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▼資本主義を考える:セレクト商品

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫) (詳細)
ヴェルナ-・ゾンバルト(著), 金森 誠也(翻訳)

「資本主義を考える時の必読文献」「上流階級の性愛と贅沢が資本主義社会を生み出した。」「『経済論戦は甦る』の祖の祖?」「贅沢」「オートクチュールと不倫の要因は、フランスの宮廷にある・・・。」


有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫) (詳細)
ソースティン ヴェブレン(著), Thorstein Veblen(原著), 高 哲男(翻訳)

「今後も重要度が増すであろう名著」「このヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。」「無限増殖するヴェブレン」「いたこのヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。」


貧困のない世界を創る貧困のない世界を創る (詳細)
ムハマド・ユヌス(著), 猪熊弘子(翻訳)

「最貧国とも呼ばれたバングラデシュからこのような人物が出てくることに、新たな未来を感じた。」「資本主義システムのmissing pieceとしてのソーシャルビジネス」「経済学の忘れもの」「経済学の忘れもの」「匹敵、無血革命」


ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家 (詳細)
ムハマド ユヌス(著), アラン ジョリ(著), Muhammad Yunus(原著), Alan Jolis(原著), 猪熊 弘子(翻訳)

「静かなる情熱の人」「ジンテーゼ「マイクロクレジット」を構想する知性と行動」「徹底した実践主義」「強く推薦できる、素晴らしい本。働く人、これから働く人、みんなに読んで欲しい。」「エッセンスがてんこ盛り!」


合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究 (詳細)
大庭 健(著), 川本 隆史(著), アマルティア・セン(著)

「正義への欲求」「社会的選択理論の必読論文集」「名論文が目白押し」


悪意なき欺瞞悪意なき欺瞞 (詳細)
ジョン・K・ガルブレイス(著), 佐和 隆光(翻訳)

「常識は非常識だ」「自由は富の追求のためにあるかのごとく考えるに至った現代への警告書」「値段の割りに・・・。」「社会人なら当然実感している内容」


ゆたかな社会 決定版 (岩波現代文庫)ゆたかな社会 決定版 (岩波現代文庫) (詳細)
J.K. ガルブレイス(著), John Kenneth Galbraith(原著), 鈴木 哲太郎(翻訳)

「考えましょう」「不平等、貧困の新しい地位」「一つの時代にとらわれない広範な視野」「ゆたかな社会に潜む罠」「通念をひっくり返す痛快な社会分析」


Textbook 資本主義経済の理論Textbook 資本主義経済の理論 (詳細)
伊藤 誠(著)

「はっきりいって必読の書!」「資本主義経済の仕組みを根本から学ぼう!」「宇野学派の枠を超えていない」


企業の理論企業の理論 (詳細)
T. ヴェブレン(著), Thorstein Veblen(原著), 小原 敬士(翻訳)


経済と文明 (ちくま学芸文庫)経済と文明 (ちくま学芸文庫) (詳細)
カール・ポランニ―(著), 栗本 慎一郎(翻訳), 端 信行(翻訳)

「資本主義は悪性腫瘍!?それは極めて特殊な経済形態。」「反市場主義者が描く人権無き社会」「著者には星五つ、訳者には……」「とにかく訳が問題。」


貨幣とは何だろうか (ちくま新書)貨幣とは何だろうか (ちくま新書) (詳細)
今村 仁司(著)

「貨幣とは人間と人間をつなぐ大事な大事なものなのです。」「解りにくい…まとまりに欠ける…」「難解すぎる記述に疑問。」


交易する人間(ホモ・コムニカンス) (講談社選書メチエ)交易する人間(ホモ・コムニカンス) (講談社選書メチエ) (詳細)
今村 仁司(著)

「今村流「社会的なるもの」の再考」「見事な現代社会批評」


経済の文明史 (ちくま学芸文庫)経済の文明史 (ちくま学芸文庫) (詳細)
カール ポランニー(著), Karl Polanyi(原著), 玉野井 芳郎(翻訳), 石井 溥(翻訳), 長尾 史郎(翻訳), 平野 健一郎(翻訳), 木畑 洋一(翻訳), 吉沢 英成(翻訳)

「ポランニー理解の「とば口」として」「玉野井先生が訳者だったので」「経済を社会に埋め戻すとは?」「経済人類学論集」「お世辞にも読みやすいとは言えませんが」


ならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰かならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か (詳細)
ロレッタ・ナポレオーニ(著), 田村源二(翻訳)

「資本主義のもたらした闇経済」「経済というより破壊された政治の記述」


幻滅の資本主義幻滅の資本主義 (詳細)
伊藤 誠(著)

「資本主義経済の原理から問い直す問題精神!」「示唆に富む本です」


資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 (詳細)
中谷 巌(著)

「一流の成功哲学が学べる」「この人は何者?」「なぜ、レビュアーはそれほどに批判的なのか」「物作りは経済の源」「この様な本が出てきて良かった。」


暴走する資本主義暴走する資本主義 (詳細)
ロバート ライシュ(著), 雨宮 寛(翻訳), 今井 章子(翻訳)

「いったい何が起きているのか。」「労働者を苦しめる消費者と投資家は結局自分自身」「日本人こそ読むべき書」「経営ビジネスという観点から会社の方向性を決める立場の人にはぜひ読んでもらいたい本。」「大きな問題提起」


世界を壊す金融資本主義世界を壊す金融資本主義 (詳細)
ジャン ペイルルヴァッド(著), Jean Peyrelevade(原著), 林 昌宏(翻訳)

「市場主義から政治への回帰」「資本主義の行く末は?」「コンパクトだが中身の濃い本」


「欲望」と資本主義-終りなき拡張の論理 (講談社現代新書)「欲望」と資本主義-終りなき拡張の論理 (講談社現代新書) (詳細)
佐伯 啓思(著)

「「欲望」から透徹する現代社会.読みやすく,読み応えあり.」「名著」「フロンティアを探し続ける資本主義」「「欲しい」は作られ、自分が作る」「他者の欲望の欲望の資本主義」


▼クチコミ情報

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)

・「資本主義を考える時の必読文献
このゾンバルト、ウェーバー「プロテスタンティズム〜」、ウェブレン「有閑階級〜」は必読のもの。先ずこれらを読んで議論し、内容を深めつつ新しい方向へ探りを入れる、これでしょう。もちろんアダム・スミスへ遡っても良いし、マルクスでも、現代のボードリヤールへ来ても良い。しかし先ずは、前記3人のものを読んでのこと。特に、読み込まなければならないのは、経済活動のシステムではなくて、そこに存在する精神、ここが勘どころ。アダム・スミスも本来は哲学教授だったはずですから、注意を怠らなければ得るものは多い、と思います。3人の中ではゾンバルトが、どういうわけか、日本ではほとんど無視され続けてきましたが、さいわい文庫版が出たので、読んでいない言い訳にはならなくなりました。

・「上流階級の性愛と贅沢が資本主義社会を生み出した。
性愛と贅沢が消費を生み出し資本主義を生み出したというゾンバルトの説は、冗談みたいだが、その理論立てはとてもシンプルで存外真面目である。中世期にヨーロッパで大都市がいくつか生まれたが、そうした都市は「完全な消費都市であった。大消費者は・・王侯、僧侶、高官であったが、それに新たに追加された主要なグループは大資本家であったp.59」1969年の「当時のロンドンの住民の割合を・・・グループ別ににわけて見ると、・・・六分のニが王及び宮廷の関係者、六分の一が役人、六分のニが地主と間接的に国家の金利で生活するもの(財産家)、六分の一が商業及び手工業従事者ということになるp.80」「個人的な奢侈はすべて、感覚的な喜びを楽しむことから起こった。・・感覚の刺激を繊細にし、増加させたいという欲望はすべて、元を正せば、われわれの性生活にもとづいている。p.134」女性が奢侈の主役になるとともに、奢侈は「多数の家臣や従者を動員することp.197」である「非生産的奢侈p.198」から「すばらしい衣装、住み心地の良い住宅、高価な装飾p.198」等の「即物化p.198」した「生産的奢侈に移行p.198」した。「中世では、生産に長い時間をかけるのがしきたりとなってp.200」いたのに対して、「使用者がより迅速に手に入れることができるようより短期間内に贅沢品が生産されるp.198」「大都市が発達するとなると、大勢の人が狭い場所に住まなくてはならない関係上・・贅沢の密度の強化、すなわち一方では即物化、他方では繊細化をともなう密度の強化がみられるようになった。p.207」いつの世も世界を動かすのは女性の力なのか。

・「『経済論戦は甦る』の祖の祖?
 ゾンバルトはかのマックス=ウェーバーと並び称されたいわれるドイツの経済史家である。ウェーバーは『ãƒ-ロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』においてè¿'代資本主義成立の礎ã‚'カルãƒ'ァンæ'¾ã®ä¸-ä¿-å†...禁欲に求めた。一æ-¹ã‚¾ãƒ³ãƒãƒ«ãƒˆã¯ã€æœ¬æ›¸ã®ã‚¿ã‚¤ãƒˆãƒ«ã®é€šã‚Šã€è³‡æœ¬ä¸»ç¾©ç™ºå±•の起源ã‚'恋愛と奢侈に求めた。ウェーバーがå...ˆã®ã€Žãƒ-ロ倫』の注においてゾンバルトの批判に反批判ã-ているã"とはよく知られる。ウェーバーの言い分は、ゾンバルトの資本主義がæ-‡æ˜Žç™ºç¥¥ã‹ã‚‰å­˜åœ¨ã™ã‚‹ã€Œå-¶åˆ©ä¸»ç¾©ã€ã‚'意å'³ã-ているのに対ã-、ウェーバーの資本主義が合理的経å-¶ã‚'特å¾'とする「è¿'代資本主義」ã‚'意å'³ã-ているというã"とだった。

 ã"の反批判の適否はともかく、二人の立å 'の違いは資本主義の供給面と需要面どちらã‚'重è¦-ã!™!!るかの違いであろう。というのも、ウェーバーがä¸-ä¿-å†...禁欲による資本のè"„積というサãƒ-ライサイドã‚'問題にするのに対ã-、ゾンバルトはè²'æ-ã®å¥¢ä¾ˆã¨ã„うデマンドサイドã‚'問題にã-ているからだ。二人のè«-戦が供給面ã‚'重è¦-するå'と需要面ã‚'重è¦-するå'とのé-"の現在まで続くè«-戦に類æ¯"できるように感じてã-まうのはå°'ã€...飛躍が過ぎるだろうか?。

・「贅沢
この本を一言で表すと、*ヨーロッパ人の見栄と実情の本

【この本を読む目的、動機】好きな人を振り向かせるために過去、現在の著名人達は努力を惜しまなかったという話はよく聞くが、実際、どこまでの効力を発揮したのか知りたいと思った。贅沢は資本主義にどんな影響を与えたのか?【この本から得られること】3つあります。1、ヨーロッパ諸国の16世紀から18世紀頃の経済の動き2、贅沢ばかりしていた人々の本当のお財布事情3、非合法恋愛の発展

贅沢することがステータスだったこの時代。その後ろ側には女性達の「贅沢」が世の中のニーズを作り出していた。

お金を使うことが最大のステータスのため、借金してまで贅沢をし続けていたヨーロッパ人の見栄ってすごいと思った。そこまで見栄を貫き通すから、発展したのかとも考えた。

独身男性は既婚の女性を寝取ることで地位を得たり、浮気をすることで(男性の)社会的地位を得たりする。

これぞ男性にとっては、贅沢ですね。

・「オートクチュールと不倫の要因は、フランスの宮廷にある・・・。
私たちの生活を突き動かすのは、禁欲か贅沢か.M・ウェーバーが資本主義成立の原動力を精神的な禁欲に求めたのに対し、19世紀フランスの宮廷恋愛という題材を用いて、著者は贅沢にそのエンジンを求めます.贅沢は、セックス、不倫、買売春と深く結びついて、どのような社会を形成していったのでしょうか.

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫) (詳細)

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

・「今後も重要度が増すであろう名著
いわずと知れた,経済学・社会学における古典的名著.新訳である本書はいままでの訳本でもっとも読みやすいものになっている.

小原訳(岩波文庫)とのちがいで気づいたことを挙げると,なにより字体が大きく綺麗なことが目をひく.単純なことだが,この利点は大きい.また当然,用語がより現代風になっている.たとえば,キーワードである"conspicuous"の訳も「衒示的」というあまり耳慣れないものから「顕示的」になった.訳の難しい語にはルビを多用しており,原語がわかるようになっているのも気が利いている(あくまでカタカナ表記だが).巻末の訳者解説も,「制度」「進化」「製作者本能」などヴェブレン独特の概念が簡潔にまとめてあって参考になる.

本書は,ボードリヤールやブルデューの!研究に影響を与えたことから,消費社会論ではすでに必読になっているようだ.また,非主流派経済学のバイブルとして有名な本書だが,90年代はじめあたりから主流派経済学のなかでも「ヴェブレン効果」のモデル化や実証研究が盛んになってきているらしい.このことから,今後もますます読まれていく古典だと思う.

・「このヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。
副題が「制度の進化に関する経済学的研究」 というものなのですが、有閑(レジャー)階級という制度がなぜあるのか、どのように進化してきたのかということを人間の歴史から考察し、女性がどのようにして男性の付属物となりえてきたのかを考察し論じています。非常にハバの広い様々な分野が絡んだ研究だと思います。

人間はある時点から、道具を作り、工夫しても物を作り出し余暇というものを作り出したんですね。そして、その余剰の生産物を略奪するということが起こったのです。全てはそこから発生しているのです。

命を産み、生産をする女性達は略奪品であったのですね。女性は戦利品であり男性の名誉の象徴ということになり、細く儚げであったほうが良いという風に容姿も体も変ってきてしまうわけですね。男女の歴史は本当に根が深くて、その歴史からくる慣習、常識のようなものにがんじがらめにされていることがよくわかります。人間への洞察がほんとうに面白い!こういう人がいるからほんとうに人間の事がわかってゆくんだな、、って感動してしまいました。

細くなくっちゃいけないとか、か弱くなくっちゃいけないって、脅迫観念のようにあったりするでしょう?なんでこんな風に感じてしまうのか解らなかったけれど、自分の感情のように思っていたことが実は長い人間の歴史上でおこっていたことが身についてしまっていたんだと解ると、ずいぶん感じ方が違ってくるものですね。

まあ、なんといっても大変面白い本を書いたこのヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。でもそれは分かる気がします!ぜひぜひ皆様読んでみてください!

・「無限増殖するヴェブレン
「奢侈」的行為と階級との動的関連を長期歴史的に分析した研究。マルクス以後、これほどインパクトがありながらも目立たないままに研究者たちをはじめとする様々な人に浸透した理論はあるだろうか?たとえば、有閑階級(近代日本では旧制中学進学可能な富裕層)が、スポーツ生活に関する一般の感情に対し、その影響力を及ぼすのは行儀正しい生活の準則を通じてであるというヴェブレンの指摘を証明している。

・「いたこのヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。
副題が「制度の進化に関する経済学的研究」 というものなのですが、有閑(レジャー)階級という制度がなぜあるのか、どのように進化してきたのかということを人間の歴史から考察し、女性がどのようにして男性の付属物となりえてきたのかを考察し論じています。非常にハバの広い様々な分野が絡んだ研究だと思います。

人間はある時点から、道具を作り、工夫しても物を作り出し余暇というものを作り出したんですね。そして、その余剰の生産物を略奪するということが起こったのです。全てはそこから発生しているのです。

命を産み、生産をする女性達は略奪品であったのですね。女性は戦利品であり男性の名誉の象徴ということになり、細く儚げであったほうが良いという風に容姿も体も変ってきてしまうわけですね。男女の歴史は本当に根が深くて、その歴史からくる慣習、常識のようなものにがんじがらめにされていることがよくわかります。人間への洞察がほんとうに面白い!こういう人がいるからほんとうに人間の事がわかってゆくんだな、、って感動してしまいました。

細くなくっちゃいけないとか、か弱くなくっちゃいけないって、脅迫観念のようにあったりするでしょう?なんでこんな風に感じてしまうのか解らなかったけれど、自分の感情のように思っていたことが実は長い人間の歴史上でおこっていたことが身についてしまっていたんだと解ると、ずいぶん感じ方が違ってくるものですね。

まあ、なんといっても大変面白い本を書いたこのヴェブレン先生は、大変女性達に人気があったそうです。でもそれは分かる気がします!ぜひぜひ皆様読んでみてください!

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫) (詳細)

貧困のない世界を創る

・「最貧国とも呼ばれたバングラデシュからこのような人物が出てくることに、新たな未来を感じた。
 2006年ノーベル平和賞を受賞したマイクロクレジットのグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌスの最新作。

 初めてこの人の本を読んだが、志の高さと、行動力そして新たな経済システムとも言うべき「ソーシャル・ビジネス」の提案など、その思想に感服した。 なんといっても、今の多くの資源を消費することを美徳とする資本主義が行き詰まっている今、このような考え方が持続可能な新たな世界の構築に役立っていくのではないかと期待させられる。

 彼はバングラデシュから貧困をなくすために開始したマイクロクレジットだけではなく、医療から教育、携帯電話などなど様々な事業(ソーシャルビジネス)を行っている。 それらの中で、本書では開始して間もないフランスのダノンとの合弁事業の展開が詳しく述べられている。この過程で今までのダノンにはない、太陽電池パネルを備え水処理システムなどを備えた環境対応型で多くの地域に雇用を創出する小さな工場の建設提案や、トウモロコシを原料とした生分解プラスチックの容器への使用など新たな試みがいくつも出てくる。素晴らしいのは、この事業の目的が、貧しい人たちの栄養状態の改善と彼らへ職を提供することにより貧困を減少させること、そしてそこから得られる利益は投資家には還元されないというものである。

 彼は、経済のグローバル化は否定はしていない。むしろアプローチの仕方によっては貧しい国々を助ける力になると述べている。しかし、その負の側面に対しては適切な監視やガイドラインの必要性を訴える。

 彼の描く未来は明るい。第三部の「貧困のない世界」にその夢は述べられている。先進国からではなく、最貧国とも呼ばれたバングラデシュからこのような人物が出てくることに、新たな未来を感じた。

・「資本主義システムのmissing pieceとしてのソーシャルビジネス
経済のグローバル化、市場の自由化は素晴らしいことである。金融技術、情報技術などの発達もあって、我々の生活は過去50年で大きく改善している。しかしながら、それは地球上の極限られたわずかな人々の話であり、世界の人口の半分は一日当り2ドル以下での生活を強いられている。本書ではこの不合理がなぜ起きているのか、それをどのように改善すべきかを自身の経験に裏付けられた信念、理論で語られている。

曰く、今までの経済学では「人間をただお金だけを動機、満足、幸福の唯一の源とする一事件的な生き物だという前提」があり、資本主義のシステムも利益を最大化することを目的とした企業を前提に作られている。しかしながら我々は寄付をするなどして困っている人を助けたりするし、人のためになることに喜びを感じる。また最近では企業の社会的責任が注目を集めるなど、人間は必ずしもお金、利益だけを目的として生きている訳ではない。

経済的な利益と社会的な利益は究極的には両立出来ないというのが氏の主張で、社会的な利益を追求するソーシャルビジネスという新しいモデル、システムを提唱している。

今の企業社会、資本主義社会に疑問を持っている方には一度読んで頂くと、社会に対する新しい見方が出来て良いかもしれない。

・「経済学の忘れもの
2006年ノーベル平和賞はムハマド・ユヌス総裁とグラミン銀行に贈られた。 受賞理由は「貧困層の社会的経済的基盤の構築」だった。 この本は、ユヌス氏のノーベル平和賞受賞後の初の著作にあたり、貧困層への融資 (マイクロクレジット)に関する考えが詳しく語られている。

(1)世界銀行等への批判     世界銀行は「貧困の排除」を目標に掲げているが、大規模な経済成長を通じてのみ     しか貧困層の救済を考えていない。経済成長は時間がかかりすぎることが多く、また     成長は貧困層を犠牲にすることがありえる。ユヌス氏の世界銀行批判は厳しいが     世界銀行の存在意義を否定しているわけではなく、その手段・パラダイムの古さを     指摘している。 (2)融資のスキーム     借主は5人組で相互扶助組合を作らなければならないが、借主以外の4名は連帯保証     とは異なり債務の返済義務を負うものではない。これはバングラデシュのように、     人口の流動性が低く、相互補助意識の高い国にしかなりたたない可能性はあると思う。 (3)融資の条件と対象     働くこと(商売すること)を条件としその運転資金として貸し出しを行う。     借主の97%が貧困家庭の女性。ユヌス氏は女性への融資は男性への融資に比べ     子供の教育資金に回っていくことが多いと説明している。 (4)回収率     98.9%と通常の融資と比べ回収率について遜色はない。 (5)教育活動     グラミン銀行は識字率の向上にも力をいれている。 (6)サブプライムローンとの違い     消費目的には融資しない。また融資の債権を商品化し転売することはない。 (7)マイクロクレジットの思想と社会主義の関係     マイクロクレジットは飽くまで資本主義の中で貧困層を中間層に押し上げることを     目標としている。   経済学・金融論はもともと人間の幸せの追求が動機であったはずだが、幸せを効用という 言葉に置き換え、人間はどのように行動するのかを予測する学問に変質してしまったの かも知れない。 私はこれからもグラミン銀行を見守って行きたい。

・「経済学の忘れもの
2006年ノーベル平和賞はムハマド・ユヌス総裁とグラミン銀行に贈られた。 受賞理由は「貧困層の社会的経済的基盤の構築」だった。 この本は、ユヌス氏のノーベル平和賞受賞後の初の著作にあたり、貧困層への融資 (マイクロクレジット)に関する考えが詳しく語られている。

(1)世界銀行等への批判     世界銀行は「貧困の排除」を目標に掲げているが、大規模な経済成長を通じてのみ     しか貧困層の救済を考えていない。経済成長は時間がかかりすぎることが多く、また     成長は貧困層を犠牲にすることがありえる。ユヌス氏の世界銀行批判は厳しいが     世界銀行の存在意義を否定しているわけではなく、その手段・パラダイムの古さを     指摘している。 (2)融資のスキーム     借主は5人組で相互扶助組合を作らなければならないが、借主以外の4名は連帯保証     とは異なり債務の返済義務を負うものではない。これはバングラデシュのように、     人口の流動性が低く、相互補助意識の高い国にしかなりたたない可能性はあると思う。 (3)融資の条件と対象     働くこと(商売すること)を条件としその運転資金として貸し出しを行う。     借主の97%が貧困家庭の女性。ユヌス氏は女性への融資は男性への融資に比べ     子供の教育資金に回っていくことが多いと説明している。 (4)回収率     98.9%と通常の融資と比べ回収率について遜色はない。 (5)教育活動    グラミン銀行は識字率の向上にも力をいれている。(6)サブプライムローンとの違い     消費目的には融資しない。また融資の債権を商品化し転売することはない。 (7)マイクロクレジットの思想と社会主義の関係     マイクロクレジットは飽くまで資本主義の中で貧困層を中間層に押し上げることを     目標としている。   経済学・金融論はもともと人間の幸せの追求が動機であったはずだが、幸せを効用という言葉に置き換え、人間はどのように行動するのかを予測する学問に変質してしまったのかも知れない。

グラミン銀行の思想とは、結局は貧困層の労働意欲への強い信頼に他ならないように思う。 グラミン銀行は98年のバングラデシュ大洪水をなんとか乗り越えた。しかし、現在の 世界同時不況は乗り越えられるのだろうか。私は陰ながらグラミン銀行を応援し続けたい。

・「匹敵、無血革命
貧しい人々のために捧げられた銀行が、資本主義の欠陥を克服する。それらは市場の失敗ではない。それらは人間の概念化の失敗である。貧困がこの世に存在するのは、紛れもなく人災であると、氏は定義します。イデオロギーは必要ない。銃を手にして無差別に人を殺す必要もない。貧しい地方の働き者の貧しい女性たちに、ほんの少額のお金を貸す。それがなぜ革命であるのか、その秘密を本書でユヌス氏は語ってくれます。09012

貧困のない世界を創る (詳細)

ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家

・「静かなる情熱の人
バングラデシュが独立を果たした1971年、「国づくり」の理想に燃えて在米のベンガル人留学生たちは争って帰国した。すでにアメリカ人の妻を迎え、米国永住権を取得していたムハマド・ユヌス博士もその一人である。しかし、帰国してチッタゴン大学の経済学部長となった博士が見たものは、戦争で荒廃した祖国と飢饉に苦しむ農民の姿であった。祖国の絶望的な貧困を目にして、博士は自分が大学で教えている『経済学』というものが一体何なのか、悩む。アメリカで身につけた華麗な経済学の大系が急速に色褪せて見えたことだろう。そして徒手空拳、「貧しい人々に元手を貸す」というマイクロクレジット事業を創建するのである。アメリカで約束されていた学者としての将来を捨て、チッタゴン大学学部長としての安楽な生活を捨て、そしてアメリカ人の妻とも別れるという犠牲を払って。ユヌス博士は偉大なる情熱の人である。それほどの激しく強い情熱を裡に秘めながら、日常のユヌス博士は実に静かな紳士である。評者は博士が福岡アジア文化賞を受賞されたときに接する機会を得たが、常にやさしい微笑みを絶やさず、穏やかな話し方をする人であった。ただ博士の双眸の深くて強い輝きが、知性と情熱の深さを語っていたように思う。

・「ジンテーゼ「マイクロクレジット」を構想する知性と行動
 グラミン銀行は、現在では開発途上国の貧困層の支援策として広く世界で活用されつつあるマイクロクレジットの創始である。途上国はおろか米国等先進国における貧困層の自立支援策としても一定の広がりを見せつつあり、最近では(役所の刊行物である)わが国中小企業白書のなかでも描写されている。ムハマド・ユヌスは、そのグラミン銀行を起業し、マイクロクレジットという「ビジネスモデル」を構想、実現した人物。 本書はその自伝であり、もとより穿った見方はできるのだが、ユヌスがどのような道程を経てマイクロクレジットを世界に広めていったかを伝える、数少ない書と言える。

 「美しい経済理論を教える教室」から一歩外に出れば「死体があふれる現実」のバングラデッシュの貧困の世界が広がる。一方で、厳格な回教の教えのもとで、貧困層の女性には自立する機会が与えられず、女性への暴力が跋扈する社会。このなかで、貧困の解決と女性の自立とを目指し、ユヌスはマイクロクレジットを構想する。 眉唾と見ることは簡単なのだが、本書を通じてユヌスに見出せるその人間性は、経験主義と実践する力、ジンテーゼを構想する知性、Personal Missionを自覚した者が特有に持つ自己ドライブの力といえよう。 特に、「第一級の知性と言えるか否かは、2つの相反する考えを同時に心に抱きながら、なおかつ思考を機能させる能力を持ち続けることができるかどうかで決まる」というスコット・フィッツジェラルドの言葉のとおり、その執拗なまでの思考と知性とをもって、解決困難として放置されてきた問題に対する少なくとも一つの解を見出し・実行した点は、高く評価されるべきなのだろう。 また、マイクロクレジットが、あくまでビジネスモデルとして構想されていく過程は興味深い。

 美しい理論の視点から現実を切り捨てることは容易であり、学歴が高まるほどにこの性向には勝ち難い。しかし、ユヌスが見せたように、理論の象牙の塔に留まり現実に身を投じることなくしてはジンテーゼは生み出せない。斯様に当然のことを改めて強く認識する機会を、本書は提供する。

・「徹底した実践主義
単なる自伝かと思って読み始めましたがとんでもない。この本には考えるヒントがてんこ盛りでした。そして、これまた単なる小規模金融かと思ったグラミン銀行のマイクロクレジットが、試行錯誤の末に編み出された、計算されたシステムだということも良くわかり、驚きました。高い返済率は偶然ではないのですね。

例えば毎日あるいは毎週支払いがある、という点。一見すると厳しいように思えますが、そのためにはすぐにキャッシュフローを生み出す事業を行わなくてはなりません。つまり、長期間かかる投機的な投資はこの仕組みで防いでいるわけです。

貧しい人々を信じる強い意志と、先入観を捨てた経済学者の頭脳。今まで読んだ開発関係の本の中でも有数のものだと太鼓判を押します。

・「強く推薦できる、素晴らしい本。働く人、これから働く人、みんなに読んで欲しい。
ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏の自伝。問題解決を常に考え、現場で闘うというのはどういう事か、非常にクリヤーに見せてくれる。解決すべき課題・難題も山積みなのので、読んでいて、とてもスリリングな気持ちになれる。350P二段組という手ごわい文量なのだが、先が気になって一気に読み進めてしまう。グラミン銀行の成功を追体験し、とても気持ちよく読書を終わることもできる。氏の貧困撲滅に対する一見実現不可能に思えるような非常に大きなゴール設定とビジョンが、刺激的でもあった。これから仕事を探す人、今働いている人、みんなに読んでもらいたい素晴らしい本だった。

・「エッセンスがてんこ盛り!
これは単なる伝記ではありませんでした。どのようにグラミン銀行とマイクロ・クレジットのアイデアが生まれたか、という点も興味深いですが、なぜマイクロ・クレジットが機能するか、その現実的な仕掛けのヒントも入っていますし、ある意味、非常に面白い「起業ストーリー」でもあります。

でもそんじょそこらの起業ストーリーではなく、世界の最貧層という、普通ならマーケットから見放された人たちを相手にした2重の意味での起業なんですから。一つはグラミン銀行の、そしてもう一つは借りての貧困層の人たちの。いや面白い本でした。

ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家 (詳細)

合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究

・「正義への欲求
彼の厚生経済学批判の根幹を(強引に)一言で表すと「人々は効用のみならず正義への欲求も持っている」という点に集約されるだろう。

表題作「合理的な愚か者」では、効用(選好)に基く経済理論を批判するのだが、そこで批判の論拠として出すのがコミットメントである。コミットメントというのは端的に言えば「正義の実現への希求」であり、この概念は選好順序の問題としては取り扱えない。なぜなら、効用が純粋に帰結のみに作用するのに対し、正義は実現までのプロセスや行為者の意図に依存するからである。

「何の平等か?」では、功利主義やレキシミン原理が、端的に言えばごく一部の情報のみで全体の配分を考えているという点を挙げて批判する。この点は「個人の効用と公共の判断」でも取り上げられている。そこで登場するロールズ的発想は、同じ効用を得るでも、正義に乗っ取るか否かという点が関わるのだという視点である。(ただしロールズ的な思考は同様に基本財の配分にのみ着目するという欠点があるためにやはりセンは批判するのだが。)そこで彼が提起するのが「潜在能力」論である。(この点は福祉の経済学―財と潜在能力)に詳しい。

あとは有名なリベラルパラドックスやパレート伝染病の話だが、これは「きめ方」の論理 ―社会的決定理論への招待―にわかりやすい解説が載っているので、そちらも参照するといいだろう。

・「社会的選択理論の必読論文集
本書に載せられた論文は、現在のセンの理論を理解するために重要であるだけではない。社会的選択理論を学ぶ上で必ず読まなければならない論文が載せられていると考えられる。

 例えば、権利の定式化についての論争は『パレート派リベラルの不可能性』においてSenがはじめて行った自由の定式化に対する批判から始まったものである。このようなトッピクを研究しようと考えるならば、まずこの論文は読まれなければならないであろう。他にも功利主義への批判など、Senの良識ある考え方には学ぶべきところは多いのではないのだろうか。

 ただ、訳本で削除された論文がかなり多いのが残念である。

・「名論文が目白押し
「パレート派リベラルの不可能性」「合理的愚か者」「何の平等か」など、社会的選択理論を学ぶ人にとって、また、センのような経済学に倫理学の考え方を取り入れることに興味をもつ人にとって、とても重要な論文がのっているとおもいます。現在の社会的選択理論のいくつかの問題は、これらの論文から発せられたものです。20年以上前の論文ばかりですが、センのするどい思考に感動させられます。ただ、原典からかなり削除された論文があります。

合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究 (詳細)

悪意なき欺瞞

・「常識は非常識だ
経済観念・市場の常識論を痛く突いている本書。各種「・・・・主義」をまやかしと批判し、その欺瞞と矛盾を批判主張。皮肉もたっぷり。エコノミストの予測をうそといい、金融政策での経済運営を批判する。実に心地よいではないか。

・「自由は富の追求のためにあるかのごとく考えるに至った現代への警告書
経済学の巨匠でリベラリストのガルブレイス教授が九十余歳にして著した書。 このエッセイを一言で言えば『西欧近代思想の根幹である自由の本質を忘れて、自由を富の追求のためにあるかのごとく考えるに至った人間が寄り集まった社会に対する警告の書』だろう。そうなったのは悪意なき欺瞞であると言っている。が、悪意なき(innocent)は違法でないという意味で、道徳的に純粋であるという意味はないだろう。そのようになったそれ以上の理由については語られてはいないが、果たしてミネルヴァの梟を待っていられるのだろうか。

・「値段の割りに・・・。
中央銀行の幻想に関する記述は面白かったですが、それ以外は特に印象に残っていません。文字も大きく、ページ数も多くないので、あっという間に読めます。値段の割りに内容は薄いので、あまりお薦めできません。

・「社会人なら当然実感している内容
社会人なら当然実感している内容。わざわざ難しく言うんじゃないよと言いたい。「誰も語らなかった経済の真相」と言うからどんな真相だと思ったら、語らないのは社会人にとって当然のことだったから誰も語らなかった、もしくはブッシュのバックが怖いから誰も語らなかったと思う内容です。確かに読みやすい分厚さで、つい買ってしまいそうになるのは否めませんが。

悪意なき欺瞞 (詳細)

ゆたかな社会 決定版 (岩波現代文庫)

・「考えましょう
今年、無くなった世界最大の経済学者であるGalbraithの著書の98年に改訂された物を新たに決定版として発売したものです。以前は岩波の同時代ライブラリーとして発刊されていました。今回は新たに訳出したものです。Galbraithの平明で分かり易くて語りかけるような文章は読む物を引きつけます。学派的にもマルクス、ケインズなどまんべん無く語られているところが共感します。この本を読むことによって、近頃言われる「格差社会」などを検討する上でも非常に示唆に富む本です。こういう本が今の問題が発生する前に書かれていた問うことは驚嘆に値します。

・「不平等、貧困の新しい地位
1958年に初版が、1969年に第二版が出ている。50年経過して、ガルブレイスの説が、現実のものになった。

不平等、貧困の新しい地位が、アメリカの深刻な現実になった。ゆたかな社会の曲がり角が、2008年の特徴だろう。

ガルブレイスを呼んでいた人たちが、判断を誤ったのはなぜだろう。理論を軽んじたのだろうか、歴史から学ばなかったのだろうか、現実に押されてしまったのだろうか。

・「一つの時代にとらわれない広範な視野
 生産性の向上を目指して組み立てられた経済理論をもとに作り上げられた社会が、豊かになった今、どんな課題を抱えているのか。初版から40年後に改定された第5版。 前半部分では、社会と経済理論の発展をたどることから、経済理論の入門書としても適当。 生産性向上を至上の価値とする現代社会への疑問に、経済理論の面から応えるという正統で納得のいく一冊。

・「ゆたかな社会に潜む罠
ガルブレイスの主著だが、決して難解ではなく読みやすい。どちらかというと経済学の書というより、経済読み物に近い気がする。

前半では、スミス、リカード、マルサスからマルクス、ヴェブレン、ケインズまで経済思想史が面白く書かれている。さらに深く経済思想を知りたい人は『入門経済思想史 世俗の思想家たち』を読むといいだろう。

後半では、ゆたかな社会に対して既存の経済学が失敗していることを指摘する。まず、経済学が、物資の生産の優位、すなわちものをいっぱい作れること、能率が最大になること、が最良の状態であること、を前提としていることを指摘する。しかしそれでは社会の失業と貧困は不可避のものとなってしまう。

また、インフレ対策として既存の経済学は公定歩合の引き上げを提示するが、それではインフレは収まらず、逆にその対策だと貧困層や中小企業がますます苦しくなるのだ。インフレ対策には、限定的な統制が必要なのだ。

今のゆたかな社会では、市場を通す財に比べ公共財が著しく軽視されている。物的資本にのみ注目が集まるため、人的資本は軽んじられる。また、貧困層が少数派になってしまったので、貧困が無視できてしまう。しかし、ゆたかな社会に必要なのは、これ以上の物資ではなく、幸福なのだ。

今日の格差社会を念頭に置いて読んでみると、彼の指摘がまったく古びていないことがわかる。読みやすく今日性もあり、もっと多くの人に読んでいただきたい本である。

・「通念をひっくり返す痛快な社会分析
経済思想を歴史的な枠組みの中で捉え、貧困・生産・やりがいと経済的関心の歴史的な移行の過程とその問題点が考察されていました。

事実とそれを解釈する観念を分離し、普及した観念を通念と定義した上で、経済学的通念と実社会の関心の乖離を指摘していきます。特に社会の求める「ゆたかさ」が、貧困の解消、生産の重視と変遷し、現在は経済的な対価を求めるのではなく楽しさややりがいを追求する「新しい階級」という段階に至っていることを、本書初版の1958年に提示している慧眼に驚きます。

翻訳版の本書を読む限り少しシニカルな印象ですが、学問のための学問ではなく学問を通じて批判的に現実をとらえ、社会をより良くしたいという筆者の信念が痛ましいほどに伝わってきます。

ゆたかな社会 決定版 (岩波現代文庫) (詳細)

Textbook 資本主義経済の理論

・「はっきりいって必読の書!
本書は「経済原論」を受講する学生の方にとって最良の入門書であることは間違いないし、これから『資本主義経済の理論』を文字通り学ぼうとする方にとってもそうであろうト思う。本書はテキストブックとあるが、単なる解説にとどまらずこれまでの伊藤氏の『資本論』研究のエッセンスを詰め込んだものになっている。特に「転形問題論争」に関して、論争に一定の解決を与えたという点は注目すべきものがあるのでご自身の目で確かめて頂きたい。入門書としても十分であるし、より深い内容を学びたい方にとっても納得の行くものであると思う。ただ、大学の講義でこのテキストを使っていた私の友人や後輩の感想では、言葉遣いに特有のものがあり、はじめはとっつきにくい面もあるとのことだったので、慣れないう

・「資本主義経済の仕組みを根本から学ぼう!
本書は次のような文章からはじまる。「われわれの生活は、資本主義経済のしくみのなかで営まれている。それゆえ、資本主義経済の要素、特徴、本質などをできるだけ正確にあきらかにしておかなければ、われわれは自己の生活の基盤や特質をきちんと知ることができない」。学生のマルクス経済学離れが顕著であるといわれるとはいえ、資本主義経済の本性と作動様式を、歴史を理論的に解明するという独自の経済学方法論とともに、深部から体系的に明確化したマルクス『資本論』に学ぶ意味は依然として大きい。<テキストブック>として編まれた本書は、伊藤教授が多大な影響を受けたとされる宇野弘蔵教授の経済原論(3篇3章構成。第3篇第3章のみ第4節)とは異なり、8編26章の編別構成になっている。それ以前に刊行された『信用と恐慌』(1973年)や『価値と資本の理論』(1981年)に基づいて書かれたせいか、文意を汲み取るのが困難な箇所もなくはないが、含蓄の深い考察とともに、上記の問題意識を十分に説明してみせている。「剰余価値の生産」の7章から9章、「利潤をめぐる競争」の15章から17章あたりに、特に著者の経済原論をめぐる得意な洞察が組み込まれているように思う。16章の「生産価格と労働価値説」を通じて、広義の転形問題論争への解決を簡潔に行っており、それを読んだのちに、ふたたび9章の「労働価値説を考える」を眺めなおすのがよいであろう。更に言えば、こうした資本主義経済の基礎理論を学ぶことは、資本主義の仕組みそのものを乗り越える(体制としての)社会主義のあり方を志向する認識枠組みを提示しうることにもなるという点は注目に値する。そこには、「広義の経済学」へと原理論体系を弾力的に活用するという思考がみてとれる。工夫されたテキストになっていることも魅力だ。本書とともに、上述した伊藤教授の基礎理論研究書にも挑戦してゆきたい。

・「宇野学派の枠を超えていない
宇野学派はマルクス主義を根本から破壊する集団である。東大名誉教授の伊藤誠先生もその一員である。宇野学派の内部から宇野理論のあやまりを理解するものがでてこないかと期待しているのだが、残念ながら伊藤誠も宇野理論を克服していない。経済原論の教科書としては、大谷禎之介図解 社会経済学―資本主義とはどのような社会システムかがお勧めである。

Textbook 資本主義経済の理論 (詳細)

経済と文明 (ちくま学芸文庫)

・「資本主義は悪性腫瘍!?それは極めて特殊な経済形態。
資本主義は決して歴史の必然から生じたものではなく、世界的に見れば欧州の一部で生じた特殊な経済形態でしかない。本質的なのは「互酬」「再配分」あるいは相互扶助的で安定した「交換」のメカニズムの方だ。本書は言っているのはこれだけの事だ。これをダホメという国の扶助的な仕組み、奴隷貿易でのイニシアチブを発揮した交換方法、子安貝という貨幣のあり方等の分析を通して明らかにしてゆく。翻訳者の一人、栗本慎一郎が巻頭解説で「言い訳」している様に翻訳が悪いのか原文が悪文なのか極めて読みづらい。日本語として体裁をなしてない文章も多数散見される。とはいえ、80年代当初、栗本効果でバタイユと共に一気にポピュラになったポランニー。ついに文庫出まで出るようになったかと感慨深い。兄弟マイケルの『暗黙知の次元』も影響度という点では負けていない。凄い兄弟です。

・「反市場主義者が描く人権無き社会
 食いっぱぐれて路頭に迷いたくなければ,自分を売り物になる商品に仕立て上げなくてはならない。売りになる性格。資格。技術。これらを身につけねばと,強迫観念に駆られる商品社会すなわち市場社会。 恋愛商法というのがあるそうだが,友情も恋愛も商品化される市場社会。 ポランニーはこれを批判した。すべてのものが商品になるのは,人間の歴史において常態ではない。特殊事例であり,一種の病態である。市場は人間生活全体のなかに埋め込まれていなくてはならない。

 では,全面的に市場にたよらないなら,いかに生活の再生産はなされるのか。ポランニーは「再分配」「互酬」といった概念を用意している。 訳者たちも,こうした概念装置が市場社会を克服する武器として有効たりうると考えているようだ。

 しかし,再分配や互酬に基づく社会は,西洋的な近代社会に慣れてしまったわれわれには,道徳観を逆なでする数々の風習と結びついている。都会化された生活に慣れた者にはたえがたいような,極度にムラ社会的な束縛によって,いくえにも縛られている。本書からそれは容易に読みとれるだろう。

 わたしは,どうしても,再分配社会や互酬社会を市場社会よりも善いと,信じられない。商品化は大嫌いである。でも,再分配や互酬に基づきつつ,西洋近代が生んだ宝と思われる「人権」を,市場社会以上に高め維持する社会が,想像もつかないのである。

 もし西洋的近代社会において,あたりまえとされている,本当はあたりまえでないことについて,さまざまな気づきを与えられ,考察のヒントになることを求めるなら,マリノフスキー『西太平洋の遠洋航海者』を読んだ方がいいと思う。何の理論化もなされないような民族誌だからこそ,細部のもつ豊かさが切り捨てられていないから(真実は細部に宿るとはよく言ったものだとじ実感する)。

・「著者には星五つ、訳者には……
 本書はいわばポランニー理論(市場経済=商品交換よりも「再配分」「互酬」「家族経済」が人類史においては普遍的である)の実践編。18世紀にヨーロッパ社会と接触したダホメ王国がポランニー理論によって分析されており、ポランニー理解のためには重要ではある。ただし、読むならば、他の著作を読んでからにすべき。

 というのは、ひとつには遺著であって未完であること。もう一つには(というよりもこちらが主な理由だが)、訳文があまりにも拙劣で、内容の理解よりも訳文の解読に精力を奪われてしまうから。訳者たちはポランニーの悪文のせいにしているが、同じ文庫から先に出ている『経済の文明史』と比べればそれがただの「言い訳」にすぎないことは明らか。「てにをは」が明らかにおかしかったり、どう考えても意味が通じない文章が頻出し、訳者たちの日本語力を疑わせる。しかもこれが改訳版だというのだからあきれる。

 ということで、星は三つ。減点はもちろん訳文によるもの。

・「とにかく訳が問題。
ポランニーの理論(再分配/互酬/交換、資本主義社会の歴史的特殊性など)を民族誌をまじえて書いたらどうなるのか、という本。

未完ゆえの問題(たとえば註が不十分)もあるが、それなりに面白く読めるだろう。ただし、原書ならば、だ。

あまりにも訳がひどすぎる。訳者たちの言い訳は当たらない。ポランニーの文章は、「訳しにくい」という点では悪文かもしれないが、英語を辞書を引きながらなら読めるという人にとっては決して悪文ではない。関係節が長かったり、二重三重に説が入り組んだ文はあるが、読みにくい文章ではないと思う。

確かにこの手の文章は訳しにくいのだが、それを勘案してもこの訳はひどい。この一言に尽きる。これにだすなら、原書の”Dahomey and the Slave Trade”もしくは『経済の文明史』を購入したほうがずっといい。少なくとも初めてポランニーを読む人、ざっとでいいから読んでみたい人にはオススメできない。

経済と文明 (ちくま学芸文庫) (詳細)

貨幣とは何だろうか (ちくま新書)

・「貨幣とは人間と人間をつなぐ大事な大事なものなのです。
私的には文章が少し難しくかったので、一回読んだだけですべてを理解できたわけではないのだが、理解できた部分だけでも十分面白かったし、次に読み返したときにはもっと面白く感じられるのではないかという予想を込めて星を5つにした。読む人の基礎知識にもよるだろうけど、社会の本質を人間の関係性として見る立場に同意できる人はこの本によって貨幣の重要性(著者のいう貨幣形式)を学ぶことが出来ると思う。この本は貨幣の経済学的考察をしているわけではない。著者に言わせるとそのような見方は確かに重要ではあるが貨幣の一面的な見方でしかないという。またマルクス主義などの貨幣廃棄論は経済学的な見方しかしていないという点で同じ地平に立っているだけである。貨幣廃棄論は確かに魅力的ではあるが、過去に何度か行なわれようとした貨幣廃棄という行為は暴力を伴った悲劇で終わってしまった。その理由として、彼ら貨幣廃棄論者は貨幣のもう一つの重要性である貨幣形式を正しく認識できていなかったためだという。あまり自信はないのだが貨幣形式とは要するに他人との関係性を維持するための潤滑油みたいなものらしい。本書では文学や文字の考察を通して、人間行動の本質としての他者との交通の基本要素である会話と交換行動に焦点をあてる。会話の時間的・空間的制約を文字の発明が解放したように、空間的な制約を伴っていた交換行動は貨幣によって解放された。この文字と貨幣の対比により貨幣の重要性を説き、貨幣の本質を照らし出している。以上のようにこの本は貨幣の経済学的考察ではないため、この本を読んでもお金持ちになれるわけではない。しかし新しい見方を提供してくれると思う。最後に、ここで書いたことは本書の一部だけを理解できたつもりになっている私の理解であるため、本当はもっと奥が深いです。そのうえ私の理解は間違っている可能性があります。なので、いちお自分としては本書の一端を紹介したつもりですが、もしも本書に興味がわいて読みたくなったら、ここに書いた文章はきれいさっぱり忘れてください。

・「解りにくい…まとまりに欠ける…
 本書において著者の論理の核をなす、死の観念や距離化についての説明がほとんどなされていないので終始、著者の論理が把握しにくかったし、現実に照らし合わせて妥当な理論か判断ができなかった。 また、論理的な説明がなく突然結論が書かれているようで短絡的とも感じる。 一冊の書物としてはまとまりに欠けるようだ(本書に引用されている書物にはしっかりと論理が説明されているのかもしれないが…)この一冊では著者の論理が全く理解できなかった。 また、タイトルは『貨幣とは何だろうか』ではあるが、内容とあまり合っていない気がした…。  

・「難解すぎる記述に疑問。
 レビューのタイトルにも書いたが、この本の、難解すぎる記述に疑問を感じる。 新書は、「あるひとつのテーマを、そのテーマに関して、予備知識のない人間にも、わかりやすく、コンパクトなページ数で理解させる本」であると、私は定義しているのだが、この本は新書形式であるにもかかわらず、この定義にまったく当てはまらない。本文中に、次々と専門用語や、辞書を引かないと理解できないような観念語が頻出しており、展開されている議論が、まったく飲み込めない。 新書の存在意義は、「その知識分野における学習の、最初の一歩を踏み出すための、補助的役割を果たすもの」なのだから、もう少し噛み砕いて、私のような初学者にも、理解できるように書くべきである。 この本を理解するには、経済・現代哲学に対する、かなりの蓄積が必須。 この本を買って、読もうという人は、それなりの資質と、覚悟が要るだろう。

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交易する人間(ホモ・コムニカンス) (講談社選書メチエ)

・「今村流「社会的なるもの」の再考
「贈与」「交易」といった語をキーワードに、「社会」「社会的なもの」の内実を真摯に考察した書。

今村氏は、これまでにも暴力論や貨幣論などに関する優れた洞察を行ってきたが、本書ではそれらを踏まえながらも、相互行為の関係性としての「社会的なもの」を、「贈与」という視点から解き明かしていく筆致は圧巻である。

「贈与」という行為が、単純な「モノ」と「モノ」との「交換」に還元されないこと、それが経済性・政治性・宗教性・文化性という多元的な意義を有していることを、鮮やかに描いている。

現在、リベラリズムやリバタリアニズムなどで、「所有とは何か」という問題が改めて問われているが、それらでしばしばスルーされる問題(例えば「人格」と「所有」の問題」)にも、興味深い言及が行われている。

 「固い」内容であるにもかかわらず、論旨は明快で辿りやすい(と思う)。今村ファンのみならず、幅広い視点から「社会的なもの」を考えてみたいと思う方にお勧めである。なお、今村氏自身が、本書を、同シリーズの『抗争する人間』と姉妹編をなすと言及している点から、それも併せて読まれるべきであろう。

・「見事な現代社会批評
人間社会を「交易」という概念を導入して論じ、現代社会と現代の人間関係の特質を、これ以上望めないほどに明らかにしている。論述困難な主題であるにも関わらず、明快な論旨で全編が構成されており、巻末まで倦ませることのない筆力には脱帽する他はない。

交易する人間(ホモ・コムニカンス) (講談社選書メチエ) (詳細)

経済の文明史 (ちくま学芸文庫)

・「ポランニー理解の「とば口」として
  時代的制約からボルシェヴィズム等に対する過度の楽観論が散見されるが、本書はウィーン生まれのハンガリー系経済人類学者、カール・ポランニー(Karl Polanyi,1886-1964)の重要と思われる10編の論攷をまとめたものである。同書は、まさに「ポランニーの仕事のエッセンスともいえる論文をほぼ網羅しており」(佐藤光氏の「解説」)、ポランニーの業績を理解する上での「とば口」として意義ある書物となっている。

 現下においては「資本主義市場経済」体制が“我が世の春”を謳歌しているけれども、このシステムを考究する場合、当書に掲載されている「自己調整的市場と擬制商品−労働、土地、貨幣」(1944年)などの論稿は、“井底之蛙”とならぬためにも一度は眼を通しておくべきであろうと考える。実際、「市場経済の急速な発展こそが、資本主義という建築物の拡大を支える基礎」(F.ブローデル)なのだから。

 ここで労働、土地、貨幣という「擬制商品」との関連で、これら三大生産要素の「市場化限界論」を展開する金子勝氏のポランニー批判であるが、たとえば氏は要素市場における“(国民)国家の(政治)権力的作用”の視点が欠けているとする(『市場と制度の政治経済学』)。確かに、ブローデルが語るごとく「資本主義は、それが国家と一体化するとき、それが国家であるときのみ、栄える」(『歴史入門』)のだ。

 だが、ポランニーは前掲の論文で「規制と市場は連れだって発達」し、「市場経済の根底にある特異な諸前提」として「国家とその政策(=市場の自己調整を保障するのを助ける政策)」の問題にも明示的に触れており、そのことは保守派の論客、佐伯啓思氏も認めているところである(『現代日本のリベラリズム』)。私には、金子氏の前述のようなポランニー批判はあまり当を得ていないように思われてならない。

・「玉野井先生が訳者だったので
玉野井先生が訳者だったので、ポランニーを読み始めました。文庫になったことは知りませんでした。大枚をはたいてかった本が、文庫で手軽に読める現在はうらやましい限りです。しかし、同じ値段の文庫で、その内容の価値が100倍も1000倍も違うものを、見分けられない読者には価値はないのかもしれません。経済学を志す人だけでなく、社会学、歴史などを志す人達にもぜひ読んで欲しいと思います。

ps.企業の経営者の方が、玉野井先生の「転換する経済学」「エントロピーとエコロジー」を含めて、読まれると、利益至上主義の経営がいかに経営の基本から外れているものかが掴めるかもしれません。

・「経済を社会に埋め戻すとは?
 著者は、人々が主として経済的動機によって行動する現代の産業化社会は、19世紀の西欧において初めて出現したと主張する。そして、前近代社会においては、経済システムは社会関係の中に埋め込まれていて、人間は経済的存在でなく社会的存在であり、物質的財産の獲得ではなく、むしろ社会的名誉・地位の確保といった社会的認知を得ようと努力するとして「人間の経済は原則として社会関係の中に埋没している」と主張する。しかし現代の市場経済社会においては逆に、経済システムの働きが社会の他の部分を決定しており「社会関係が経済システムの中に埋め込まれている」のだという。

 本書は1940〜1950年代の古い文章とは思えない新鮮な刺激を与えてくれた。救貧法改革(1834年)によって自由な労働市場がイギリスに誕生したのが、ほんの1世紀前であるという記述には時代の経過を感じたが、逆に市場経済システムの歴史はイギリスでもそれほど短いものに過ぎないのか!ということに驚く。産業革命を重視する著者の考えに従えば、当時のイギリス政府による一連の政策によって、市場経済原理の三つの教義(労働市場・金本位制・自由貿易)がイギリスに確立してから、現在までわずか百数十年しかたっていないのだが、このような短期間で市場経済システムが世界中を覆い尽くしてしまったという事実には驚かざるを得ない。

・「経済人類学論集
 市場経済交換に対して互酬、再分配(贈与制、貢納制)という経済流通のモードを提示し、市場経済が全面化したのは近代だけだという仮説。問題はポランニーの想定した完全な市場は存在しない(「ベニスの商人の資本論」岩井克人)ということと、ポランニーは当時社会主義に好意的でそのまま死んだこと。吉本隆明と栗本慎一郎の対談「相対幻論」ではマルクスのアジア的生産様式論と絡めて対論されている。「アリストテレスのよる経済の発見」は経済的成長の観念や利潤の観念が無い「交換は「中庸」を保持するための分与である」というアリストテレスの考えが語られる。他「ファシズムの本質」「ハムラビ時代の交易」等。

・「お世辞にも読みやすいとは言えませんが
市場経済社会は近代の独特の制度である。それがポランニーが最も言いたい事であろう。我々にとって自明と思われる経済事象が実は近代の市場経済社会に独特のものであることを論述する過程は知的な枠組みを刺激するものがある。とくに市場と貨幣に関する論考はこれまでの資本主義や経済というものへの思いこみを打ち壊しうるものである。

著者の時代背景もあってか社会主義に高い評価を与えているのは今日から見ると疑問符の付くところであるが、当時(そして今も)の資本主義の抱えていた大きな問題も考えると致し方ないところであろうか。また、第2部はポランニーが同時代の問題を捉えたものであるが、我々から見たら過去の話であるため、同調しづらい部分もある。この書の中心はやはり市場経済の特殊性を述べた第1部であろう。

経済の文明史 (ちくま学芸文庫) (詳細)

ならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か

・「資本主義のもたらした闇経済
現代のアメリカ型資本主義は、ベルリンの壁崩壊以降、旧ソ連圏だけではなく、中国、東南アジア、南米等に大きな影響を与え、各国はそれぞれの経済体制を、大きく変化させた。

経済体制の激変時には、政治・法律の力が及ばない闇経済が必然的に発生する。この本は現代の各国のあるいは、国をまたぐ闇経済を詳しくレポートするものだ。

大きく分類すると以下のとおり(1)共産圏に自由と民主主義がもたらされた結果、貧困層が生み出され、女性や弱者で   奴隷状態ともいえる人々が増加した(2)マフィヤのマネーロンダリング等が世界的規模となっていった。 (3)途上国では先進国の模倣品、偽造が盛んになり、手がつけられない。(4)インターネットの世界は、無国籍で法律が全く及ばない。   サービスを提供する側もサービスを受ける側も奇抜な手段で金を稼いでいる。(5)政治自体も闇経済に引っ張られるように、恐怖や神秘が政治手段となっている。(6)その他いろいろ(当然アメリカも出てきます)

このようなことが、現実にあるのかどうかは全く分からない、というのが正直な感想。闇経済は、一般人には見えないからこそ闇経済言われるのだから、当然かもしれないが。

著者はイタリア出身のためか、アフリカ諸国がよく話題に登る。これは、日本人の本にはあまり出てこないのでなかなか勉強になる。また、著者のインターネット内での経験には思わず笑ってしまう。

副題は「世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か」となっており、一見、現代の世界同時不況の問題を取り上げているように見えるが、直接は関係ないので、その辺はお間違いないように。

・「経済というより破壊された政治の記述
ベルリンの壁の崩壊、EUの成立など、日本では表の面ばかりが取り上げられるが、裏で起こっている変化は単なる違法行為の蔓延ではないことが様々な実例を元に語られている。経済の統合やグローバル化が政治を無力化していった様子には慄然としてしまう。「市場国家」という言葉をこの本で初めて知ったが、本書では表題に経済学をうたっているにもかかわらず政治哲学からの引用が非常に多い。日本語版では引用文献のページを削除してしまっているのが残念。また、文化大革命がなされた理由を、都市と農村の距離を埋め領域支配を確立する中国史上初めての地理的運動、としているのには目からうろこが落ちる思いだった。扱うテーマの性格上、救いの無いような話が続いているが、最後に来て、イスラム金融に将来の望みを託しているのには意外な気がした。(女性の著者という先入観があったせいかもしれないが。)経済以外の政治・宗教(道徳)がどんなに大切であっても、現実に儲かる話に対抗することはイスラムほどの力がないと容易ではないと言うことなのであろう。

ならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か (詳細)

幻滅の資本主義

・「資本主義経済の原理から問い直す問題精神!
あとがきにあるように、伊藤教授の古希を自ら祝した著作ともいえる。これまで発表された論文を大きく3つに区分して編んだものであり、ここ数年の伊藤教授の学問的問題関心を端的に反映している。根底にあるのは、やはり「資本主義は勝利したのか」ということであり、特に1970年代初頭にはじまる先進資本主義諸国における危機と再編、ことに90年代以降のグローバリゼーションや新自由主義の展開に伴う災厄とソ連型社会主義の失敗という「二重の幻滅」をわれわれはどのように理解し、それをいかに打破してゆけるのか。21世紀に残された大きな宿題である。幻滅の先に「希望の原理」を見据えることができるのであろうか。資本主義経済の原理そのものが問われる時代という伊藤教授の精神を、本書を通じて伺うことができるであろう。経済原論というよりは、現代資本主義論や日本経済論の専門書としても堪能しえる。「幻滅」という言葉に読者である私はやや重い気分になってしまうこともあるが、明るい未来を信じてみたい。特に若い世代のかたに本書を通読して欲しい。

・「示唆に富む本です
宇野理論の中心人物である著者が資本主義に関して纏めた論考です。様々な角度から資本主義を分析してくれています。特に転形問題などは示唆に富みます。タイトルは大それたタイトルですが、決して期待を裏切らない本だと思います。読みこなすには時間と労力がいるかと思いますが、是非とも読んでい頂きたい本です。私自身、宇野理論はあまり研究したことがないのですが、著者の作品には強い影響を受けます。今後の活動に大きな期待を込めます。

幻滅の資本主義 (詳細)

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

・「一流の成功哲学が学べる
著者の変節を糾弾する声もあるが、変節どころか時流に乗り続けるという意味で、著者は1ミリもぶれていない。この手の評論家で時流に乗らない人などいないし、学者も例外ではない。

経済学者がメディアやビジネス、政治の世界に登場して存在感を増すためには、時代の空気を押さえることが欠かせない。それを不誠実だと言うこともできるだろうが、「世の中の変化を読め」と、支持を集めるビジネス系自己啓発本の作家達は常に言っている。それと同じことを著者も忠実に行い首尾よくいったのだから、文字通りの見事な成功者と言える。 著者のここ10年の活躍を見ると、著者のマーケティングやキャリア戦略が成功したのは間違いない。だからキャリア成功哲学の一種として読むと、本書とて色々な発見があるのではないか。

例えば、・真理や正しさではなく、世の中の空気の変化に対応することが成功だということ・それは学者も例外ではなく、学者に真理や真実を期待してはいけないということ・常に現在が正しく過去が間違っていると考えたほうが成功しやすいということ・学問の優れた指導者(著者の基礎マクロはよく読んだ)と、経済政策の立案者、未来予測、経営は、全く違う仕事であるということ・だからやたら実業に色気を出している経済学者は要注意だということ・市場の変化を読み誤ったとき、経営者は会社を追われ、社員は路頭に迷い、株主は損害を蒙るが、評論家は一冊反省本を出せばチェンジ完了、ということ。・責任を取らない立場の人間の発言は、注意して聞かなければ自分がその責任を取らされるということ。 そんな一人の学者の成功の軌跡を読むことで、今後のキャリアを悩んで「人生で成功する本」みたいな本を買っている人には、役に立つ一冊となるに違いない。もちろんそういう成功を目指す場合の話だけれど。

・「この人は何者?
トンデモ学者から御用学者になり、実は似非学者でしたとカミングアウトして本を売り、ちゃっかり儲けるというシナリオが行間からにじみ出てくる名著。金融危機、グローバリゼーション、マクロ経済関連についてこの一年に読んだ中では最低レベルの内容だが、著者自身は転向前よりも飛躍的に賢くなった模様で、自信ありげなのが頼もしい。一方、これで自分の名前をドブから拾い上げて、肥え溜めに捨てた訳なので、日本経済同様、著者自身が再生できるかも気になる。次回作は、『資本主義とは自著が売れることなり』というのはどうでしょうか?こんなものをハードカバーで出版してしまった編集者の懺悔も適当に入れてみると更に売れるかも。こうやって読者を裏切りつつ構造不況脱出、という不可能に挑戦する出版業界の勇気に心が熱くなる一冊です。

・「なぜ、レビュアーはそれほどに批判的なのか
学者の書く本として底が浅いという批判が多いですが、そもそも専門家向けの専門書として企図したものではないし、程度の低い(=準備に時間のかかっていない)経済図書や社会図書はあまたあるでしょう。著者の問題意識は広く共有できるものだと思います。すなわち自由に肥大するグローバルな資本主義は人を幸せにしないし、それがゆえに今の日本には安心、安全、連帯感が失われている。多くのレビュアーは本の中身よりも、著者個人もしくは著者が先導した現在の閉塞感に感情的になられているように感じます。逆にいえば、それほど、自分にとって関心のレベルが高いということなのかもしれません。確かにこの本の論証的な部分は甘いと言わざるを得ませんが、著者も書いているように経済学は外部経済(経済学が扱わない環境、文化、連帯感等々)をことさらに考慮できておらず、その外部経済ゆえに今の日本の閉塞感があるだから、それを考察しなおすためには、従来の経済学が扱わなかったそれらを広くとりあげざるをえなかったのだと思います。それがこの本の構想ですから、そこをとらえて批判するのはどうでしょうか?もちろん、私も彼の傲慢さを感じないわけではありません。でも、同じく傲慢な金融工学者がいまだに「昨今のリーマンショックに続く不況は金融工学の運用や扱いを間違っただけで、金融工学自体が間違っていたわけではない」とする、あまりに社会をみていない自己弁護に終始することに比べれば、はるかに真摯であり、ともに生きる社会の構成員として評価できるものだと思います。自身を否定するのは並大抵のことではありません。しかし、それをしてでも、こうした著書を書こうとした。それで星をひとつ加えて5つ星としました。

・「物作りは経済の源
著者が考え方を改めた事にいさぎ良さを感じた。日本の終身雇用制度や徒弟制度が良い物づくりの基本になり、これが経済発展の基礎になっている。すなわち、育てることが大切であり、日本は育て方に力を入れた体制を作ってきた。競争に勝つことや効率の良さのみを評価することは、育てることをしない世の中になることであり、刈り取り農業と同じで、残るのは痩せた土地だけである。

・「この様な本が出てきて良かった。
著名な経済学者中谷氏をもっても、行き過ぎたGlobalizationや規制緩和は環境破壊、貧富の格差を生み出すと言わしめた。

確かに、GM、クライスラー、CIT破綻等、自壊しつつある資本主義を見る時は、新しい時代への脱皮を感じる。

この様な本が出てきて良かった、心から思います。

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 (詳細)

暴走する資本主義

・「いったい何が起きているのか。
この本では、昨今の世界的金融危機やグローバル化による格差の拡大などに関し、現在の金融システムの中において、資本主義にいったい何が起きているのかを、感情的な悪者探しに走ることなく、冷徹な視点で論理的かつ説得的に分析を展開していってくれるため、頭の中が整理でき、問題の所在がよく理解できます。

著者の主張を一言で言ってしまえば、現在の状況は、超資本主義化により民主的資本主義が衰退してしまった結果である、ということです。

それは、容赦ないリストラを断行する企業や、莫大な報酬を受け取るCEOなどが昔に比べて貪欲になったからというわけではなく、様々な条件が重なった結果なるべくしてなったということです。

そして、その担い手の最も重要な位置を占めるのが、投資家であり消費者である我々であり、決して他者にばかり責任を押し付けていられる立場ではないという厳しい事実をつきつけられます。この本では、アメリカの状況について述べていますが、先進諸国のどこにでも当てはまることであり、日本でも全く同様の現象が現れているのは明白です。

50年代のアメリカでは企業は寡占状態にあり、競争は意図的に抑えられ、高い収益を得られる代わりに労働組合は強力で、賃金や福利厚生は高い水準で維持されていました。それが70代になり豊かさが広がると状況は一変し、企業の力が弱まり、代わって、投資家や消費者が力を持つようになってきます。

この動きを促進したのは技術革新であり、特にコンテナを中心とする流通の革新と通信の発展による情報革新が、社会と経済の様子を劇的に変えました。競争を余儀なくされた企業は規制緩和を求め、政治にも圧力を掛けるようになっていきます。さらに、その後のインターネットによる金融取引の簡素化や、金融に関する規制緩和、そして様々なタイプの金融商品の開発で金融市場は膨大に膨らみ、その後の金融破綻へと突き進んで行くことになります。

消費者は少しでも安い商品を企業に求め、投資家は少しでも高い配当を企業に要求し、応じられない企業は容赦なく他企業へと乗り換えられていき、企業は否応なく厳しい競争へと駆り立てられ、その結果、容赦ないリストラを断行することになります。皮肉なのは、リストラされる労働者の別の顔が、企業を競争に駆り立てる消費者でもあるという二面性です。

地元の商店で買わず、郊外の大型ディスカウントショップで安く買うようなことをしておきながら、企業にのみ倫理性を求める行為は公正でないと著者は言います。さらに著者は、自分の行動が社会に与える影響を考慮する市民としての自覚を促し、そして、激しい競争の中で企業に取り込まれた政治を、市民の手に取り戻す必要性を説きます。この辺のところはアダム・スミスの、公平な市場ためには人々は道徳的でなくてはならない、という言葉を思い出させます。

いかに企業が非情であっても、それはあくまで合法的行為であり、合理的に利潤最大化の行動をしているに過ぎず、そのような企業の行動を変えるには法律を変えるしかなく、そのためにはまず、企業を政治から引き離すことが必要であり、さらに、企業を人格のある存在として扱わず、あくまでも人間が合意して社会的決定を行っていく、真の民主主義の実現が必要であると、著者は訴えます。この辺は、日本ではさしずめ官僚からの政治の奪回となるのかも知れません。

この本を読んで私が感じたのは、今ある状況はなるべくしてそうなっており、その状況を変えたいと思ったら、なぜそうなっているのかを、目先の問題に囚われず、広い視野で、かつ厳密に見ていくことの大切さです。でないとただ文句を言うだけで、何が起きているのかわからないままに、自分の望む方向とは違う方へと流されていってしまうのだと思います。システムの変革と自分自身の変革は、どちらも欠かせない対の要素なのだと思います。

この本は私にとって、現在の経済状況から自身を見つめなおさせるような、意義深い内容の本でした。

・「労働者を苦しめる消費者と投資家は結局自分自身
消費者と投資家がどんどん力を持ち始め、少しでもお得な取引を望む。そのため企業やそこで働く労働者にしわ寄せが行き大変になる。結局、その労働者自身が消費者、投資家だったりする。なんというジレンマ。恐るべしsupercapitalism。

・「日本人こそ読むべき書
民主党陣営の一員でありながら、実に公平で冷徹な視点。「経営者が悪い!」としか言おうとしない人間を、むしろ問題解決を遅らせていると一刀両断。また一般に言われているようなレーガン政権による新自由主義改革が今日の格差を生んだとする説や、ウォルマートは反社会的企業だとする見方も完全に否定する。それはテクノロジーやグローバル化の流れの中での不可避な出来事であり、それを促したのは他でもない、投資家と消費者自身であると述べる。そして、このような視点に立つことこそ、まずは問題解決に必要なことであり、自分に都合のよい見方しか出来ない人間は、たとえ民主党の人間であっても有害だと言う。「原因とか対策とか、そういうのよくわかんないけど、とりあえず国と大企業が悪い!」しか言えない日本の野党やバカ論者は、ぜひともこの次期米国政権スタッフ有力候補の論を読み込んで欲しい。とにかく、野党のレベルが上がらないことには日本はどうしよもないのだ。

・「経営ビジネスという観点から会社の方向性を決める立場の人にはぜひ読んでもらいたい本。
 アメリカ発の金融クラッシュが現実のものとなりつつある今日。 なぜそうなったのか、本質的な問題にひとつの答えを出しているのが本書である。 そのことを、クリントン政権での労働長官、そして、今や、オバマ候補の政策ブレーン というアメリカの政策に大きな影響力を持つ著者が述べていることの異議が大きいと思う。

・「大きな問題提起
米国の資本主義と民主主義の保たれていた均衡が経済のグローバル化により崩壊する。経済の力が消費者と投資家の権力を増大させ、「超資本主義」が民主主義を蹂躙する。超資本主義が優勢になればなるほど、格差の拡大、雇用の不安定、環境問題などその負の部分が社会に蔓延するようになる。これらのプロセスが実によく描かれている。

超資本主義が勝利した米国の状況が今や日本やEUでも起こり始めている。資本主義の負の実相をよく表していて、この問題提起に対して民主主義が資本主義との折り合いをどのように付けていくのか、深く考えさせられる一冊だ。

暴走する資本主義 (詳細)

世界を壊す金融資本主義

・「市場主義から政治への回帰
フランスで売れている資本主義を論じている本といえばミシェル・アーベル:『資本主義対資本主義』が有名だが,こちらも「フランスで議論を巻き起こしたアメリカ資本主義への警告の書」だという.

米国主導の資本主義に警鐘を鳴らす書籍は多々あるけど,本書は政治力の必要性を主張している点で類書とは異なる.「広義の意味での政治力(国際的組織、各国政府、市民運動など)こそが、より多くの規制を用いて、これに修正を施していかなければならない」とし,特に「第五章 何をすべきか?」の「世界規模で暴走する市場経済の行く末」で市場主義から政治への回帰を提言している.

・「資本主義の行く末は?
フランスで議論を巻き起こしたアメリカ型資本主義への警告の書、だそうです。 なかなか難しい本ですが、この一冊で今の世界の金融市場はどのような事になっているのかがよくわかります。 そして、グローバル化、年金基金やファンドマネージャーが市場で力を握っていることなどを上げ、従来の資本主義の行き詰まりを唱えています。

内容を少し書くと、以下の5章に分かれます。

1章 ドイツ型資本主義モデルの終焉 ドイツ型の間接金融や、護送船団方式は消えてなくなってしまった。

2章 株主が握る力、その理論と実践 大企業の経営者は、儲けさせろと要求する株主全員のために働く奴隷に過ぎない。

3章 株主とは何者か 巨大機関投資家によって、Voice or Exitは崩壊している。

4章 市場と経済成長 先進国国家は株主資本主義を前にして退却せざるを得なくなってしまった。

5章 何をすべきか。 どんな国、どんな仕事をしていようと金融資本主義の波は襲ってくる。

社会主義のモデルが失敗した以上、現状の経済に関しては資本主義しかないですが、それに変わる新たな方法は出てくるんでしょうか。

・「コンパクトだが中身の濃い本
今の世の中に特徴的な金融至上資本主義やグローバリズム、ファンドの台頭などに対して、なんとなく居心地の悪さを感じていたのだが、この本を読むとなぜ居心地の悪さを感じていたのかがわかり、なんとなくすっきりとした感じがする。

世界を壊す金融資本主義 (詳細)

「欲望」と資本主義-終りなき拡張の論理 (講談社現代新書)

・「「欲望」から透徹する現代社会.読みやすく,読み応えあり.
「不平等社会日本」(中公新書)の著者,佐藤俊樹氏の「ノイマンの夢・近代の欲望」(これもいい本)で紹介されていたのをきっかけにこの本を読んだ.つい我々は,資本主義,消費者,産業革命等の大事なキーワードでさえ,教科書的な既成概念でとらえ,その歴史的誕生の経緯や,それを突き動かした「人間のサガ」を見落としてしまいがちである.

本書は,そうした連関を『欲望』という視点から見事に描きだし,“資本主義の歴史の縦糸”をあざやかにたぐって見せてくれる. 初版からすでに10年弱(今H12)を経ているが,ロングセラーのゆえんがよくわかる.惜しむらくは,学校の副読本として使うなど広く読まれることを期待したい.

私自身,大学1年の息子用に「もう一冊」買い与え,かつ会社でも研修等の場で紹介していきたいと思っている(人事担当ゆえ). 新書形式の軽いタッチながら,歴史を洞察した良書.こころから紹介したい一冊です.

・「名著
こういったテーマを扱う新書はそれこそ山のように出版されているが、タイトルに目を引かれて読んでみると興味深いことが書いてはあるものの内容が散文的で結局発散していることが非常に多い。しかし本書はそういった著作とは一線を画することを保証する。古本屋で300円は安すぎる買い物だった。資本主義ってアダム・スミスの「神の見えざる手」ってヤツでしょ?くらいに思ってる方(私もそうである)は、ぜひ読んでみることをお奨めする。損はしないと思う。

・「フロンティアを探し続ける資本主義
資本主義というものを、斬新な視点から考察した本。まあ佐伯啓思っぽいって言ったらそんな感じ。

「欲望」というものを、自分との「差異」に見出し、資本主義はこの「欲望」で成立していると指摘する。そして、「差異」つまり「新しいもの」を求めて対外膨張を続け、その後は内側に需要を作り続けるしかなくなる。

93年というバブル直後に出された本なので、バブルを相当に意識して書かれている。バブルも「欲望」が作り上げた、資本主義の必然でもあるのだろう。

ただ、少し言わせてもらうと、筆者の主張とも近いと思われ、筆者の博識さから見ても明らかに読んでいると思われる、ジャン・ボードリヤールの「消費社会の神話と構造」が参考文献に上がっていないのは疑問である。

資本主義を再考する上で、オススメできる本である。

・「「欲しい」は作られ、自分が作る
人間の「欲」と経済の関係を、歴史や国内外のいろんな角度から論じている。今の民主社会では、国民がモノ(や情報)を消費していかないと世の中が成り立たない。どんどん新しいものを作って売り、買い換えが促進されないと経済は滞る。そのために、欲望自身も作られ、わたしたち消費者も自ら欲望を探している。

なぜこうなるのか、その背景や史実を参照しながら、ロジックが分かりやすく頭に入ってきた。各章冒頭では、全章までの流れが復習でき、少しずつ読んでも親切な構成。

筆者の立場は中庸で、何をすればよいのかの答えはないし、モラルについては言及していない。でも、経済問題の本質を捉えているように思う。あたりまえのようだが、「欲しない(なくなった)」ところに市場はない。会社勤め(特にメーカー、販売)をしている人は一読の価値があるかと。

・「他者の欲望の欲望の資本主義
マルクスも彼を批判したゾンバルトも、筆者によると資本主義を論じるに当たっては人間の欲望を考慮に入れておきながらも、あくまで生産関係、労働を中心にすえて考えた。本書は、資本主義の終わりなき拡張の論理を、欲望の側面からあぶり出す、ありそうでなかった新書。

本書には、人類を大規模な航海へと焚きつけた、文明の外へ向けられた欲望に始まり、20世紀のアメリカの大衆文化(内)で花開いた、自分と他人との差違化をとかき立てる欲望、さらには外向きにも内向きにも欲望が飽和しつつあった80年代の日本における、ナルシシズム的な欲望にいたる欲望史として資本主義の歴史を洗い直すところに新しさがある。ただ、93年当時の状況を分析した、「似非社会評論」みたいなのは陳腐にみえ、やや蛇足であるような気がした。現代の日本人は、欲望ですらなく「好奇心」で消費しているというところも、「今に始まったことか?」といささか疑問の余地がある。

この本が出た後の状況と照らし合わせることは、後出しじゃんけんのようで少し不公平だが、一応考えてみる。本書の結論として著者は、産業技術の革新と欲望の拡大が乖離していくという道筋を予見しているが、はたしてどうだろうか。IT革命(もはや死語)の名の下に、情報技術が新たな欲望を生み出す源泉にはなっていやしないだろうか。例えば、このAmazonのレコメンド機能は、特殊なアルゴリズムによってその人物のみたページ、買った商品の履歴を分析し、その人が欲しがるであろう商品を算出し、おすすめ商品として本人に提示する。提示された側からすれば、次の欲望を探すまでもなく、機械にしかも的確に商品を選んでもらえるのであるから、便利なことこの上ない。結果的に、情報技術によって、僕たちは欲望を作られているといっても過言ではない。

ジャック・ラカンは人間の欲望を「他者の欲望の欲望」と定義づけた。それは、他者の欲しがるものこそ欲しがるという、人間の欲望の歪な性質を意味している。でもそれは、裏を返せば永遠の拡張を意味しているのかも知れない。自分の欲望が「他者の欲望」であり続けるということは、たとえ手に入れたとしても永遠に自己のものとはなりえないのだから。資本主義の終わりなき成長譚は必然なのかもしれない。

「欲望」と資本主義-終りなき拡張の論理 (講談社現代新書) (詳細)
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