失敗学のすすめ (講談社文庫) (詳細)
畑村 洋太郎(著)
「失敗に対するイメージが変わります」「失敗できないからこそ、他人の失敗が成功の母」「世代を超えて読み継がれて欲しい本」「失敗は成功のもと」「最近 力のつく本が多い」
自動車絶望工場―ある季節工の手記 (講談社文庫) (詳細)
鎌田 慧(著)
「栄光の裏にあるもの・・・」「ルポタージュの名作 トヨタ王国への潜入取材」「若手ライターよマネしてみては」「超名著。手に入る限りは読むべき。」「経常利益一兆円会社の生産現場の厳しさ」
五体不満足―完全版 (講談社文庫) (詳細)
乙武 洋匡(著)
「想像力の乏しい健常者達」「本書をどう読むか」「前向きに生きたいと感じる本」「彼の明るさ,前向きに刺激を受けずにはいられない。」「なぜ、こんなに明るくできるの?」
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) (詳細)
鴻上 尚史(著)
「自分のバージョンアップ」「買うべし。読むべし。試すべし。」「自分を知って、変えるための教科書」「プレゼンテーションの本質論でもある。」「「感情」「声」「体」「言葉」まず、意識すること」
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「駄作/名作」「見方を変えて」「高校生の時に読んで」「感覚的に」「説明困難の不思議な魅力」
台所のおと (講談社文庫) (詳細)
幸田 文(著)
「しっとりとかなしくやさしい。」「日本語」「常に鋭敏なアンテナをたてて。」「背筋を伸ばす」「涙が浮くほど美しい文章」
新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫) (詳細)
宮尾 登美子(著)
「TVと全く違う格調高い世界が広がる。」「幕末に生きた英明の女性」「先に読まないでよかった」「天璋院篤姫は強烈な個性だった」「女は天の半分を支えている」
新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫) (詳細)
宮尾 登美子(著)
「江戸城大奥から見た幕末史そして歴史小説の醍醐味」「徳川の人間として」「徳川家の姑として」「篤姫」「完結!」
運命を拓く―天風瞑想録 (講談社文庫) (詳細)
中村天風(著)
「哲学書はこれで最後にします」「意識レベルが上がります。」「心に活力をくれた一冊」「私の人生のバイブルになった!」「私もこの本をお勧めします!」
流星ワゴン (講談社文庫) (詳細)
重松 清(著)
「久しぶりに小説を読んで泣けました」「☆5つじゃ足りない。」「父親とは」「泣いた、心地よい涙だった!!」「せつないっ!!」
七回死んだ男 (講談社文庫) (詳細)
西澤 保彦(著)
「かなり面白い」「気が付けばいつの間にか自分も「反復落とし穴」の罠に…」「SFと本格推理の見事な融合」「ありえないのに面白い!」「夢中になれる傑作」
夜中の薔薇 (講談社文庫) (詳細)
向田 邦子(著)
「あたたかく寄り添う」「男性の優しさを学ぶ。」「届かない人」「あっという間に読んでしまいます」「いつでも最良のエッセイが読める」
蒼穹の昴(1) (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)
「著者渾身の作品」「読み終わるのがもったいない・・・」「元気の出る作品」「文句なくおもしろい」「寝食を忘れて読みました」
珍妃の井戸 (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)
「技を感じる作品?」「紫禁城の珍妃の井戸に行ってきます。」「蒼穹の昴の後日談~にとどまらない、推理小説」「脱帽」「小説の面白さよりメッセージを優先した。」
日輪の遺産 (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)
「日本人が絶対に忘れてはいけないこと。」「大泣きしました。」「ハラハラドキドキです。」「後半ややタレるが確かに「蒼穹の昴」の原点はここにあります。」「人間マッカーサー」
シェエラザード〈上〉 (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)
「海の男の誇りに最敬礼・・・」「弥勒丸に惚れた」「戦前に起きたある豪華客船の海難事故の物語」「浅田次郎らしい作品」「昭和20年に沈められた豪華客船の謎を巡る物語。」
悪意 (講談社文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)
「悪意の意味」「加賀恭一郎シリーズ」「ミスリードが巧み。見事にやられました。」「後味は悪いですが」「犯行動機を徹底的に解明する加賀恭一郎の執念―そこまで追い詰める動機とは何か?」
宿命 (講談社文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)
「文句なし」「タイトル「宿命」に込められた究極の意外性―絡まった「糸」は解きほぐされるか?」「最後の10ページに僕は惹かれました。」「ミステリーを二重に仕掛けている」「意外な事実がつぎつぎに現れます!」
アフリカの王 上 講談社文庫 い 63-13 (詳細)
伊集院 静(著)
「実世界にリンクするサファリロマン」「マサイマラの丘にロッジを建てる!!!」
アフリカの王 下 講談社文庫 い 63-14 (詳細)
伊集院 静(著)
邪魔〈上〉 (講談社文庫) (詳細)
奥田 英朗(著)
「モデルの事件をよくここまで膨らました!」「一級のクライムノベル」「奥田流」「説得力がある日常との連続性」「下巻を買わずに入られない」
邪魔〈下〉 (講談社文庫) (詳細)
奥田 英朗(著)
「一級のクライムノベル」「複雑化した単純な事件」「今年読んだ中で一番の面白さ!」「下巻は、読むのを止められないくらい面白い」「どんどん追い詰められていく及川夫妻」
文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫) (詳細)
京極 夏彦(著)
「京極堂シリーズ第1弾!」「「読んだ」というより読まされてしまった。」「無題」「上手い」「唯一無二の作品」
封印再度―WHO INSIDE (講談社文庫) (詳細)
森 博嗣(著)
「二人の関係が進展して・・・」「このシリーズは本当に面白い!」「森博嗣の才能はすばらしいですね☆」「完成度が高いラブ・ストーリ?ミステリィ?」「トリックとしては…」
被差別部落の青春 (講談社文庫) (詳細)
角岡 伸彦(著)
「当たり前ですけど、いろんな人がいろんな風に考えています。」「お見事!」「どんなことも知らないのは無知、無知が差別を生むことは多い」「愛しい人たち」「こんなんもありやろ」
● ソフトウェアテストHAYST法入門 品質と生産性がアップする直交表の使い方 (2)
● ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術 (1)
● 面白かった本
● 気になる本
● 読んだ本リスト
● 奥田 英朗
● ボストン読書記4
・「失敗に対するイメージが変わります」
失敗から学ぶことは大事だと思っていましたが、ここまで真剣に考えたことはありませんでした。失敗の定義から始まり種類・特徴、そして創造にいたるまでの流れはまさに圧巻です。今現在もさまざまな失敗が表面に出てきていますが、そのほとんどは事前に予測し対処可能なものがほとんどです。今の日本に求められているのは、失敗を隠すことではなく生かすことではないでしょうか。一人でも多くの方に読んでもらって失敗に関するイメージを変えて欲しいと思います。
・「失敗できないからこそ、他人の失敗が成功の母」
何事にも失敗はつきもの。失敗は次の成功の糧になる。
誰もが頭の中では解っている(つもりになっている)ことだが、実際には失敗自体が経済的損失やイメージ悪化に直結するので、組織の雰囲気として許されないことが多い。そのため、失敗隠しが無意識か故意かによらず行われて、思いもつかないような事件に発展することがある。
本書では「失敗」を如何に分析・知識化して次に活かすかということを提案している。また、「失敗」が表面に出にくい特徴を指摘して、大きな失敗を起こさないためにはどのような点に注意すべきかを明らかにしている。
全体的に読みやすく、解りやすい。そのうえ様々な角度から「失敗」を分析しているので、自分や周囲で起きている失敗と関連付けることが容易で、より生々しく感じることができた。技術者には特にお勧めする。読むことで目に見える技術の向上を得られるわけではないが、本書のような考え方を持つことで、技術レベルの底上げと安定化を図れると思う。
・「世代を超えて読み継がれて欲しい本」
僕の場合、失敗を恐れる気持ちが強いですが、失敗に対して真摯に向き合う事の大切さを知らされた本です。 「失敗は成功のもと」といわれる格言を生かすためには、失敗と向き合い失敗の法則性を理解し、要因を知り、 失敗が成長して致命的なものになる前に未然に防止する術を覚えること。 失敗から学び、失敗のマイナス面ばかりを強調するのではなく。 失敗のプラス面に着目し次の技術の進歩に つなげるか、また失敗を如何に知識化して組織・社会で共有化していくべきかの方法論、新しい事にチャレンジし て創造性を発揮するために失敗学から学ぶ方法論等参考になります。 昨今の、事故が多発する日本社会において、より多くの方・世代を越えて読み継がれて欲しい本です。
・「失敗は成功のもと」
一言で言えば、「失敗は成功のもと」ということが述べられている本。具体例や、実践する上での注意点が盛り込まれており、説得力を増している。全体最適の重要性やら、TQCや論理的思考の落とし穴やら、とても興味深く読ませていただいた。どのような分野であれ、仕事を進めていく上での参考となる、示唆にとんだ本である。
・「最近 力のつく本が多い」
しかしねどれもこれも失敗は成功のもとと昔からいうように読んでいてたのしい。
成功するより失敗するほうが断然多いわけでわたくしなどは安心してしまう。しかも、失敗のあとしまつがすばらしい。そーすると失敗学というよりしっぱいした時のこころのありようを説いているのではないだろうかる
おもしろい、是非一読推奨!!
・「栄光の裏にあるもの・・・」
栄光ある1兆円企業トヨタ自動車の暗黒部分を活写した潜入ルポ。効率化重視の行き着く先を読者の眼前に展開させる。ベルト組み立て作業=絶望作業という図式を、イヤというほど思いしる作品だ。
本作は1972年作品だが、ロボットが導入された今も基本は変わっていないという話しだ。以前として直接部門の過労死、精神疾患、自殺は後を絶たないという。マスコミ(五大新聞含め)はほとんど報道しない。 それはトヨタが大広告主だからだ。
人間を隷属させ徹底的に搾りとる企業というものはなにか?なにがそこまでさせるのか?
”これは大昔の話しさ”、ではすまない。今もなお存在する話しなのだ。我々は月の表ばかり見ているものだという事実を知った。
・「ルポタージュの名作 トヨタ王国への潜入取材」
本書は「潜入取材」によるルポタージュの傑作として知られる。季節工として働きながら体験されたルポは、やはり力強く説得力が有る。お金を貰いながら内部の情報を得られ一石二鳥のこの手法は、その後随分模倣されたという。私は学生時代、トヨタの下請けのアルバイトで実際工場に幾度も出入りした体験が有る。幸いにも外部下請けのバイトゆえ、ここに描かれた日常の様にきつくは無かったが、やはり工場という場所は危険に満ちているし、肉体の健康にも精神衛生にも恵まれた環境では無い。実際、私たちがメンテナンスしているすぐ傍で、本書に登場する様な季節工が転落事故を起こし、救急車で運ばれる場面を目撃した。残念ながら即死だったそうだ。またある時は、私の様なアルバイトが、目の前で手を歯車に巻き込まれ大ケガを負った。そんな体験をもっているからなおさらなのかも知れないが、このルポはリアルに迫り、労働と仕事というものについて考えさせられてしまう。日本が経済大国であるのも大企業のお陰であるが、その縁の下では犠牲となる人々、使い捨てにされる人々がいることを忘れてはならないだろう。これから生涯の「仕事」を選択しようとする若者にも、こうした埃臭い現実と向き合ってみる必要があるだろう。本書はその疑似体験を味わえる。
・「若手ライターよマネしてみては」
このルポが発表されたのは30年以上も前のことである。ところが,アウトソーシングと名前を変えた非正規雇用はいまも拡大を続け,「絶望工場」の様相は深刻化する一方である。「工場」にはフリーターや外国人,低所得者層があふれ,二極化が進む根源にすらなっている。そして,それはトヨタだけに限らず,本田,キヤノン,シャープなどの超優良国際企業においても,連綿として続けられているのである。そう考えるとこのルポが社会に何らかの影響を与えたとは言い難いのかもしれない。
いまだにこの本がジャーナリズムを目指す若者の必読本に上げられるのは,鎌田慧に続くルポライターが育っていないことの現われであろう。鎌田はすばらしいルポライターであるが,もうそろそろ一線を退いてもよい年齢である。ところがいまも現役でバリバリ作品を発表している。マネでもいいではないか。「液晶絶望工場」とか「ケータイ絶望工場」「デジカメ絶望工場」「中国絶望工場」なんか発表するような若手ライターが現れないものか。
・「超名著。手に入る限りは読むべき。」
内容は他の方が書いている通り、トヨタの季節労働者のお話。半端ではない厳しい労働状況が報告されている。心理描写が巧みであるし、生々しく、フィクションであるかのようにノンフィクションの話が展開される。
文章の書き方も巧みであるし、本としての構成も巧み。内容も、あの絶好調のトヨタの足元に一体何があるのかということを教えてくれる、社会というものについて考えさせられるすばらしい本。まだあと10年以上はその価値を保ち続けると思われる。
・「経常利益一兆円会社の生産現場の厳しさ」
これはある大手自動車メーカーへジャーナリストが季節工として勤務した体験を描いた本です。一日8時間労働で、昼休み以外は全く休憩時間がなく、トイレ休憩もないとは、驚かされた。それに引き替え、同じ自動車系ながら、喫煙したり喫茶できる部屋が各階に用意されている我が社はまるで天国だと思った。
この本が出版されたのは1972年(昭和47年)の話だが、自動車工場勤務が過酷なのは現在でも変わっておらず、自動車関係の仕事できつくないのは研究・開発の仕事だけかなと思う。
驚かされたのが、五百万時間安全運動を達成するため、労働災害はなかったことにしようという社風であった。働いて怪我した本人が労働基準監督署に訴えても、会社が同じ職場で働いていた同僚たちに圧力をかけて口裏を合わせ、会社ぐるみで労災を認めまいとする動きには身震いを覚えた。
私は静岡新聞を読んでいるが、時々、この本の自動車会社の季節工求人広告が載る。日本にはたくさんの自動車会社があるのに、なぜ、いつも同じ会社なのかと疑問に思っていたが、会社にとって季節工は使い捨ての労働力でしかなく、だからこそ、日本で初の経常利益一兆円を達成したのだと納得がいった。
・「想像力の乏しい健常者達」
悩みのない人間などいません。苦労をしたことのない人間などいません。それは健常者、障害者を問わず普遍的な事象です。本書の著者、乙武氏も例外ではない。みなさんも想像してみていただきたい、手足が失われた今日からの生活を。著者は敢えて自らの苦難苦労を一切ひけらかすことなく前向きな姿勢を読者に提供している。自伝としては昨今珍しい潔さである。よもや本文に書かれてあることを鵜呑みにして著者が一切苦労、悩みを経験していないと勘違いする方はおるまい。少しは彼の経た艱難辛苦に対して想像力の翼をはためかせてもよいのではないだろうか。本書が、『手足のないこんな大変そうな人間でも頑張って生きてるんやから、もっと楽に生きれるはずのあなた達健常者はもっと頑張れよな』的な言外のメッセージを発信していることを不愉快に思われる方は、今一度このメッセージに真剣に向き合う必要があるやもしれない。
・「本書をどう読むか」
私が本書(出版社等は違ったように思えるが、ひとまず『五体不満足』)を初めて手に取ったのは、ボランティア先の小学校の学級文庫でであり、その本にはルビがふられ、小学生にも読めるようになっているものでした。内容が小学生にとって相応しいものかは、さて置き、小学生にも幅広く読まれている『五体不満足』をどう読むか、どう受け取るか人により様々ではあると思います。
私は本書を「障害」云々、という側面を強調するよりも乙武さんという人間が描いた一つの作品であると思いたい。読めばわかることですが、人間関係にも恵まれ、学生時代に様々な努力をしてきた乙武さんだからこそ書ける作品なのではないでしょうか。 確かに、本書の背景には「障害」という大きなテーマが横たわっています。それが売れた一つの理由にもなるでしょう。しかし、どうも問題はそこではないような気がするのです。
乙武さんの変に気取らない、障害者という衣をまとおうとしない人間性は私にとって尊敬に値するものでした。障害というものを好奇の目でながめてしまう日本において、ある種、日本人らしくない乙武さんの人間性が本書の魅力的な部分を担っているのではないかと思うのです。
子ども好きの乙武さんの書いた文章がなぜ学級文庫に置かれていたのか、読後の今ではわかる気がします。乙武さんが恩師と仰ぐ先生方にも一度、お目にかかってみたいものです。
・「前向きに生きたいと感じる本」
内容も分かりやすく、そして引き込まれるもので、一気に読んだ。
「どうしたらそんなに明るく前向きに成長していけるのか?」というのがまず第一の感想である。私が勝手に作り上げていた障害者に対するイメージを覆すものであった。人間的な魅力があるからこそ、彼の周りには人が集まり、道が開けていくのだと感じた。
この完全版では、「現在の」乙武氏の心境が加筆されている。本やテレビの中の有名人というのではなく、生身の人間なんだということを感じることができる。
障害とは、教育とは、生きがいとは、などという本当に様々なことを考えさせてくれる本である。
・「彼の明るさ,前向きに刺激を受けずにはいられない。」
彼が体が不自由なことを感じさせない、文からうかがえる彼の人生観の明るさに驚いた。環境に恵まれただけでなく、他人から変に同情されても自分をみじめに思うことなく,明るく楽しく生きてきた様がわかる。もちろん挫折や悩みもあっただろうが、ハンディがあっても人は楽しくいきられるんだと教えられる良書だと思った。
最後の補足の、彼の本の成功による悩みに、ある意味彼の人柄の良さが改めてうかがえる。
・「なぜ、こんなに明るくできるの?」
興味津々で読みはじめたが、想像した通りであった。周りの先生・友人・両親達が素晴らしい人達である。彼らこそバリアフリーではないか。明るく障害者であるハンデをそう思わせない両親が素晴らしい。学校の先生や友達も、一方で言われている学級崩壊と比べて障害者がいることで子供たちが優しくなれるのか?示唆に富んだ内容である。又、本人の前向きな気持ちが本当に素晴らしい。失敗と書いて経験と読む。早稲田商店街の会長の言葉も良かった。何故、こんなに明るくなれるのだろう?五体満足な我々は、もともっと世の中を明るくしなければ・・・。自分を省みて大いに反省、である。
・「自分のバージョンアップ」
演劇の世界ではかなり有名な著者。この手の本は専門的な発声・発音トレーニングが紹介されていることが多く、演劇に関係のない我ら一般人には今ひとつとっつきにくい。
このありがちな問題点を完全にクリアしている点はさすがです。
日常生活のなかで、ちょっと姿勢や発声に気を付けるだけで、自分をバージョンアップできる!そのヒントを優しく解説してくれています。
・「買うべし。読むべし。試すべし。」
某メルマガで紹介されていて、図書館に注文して買ってもらいましたが、これは借りて読む本ではない事が判明。 いつも手元に置いて、バイブルにするべきだな、と。 演劇をする方でなくても、必読。 自分が魅力的になる為に、出来る事は一杯あります。 自分を飾るだけじゃなく、磨くことは、とっても大切。
さあ、買って、読んで、変えてみよう。
・「自分を知って、変えるための教科書」
演出家の鴻上尚史氏による、自分の魅力を引き出すためのたくさんの知恵の詰まった「教科書」です。自分の状態を知って、どうなりたいのかを理解して、無理なくその理想に近づいていく…。
「感情」「声」「体」「言葉」の4つのアプローチから、それぞれわかりやすい文章で解説されています。ちょっとしたイメージや、日頃意識してみることで自分を変えられるようなテクニックがあります。
「声」と「体」については、鴻上氏の『発声と身体のレッスン』でさらに詳しいトレーニング法が紹介されていますので、本書を入門書として、興味を持った方にはお勧めします。
・「プレゼンテーションの本質論でもある。」
ビジネスマンのコンピタンシーのひとつであろうプレゼンテーションの本質がわかりやすく書かれている貴重な本だ。(表面的には技術論ぽいが)手軽に読める内容ではあるが、実践してから再読すると、自分と環境のつながりがよくわかる。
・「「感情」「声」「体」「言葉」まず、意識すること」
自分の魅力を演出するものとして、一般的に人が意識するのは「顔を含めた外見」という外側、そして「人生経験」などの内側、もう一つあるとすれば、「対人関係のうまさ」などの対人間的魅力だろう。これは、僕がこの本を読む前に持っていた人の魅力の考え方でもあった。
1.外見 2.内面 3.対人間的なもの
しかし、本書を読むと、この考えかたがいかに大雑把な捉え方であり、表面上の問題に過ぎないかに気づかされる。著者はこれらの三つの観点を、少し違った角度からみるという見方を気づかせてくれる。つまり、それらを「どう表現するか」という部分を意識すると言うことが大事だということを教えてくれる。わかり易い例でいうと、声がある。単純に声と言うが、これにはさまざまな使い方がある。早さ、間、音色、高さ、大きさ。高さで言うと心から一番遠いところのことを話すとき声は高くなるらしい。そういう種類の事を意識的に行うことにより、声に表情がうまれ、人を引き付ける話し方にもなるのだ。
また、非常に面白い発見として、「第一の輪」「第二の輪」「第三の輪」という考え方がよかった。第一は一ごとの世界、第二は二人の世界、第三はみんなのせかい、それぞれに話し方がかわると言う。それを意識することによって、伝えるべき内容も変わってくるし、受けての印象も断然変わってくる。
このように、目に見えない部分を技術的に学ぶことにより、魅力を増すということは言われてみれば確かに納得できることなのだが、それに普通の人は気づかないと思う。やはり、演出家の目の付け所は違うと思い、感動した。読み物としては一般的だし、非常に読みやすい。
・「駄作/名作」
村上春樹の小説は「駄作」か「名作」かという両極端な評価に分かれることが多いようです。本作もその例に漏れることなく、やはり評価は賛否両論ですが、事実として「ノルウェイの森」は、ノーベル文学賞候補に毎年選ばれるほどの作家の代表作であり、世界の各国でベストセラーになるほどの小説であるわけですから、本質的に「名作」なのか「駄作」なのかはさておき、それだけの「魅力」が、小説内のどこかにあることだけは誰にも否定できないことでしょう。
「駄作派」の人たちには、夏目漱石や谷崎潤一郎などの、日本文学の名作と呼ばれる小説に数多く触れ、読書経験が豊富で、いわゆる「文学通」といわれる方が多いようです。否定の方法も、「展開や登場人物の行動に根拠がない」や「過去の名作のような深みがなく薄っぺらい」など、自分の文学観に照らし合わせた意見がほとんどで、平たく言ってしまえば「私にわからないのだから、面白い訳がない」という気持ちが、「駄作派」の大部分を占めている本心のような気がします。逆に「名作派」の人たちには、あまり文学に詳しくない方が多いようで、「何だか分からないけど、面白い」という無邪気な感想が頻繁に見受けられます。
ここで注目したいのは、文学に詳しい人たちは小説の魅力を理解できず、そうでない人たちには、理解できるという、逆転の現象が起こっていることでしょう。
とにかく「駄作派」の、否定の調子の激しさはすごいもので、留まるところを知りません。もはやそれは悪意と言ってもよいほどで、その矛先は作品を飛び越えて、著者本人、果てには、小説を肯定する読者にまで及ぶ勢いです。しかし「名作派」の人たちは、とりたててそれに反論する様子もなく、自分の周りに壁を張り巡らせて、ひそっりと、ひとりで小説を楽しんでいるような、そんな風情です。そこには、まさに、「根拠のない悪意」と「自閉」という、村上春樹の小説世界そのものの図式が浮かび上がってくるようです。
村上春樹氏は「日本文学には残念ながら僕が求めているものはなかった」というニュアンスのことをどこかに書いていますし、人の情念をどこまでも深く追究して表現しきる、日本文学の伝統ともいえる名作の数々には、確かに惚れ惚れするものがありますが、単に、著者はそこを目指してはいない、ということでしょう。「駄作派」の方々には、著者が表現しようとしているものは何であるのかを汲み取ろうとするやさしさが、もう少しあってもいいように思いますし、「名作派」の方々には、自分を惹きつけるものは一体何なのか知ろうとする意志を持ち、「駄作派」の人たちの土俵に、多少なりとも歩み寄ろうとする、そんな勇気も必要なのでは、と思います。そして、ちょうどそのあたりにこそ、村上春樹の表現したいものも、あるのではないでしょうか。
・「見方を変えて」
以前は村上春樹の事があまり好きではありませんでした。しかし、外国人の友人がたびたび彼の作品について聞いてくるので、約15年ぶりに本書を読み返しました。読むにあたって、1.登場人物中誰が一番好きか?(はつみさん)2.誰が一番悲しい人物か?(ワタナベくん)3.誰が一番自分に近いか?(ナガサワ)とあらかじめ自分自身に課題と設けました。マーラーや、グレートギャツビー、マルボーロといった、少し不自然な小道具にも気付きましたが、見方を変え、ある意味、分析するように読み返してみると、(年齢を重ねたせいもあるでしょうが)本書は実に悲しい物語である事に気付きました。この物語を悲しくさせた一番の理由は、ワタナベ君と直子との恋が成り立たないことは始めから解りきっているからです。恋とは努力して成就させるものではないことは誰もが知っているはず。そのワタナベ君の努力は義務感から来るもの。そういった意味では、二人の間には始めから恋愛感情など存在しなかったのかもしれない。そういう物語を久しぶりに読み返して、15年前とは違った印象を持った。
・「高校生の時に読んで」
受験前の18歳の時、(80年代後半)ただ、当時ベストセラーになっていた話題の作品というだけで読みました。最初は「受験勉強の合間にちょっと読んでみよう」そんなつもりで購入したのに半日で一気に読み終えてしまいました。この本を読んだ後に襲ってきた虚無感のようなものは・・今でも正確に言葉で言い表せません.何度も読み返しますが、歳を重ねるごとに微妙に感じ取るものは違ってくるけどまさしくパーフェクトな作品だと思っています。
18歳の時に読んだときはとにかく3日ほどは学校にも行けず、誰とも話したくなかった。(別にもともと引きこもり気味ということもありませんでしたが)自分を形づくっていた「何か」がすっぽりとなくなってしまったようなそんな感じ。子供の時から現在でも年間かなりの量の本を読みますが読んだあと、あんな風になったのはこれっきりです。村上春樹の本は全部読んでいますが他の作品を読んでもそうはならない。ついでに言うと最近よく「ベストセラーになった恋愛小説というだけで」比較される「世界の・・・」も読みましたがもちろんあの読後感はありませんでした。世界・・が悪いというのではなくって。また、全然違うものなので比較すること自体いかがなものかと思いますが。
余談ですが、村上春樹好きの人には「象が平原に還った日」がお勧め。ノルウェイの森についても思わず納得の解読がされています
・「感覚的に」
この作品が「面白いか」と聞かれたら、私は面白いと答える。だが、もっと突っ込んで「じゃあ、どのあたりが面白いか」とか「どんな話なのか」と聞かれたら上手に答える自信はない。つまりはこの作品はそういう作品なのだと思う。 例えば、村上龍のような作家の作品(コインロッカー・ベイビーズ、愛と幻想のファシズムなど)ならば、作品を理性的に捕らえることができる。「この物語は、このようなことを言っている」といったようなことが、解り易く、的確に述べられている。だが「ノルウェイの森」はそうはいかない。 無理に言葉にしようとすると、実にくだらないものになってしまう。こういう類の作品は、理解しようとするのではなく、その作品の世界に浸ればいい、つまりはただ単に「感じればいい」と思う。
・「説明困難の不思議な魅力」
どこで読んだかは忘れたが、村上春樹は自身が飲食店を経営していたときに得たノウハウとして「飲食店が繁盛するコツ」をエッセイに書いていた。曰く「10人のお客さんが来たとして、10人全員にそこそこ気に入られるより、9人に嫌われても良いので1人に猛烈に気に入ってもらえたほうが良い。」とのこと。その猛烈に気に入った一人はその店のリピーターとなり、さらに口コミで人を連れてくる。口コミで店に来た人の何人かは、またさらにリピーターとなるらしい。
「繁盛=ベストセラー」を意識しているかどうか不明だが、彼の作品は明らかに「多くの人は拒絶反応を示すが、一部は猛烈に好きになる」と言った類のものだろう。そう言う私も、この「ノルウェイの森」をきっかけに春樹リピーターとなった1人だが、拒絶反応を示したレビューが予想以上に多いことも興味深い。
確かに村上春樹の何が良いかを説明するのは難しい。逆に「良くないところ」を説明するのは簡単だ。物語に脈略がない、簡単に人が死ぬ、意味不明なセックス、、等々。それにしても、私を含めた多くの人が魅せられるのか?
ひとつ確実に言えるのは、流れるような文章表現力だろう。例えとしては苦しいが、音楽を楽しむように我々は読解を楽しんでいるのではないか。音楽にも歌詞やメッセージがあるが、それよりも心地よい音の流れそのものを楽しんでいるはずだ。同じように私たちは、物語やメッセージよりも村上春樹の心地よい文章の流れを楽しんでいるのではないだろうか。
・「しっとりとかなしくやさしい。」
表題作「台所のおと」にまずやられます。ちょっとないくらいのいい短編集。「音」を中心にここまで情景をしっとりと描けるなんて!地味な本ですが必読です。女のしっとりとしていながら、芯の強いしなやかさがすべてに共通するものでしょうか。読書って楽しい。
・「日本語」
幸田文さんの文章は、リズムがある。文字を追っていて、心に美しく響いてくる。こんな文章に出会えるのも読書のたのしみかもしれない。
・「常に鋭敏なアンテナをたてて。」
幸田文は総領でもなく、男子でもなく、特別の才もない(と本人は思っていたそうです)ことに、申し訳なさを感じながら、年若い頃から台所をはじめ家事一般を取り仕切っていたそう。
繰り返しと少ない評価の中で、辛い思い、やりきれない思いも多かったろうと察しますが、その暮らしの中でも著者は鋭敏な感覚で周囲を嗅ぎ取っていたことが、この本から感じられます。彼女の文章は、基本的に深い教養と品格をたたえたものですが、時折生臭いほどの人の感情が描かれています。
・「背筋を伸ばす」
幸田文さんの作品は、凛とした文章と相まって、読んでいて姿勢を正したくなるものが多いのですが、その中でもこちらの作品集の標題作「台所のおと」は格別です。背筋が自然と伸びます。
疲れてどうでもよいやと思ってるときの雑な包丁の扱いに、いらいらしているときの八つ当たりのようなガツガツした切り方に、ふと気づいた時、「台所の音」の一節を思い出し自分が恥ずかしくなった事が何度あったことか。そういう時は、姿勢を正し、作品の教えに寄り添うように、丁寧に丁寧に作業をするのでうsが、そうしていくうちに、自分自身が立ち直るのを感じてほっとするのです。自分だけかと思っていたのですが、友人達にも多数、同じ経験をしている人がいました。
それだけ彼女の作品は読み手の生活に直接訴えかけるものがあるのだと思います。そしてそれは彼女の作品が、例えば、台所の音、ぞうきんのかけ方(「父・こんなこと」参照)、外の景色の移り変わりをきちんと感じ取ること(「流れる」など)、着物の選び方(「着物」など)など、そういった一つ一つの日常茶飯事を丁寧に見つめ、身体にしっかり身につけてきた中で生まれてきた物だからだと思います。だから凛とした彼女自身の背中を見つめるような気分になって、「私もきちんとしなきゃ」と思えるのだと思います。また、彼女のそういった視線は人の心の機微にも同じように注がれています。だからちょっとしたエピソードがとても心に響く。その点では、この作品集所収のものでは「濃紺」という作品がお気に入りです。
そうそうある友人は「生活がおろそかになっているなと思ったら幸田文を読むのが一番効く」と言っていました。素晴らしい作品はたくさんあるけれど、読み手の生活を変えちゃうっていうのは文さんの作品ならではだと思います。
・「涙が浮くほど美しい文章」
これまで、日本文学をどうしても読めなかった私が初めて夢中になった本。
とにかく美しい。日本語とはこんなに美しいものだっただろうか。
凛としていて、程よい緊張感と張りのある語調。風景、音、熱や空気の震えまで感じてしまいそうなだけど決して特別な展開も意外な結末も起きない日常の話。この筆者はおそらくヒトに対して、感情に対して恐ろしく鋭い観察力を持っていたのだろうなぁと思いました。
日本の文学なんて無理!と思っている人にこそ薦めたい。私は読んでいて小津安二郎映画っぽいなと思ったのですがどうでしょう??
・「TVと全く違う格調高い世界が広がる。」
宮尾登美子氏の文章が素晴らしい。日頃接することのない格調高い表現の日本語が全編を通じて展開され、こういう日本語を書いてみたいと憧れる。島津本家から分かれたご一門四家の重富家、加治木家、垂水家、今和泉家、その今和泉家の長女に生まれた於一。TVドラマでの描き方とは全く違う優雅な、格式の高い名門武家の姫の生活がよくわかる。五尺三寸の大柄な篤姫、日本外史を愛読する篤姫、一族から「女子に生まれて残念」と言わしめた篤姫、この類希な資質の姫には最初から引き込まれていく。18歳で島津本家の幼女へ。全編を通して、姫のお付の女性が多く登場するが、今和泉家の菊本、島津本家の若年寄広川、老女幾島の存在や、お互いの関係の変化が非常に興味深い。そしてついに大奥総取締滝山を先頭に、老女村岡、幾島、亀岡、花乃井が付従い江戸城へ。いよいよ御台所として大変な大奥の生活が始まった。どう見ても大河ドラマでは本書の描くような格調高さは出ない。やはり本書を読むべきだ。
・「幕末に生きた英明の女性」
幕末の激動の時代にあって、薩摩の分家の娘として生まれながら、その英明さを見込まれ、将軍家定の妻となり、姑として皇女和宮を迎えた女性の一生を描いています。
島津斉彬から徳川慶喜を将軍にする密命を帯びて、将軍の妻となった篤姫が、その困難さと少ない情報量の中から、自分が戦略の道具として使われたのではと疑いを持って行きます。その後、家定が死に家茂の妻として和宮を迎えた時、彼女もまた「攘夷」の推進という使命を持って嫁いできたことを知ります。この二人のやりとりを通じて、この時代の女性たちが「道具」でしかなかったことを描いて行きます。しかし、この天璋院はそんな制約の中でも、大奥3000人を統べらい、徳川家の存立を賭けて的確な判断を見せて行きます。「男だったら」という部分が何度か出てきますが、それだけの「人物」だったということでしょう。
この小説は、そうした天璋院の「人間」を描いているのですが、和宮との対比をして一層天璋院という人物を際立たせている見事さがあります。それと、男に道具としていいように使われる前半から、その能力を如何なく発揮して、徳川家の存続に向けて活躍する中盤を経て、ラストに「余生」として、子どものときの懇ろな家族関係に戻ったような心安らぐ晩年を与えることで、読む側をほっとさせるものがあります。その点では、非常に読後感の爽やかな作品になっています。
・「先に読まないでよかった」
一年前、本作品が、「来年の大河ドラマ原作本」として、店の一番目立つ場所に平積みされていた。そのとき、「どうしようかな」と迷った。先に読んでおくと予習にはなるが、入れ込みすぎると批判ばかりが先に立ったりするものだからだ。迷った末に「読まない」ことに決めた。そして、一年間大河ドラマが終了するまでは読むまいと心に誓った。そして、先日ついに大河ドラマは終了し、ようやく読むことができた。 上巻を読み終えて、まず思ったのは、「一年間我慢した甲斐があった。先に読まずに良かった」と心の底から思った。
ドラマが終わってから日が浅いという理由もあるが、物語がイメージしやすいのだ。特に、篤姫と家定の会話のシーンや、幾島と滝山のシーンはイメージどころか映像として流れているようだった。
大河ドラマを見た人はぜひ見てほしい。先に読んでしまった人も、もう一度読み返してほしい。きっと私と同じ体験をすることだろう。読んでない人は「読んでほしい」ではなく「読まなくてはいけない」だ。きっと、篤姫をもっと好きになり、ドラマを思い出すこともできるだろう。
・「天璋院篤姫は強烈な個性だった」
幕末物は、どうしても当時の政治情勢を強く盛り込んだものになりやすい。そんな中、時代小説でなく歴史小説として一人の女性の生き方を描いている。もちろん実際の本人(篤姫)の考えていたことと異なる部分も多大にあるとは思う。でも、何よりもこの小説は”天璋院篤姫”の真実に近づいているのではないだろうか?
時に小説は、何よりも事実に近づく、そう思わせるものがこの小説にはあると思う。
・「女は天の半分を支えている」
まず宮尾登美子の絢爛たる筆力に酔いしれる。何しろ言葉遣いや人物の造形が見事だ。したり顔の司馬遼太郎なんぞはとてもかなわない。「大奥」ものと見くびるなかれ、だ。
物語の核心は、皇女和宮との確執にある。現に作者は、和宮の資料に当たっていて「天璋院が嫁の和宮をいじめたとなっているが、そうだろうか」という疑問を抱いたところから出発したということを言っている。
もうひとつの核心は「最後の将軍」慶喜だ。これは、徹底的に嫌なヤツとなっている。何しろ、維新後、徳川本家を守った天璋院は、慶喜の末流とは決して婚姻関係を結ぶなと遺訓を残したというからすごい。司馬の「最後の将軍」では、「あなたはよくやった」と誉めてくれる母のヒザにすがってさめざめ泣く慶喜だが、そんな男の甘さをはり飛ばすような宮尾・天璋院の気概だ。
封建武家社会の価値観、倫理観を固い岩盤のように時代描写の核心にすえ、女は「政略の道具」「生む機械」でかわいそう、「人の上に人を作らず」だぞなんて、ちゃちなアト知恵や薄っぺらな感想は跳ね返してしまう。そんなことは承知の上で、時代に翻弄されながら、健気に剛毅に凛と生きた女性を描ききっている。
「女は天の半分を支えている」とカンラと宣言するような作者の気迫に恐れ入った。
ところでテレビドラマは原作とだいぶイメージが違う。「宮崎あおいの『あんみつ姫』を何とかしろ!」と私の横で叫んでいる女房は、それでもやっぱりTVを楽しそうに見ているけれど。
・「江戸城大奥から見た幕末史そして歴史小説の醍醐味」
時代に翻弄されながらも、気高くわが道を往く篤姫の姿を描いた下巻。上巻に続いて、夫(徳川家定)や義父(島津斉彬)の死、幕末の動乱、和宮との確執と和解、徳川家再興等々、波乱に満ちたその日々が流麗な筆捌きで描かれる。(江戸城大奥からみた定点幕末史という意味でも、多くのことを学んだ。)それにしても、男性的視点から描かれることの多い幕末期にこのような女性がいたとは。島津家分家の娘から御台所(御台様)へというその数奇な生涯は、正にこの時期の日本の地殻変動(社会変動)を象徴する出来事でもあるようにも思われてならない。
・「徳川の人間として」
初版を持っていますが、ボロボロになってしまったので新装版を購入しました。もし天璋院さんより強い現代女性はいるかと問われたら私は首を横に振るでしょう。『女は嫁いだ家が即ち死に場所』の言葉通り、腹を括り嫁ぎ先の人間として生き死ぬことができるだろうか。私には正直無理なことだ。私には無いこの潔さが彼女の強さと感じました。激動の時代を生きた彼女に敬意を表します。そして、初版本2冊と新装版の2冊は一生の宝です。
・「徳川家の姑として」
若くして未亡人?となり、徳川家の姑として、皇女和宮と相対し、また徳川家を守るために、最後の将軍慶喜と相対した篤姫。 徳川家の姑としての視点から、徳川将軍家の最後を見事に描いている。
・「篤姫」
全く本読まないけどめっちゃハマって暇さえあれば読んでます生き方を見直しました人生観変わる
・「完結!」
将軍家定の急死、継嗣を巡る幕府内の対立、養父斉彬の死。激動の幕府を徳川家の人間として徳川家定の為に生き抜いた篤姫は明治17年、48才でこの世を去りました。まさに偉大な生涯。宮尾登美子さんの本を読んだのは、これが初めてです。高知市生まれ。他には「義経」等も書いています。
・「哲学書はこれで最後にします」
確かに、本書と重複する内容はマーフィーなどその他の哲学書にも散見される。しかしながら、著者の温かみや迫力を一番感じることができるのが本書だった。 僕自身、人生とは?人間とは?という問いに何度も思いを馳せ、結局は答えを見つけられず、諦めと共にそれら問いに対して目をつむって生きてきた。でも本書は、それらの問いに対し、真摯に答えようとしている。僕は、本書の内容をもってそれら問いに終止符を打ちたいと思う。そして今後の人生、本書に提示された答えを実践しながら生きたいと思う。
・「意識レベルが上がります。」
本を読んで心がけたのは、‘忘れる’事でした。私は、過去の出来事を良く覚えている事が、ある意味自慢でした。しかし、それは大きな誤りで、過去を忘れなければ、新しい情報は入りにくいという事を認識しました。バケツの水がいっぱいになったら、もう水を入れる事ができない。。。
‘忘れる’事ができるようになって、歳をとらなくなったように感じます。この本を読まずにいたら、忘れられない頭の中はどんどん硬さを増していったでしょう。考えただけで恐いです。忘れる事の大切さを知る事で、人間関係もより良くなったように思います。本を読んだあと、すごく満たされた気分になるおすすめの一冊です。
・「心に活力をくれた一冊」
将来のことに行き詰まっていた時、書店で何気なく手に取った本が「運命を拓く」です。 何も考えずにページを捲るにつれて筆の力、天風氏の教え に引き込まれていきました。時間が取れない時でも毎日、 目を通して今では10数回読み直しました。 読むたびに新たな発見があり、みるみる自分が元気になって行くような感じがします。
昨今の西洋医学に対する不信の為、気功や東洋医学の書物 が数多く出版されています。これらの本を手にとっていつも思うことは「運命を拓く」で私が学ぶことが出来たことに通ずるものが数多くあるということです。 何かに行き詰まっている方、更に豊かな人生を送りたい方 にお勧めの一冊です。
・「私の人生のバイブルになった!」
既に、3回繰り返して読んだ。
内容が深く、言葉に真実味が溢れていて、何度もうなずかされた。
昭和40年以前に、ここまで万人にわかりやすい言葉と事例で人生哲学を説いた人がいたとは驚いた。
著者の豊富な人生体験のみがもたらす説得力と迫力がある。
私はこの本を母にも読ませている。そして、母の態度は明るく積極的になった。
この本は、読むに時代や老若男女を問わない、大勢のバイブルとなるであろう!
・「私もこの本をお勧めします!」
気骨の感じられる文に背筋もピンとする言葉。真剣に生きることを考える人に読んで欲しい。
・「久しぶりに小説を読んで泣けました」
以前から気になっていた本なのですが、あまりにも評判が良いためあまのじゃくな所がある自分は、何となく買うのをスルーしていたのですが文庫版が発売されているのを見つけ今回購入してみました。
読後の感想は、「何でもっと早くこの本を読まなかったんだろう」っていう感じです(おせじぬきに)読み進めていくうちに登場人物にどんどん感情移入してしまい涙があふれだし、自分でもびっくりしてしまいした。
20代前半で、子供を持たない自分が読んでもこれだけ感動できるのだがら、主人公の年齢設定に近い年代の方がこの本を読まれたらたまらないものがあるのではないでしょうか。
読了したあと、久しぶりに酒でも飲みながら父親とゆっくり話をしたいなと思いました。そういう気分になれただけでも、この本を読んだ価値があったなと思います。後、細かい事ですが印刷されている文字が大きめでくっきりとしているので読みやすいのもとてもよかったです。おかげで気持ち良くサクサク読み進める事が出来ました。
この作品、できれば映画化してほしいですね。映像の中で動く、登場人物達をぜひみてみてたいです。ちなみに、自分の中で主人公のイメージ像はずつと香川のぶゆきさんでした(笑)いい作品です、気になっている方はぜひチェックしてみてください。
・「☆5つじゃ足りない。」
まず最初に感動。そして次に少しの恐怖の残る小説だった。
妻は不倫、息子は暴力。何もかも嫌になった事があなたにはありますか?どうなってでもやり直しの現実をへし曲げようと歯を食いしばった事がありますか?
すごく長い小説でしたが、読み始めると一気に読み切りました。今までで1番「家族」という物について考えた小説であり今までで1番読み終えた後に「さぁ、頑張ろう」と思えた小説でもあったそしてとても涙した小説だ何か考え方が変わるかも。読んで良かった、心からそう思えた1冊だった
・「父親とは」
ミステリー的な内容ですが、重松さん独自の家族感が非常に良く出ています。特に子供にとって父親とは何か、妻にとって夫とは何か、父親にとって子供とは何かをじっくりと考えさせられる内容でした。親にとって子供は何歳になっても子供だという言葉を良く聞きますが、子供にとっても親は何歳になっても親に違いありません。子供だったからこそ恥ずかしくて親に甘えられなかった事もあるはず。大人になったからこそ親に甘えられることもあります。そんな素直な気持ちにさせていただける本です。
・「泣いた、心地よい涙だった!!」
自分は重松作品はじめてでした、某ラジオのゲストとして親しみ持てるおっさんだなと思い早速購入。冒頭のどんよりした展開から以外にもテンポが良く引き込まれ即日読破!感想としては素晴らしい作品に出会えたとそれだけです。本当に読んでもらいたい本です。・父親と折り合いの悪い息子・父親をなくされた方・父親である方とてもお勧めします。
・「せつないっ!!」
「せつないっ!!」の一言に尽きます。父親、夫を対象に書かれた物語だと思いますが、同年代で、広樹、健太と同年代の子を持つ父であり、夫であり、もう死んじゃってもいいかなぁ、と思ったこともあるぼくは、特に身につまされる思いで読んでいました。自分の家族との関係を、もう一度見直そう、と思わせてくれる作品だと思いました。それにしても、切ないっ。
・「かなり面白い」
財産争いの中殺されてしまった祖父。しかも次の日には前日にもどっていることを体験した主人公の“久太郎”。どうやら時間のループを経験するのは自分のみ。
何とか祖父の死亡を阻止しようと頑張るのですが、どうやってもその日の終わりには祖父は亡くなってしまいます。
久太郎の高校生らしくない年よりじみた言動といい、ストーリー内容といい
かなり面白かったです。シリアスというよりはコメディ感覚でミステリーを楽しめますよ。おススメです。
・「気が付けばいつの間にか自分も「反復落とし穴」の罠に…」
西澤保彦氏の文才が余すところに出ているこの本書。てっきり推理サスペンスかと思いきや、なんと時間跳躍ものだとは、読むまで全然気が付かなかった…。しかし非常に面白いです。
主人公は名探偵ではなく、ただの高校生と言う設定。そのため、何度も何度も失敗を重ねて事件を紐解いていく、と言う過程が非常に面白かったですね。また、主人公は9回ほど同じ1日をやりなおせるのですが、その9回ごとに話数がちゃんと区切られているのも話を読みやすくしています。
こうした時間跳躍ものを推理小説の舞台でやるとこんなにも面白くなるとは、リセットできる回数にも限りがあるのも緊迫感が出ており、次のループはどうなるんだろうと先の展開が気になってしょうがなかったですw
最後の展開でもあっと驚く説明がなされ…。自分は納得できましたけど…。人によっては微妙かもしれませんね(汗
文庫本一冊で非常に読みやすい本書、お暇な方は一度読んでみてはいかがでしょう?オススメの一冊ですよ。
・「SFと本格推理の見事な融合」
同じ日が9回も繰り返されるという特異体質(?)を持った高校生が、反復される日の中で起きてしまった殺人事件を次の周までに回避しようと骨を折るというお話です。本格推理においては起きてしまった殺人事件の真相を後から明らかにすることしかできないのが普通ですが、この変わった設定によって、事件を防ごうと奮闘する動的な作品に仕上げることに成功しています。タイムスリップものが好きな人にも本格推理が好きな人にも勧められる作品です。
最後に無事に事件を防ぐことができてハッピーエンドというなら単なるタイムスリップSFなのですが、いまひとつ釈然としない部分を残しておき、最後の最後でその謎解きが明かされるという構成が見事。こういうオチはSF的設定がなければ絶対に無理なわけで、SFと本格の融合に単なる興味本位ではない必然性を感じさせます。
・「ありえないのに面白い!」
自分が主人公だったらどんなことしよう、なんて思いながら読んだ本。軽い文調で読みやすいのに、内容はとっても本格的。面白くてたまらず、夜更かしして読んでしまいました。終わり方も秀逸で、読後感がすっきりしました。
・「夢中になれる傑作」
久しぶりに「これは面白い」と思える本に出会えました。SFと本格ミステリーは、一見相容れないもののように思えますが、本作を読んで認識を改めました。繰り返しタイムスリップして七回も殺人現場に立ち会う訳ですが、決して単調ではなく、毎回毎回楽しめます。(不謹慎ですが)主人公のキュータロー君が、違った方法で殺人を食い止めようと
する度に、登場人物たちの意外な面と、真相が徐々に垣間見えてくる展開は、もう楽しくてしょうがありません。推協長編部門賞を逃した時の受賞作は「魍魎の匣」のようですが、相手が悪かったとは思いません。私は本作の方が好きです。
・「あたたかく寄り添う」
ある雑誌のアーカイブスで「手袋をさがす」が載っており話に感銘を受けて、本が欲しくなりあちこち探し回って見つけたのがこの本です。
「手袋をさがす」の後に載っている「時計なんか恐くない」は気が急いているくせに、思うように行かず回り道の多い私には優しく温かい言葉でした。自分を認められたような嬉しい気持ちになり、この本が、私にとって折に触れて読み返す一冊となったのです。
・「男性の優しさを学ぶ。」
後半の男性鑑賞法の項目が楽しめます。向田邦子さんの人を観るあたたかくて鋭い視点が痛快です。この本の最後の話がとても好きです。菊地寛の‘女を斬るな狐を斬れ’という短編がとりあげられています。男のやさしさについて触れたものですが、女のやさしさについても考えさせられます。
彼女のほとんどの本を読んでいますが、エッセイを読み返すたびに、まだまだ学ぶ事が沢山あるなあ、といつも感動します。
・「届かない人」
平易である。親しみがある。凛としている。この人の文章である。小説も読んだが、このエッセイに惚れている。何度写してもものにできない。細やかである。あたたかである。カラッと晴れている。この人の視線である。
心に残るのは「手袋をさがす」。「手袋をさがし続ける」女性であろうと決めた潔さと悲しみが胸に迫ってくる。
今もNHKのニュースで聞いた訃報を忘れない。歩みを止めた作家にはまだ届きそうにない。
・「あっという間に読んでしまいます」
無鉄砲ながらも品が良く、温かみがあり、それが色っぽい。人生の酸いも甘いも、人の生と死を乗り越えてきたからこそ振り返る何かがあるように思える。
前半のエッセイは、向田氏と私たちにあまり距離が無いことを匂わせ、読者の日常観に優しく響きわたる。
後半のエッセイは半世紀を生きてきた向田氏が自らの人生を振り返り、まだ幼い読者へ優しく語り掛ける。姉のように。
ベルギー、アマゾンの旅行記も収録されているが、解説にもあるようにもう少し、氏の見聞に耳を傾けたかった。
・「いつでも最良のエッセイが読める」
彼女のエッセイはどれを読んでもハズレはありません。それは彼女の日常を見る視点が我々の目線と同じだからであろう。しかしその視線は我々の視点の奥まで見据えている。男女問わず、彼女の感覚に触れてみて損はない。本書の中でのオススメは「言葉は怖ろしい」です。
・「著者渾身の作品」
私にとって浅田次郎氏の作品は、あまりにもあざとすぎてあまり好きにはなれないのですが、この作品だけは別です。
田舎豪族の次男・梁文秀とその友達で貧農の倅・春児の二人を主人公とする、清朝末期(映画・ラストエンペラーの時代の直前)を舞台にした物語です。 前半はこの二人が、片方は科挙に挑んで高級官僚に登りつめ、もう片方が宦官に身を投じてその世界の中で出世をしていくサクセス・ストーリーであり、後半は腐敗した清朝を立て直そうとしてお互い対立する陣営に所属しながら、政変に巻き込まれていく大河小説となっています。 はっきりいって、おもしろい。大作に仕上がっているのですが、読み始めたら最後、一気に読破してしまいそうな勢いでひきつけられてしまう魅力がこの作品にはあります。
ただ、難があるとすれば、この作品に出てくるいくつかのエピソードには、元ネタがあることです。例えば文秀が科挙を受験した際の試験場でのエピソードは、宮崎市定先生の名著「科挙」に出てくる内容そのままです。まあ、巻尾に参考文献として載せていますし、それほど目くじらを立てるほどのことではないのですが、もし読んでいて自分が知っているエピソードに出くわすとAすこしテンションが削られてしまうかもしれません。
あと、日本の映画界は、このような優良コンテンツがありながら、なぜ活用しないのでしょうか。まあ、ものすごく長いお話でスケールも大きいので、今の斯界の現状を見るに、これを映画化するに当たって必要な金も人もひねり出すことが出来ないのでしょう。
ともあれ、浅田次郎氏の他の作品は別にして、この作品は一読の価値ありです。
・「読み終わるのがもったいない・・・」
この本ほど、読みおわるのがもったいないと思った作品はありません。エンターテイメント性に富み、泣かせどころも随所に配置しながら、歴史の大局を崩すことのないストーリー展開は、もう圧巻です。この本に出会えたことに感謝しなければなりません。物語の終盤は、やはり歴史の流れを踏まえていかねばならず、ちょっと(ほんのちょっとです。)トーンダウンのような気がしましたが、それを差し引いても、十分楽しめる作品でした。浅田作品のなかでは、『壬生義士伝』と双璧をなす作品ではないでしょうか。
・「元気の出る作品」
第115回直木賞候補作 「宝島社 このミステリーがすごい!」 97年版 6位 「週間文春 傑作ミステリーベスト10」 96年 34位
列強が続々と侵略してくる動乱の中、旧態依然としている清王朝。しかし、そんな清も少しづつではあるが、変革の芽が出始める。そのような変革期を旧態依然を維持しようとする者の視点から、また変革を目指すものの視点から、そして侵略をしてくる列強の新聞記者の視点から描く。 人間には運命がある。しかし、運命に翻弄されながらも必死に生きようとする人々を通して、人間には運命を変える力があるということを訴える作品。 必死に生きる登場人物達を見ていると、自分も頑張ろうと元気が出てくる。
「宦官」になるために男性のシンボルを切り落とす場面が物凄くリアリティのある文章で書いてあり、その場面を読んだ時、男性としては冷や汗ものであった。
ソレデハ…
・「文句なくおもしろい」
これほど読み応えのある歴史小説はなかなか巡り会えないと思います。4巻すべての章が記憶に残っています。中国の清の末期と明治の日本の関わりがわかりやすく描かれていて,登場人物がまるで映画を観ているような感じでした。ちょっと登場した人物が,後で大きな関わりを持ってくるところは,推理小説のようなドキドキ感がありました。それにしても,泣かせてくれます。
・「寝食を忘れて読みました」
本が好きな方は休みの前の日から読み出されることをお奨めします。最初は漢字の中国読みがうっとうしかったのですが、ページをめくるたびに何度もふり仮名を振ってくれているので気にならなくなります。
話は明治初期の中国-清朝。主人公春雲の幼少から西太后の側近として最高位に昇るまでの成長物語です。その中に、アヘン戦争・日清戦争・列国の領土割譲・伊藤博文から孫文、毛沢東までからんできます。突拍子もないような複線が綺麗に全部解決して後味の良い作品にまとめ上げたのは作者の真骨頂でしょう。
日本の維新を理想とする革命派と保守派の権力争いを横軸にして魅力的な登場人物が何人も出てきます。西太后の性格描写がうすっぺらい事だけが残念でした。
なお、文庫本の陳舜臣さんの解説は自分の知識だけをひけらかして、解説になっていませんでした。
・「技を感じる作品?」
蒼穹の昴みたいな壮大なスケールの作品の後、ちょっと軽快な、本作のような作品も書ける浅田次郎のテクニックを感じます。
蒼穹の昴と流れを汲むけれど、まったく別の作品だと思うと味わい深く楽しめる物語です。
・「紫禁城の珍妃の井戸に行ってきます。」
蒼穹の昴に続く、浅田次郎の中国歴史ミステリーシリーズ。義和団事変の混乱の中、西太后に殺されたとされる、光緒皇帝が寵愛した珍妃。彼女の死の謎を追う、4人の外国人貴族たち。そして、それぞれの思惑で証言する7人の発言。美しき妃は、なぜ、誰に殺されたのか。
・「蒼穹の昴の後日談~にとどまらない、推理小説」
「蒼穹の昴」でその存在が、その後どうなっていったのか気になる光緒帝とその美しい妻の最後が、ここで明らかにされる。 「明らかにされる」というのは、本当は、どうかと言う問題もありますが、「蒼穹の昴」の登場人物にまた会えたことは嬉しい限りだと思います。
結論をかけないのが残念です。
まずは、大作「蒼穹の昴」をお読みになってから、ここに進むことをお奨めします。
・「脱帽」
浅田氏の才能には感服します。連休中の移動の折、たまたま手にしたのですが、同氏の構想力と作品力には再び脱帽しました。たしかにプロですね浅田氏は。似非プロの跋扈するこのご時世に、本物のプロの確かな技を見せて頂いた気分です。
・「小説の面白さよりメッセージを優先した。」
他の方も書いていますが、蒼穹の昴の外伝として読んだほうがよく、したがって、蒼穹の昴を先に読んだほうが本書を理解しやすいのですが、小説の出来としては、蒼穹の昴の方が上なので、蒼穹の昴と比較するとやや失望してしまうという厄介な(?)問題を抱えた本です。でも、単体として十分面白いので星4つとしました。 同じ著者による「壬生義士伝」と同様な手法をとり、いろいろな人物とのインタビューを通して、ある事件(壬生義士伝の場合はある人物)を解き明かしていく形をとりながら、インタビューされる人物や当時の世相までが明らかになっていき、全体としてひとつの真実に収斂して行くという形をとります。あくまでもフィクションですから、この場合の真実とは著者のメッセージに他なりません。ちなみに、壬生義士伝の場合は、小説として十分面白く、「真実」への収斂の仕方が無理なくリアルであったのですばらしい小説に仕上がりました。他方、本書の場合、「真実」への収斂の仕方に無理があります。たとえば、英・独・露・日の高官が、どうして珍妃の死因を必死で探ろうとするのかの動機が納得できません。小説の冒頭で、その理由は示されますが不十分だと思います。また、インタビューする相手によって、相互に矛盾する証言が得られますが、証言をした本人が、その証言を翻すに決まっている人物を次の証人として推薦するというのも不自然です。また、高官たちが襲われる事件が起こりますが、その理由が十分には明らかにはなりません。 名手である浅田さんをして、どうしてそういうことになったかというのは、本書の最後のどんでん返しで明らかになる真実=著者のメッセージで明らかになります。ヒューマニストとしての浅田さんが、蒼穹の昴の創作過程でいきついたひとつの思想(壬生義士伝におけるメッセージとも重なる)を主張するためにこの本は書かれたと私は思います。「歴史は繰り返す」の格言通り、昔、清国で生じたことは、現在も国をかえて行われています。そのことが、本書を書いた浅田さんの動機で はないかと私は思いました。
・「日本人が絶対に忘れてはいけないこと。」
なんという想像力、なんという筆力。必ずしも実話ではないのだが、もしかしたらあったのかもしれない話。 大平洋戦争では兵隊として死んでいった人たちの他に多 くの非戦闘員の死がありそれぞれにドラマがあったはずだ。浅田次郎氏はエッセイの中でも沖縄のことなどを例にあの戦争で世界を相手に戦った日本の精神力を訴えておられる。もちろん日本の軍隊がアジアで行ったことを忘れてはならない。ただそれと同時に「お国のために」と死んでいった無名の人たちも絶対に忘れてはならないし、彼等の無念を未来に活かさないといけない。今という時代を生きる者の義務といえよう。 この「日輪の遺産」で繰り広げられる、ある将官と女子高生たちの物語を読んでいるとモノクロームの情景が頭に浮かんできて自分が昭和20年のまっただ中にいるような気持ちになる。浅田次郎氏の背景描写力にはただただ感動。最後のシーンではとにかく太平洋戦争で死んでいった非戦闘員のそれぞれのドラマを思い、涙がどばっとでる。本当にどばっと出るのだ。 こういう小説を学校で教えれば子供達がただ「戦争は悪い」ではなくもっと戦争について深く考える機会を与えることができるだろうに。それにしても浅田次郎氏の歴史モノはなんでこんなに入り込めるのだろう。まず親が読んで子供にも読ませたい小説だ、これは。
・「大泣きしました。」
初めて浅田作品を読んだのですが、泣いてしまいました。声をあげて。読書なれしてない私には最初のほうは読みにくい印象を受けましたが読み進むうちに書き分けられている各登場人物の視点から見る世界に引き込まれ、時代、空間を一気に超えてすべての物語が集約されていくような感じでした。読書量はそんなにない私ですが、今まで読んだものの中で確かな手ごたえを感じる作品でした。読み終えたあとの恍惚とした充実感は忘れられません。今のこの平和な日本がまさに私達に残された遺産であると気づかされました。そしてあらためて今の時代に生かされていることに感謝の気持ちでいっぱいです。
・「ハラハラドキドキです。」
浅田文学はほとんどすべて読みましたが、「地下鉄にのって」、「ラブレター」、とこの「日輪の遺産」がTOP3でおもしろかったです。後半はもう本当にハラハラドキドキで、心から登場人物のハッピーエンドを祈るような気持ちで一気に読みました。つらくて暗い太平洋戦争の中で必死で生きている人達が本当に映像のように流れていきます。
・「後半ややタレるが確かに「蒼穹の昴」の原点はここにあります。」
巻末で著者ご本人が書かれているように「方針転換」後処女作なので文章構成や話の流れにやや生硬なところがあり、特に後半はちょっとタレてしまうところもあるのですが、それとて「蒼穹」を読んだあとだからこそ感じるインプレッション。ミステリとして間違いなく一級品であります。
・「人間マッカーサー」
女学生達の「清さ」には身がつまされる思いです。エピソードは別にして、同種の清さを自身の幸せに反映させられなかった若者達は当時無数にいるはずです。それが同じ日本人として無念でしかありません。
そして人間マッカーサー。どういう人柄だったのか事実を知らないけれど、素晴らしく人情味溢れるキャラクターに描かれていました。彼に対する歴史学的評価はさておき、「あの地位まで行く人には、人間的な魅力が必要だよな」と納得してしまうリアルさでした。
・「海の男の誇りに最敬礼・・・」
太平洋戦争の結果として日本の商船隊が保有していた船は500トン以上のクラスで2,259隻が失われ、35,092人の船員の命が奪われました。支那事変からの8年間で見ると戦没船員の数は60,331人になります。 当時の日本人船員の死亡率は陸海軍人の死亡率を遥かに上回る43%にも達しますが、これは日本政府・軍にシーレーンを守るという発想がなく、軍に徴用された商船が丸腰のまま物資輸送のために敵艦隊が待ち受ける海を独航せねばならないという異常な状況に置かれがちだったためです。 そんな中でも特に悲劇的だったのは、日本軍占領地帯にいる連合国軍の捕虜に救援・慰問物資を送るべく連合国側から安導券(Safety conduct:安全航行の保障)を与えられた貨客船「阿波丸」が、緑十字旗を掲げて航行していたにもかかわらずアメリカの潜水艦「クイーンフィッシュ」の魚雷攻撃で沈められた事件でしょう。 浅田次郎さんの小説『シェラザード』はこの「阿波丸撃沈事件」を題材にしたものですが、小説の中での船は「弥勒丸」と呼ばれています。 物語は戦争中の「弥勒丸」を巡るドラマと、海底に沈んだ「弥勒丸」を引き揚げるために奔走する現代の人々のドラマを並行させてスリリングに進みます。そして、それぞれの状況において様々な人の思いが錯綜する中で、「弥勒丸」は時代を超え、誇りを持って美しく生きることの意味を人々に問い掛けてきます。 僕にとっても思い入れが強く、是非多くの人に読んでいただきたい作品です。
・「弥勒丸に惚れた」
シェエラザードってなに?のちっちゃな興味から初兆戦した浅田作品です。後半の展開の早いこと、ついついのめりこんでしまいました。下巻に入る前に「シェエラザード」「リムスキー・コルサコフ」「大東亜戦争」「阿波丸事件」ついには「千夜一夜物語」まで調べました。本の後半にちゃんと書いてありましたが・・(汗)。
作者がなぜこのタイトルをつけたか・・自身で探し当てた事で感動も倍増した気がします。「シェエラザード」(交響組曲)を聴きながら読んでみることをお勧めします。
・「戦前に起きたある豪華客船の海難事故の物語」
2兆円(という金額のスケールに驚く)の金塊と共に沈んだ豪華客船を引き上げろ。謎の中国人に100億円の融資の依頼を受ける、闇金融会社社長。なんだかとてつもない規模の海洋アドベンチャーが幕を開けるのかと思っていたら、全くもってそういう類の話ではなかった。横浜−サンフランシスコ間を航行するために造られた弥勒丸は、戦時下のもと陸軍に徴用されてしまう。戦争末期にある極秘任務を帯びて東南アジアの各地を巡ることになる。船長を始め関係者一同は何も知らされないままであった。そこにはどんな謎が隠されていたのか。なぜ沈没してしまったのか。「昔」を知る老人たちの重い口が今開かれる。映画「タイタニック」よりもグッと来るモノがあった壮大な悲話。
・「浅田次郎らしい作品」
浅田次郎の歴史小説には、清朝末期を描いた「蒼穹の昴」、新撰組を題材とした「壬生義士伝」「輪違屋糸里」などがありますが、この「シェエラザード」は、時間軸の交差と登場人物の独白という、いまや型となりつつある作者得意の技法が最も上手く使われている、その点で最高のできだと思いました。
まず時間軸の交差では、主人公が弥勒丸引き上げを依頼される現代と、弥勒丸が沈没するまでの過去とが交互に描かれています。ベースは三人称なのですが、クライマックスやラストで、さまざまな登場人物の一人称(独白)に切り替わる構成、重い題材を扱った小説をドラマチックに魅せてくれます。
戦争・大義などのテーマはもちろんですが、それ以上にこの書き方が引き立てているのは一人一人の登場人物の人間としての在り方ではないかと感じました。大きな時代の流れの中で真摯に生きた人の姿、そして時代が移ろっても変わることのない、人としての理想の姿。
NHKで映像化されることになったこの作品、どうか歴史だけでなく人間を描いたドラマとして読んでみてください。きっと楽しめると思います。
・「昭和20年に沈められた豪華客船の謎を巡る物語。」
昭和20年に台湾沖でアメリカ海軍の攻撃により沈んだ弥勒丸を巡る謎を追っていく物語。その弥勒丸とは、アメリカ航路に就く予定だった当事世界最高の性能を誇る豪華客船だった。戦争のため徴用され一度も乗客を乗せないまま、ジュネーヴ条約によって安全が保障された病院船として使われていた。その弥勒丸は、魚雷4発で撃沈された。弥勒丸を引き上げたいと申し出る謎の人物が現れ、運命の糸に導かれた人間が引き寄せられてゆく。昭和20年と現代が同時に進行してゆく構成がとられていて、スリリングに物語が進行する。
・「悪意の意味」
一人称の形で物語は進行する。ある作家が殺される。犯人は案外あっさりと分かる。しかし、その犯人はなぜか動機を語ろうとはしない。次々と動機に関係ありそうな事柄が浮かび上がってくるが、決め手となるものはない。謎はますます深まってゆく。そして、犯人自身によって真相が語られる。それは込み入っており、われわれ読者が想像できる範疇を超えている。作家というもののエゴを感じずにはいられない。しかし、犯人が動機を語らなかったのは、愛する人を守るためだった。そこからは、人間の本質が見えてくる。悪意というタイトルがついているが、事件の真相からは犯人の悪意は見えてこない。むしろ、自分ではどうしようもない感情に流される人間の弱さ、哀しさ…そういったものが浮かび上がってくる。このストーリーは決して特別なものではなく、われわれがともすれば陥りかねないわなを描き出している。どこにでもある、私たちみんなが持っている悪意。それが時には、殺人事件を引き起こすこともあるのだ。私たちは、彼ら(殺人犯)を特別な人間と考えるのではなく、同じ人間としてとらえるべきであろう。 …と思っていたら、最後に大どんでん返しが待ち受けていた。これまでの出来事がすべて覆されてしまうほどの。さすが東野圭吾、と思わせる作品である。ミステリー好きを満足させるに足る好著。 悪意―。このタイトルの持つ本当の意味を知ったとき、読者は人間の不可思議さ、その心理の微妙さに思いを致さずにはいられないだろう。人間の持つ業が見事に表現されている小説である。
・「加賀恭一郎シリーズ」
東野圭吾の大得意であるミスリードを最大限に生かした作品かと思います。最初から最後まで騙され続けました。まさかこんな所で著者の術中にハマっていたのか!!?という感じです。
発端の殺人事件は割とあっけなく解決してしまうのですが、それこそがこの物語の序章だったとは終盤に入ってやっと分かりました。その捕まった犯人が決して語らない「殺人の動機」。
この作品は、人が殺人を犯す動機はなんなのか?この事に焦点を当てて加賀刑事が推理していく事で進んでいきます。
あらすじの説明をもう少ししたいと思ったのですが・・・難しいですね。特にこの作品は。とにかく、東野圭吾の読者の意表をつく作風が好きな人は読んでみましょう!!とんでもない結末に驚くことかと思います。
・「ミスリードが巧み。見事にやられました。」
いきなり捕まる犯人。彼の書いた手記により明らかになる動機に成程と納得。が、甘いのです。読者を一旦納得させておいてから見事にそれを裏切る東野氏の十八番が待ち構えていました。東野作品なので多少のミスリードはある程度は覚悟していましたがこの作品は特に手が込んでいます。2転3転していくアクロバティックな話の展開に完全にしてやられました。正直少なすぎですが星5つ!
・「後味は悪いですが」
全く救いがない。でもここまで畳み掛けられると違った意味で気持ちいい。悪意の本当の意味は最後にわかります。途中、勘違いして読んでた自分に気が付いた時に、さすが!と、うならされました。かなりのボリュームで内容もHeavyですが、飽きさせずに引き込まさせられ、あっという間に読めました。
・「犯行動機を徹底的に解明する加賀恭一郎の執念―そこまで追い詰める動機とは何か?」
著者によれば、デビュー作第2弾である『卒業』で初登場させた加賀恭一郎をシリーズ化する予定は全くなかったそうである。現時点で彼が刑事として腕を振るう作品は全7冊。本書はそれらのなかでも「異色」であり、目次を眺めれば一目瞭然だが、「手記」・「記録」・「独白」・「回想」そして「解明」といった表現が列挙され、それゆえ本書は、野々口修と加賀恭一郎との時間を通じて展開される「対談形式」の様相を呈している。「記録」や「手記」のなかに隠された犯行の真の「動機」を探り出すホワイダニットの決定版とでもいうべき作品だ(著者いわく当初は全く売れなかったそうだ)。
読者によっては、「犯人当て」や「犯行手段」に比重を置いた作品を好む人も多いだろうが、動機の真相を暴きだすことは、それらよりも困難をきわめる作業ではないかと推察される。実際のところ、加賀は「過去の章その二」で、犯罪者の交友・家族関係を丹念に調査することで、最終的に「真相の解明」なるものに到達しえた。それは当初の目的実現にとって必要不可欠な任務であった。そのような意味でも、本書『悪意』は、加賀恭一郎の刑事としての慧眼・手腕そして執念(バイタリティ)のすべてを盛り込んだ最高傑作と称しても過言ではないだろう。なお本書の構成は、横山秀夫氏の有名な『半落ち』と似通っている印象を抱いた。
最終章「真実の章」では、加賀が「記録」や「手記」に隠された疑問や矛盾を、犯罪者の過去の交友関係に関する綿密な調査を踏まえながら、論理的に解き明かしてゆく、まさに「詰め将棋」の世界であり、ある種の「駆け引き」すら感じさせる。読者は加賀の静かな語り口に黙って耳を傾ける。醍醐味は十分に秘めている。人間に潜在的に潜む悪意(の根源)に真っ向から立ち向かうその徹底さぶりを、さりげなく披露する加賀の姿勢にこそ私は震撼した。加賀恭一郎は人間さを増しつつ「進化」するのだ。
・「文句なし」
おもしろかったです。本当に読みやすいし「宿命」っていうタイトルがピッタリで・・・。単なる推理モノじゃなく人間の因果みたいなものがにじみ出てます。おすすめ最近のヒットです。ドラマ化して欲しいくらい!!
・「タイトル「宿命」に込められた究極の意外性―絡まった「糸」は解きほぐされるか?」
東野圭吾の作品は、講談社文庫として全部で25作品刊行されているが、それらのなかで最も読まれているのがこの『宿命』だろう。「宿命」とは、「前世から定まっており、人間の力では避けることも変えることもできない運命」だ。本書のストーリーもまさにこの言葉に完全に合致する内容である。「序章」と「終章」を除く全6章の意味深な言葉に盛り込まれた作者の意図を味わいながら、本書を読み進めるのがよいだろう。
本書においても殺人事件は生じるが、その事件の解明に関する詳細は、多くの読者にとって「二の次」だったのではないか。巻末の「解説」にある作者自身の見解が示しているように、本書の主眼はそこにはない。主人公を含む二人の男に課された「宿命」の意味とは何であるのかということに、われわれは必然的に集中する。その当時に作者が関心のあった「脳」という題材や社会派的な要素も随所に登場し、初期作品としてもかなりの自信作であったに違いない。「終章」は、繰り返し読み返したくなる名シーンだ。そこで明らかになる衝撃的いや「究極の意外性」に、一瞬ではあるが、時間が止まったような感覚を抱く。それゆえ、ラストを先に読んでは絶対にいけない。きちんとそれまでの歴史的経緯を知ったうえでのラストなのだから。
主人公(の二人)は、医学部進学を断念し父親と同じ警察官の道を進んだ和倉勇作と大企業の御曹司で、勇作が諦めた医学部に進学した瓜生晃彦である。同じ高校にいた彼らだが、ここから先の進路は決定的に違った。とはいえ、先の「宿命」という言葉にあるように、「糸」はずっとそれ以前から、つまり彼らが生まれる前から絡まっていた。晃彦の父親が他界する時に、彼が残した最期の「晃彦、申し訳ない、よろしく頼む」という言葉の真の意味とは何かを念頭に置き、作者の世界に足を踏み入れよう。読了後、不意に考えるかもしれない。自分にも「宿命」があるのか、と。
・「最後の10ページに僕は惹かれました。」
本の帯にラストを先に読まないでくださいとかかれていますが、本作品の結末を読んで、やはり東野圭吾は旨いなーと改めて感じました。 名作「白夜行」の基となった作品でしょう。主人公の人物描写に若干弱い部分があるかもしれませんが、作品の展開、終盤からラストまでの構成は、やはり並大抵の作家では書くことが出来ないはずです。
・「ミステリーを二重に仕掛けている」
東野氏の作品は、いくつかのカテゴリーに分けることができ、この作品は、白夜行、幻夜とおなじカテゴリーに入れることができると思うが、これらと比べるとミステリーの要素が強い作品である。作品中でおこる殺人事件の他に、もう一つのミステリーを二重に仕掛けているところが、作者らしく、また、うまいところだと思う。また、このほかに「家族」というテーマもうまく取り込んでおり、完成度の高いエンターテイメント作品だと思う。一方で、私の場合、白夜行、幻夜を読んだ後でこの作品に接したのであるが、読書中に、言葉にはうまく表せないのであるが、何か物足りなさを感じることがあった。この作品の初出が1990年であることを考えると、作者が(元々完成度が高いが)成長していると言うことなのかもしれない。
・「意外な事実がつぎつぎに現れます!」
すっごいおもしろかったです。読み始めたらとまらなくて、あっという間に読んじゃいました。(他のやらねばならないもろもろのことを放っておいて・・・)ちょっと先ですらどうなるかわからないし、意外な事実が次々にあらわれて、最後の最後までどきどきはらはらでした。リアリティもあって物語りに引き込まれていっちゃいます。こんなに夢中になって読んじゃうような本にあったのは本当に久しぶりです。
・「実世界にリンクするサファリロマン」
雑誌ソトコトさんの誌上で紹介されているのをきっかけに上下巻を読みました。会社に行く電車の中で気持はアフリカに飛びました。夢を追う主人公の姿は気持ちのいいものです。父親にも勧めました。w本の中にでてくる文章そのままのムパタの絵やホテルは実在していてソトコトさんのサイトで拝見してすばらしくて感動しました。
・「マサイマラの丘にロッジを建てる!!!」
表紙のアフリカの大地の写真に惹かれてこの本を手に取りました。1人の元編集者がコネもないもないケニアで、多くの人にこの自然を楽しんでもらいたいという思いをいだいてロッジの建設に着手する。
・「モデルの事件をよくここまで膨らました!」
この本では放火になっていますが、実はモデルになった事件が存在します。それは1998年の「ザイエンス新潟支店毒物混入事件」。 動機もまるっきりこの本と同じですので、作者はこの事件にインスパイアされてこの作品をものにしたと思われます。 しかし、犯人の妻の疑心暗鬼と直感から追い詰めていく刑事の心の動きを柱に据えたため物語に一気に厚みと深みが生まれました。 現実の事件では半年後に逮捕されましたが、実際逮捕されるまで家庭内でこんな暗闘があったんじゃないかな、などと思わずゲスな想像をしてしまいました。
・「一級のクライムノベル」
徹夜度 ★★★★★ 話題性 ★★★☆☆着想 ★★★★☆ 作品の重さ ★☆☆☆テンポ ★★★★★ 読みやすさ ★★★★★謎解き ★★★★☆ 感動 ★☆☆☆☆読後感 すごいおすすめ度 ★★★★★
「最悪」と並ぶ、作者の代表作。
2002年度版 このミスで模倣犯に続く2位。文春 2001 傑作ミステリーベスト10で6位。
本作品には三人の主要人物が登場する。妻を交通事故でなくしたトラウマから立ち直れないでいる警部補 九野家族4人で平凡に暮らす主婦 恭子将来に目標もなく、ワルにもなりきれない高校生 祐輔
一見関係ない彼らの人生が、小都市で起こった放火事件をきっかけに、交錯していくという、クライムノベル。些細な事件を、一級のサスペンスに仕上げ、一気に読ませる筆力はすばらしいの一語に尽きる。是非おすすめの一冊である。
余談であるが、この作品以降、作者の作品がミステリーファンにとっては物足りないものとなっている。もう一度、この作品で得た驚きを味わいたい。
・「奥田流」
とにかく話の展開が早くて面白いですよ。奥田英朗さんのよさは同時進行で起こる事件の展開の早さにあると思います。飽きずに最後まで読めます。現代作家として最高です。
・「説得力がある日常との連続性」
私が評価を☆5つとしたこの著者の作品『最悪』と同じく、本書も主な登場人物の日常の描写から始まる。そして、その登場人物たちの日常に起こった小さな出来事が、やがてある大きな事件に絡んでいく。日常との連続性に説得力がある、この過程の描写が非常に見事で、作品中の出来事が日常と乖離した非現実的なものとしては描かれておらず現実感が増す。また、日常の些細な出来事を通して、登場人物のキャラクターも見事に描き出されているので、作品の中にぐいぐいと引き込まれていく。「ミステリー」として分類される作品でもあるが、謎解きを楽しむ性格のものではない。人間描写とストーリー展開がすばらしい、極上のエンタテインメントである。(下巻のレビューに続く)
・「下巻を買わずに入られない」
文句なしのエンターテイメントです。
いくつかのエピソードが平行して進みますが、それぞれが興味深く、引き込まれてゆきます。上巻を読破したときに、下巻がないとイライラすること間違いなしでしょう。友人ふたりに上巻を貸したら二人とも自分で下巻を買いに走ったということからもお判りいただけるでしょう。
淡々と書かれたそれぞれのエピソードは下巻でいかに統合され、あっと驚くような結末につながるのか!?
・「一級のクライムノベル」
徹夜度 ★★★★★ 話題性 ★★★☆☆着想 ★★★★☆ 作品の重さ ★☆☆☆テンポ ★★★★★ 読みやすさ ★★★★★謎解き ★★★★☆ 感動 ★☆☆☆☆読後感 すごいおすすめ度 ★★★★★
「最悪」と並ぶ、作者の代表作。
2002年度版 このミスで模倣犯に続く2位。文春 2001 傑作ミステリーベスト10で6位。
本作品には三人の主要人物が登場する。妻を交通事故でなくしたトラウマから立ち直れないでいる警部補・九野家族4人で平凡に暮らす主婦・恭子将来に目標もなく、ワルにもなりきれない高校生・祐輔
一見関係ない彼らの人生が、小都市で起こった放火事件をきっかけに、交錯していくという、クライムノベル。些細な事件を、一級のサスペンスに仕上げ、一気に読ませる筆力はすばらしいの一語に尽きる。是非おすすめの一冊である。
余談であるが、この作品以降、作者の作品がミステリーファンにとっては物足りないものとなっている。もう一度、この作品で得た驚きを味わいたい。
・「複雑化した単純な事件」
(上巻のレビューの続き)■スーパーにパート勤務する平凡な四人家族の主婦・及川恭子■恭子の夫が被害にあった放火事件を担当する刑事・九野薫■オヤジ狩りを九野薫にしてしまった不良高校生・渡辺裕輔
以上が主な登場人物である。九野薫が中心となるストーリー展開ではあるが、私は及川恭子こそがこの作品の主人公だと思う。ホームドラマの主役にしか思えなかった彼女が、日常の中の小さな出来事を経るうちに変貌していく様が見事である。また、事件としては単純な、及川恭子の夫が被害にあった放火事件が簡単に解決しない様を通して、人間社会の複雑さも見事に描き出している。テクニックに走らないオーソドックスな手法で書き上げられた、すばらしいエンタテインメント作品である。
・「今年読んだ中で一番の面白さ!」
とにかく面白かった!一息に読了です!
新興住宅地に念願のマイホームを購入し、平凡ながらも幸せを噛み締めつつ生活している主婦恭子。恭子の夫は会社の宿直をしていた夜、放火騒ぎが起こり、火傷を追う。当初は以前会社が因縁をつけられていた暴力団の仕業とみられていたが、久野たち刑事たちの調べにより犯行は恭子の夫が会社からの横領を隠すための狂言であることがわかってくる。夫を信じていた恭子は過去に生じた金銭トラブルなども脳裏によぎり、次第に夫への疑念を膨らませる。なおかつパート先での人間関係、マスコミや警察がうろつく恭子宅を見る近所の目などから徐々に精神的に追い詰められてゆく。どんなことがあっても今の幸せを失いたくない、せめて子供には惨めな思いをさせたくない、と必死になるほど逃げ場のないところへと追い詰められてゆく恭子。そしてついに恭子は自ら一線を越してしまう。
作者は小説を描く上でディテイルが重要、と考えていると解説で触れられている。その言葉どおり、主婦恭子の日常が細やかに描かれておりリアリティにあふれている。パート先での主婦どうしの軋轢、市民運動家たちのエゴなどに翻弄されるあたりの恭子の心情も実に細やかに描かれ共感できる。こういった細やかな情景描写や心理描写がスリリングな展開を一層盛り上げている。 個人的に今年読んだ中でいまのところナンバー1!!
・「下巻は、読むのを止められないくらい面白い」
普通の主婦のたくましさに拍手。夫の起こした放火事件がきっかけで、なりふりかまわず、こんなにも強く変われるのかと驚いた。新居や子ども、平凡な暮らしを必死で守る母親の行動力には、すごいものがあると思った。上巻は、警察組織の内情を興味深く読んでいたけど、下巻になったら急展開。ええ〜っという、驚きの連続。書いている作家も、面白くて筆を止められなかったんじゃないだろうか。
・「どんどん追い詰められていく及川夫妻」
下巻になって、cといった感じだろうか。恭子の立場になって考えてみると、なんでろくでもない夫のために自分が落ちていかなければならないのかという風に思うだろう。恭子の子供を守らないといけないという気持ちが強いので、今の生活を保つために自分が何とかしないといけないという風に思ったのだろう。
・「京極堂シリーズ第1弾!」
普段は古本屋、時に神主、時に陰陽師の主人公・京極堂が活躍するシリーズ第1弾。
タイトルや表紙から、ホラーの類かと思う方もいるかもしれないが、読んでいて怖くなってくる小説では無いので、そういうのを期待して読むとガッカリしてしまうので要注意。
後々の作品に比べて、まだそれぞれのキャラの良さが際立っていないが、それでも間違いなく面白い。少し分厚い本だけれども、全然飽きない。それは、一見長ったらしく見える文章がこの作品にとって必要であり、また必要であることが読者にとってもわかるからだろう(そう思わせるのがとても上手い)。
このシリーズは第2弾、第3弾・・・とドンドン面白い話が続いていき、それぞれ単体で読めないこともないではないが、やはりこのシリーズ第1弾から読んで行った方が後の作品を楽しめるのは間違いないと思うので、興味を持った方はまずコレから読むことをオススメします。
・「「読んだ」というより読まされてしまった。」
推理小説といわれると「?」を付けざるを得ないし、それを期待すると肩透かしを喰らいますが、ミステリー・エンターテイメントとしては及第点以上、久々に裏切られなかった小説です。テンポも良く文章もしっかりしているのでページ数は苦になりません。皆が言うほど京極堂の薀蓄云々は饒舌では有るが嫌味も無く物語の進行を妨げる物でもありませんし逆に小説の奥行きを深め、物語を読み解いてく上でも不可欠なモノでした。近年のトリック重視・ゲーム小説化してしまったミステリーに辟易してしまった方々にお勧めです。
・「無題」
京極夏彦氏の作品には長編が多いです。この話は京極氏の作品としては短いうちに入るうえ、内容面を考慮してもこれから京極氏の本を読んでみようと考えている方には最適だと思います。京極氏の描くこの独自の世界観は、一度は触れておいて損は無いと思います。自分に合う合わないは別として、新しい単位の物差しを見つけた様な感覚が味わえます。あと、文章がとても綺麗だという印象を強く受けています。小説や文章の構成などに関しては全くの素人なので、ただの個人的な印象に過ぎないのですが、登場人物の心情描写のあたりの文章は特に、間や言葉が滑らかに感じられてとても好きです。
・「上手い」
本書は人が死に、いちおう探偵が登場し、犯人を捜す物語ではあるが、推理小説ではない。妖怪の話題は出てくるが、ホラー小説でもない。その手のカラーを期待してがっかりされると本書に失礼なので忠告しておく。
二段構えのレイアウトに、びっしりと説明台詞が書き込まれているので、読書に慣れていない人は序盤で力尽きると思う。主人公が鬱病を患っていた文士だということもあり、また特殊な心理や自己暗示などが関るので、かなり暗い心理描写が目につく。しかし、本書の一番の難所でもある小難しい京極堂の語りは、物語全体の「世界観」を演出する大事な要素だ。ここを読まずして物語への理解は不可能。
軽いノリで読める話ではないが、読み手を引き込む文章力はすばらしい。登場人物もかなり個性的だが、人物よりストーリーより、文章そのものに魅力がある。けっこう長く、独特の沈んだ雰囲気があり、しかも間を空けると展開についていけなくなるので、休日一日を読書に費やすつもりで読むべし。
読書に自信がある人にオススメ。絶対!損はしません。
・「唯一無二の作品」
普通にミステリーの傑作というとトリックや犯人探しに独自のものがあるものをいうと思うのですが、この作品は、そういった部分よりも宗教などの人文系の学問の薀蓄で形成された世界観が唯一無二となっています。
好き嫌いは分かれると思いますが、はまる方には、めちゃめちゃはまると思います。
分厚くて辟易するかもしれませんが、そういう薀蓄話がお嫌いでなければ、あっという間に読み終えます。
面白いですよ。
・「二人の関係が進展して・・・」
今回は開かない箱の謎と密室殺人のトリックがワンセットになっており、そこらへんは前の「笑わない数学者」に似ている。やはり今回もトリックをあっさり解明してしまう犀川がかっこいい。
それよりも本作で一番の読みどころは話の序盤でクリスマスを一緒に過ごす時の萌絵のヒステリック。これがかなり笑った。その後にも色々二人の間で事件が起きてて、物語全体のターニングポイントになっているのがわかる。というか犀川がどんどん普通の人間になっている気がする。
それと毎回珍獣のような扱いをされる国枝桃子。今回も色々なアクションを起こして笑わせてくれる。最後のオチもよかった。
・「このシリーズは本当に面白い!」
封印再度は犀川&萌絵シリーズの5作目になりますが、私はこの封印再度が一番好きです。推理小説としても十分に楽しめますが、私は何より、犀川先生と萌絵ちゃんの会話が抜群に面白いと思います。1作目から読むと、萌絵ちゃんの心の変化、犀川先生の萌絵ちゃんに対する認識の変化、そして二人の関係の変化が所々で窺えて、より面白いと思います。今まで私は、一度読んだ推理小説は読み返した事が無かったのですが、森博嗣さんの小説は、何回も読み返しました。興味を持たれた方は、是非一度、全シリーズ読んでみて下さい。
・「森博嗣の才能はすばらしいですね☆」
この作品は犀川&萌絵シリーズの分岐点とも言える作品ですね!このシリーズは工学部助教授の犀川先生とその教え子萌絵との関係も気になるところ。この作品はこの二人の関係が少し変わってきます。是非是非読んでみてください!
・「完成度が高いラブ・ストーリ?ミステリィ?」
大好きです、この作品。タイトルも洒落ていますね。森先生の作品はタイトルも面白い。
今回は犀川・萌絵のラブ・ストーリーも含まれているのですが、それがまた面白い。
森先生はミステリィを書かせたら超一流ですが、ラブストーリーもいけるんじゃない?
と思いました。まぁ、ご本人は否定なさると思いますが。(笑)
今回の作品を読んで今まで以上に犀川・萌絵が好きになりました。特に萌絵はこれまで
持っていたイメージから大分変わりましたよ。(勿論良い方に)
トリックはイメージしにくいものだったのですが、なかなか面白かったです。是非。
ps.まぁ、本格派ミステリィではないかもしれませんが。
・「トリックとしては…」
純粋なトリック(いわゆる本格ミステリ系)としては、??な内容ですが、タイトルと、その英語バージョン(サブタイトル)と、あと各章ごとのタイトル、全て含めて見ると、二度三度と見る楽しみが増すのでは…ある意味、それがこの「ミステリ」一番の「トリック」だと個人的には思いました。
森博嗣初心者にはあまり、お勧めしませんが別の「M&Sシリーズ」(森博嗣氏の、初期〜10作品)を読んで、もう一作読んでみよう、という人にはお勧めです。
・「当たり前ですけど、いろんな人がいろんな風に考えています。」
「青春」という文字に惹かれて買いました。著者もあとがきで述べていますが、「活字にしろ映像にしろ、そこに描かれている部落は、差別の厳しさ、被差別の実態ばかりが強調されていて、(中略)ひとことで言うと「暗い」のだ。」という部落問題を巡る報道のイメージとは異なる世界を教えてくれるかもという期待を感じたからです。 予感は的中しました。本書には差別を受けた経験のない部落民も経験のある非部落民も、同和教育に疑問を感じている部落出身の教師も、同和教育が重要だと力説する調査会社の社長も、さまざまな人たちの部落差別に対する考えが書き留められています。一方的に差別を糾弾するわけではなく、1990年代後半の部落差別の状況を可能な限り正確に記録することを目的としているように思えて感心しました。 著者自身も部落出身であり、実名を公表することで何らかのリスクがあるかもしれないと考えていましたが、迫害や差別を受けることは皆無だったそうです。少しは日本がよい社会になっているのかもしれませんが、何よりもこの本の魅力がそうさせたという気がしてなりません。
・「お見事!」
なんか、さわっちゃいけないテーマと思っていたのですが、今の実状がわかるとても良い本でした。
差別される理由も、きちんと書いてある。「部落でトクをした」と言い切る若い女性もいるなんて驚き!
そもそも、外見では区別がつかないし、もう終わった話と思っている人も多い問題が、なぜこんなに長く続いているかよくわかった。
著者の笑いのセンスも、すごくいい!
中高生が社会の時間に読むといいと思う。
・「どんなことも知らないのは無知、無知が差別を生むことは多い」
部落差別だけじゃなく、人種差別、性差別、障害を持つ人への差別、などなど、色んな本を読んで来ましたが、角岡さんほど色々なバランス感覚がいい人はいないと私は感じます。きれいごともなく、被害者意識が強すぎることもなく。
・「愛しい人たち」
いい本です。何よりも、身構えずに読めるのがいい。本書に取り上げられている人たちにとても親近感を覚えます。
取材に応える人たちの軽妙な関西弁(中身は結構重たかったりしますが)に楽しく引き込まれていくうちに、へぇー差別ってこういうことなんだいうことが垣間見えたり、それでもちゃんと闘っているじゃん、と心強く思ったり。みんな私と同じように、それぞれの困難さの中で、それなりに一生懸命生きている仲間なんだな、と思えてきます。
取材のために食肉工場に体験入社したものの、足手まといになって注意され涙目になってしまう著者の姿には、思わず笑ってしまいました。
・「こんなんもありやろ」
おもろい肩の力抜いて読める。扱ってるテーマがめっちゃ重いはずやのになんやそんなん感じぃへん。せやからといって残らへんかというたらそれもちがう茶化してるかいうたらそれもちがう
この本やったら子供にも読ませてもええと思うし自分に余裕がない人が読んでも落ち込んでしまうこともないやろ。
ああええ本や。
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