袋小路の男 (講談社文庫) (詳細)
絲山 秋子(著)
「一筋縄では行かぬ、ほろ苦さ」「待ってました」「個人的な感想」「3作目が一番よかった」「セックスレスな男女関係の希望と可能性」
邂逅の森 (文春文庫) (詳細)
熊谷 達也(著)
「壮大なスケールで描くマタギ、富治の半生」「山本周五郎賞は裏切らない」「人智を超えた自然の営みに神を感じた時代…」「クライマックスは凄い」「圧倒的に骨太な名作」
白の鳥と黒の鳥 (角川文庫) (詳細)
いしい しんじ(著)
「きれいはきたない、きたないはきれい」「いしいしんじの短編集」
七回死んだ男 (講談社文庫) (詳細)
西澤 保彦(著)
「君は【反復落し穴】から抜け出せるか?!僕は底で死んだ。だって、しつこ、、、」「夢中になれる傑作」「SFと本格推理の見事な融合」「気が付けばいつの間にか自分も「反復落とし穴」の罠に…」「かなり面白い」
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF) (詳細)
テッド・チャン(著), 浅倉 久志・他(翻訳)
「ひたすらすごい」「贅沢な短編集に満足」「レムとチャン。」「この人なかなか筆がたつ」「八花撩乱。」
しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF) (詳細)
グレッグ イーガン(著), Greg Egan(原著), 山岸 真(翻訳)
「これはお得だ」「現代のひとつの頂点」「目に涙がわいてきました」「「文学的」ハードSFの旗手」「迷ったら読め!」
ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫) (詳細)
ジャック・フィニイ(著), 福島 正実(著)
「夢中になりました」「あらゆる要素が詰まった傑作」「過去に旅するこの方法、一度やってみたい」「精神一倒、何事か成らざらん」「タイムトラベル小説の古典」
時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫) (詳細)
ロバート・チャールズ ウィルスン(著), Robert Charles Wilson(原著), 茂木 健(翻訳)
「素晴らしい日本語訳者に出会えたことを喜びたい」「話もうまいしSFマインドもたっぷり」「ベテランにもハードSFの初心者にもうってつけ」「万人向けの傑作です」「必読」
まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫) (詳細)
三浦 しをん(著)
「面白さテンコ盛り!&ほろり。 超お薦め」「やっと読めた」「おかしみと、しみじみ感と……!」「町田市が舞台」「軽妙な文体から来る絶妙なリズム感が○」
肩胛骨は翼のなごり (創元推理文庫) (詳細)
デイヴィッド アーモンド(著), David Almond(原著), 山田 順子(翻訳)
「川上弘美が、始まる」「言葉の魔術に酔い、リアリティの揺らぎに身を任せてください…」「日常の隙間に潜む不思議」「解説を拒むシュールな作品集」「湿った空気の夜に読みたい。」
脳病院へまゐります。 (文春文庫) (詳細)
若合 春侑(著)
「迫力万点・情念の文学」「これは何。」「おど゛゛゛゛ろき!!」「生々しさ」「これが情痴文学?」
文学・評論>ミステリー・サスペンス・ハードボイルド>日本の著者>な行の著者>その他
文学・評論>SF・ホラー・ファンタジー>外国の著者>ア行の著者
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・「一筋縄では行かぬ、ほろ苦さ」
愛すべき不器用な男と女の優しい時間が3編で綴られています。心の距離が縮まるようで縮まらない歯痒さが体感できます。
・「待ってました」
文庫化されるのをずっと待ってました。恋愛でも友情でもない2人の微妙な繋がりが心地よい。大切な人の為に何も求めずに突っ走る主人公が素敵で憧れるし羨ましい。恋愛に悩んだらなぜかこれを読んでしまう。大好きな小説です。
・「個人的な感想」
12年間片思いを続ける女性を描いた表題作。少し間違えばストーカー文学、腐れ縁、よくあるだめんずもの。なのに、この切実さ、清新な印象はいったい何だろう。理屈じゃない。不思議な小説だ。(川端康成文学賞受賞)著者の作品の魅力として、よく男女の独特の距離感が挙げられる。表題作に加え2作が収められた本書でも十分に味わえると思う。
・「3作目が一番よかった」
タイトル作品の他2作品が納められている。女性目線から見た「袋小路の男」その男版の「小田切孝の言い分」の2作品がメインであり、「袋小路〜」は川端康成文学賞まで受賞したのだから、本作のハイライトであるのは自明の理であるが、私のツボは「アーリオ オーリオ」である。携帯メールではなく、手紙でお互いの気持ちをやりとりする二人。そこには、手紙という媒体特有の時差がある。その時差の間には当然ながら時間が流れている。この時間の流れは、ある種禁欲的な生活をおくる主人公の生活とダブってくる。その生活や時間の流れに憧れや共感を持つ男達は多いはず。作者は本当に男を描くのがうまいと思う。私はその上手さに引かれて、彼女の作品を読むのだが。因みに私もZEPならファーストです。
・「セックスレスな男女関係の希望と可能性」
絲山秋子の小説にはステレオタイプな男女関係が一切出てこないから、良い意味で小説としての期待を裏切るし、セックスレスな現代(いま)を感じさせる。本作も、高校から20年近く、手をつないだことさえない小田切孝くんと大谷日向子さんの関係が綴られている。当初は大谷さんの一方的な憧れ、片思いってあたりと、セックスを抜き取ったメルヘンチックなその関係は、チッチとサリーすら思わせるほのぼのさである。セックスに縛られない男女関係というのが、これほどストレスのない、持続的な関係を生むのかという発見がある。小田切さんと大谷さんの、まさにone to oneの関係以外に、ほとんど他者が介在してこないという手法も、最近の人間関係が錯綜する小説の中にあってはかえって新鮮である。このシリーズ「袋小路の男」「小田切孝の言い分」はまだまだ読んでみたい。 独身の叔父と中学生の姪が文通でやりとりする「アーリオ オーリオ」も、ある意味、セックスの介在しない男女関係であり、これも読んでいて、ほのぼのと楽しい作品だった。
・「壮大なスケールで描くマタギ、富治の半生」
凍てつく東北の山に暮らすマタギ、富治。富治の半生をマタギという狩人としての暮らし、圧倒的な自然の中で壮大に描いた力作巨編。読み始めるやストーリーにぐいぐい引き込まれ、一気に読了した。読書の悦びをストレートに再認識させる本だ。文句なく★5つ。
・「山本周五郎賞は裏切らない」
東北の狩猟で生計を立てる「マタギ」の物語。作者ならではの東北の雄大な自然を満喫できます。東北の自然は本当に神がかっていて、自然の力強さを我々に見せてくれます。秋田、山形という設定も地元の私には強く訴えかけてきます。本作の凄さは自然賛歌だけの物語ではなく、一人のマタギの人生を描ききっているところにあるのです。その人生もすざましく濃いものであります。富治の辿ってきた人生、出会った人々、恋愛、全てが読者の心に響きます。本当に良い読書体験でありました。人間を自然の一部分として捕らえた時に、自然と対峙しなければなりません。その経験は現在では殆ど体験することが出来ません。本書に触れることでその一端を垣間見ることが出来ます。
・「人智を超えた自然の営みに神を感じた時代…」
邂逅の森…
読み進めていくうちに考えさせられた。 現代の人間は、そして自分は、 本当に生き物としての本来の生を生きているのだろうか…?
厳しい大自然と生身のまま対峙し、 共存して生きたマタギのひとり、松橋富治…
ひとたび山に分け入れば、 紛れもなくそこには命のやり取りがあり、 知恵の限りを尽くして獲物と勝負する。
獲物を仕留めた時には思いっきり息を吸い込み、 「勝負!勝負!」と腹の底から声を発っし、 木霊する雄叫びにより仲間の漁師たちに宣言する。 それは最も高揚感の滾る瞬間であり、 同時に自分が手にかけた獣の死を見つめる時でもある。
獲物となる獣たちへの敬意と、 人智を超えた自然の営みに神を感じた時代… 季節が巡り、その変化から、 そして自らの内に宿る生き物としての衝動により、 今の瞬間をどう生きるべきかを感じ取っていた時代…
多分ボクには同じ生き方は出来ない…
でも、読み進めるうちに、 登場するマタギたちの生き方に想いをはせ、 何と生き生きとしているんだろう!! 心からそう感じ、意外なほど強く羨望を覚えた。
人間の作った人間の社会という身勝手なシステムに 余りにもどっぷりと浸かり、 生かされていることへの感謝や敬意を忘れがちなボクにとって 生きるって、なんだろう…? 人間として、生き物としての本来ってなんなのだろう…?
「邂逅の森」は、そんなことを考えさせてくれる、 強烈に迫ってくる一冊でした。
・「クライマックスは凄い」
秋田のマタギ富治の大正から昭和初期にかけての半生を描いた作品。抗い難い力によって人生の重荷を背負わさされた人々が、それでも懸命に生きていく姿は感動的です。テンポの良いストーリー展開にぐいぐい引き込まれる感じ。クライマックスの富治とクマの死闘は物凄い迫力です。
・「圧倒的に骨太な名作」
ものすごい驚くべきストーリー展開というわけでもないし、血脇肉踊るサスペンスフルなシーンが連続するわけでもない。それでも、ここに描かれた一人の男の人生を通して、自然とは、文化とは、女とは、親子とは、命とは・・・いろんなことが深く胸に刻まれる本です。
・「きれいはきたない、きたないはきれい」
いしいしんじさんの短編集です。なんか……いいんだよ……いいんだって………!これじゃ説明になってないな……あーでもこの独特な読後感はちょっと言葉にしにくいです。物語の芳醇な要素を抽出凝縮し奇想を贅沢にぶちこんだ聖俗清濁併せ呑む短編が収録されてるのですが、いしいしんじさんはファンタジー要素をまるっとぬいた現実の悲哀を描かせても上手い!と炙ったスルメのごとく噛み締めました。滑稽味のある人物造形がその裏にひそむ哀しみを引き立てるというか……ひょうたん島さながら泣くのはいやだ笑っちゃお的な人の日常の一瞬が切り取られていて、胸が詰まる。中年にさしかかったニューハーフの孤独な暮らしを描く「紫の化粧」、河原の彼岸と此岸に分かれてのホームレスのカラオケ合戦「薄い金髪のジェーン」など、もうね……こういう話も書けるのかと懐の広さに驚かされました。
人は本質的に汚いということ。でもそれだけじゃないということ。
居場所を失って河原に流れてきたジェーンが呟く言葉、「俺、ず、ずっとこの着物着てるよ。そ、そうすりゃきっと、も、もっとちゃんと、み、みんな俺のこと好いてくれんだろよ」がたまらなく切ない。「肉屋おうむ」の息子が死の床の父の耳元で囁く言葉、「カラタチとブルーベル」のおまじないに目から涙がこぼれた。そんないい話があるかと思えば、「赤と青の双子」に出てくる奈津川家さながら異形の家族にぎょっとする。跡継ぎの長男、父に疎まれる白痴の次男、赤男青男とぞんざいな名前を付けられた末の双子のみ溺愛する母、酒乱の父。家の呪縛から逃れられないと悟った長男の最後の言葉がひしひしとおそろしい……背筋が冷える短編です。「すげかえられた顔色」は世にも奇妙な物語で実写化されたらさぞ怖そうなシュールな一編。「紅葉狩り顛末」の大胆な奇想、老マタギ二人のかっこよさに痺れた……!「ボーリングピンが立つ場所」は傑作です。
・「いしいしんじの短編集」
いしいしんじさんの本は、「トリツカレ男」「麦ふみクーツェ」「ぶらんこ乗り」を読んでます。へー、いしいしんじは短編も書くんだ、と思って読みました。今まで読んできた本からして、ファンタジー色の強い、寓話的な短編ばかりかと思ったら、意外と年取ったおかまの悲哀や、路上生活者の歌合戦といった現代的な生活の物哀しさを扱ったものや、山に住む獰猛な紅葉が出てくる荒唐無稽な話もあったりで、幅広いジャンルを書く作家だなぁと、認識をあらたにしました。
どの作品も悪くないですが、個人的には、いしいしんじに「トリツカレ男」ではまっただけに、やはり『肉屋おうむ』『カラタチとブルーベル』のような異国の寓話といったテイストの作品が好きです。
・「君は【反復落し穴】から抜け出せるか?!僕は底で死んだ。だって、しつこ、、、」
七回死んだ男―目次
・とりあえず事件のさわりだけでも―9・主人公は設定を説明する・登場人物たちが一堂に会す・不穏な空気はさらに高まる・そして事件は起きる・やっぱり事件は起きる・しつこく事件は起きる・まだまだ事件は起きる・それでも事件は起きる・嫌でも事件は起きる・事件は最後にあがく・そして誰も死ななかったりする・事件は逆襲する・螺旋を抜ける時・時の螺旋は終わらない―337
愉快だねぇ。。
・「夢中になれる傑作」
久しぶりに「これは面白い」と思える本に出会えました。SFと本格ミステリーは、一見相容れないもののように思えますが、本作を読んで認識を改めました。繰り返しタイムスリップして七回も殺人現場に立ち会う訳ですが、決して単調ではなく、毎回毎回楽しめます。(不謹慎ですが)主人公のキュータロー君が、違った方法で殺人を食い止めようと
する度に、登場人物たちの意外な面と、真相が徐々に垣間見えてくる展開は、もう楽しくてしょうがありません。推協長編部門賞を逃した時の受賞作は「魍魎の匣」のようですが、相手が悪かったとは思いません。私は本作の方が好きです。
・「SFと本格推理の見事な融合」
同じ日が9回も繰り返されるという特異体質(?)を持った高校生が、反復される日の中で起きてしまった殺人事件を次の周までに回避しようと骨を折るというお話です。本格推理においては起きてしまった殺人事件の真相を後から明らかにすることしかできないのが普通ですが、この変わった設定によって、事件を防ごうと奮闘する動的な作品に仕上げることに成功しています。タイムスリップものが好きな人にも本格推理が好きな人にも勧められる作品です。
最後に無事に事件を防ぐことができてハッピーエンドというなら単なるタイムスリップSFなのですが、いまひとつ釈然としない部分を残しておき、最後の最後でその謎解きが明かされるという構成が見事。こういうオチはSF的設定がなければ絶対に無理なわけで、SFと本格の融合に単なる興味本位ではない必然性を感じさせます。
・「気が付けばいつの間にか自分も「反復落とし穴」の罠に…」
西澤保彦氏の文才が余すところに出ているこの本書。てっきり推理サスペンスかと思いきや、なんと時間跳躍ものだとは、読むまで全然気が付かなかった…。しかし非常に面白いです。
主人公は名探偵ではなく、ただの高校生と言う設定。そのため、何度も何度も失敗を重ねて事件を紐解いていく、と言う過程が非常に面白かったですね。また、主人公は9回ほど同じ1日をやりなおせるのですが、その9回ごとに話数がちゃんと区切られているのも話を読みやすくしています。
こうした時間跳躍ものを推理小説の舞台でやるとこんなにも面白くなるとは、リセットできる回数にも限りがあるのも緊迫感が出ており、次のループはどうなるんだろうと先の展開が気になってしょうがなかったですw
最後の展開でもあっと驚く説明がなされ…。自分は納得できましたけど…。人によっては微妙かもしれませんね(汗
文庫本一冊で非常に読みやすい本書、お暇な方は一度読んでみてはいかがでしょう?オススメの一冊ですよ。
・「かなり面白い」
財産争いの中殺されてしまった祖父。しかも次の日には前日にもどっていることを体験した主人公の“久太郎”。どうやら時間のループを経験するのは自分のみ。
何とか祖父の死亡を阻止しようと頑張るのですが、どうやってもその日の終わりには祖父は亡くなってしまいます。
久太郎の高校生らしくない年よりじみた言動といい、ストーリー内容といい
かなり面白かったです。シリアスというよりはコメディ感覚でミステリーを楽しめますよ。おススメです。
・「ひたすらすごい」
SF短編集。これはちょっとすごい。数々の賞を総ナメしたという触れこみなんだけど、確かにそれだけのことはある。
物理学はもちろん、言語学、認識論、哲学、知能論あたりのそれもエッジ近くの成果をすごく良く理解している。しかも、普通のSFだと科学の成果を応用して世の中をひねって見せるんだけど(J.P.ホーガンなんかがこのタイプだ)、チャンの場合は、学問的知識を上手く見せるために面白い話を書いている。知的にすごく高度な作業だし、読んでいて最高に楽しい。
久しぶりに、頭をフル回転させられる感じがした。感じとしては、絶頂期の小松左京に似ているかもしれない(ただ、ストーリテリングはチャンのほうが数倍上手い)。やっぱりSFはこうでなくっちゃ。
・「贅沢な短編集に満足」
SFはもちろん、ファンタジー、オカルトとバラエティーに富んだ八篇を収録した期待の新人テッド・チャンの初の短編集です。そしてテッド・チャンが現在までに発表した全作品がこの一冊に収まっています。
個人的におもしろかったものは、
「地獄とは神の不在なり」天使が降臨した時、人々に奇跡と災厄がもたらされるという、ファンタジー寄りな作品で、SFに免疫がない人にもおすすめ。表題作「あなたの人生の物語」地球に突然現れた異星人と女性言語学者のコンタクトを描いた作品。とても難しかったのですが、感動しました。落ち着いた雰囲気の語り口が好きです。
ちょっとでも興味が湧いた方はぜひ。
・「レムとチャン。」
テッド・チャンは極度に寡作な作家で、邦訳どころか本国でも単行本は一冊しか刊行されていない。その著者がSF者にどれほど評価されているかは、本書の解説に詳しく、また数々の賞を受賞していることからも一目瞭然なので、ここでは記さない。 表題作「あなたの人生の物語」、それから「地獄とは神の不在なり」からは特に強い印象を受けた。そして、巨人スタニスワフ・レムの作品を読んだときに似た読後感をあじわった。長編と短編の違いはあるが、レムと同様SFとかミステリ、ファンタジィといったジャンル小説を超越した思索の果てとしての物語である。 「あなたの人生の物語」のエイリアン、それから「地獄とは神の不在なり」の神は、レムの『ソラリス』や『天の声』と同様に全く理解の及ばない存在としてえがかれる。レムは作品でファーストコンタクトの不可能性を示し、本書においては著者が、理解できえない存在と出会って以降に人がどう変わっていくか、ということを考察し、描いている。そうした人々に注がれる著者の視線は……極端に冷徹である。まるで著者自身が神やエイリアンであるかのように。しかし、そこがいいのだ。読者は著者との差に愕然としながらも、思索の世界に引きずり込まれるだろう。 チャンはレムと同様の次元、哲学SFの極北にあると断言できる。
・「この人なかなか筆がたつ」
ストーリーごとに多様な世界観や,概念,小道具やらの設定が出てきて(それでこそSFといえるわけだが),これがトレンドを絶妙に押さえつつ,奇想天外で楽しい! さらに特筆すべきは,ストーリーもなかなか質が高い。この作家,まだ若いのにやるなと感心しました。 この物語の中のどれかを原作にと,ジブリあたりが交渉してそうな気がする。そのくらい映像で観たくなるタイプの作品。最近のベスト。
・「八花撩乱。」
数理系短篇小説集。作家略歴を見るまでもなく書いた人間が理系の人間であることを如実に語って来るのは、物語の整然とした堅実さと、隔たった事物を結び付けるのに用いられる精緻な技巧。ストーリーの結末が読めていても、丁寧な構成に惚れ惚れする。また、理系知識に偏っていながらも、決して難しい理論を捏ね繰り回しているわけではなく、文系の人間にもすんなり理解できる程度であり、そしてそれが見事に活用されているのも好ましい点である。
個人的に選ぶ傑作は「ゼロで割る」「地獄とは神の不在なり」。言語学研究者としては、表題作に関しての筆者の下調べ(或いは手持ちの知識)量に感心。
・「これはお得だ」
ハードSFの旗手であるグレッグ・イーガンの短編集その2です。とにかくすごい作家で、発表する作品ほとんどが、なんらかの賞をとる。内容も、非常に科学的に最先端のきわどいところを取り上げています。得意とするテーマは、量子力学とアイデンティティ。まさに現代ハードSFの集大成というか、もはやSFのねたは出尽くしてしまっていて、この2点くらいしか真剣に、新しい視点を通して語られる物語もないのかも知れません。で、彼の作品はその新しい視点や、物語の構成方法が、ずばぬけておもしろいのです。他人の脳みそを、自分のお腹で育てる「適切な愛」。量子論の世界を、緊迫したレスキュー劇として描く「闇の中へ」。記憶やアイデンティティは、データとして転送できるのか「移相夢」。ウィルスハザードをややコミカルに描いた「道徳的ウィルス学者」。などなど、素直に「すごいな」と思える短編が9つも。これはお得だ。表題作である「しあわせの理由」では、これでもかというくらいに細かいプロットでお話が構成されています。脳内麻薬による幸福感。それが、ガン細胞と一緒に破壊されたあとの、幸福感のない状態。さらに、それを補うためにダミー神経を埋め込まれた主人公の葛藤。しあわせの基準をコントロールできるとしたら、人はどのようにこの世のできごとと折り合いをつけていけばいいのか。短編集その1である「祈りの海」(テーマはアイデンティティ)と、長編「宇宙消失」(これは量子力学がテーマ)もお勧めです。
・「現代のひとつの頂点」
様々なSFの形態があり進化してきましたが、これは現時点でのひとつの頂点といえると思います(他にも頂点はあるが)。イーガンはもっとバリバリのハードかと先入観があり今まで避け気味でしたが、この作品を読んで己の不明を恥じました。これはSFファンはもとより、むしろSFを毛嫌いしているような方に是非読んでいただきたい。少し今の「常識」に対する見方が揺さぶられるような感覚こそ、「センスオブワンダー」なのではないでしょうか?表題の短編もお気に入りです。
・「目に涙がわいてきました」
最後に収録されている短編のタイトルがついた短編集なんですが、その中でも「ボーダー・ガード」が圧巻でした。イーガンの作品に根底に常に流れている、人間の限界に対する慈愛の念をメインテーマにした作品です。読み終えたとき、目に涙がわいてきました。通勤途中の電車の中だったんですが...
・「「文学的」ハードSFの旗手」
イーガンは理系出身のハードSF作家だが、彼の人生への眼差しは科学者のそれというよりも、哲学的な作家(ドストエフスキー、カフカ、ディック等)に近い気がする。イーガンは、合理主義のみで生きることができない人間の心理を、最新の科学的知識を駆使した様々なSF的設定を「背景」として描く。その「背景」は作者にとっても登場人物にとってもニュートラルな「舞台装置」でなく、むしろ心象風景やメタファーに近い。その点がまた文学的なのである。
イーガンは無神論的な合理主義者である。しかし、それでいて真摯に「人間的であること」の意味を問いかけ続けている。そのことが彼の作品に文学的価値を与えていると言ってよかろう。
本書に収められた「チェルノブイリの聖母」、そして表題作の「しあわせの理由」などは、たとえ合理主義的でなくとも個々人が自分の「信仰」や「信念」或いは「思想」を持ち、それに忠実に生きようとすることが人間らしさの根源であると言っているように思われる。
・「迷ったら読め!」
この本は、現代SFの最高峰ではないだろうか。とにかく今のSFはどれを読めばいいかな?とおもったらこれをよみゃいい、内容の大まかなことはほかのレビューが書いてあるので書かないが、どの章も科学的な書き方がされていて、非現実的過ぎない、また人というものの心理描写が鋭く登場人物の心理がよく分かる。あえて「現代」と制約をつけたのは、古典SFのようなわくわく感がないところか、しかしそれは現代の科学力が進歩しているからだろう。
ついでに言うと、表紙のデザインもグッド!
・「夢中になりました」
映画『ある日どこかで』からの連鎖でこの作品にたどり着きました。とっつきは翻訳調に難渋したのですが,読み進むうちどんどん引き込まれました。3年前,マンハッタンに数日滞在し,地図を片手に歩き回ったので,もう一度その地図を取り出し,街の情景をあれこれと思い浮かべながら読み進みました。(『鬼平』を読む時も『江戸切絵図』が座右です)アン通り,ナッソー通りなどは観光地図には載っていないので,Google Mapを印刷しました。
古いモノクロの風景写真や肖像写真なども読者をノスタルジーに引き込む良い小道具になっています。古き良き時代のNY・・・目の前1メートルにその当時の人が座り,息遣いが聞こえたら,本当に顔や服装にじっと見入ってしまいますよね。
テレビもラジオもない下宿屋での暮らしってこんなだったのか。馬ソリで行きかう人々が声を掛け合ったり,一緒に歌を歌ったり・・・情景を思い浮かべるだけで堪らなく胸が躍ります。
読後3日がたつのですが,ジュリアのことが忘れられません。僕の心は今の暮らしに対する多少の未練と,100年前に戻って暮らす自信のなさの間で揺れ動いています。それほど100年前に生きたジュリアは魅力的な女性に描かれています。最後に一言・・・ダンジガー博士よりもルーブの奴をギャフンと言わせたかった。
上下とも古本で手に入れましたが大切に仕舞っておきます。きっとまた読み返すでしょう。
作品に出てくるオールステート保険会社と作者あとがきに名前の出るホーム保険会社。どちらも,かつて日本に支店があり,その両方に僕は勤めていたことがあります。偶然でしょうか。今はどちらの支店もありません。ビックリするやら懐かしいやら,遠い思い出の彼方です。とてもすばらしい作品でお薦めします。
・「あらゆる要素が詰まった傑作」
ジャック・フィニィの「ふりだしに戻る」をジャンル分けするのは不可能です。時空間移動を主人公が移動する様はSF。古き良きニューヨークを語る様は上質の紀行文。ふとした事から巻き込まれる逃避行は迫力満点のサスペンス。ヒロインとの恋は甘酸っぱい恋愛小説。そして最後のどんでん返しは通を唸らせるミステリー。小説の面白さが一杯に詰まった傑作です。
・「過去に旅するこの方法、一度やってみたい」
空想癖のある私にとって、フィニィの世界は夢の世界だ。彼の作品に繰り返し出てくるアイディア、その時代のものに囲まれその時代の暮らし方をしていれば、その時代に行ける、というのが本当ならなあ・・・
フィニィとよく比較される広瀬正でさえ、時を越えるためにはタイムマシーンを用意した。広瀬があくまで理性的に、緻密に正確に過去を再現し、タイムパラドックスも克服しようとしたのに対し、フィニィは郷愁と現実逃避という甘美な陶酔に浸っている。どちらも好きだが、甘美さという点ではフィニィが上か。
ともあれ、郷愁という感情を持つことのできるすべての人に薦めることができる。前半はやや長く感じるかもしれないが、途中からは一気に読めるだろう。ただ、惜しむらくは、訳をした福島氏がニューヨークをよく知らなかったこと。訳自体は名訳だと思う。でも、NYを愛するものにとっては、ちょっとした固有名詞の間違いが興ざめになる(フラティロンビルは無いだろう)。それでも、この本は私にとって最高のお気に入りの1つだ(広瀬正のマイナスゼロやハインラインの夏への扉とともに)。
・「精神一倒、何事か成らざらん」
という力技で時間軸を飛び越える主人公。しかし、その理屈にかまう必要はない。フィニとともに、あの頃のあの街の息吹を--知っているはずはないのに--懐かしむことが出来る一冊です。
・「タイムトラベル小説の古典」
1970年代に書かれた、タイムトラベル小説です。舞台はニューヨークなので、少しわかりにくい描写もあると思いますが、全体的なテーマはわかりやすく、楽しむことができます。タイムトラベルものにつきものの、「過去や未来への干渉」などもしっかり書かれています。ラストシーンが秀逸で、誰かにしゃべりたくなります。
・「素晴らしい日本語訳者に出会えたことを喜びたい」
ある夜を境に地球を何か大きな界面が包みこみ、夜空からは星が姿を消す。包み込まれた地球とその外の宇宙空間との間では時間の経過に1億倍の差が生まれた。地球人が1年を数える間に、外側の世界では1億年が経過していくのだ。この巨大な時間差を利用して人類は、火星に原初な生命を打ち込み、やがてそこを植民惑星に育てることにした。そして進化した火星人類が地球に降り立ち…。
地球の近未来の姿を空前絶後の想像力で描く、壮大なSF作品の上巻。地球と外世界の巨大な時間差を利用して、我らの世代が生きているうちに遠大な未来から火星植民者の子孫がやってくるという物語に、幻惑・魅惑・驚愕させられるストーリーです。 まだ上巻を読み終えたところですが、本書が与えてくれるその興奮たるや相当なもので、物語の行く先を見るのが待ちきれない強い思いがあります。
さらに詳細な展開については下巻のレビューに譲ることとして、ここではなんといっても日本語翻訳者の素晴らしいの一言に尽きる訳文に触れておこうと思います。 巨大なホラ話である英語原著の味わいとは実際には比較していませんが、ともかく読みやすく、流麗で品位ある日本語文に魅了されます。その見事な訳文が読み手の私をぐいぐいと引っ張ってくれ、このSFがこれほど素敵な日本語の書き手に出会えたことをとても強く喜びたい、そんな気にさせてくれるのです。
調べてみたら、私がこの訳者・茂木健に出会うのはこれが初めてではありませんでした。 今から4年前、「指紋を発見した男―ヘンリー・フォールズと犯罪科学捜査の夜明け」というノンフィクションの無類の面白さを日本語で教えてくれたのがこの訳者だったのです。 この訳者の手による翻訳本であれば、ジャンルを問わず二度三度と手にしたい。そんな気にさせられる日本語文です。
・「話もうまいしSFマインドもたっぷり」
ウィルスンの作品を初めて読みましたが、ストーリーテリング、人物造形、パワー、そしてSFマインドみんな気に入りました。翻訳も上手なのかもしれません。冒頭、SFらしさがまったくありませんが、物語にぐいぐい引き込まれます。『話は上手いけどこれSFモドキじゃないかのかなあ・・・』と警戒して読み進むと、中盤からイーガンばりのSFマインドが炸裂しまっす。火星移民、ナノロボット、とドライブしていく爽快感、鳥肌です。科学者ジェイスンが人類を救うために次々と策を打つのですが、これがSF読みの思考通りの作戦を打ってくれるわけで、拍手の連続。というのは名作SFへのオマージュだからなんでしょうね、こちらの期待に沿うべく書かれてるんでしょう。読書体験に応じて様々な名作SFのエッセンスを嗅ぎとるんじゃないでしょうか。私はストーリーの進行順に、レッドマース、異性の客、夜の大海の中で、ハイペリオンなどを連想しました。ハイペリオンは同じことを連作の中篇でやりましたが、こちらは1本のストーリーでやってしまいました。最後に、ジェイソン、続編で蘇っておくれ、まってるぞー!次は宇宙を救うのだ!
・「ベテランにもハードSFの初心者にもうってつけ」
>ある夜、空から星々が消え、月も消えた。翌朝、太陽は昇ったが、それは贋物だった…。周回軌道上にいた宇宙船が帰還し、乗組員は証言した。地球が一瞬にして暗黒の界面に包まれたあと、彼らは1週間すごしたのだ、と。だがその宇宙船が再突入したのは異変発生の直後だった―地球の時間だけが1億分の1の速度になっていたのだ!
このイントロからして、アシモフの『夜来たる』の逆バージョンでショッキングなのですが、そのうえ、
>界面を作った存在を、人類は仮定体(仮定上での知性体)と名づけたが、正体は知れない。だが確かなのは―1億倍の速度で時間の流れる宇宙で太陽は巨星化し、数十年で地球は太陽面に飲み込まれてしまうこと。人類は策を講じた。界面を突破してロケットで人間を火星へ送り、1億倍の速度でテラフォーミングして、地球を救うための文明を育てるのだ。迫りくる最後の日を回避できるか?
意図の分からないまま破滅の道を歩まされる人類はベンフォード描くところの機械知性と戦う人類とオーバーラップしますし、テラフォーミングの結果として火星に誕生した「火星人」の地球への来訪はハインラインの『異星の客』へのオマージュともとれます。
その他、古典SFを読み込んでいるファンならうーんと唸らせる要素てんこもり。
もちろん、そんな予備知識などなくとも、重厚な人間ドラマとハードSFが違和感なく合体した久しぶりの傑作です。
ただ、宗教との関わりは、破滅ものとはいえ、日本人の我々には理解しにくい部分もあります。しかし、それは欧米社会においてキリスト教の刻印したものがいかに強烈なものなのかを再確認する作業でもあります。
心理描写もきちんとしており、ハードSFらしさは極力抑えてありますので、SF?という小説ファンにも是非手にとってほしい作品です
・「万人向けの傑作です」
「ゼロ年代最高の本格SF」という触れ込みは誇張広告ではないです。予想以上に面白くて読んでいる最中何度もブックカバーを見返してしまいました。 SFのアイディアだけを無味乾燥に書いてしまうと地球の隔離、火星のテラフォーミング、火星人の来訪…と、それほど真新しさを感じない方もいるかもしれません。しかし、実際に読んでみると全く違った印象を持たれると思います。それは作者がアイディアを無機的に並べるのではなくて人間の一生のプロセスと深く結びつけることに成功しているからです。太陽の寿命と個人の寿命の寸法がぴたりと合ってしまった世界の奇妙さは何とも表現しがたいものがあります。 三部作構想ということですが、この第一作だけでも完全な小説として成立しています。登場人物も魅力的で先が気になる良い本です。強くお薦めします。
・「必読」
ヒューゴ賞受賞につられて買いましたが、伊達じゃないですね。すばらしい。最近ガジェットばかりを疾走させて「本格SF」を名乗る作品も多いですが、これはあえてローテク中心に謎を語ることで、話の中に無理なく引きずり込まれていきます。なによりも主人公とヒロインとの切ない関係が、SFという分野を超えて読み手に伝わってきてます。上下巻に分かれているのでおっくうですが、読み始めてしまえばあとは没入だけです。
・「面白さテンコ盛り!&ほろり。 超お薦め」
「三浦しをん」さんの本を初めて読みました。面白いですね、この方の本。癖になっちゃいそうです(おもわず既刊本を揃えたくなった)。これなら「直木賞」をとってもまったく不思議はありません。
展開が上手く、面白さテンコ盛り。さらに、切換えしが巧みで、思わず「上手いなー」と関心。面白楽しいんだけど、ところどころの言葉がズシリと重く、ジーンときます。
また、多田と行天のやり取りや行動が、何とも微笑ましい。二人とも心に傷を負いながらそこを見せない、無視を決めながらお互い心で寄り添う。その他ここに登場する人物が皆いい人ばかりで、チンピラの星も憎めない。
ハラハラさせながらも、心地よく温かな気持ちで迎えるEND。穏やかな心で余韻に浸れます。
◆評価:★★★★★(満足しました!)◆調べて見ました:第135回の直木賞は2006年だったのですね?同時受賞の森絵都著「風に舞いあがる・・・」は文芸書版でそれがしの本棚にしっかり納まっています(*かなり前に買った記憶有り)。題名が良かったので先にこの本を買ったのでしょう。「まほろ駅・・・」は全く記憶に無かったなー、失礼しました。第135 (2006年) 三浦しをん まほろ駅前多田便利軒 文藝春秋第135 (2006年) 森絵都 風に舞いあがるビニールシート 文藝春秋
・「やっと読めた」
文庫になるのを待つこと数年、やっと読めました。のっけからぐぃぐぃと世界に引き込まれて、あっという間に読み終えてしまったけど、愛すべきキャラクターがいっぱいの愛に溢れたしをんちゃんのまなざしに涙・涙でした。
・「おかしみと、しみじみ感と……!」
文庫本になって、また、読みましたが、何回読んでも、あらたなるおかしみと、しみじみ感に浸りました。 便利屋の多田と、高校の同級生である行天が、出会ってからの一年間。便利屋を利用する、まほろ市民(?)とのいざこざと、徐々に、明らかになる多田と行天の過去。と、二人が抱えている心の傷。二人のキャラクターもおもしろいし、会話も笑ってしまう。で、「愛情というのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」などという、含蓄ある言葉がさりげなくしのばせてあったりして、どきっとする。
・「町田市が舞台」
町田という東京No1ローカル都市が舞台になってます。劇中ではまほろ市と表現されていますが、かなり町田市というローカルエリアがリアルに再現されています。
ストーリーの内容も悪くなく非常に面白い作品でした。
・「軽妙な文体から来る絶妙なリズム感が○」
素性の知れない相手と成り行きでコンビを組むことになった便利屋が、東京近郊の市を舞台に、ローカルに珍活躍する一作。全編を通して明らかとなる、2人が抱えるやや深刻な屈託がどう考えてもありきたりな点には難がある。
しかし軽妙な文体から来る絶妙なリズム感、生き生きとした台詞廻しとサブキャラクターの造形先を読みたいという読書において最も大事な要素をきちんと押さえている点は前掲の欠点を補って余りある。
文章が上手いというのは、もしかしたらこういう作家/作品への形容なのかもしれない。2009年5月現在、雑誌での続編連載も終了しているらしい。単行本化がとにかく待たれる。
・「川上弘美が、始まる」
川上弘美は、現代においてきわめて作家らしい作家であると思われるが、そしてその本領とでもいうべき「業」というか「おそろしさ」は、目下『文学界』に連載中の『真鶴』に明らかであるが、その発端はこの『龍宮』、なかでも「北斎」一篇に胚胎していたように思われてならない。言語芸術ならではの「異形のものども」が繰り広げる、少ししかずれていないにもかかわらずリアリズムや日常感覚には決して還元されることのない、「人間」を相対化することで浮かび上がる物語世界は、逆説的に「人間」を鮮やかなまでに抉り出し・描き出してみせる。「北斎」は、川上弘美が男を書き、最後まで蛸なのか人間なのかわからない存在が、その存在に引きつけられる男を通じて、文字通り生々しいまでの「異形さ」でもって眼前に浮かんでくるようなのだ。まさに、作家川上弘美は、ここから新たな出発を遂げるだろう。
・「言葉の魔術に酔い、リアリティの揺らぎに身を任せてください…」
人間と人間ではない生き物の情交を描いた八つの短編集。
全編に人間ではない生き物が登場して、しかも彼等が人間と普通に会話しているのに違和感がない世界。それは人間側の日常描写やセリフ回しがあくまでというか断固として現実的に進められるから可能だったのであろう。なので、そこに現れる世界は理解できないものではなく、むしろ大いに理解可能なものである。だが、その変に現実的な世界は、人間ではない彼等の存在によって、どこかやはり確実に揺らいでいる。
こんな不思議な世界は、作者の独特で意識的な描写(例えば「ぐにゃぐにゃ」「つやつや」「くるくる」「おんおん」などの擬態(声)語を繰り返し使ったり、年上の相手を主人公に「正太」と呼び捨てにさせたり「先祖」と単なる名詞で呼ばせたりする)によって、より印象的なものに仕立て上げられている。作者の日本語のつむぎ方は見事としかいいようがない。是非、この日本語マジックを味わってください。
・「日常の隙間に潜む不思議」
川上弘美さんの小説はどちらかと言えば抽象的である。それ故、理解し難い。だからと言って決して嫌いではない。むしろ好きである。私は川上さんの小説をこれまで好んで読んできた。本書も迷わず購入し、読んでみた。幻想譚を集めた短編集である。こういう類の話は苦手である。しかし不思議とさらさら読めた。日常に潜む異様な世界を川上さんは淡々とした筆致で描き出す。日常から非日常へ。非日常から日常へ。その揺らぎが絶妙のさじ加減である。それが実に心地よい。だから私は川上さんの小説が好きなのだと思った。
・「解説を拒むシュールな作品集」
この奇妙な連作に、どう感想をつけたらいいのか、今もわからない。巻末の解説はなるほど綺麗にまとめてあるけれど、「違う」と思う。そうじゃない。作品に触れていない。少し遠巻きに眺めて、作品のまわりを、ぐるぐるまわっているだけだ、と思う。しかし、私には言葉がみつからない。無垢で無感情な自然の営みそのもののように、メッセージ性のない、小賢しい解説を拒むような作品である。
解説中、合点がいった情報は、著者が内田百間(門構えに月)に私淑しているらしいこと、それから、百間が以前に童話の紹介文で「教訓はなんにも含まれておりません」「ただ読んだ通りに受け取って下さればよろしい」と書いていて、それがこの本にも当てはまるのではないか、ということ、の2点であった。ついでに言うなら、私にとっても百間は敬愛する作家の一人である。理科系の百間好き、という点で、私は著者と共通点を持つ。著者のエッセイを読んでも、嗜好の相似を感じることが多い。
民話・説話の語り口に通じる、個性的で簡潔な表現力を駆使して、異界を、あるいは異界と俗世との境界面を語る技量は、すでに著者の自家薬籠中のものにして、現代随一といえるのではないか。単に「不思議な物語」をいう水準を遙かに超える、優れた短編集である。
・「湿った空気の夜に読みたい。」
独特の、湿り気のある、静謐な、あやしさ。ナマモノのもつ気持ち悪さと気持ち良さ。おかしみ。
こんなふうに言葉を重ねてみても、心が感じている良さを表し切れたとは到底思えませんが。川上さんの繰る言葉は苦い甘い毒みたいに血管を巡っていつも私をくらくらさせます。
この本に収められた短編は全て「異形交流譚」で、川上さんの文章にあまりにも嵌り過ぎというかなんというか・・・彼女の作品群の中でもかなり"極端"であると思います。人によっては受け付けなかったりするのかも知れません。
でも、とても好きです。
・「迫力万点・情念の文学」
久々に迫力のある小説を読みました。 愛する男にあてた恋文という形式で、主人公の情念や怨念や狂おしいほどの愛情を描き出しているこの作品に私はすごい力で惹きこまれてしまいました。
谷崎潤一郎に心酔し、残酷に主人公を痛めつける「おまへさま」と、愛しているがゆえに逆らう事はおろか、自分の身を捧げてつくしてしまう主人公の「私」。二人の歪みきった関係を恋文のなかで振りかえっていくというストーリー展開は読者を虜にしていき、一気にクライマックスへと導きます。
残酷なのに美しく、しびれるような甘さの谷崎の描き出した世界を頼りに始まったはずの二人の遊戯が、だんだんエスカレートしていき、谷崎的世界とは別物に進化していく様は圧巻です。谷崎的世界から、人間のエゴと情念の入り混じった生々しい匂いが漂う世界にシフトしていく二人の関係は、かえってリアルに胸に響きました。 面白かったです。
・「これは何。」
決して全面的には好きな作品ではないのですが、初読から一年半を経過して、奇妙に記憶に残る作品なのでここに記しておきたいと思います。昭和初期、カフェの女給をしていた人妻でもある女が、谷崎を敬愛する帝大生と出会い男女の仲になるのですが、男の閨房での辱めは想像を絶し、それでも相手を愛する女にとって・・・。という類のかなり壮絶な作品なのですが、記憶に残るのはその壮絶な描写ではなく、この作品が醸し残したある種の気品。あるいは、高み。です。壮絶極まり過ぎるほどに徹底的な性的恥辱暴力描写で、エロティシズムの美学とか、官能の美学などと呼ぶべきものなど微塵もないほどに排除されたこの作品が放ち残す異様なノーブル感(?)。これはいったい何なのでしょう。
・「おど゛゛゛゛ろき!!」
完全に受け身になるということで、何か魂の根元を探し求めているような、魂の入った器である人間と、もう一つの人間の繋がりの根本に触れようとするような、そんな感じがしました。
単なるサド・マゾの話とは思えず、動物に成り下がったようにも思えず、完全に相手を受け入れ、性を通して、生を知ろうとする、精神の在処を知ろうとする、そういう態度に思えます。 あと昔、蛙や虫をいじくって遊んだ時のことを思い出したりもしました。これは相手の男の心情と同じじゃないかなぁ。 奇妙にヒステリックになる…。
・「生々しさ」
まず旧仮名遣いで書かれている本書がかもしだす雰囲気は、なんとも言えない息苦しさを覚える。表題作は文學界新人賞受賞作なので長くはないはずなのだが、旧仮名遣いの読みづらさも手伝ってか長く感じられた。旧仮名遣いが悪いような言い方になってしまったが、この旧仮名遣いは小説に非常に良い効果をもたらしている。帰依と言っても良いほどの女の行動と旧仮名遣いの息苦しさが合わさり、肺に生ぬるい粘着質の液体を流し込まれたような圧迫感が生まれるのだ。情痴という言葉では表すことの出来ないなにかが、この小説にはあると思う。ただ、好き嫌いはわかれると思う。
・「これが情痴文学?」
愛情表現が想像を絶するものであっても、相手を愛する気持ちに根本的な違いは無いのです。「サディスト」「辱め」「情痴」など、ただの官能小説を思わせる解説には割り切れないものがあります。「おまへさま」の変態ぶりも、それを受け入れる「私」の葛藤も純愛小説の一情景として切ない気持ちで一杯になってしまいます。
収録されている「カタカナ三十九字の遺書」も、常人には理解できない愛情も当人にとっては何物にも変えられないという、もう一つの表現ではないでしょうか。
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