トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション [DVD] (詳細)
ペドロ・アルモドバル(監督), レオノール・ワトリング(俳優), ハビエル・カマラ(俳優)
「これは…凄い!」「深い・・・」「特級!」「l」「愛、孤独、別れ、友情。深く感動しました。が、なにに感動したの」
21グラム (初回出荷限定価格) [DVD] (詳細)
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(監督), ショーン・ペン(俳優), ナオミ・ワッツ(俳優), ベニチオ・デル・トロ(俳優), シャルロット・ゲンズブール(俳優), クレア・デュバル(俳優), メリッサ・レオ(俳優), ギジェルモ・アリアガ・ホルダン(脚本)
「玄人好みの映画。」「3役者、入魂のぶつかりあいに圧倒!!!!!」「重たいか軽いかは人それぞれ 21g」「2つの意味」「前評判倒れ」
汚れた血 [DVD] (詳細)
レオス・カラックス(監督), ドニ・ラヴァン(俳優), ジュリエット・ビノシュ(俳優), ミシェル・ピコリ(俳優), ハンス・メイヤー(俳優), ジュリー・デルピー(俳優)
「Lカラックス、最高!」「幼いビノッシュ」「美しい映像」「研ぎ澄まされたナイフのようにストイックな「愛の寓話」」「強烈な残像が心に刻まれる映像、痛い疾走感。」
めぐりあう時間たち [DVD] (詳細)
スティーヴン・ダルドリー(監督), ニコール・キッドマン(俳優), ジュリアン・ムーア(俳優), メリル・ストリープ(俳優), エド・ハリス(俳優), トニ・コレット(俳優), クレア・デインズ(俳優), マイケル・カニンガム(原著)
「秀逸。」「われらへの挑戦作品。ヴァージニア・ウルフのその後のその後...」「芸術作品!!」「すばらしい演技」「いつのまにかに号泣。」
ホテル・ニューハンプシャー [DVD] (詳細)
トニー・リチャードソン(監督), ジョディ・フォスター(俳優), ロブ・ロウ(俳優), セス・グリーン(俳優), マシュー・モディーン(俳優), ナスターシャ・キンスキー(俳優), ボー・ブリッジス(俳優), ジョン・アーヴィング(原著)
「ジョン アーヴィングの原作」「人生は、おとぎ話」「不思議なセンチメント」「「素敵な不幸の玉手箱」」「何もしたくない夜更けに・・・」
星になった少年 スタンダード・エディション [DVD] (詳細)
河毛俊作(監督), 柳楽優弥(俳優), 常盤貴子(俳優), 高橋克実(俳優), 蒼井優(俳優), 倍賞美津子(俳優), 大森寿美男(脚本)
「動物好きな方必見!あの感動を何度でも!」「現実だからこそ悲しみが増す」「爽やかな感動が残る。」「是非スペシャル・エディションの方を」「心洗われる作品」
スイミング・プール 無修正版 [DVD] (詳細)
フランソワ・オゾン(監督), シャーロット・ランプリング(俳優), リュディヴィーヌ・サニエ(俳優)
「2004年度の最高傑作です。見て下さい。」「シャーロット・ランプリングの存在感」「独特のムード漂う、ミステリーならぬミステリアスな傑作。」「フランス映画の真髄を見た。」「美しき罠! あなたにはこの謎が解けますか?」
ぼくを葬る [DVD] (詳細)
メルヴィル・プポー(出演・声の出演), フランソワ・オゾン(出演・声の出演), ジャンヌ・モロー(出演・声の出演), ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(俳優), マリー・リヴィエール(俳優), クリスティアン・ゼンゲヴァルト(俳優), ダニエル・デュヴァル(俳優)
「死とまっすぐ向きあう」「美しすぎるラストシーン」「唇のうえに沈む夕日」「“死”をどう受けとめ、受け入れるか?」「フランス映画」
東京物語 [DVD] (詳細)
小津安二郎(監督), 笠智衆(俳優), 東山千栄子(俳優), 原節子(俳優), 杉村春子(俳優), 山村聡(俳優), 三宅邦子(俳優), 香川京子(俳優), 東野英治郎(俳優), 野田高梧(脚本)
「小津監督の最高傑作」「思い当たる・・・」「諦めと思いやり」「素晴らしい。ただそれだけ。」「日本人でよかった」
阿修羅のごとく [DVD] (詳細)
森田芳光(監督), 大竹しのぶ(俳優), 黒木瞳(俳優), 深津絵里(俳優), 深田恭子(俳優), 小林薫(俳優), 中村獅童(俳優), RIKIYA(俳優), 向田邦子(原著), 筒井ともみ(脚本)
「原作世代ではないので」「なかなか引き込まれてしまう映画でした」「最高に贅沢な映画。女は恐い。」「つづれ織りのごとく」「原作通りでない「阿修羅のごとく」も良いと思いました。」
SMOKE [DVD] (詳細)
ウェイン・ワン(監督), ハーヴェイ・カイテル(俳優), ウィリアム・ハート(俳優), ストッカード・チャニング(俳優), フォレスト・ウィテカー(俳優), ポール・オースター(脚本)
「なにかを失ったときに観てください」「タバコ好きな方にオススメ」「煙あっての映画」「自然な憩いの場にともる優しさ」「生きてくヒント」
存在の耐えられない軽さ スペシャル・エディション [DVD] (詳細)
フィリップ・カウフマン(監督), ダニエル・デイ=ルイス(俳優), ジュリエット・ビノシュ(俳優), レナ・オリン(俳優), デレク・デ・リント(俳優), エルランド・ヨセフソン(俳優), ミラン・クンデラ(原著), ソウル・ゼインツ(プロデュース), ジャン=クロード・カリエール(脚本)
「静かな情熱、押し殺した映像」「2枚組みならではの音声解説がGood」「プラハの春の壮絶さもさることながら」
トニー滝谷 プレミアム・エディション [DVD] (詳細)
市川準(監督), イッセー尾形(俳優), 宮沢りえ(俳優), 西島秀俊(俳優), 村上春樹(原著), 坂本龍一(その他)
「2005年、今のところ邦画ベスト1です」「足もとを流れるもの」「よく村上春樹の雰囲気を表現した。」「これはもう」「追悼市川準監督」
死ぬまでにしたい10のこと [DVD] (詳細)
イザベル・コヘット(監督), サラ・ポーリー(俳優), マーク・ラファロ(俳優), スコット・スピードマン(俳優), レオノール・ワトリング(俳優), デボラ・ハリー(俳優)
「My Life without me」「完成度の高い映画」「病気は描かれず、どう生きるかを中心に描く。」「前向きな主人公」「とても共感できるものではない 」
バッド・エデュケーション [DVD] (詳細)
ペドロ・アルモドバル(監督), ガエル・ガルシア・ベルナル(俳優), フェレ・マルチネス(俳優)
「買って損はないと思います。」「美しい映画。」「愛と憎しみが交差する複雑なストーリーです」「美しい。」「素晴らしかった」
チョコレート [DVD] (詳細)
マーク・フォスター(監督), ハル・ベリー(俳優), ビリー・ボブ・ソーントン(俳優), ヒース・レジャー(俳優), ピーター・ボイル(俳優), ミロ・アディカ(脚本), ウィル・ロコス(脚本)
「珍しく邦題が原題よりもいいと思えた映画」「2人の未来にはほんのりと明るい灯火が見える・・・と思いたい」「罪と罰」「人生は 淡々と 過ぎ行く」「最後までスリリング、最後は感動!の恋愛映画」
幸福 [DVD] (詳細)
アニエス・ヴァルダ(監督), ジャン=クロード・ドルオー(俳優), クレール・ドルオー(俳優)
「ヴァルダといえばまずはコレ。」
トゥルーマン・ショー(通常版) [DVD] (詳細)
ピーター・ウィアー(監督), ジム・キャリー(俳優), エド・ハリス(俳優), ローラ・リネイ(俳優), ノア・エメリッヒ(俳優), アンドリュー・ニコル(脚本)
「「ワイドスクリ−ン・バロック」 的狂騒が 「作り物」 としての 「日常」 をぶっ壊す。」「最高です」「たった一人の「マトリックス」」「テレビの在り方を問う名作」「陥らされている罠」
アメリカン・ビューティー [DVD] (詳細)
ケビン・スペイシー(俳優), サム・メンデス(俳優), アネット・ベニング(俳優), ソーラ・バーチ(俳優), ミーナ・スヴァーリ(俳優), ウェス・ベントリー(俳優), アラン・ボール(俳優), トーマス・ニューマン(俳優)
「人間の内面性を見事に表現した脅威の映画!」「バラの虜」
シルクウッド [DVD] (詳細)
マイク・ニコルズ(監督), メリル・ストリープ(俳優), カート・ラッセル(俳優), ノーラ・エフロン(脚本), アリス・アーレン(脚本)
「演技派が揃った映画」「観たら、聴いたら、決して忘れない…」「忘れてはならない事件を描く」
ビューティフル・マインド [DVD] (詳細)
ロン・ハワード(監督), ラッセル・クロウ(俳優), ジェニファー・コネリー(俳優), エド・ハリス(俳優), クリストファー・プラマー(俳優)
「天才ジョン・ナッシュの実話の物語」「人は必ず立ち直ることができる。」「Well done」「マインド 」「精神分裂病に陥った天才数学者の実話」
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●トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション [DVD]
・「これは…凄い!」
愛の映画として、これほどつきぬけた作品を見たことがありません。意識を失って植物状態になってしまったアリシアを愛し続けるベニグノ、彼の愛は終始一方通行で、永遠に自己満足です。そんな彼の愛は、この上なく純粋なものでありながらも、相手の意思が欠落しているがゆえに成り立つものであって、普通の常識に照らし合わせれば明かに変質的です。しかし、そんな彼の愛に対してなぜこれほど心動かされるのでしょうか?
母親を二十年間看護し続け、そのあと四年間は愛するアリシアを看護し、他人との関係もほとんど持たず、周りからは奇異の目で見られる。そんなベニグノは他の映画では決して描かれたことがないであろうほどの絶対的孤独を内に秘めた人物ですが、そんな彼だからこそ、他人の存在しない、自分に正直な、極めて純度の高い自己完結的な愛を体現することができたのでしょう。
この映画に描かれている愛の形をストーカー的であるとか、変質的であるとか、そういう常識的な言葉で排除することは簡単です。しかし、愛というものは果たしてそんな常識的な言葉で片付くようなものなのでしょうか?
ベニグノの愛を肯定するのも否定するのも、それは見る人の自由です。しかし、理性の目でこの映画を見るのであれば、その人はこの映画の良さを一生理解できないでしょう。この映画はぜひとも自分の心に宿る情念の目で見て欲しいです。そうすればきっとこの映画の監督が描こうとしている、愛というもののこの上なく残酷な本質の一端を垣間見ることができると思います。
・「深い・・・」
全て観終わった後、なぜか泣けて泣けてしかたありませんでした。映画館を出てからも、しばらく泣きながら歩いてしまいました。どうしてかは上手く説明できないけれど、ベニグノの痛いほどの孤独が哀しくて哀しくて仕方なかった・・・・。
設定的には、かなり好き嫌いの分かれる映画ではないかと思います。同監督の他の作品に比べても、救いようのない感じがします。あまり明るい話ではないだけに気軽には見れませんが、作品中の場面の一つ一つがふとした時に蘇ってくるような「空気感」が凄いです。カエターノ・ヴェロゾの音楽と、劇中劇も印象的。
確かに痛いけれど、全体を包む眼差しは優しいと思います。
・「特級!」
あるもどばるさん、「愛」の正体って何ですか?答え;情熱です。
どんな手段によってでも対象に近づきたい自分、でも人を愛し通すことに確信を持てない自分、にとって、ベニグノも私だし、マルコも私です。だからなぜマルコがベニグノを深く受け入れ(あるいは愛し)、涙したのか、痛いほどよく分かるのです。「情熱」に憧れるものにとって、いかなる種類のものであれそれは常に畏敬の対象なのです。こんなにややこしいことをこれほど強い説得力を持って表現できると言うことは、やはり凄いの一言です。
この映画を見て、自分の中の「情熱」が揺り起こされはしませんでしたか?あの最後の劇場で、お尻の行進を見て心浮き立ちはしませんでしたか?楽しげな嬉しげな春先の気分になりはしませんか?
心で君を抱きしめる…!
一度は言ってみたい!って思います。
追記。もちろん、情熱を持っていれば何をしてもいいと言いっているのではありません。究極の利己性は、往々にして本人にとって無私の行為として自覚される点、そのような純粋な情熱に対する憧れ・畏怖がそれなりに普遍的なことを、感情的に訴えることができる。そこがこの映画の特筆すべき点と言えます。
それは、翻ってナチズムのような妄信が集団的な暴走と言うだけでなく、個人に根ざした願望として存在しうるという指摘にも拡張できると思います。
本来共感できないはずのものにどこか共感してしまう。固定観念の基盤の弱さ。それをモラルとインモラルの境目から描き出す妙。やはり、素晴らしい作品です。
・「l」
「お富美さんの踵に踏まれる畳になりたいとも思いました」谷崎潤一郎の初期の短編「富美子の足」の一節である。マゾヒスティックなほどのフェティシズムだ。そんな境地だったのだろうか?看護師ベニグノが植物状態のバレリーナのアリシアの太腿をマッサージしていたとき。M的倒錯はない。いかんせん彼には女性経験がない。
マッサージの技術は母親の看護から取得したというが、母親の存在が見えないところが恐い。(母親との会話が内なる自己とのものなら、「サイコ」の世界で一層恐いが、下衆の勘ぐりですね)彼はたった一度交わした会話から知り得たアリシアの生活を追体験する。サイレント映画を見ることによって。その一本「縮みゆく恋人」に触発されて、彼は・・・。
彼女のもう一つの趣味である旅行は、同じ病院で友達になったジャーナリストのマルコの旅行記を刑務所の中で読み、アームチェア・トラベラーとして追体験する。 マルコとは、女闘牛士リディアに「何かに感動すると彼女のいない虚しさに泣いた」と自ら語るほど、感受性の過敏な男。リディアもまた、試合中の事故で植物状態に。
人は恋を失ったとき、その心の空白を充たすために何をするのだろうか?芸術作品に触れることも、旅行をすることも、その代償行為に過ぎないことをこの映画は教えてくれる。その行為は心の空虚感を助長する触媒の作用しかないことに気づきつつも、傷を舐めてはマゾヒスティックに絶望というぬるま湯に身を委ねる。一種の快感である。
しかし、現代のディスコミュニケーションの象徴ともいえるベニグノが、一方的とはいえ、愛を注ぐことができ、理性ある常識人のマルコが、愛する人に触れることもできない、このアイロニー。 人間の性情の根強さと深淵なる孤独を、哀しくも見事に描き切った名作だ。
・「愛、孤独、別れ、友情。深く感動しました。が、なにに感動したの」
映画館で一度、DVDで二度見た。ベニグノの行為に生理的嫌悪感を感じる女性が多いのは理解できる。それでこの映画を拒絶するする人がいるのも仕方ないでしょう。しかし、私はこの映画に深く感動したのです。何に感動したのだろうか。自分でもよくわからない。ベニグノとマルコの友情なのだろうか。二組の男と女の話。それぞれ不幸な愛と不毛な愛。冒頭、現代バレーの舞台から始まる。人生の苦悩を表すような素晴らしい舞踊。この劇場で、ベニグノとマルコは偶然隣り合わせに座る。マルコは舞台を見ながら涙を流す。マルコという男は過去に大きな恋の痛手を負っている、感受性の強い、孤独な男。しかし、ロマンチストでもある。仕事もフリーランスの旅行ガイドブックのライター。一方、ベニグノはまず母を、母の死後はアリシアと一生献身的な看護士として生きていく。彼の世界はそれですべて。自宅の窓からみるアリシアへの一方的な恋慕と事故後植物状態になったアリシアの看護だけが生き甲斐になっている。マルコは愛情を素直に表現できない。ベニグノは叶わぬ恋なのに、意識のないアリシアにつねに語りかける。やがて、マルコは闘牛の「事故」でリディアを失い、ベニグノはアリシアをレイプして妊娠させ逮捕されて、アリシアを失う。タイトルである「talk to her」。ベニグノは絶えずアリシアに語りかけ、マルコは見守るだけで言葉が掛けられない。やがて、リディアは死を迎え、アリシアはベニグノのレイプによる妊娠で意識を取り戻す。人生は残酷であり、奇跡も起きる。私が感動したのは二人の男の友情かとも思ったが、そうではなく、マルコという男にもっとも感情移入していた。悲劇的な物語の中で、マルコという男の存在に感動していたのかもしれない。マルコはじつに男っぽく魅力的だ。そして、冒頭のバレーの他、中途での素晴らしい「クク・ルク・バロマ」の歌。そして、最後にそれでも人生は続いていくのだとばかりの美しい舞踊も感動に繋がる大きな要素だった。とにかく不思議な魅力をもった、感動的な映画だったけど、同じシーンでマルコ同様、涙が出てきた。複雑な映画ですが、私はアルモドバル監督は好きです。
・「玄人好みの映画。」
映像としても、物語としても非常に密度の濃い映画でした。一度見たときは混乱するかもしれません。しかし、二度、三度と見ると構成とカットの巧みさにため息をつくことでしょう。これぞまさに「映画にしかできない表現」ではないでしょうか。
しかしながらテーマとストーリーは重く、エンターテイメントとしての映画を求める人には向かないかと思われます。あくまで玄人好みの映画です。
・「3役者、入魂のぶつかりあいに圧倒!!!!!」
最初は戸惑うでしょう。しっかり見ていないと置いていかれます。
継ぎはぎだらけのカットで、最初は何が起こっているのか解らない世界が30分くらい続きます。それを乗り越えていくと、話の点と点がつながり始め、やがて1本の線へとなっていきます。この演出は見事でした。これほど解りにくくした前半部をしっかり中盤には観客に理解させているのですから、この監督の力量には脱帽です。
3人の個性派俳優の演技対決も素晴らしかった。最近中身より話題性ばかりが先行していた作品が目立っていたナオミ・ワッツも「マルホランド・ドライブ」以来の熱の入った演技。最近乗りに乗っているショーン・ペン(昔はトホホな悪ガキだったのになあ。笑)は存在感、演技力とも一級品にまでなりましたね。そして個人的に大ファンのベニチオ・デル・トロの渋いこと。彼のどの映画でもそうですが、彼のシーンはオーラ出まくり!! 渋すぎます。「トラフィック」も彼一人が支えた映画。彼が出ると映画の格がひとつあがります(誉め過ぎかな、笑)。 この作品は今年見ておくべきベスト10のうちの1本です。この映画を見て人間の哀しさと素晴らしさを感じましょう。
あと初回限定版は粋なことをやってくれますね。21gにちなんで価格2100円なんていきですねえ。
・「重たいか軽いかは人それぞれ 21g」
これはジグソーパズルです。最後にすべての謎が解明されるのではなく、新しいピースがはまるごとに少しずつ謎が解け、ストーリーを理解していきます。時間の前後がとても激しくついていくのが大変でしたが、俳優たちの演技を注意深く見て、ピースを一つずつはめていけば時間の前後を読みとることが出来ます。
残念なところは自分の夫の心臓を持つ人間を愛するというのが甘く描かれていて殺す殺される、生きる死ぬの関係と比べて軽く見えてしまったことです。しかしそこはショーンペンにナオミワッツの一つ上の演技により、違和感なく話が進んでいき、二人の関係もとてもまともな物と見ることが出来ました。
良いことなんか一つもなく進んでいくこの映画は新しい命を作るのに人工授精と、余命1ヶ月の心臓移植待ちの患者と、神に心を捧げ自分の生き方をすべてゆだねてしまった人間という全く異なる人間たちが、追いつめられ、追いつめられて極限を描くのに、すばらしい演技と、すばらしい展開で何か希望を残してくれたような気がしました。
・「2つの意味」
この作品にはたくさんの見所があります。まず演技派出演陣の鬼気迫る演技。宗教に出会う事で犯罪から足を洗ったのに親子を轢き殺してしまったベニチオ・デル・トロ、ひき逃げによって夫と子供を失ったナオミ・ワッツ、交通事故で死んだ男の心臓を移植して生き延びたショーン・ペン。脚本はそれぞれのエピソードが交わって起こる悲劇を、荒々しくも丁寧に、斬新な手法で描いています。ちなみに「21g」とは、人が死んだ時に減ると言う重さ。この僅かだが非常に重い意味を持つ重量によって、3つの人生が狂ってゆきます。3人の心の揺れを平行して見事に表現した脚本。そして時間軸を飛び越えて交錯する過去・現在・未来によって、一人一人のキャラクターを浮き彫りとした演出。時間軸をいじった映画では「メメント」も有名ですが、あちらはエンディングからオープニングに向かって逆回しに進む構成なので、意識的にひっくり返った時間軸を、頭の中で修正しながら見ていかないと訳が分からなくなりました。その点この「21グラム」では、展開が直感的にわかるようにされているおかげで頭が混乱するような事は無く、登場人物の置かれている状況を非常にわかりやすく、効果的に表現しているのが面白かったです。3人の抱えた問題を見れば分かるように、救いようのない重いテーマを扱っています。しかし、その重苦しい絶望の中に見えてくる微かな光。それがこの作品のテーマだと感じました。内容に負けないくらい重厚な映像を作り上げたスタッフ、そして心の奥底に悲しみを抱いて寡黙に演じたキャスト、相互作用によって完成したこの作品は、見る者の心に何かが重くのしかかり、記憶の奥深くに刻まれていきます。
・「前評判倒れ」
でない作品には久しぶりに出会った気がします。
主演陣が良くも悪くもどちらかといえば既にあるイメージを持たれている3人。それぞれに主役を張れる実力派揃いでもあり、食う食われるの面ではどうなっているのか、という意味での興味半分、ものものしい予告の誘いに乗ってみようかの軽さ半分で出かけた映画館。
3人が共に立っていました、見事に。自分の役を消化しきっている、だけでなく、3人それぞれが他の2人の、自分との関係性の把握を共有している、とでも言うのでしょうか(中でもやはりペンが最もその意味での把握に長けているように思われました 監督の視点を持っている強みでしょう)。個人的にはこれまでも感じていたベニチオの幅広さ・奥深さを再確認できたのが嬉しい。
頻りに子を欲しがる妻との関係が冷めた、重い心臓病で移植を待つ数学教授(ペン)。自分をアルコール依存症から救ってくれた可愛い娘2人と優しい夫に感謝する主婦(ナオミ)。どん底の人生から這い上がれたのはイエス・キリストのお蔭と、狂信的に近い信仰生活を送る家族持ちの労働者(ベニチオ)。ベニチオの車がナオミの家族3人を轢き、夫の心臓がペンへ移植される、という経緯がこの3人を結びます。
この設定からも想像がつくかと思いますが、テーマは幾つも見出せます。神・信仰・愛といった普遍的なものから、身近には文化により異なる死生観・臓器移植をめぐるあれこれ・犯罪と社会の関係・死刑の是非に至るまで。この作品を観ているあいだ、そして観終わってから、どれほど多くのことに思いが走ったかわかりません。
映画館を出たその足で喫茶店に入り、一緒に観た人と語りたくなる映画は少なくなりました。これはそういう一本だと思います。
・「Lカラックス、最高!」
ジュリエット・ビノシュ。今でこそ演技は女優として活躍しているが、この作品の彼女はまだあどけなさも残る少女のよう。近未来の話ではあるが決してSFでなく、どちらかというとレトロな感じが出ている不思議な作品。Dボウイの歌に合わせてドニ・ラヴァンが走る、長回しのシーンも話題になった。
Lベッソンの「サブウェイ」、Kキェシロフスキの「二人のベロニカ」と並んで、僕の青春時代の三大作品のひとつ。(「ディーバ」も捨てがたいけど)
・「幼いビノッシュ」
異色的な映画です。フランス映画ならではなのか、1度だけでは意味が伝わらず、2度観ました。今ではビノッシュもジュリー・デルピーも有名ですが、2人ともとっても印象に残る顔と演技でした。
最後のシーンは今でも思い描く事が出来るほど、印象的です。2度観る事をお勧めします。
・「美しい映像」
最初に見たのは16年前、23歳のときでした。深夜仕事から帰りTVをつけるとやってました。初めてのフランス映画。仕事で疲れた頭にいきなりスイッチが入った感じ!赤、青、白のトリロールに黒が交じり合う今まで見たことのないスタイリッシュな映像!可憐なジュリエット・ビノシュ。すぐに録画しその後何十回と見ました。もちろん監督のレオス・カラックスにもはまりました。マイベスト5に入る作品です。
・「研ぎ澄まされたナイフのようにストイックな「愛の寓話」」
嬉しかった。まさにゴダールの新作を見る思いでした。「勝手にしやがれ」のポワカール(ベルモンドー)やパトリシア(セバーグ)がカラーで蘇ったかのようでした。しかし観終わったあと気がついたのはこれが1986年の作品であること。リアルタイムで観ていない観客にとって「ゴダールの再来」の意味は変わってきます。20年以上前第二のゴダールを待ち望んでいたフランスの人々の前に「ほら、ボクがそうだよ。」とでも言うかのように躍り出し、見事にルイ・デリック賞を獲得したレオス・カラックス。 残念ながら今当時と同じ感動を味わうことはできません。彼の映像がゴダールに近づくほど、20年後の観客にはそうした思いしか生じない。カラックスはゴダール作品ほどの斬新さや普遍性をこの作品に与えることは出来なかったのです。 彼はこれを「後から撮る者の宿命」と言っているように、時間の経過はカラックスの負うべき責ではありません。けれど彼が見続けてきた沢山の映画たちが彼になんら影響を及ぼしていないはずはありません。この映画を楽しむためには極力そうした矛盾を排除すべきであり、それはこの映画の繊細さと完成度の高さに対して与えられるべき免罪符なのだと思います。 作品中の「アレックス(おしゃべり)」の寡黙さは、サイレント映画を糧として成長してきたカラックス自身のものであり、よく言われているように彼は彼自身をアレックスに投影しています。彼自身も語っているとおり「STBO」なるウィルスの存在に重要な意味はありません。この映画にクライム・サスペンスやSF的な要素を求めるべきではなく、私たちはその点でもこの作品に寛容であるべきだと思います。テーマはあくまでアンナとアレックスの交錯、アンナへの「片道切符の愛」なのです。 静かで意識的に明るさを抑制した映像からはフィルム・ノワールに似た香りが立ち昇り、登場人物たち、ラヴァンとビノシュ、デルピー、それぞれに皮膚の薄い痛々しさ、清冽さを漂わせています。ラストシーンは皮肉にも「アヴァンチュール」を予感させる飛行場、そこに「アヴァンチュールズ(仏映画、冒険者たち)」に飛行士くずれの男として出演していたセルジュ・レジアーニの顔があったのも皮肉でした。「後から撮る者の宿命」をカラックスはこのように恣意的に利用することもできるのです。 アンナはアレックスに替わって滑走路を「疾走」します。飛翔するかのように両手を広げて、、、。 砥ぎ澄まされたナイフのように鋭利でストイックな「愛の寓話」は、こうして終章「ポン・ヌフの恋人」へと向かいます。ゴダール風とも見える、ともすれば乾燥しがちな映像に、カラックスは演出によって十分に加湿し独自の映像世界を創出しています。
・「強烈な残像が心に刻まれる映像、痛い疾走感。」
念願のDVD購入を果たしました。
それにしても、このDVDのチャプターリストを不思議に思った方はいないのでしょうか?通常ならば12345…と続き、細かくチャプターが入力されている筈が、なぜかこのDVDでは3、6、14、…みたいな感じでかなり大雑把に合計6つのチャプターがあるだけです。この数字の基準がよくわからない。まぁ、特に不便なわけじゃないけど、普通に収録したらいいのに。何か面倒くさかったんですかね。微妙な手抜きです。
その他特典映像は、アレックス三部作すべての予告映像と、ポーラXの予告が入ってるのと、主要キャストの紹介文みたいなのが入ってました。これにはJ・デルピーも入れてほしかった!!
今作は、極めてセンシティブな映画であり、観る人によってはつまらないと感じたり、やや陳腐なストーリーに違和感を覚える人もいる筈です。ただ、カラックスのエゴイストぶり、ナルシストぶりが全面に押し出されつつも映像の素晴らしさは言うまでもなく、心に深い残像を刻みます。
私は正直この映画が何故こんなにも自分を惹きつけるのかがわからなかったのですが、皆様のレビューを見ていて気付きました。ああ、この映画はただただ痛々しくて、切なくて、そんな青春の全てが詰まっているのだと。
ゴダールの再来と騒がれていたカラックスですが、ゴダールの瑞々しい疾走感に加えてカラックスは痛々しい疾走感です。そういえば「ゴダールのリア王」では、不仲で有名なデルピーとカラックスが恋人同士の役でした。貴重な映像です。話がそれましたが、「汚れた血」に興味のある方は是非見て下さい!もしつまらなく感じたとしても、まだデビューしたてのJ・デルピーやJ・ビノシュがとても美しく、それだけでも得した気分になれますよ!
お薦めです。
・「秀逸。」
秀逸な作品です。時代も場所も年齢も境遇も違う3人の女性たちのある1日が、さりげなく、しかし決定的なリンクとともに描かれています。 たとえば、ある登場人物の言ったのと全く同じセリフを、そのずっとあとの時代で、違う登場人物が言ったりします(もちろん彼らに面識はありません)。 決して明るい内容ではありませんが(自殺も自殺未遂もあるし)、何度も見たくなる映画です。 ジュリアン・ムーアの演技は、恒常的な不幸の中にいる人間は、常に穏やかに微笑むようになるのだと言っている気がします。 原作と違う点もありますが、原作を読んでいる方でも楽しめると思います。
・「われらへの挑戦作品。ヴァージニア・ウルフのその後のその後...」
その1:ヴァージニア・ウルフは天才か、統合失調症か。幻聴が聞こえ続ける中、療養しながら書き続けた小説。彼女は小説の結末を自殺で締めくった。同時に彼女も自死した。小説『ダロウェイ夫人』はこうして完成した。その影響力はすごかった。 その2:この小説を読み続けている女性。夫がおり、息子もいた。ホテルで自死せんとしたが死ねなかった。少年は母の生き方をに過敏すぎた。自死できなかった母は家を出、他国で職業婦人として生きかえった。 その3:息子は生きた。詩人になった。学生時代、大恋愛もした。恋人は彼をささえ続けた。彼はエイズになっていた。恋人は人工授精で彼の子どもを産んだ。彼は偉大な文学賞をとる。恋人は準備万端整え、迎えにいった。恋人の前で、彼は飛び降り自殺した。 その4:その後、生きている者がいる。彼の母。老いているが毅然としている。彼の孫娘がいる。祖母と孫という関係であることを私たちは知っている。それが結末。 まとめる:ある一日。時代異なる。元と言えば、ヴァージニア・ウルフ。彼女は「幻の声」を聴きながら、『ダロウェイ夫人』を完成させ、その作品通り自死した。残された作品の影響力は大きかった。大きな影響をうけ、自死をはかったが、死にぞこない、家も子どもも捨てた。彼女の息子は詩人となった。彼はエイズ。彼の作品は評価され文学賞をえる。受賞日当日、彼は愛する人の前で自死した。彼の母は生き、彼の娘も生きている。充実しきっている作品。私たちへの挑戦状だ。
・「芸術作品!!」
全体的にしっとりとした作品です。最近のハリウッド映画では珍しく、ラストがあまりはっきりしない映画でもあります。実際、後味が悪いと感じる人もいれば、感動する人もいるようです。また、1回見ただけではこの映画の良さは伝わりにくいと思います。何回も見ることによって次々に新たな発見や感想を与えてくれるスルメみたいな作品です! 中でも一押しなのが、映像美です。主演3人の演技も素晴しく、また、時代背景やセット、衣装やその色彩までもが綺麗に絡み合って、どの場面をとっても美しいです。 そして映像のバックに流れる音楽もとても素晴しいです。'時'をイメージした音楽か映像にうまくマッチしています。 文学作品を題材にしているせいか、象徴的な場面なども多くあり(その点でわかりにくいと感じる人もいるようですが)、まさに総合的な芸術作品だと言えます。見ごたえがある映画だと思います。
・「すばらしい演技」
難しい作品ですが、3人の大女優の素晴らしい演技を見るだけでも価値はあります。生きることの意味や苦しさが、なんとも言えない世界観と映像美そしてバックに流れる音楽で見事に描かれています。
・「いつのまにかに号泣。」
いろいろ疲れてる時に飲みながら見たせいかもしれませんが、いつのまにかに号泣してました。3人の女性のそれぞれのある意味では幸福で、だからこそ不幸な日常が、それぞれ迫ってきます。ふとした瞬間になぜか虚しくなってしまうような人にオススメです。薄っぺらなものとはひと味違う極上の人生賛歌だと思います。
・「ジョン アーヴィングの原作」
ジョン アーヴィングが原作者です。映画化されたのは、他に「ガープの世界」などがありますが、こちらの方がハラハラドキドキします。ジョディ・フォスターのファンであれば、必見です。レイプや近親相姦を扱っているのに、全然暗さがなく、笑えます。「ガープの世界」より爽快ですよ。
・「人生は、おとぎ話」
…とはいうものの、現実の人生は非常に厳しい。だけど、紆余曲折の人生を送ろうとも、朝の風は爽やか。
そんな映画です。
エキセントリックな描写が多いですが、どこかコミカル。それを笑うのか憂うのか不思議がるのか、それはこの映画を観ている者に委ねています。最初観た時は、犬のソローの屁に大笑いしてたんですが、それだけでは終わらない映画です。
この映画を観終わって、人生観が変わるヒトは、僕だけじゃないと思いますよ。
・「不思議なセンチメント」
常識では考えられないようなことが、次々と起こります。
あらゆる物事は、不幸な方へと転がってゆくので、
ことの仔細を挙げれば、まるでワイドショーか、メロドラマのようです。
でも、この物語は、ふわふわしているようですが、安っぽくはありません。
ある意味、下世話なユーモアたっぷりですが、下品ではありません。
文字や言葉にすれば、「愛」という感情は嘘っぽくなります。
嘘っぽくならない、ギリギリの線で「愛」を描けば、この物語のように、
どこか地に足の着いていない、天上の人びとのおとぎ話のようになるのでしょう。
観終わると、たいていの人は泣いてしまいます。
でも、その涙の理由がよく分らず、不思議なセンチメントに包まれます。
人が、非常に美しいものを見て泣くように、この映画を観て、
自分も誰かに愛されていることに気づくからかもしれません。
・「「素敵な不幸の玉手箱」」
「それでもなんとか、生きていくしかないのだ」と、最後のセリフどうり、いろいろなエピソードが巻き起こる。レイプあり自殺あり革命組織あり爆発ありの、そして、極めつけの青春映画でもある。注目すべき点は、暗くなりがちな1つ1つのピソードを、とてもポップにゆる〜く乗り越えるところだ。最近の邦画「嫌われ松子」みたいな。現在、失恋や失業や、思うに決まらない未来など、人生と格闘中の人にお薦めの1本。あなたを取り巻いている不幸の全ては、この1本に詰まっている。これは「素敵な不幸の玉手箱」だ。
・「何もしたくない夜更けに・・・」
私が生まれて初めて買ったDVDタイトルです。不思議な映画です。楽しいお話なのか、はたまた悲しいお話なのか。でも、悲しかったとしても観客が涙するお話ではありません。不思議な人物たちが織りなす人間模様・・・週末、何もしたくない夜更けにひとりでぼーっと観る映画だと思っています。
・「動物好きな方必見!あの感動を何度でも!」
映画でも観たのですが あの感動をDVDでずっと手元に持っておきたくて購入しました。何度観ても私は涙がでます。動物は基本的に大好きなのですが 象にそんなに興味がなかった私でも象がとても気になる存在になりました。子供にも大人にもおススメで 現代の忙しい生活の中で忘れてしまった陰りのない 夢のある純粋な感情を呼び覚ましてくれます。坂本龍一さんの音楽も素晴らしく、作品を見終わる頃には はまっている事と思います。壮大なタイの大自然と動物愛、人間愛が心に響く作品ですよ。おすすめです!
・「現実だからこそ悲しみが増す」
悲しくてしばらく、この作品のことを考えれなかったし見ることができなかった。リアリティ溢れる話。監督のこめようとした気持ちがしっかりと伝わる作品。考えさせられる話だった。象の扱いや、動物達の動き、表情、一つ一つのシーンが丁寧に写されている。それらのおかげで真実味が増すのだろう。
・「爽やかな感動が残る。」
まず、この物語が実話に基づいているということに驚く。 中学生の男の子が、象使いの修行をするため、単身タイに飛び、言葉や生活習慣の違いに苦労しながら、日本で始めての象使いになる。 彼の夢は、タイにあるような、年老いた象たちが暮らせる“象の楽園”を、日本にもつくること。 その夢が叶わぬままに終わったことは残念だけれど、彼のような人がいて、彼のような生き方があり人生があったということは、決して無駄ではなかった。 そのことを広く知らしめてくれたこの映画は、それだけでも大きな意味があったと思う。 主演の柳楽優弥は、実に不思議な俳優である。 素人くさいようにも見えながら、それがまた、いかにも手慣れた演技を見せる俳優たちとは一味違う、リアルさを釀し出す。 坂本龍一による音楽も、叙情豊かでエキゾチシズムに満ち、効果的だった。 タイの自然豊かな森の美しさも、どこか根源的な懐かしさを感じさせる。 爽やかな感動の残る作品だった。
・「是非スペシャル・エディションの方を」
こちらのスタンダード・エディションには、スペシャル・エディションについている特典DVDがついていません。はっきり言って、映画よりも特典DVDの方が100倍泣けます。特典DVDには、主人公・坂本哲夢さんの実際の映像とインタビューが入っており、彼の子供時代から葬儀の模様まで、ドキュメンタリーで見ることが出来ます。葬儀の場面では、哲夢さんの棺に子象ランディがすがりつき、凄まじい叫び声で泣き崩れています。私はこの特典DVDを数十回見ていますが、毎回この場面で号泣してしまいます。両親ともに元モデルで日米クォーターの坂本哲夢さんは、はっきり言って柳楽優弥くん顔負けのいい男です。今も存命なら、日本の芸能界で太刀打ちできる俳優はいなかったでしょう。あまりにも美しい容姿と心を持って生まれたがために、こんなにも早く天に召されてしまったのだと思わずにはいられません…。本当に惜しい人を亡くしました。
・「心洗われる作品」
象と近付こうと象使いになろうとするテツと、象との触れ合いを描いた作品。タイでの修行中、人間に見向きもしなかった小象ファーとの出会いからファーが心を開いていくところは、本当に涙涙でした。
象とだけではなく、タイでも象使い仲間との触れ合い、そして家族との絆、義理の父親との擦れ違いなど、人間と人間についても考えさせられる物語です。
最後、のシーンで、また涙が出てきました。早くに死んでしまったテツさん、本当に惜しまれます。そして、テツは、本当に生まれ変わったのでしょうか…。
柳楽さんの演技も、凄くいいです。ちょっとぶっきらぼうなことろとか、一生懸命さが伝わってきます。
・「2004年度の最高傑作です。見て下さい。」
2004年に見た映画の中の最高作として私はこの映画を文句なしに選びます(『ブラウン・バニー』や『2046』も良かったですが)。ゆったりとして芳醇な時間の流れ方と南仏の陽光あふれ味わいに満ちた家屋・町並みが本当に素晴らしい。今年の北海道は記録的な猛暑で、そんな中で見たこの映画の涼しげな風情、静謐なたたずまいが心にじわっとしみこみ、贅沢とは正にこういうことを言うのだなあ、と私も豊かな時間を共有したのでした。ハリウッドの映画では決して得られない種類の満足感です。 名作『まぼろし』とはやや異なり、この作品でのS.ランプリングは女性として枯れており(それがオゾン監督の意図でもあるのですが)、L.サニエの若さとフリー・セックスと遠慮のなさに振り回され、嫉妬し、苛立つのですが、パソコンに「ジュリー」のファイルを作ってから何かが変わっていきます。「葉っぱ」を吸いながらスインギング・ロンドンの時代に青春を送ったことを語り、かつて幾多の映画で惜しげもなくさらした裸をここでもスクリーンに映すのです(60歳になろうとしているとは思えない、本当に美しい裸です)。行動力も旺盛になり、死体を埋葬する穴を徹夜で掘ったり探偵の様に人を捜したり…。女性としての潤いと作家としての活力を取り戻し、これぞ水のあるプールで泳ぐということの意味なのです。ラストの大どんでん返しに戸惑う人が多いのですが、私はなぜか丸ごと納得できて、最高の清々しさをもらって劇場を後にしました。今年体験した最高の瞬間の1つでした。文句なしの傑作です。〈追伸〉『8人の女たち』で娘役をやっていたL.サニエが大胆なセックスシーンを演じていて、色々な感慨を持って見ました。きっと彼女は今後のフランス映画を代表する大女優としてキャリアを積み重ねていくものと思われます。彼女の若さのきらめきも映した記念碑的作品として、是非見て下さい。
・「シャーロット・ランプリングの存在感」
南フランス・大きなプール付きの館・・ビジュアル的にとても美しい映画だ。それと同時に、レビューにどなたか書かれていたが、成熟したボディのワインのように味わい深く、またシニカルな良質な映画だ。
映画を見ている間は、サニエのピチピチした美しさに目を奪われるが、見終わった後、いつまでも印象深いのは、ランプリングの存在感。
始めは若い娘に反感を感じていたが、次第にその奔放な魅力に、作家の創作力を刺激される。食事に誘って、あれこれ誘導尋問のように聞き出す、ミステリー作家の意地悪で客観的なまなざし。
あどけなさの残るサニエに比べ、この分かりにくい性格、意地悪な面白さ!中年ながら、他の男たちから意外と?人気のあるこの女史。女の魅力は年齢ではない、その複雑さを余すことなく表現している、さすがフランス映画だ。
このひと夏の出会いで作家の心も開放され、紅いローブを着て大胆な誘惑ができる女になる。また、つれない愛人の編集者にターン!と見切りをつけ、颯爽としてくる。シャーロット・ランプリングの魅力が充分たんのうできる映画だ
・「独特のムード漂う、ミステリーならぬミステリアスな傑作。」
これは、単なる“ミステリー”の括りに入れてしまうと、強烈なシッペ返しを食うこと請負の、一種独特のムードを持った傑作だ。南仏の陽光眩しい風情豊かな別荘を舞台に、実生活に空虚さと性的不満を抱える初老の女流人気ベストセラー作家が、ビジネス・パートナーにして愛人でもある出版社社長の娘で、奔放に生きながらも影のある若く魅力的な女性と出逢い、曖昧でアンビバレントな感情を抱く。殺人も起こるが、彼女の微細な感情の揺れ動きこそが、ミステリアスで今作の一番の見所だ。青く澄んだ水を湛えたプールは、女性の“性”と“若さ”を象徴している様に思え、彼女の欲求と羨望を表す心象風景として、それが何度かインサートされるのが印象的だ。リュディヴィーヌ・サニエの、その美しい肢体と脚線美に目眩みつつ、シャーロット・ランプリングの、静的で抑制されたものの、その圧倒的な存在感は、L・ヴィスコンティ、L・カヴァーニ、W・アレン、大島渚、S・ルメット、J・ブアマンら名監督に指名され、さすが世界を股に駆けて活躍してきた名女優と思わせる。それにしても、舞台となった南仏の別荘とその周辺の街並と自然の素晴らしさは、是非ともバカンスで行ってみたいと思わせる佇まいだ。
・「フランス映画の真髄を見た。」
女性を撮らせたらフランソワ・オゾンの右に出る者はいないんじゃないか、と思わせる程の、計算しつくされた映像美です。映画の題にもある「スイミングプール」の放つ存在感は圧倒的で、「ただの水の張った四角い空間を、どうしてこんな風に撮れるんだ」と感心してしまいました。真っ青なプールで全ての事件が起こり、解決します。
何度も出てくる、『足から顔へのカメラ目線』は、「愛撫曲線」なんだとか(監督言)女優の一番美しい撮り方を1つ確立していると言えます。このカメラワークは絶対注目です!
何気ないように見える、ベッドルームや居間、キッチンの様子、女優の表情はもちろん、服装などもすべて伏線です。つまらない情景描写で終わっていません。
映画ならではの楽しみ方だと思います。
「変化」をキーワードに、どうかお見逃し無く。
・「美しき罠! あなたにはこの謎が解けますか?」
この映画はサラの妄想ではありません。真実なのです。あの殺人も、ジュリーも。
・「死とまっすぐ向きあう」
主人公は、突然の死の宣告に怒り、苛立つ。ギクシャクした関係の家族に何も打ち明けないで嫌な態度を取り、恋人をも一方的に突き放してしまう。素直に甘えられるのは、自分とよく似た祖母ただ一人。自分勝手とも思えるが、それは彼がシニカルで屈折した性格だからこそ...。自ら追い込んだ孤独の中で、「生きる」ことの意味を求め、自分と向き合おうとする。そんな彼の姿が、だんだんと愛おしく思えてくる。
自分の死期が近いことを知った人間のドラマといえば、主人公への同情を誘い、涙なみだのメロドラマというのが定番。でも、安易な同情(少なくとも最初のうちは)拒む。しかし、だからこそ、きれいごとばかりでない真実がある。主人公がゲイであることを考えると、どこかルキノ・ヴィスコンティ監督の「ヴェニスに死す」との共通するところがあります。ただ、美少年へのあこがれ(距離を置いた接触)に終始するロマン主義的形式で彩られた「ヴェニスに死す」とは異なり、フアンソワ・オゾン特有のファニーなユーモアがちりばめられています。たとえば、ロマンがたまたま立ち寄ったカフェで、経営者の妻女から「子種」の提供を迫られるシークエンスのシニカルなユーモアは、まさにオゾンらしい。
いかに死ぬかということは、いかに生きるかということ。だからこそ、自分をこの世界を受け入れて逝くロマンには、死の悲しみより生への慈しみが満ち満ちている。
・「美しすぎるラストシーン」
なんて美しいラストシーンなんだろう。突然、余命3ヶ月と宣告されたフォトグラファーのロマンが、その命を終えるまでを綴ったこの作品、「死」をテーマにした作品なのに、感傷にひたることなく、観終わった後は爽やかであたたかな気分に包まれる。これもひとえにこの美しすぎるラストシーンのおかげでは。もし、「最も美しいラストシーン」を選ぶランキングがあったなら、私の中で間違いなくベスト1に輝きますね。ちなみにこの作品は「死」についての3部作の第2作目(自分の死を描いた)1作目は最愛の人の死を描いた「まぼろし」3作目では子どもの死を描くそうです。
・「唇のうえに沈む夕日」
死が、生きることの意味をあぶり出していくという普遍的なテーマに、真正面から挑んだ作品です。主人公ロマンが苦悩と絶望の果てに、すべてを捨てすべてを受け入れて、執着から解き放たれいく様子が残酷なまでにみずみずしく描かれています。この映画での「死」とは彼の生きてきた「生」の収斂されたものであり、どちらも肯定や否定という判断を超えた、たった一人で受け入れるべきもの、というスタンスをとっています。この世界での人間関係と同じように、対立しているように見えた生と死が、和解し解け合って昇華していく様は、無条件に美しく圧倒的です。(自らの生を尊重し死を迎えるには、他者の生をも尊重しその違いを受け入れなければならない。この映画のテーマはあくまで、あらゆる葛藤のなかで「生きる」ことの素晴らしさであり、「死」はその演出家なのです。)そしてそれは彼の人生に対してだけでなく、この世界にも人知れず輝きを与えている。ラストシーンの静かな衝撃は、悲しみとエンドロールを越えて、いつまでも続いていきます。
・「“死”をどう受けとめ、受け入れるか?」
余命3ヵ月…。ロマンのように“死”を受け入れることが果たして出来るのだろうか?初めはすべてを遠ざけようとするロマンだが、少しづつ受け入れ“自分がいた”という証明を残す。ロマンは心の内を祖母にだけ打ち明け、涙する。自分勝手な言動が目立つロマンだが、とても親身になれる。きっとこれは、すごくリアルに近い表現をするからだろう。ラストシーンはオゾン監督らしい、美しいラスト!あと、あの写真がきになりますよ。しかし、二人とも…カラミのシーンが…見えてます!!
・「フランス映画」
フランス映画特有の孤独や寂しさを感じさせてくれました。日本人にはない精神の強さがあります。死が迫ったときどういう行動をするか・・主人公がとった行動、最期の場所・・。死とは何かを考えさせてくれました。監督、役者、映像、素晴らしいです。夜に一人で観たい作品です。
・「小津監督の最高傑作」
いかにも日本的な映画です。外国だったらもっと親と子供達が徹底的に論争して話を解決するんでしょうが、この映画の人々は絶対にそんなことはしません。
総ての事は以心伝心。そして我慢です。
はるばる尾道から老いた両親が東京にやってきます。迎える子供達も自分なりの孝行を親に尽くそうとします。けれども子供達の孝行は総てがとんちんかんで自分本位。しかし両親はそんな子供達に感謝します。息子も娘も自分の家庭を持てば、やがては他人になってしまう。老いることの悲しさと諦め。そんなものが胸に迫ってきます。
そしていかにも日本的なのは、他人のはずの嫁の原節子だけが心からふたりをもてなしてくれた事。小さなアパートの一室で原節子が東山千栄子の肩を揉むシーンは最高に美しい場となっています。さらに上手いと思うのは、戦死した原節子の旦那さんの写真を画面に映さないこと。こんな美しくも優しい奥さんを残して戦死したなんて、なんて無念だったんだろうと思わせます。そしてその夫のイメージを観客のひとりひとりが心の中で思い描きます。そのためどんな俳優が演じるより観客に強いインパクトを与える結果になりました。
そして原節子のみならず、三宅邦子、東山千栄子、香川京子の女優陣もひかえめで上品な女性を好演。今の女優ではこの雰囲気を出すのは絶対に無理です。このあたりの女優達の演ずる女性は実際にはいそうもいませんが、杉村春子は唯一現実にいそうな女性役を好演しています。図々しい嫌な女に見えますが、たんに感情をすぐ表に出してしまうだけで彼女なりに両親を愛している事が画面から伝わってきます。
むしろ長男役の山村総の役のほうが総てのことに無感動で不気味な感すら致します。多分理想を持って医者になったのだろうが、現実とのギャップで人生を諦めた男。この人のサイドストーリーが見たいさえと思わせてくれました。
もちろん、笠智衆の父親も最高です。老妻に先立たれた後、ひとりで茶の間で座っているシーンが素晴しいです。
・「思い当たる・・・」
一見,杉村春子が悪人のような,原節子が善人のような。でも,そんな単純でないところがこの作品の奥深さだと思う。母の命が持ちそうもないと聞いて真っ先に泣き出すのは杉村春子。戦死した主人を,今はもう思い出さない日も多いという孝行娘の原節子。どの登場人物も,わかりやすいステレオタイプなのではない。そこがいい。それら子どもたちのすべてを,無理にも好意的に受け止めて「ありがとう」を繰り返す老夫婦。この二人の「ありがとう」という台詞は何度出てきたろう。役柄の誰がどうとかでなく,実際の自分は家族の中でどうなのか,そのことを見つめ直すきっかけになる。本当に心に染みる。
・「諦めと思いやり」
思うに「あきらめ」がひとつのテーマになっていると思われる作品。 主人公の老夫婦は育った子どもたちとのひさしぶりの交わりのなかで,「欲を言えばきりがないからなあ」「まあ,これでわしらはずいぶんましなほうだよ」「ええ,わたしらは,ずいぶんしあわせなほうですよ」などと語らいあいながら,「しあわせ」や「いたわり」や「ぬくもり」など,多くのものを,いろんな形であきらめる。 老夫婦の戦死した次男坊の未亡人役である紀子(原節子)も,「わたし,ずるいんです」「独りで寝ているとこのままどうなるのかと不安になって,何かを待っているんです」「(大人になるなんて)いやなことばっかり」などといいながら,自分にたいして,義兄弟たちにたいして,世間にたいして,あきらめたり,あきらめようとしたり。
あきらめる,というのは,心底から喜べない,何ごとにもときめかない,すっかり安心したり信頼したりできない,喜ばしい希望もないことで,しかしそれを事実として受けいれ,せいいっぱい抱きしめようとするところから,また或る種の理性的な思いやりややさしさが生まれてもいるようで,それを笠智衆と原節子がそれぞれの笑顔で巧みに表現しているようだ。
なにやらずいぶん切ない映画のようだが,杉村春子がなんとも人間味のあるわがまま娘役を好演していて,それが全編に喜劇の風を吹き込んでくれている。
理性的な小津のまなざしは,天からではなく人間と同じ高さの目線で見守る,神さまのまなざしのようでもある。
・「素晴らしい。ただそれだけ。」
何よりも言葉の美しさがきわだった映画。日本語ってとても綺麗な言葉なんだなって改めて感動。とくに挨拶。話自体は、今の映画のように急展開に何かがおきる話ではないけど、淡々と流れていく話。何度でも見れる。見るたびに新しい発見がある。そして穏やかな気持ちになれる。最初見た時は色々な場面で涙が出て大変だった。場面で感動というより流れる空気に感動というか、この映画を見た人とは分かち合えそうだけど、見てない人にはうまく説明できない感じ。
それにしても子供が本当に憎たらしい演技をしている。あと次女の杉村春子の両親を邪険にする演技にも脱帽。こんな娘にならぬよう気をつけねば。
・「日本人でよかった」
小津の代表作というより、終戦直後の混乱期を克服しながら、1930年代に続いて第二期黄金期を迎えつつあった日本映画の代表作。
そして原節子の最も美しい映画。笠智衆と東山千栄子を自分のアパートに招きいれ、カツ丼やお酒をふるまって二人に精一杯尽くす場面や、行き場のなくなった東山をアパートに泊める場面における、彼女の比類なき美しさは何度観ても感動的である。そして東山の葬儀のあと、笠に暇乞いをする彼女に、自分は偽善者であると告白させる恐るべきシナリオに、愕然とするしかない私たち。
さらに杉村春子、中村伸郎、三宅邦子、香川京子そして東野英治郎らの名演も忘れられない。何度みても飽きないし、観るたびに新しい発見のある作品。
ちなみに私がこの映画を観たのは、池袋の文芸座と銀座の並木座でしたが、この二館とも、閉館してしまいましたね(涙)。
・「原作世代ではないので」
本作品でしか話を知りませんが、ドロドロの話というよりは安心してみれる映画で、何度も何度も、日本を離れていたときに見ていました。僕にはある意味「昭和の家庭」と、都内の住宅地の美しさを教えてくれた貴重な作品。この美しさはどこかの国の荘厳な建築や町、そして人間を寄せ付けないほどの自然とは一線を画している。所詮庶民の生活ということを鑑みれば、美しさというよりは暖かみを残した清楚さが心地よい。互いの個人生活を維持しつつも、交わり合う家族の縁。もう少し昭和の映画を見ようと思わせてくれた、貴重な作品です。
・「なかなか引き込まれてしまう映画でした」
面白かったです。元祖「負け犬の遠吠え」族である向田邦子の代表作でもある、「阿修羅のごとく」です。4姉妹の老いた父親に、思いも寄らぬ浮気の相手がいたことが発覚してからのそれぞれの夫婦や恋人との間の、不倫、結婚、恋の悩み、そして姉妹の間柄の葛藤をたんたんと描いて、なかなか引き込まれてしまう映画でした。
54年という時代設定なので、まだ、結婚がスタンダードな時代、女たちのそれぞれの立場の苦悩がコミカルな軽いタッチで進行していって、なかなか考えさせられて面白いです。次女の黒木瞳、今回は貞淑な奥様役。意外と合ってましたね、笑。じっと言えないで我慢するタイプ。
長女役の大竹しのぶは、亭主に先立たれた未亡人ですが、お花の先生なので、着物がとっても粋でこなれていていいです。不倫相手の恋人の奥さんは桃井かおりで、こちらも料亭の女将さんなので、粋筋2人の着物の競演はなかなかみものです。仲代達也の着物姿はクラッシックな普段着の着物と、結婚式の紋付はかま姿を見せてくれます。貫禄ですね。もちろん母親役の八千草薫の着物姿もいいですね。
お父さんは子供を育て、真面目に何年も働いて家をたててきたんだ、そんな人生でほんの少し艶のあることを愉しんで何が悪いんだと、次女の夫で、浮気をしている小林薫が、叫びます。
お母さんの犠牲の上に成り立ってるのよと叫ぶ妻!どっちも一理ありですね。笑。
お母さんが亡くなったあとにお墓参りにいったときに、最後に一言「女は阿修羅だよな」と小林薫がつぶやいているのですが、うーん、実感と言う感じですかね!
・「最高に贅沢な映画。女は恐い。」
飛行機事故でなくなった向田邦子さんの作品。監督は「家族ゲーム」の森田芳光 。大竹しのぶ以下すごい女優人。現在日本の最高の俳優勢揃い。しかも、仲代達也が70代の純愛おじいさんを演じているのだ。期待しますよ。現代日本の最高の役者と監督がつくりあげるというのだから。すごい、期待!!
こんな贅沢な映画はない。それだけで満足すべきなのかもしれない。
大竹しのぶは「黒い家」以後の変化自在ぶりは健在だ。仲代達也はなぜ出演したのか。生きている内にでないといけないという使命感をおびているのか。「家族ゲーム」で世界中にショックを与えた森田芳光監督、歳をとってしまったのか。少し、退屈。「家族ゲーム」と比較してしまうからか。普通の大監督になってもらったら困るのだ。期待しすぎるほうがおかしいのか。期待しすぎた者にとってはちょっと残念。でも、日本映画の最高水準はここあたりなのだ。
・「つづれ織りのごとく」
NHKの連続ドラマは年代的に知りませんが、ノベライズを読んでました。これを映画化した場合、エピソードやディテールを割愛せざるを得ないのは明らかなのですが、逆に脚本家や監督の腕のみせどころとも言えます。 本作も原作同様、昭和54年の東京を舞台に、父親の不倫の動向を縦糸に、4姉妹それぞれの恋や生き方等を横糸にして、複雑に絡み合いながら、母の死を経てゆっくりとほどけてゆく物語です。が、ほどけきらないところがタイトルの由縁でもあります。その辺脚本はうまく掬いとれてると思うし、キャストもほぼ完璧だと思います。演技演出過多な場面も見受けられるけれど、八千草さんの間際の表情や、遊園地の4機の乗り物を見上げる仲代さんの表情などは絶品。あと、「へのへのもへじ」も…。 向田邦子原作ドラマのリメイクと言うより、一本の良質な日本映画として是非観てみて下さい。
・「原作通りでない「阿修羅のごとく」も良いと思いました。」
NHKドラマの「リメイク」作品です。NHKの名物プロデユーサー、和田勉氏の代表作が原作ですから、それとの比較がなされることは製作サイドには十分わかっていたことでしょう。原作の要素をバラバラにして再構成したような感じがします。ドラマは母親が生きている頃と亡くなった後の1部、2部という別け方をしていましたが、森田監督は全編を一まとめにしたかったようですね。そのために、省略と書き直しをかなり加えていますので、原作本を読んでいるか、NHKドラマを見ていないと理解しにくい分はかなりあったのではないかと感じられました。キャスティングは豪華ですね。お父さんが仲代達也さん。立派に見えます。お母さんが、八千草薫さん。NHKドラマでは次女役でした。次女の主人が小林薫さん。それに4姉妹。キャスティングの後でシナリオを書き換えた可能性もあるかな、と思いました。原作通りでない「阿修羅のごとく」も面白いと思いました。
・「なにかを失ったときに観てください」
この作品にでてくるのは、なにかを失ってしまった人たちばかりです。永遠に失ってしまった人もあれば、取り返すことができるかもしれない人もいます。みんな打ちのめされ、失望しています。 それでも、この作品は「がんばれ」なんて言いません。「がんばらなくても大丈夫。人間てけっこう強いから、それでも生きていけるんだよ」と優しく語りかけてくれます。 まだこの作品を観ていない方は、なにかを失ったと思ったときや自分は幸せではないと感じたときに観ることをお勧めします。きっと、こんな思いを感じているのは自分だけでないと気づくことができるはずです。
・「タバコ好きな方にオススメ」
1995年, 米映画。世の中で大切なものは、煙のようなもの。つかみどころがなく、目に見えるようで実はよく見えない。それでも、人間は、本当に大切なものは永遠に(願わくば)失わないのだという暖かい哲学が感じられる映画である。
舞台は1990年のブルックリン。スラングが多く、せりふは聞き取りにくいが、面白いエピソードが語られ、単純ではない世界が描かれている。登場人物がそれぞれに深みがあり魅力的である。個人的には、ルビー役のストッカード・チャニングが好きだ。最後にタイトルバックで流れる白黒のオギーのクリスマス・ストーリーが感動的。タバコ好きな方に是非オススメしたい映画である。
・「煙あっての映画」
毎朝8時、同じ角に立ち写真を撮り続けるタバコ屋の中年店主。そこへタバコを買いに来る小説家、小説家と偶然知り合う黒人少年、ちょっとずつ絡み合う三人の日常、事情。煙草が嫌いな方には理解出来ないかも知れませんが、煙草なくしては完成されないシーンというものが映画には(もちろん現実にも)あります。この映画はまさしくそれの連続。煙の揺れ方ひとつひとつが登場人物の心情を映していて素晴らしい。そして、小説家が語るタバコの煙の重さを量る方法や、少年の父親が腕の代わりに受け取ったもの、店主が写真を撮るようになったきっかけなど、登場する全ての物語がどれも良いんです。イギリス映画のような、じんわりと心に残る映画です。特に煙草を吸う方は、煙草から生まれる「間」を実感できる分、より一層この映画が染みると思います。
・「自然な憩いの場にともる優しさ」
純文学メタフィクションのポール・オースターが本を創った映画がこのような姿をとるとは当時全く予想できなかった.NYの街角にある小さな煙草屋とそこに集う人々のごくふつうの交流、云わば「常連の場所」だ.日本でこの姿を想像すると-悪い表現だが-友人の居ない人が集まる居酒屋的な寂寥感を想像してしまうが、ハーベイ・カイテルの店は違う.何故か明るく、開放的.嫌な村社会的な雰囲気とは遠く、楽しい優しさに満ちている.その中のウイリアム・ハート演じる作家の過去.そうなると大抵はかっこうの井戸端会議のネタになり、人の不幸は蜜の味的な興味を刺激し周囲はその傷をえぐる様に、大げさに慰める残酷を犯す.しかし店主はこの店で盗みを働いた少年の家族を語る.盲目の老女の孫のフリをした事、老女はきっとそれに気付いていたろう事.見方によってこれらの行為は虚しい寂しさを見出すかもしれない.しかし私は思う.自分と完全に同じ傷や痛みを共有する者など世界の何処にも居ない.できる事は、相手のささやかな思いに、嘘であっても身を寄せる事ギリギリのシンパシーが人を癒すのではないか、と.そして、そこには「自らの傷を語る」言葉はいらない.きっと、相手の思いに対して、自分の追想を重ねるだけで充分なのではないか....そんな映画だった.
・「生きてくヒント」
人生いろんなことがあってへこんだり立ち上がれなくなりそうなこともあったりするんだろうけれど、、、生きていくにはどんな呼吸のしかたをすればいいのか、、、そんなことを教えてくれるような生涯大事にしたい作品。ハーベィカイテル、いかつくわっるい顔してるんだけれど映画にでてくると根底にやさしくて弱い部分があって大好きです。
●存在の耐えられない軽さ スペシャル・エディション [DVD]
・「静かな情熱、押し殺した映像」
庭を眺めながら、糸ノコで頭蓋骨をギコギコ切ってゆく主人公の「気のなさ」が、後々の女性関係を暗喩する。随分落ち着いた演出で、「軽さ」の在り様がどこから来ているのかを丹念に掘り起こす。プラハの春が誰をどのように変えたのか?ってところがなにかあいまいですが、息を呑むような心の襞のあやとりに、「ある恋愛」としてのドラマが観客を非日常へと連れ去ってくれます。当時かなり評判を取った映画で、表題は流行語にもなりましたが、当初から、退屈である、という意見もまた多かったですね。賛否分かれるでしょうね。
・「2枚組みならではの音声解説がGood」
ストーリーについては申し分ありませんので、「ショコラ」のジュリエットルイス、「ナインスゲート」のレナオリン、などその後を楽しみながら他の方のレビューをご覧下さい。 Disc2には監督他3名の音声解説があり、当時の政治背景やそれによる撮影の困難さなど本編と同等に興味深いものでした。このような困難な状況でのスタッフ、キャストのこだわりも作品を奥深い物にしているのでしょう。
・「プラハの春の壮絶さもさることながら」
ジュリエット・ビノッシュが初々しい美しさで 既に彼女のなんとも言えない雰囲気を醸し出しています 医者は窓ふきになっても生きていけるんだ… と何度もかよったスクリーンで感心した記憶があります 最期のシーンの処理もわたしにとっては 本当に美しい白です詳しいことは野暮なので書きませんが…
・「2005年、今のところ邦画ベスト1です」
徹底した構図の美しさに加え、まるで、ページがめくられるみたいに、左から右へゆっくり流れるようにパンし、カットが変わる。それが一種、様式美となっている。それに、脱色処理を施して色調を浅くしたという、クリーム色の中にセピア色が溶けているような色合いの画像が、そぎ落とされたような少ないセリフと相まって、静寂感と浮遊感を微妙に醸し出す。そして、空の広さも印象的でした。
宮沢りえとイッセー尾形が共に演じる二役は素晴らしく、イッセー尾形は何を演じさせて手も上手いけど、その笑顔が素晴らしい。胸が締めつけられるような、笑顔。英子に向ける子供のような、くしゃくしゃの笑顔。そして、宮沢りえの美しさ。洋服の買い物依存症の女性なんて、下品になりそうな役なのに、上品で繊細で透明感ある表情と声。手を触れると壊れてしまうような雰囲気がよく似合う。
さらに、さらに、心の奥底から深く揺さぶるような坂本龍一の音楽。キャスト、演出、キャメラ、音楽、すべてがまさに奇蹟のように組み合わさって、じわじわと心に効いてくる締め付けられるような寂しさ。パンフに市川準監督自身が書いているように、決してリアルな映画ではない。でも、登場人物の心情やその変化はまぎれもなくリアルだった。村上春樹と監督との間で、幾度ものやり取りがあったそうですが、ラストシーンは小説にはないものです。観客にゆだねられたトニーのその後。これもよかった。
・「足もとを流れるもの」
とても静かな、そして間の中に語られるものが感じられる作品でした。本当にはかなく切ない物語に思えます。最初の砂の船がとても切なく響いてきます。宮沢さんの透明感が素晴らしい。坂本さんの音楽は足もとを流れていきました。
・「よく村上春樹の雰囲気を表現した。」
村上春樹を映像にするのは、ちょっと無理があるんじゃないかなと前々から思っていて、本作も見るのが少し不安だった。しかし、市川準監督は村上的雰囲気を見事に映像化していた。映画を見ている最中、まるで読書をしているように感じた。それくらい、自然なのである。この映画は役者の演技が、本当に日常的で自然だ。まるでドキュメンタリーみたいに、この人演技しているのかな?と疑問に思うくらいなのである。僕はこの点に非常に感心した。確かに今思うと、村上春樹を読むときは、別世界に行くというより、現実を全然違う角度から再認識するという感じなのだ。まさに、この映画はそういう感じだった。村上春樹はメッセージというのを持たない、と僕は思っている。基本的な方向性はあっても、一つの考えに縛るような小説は絶対に書かない。彼の小説は、登場人物の言動や行動に一番魅力があるのだ。この映画は、飾りもないし、わかりやすくまとめる気もない。だから、良いのだ。
・「これはもう」
絶品じゃないかな。目が離せなかった。音楽もよかった。ナレーションはこの声しかないと思った。孤独ってそこから抜けられないところが悲しい。その悲しさが優しさを導き出すのだと思う。洋服の部屋で彼女が泣いたとき、彼女は死んだ奥さんの孤独を感じたのだと思う。でも孤独はまた人を生かすためのものだ。彼らは孤独と一緒に生きている。正確にはたぶん孤独の周りで生きている。この悲しさが好きだった。
・「追悼市川準監督」
『トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった。』冒頭シーンに入る朗読に似たナレーション。村上春樹さんの作品が持つ独特の空気を体現している事に驚き、うれしくなった。
息子にトニーと言う風変わりな名前を付けるジャズマン滝谷省三郎(イッセー尾形の二役。)の描かれ方が抜群に良い。
戦前の上海で一瞬の名声を得て居た時と、全て喪い捕虜収容所に入れられ『そこでは生と死のあいだには、文字どおり髪の毛一本くらいの隙間しかなかった。』と呟いてからの表情やセリフ回しがガラッと変わっている。
父親に向かない男に放任されたまま、生まれながらの孤独と喪失を抱えて育つ息子トニー。イッセーさんが学生時代からの彼を演じて居るのも、世界から隔絶され独り老成してしまわざるを得なかったトニーの内面が上手く表されているように思う。宮沢りえの好演も素晴らしい!!。
彼女が登場した途端、画面が明るく輝き出す。『トニー滝谷の人生の孤独な時期は終了した。』その言葉がピッタリ当てはまる程の存在感。洋服を着るために生まれて来たかの様に、
とても自然に服をまとう女性。しかも、洋服に向ける熱情が暴走し、遂には手当たり次第に高級ブランドの服を買わずには我慢が出来なくなって行く女性。
この難しい役を堂々と演じ切った彼女に拍手を贈りたい。この彼女の熱演がなかったら、終盤におけるトニー滝谷の埋めようのない空白と、欠落を引き受けての再生への意思表明も質の違う物になってしまっただろうから。
原作に対する最大限の敬意と愛情が伝わってくる作品です。二つを見比べるのも発見が有り面白いと思います。
・「My Life without me」
浪花節的なウェットさが好きな人には向かない映画。主人公は、泣き叫んだり、同情を買うような大げさな行動は取りません。
邦題がまずいです。原題の「My Life without me」が、この映画のテーマをずばり示しているのに、妙な邦題のせいで、主人公の心情への理解を外してしまいかねない。
主人公アンは、自分が社会の中で、底辺に近い位置にいることを理解しており、決して人生に幻想を抱いていない。これから先、長生きできたとしても、夢のような幸せは訪れない事も知っている。宝くじが当たる事もなく、夫が成功する事もなく、子供たちも飛びぬけて優秀ではない事を弁えている。彼女が作ったリスト「10のしたいこと」全てがかなえば、それは、彼女が一生で味わえる幸せの全てなのだ。
人生の整理をつけているのではなく、残されたわずかな時間の中で、私の人生全てを愛しく感じたい。そして、私はいなくなっても、私の願いがかなった未来が続くならば、それは私の、誰のものでもない私の人生・・・
砂漠の砂の一粒、その一生を描いた作品です。
・「完成度の高い映画」
監督イザベルの世界を感じる。この映画は非現実的で、単純なこころの動きしか描かない大型映画と違う。わたしたち誰もが日ごろ感じている、日常生活の退屈さ、ストレス、経済的悩み、家族への苛立ちなど、あたりまえのこころを表現する。
☆わたしはこの映画を参考に、経済的に貧しくても、明るく、喜んで生きる方法を探ろうと思う。
・「病気は描かれず、どう生きるかを中心に描く。」
あくまで死ぬことが前提となっていて、どうするかということを主眼に置いたストーリー。
10個リストアップするが、まあ家族のことだらけなのは仕方がない。私なら違うことを入れるがなあという感じの、みんな十人十色だろう。わたしは、昔仲が悪かった人と仲直りするとか、音信不通になっている人と会うとかいう願望をかなえたいです。
家族に幸せになってほしいのは当たり前だもの。この辺(「毎日家族に愛してると数回言うこと」とか)欧米風かなあ。
だが病状の悪化や主人公の最後などは一切省かれる。消化不良の感もあり。しかも、17で結婚して夜の掃除婦、夫はロクスッポ定職につかないフリーターで、親から借りたトレーラーハウスに幼児が二人もいる。明らかに、このままじゃ瓦解するだろう?夫がまずダメ人間過ぎるし(よい人杉なのはいいんだがあまりにもいいやつ杉で君が悪い)子供がこれじゃあ学校に上がろうにも金がないと思う。その辺をマジで心配してからでないと死んでもしに切れないと思うんだが・・・夢想派のわたしですらそう思います。人間ですから、もっと死ぬ前にあがいてほしい。もっとわがままや理不尽なことをわめかないと、ヒューマンと感じない。おとなしく、死を受容しすぎだ。常人ではないぞ。一般人ではまねできまい。まるで僧侶並みの観念。その辺でどうしても高得点挙げられませんでした。
・「前向きな主人公」
余命二ヶ月と宣告された24歳の主婦が、宣告された日に死ぬまでにしたいことを10個リストアップし、死ぬまでの間確実に一個も欠けることなくこなしていくお話。感動作と勘違いされる方が多いと思います。が、蓋を開けてみれば感動するということはないでしょう。主人公がそれを宣告されて悲しみふさぎ込むようなシーンはありませんし、家族が嘆き悲しむシーンもありません。むしろ前向きに、快活に、自分の死を受け入れていく過程が描かれています。辛気臭いムードはなく、各シーンは色とりどりの綺麗なカラーが目立ち、見ていると絵の具セットのように思えました。私個人は主人公の非現実的な前向きさに共感できませんでしたし、もう少し泣けるシーンがあってもいいんじゃないか、とさえ思いました。主人公の前向きさには感心しました。自分も、死ぬと分かった時、限りある時間になにができるだろうか・・・と考えさせられました。泣ける感動作をお探しの方をがっかりさせる作品。
・「とても共感できるものではない 」
体調不良で診察を受けた病院でいきなり余命2ヵ月と宣告される主人公アン。多少動揺するも、死を受け入れ、その日のうちに死ぬまでにしたい10項目のリストを作るアン。妻が末期癌だというのにどこまでも能天気な夫。夫以外の男の人と付き合ってみる、分かり易く言えば夫、娘を欺いて不倫をするアン。これがアンが死ぬまでにしたい10のことだというのでしょうか。最後まで清々しさが微塵足りとも感じられず、どこか嘘臭くて、ドロドロしていてイライラする映画でした。
・「買って損はないと思います。」
監督、俳優にはもちろん申し分ないですし、オープニングとエンディングの演出は面白いです。作品のテーマが、観る人を選びそうですが、それ以上にストーリー、映像、作品自体がエンターテイメントとしてよく出来ているので、映画が好きな人なら楽しめると思います。最初に見た時は、本筋についていくのに必死になり、作品自体を鑑賞する為に2回映画館に足を運びました。なので、DVDでシークエンス分析など、じっくり楽しみたいです。
・「美しい映画。」
これを見て、ガエル・ガルシア・ベルナルに囚われる人間は多いだろう。瞳だけで何処までも人を惹き込む希有な役者だ。話の内容が深く、非常に人間的なエゴをテーマに、複雑な展開をしているのもあり、彼以上のイグナシオを演じられる人間は居ないと思わせられるし、多分それは紛れも無く疑い様も無い事実だ。瞳以外にも、女性的とも思えるような滑らかさ、時として見られる男性的な力強さを持った肉体に目を奪われた人は多いはず。
・「愛と憎しみが交差する複雑なストーリーです」
映画監督エンリケの所に脚本を持ち込んできた元親友イグナシオを名乗る青年。二人の過去をベースにした内容で、俳優志望のイグナシオはサハラという役を得るためにエンリケに取り入ろうとします。彼は本当にイグナシオなのか、そして彼が持ち込んだ脚本「訪れ」に書かれていることは真実なのか、、、?
・「美しい。」
映画監督を主人公にした、彼の半自伝的な面も感じさせる物語…見終わった後知ってドキドキしてしまいました。半自伝的??
パッケージが物凄く派手だし、タブーが盛り込まれていると聞いていたので、話についていけるか心配だったのですが大丈夫でした。引き込まれました。ミステリアスで、美しく、そしてユーモラス。もう一度見たいと思いました。軽い内容ではないですけれどお勧めします。
某レンタルビデオショップでラブストーリーのコーナーに置かれていました…うーん、ラブストーリーとは少し違うような気がしますけど?
・「素晴らしかった」
久々に、胸を鷲掴みにされた作品でした。「男性同士の愛」や「華麗な女装」「激しい情愛」といった表面的なものではなく、「人生とは、愛とは何ぞや」っていう根本的な部分を、切なくも巧みな展開で投げかけてくれました。劇中劇という演出が、過去の実際の出来事をうまい具合にクロスオーバーさせており、かつ、ミステリーで味付けをした内容にグイグイのめり込みました。フェレ・マルチネスの「静」とガエル君の「動」の対称的な演技が見事でした。
ラスト、それぞれのその後が説明的に出たのが少しガクッ…て感じでしたが、それを補って余りある映画でした。
・「珍しく邦題が原題よりもいいと思えた映画」
ハル・ベリーがアカデミー賞主演女優賞を受賞した言わずと知れた傑作映画。原題は『MONSTER'S BALL』で、邦題は『チョコレート』。もし原題のままだったらあまり日本ではヒットしなかったでしょう。原題を改変した邦題ってあまりいいのがなかったりしますが、この『MONSTER'S BALL』に至っては『チョコレート』という邦題は抜群だと思います。素晴らしい。原題のままだと観る前に少し構えてしまうと思いますが、『チョコレート』だと比較的軽めの気持ちで観始めますので、衝撃が大きくなる。『チョコレート』というタイトルと映画の内容とのギャップが素晴らしいのです。それだけではなく、作中に出てくるチョコレートアイスと相まってメタファーを上手く表した邦題になっていると感じました。
この映画の見所と言えば、やはりハル・ベリーの演技に尽きるでしょう。こんなにも重い内容の脚本を表現しきったハル・ベリーのすごさ。そして体当たりの演技。すごく魅力的で、キレイで完全に彼女のファンになってしまいました。
この映画、近所のレンタルビデオショップで「恋愛コーナー」に置かれていたのですが、確かに恋愛も軸の一つとはいえそれはないだろうと思ってしまいました。もし、この映画を「恋愛映画」として観るのならある程度の覚悟をしてから観たほうがいいです。ただの「恋愛映画」ではないです。
・「2人の未来にはほんのりと明るい灯火が見える・・・と思いたい」
この映画最大の収穫は主役2人にビリー・ボブとハル・ベリーを得たことだと思います。ハル・ベリーの類いまれな魅力と渾身の演技、体当たりの熱演だったと思います。ビリー・ボブの圧倒的な存在感にも唸らされます。地味な映画ですが、この2人によって映画が胸に迫るものになりました。
ビリー・ボブは前半部分では冷酷で非情に思える男の顔が、息子の自殺をきっかけに一転して弱弱しさをさらけ出していく、その対比が切なかったです。「自分の殻を破ろうとしてもそれが出来ないもどかしさ」というセリフが泣けます。
しかし最大の見せ場はラスト、不思議な静けさのあるシーンでした。肖像画を見て真実を知り激しく揺らいでしまった彼女、どう彼と対峙するのかドキドキしながら見つめてしまいました。呵責の情を懸命に克服しようと戦っている様子がハルによって見事に表現されていました。アイスクリームを食べさせてもらった時の絶妙の表情は忘れられません。そこで一緒に真実も飲み込んでしまったかのように思えます。いつまでも余韻を残すラストでした。2人の未来にはほんのりと、明るい灯火が見える・・・そう思いたい私です。
・「罪と罰」
脚本がとにかく素晴らしい。あらゆる所に伏線が張り巡らされ、人間の汚さとか、愚かさとか、その上に成り立つ綺麗さが見事に表現されている。
人生において何かを得るためには常に代償が必要なのだと、この物語は語りかけてくる。そして罪には常に罰が科せられることも。
ラストのシーンについては、果たしてレティシアがハントを許すのか、許さないのかの二つの解釈ができるらしい。私自身の解釈では後者ではないか……と思っている。
この映画では所々で執拗なほど「銃」が登場する。冒頭でハントは猟銃で黒人の子らを追い払う。息子のソニーが自殺したのも銃。レティシアが結婚指輪を売るときも、店のショーケースに銃がちらつく。そしてラストの直前。「レティシアのお店」と書かれた看板のスタンドをハントが立ち去るその時。給油機のトリガーが意図的にアップになる。これはレティシアが銃を手に持つ姿を想像させないだろうか。
運命の因果が絡み絡まり、ハントは銃弾をその胸に受けてすべての贖罪を果たすのだろうか。
ラストがすべてを語らないように、真実はあなたの心の中に。というのが脚本者の意図なのだろう。
・「人生は 淡々と 過ぎ行く」
息子を突然失うと言う、人生最悪の不幸に、直面した、男と女。全ての人々に、不幸と幸福は、平等に、神によって、配分されるのだろうか。
許しと贖罪が、この作品のテーマらしいが、御気楽平和平等大国日本の平均的市民の私には、どうも、幸か不幸か、実感出来ず。
原題MONSTER'S BALL をチョコレートに粉飾したため、深遠な脚本の主題が、呆けたのは、残念。
難し過ぎる、暗黒の闇の歴史に、敬意を表し、☆、83個。
・「最後までスリリング、最後は感動!の恋愛映画」
出会うまでの二人の人生がこんなに丹念に、濃密に描かれた恋愛映画ははじめて見ました。とにかく脚本がすばらしい、手探りで生きていく緊張感が張りつめた作品です。
喪失によって生まれた空白が、マイナスではなくプラスへ人生を変えてしまう…お互いの悲しみの震えと人生への希望が愛の奇跡を起こしてゆく…静かなトーンの中で最後までスリリング、最後は感動!のいい映画です。
「大切にされたいの…」ハル・ベリーのせりふが印象的でした。
・「ヴァルダといえばまずはコレ。」
10年以上前でしょうか。今はなくなってしまったレンタル店でこのビデオを見つけ、繰り返し何度も見ました。記憶もあいまいになってしまいましたが、その柔らかな光と色彩に、とても感動したことを憶えています。久しぶりの再会、吉とでるか凶とでるか。今から楽しみ。
・「「ワイドスクリ−ン・バロック」 的狂騒が 「作り物」 としての 「日常」 をぶっ壊す。」
どこか、フィリップ・K・ディックが書きそうなストーリーだなぁ。。。と思ったら、やはりプロットやシチュエーションは、1959年ディック作の小説「時は乱れて」に拠っているとのこと。 まぁ、それはそれとして。。。主人公を演じる ジム・キャリー の演戯がまず光っている。彼の真骨頂であるドタバタコメディ風のユーモアと、作品の主人公トゥルーマンが文字通りの「自分探し」に生命を賭す真剣な姿が絶妙にミックスされて小気味が良い。 そして、作品全体から感じる印象は、戦後アメリカをはじめ日本にも移入された「郊外住宅地」という空間に象徴される人工的で、ボードリヤール風に言えば、「ハイパーリアル」な生活環境の「作り物」めいた妙に明るい不自然さである。 その中で、TVを視聴する「観客」は、「作り物」としての「物語」をただただ傍観し消費するのみ。そこに生身の血の通った交流は存在しない。 しかし、自分の人生、自分の生活が「作り物」であることに気づいてしまったトゥルーマンは、自分が生まれながらに放り出された、その「張りぼて」の「物語」−「世界」(「時間」「空間」)の「真実」を躍起になって探ろうとし、しまいには破壊しようとする。 実は、この映画は、この時代の真相 ―― 今生きているこの世界そのものが、実は「作り物」であり、「張りぼて」のようなものであり、「シミュレーション」でしかない・・・つまり、「虚構」によってでっちあげられたものでしかないこと ―― を、SF的なアイデアを駆使することで、見事に暴きたて「異化」してみせているのではないか。そんなふうに思った。 日常の崩壊感覚がリアルになればなるほど、その衝撃は大きく、「絶望的な快感」をもたらしてくれる。―― 究極の「すごい」風刺的表現とさえ言えよう。
・「最高です」
この映画は面白い。自由とは何か?自分の世界は本当の世界か?という問いや、何も起こらないような人生と思っていても、実は誰もがドラマのような人生を送っているんだ、ということを教えてくれているような気もする。そのあたりも面白いのだが、私にはこの映画の中にあるメディア批判の部分が一番気に入った。一般大衆の覗き趣味を刺激して、視聴率を稼ぐためだったら人の人生なんて死も含めて商品として扱ってしまう。後半部分の”監督”の動き、会話の中には自分を神(Creater)にまで昇華させてしまいトゥルーマンはおろか一般大衆まで見下ろす態度。しかし全世界に影響を与え、すべてが自分を中心に動いていると見えた監督の最高傑作トゥルーマンショーの映像が突然切れた後に視聴者が最初にしたことはテレビガイドを見ることだった。所詮は神様にまでなった監督の人生をかけた作品などは暇つぶしの何物でもなかったことを見せ付けてくれる。この映画はもちろん作り物なのだが、よく考えると同じようなことはすでに日本を含めてどの世界でも起きているのではないだろうか?傲慢で我々大衆を見下ろし世界を自分達がリードしていると勘違いしているメディア、被害者の立場に無頓着で覗き趣味だけを刺激し続けるワイドショー、外国に行ってはありもしないステレオタイプを故意に強調し、現地(ニューギニアとか)の人を日本に招くふりして晒し者にし、文化交流にかこつけて実際は日本の優越性を演出するテレビ局。こんな番組なんてもううんざり。そんなことを考えさせられた映画です。
・「たった一人の「マトリックス」」
もし自分の住んでいる世界が虚構だったとしたら、普通に接している友達が演技だったら、しかもそのことを自分だけが知らないとしたら、まるでたった一人の「マトリックス」 キアヌ・リーブスが虚構の世界で戦ったような超人的な技はないが、トゥルーマンは彼なりの方法で嵐の海を克服すべく戦う。トゥルーマンの戦いとは別に、外の世界では番組のプロデューサー(エド・ハリス好演)が番組の存続をかけて彼なりの戦いをしている。トゥルーマンにとっては、彼以外の全員によって私生活そのもの情報操作されているようなもので、視聴率のためには何でもありのマスコミの姿勢の痛烈な批判にもなっています。 ジム・キャリーはいつもバタ臭い所が、鼻につくことが多かったのですが、この作品では彼のわざとらしい笑顔がむしろ虚構の世界にマッチしています。その後を描かなかったことも正解であそこで終わっていたからこそ、爽やかな感動が得られるのだと思います。
・「テレビの在り方を問う名作」
映画公開時、とても感銘を受けた作品です。年月が建ち、また観たくなったので探していたところ、低価格で発見でき、とても嬉しかったです。
内容は今(2009年現在)観ても、まったく色あせておりません。視聴率至上主義や視聴者参加型のテレビ番組が増える今だからこそ、考えさせられる場面も多いです。
ジム・キャリーの名演も必見です。
ぜひ多くの方に観ていただきたいと思います。
・「陥らされている罠」
全く新しい着想に驚いた。新機軸、ニュー・テイストの作品だ。あり得なさそうで、実は、程度の大小がありこそすれ、誰しもが陥りやすい、あるいは、陥らされている危険性のある、設定だ。自身の行動の価値基準を内面に持つことの意義と、そうしようと思うことと、そうできることとの距離を実感させられる。
・「人間の内面性を見事に表現した脅威の映画!」
娘の友達に夢中になる男レスター、浮気するその妻、情緒不安の娘ジェーン、娘のモデル志望でイケイケな友達、隣に越してきたオタクな少年、その少年の父である厳しすぎる大佐・・・・という、あたかも“人間の変質を強調し集合させた”かのような登場人物達が織り成す物語。
・「バラの虜」
アメリカの中流家庭を舞台にして、現代人が抱える閉塞感、倦怠感に押しつぶされる家族の人間模様をコミカルに、そして残酷に描き出している。 郊外の新興住宅地に住むレスター・バーナムは、雑誌社で広告の仕事をする中年サラリーマン。住宅ローンを抱えながらリストラの風にさらされる。一方の妻キャロリンは、そんな夫にうんざりしながらも不動産のブローカーとして敏腕を振るい、家ではおしゃれな生活にのめり込んでいく。そして一人娘のジェーンは、怒りと不安に揺れる典型的なティーンエージャー。 ある日、レスターはジェーンの友達アンジェラを一目見た途端、メロメロに。娘の軽蔑を一身に受けながらも、アンジェラへの思いは募るばかり。他方、欲求不満のキャロリンは、同業者の“不動産王”に急接近。そして二人は、ついに危険な坂道を転げ落ちることに……。 豊かで享楽的な社会を土壌に咲いた甘美な“バラ”。その魅惑的な刺激のとりこになり、運命の歯車を狂わせていく、悲しくもこっけいな人生……。しかし、途中までのコミカルな色を交えた展開から一転、ラストシーンの衝撃的な結末によるコントラストは、現代にあって自覚しがたい人間の“喜劇的な悲劇性”を見事に浮かび上がらせている。
・「演技派が揃った映画」
割と知られてない名作だと思っているのだけど…どうなのでしょう?
実話を元に作られた映画。謎の多い事件内容は深刻でミステリアスだ。観る者にこの「シルクウッド事件」に興味を抱いてしまう結末になっている。ラストは胸が詰まるシーンで気に入っている。主人公カレン・シルクウッドを繊細に、力強くメリル・ストリープが演じている。
とても魅力のある笑顔!この笑顔見たさにDVDを購入したといってもいいかも・・・。脇を固めるカート・ラッセル、シェールも達者な演技力で魅力ある人物像を作り出し、人間関係も微妙で味がある。
難しい内容もすんなり入ってくる3人の演技力にさすがと思わずにはいられない。
おすすめ!
・「観たら、聴いたら、決して忘れない…」
アメージングレースがある。離婚問題、収入の確保…平社員には、職場の闇はわからない。そんな中、家族を、仲間を救うべく、真相に近づいてゆく女主人公。メリルストリープの演技が…演技と思えない。壮絶である。悲壮に美しい。美し過ぎて悲しい。でも、でも、絶対一人でも多くの方に今からでも観て聴いて頂きたいと思います。立ち上がるべきとは、洗脳とは。無駄の無い史上に残る名作品。
・「忘れてはならない事件を描く」
1974年に不可解な死を遂げたカレン・シルクウッドの最後の数年を描いた作品。
核を扱う工場で働くカレン。夫と別れ、1ヶ月に一度しか会えない3人の子どもたちと遠く離れて暮らす彼女の生活は、決して楽ではないけれど、恋人や友人に恵まれ前を向いて生きている。普通に生活するカレンであるが、就業中にプルトニウムに汚染されたことで組合に興味を持つようになり、人生が変わっていく。労働条件改善のため動き出し、工場や同僚に疎まれ始めたカレンの活動は成功するのか…。
労働者を省みない商業主義の精神の犠牲となったカレン・シルクウッド。彼女の活動と、核工場のずさんな実態というものは、後世に知らしめるべき現実である。しかしながら、シェール演じるカレンの友人の描き方に疑問が残る。さも何かに噛んでいるかのような描き方のせいで、どこまで事実なのだと疑ってかからなくてはいけなくなるのだ。もちろん、これはドキュメンタリーではないので、ある程度のドラマ化は見る側が予期しておくべき事なのであるが、事実を、実在する人物を扱う以上、忠実であらねばならぬところは忠実であるべきだろう。
映画を見て、シルクウッド事件に興味を持った方にはR・Rashkeの本(ISBN:080148667X)をお勧めする。
・「天才ジョン・ナッシュの実話の物語」
「ナッシュ均衡」という言葉を聞いた事があるだろうか?これは経済学を学んでいる人や、ゲーム理論を学んだことがある人は聞き覚えがあるに違いない。ナッシュの経済論が登場するまでは、アダム・スミスの有名な「見えざる手」の考え方が通例であった。これの意味することは、利己的に行動する各人が市場において自由競争を行えば、自然と需要と供給は収束に向かい、経済的均衡が実現され、社会的安定がもたらされるというものであった。しかしナッシュは150年間続いていたこの通説を根本からひっくり返そうという大胆な試みを行った。映画ではナッシュが大学院で、自分のオリジナリティを追及する苦しい生活から始まる。一人のブロンド女性とその他四人の女性が酒場を訪れ、ナッシュ含む五人がどうしたらこの状況を最適な結果(全員女性獲得を目指す)に繋げる事ができるのかというシーンでナッシュが思いつくように、もし全員が全力を尽くしてブロンド女性を狙ったとしたら、その結果は自ずと最適なものとはならない。つまり、少なくとも四人が失敗してしまい、その様子を見られたとしたらその他四人の女性も身を引いてしまうであろうと考えた。ではどうするか?あえて一番人気のブロンド女性を誰もが狙わないことで、全員が女性獲得を成し遂げられるというわけだ。これは簡単な例だが、ナッシュの理論はこの単純な考え方から、なんとノーベル賞にまで繋がったのだ。そしてこの映画で主に描かれているのは、総合失調症という現実に存在し、発病率も比較的高めの病気に苦しむナッシュの姿である。これは幻聴や幻がリアルに自分だけに見えるという恐ろしい病気で、実際のナッシュもこの病気に散々苦しめられたという。私たちの感覚ではわからないかもしれないが、もし自分の家族や恋人、親友が実は存在しないものだとしたら?これは本当に恐ろしいことだ。最後のペンを贈られるシーンは本当に感激した。ラッセル・クロウの演技も見事で、何度見ても鳥肌が立つ。これは実話です。是非、ご覧あれ。
・「人は必ず立ち直ることができる。」
懸命に生き、成功を収めていく様子には溢れる勇気と、大きな感動を与えてくれた。劇中にでてくる一つ一つの言葉に強く揺さぶられた。この作品の凄みはストーリーをサスペンスチックにしたところである。ナッシュという数学者が「何か」であるということが後半に分かるところである。そのことが分かるまでは完全に観客は騙されていることになるのだ。これも映画というものを楽しむ上での醍醐味である。ラッセルの演技は繊細で鋭く何故オスカーを獲れないのかと不思議になったほどだ。劇中に流れる壮大で神経質な音楽も非常にうまく溶け込んでいた。監督のロン・ハワードが音楽製作者に「数学的な音楽を作ってほしい」と頼んだらしいがその問題を消化し、その上情緒的な色調まで加えた製作者はすばらしい。「何か」と挌闘し、向き合い、投げ出さずに成功した奇跡的な彼の姿は今も生きるう上で大きな支えとなっている。人生は立ち直ることは絶対できる。そう思える作品だ。
・「Well done」
John Forbes Nash has the ability to see patterns in math and nature that are ordinarily overlooked. He presumably is pressed into using his ability for the government. Alicia comes into his world and as with many great loves, she sees what others call weird, as a cute uniqueness. We follow their courtship and then life together.
It is the little things and the interaction among friends that make the movie. This movie captures your attention from the beginning. You may be able to anticipate what is happening however it is not meant to be a dark secret with a twist ending as much as letting you in on what he is going through to survive. All the characters are fleshed out and you feel that you are there. This movie leaves a good after taste.
・「マインド 」
事実は小説より奇なり、とはよく言われる。この映画の映像芸術およびストーリテリング双方の完成度の高さに魅せられた私は少しばかり調べ物をした結果、二つの興味深い発見をした。一つは博士の「幻視」について。この映画で頻繁に出てくる幻視の場面だが、ナッシュ博士自身が、それはなかったと語っている。統合失調症(schizophrenia)では、幻聴は多く見られるが、幻視、特に同じイメージが繰り返し登場することはまずないとのこと。だとすると、映画は事実よりも奇を狙って(映像ゆえ仕方ないが)多少脚色したということらしい。よってこの作品をみてこの病気が分かったと思うのは早計ということらしい。二つめは、これも博士自身が語っている以下の言葉。「この病気が治って本当によかったのかどうか、それは私にもわからない」一つめの発見で多少落胆した私は、この言葉になにやら興奮した。この病気であれほどの苦しみを味わい、学者生活はおろか、人間としての尊厳すら危うくされかけた博士のこの言葉は、やはり事実は小説より奇なりを証明するものではないかと。mindということばは、日本語でいう「頭脳」と「心」の両方を意味する。私はこの博士の言葉こそ、人のmindの見事さと、そして不思議さを語りつくしているように思う。
・「精神分裂病に陥った天才数学者の実話」
本当の自分の心を在り処を求め続け、探し続けた天才数学者ジョン・ナッシュが極限の精神状態の中で壊れそうな自分と向き合い、闘いながら、ノーベル賞を受賞するまでの苦悩の47年間のを描く感動のヒューマンドラマ。
ナッシュ役ラッセル・クロウが大学院生から老後までを一人で演じていてます。老人のような老けた役も完璧に演じていて、天才数学者の栄光と挫折の波乱の人生をよりリアルに再現できていたと思います。
統合失調症を抱えた夫を愛し続け、支え続け、ナッシュの病気に苦悩する妻アリシア役をジェニファー・コネリーがうまく演じていたので、より映画の完成度が高くなったような気がします。
この映画は天才数学者の冷戦下の暗号解読のサスペンス系かと思っていましたが、中盤あたりから、精神分裂病との戦いだと気づき度肝を抜かれた感じになりました。
そして、後半は病と闘う姿や献身的な妻の姿に感動しました。
2時間20分ほどの長い時間ですが、時間を忘れて見入ってしまう映画なので一度みてもらいたいです。
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