時代であるが、この映画の生の映像は、音が無くても私たちにしっかりとそのメッセージを伝えきることができる作品だと感じます。イタリアのみで公開されたディレクターズ・カット版も観ましたが、心に感じた少年の気持ちを大切にするならば、こちらのオリジナル版がお奨めです。モニカ・ベルッチのファンで、彼女のヌードに興味があるなら、別ですが・・・・あわく、せつない少年時代の心のゆらぎを感じて欲しい作品です。
・「反戦映画であり、純愛ドラマ」
夫の戦死、美貌の彼女に言い寄る男達、生活苦からついに身を売る彼女の決意、戦争終結で丸坊主にされて袋叩きに合うマレーナ、全てが彼女にとっての現実です。また彼女を見守る少年レナートの性の目覚めがマレーナの生活を意識させ、戻ってきた夫に彼女の行き先を告げさせます。
辛い生活を送ったマレーナが待ち焦がれた夫とめぐり合い、故郷の村に帰ってきます。ラストで「奥さん」と村人から呼びかけられるマレーナ、その一言が彼女の救いを物語ります。
戦争は男の命だけでなく、残された家族の生活を破壊し、女性を堕落させもします。同様に国家・国民も疲弊し、辛酸を舐めます。これはイタリア独特の人間に対する暖かな目線と同時に辛辣なユーモアを交えた反戦映画でもあります。
・「『僕は走った。過去と決別するかのように・・・』」
ジュゼッペ・トルナトーレ監督が描く少年から大人へと成長していく苦痛と、時代に翻弄されながら生きる女性を描いた作品。モニカ・ベルッチの娼婦役の体当たりの演技は必見。何よりも少年の人妻への恋が少しコミカルなんだけど、でも純粋さがたまらない。『僕があなたを守ります』と静かに祈りを捧げるシーンは、恋をすることは人間性を成長させることに気づかされる。それが失恋に終わったとしても。少年は大人へと変わっていき、過去と決別をする。ラストシーンが好きな映画は数あるけども、特にこの映画のラストシーンは大好き。オレンジを落としたマレーナに初めて話しかけて、渡してあげたあと。自転車で後ろを振り返りながらも一心不乱にペダルをこぐシーンに被さる独白が素敵。一つの節から次の節へと男の子が成長していくときに、そこにはどんな感情が待ちかまえているのか。『あなたを見た瞬間からすべてが止まった。』イタリア映画ならではの、女性がいかに男性にとって必要で、いかに女性が美しい生き物なのかを謳い、男の子の視線で描いた作品。
・「なんだか悲しいけど・・・」
うまく言えない切なさや哀しさのある素敵な作品でした。元の永井荷風の作品自体が素晴らしいだけに、映画化も難しかったとは思いますが津川さんが凄まじく演じきっています!遊女ものはちゃんとした廓ものが多いですが、岡場所系の空気と大正昭和の切なくどこかロマンティックな空気を感じたい方にはお薦めです。
・「どこかほのぼのと」
津川雅彦が冴えない作家(じつは永井荷風)を見事に演じていますが、娼婦ながら清楚で可憐な女性お雪役で彼と堂々渡り合っている墨田ユキがとてもいいです。彼女の魅力だけでも一見の価値があります。なぜあんな若くていい女が荷風みたいなおじさんに惚れるんだろうという疑問は残りますが、そこは津川の中年男(むしろ老人?)のフェロモンに完敗、でしょうか。
やや戦後は端折ってるものの、戦前戦後を通して女の弱さと強さを温かく描いた映画です。
・「なんだか悲しい」
うまく言えない切なさや哀しさのある素敵な作品でした。元の永井荷風の作品自体が素晴らしいだけに、映画化も難しかったとは思いますが津川さんが凄まじく演じきっています!遊女ものはちゃんとした廓ものが多いですが、岡場所系の空気と大正昭和の切なくどこかロマンティックな空気を感じたい方にはお薦めです。
・「底辺にいながら明るく綺麗な女性」
永井荷風が、一生結婚しないと宣言しながら、女性達と楽しく生活をしてる。そんな時に、純情なお雪と出会い、2人は惹かれあう。紆余曲折をえて、結婚する2人だが、、、、
お雪(墨田ユキ)の演技が素晴らしいです。艶のある女性ではないのですが、明るく、純情な役で、底辺で生きている女性にあるような影がなく、明るく人間として綺麗です。
私はHな映画なのかな?と思って、そんな気持ちで見ていたのですが、途中で感動して泣いてしまいました。
苦労してきた人、他人の優しさに触れる事が少ない人は、きっと感動する映画です。
・「老いて益々盛んとはこれいかに」
永井荷風の小説と日記を巧妙に時系列順に配置して映画化した逸品、世紀末以降、定着したともいえる多くの荷風ファンは必見の作品です、
もう二度と映画化できない題材かもしれないともおもい以下幾つか残念だった点をあげる、
まず、撮影と照明が不安定、特に屋内シーンでの照明の明るさがとても気になる、せっかく墨田ユキという脱ぎっぷりの良い美人を主役に添えながらせっかくの彼女の美貌も綺麗な姿態も明るすぎる照明が情緒を消しているシーンが多い、大正・昭和のはだか電球一つの営みの隠微さをもっと意識してほしかった、
主演が津川雅彦であることに誰も異論はないと思うが、津川は得がたい俳優ではあるが、あまりナレーションが上手ではない、よって特にクライマックスである東京大空襲シーンにおける例えようもない切なさが表現されていないと感じた、本作と同時期に新藤監督はNHKで佐藤慶主演で「断腸亭」日記のドキュメント・ドラマ(45分2回)を製作・放映しており、当作での佐藤慶のナレーションの素晴らしさを知っているものには津川の語りは物足りないこと甚だしい、できるならば語りだけを佐藤慶にした再編集版を期待したい、
ロケーション多様のわりには引きの映像が少なく(昔風の景色の部分のみをカメラで切取る映像が多いため)作品全体に窮屈感がある、現在のようにCG処理可能であれば解消できたともおもうが、
実際に古着をつかったと思える和服は実に良し、しかし背広はダメだ、最近の「スパイ・ゾルゲ」もそうだったが現在の生地・仕立て技術では昔風の背広を作るのは逆に難しいことが良く分かる、現在が良くなりすぎているのだ、ただしスパイ・ゾルゲのような安っぽさはまったく感じない、
できれば阿部寛がもう少々くたびれた頃、ぜひ再映画化を期待したい(阿部寛は顔も姿も現役俳優中で最も荷風に似ているとおもう)、
・「予想より面白かった。一見の価値あり。」
実際(?)体を張った人たちのインタヴューは、ある程度予想できる内容とはいえ(内容は星3)、リアリティがあった。体を売る側と買う側両方の視点もあるし、映像と音楽の構成と処理がうまいと思った(プラス星1)。確かに掘り下げ方が足りない点もあるが、売春を扱う大抵のメディアは、あまりにも社会学的か哲学的か政治的になり過ぎ、この問題の暗く深刻な側面のみに集中、結果として、つまらない映像になるケースが多い中、映像娯楽としてもかなり頑張った作品だと思う。監督はスペインの新進女流監督らしいが、何か才能はありそうだ。それにしても何故(特に)欧米にはAF好きが多いのか。(DVDはたぶん修正版)
・「事実は小説より・・・」
今まで猟奇事件として映画、ドラマで何度も取り上げられて来た「阿部定事件」その裁判のための訊問でのやり取りをまとめたものである。この本を読むと、阿部定という女性はよく言われるような特別な性癖や考えをもっていたわけではなく、なんとなく生きてきて最後にこのような事件を起こした女性のように思われる。訊問の中での彼女の淡々とした語り口がドラマ以上のリアリティを持って迫ってくる。
読後に「今の世の中で発生する事件のほうがよほど・・・」と思わせる本である。
・「阿部定という生き方に共感」
「愛のコリーダ」などから阿部定という人には、おどろおどろしい猟奇的イメージをもっていたが、筆者が4年半をかけて、足跡をたどり書いた「正伝」からは、また違った、清清しく品のいい女性像がうかびあがる。刑務所の定のもとには、次々と結婚申し込みが舞い込み、ファンレターは1万通に及んだという。狂乱したのは定ではなく世間だったのではないか。
定には、30歳での「事件」以降、数十年間、市井の人としての人生があった。そこに「正伝」は思いを及ばせる。掲載されている写真や新聞記事、証言など貴重な資料であり読み物である。
・「真実の「愛」だったのでは……」
現在の世相からしてみても阿部定の行った陰部を切り取るという行為は猟奇的であるが、本書を読むとその行為に象徴される本質は『愛」であると納得させられる。しかし、阿部定本人はやはり独特の精神構造だったのかもし知れない。だが、性の遍歴を繰り返してきた定が吉蔵との一途な愛に生きたと言う事実には感動させられる。阿部定に対する著者の慈愛が感じられる一冊だと思う。
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