徳川三代―家康・秀忠・家光 面白すぎる博学日本史 これが江戸260年の基礎を築いた三将軍の実像だ (KAWADE夢文庫) (詳細)
鈴木 亨(著)
「流れが途切れない」
あぶない丘の家 (小学館文庫) (詳細)
萩尾 望都(著)
「びっくり箱のよう。」「宝石箱のような」「萩尾ワールドの壮大さ」「あぶない丘の家」
封印された日本史―神霊の国日本〈2〉 (ワニ文庫) (詳細)
井沢 元彦(著)
天上の虹(1) (講談社漫画文庫) (詳細)
里中 満智子(著)
「里中先生、力作です。」「面白い」「昔は当たり前のようにあった「女帝」。現代日本で今後復活するであろうか?」「ドラマは大化の改新から始まる」
女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語 (1) (中公文庫―コミック版) (詳細)
里中 満智子(著)
「ふーん」「女性の生き方・・」「このスト−リ−の真意はラストにある」「光明皇后の娘」「セリフが読みにくい」
新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫) (詳細)
宮尾 登美子(著)
「幕末に生きた英明の女性」「TVと全く違う格調高い世界が広がる。」「先に読まないでよかった」「この時代の女性の英知、そして覚悟」「天璋院篤姫は強烈な個性だった」
宮尾本 平家物語〈1〉青龍之巻 (朝日文庫) (詳細)
宮尾 登美子(著)
「個人的に好ましい小説」
和宮様御留 (講談社文庫 あ 2-1) (詳細)
有吉 佐和子(著), 篠田 一士(解説)
「リアリズムを超えたリアリズム」「フィクションか?ノンフィクションか?」「衝撃の1冊」「読めば読むほど読み返したくなる」「巧妙な替え玉事件」
もっとどうころんでも社会科 (講談社文庫) (詳細)
清水 義範(著), 西原 理恵子(イラスト)
「め~ぐりーめ~ぐるーよ、社会~科は、めぐる~(中島みゆき風)」
風と共に去りぬ (1) (新潮文庫) (詳細)
マーガレット・ミッチェル(著), Margaret Mitchell(原著), 大久保 康雄(翻訳), 竹内 道之助(翻訳)
「女心をつかんではなさない小説」「最も感動した映画の『最も感動した原作』」「私的男性観を植え付けたもの」「本音で生きる女、スカーレット」「永遠の愛読書の一つ」
ツタンカーメン (1) (潮漫画文庫) (詳細)
山岸 凉子(著)
「日出処の天子のように始まる、歴史から抹殺された謎のファラオを求める物語・・・。」「山岸タッチによるツタンカーメン発掘物語」「複雑な心理描写がうまい。」
華岡青洲の妻 (新潮文庫) (詳細)
有吉 佐和子(著)
「記憶に残る1冊です。」「おそろしいほどの人間観察」「姑に恋焦がれて嫁いだ嫁」「凄いの一言」「引き込まれます」
東福門院和子の涙 (講談社文庫) (詳細)
宮尾 登美子(著)
「悲しみの先に」「侍女の口から語られる栄光と悲哀」「高貴な女性の誇りと悲しみ」「聖人のような」「早くドラマ化を」
バビロンまで何マイル? (白泉社文庫) (詳細)
川原 泉(著)
「川原ワールドにのめりこむきっかけ」「この作品で運命の出会いが!」「この人が新撰組を描いたらきっと素晴らしいのに~」「カーラ君流歴史ファンタジー」「チェ-ザレ・ボルジアを紹介してくれた漫画」
アンネの日記 (文春文庫) (詳細)
アンネ フランク(著), Anne Frank(原著), 深町 真理子(翻訳)
「物書きとしてたぐいまれな才能を持つ少女」「限りなくノンフィクションに近いフィクションだと思う」「レヴューというより、雑感です」「日記のあとで起きたこと」「10代で読んだときは、最後まで読めませんでした。」
月読―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版) (詳細)
山岸 凉子(著)
「洞察力の鋭さと構成の見事さ」「切なさと悲しみに浸りながら、怖がってください」「日本の神話に好きにもおすすめ」
「世の中に差し出してくれてありがとう」「男53歳 被爆二世(川崎市)」「ヒロシマナガサキに投下された原爆、生き残った者たちのその後。」「それから…」「おすすめします」
マリー・アントワネット〈上〉 (岩波文庫) (詳細)
シュテファン・ツワイク(著), Stefan Zweig(著), 高橋 禎二(著), 秋山 英夫(著)
「マリーアントワネットを知る基本の書。」「「普通の女の子」」「劇画の下敷き」「ツヴァイクさんは本当にアントワネットが好きだったんだなあ」「そんじょそこいらの伝記とはひと味違う、歴史哲学と世界観が詰まりに詰まった傑作」
ベルサイユのばら 1 (集英社文庫) (詳細)
池田 理代子(著)
「日本の少女マンガの古典」「若い子もぜひ!」「これぞ名作!まさに永久保存版!!」「多分これからも愛され続ける作品」「少女漫画、だけど偉大な歴史大作。」
女帝エカテリーナ (1) (中公文庫―コミック版) (詳細)
池田 理代子(著)
「壮大な物語です」「もっともロシアを具現した女帝」「ロシア史への入門にも良い。」「ストーリーとしても面白いし、歴史の勉強にもなる」「紅海を渡る瞬間」
百億の昼と千億の夜 1 (少年チャンピオン・コミックス) (詳細)
萩尾 望都(著)
「時空を越えて生き続ける阿修羅王」「阿修羅ってかっこいい!」「期待ハズレました」
● 人間になろう 読書ノート 愛知 椙山(高校) 100冊(4)
● 『生きる技術は名作に学べ』(伊藤聡、ソフトバンク新書 122)
● 好きなコミック
● ハギオモト
● ‘不思議’本
● 日本の原風景
● お気に入り漫画
● 暇?共有しない?
●徳川三代―家康・秀忠・家光 面白すぎる博学日本史 これが江戸260年の基礎を築いた三将軍の実像だ (KAWADE夢文庫)
・「流れが途切れない」
徳川家康のことだけではなく、彼を中心に戦国時代の背景や出来事、戦国大名のことがよくわかる。初心者向けの歴史関連書籍は、情報が断片的で話の前後がどうしてもわかりにくいものが多いのだが、その点この本は流れが途切れないし、とにかくわかりやすい。家康の後釜の秀忠、家光と徳川政権が固まるまでの流れや出来事も興味深い。
当時の武家や武将たちを、現在の会社組織や社員や役員になぞらえて説明しているのがわかりやすくしているポイント。
歴史を学んでみたいと思ってみても、複雑な人間関係を理解するのは大変だし、個人的に政治・戦争関連のことにかなりの苦手意識があるし、だから特に戦国時代のことはなかなか頭に入らなかったが、この本はそれらの苦手意識を緩和させてくれる。
・「びっくり箱のよう。」
まるで傾向の違ったお話があれこれ詰め込まれて、まるでびっくり箱のよう。やはり印象に残るのは「壇ノ浦」とラストの「未来少年」。
今まで興味のなかった源頼朝や義経が、兄ィちゃん作成の”どこでもドア”によって、主人公まひこと共に時空を越え、生き生きと、ひどく馴染みのある存在になってしまった。
頼朝の心にしんしんとふりつもる雪はなんともせつなく、やるせない。壇ノ浦の悲劇も、義経からは海が光リ、美しく輝いた人生最良の日だったのだ・・。
「未来少年」は、これだけで独立した一編の映画を観るようだ。SFミステリーの要素も入れて、はらはらドキドキの展開、そうして美しい挽歌のような未来を見せてくれる。
それでいて、ラストには希望が用意されているのだ。素晴らしい映画を観て堪能し、数年後にその続編が作られる報に接して喜ぶ、そんな流れを夢見てしまう作品だ。
・「宝石箱のような」
いろいろなおはなし、どれもちょっぴりあぶない、それらがたっぷり詰まった文庫です。
中でも好きなのは、「あぶない壇ノ浦」日本人が大好きな歴史上の人物、源義経とその兄源頼朝について、かなりあぶなっかしく、「まひこ」がアプローチしていきます。
義経の魅力。頼朝の魅力。時代の中で生きていく、一人一人の人間の思い。
いろんなことをかんがえさせてくれる。そして、どうしようもないことだけれども、人間の心の中には、誰とも分かち合うことのできないものがあるのだ。という、ひとつの真実も語ってくれる。
何回も読み返しました。
・「萩尾ワールドの壮大さ」
さすが,ユーモア+SF+ストーリーの萩尾世界!単なるSFにとどまらず,奥行きのあるストーリー展開は彼女ならではの世界。「11人いる」よりもユーモア性に飛んでおり読後の創造力を読者が問われる。またNHKよりも先に「義経」に興味を持ち彼女ならではの意見!?を述べている。先見の明のある萩尾世界は,これからももっと広がりを見せると十分期待できる。その一冊です。 特に最後は,壮大な終わり方。余韻にひたれながら,読後の自分の世界を構築できること間違いなし!!
・「あぶない丘の家」
丘の家があぶないのか、そこに住む子供たちがあぶないのか・・・なにやら先祖に封印されたものにとりつかれた弟君はお兄ちゃんが実は血のつながりのない得体の知れないものだったり・・・とわけのわからないようなストーリー展開だが、歴史の一こまをのぞけたり、いろいろと楽しめる作品。
・「里中先生、力作です。」
もともとティーンを対象とした漫画にいい大人が文句をつけてもしようがないが、この『天上の虹』はなじむのに時間がかかった。まず、登場人物たちが後世の贈名をそのままに呼び合っていることへの違和感。御位に就いた後も「中大兄さま」「大海人さま」と呼んだり、まだ小さな皇子や皇女たちが「高市」「十市」と呼び合う。ヒロインの持統天皇こと讃良(さらら)さまはなぜか前髪をカットした現代風ヘア。おまけに額田王はなぜか老けない。最初に引っかかるとなかなか入っていくのが難しい。けれど本作はさすが里中満智子大先生の力作、ドロドロした古代王朝の群像劇を、わかりやすく鮮やかに展開して見せてくれる。天智、天武両天皇ってまるで種付け馬のよう・・・子沢山のあまり、次の世代に諸皇子たちが成人し、それぞれ台頭してくると、兄弟親子関係がややこしくて仕方ない。しょっぱなから中大兄と妹との禁断の愛、妻の発狂など、昼ドラ顔負けの展開で突き進む第1巻、オススメです!
・「面白い」
歴史漫画。持統天皇の人生なんか全く興味がなかったけれど、一人の人を追っていくのがこんなに面白いと思いませんでした。持統天皇は女性ということもあり、強く生きることの素晴らしさや、時代の悲しさも感じ取れます。歴史漫画好きにはたまりません!
・「昔は当たり前のようにあった「女帝」。現代日本で今後復活するであろうか?」
古代の漫画って少ないと思うが、昔すぎて資料もあまり多く残っていないし、不明なことも他の時代に比べたら多いだろうから描きにくいんだろうな。ただ、その分作者の都合のいいように描けるので描きやすいと逆に言えなくも無い。でもあんまり勝手な解釈をするとあちこちから突き上げがくるだろうし・・・難しい。その点、横山先生は「三国志」を初めとして多くの歴史ものを手がけておられるが、史実に忠実で危なげがない。この漫画も基本的に判る範囲内で史実どおりだが、とにかく古代王朝って近親相姦が当たり前のようにあったのですね・・・・。自分の娘を何人も叔父に当たる父親の弟と結婚させてしまうし・・・現代的な感覚で読むと衝撃的な展開ばかりだ。天智天皇が孤独な心の、悲しい権力者になってる。
・「ドラマは大化の改新から始まる」
中大兄皇子が中臣鎌足らと大化の改新をおこすときを同じくして主人公讃良(さらら)皇女が生まれる。後に持統天皇となる少女だが、この漫画では、母方の祖父が無実で殺され母の気が狂いながら皇子を出産して死んだとき、
「おかあさま、あたしは、きっと、おとうさまよりえらくなってみせる!」と心に誓う。そのとき讃良五歳。
ここから、「持統天皇」の成長が始まる。
やがて、讃良はすでに姉大田皇女が嫁している叔父大海人皇子に嫁す。陰謀渦巻く宮廷で、大海人皇子の地位は微妙だった。その夫に讃良は「天皇にするおてつだいができる、そんな妻になりたいわ」と言う。
「わたしはあなた(大海人)が天皇になるべきだと思うし、あなたならなれると信じているの」と。十五歳の讃良は大海人皇子に?った。
彼女のこれからの人生を決めた運命の言葉だったことはまだ誰も知らない。
●女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語 (1) (中公文庫―コミック版)
・「ふーん」
長屋王残照記に続くストーリーなわけですが聖武天皇から『かくご』という概念を習いながらそれを実感することなく前半は藤原仲麻呂に貢ぎ、仲麻呂失脚のあとは弓削道鏡に貢ぎ政治を私物化した孝謙・称徳天皇はどうも好きになれません。当時の朝廷はそんな物だったのかも知れませんがね。それにしても道鏡ってあんなにさわやかな青年だったのかな?
・「女性の生き方・・」
長屋王の事件を知った後に読んだまんがです。長屋王を素晴らしい人間だと思いながらだったので、藤原の話は斜めにしか読めないと思っていた。藤原不比等の孫である阿倍内親王の話であるが、女性のつらい立場や藤原の血との葛藤などがとても分かりやすく書いてあると思う。
・「このスト−リ−の真意はラストにある」
ハ−ドカバ−版で買ってしまいました。絵も大きく雑でスト−リ−も淡々としていてただ運命に翻弄されていく女帝の姿を本人が語っているスト−リ−に途中で正直飽き飽きもしました。
世間知らずの阿部皇女がバックの藤原一族の陰謀で女帝に押し上げられる。影で『長屋王事件』を始め自分のためにたくさんの血が流されていることも詳しくではないが知っている。なりたくてなったわけではない女帝の座についた彼女。従兄に恋をするがそれも無残に裏切られる。
道鏡と出会って彼女の中で何かが変わる。女として真の幸せを味わったのだ。
そしてその生涯を終える時に「今度生まれたら・・・」
なんか同じ女としてラストはものすごく泣けたんだけど・・・。このスト−リ−の真意はここにあるのです。
それにしても5巻も買ったら高かったです。
・「光明皇后の娘」
阿部内親王が成長する中で、母光明皇后から「藤原の血」を学び、父聖武天皇は「かくご」を学ぶ・・・はずだった。聖武天皇には残念なことに父としての情愛はあっても天皇としての「覚悟」がなかった。
立太子した阿部内親王に施政者としての「覚悟」が、微妙な影を落としているように感ずるのは「光明皇后」の娘としての「覚悟」と「施政者」としての「覚悟」が同一だったのかもしれないと、この一巻を読んで思う。
阿部は、光明皇后を(藤原氏)という壁を乗り越えなければならない。次巻以降、読者である私たちは彼女の成長を見守られなければならない。
・「セリフが読みにくい」
「長屋王残照記」に比べると、絵は丁寧に描かれているものの、フキダシの中のセリフの最後にいちいち「。」が付いていてセリフが読みにくかった。「天上の虹」「長屋王残照記」では、このような事はなかったのに・・・
あと、ひらがなにすると意味の伝わりにくい言葉も、ひらがなになってて読みにくかった。
「天上の虹」のような完成度をキープして書くのは難しいという事か。
登場人物一人一人も”国のため”というより、ただ”自分のため”相手を操ったり陥れたりしているだけという印象があって、もう少し深い所まで表現してほしかった。
・「幕末に生きた英明の女性」
幕末の激動の時代にあって、薩摩の分家の娘として生まれながら、その英明さを見込まれ、将軍家定の妻となり、姑として皇女和宮を迎えた女性の一生を描いています。
島津斉彬から徳川慶喜を将軍にする密命を帯びて、将軍の妻となった篤姫が、その困難さと少ない情報量の中から、自分が戦略の道具として使われたのではと疑いを持って行きます。その後、家定が死に家茂の妻として和宮を迎えた時、彼女もまた「攘夷」の推進という使命を持って嫁いできたことを知ります。この二人のやりとりを通じて、この時代の女性たちが「道具」でしかなかったことを描いて行きます。しかし、この天璋院はそんな制約の中でも、大奥3000人を統べらい、徳川家の存立を賭けて的確な判断を見せて行きます。「男だったら」という部分が何度か出てきますが、それだけの「人物」だったということでしょう。
この小説は、そうした天璋院の「人間」を描いているのですが、和宮との対比をして一層天璋院という人物を際立たせている見事さがあります。それと、男に道具としていいように使われる前半から、その能力を如何なく発揮して、徳川家の存続に向けて活躍する中盤を経て、ラストに「余生」として、子どものときの懇ろな家族関係に戻ったような心安らぐ晩年を与えることで、読む側をほっとさせるものがあります。その点では、非常に読後感の爽やかな作品になっています。
・「TVと全く違う格調高い世界が広がる。」
宮尾登美子氏の文章が素晴らしい。日頃接することのない格調高い表現の日本語が全編を通じて展開され、こういう日本語を書いてみたいと憧れる。島津本家から分かれたご一門四家の重富家、加治木家、垂水家、今和泉家、その今和泉家の長女に生まれた於一。TVドラマでの描き方とは全く違う優雅な、格式の高い名門武家の姫の生活がよくわかる。五尺三寸の大柄な篤姫、日本外史を愛読する篤姫、一族から「女子に生まれて残念」と言わしめた篤姫、この類希な資質の姫には最初から引き込まれていく。18歳で島津本家の幼女へ。全編を通して、姫のお付の女性が多く登場するが、今和泉家の菊本、島津本家の若年寄広川、老女幾島の存在や、お互いの関係の変化が非常に興味深い。そしてついに大奥総取締滝山を先頭に、老女村岡、幾島、亀岡、花乃井が付従い江戸城へ。いよいよ御台所として大変な大奥の生活が始まった。どう見ても大河ドラマでは本書の描くような格調高さは出ない。やはり本書を読むべきだ。
・「先に読まないでよかった」
一年前、本作品が、「来年の大河ドラマ原作本」として、店の一番目立つ場所に平積みされていた。そのとき、「どうしようかな」と迷った。先に読んでおくと予習にはなるが、入れ込みすぎると批判ばかりが先に立ったりするものだからだ。迷った末に「読まない」ことに決めた。そして、一年間大河ドラマが終了するまでは読むまいと心に誓った。そして、先日ついに大河ドラマは終了し、ようやく読むことができた。 上巻を読み終えて、まず思ったのは、「一年間我慢した甲斐があった。先に読まずに良かった」と心の底から思った。
ドラマが終わってから日が浅いという理由もあるが、物語がイメージしやすいのだ。特に、篤姫と家定の会話のシーンや、幾島と滝山のシーンはイメージどころか映像として流れているようだった。
大河ドラマを見た人はぜひ見てほしい。先に読んでしまった人も、もう一度読み返してほしい。きっと私と同じ体験をすることだろう。読んでない人は「読んでほしい」ではなく「読まなくてはいけない」だ。きっと、篤姫をもっと好きになり、ドラマを思い出すこともできるだろう。
・「この時代の女性の英知、そして覚悟」
いうまでもなく、今の時代とは女性の役割、世の中の女性観は隔世の感がある。たった数百年前明治にならんとする近代の黎明期において、トップレディといえ、主たる役割は世継の継承、バックオフィスの安泰であり、歴史的政治的な役割は期待されていない。とはいえ、バックヤードでのあるじたる将軍への影響力を期待され、多いとはいえないまた速いとはいえない情報から裁量をとることが期待されている。
いち早く多くの情報取得をできた人間が勝ち、そして性差は多様性と受け止める現在とは処し方も違えば価値観も異なる。そんな中で篤姫は鹿児島の分家の娘として生まれてから島津家の養女そして徳川の嫁として数奇な運命を進んでいく。この小説はその48歳の人生をコンパクトに力強く表現していったのものである。そのストーリーは小気味良く、言葉遣いも印象的で、彼女の思いや時代の流れと共感し、思いをはせることができる。
彼女はバージン女王ならぬバージン御息所であり、当時の国家である徳川の永続を強く願い、三千人の大奥の人間を統率したすばらしい女性である。
惜しむらくは、直接のコミュニケーションやリアルな会話ができにくい体制や時代の中で相互理解が進まず誤解と哀しみ怒りばかりにとらわれ、和解していくまでの和宮との関係、夫でありながら共感をすることが難しかった将軍との関係。こういったことは今の時代ではもう少し緩和されていくはずのものであろう。今の時代に彼女が生きていればどのような姿勢で生きていったかを想像してみようと思うのである。
・「天璋院篤姫は強烈な個性だった」
幕末物は、どうしても当時の政治情勢を強く盛り込んだものになりやすい。そんな中、時代小説でなく歴史小説として一人の女性の生き方を描いている。もちろん実際の本人(篤姫)の考えていたことと異なる部分も多大にあるとは思う。でも、何よりもこの小説は”天璋院篤姫”の真実に近づいているのではないだろうか?
時に小説は、何よりも事実に近づく、そう思わせるものがこの小説にはあると思う。
・「個人的に好ましい小説」
「天璋院篤姫」もそうでしたが、私のように歴史を本格的に勉強したことのない女にとってはとても読みやすく、歴史も勉強できる便利な小説です。女性中心または感情あらわな視点で書いてあるのが、私のようなド素人にとってとっつきやすさを感じさせてくれ、飽きずに読み進められることに繋がるのです。明らかに史実ではないであろう出来事も、「そもそもが小説なのだから」と割り切って読めばいいのですから。今後もわかりやすく歴史を学びたい私としては、宮尾氏には歴史物をもっと書いていただきたい。
・「リアリズムを超えたリアリズム」
これは文句なしにおもしろい。リアリズムを追求してやまない有吉の筆が、冴え渡る。あまりの臨場感に、私などは和宮オタクとなってしまった。大竹しのぶと岡田奈々というキャストでドラマ化されたのは周知であるが、ドラマにすると、原作のリアリズムには遠くおよばない。有吉のリアリズムは、人間にとって欠かせざる行為である「食事」「排泄」「身づくろい」をこれでもかというくらいしつこく描く。「しょせん人間は生き物よ」という声が聞こえてきそうだ。人間を隠すという場合に最も問題になるのが「食事」と「排泄」。そこを中心に描くことによって、臨場感はゆるぎないものとなる。私は「替え玉」問題については、現在は「フィクション」と思っている。主な理由は、徳川慶吉の助命のために和宮が書いたという自筆の手紙、これに尽きる。この時代はテープレコーダーもなく、和宮が印璽を持っていたというわけでもない。助命嘆願の手紙の効力とは、その真贋にかかっているわけだ。書に優れていたという和宮本人が書いたものでなければ、相手にされない。そんな中に、天皇本人にあてて手紙を書く、というのは、和宮が本人であったからだ。片手問題や小児マヒについては、我々の想像を超えたなんらかの回答があるのだと思う。だいたい、墓にあった人骨が和宮本人だという証拠はないではないか。ロマンがひとつ消えてしまった気がするが、それでも有吉の「御留」の世界は残る。和宮オタクである私は、「御留」に書かれていない「和宮の江戸城生活」にも大いに興味があるが、そこを省いてもなお素晴らしいこの作品。ラスト、少進が駆けつける場面は、涙なしに読むことができない。
・「フィクションか?ノンフィクションか?」
歴史上の事実なのか、はたまた空想なのか…読んでいるうちにはまり込んでしまう作品です。はたして和宮と言う人物は本物だったのでしょうか…?「天障院篤姫」上下とあわせて読むと物語に深みが出て良いと思います。
・「衝撃の1冊」
なんとまあ、すごい本があったものです。知らなかった自分が恥ずかしい。ラストには衝撃を受けました。(ネタバレしたら面白くないので絶対にいいません)それにしても、少進が恐ろしい。
・「読めば読むほど読み返したくなる」
読み終わってからいろいろ考えさせられる本です。暗く静まり返った公家屋敷、ヒンプクピンプク言いながら行き来する公卿、閉ざされた世界。それ故に可能だった和宮のすり替え。フキはまさに人身御供となった末に打ち捨てられてしまうのですが、あんなにフキに優しく接していた唯一の乳母少進も最後に彼女を思い出すことはなかったようです。フキは身代わりというよりも単なる代替品で人間扱いされることなく忘れ去られてしまったのです。時代の流れに踏み潰された少女の物語がフィクションでなく、本当にこんなことがあったのかも?とドキドキします。
この本が発表された当時は和宮の真偽に賛否両論沸いていたようですが、結局どうなのか今ならDNA鑑定でもなんでもできそうな気がするのですが・・・。この議論はまだされているのでしょうか?それとももう決着ついているんでしょうか。(私が知らないだけ?)
・「巧妙な替え玉事件」
センセーショナルな物議をかもしだした本でした!確か1981年に初めてドラマ化されました。フジTVの正月特番でした。フキ(大竹しのぶ)・観行院(森光子)・少進(中村玉緒)・和宮(岡田奈々)・和宮の乳母藤(乙羽信子)・庭田嗣子(園佳代子)・能登命婦(吉田日出子)・橋本実麗(藤田まこと)・その家女房(丹阿彌谷津子)・長橋局(宇津宮雅代)・岩倉具視(財津一郎)・宇多絵(池上季美子)・京都所司代酒井忠義(佐藤慶)・勝光院(三益愛子)・関白九条尚忠(金田龍之介)・名主覚左衛門(小林桂樹)その他、永島敏行、大坂志郎、高田敏江、荒木雅子などの共演。
大竹しのぶが祇園囃子を叫びながら発狂するシーンが壮絶でした。また、園佳代子が支度金の巨額さに度肝を抜かし、宮様御付の役を快諾する変わり身の早さがうまかった!観行院と宰相典侍(嗣子)と能登命婦の3人がお互いに憎みあいながらも、駆け引きを繰り返し、替え玉を隠しとおしながら江戸下向を続ける描写がすごかったです!
その後、もう一度、ドラマ化されました。こちらは、フキ・(斉藤由貴)・観行院(司葉子)・少進(池内淳子)・庭田嗣子(冨士真奈美)・能登命婦(浅利香津代)・橋本実麗(財津一郎)・岩倉具視(山城新伍)などでした。でも、原作を脚色しすぎて、あまりおもしろくなかった・・・
・「め~ぐりーめ~ぐるーよ、社会~科は、めぐる~(中島みゆき風)」
清水+西原の「お勉強シリーズ」第4弾!社会科としては第2弾!今回もあっと驚き、サイバラも炸裂しております。
「社会科に強いと生活の彩りが豊かになり世の中を見てても面白いことがいっぱい発見できる、と思っている」という清水ハカセに賛成!私のツボを押しまくりの1冊です。
忠臣蔵の悪役、吉良上野介は、実はいいお殿様だったり、人類の脚力を考察したり、お金を巡って、教科書の大きな書き換え問題が起こったり・・・だから、「お父さんは社会科『得意だった』んだぞ」は今は昔。歴史はどんどん塗り替えられているのです。
スーパーに行っても、珍しくない野菜が実は数奇な運命をたどっていたり、社会科的考察からするとむちゃむちゃ面白いのです。オランダ人に関する悪口英語(ダッ!チ××)がたくさんあったりするのも、歴史的にみて、う~ん、なるほど。
最後の章の「家族甘いかしょっぱいか」で、巻頭の章「それにつけても土地のほしさよ」にリンクする、その心遣い(?)がにくい!
サイバラは各章ごとに爆裂!ハカセのエッセイに奥行き深くツッコミます。すんばらしい!
とにかく面白いこのシリーズ、親子でどうぞ。理科・社会科が楽しくなりますよ!
・「女心をつかんではなさない小説」
この本ほど、トレンディドラマや少女漫画の原点になった小説はないのではないでしょうか。特に4人の人物造形が、とてもおもしろいのです。野性的で男らしいレット・バトラー。転んでもただでは起きない強いスカーレット。繊細な芸術青年アシュレ。優しく母性的なメラニー。この4人の人物像は、ドラマに今も影響を与えているような気がします。ドラマを見ながら、「あ、この人はアシュレタイプ」「メラニーとスカーレットみたい」などと思いながら見ていることもよくあります。
スカーレットのたくましさは、本当に凄い、の一言。でも、女って、そもそもこういう図太い?というか、地に足のついたところがあるのではないでしょうか。物語は波瀾万丈でたいへんおもしろいです。また、「こんなことがあったらすてき!」という女心のつぼをぎゅっとついてくるんです。レット・バトラーの男っぽさは、「こんなふうに守って欲しい」という乙女心をつかんで離しません。
という私は、実はアシュレタイプが好きなので、スカーレットの執着ぶりがよくわかるのですが…
優しいメラニーにこよなくあこがれて、でもとても近づけず、スカーレットみたいに激しくて強い自分…ああ、いやだ。と、昔読んだとき思いました…今思えば、こんなふうに、自分を投影して楽しめるのも、この小説の魅力の一つだったんですね。長いですが、ぜひ若い女の人には勧めたい本です。ちなみに、映画もすばらしいですよ!
・「最も感動した映画の『最も感動した原作』」
高校生のときTV放映された映画を観て、人生観が変わったほど感激しました。
ビデオの普及で何度か観た時、ふと思いついて原作を読んでみました。そこには、ビビアン・リー扮する絢爛豪華なスカーレット・オハラとは全く別の、スカーレットが存在していました。どんな逆境にも負けない、強かな、健気な、凛としたスカーレットに再び感銘を受け、一気に読みきりました。自分自身に甘え続けている自分を恥じ、スカーレットのように強い心で生きていきたいと願いを持ちました。 マーガレット・ミッチェル氏の手による、その後のスカーレットの人生を知りたいと、切望しています。
・「私的男性観を植え付けたもの」
10代の頃、映画の偉大さに圧倒されて読みました。その頃は映画の印象が強すぎて、作品本来の魅力を汲み取ることは出来なかったような気がします。
年齢を重ねて何度か読む度に新たな発見があり作者が一人一人の登場人物に輝く個性を与えていることが理解できました。
特にレット・バトラーという男性を作り出した作者様、本当にありがとう!映画のレット(クラーク・ゲーブル)はもちろんスーパー素敵ですが小説の中での彼は、力強く繊細で、本当に素晴らしいです。生身のレット・バトラーは、まずありえないでしょうね・・・。
続編の【スカーレット】も森瑶子さんの和訳が魅力的で風と共に~ファンをがっかりさせないもの。【スカーレット】の続編もいつかきっと!!!
・「本音で生きる女、スカーレット」
初めて読んだのは女子高生の頃。主人公のスカーレットが全く好きになれず、感情移入できなくて途中で投げてしまいました。思えば、大人の女性とは、優しくて思いやりがあって控えめであるべきだと思っていた。それは刷り込みでしたね、今にして思うと。
30代半ばの今読むと、叩かれても死なないゴキブリみたいな
(失礼)、本音のまま生きるスカーレットの強さがもう爽快!!あきれつつ、感心するばかりです。
女性を主人公にした小説としては特異な、本当にユニークな小説です。
・「永遠の愛読書の一つ」
スカーレット・オハラの、16歳から28歳までの12年間を、南北戦争という動乱の時代に描くという大河ドラマのような小説です。とにかく出てくる描写がステキです。スカーレットのドレスの美しいこと、バーベキューパーティーの食事のおいしそうなこと、出てくる男子たちのステキだったり辛らつすぎて笑っちゃったりすること、息もつかせぬ怒涛のスピードで変わっていく展開など、面白すぎます。4人の主要登場人物の造詣も素晴らしく、いかにスカーレットが恋焦がれてもアシュレの実像はこうだし、メラニーをいかに貶めようとも彼女の資質の素晴らしさは全編を通して輝き続ける。これを「神の視点」といわれる小説法で描き出したマーガレット・ミッチェルの驚異的な才能に驚かされます。母のエレンのように素晴らしい貴婦人になりたい(というか自分ならなれる)と信じているスカーレットの姿はかなり面白い。メラニーの芯の強さや温かい包容力は、現実で言うなら秋篠宮紀子さまを髣髴とさせます。
・「日出処の天子のように始まる、歴史から抹殺された謎のファラオを求める物語・・・。」
というのは乱暴なくくり方か。冒頭、雑誌掲載時にはカラーページであったろう美しい完全な形のスフィンクス。今、我々が見ているものは砂に埋もれ、時を経、かつての色彩は失われ顔は欠け落ちて我々に何も教えてくれない。人類的な喪失感と悲しみだけがある。1903年のエジプト、考古局査察官のハワード・カーターは遺跡発掘中、エジプト人の信じる死後の世界観、二つのうち天に昇らず地上に残る魂を意味する「カー」と名乗る美しい少年と出会う。「日出処の天子」と相似の構図でスタートしたこの物語は、この巻ではまだLalaの少女読者に向けて描かれた華やかさを楽しむことが出来る。続く二巻の半ばで、いかなる事情か掲載誌が潮出版のコミックトムに変わる。ベテラン作家による東西の歴史漫画の載る雑誌だ。当然、読者層は男性中心でありおそらく年齢も高い。そこに、少女漫画的なアイキャッチは絵にも物語にも必要とされない。現実の歴史がある以上、物語の着地点を変えるわけにはいかないが、隙間をどう埋めるかは作家の自由だ。少女漫画的に飛翔することも出来たろうこの物語は、大人の雑誌で大人の展開をし大人の作品として完成する。我々は、存在したかもしれない少女漫画的本作の有り様を想像しながら現実の本作を楽しむことが出来る。この文庫本にツタンカーメン本編以外の作品は収録されていない。解説は、エジプト考古学者の吉村作治。
・「山岸タッチによるツタンカーメン発掘物語」
調査の為、ルクソールに滞在中の考古学者ハワード・カーターは、黄金のサンダルを履いた男の夢を見る。ところが現実にも黄金のサンダルを履いた謎の男が現れて…。実際にツタンカーメンの墓を発掘したイギリスの考古学者カーターを主人公に、山岸さんならではのファンタジータッチを加味して綴られる物語。
少女漫画の線に偏見の無い人ならば、誰でも楽しめると思います。しっかりと読めば、ちょっとしたエジプト史の勉強にもなりますよ~。
・「複雑な心理描写がうまい。」
歴史が好きな訳ではないけど、古代文明物の漫画には何故か手が伸びてしまい、これも何となく読んだ一冊。にしては読み応えがあり、また、ちょっとした勉強にもなり、ラッキーってな感じ。登場人物の気持ちがうまく描写されており面白い。
・「記憶に残る1冊です。」
一人の男に人生を懸けた二人の女。つまりその男の妻と、その男の母親の生涯を描いた読み応え十分の1冊です。嫁と姑が競い合い、男に尽くしに尽くし一人の男が一人前になっていく。そんじょそこらの安物の「嫁姑戦争」とは桁違いの物語。まさに自分の命を削っての戦い。有吉佐和子独特の「女」の心理に対する深く冷静な探究が、ものすごい筆の力で描ききられてます。圧巻です。
・「おそろしいほどの人間観察」
美談として伝えられる華岡青洲の麻酔手術成功までのいきさつを、角度を変えて描いた作品。作者の洞察力のするどさ、ストーリー展開のうまさにうなりました。 人間を斜めに見るのでもなく、必要以上に美化するのでもない、作者の冷静な視線に畏れを感じます。 とにかく面白いので本当におすすめです。
・「姑に恋焦がれて嫁いだ嫁」
最初、紀州でも評判の美女で才覚もあり、華岡家の格を押し上げたという青洲の母である「お継」に恋焦がれていた加恵。そのお継が、加恵の実家に「是非娘御を華岡家の嫁に」と時下談判に訪れ、憧れの女性にどうしてそのように見込まれたのかと当惑する反面、父親が断ろうとしているのを知って落胆する加恵。結局、母親と女中の進言で父親も承諾します。この時、お継が「医者の家に、士農工商どの家から嫁を迎えるのが的確か」という持論を述べて見せるあたり、ユニークな描写です。義妹が加恵に「それは嫂さんが勝ったからやわ」という台詞がありますが、大変痛烈です。ラストシーンのお墓の描写もとても象徴的。なのに、この作品は何回も映画、ドラマ、舞台化されているのにその場面がないのは物足りませんでした。
・「凄いの一言」
なんとも形容し難い強烈な作品。於継の生き様の凄まじさに不思議な感慨。
・「引き込まれます」
最近、たまたま高野山を訪れ、華岡青洲が和歌山県の出身であったことを初めて知り、名前とその功績をなんとなくしか知らなかったので本書を手に取りました。
とにかく一気に読みました。
自分も以前、全身麻酔を使った手術を経験しているだけに麻酔のおかげで、ただ死を待つだけであった病気が治せるようになり、また、痛みを伴わずに治療が施せるということの大きさが、他人より少し理解できるような気がしました。
とにかく、どうなるか分からない、ましてや生命に関わることを“試す”という事がどんな事なのか、その不安や恐怖、覚悟などはとても想像できるものではありません。
嫁姑の確執については、脚色されたものだと言われているようですがフィクションなのかノンフィクションなのか、分からないような感覚で読みました。
麻酔手術が行われていなかったら失明していたかも知れない私は実験台になることを自ら申し出て、その結果失明した青洲の妻・加恵にはなにか感じるところがありました。
本書は、世界に先駆けて麻酔手術を行った華岡青洲と彼を支援し続けた家族について知るために、そして、力強い文章で読者を引き込む文学作品として是非お勧めします。
・「悲しみの先に」
東福門院和子に奉公していたという”ゆき”の思い出話で進むもの。 語り口がやさしく丁寧で、ゆったりと話は進みます。
随分聞き分けのいい姫だなあと感じて読んでいましたが、 実は毎夜のように涙をこぼしていたのです。
読んでいくうちに予測はできるのですが、それでもゆきが涙でぐしょっりにぬれた紅絹の切を見つける様子には読んでいてとても切なかったです。
どんな身分であれ、願っていたことはひとつだったはず。
その願いすら口にはできず、立場をわきまえた振舞いをしていても実ははとても重く、 深い思いを抱えてのものだったのです。
女性としての深い悲しみを抱えながらも自分のあるべき姿を見出していく姿はとても強く、大きなものでした。
じっくり読むことおすすめします。
・「侍女の口から語られる栄光と悲哀」
徳川二代目将軍の娘という恵まれた姫君時代。華やかな入内の儀。格式ある宮中での生活。夫・後水尾天皇との睦まじい夫婦仲。実子・養子を含めた四天皇の母という立場から、国母と崇められた東福門院・和子。
世の人々は彼女の得た福を羨むが、その内実は、お世継ぎ誕生という重圧にさらされ、公家・女官からは武家の娘と侮られ、
利害の対立する実家と婚家を憂い、待望の皇子は夭折し、幼くして女帝となった娘を案じ、夫の愛妾たちの存在を意識する、という悩み多き女性であった。
しかし、彼女は悩み多きわが身を哀れみ悲嘆にくれるのではない。
悩み苦しみ夜毎涙を流しながらもその哀しみに溺れずに在ろうとする、凛とした強さを持った女性がそこにはいる。
そんな彼女の流す涙だからこそ、それ!は清く、美しい。
この物語はお遊び相手として幼少の頃から付き従った侍女の昔語りという形で進む。その淡々と、それでいて主への深い親愛と忠義に満ちた口調が心地好い。
また同じように、祖父・家康、父母である二代将軍秀忠夫妻、家光、千姫ら兄弟、江戸城内の人々の様子、後水尾天皇、公家、宮中での女官ら、などが彼女の口から語られる。それら和子にゆかりある人々のエピソードの数々が読む人をさらに彼女の傍にいざなってゆく。
時代背景も徳川方の侍女としての立場から語られているし、当時の江戸城、宮中での風俗も興味深い。時代は違えど数々の悩みを抱えた現代の私たちに、彼女のように清く、美しくありたいとひそやかな勇気を与えてくれる良質の歴史小説である。
・「高貴な女性の誇りと悲しみ」
皇后になるべくして生まれた和子の生涯は、傍目には何不自由なく、幸せに見えても、実際はこの物語を語る侍女にすら計り知れないほどの悲しみを抱えたものだった。この物語はその主となる物語のほかに、御所の中の生活、天皇となった人たちの人生がどのようなものかをかいま見ることもでき、その伏線もとても興味深かった。天皇という重責に苦しみ、御所内の楽しみは女性だけ、など、実際に侍女だった人ならまずは口にしないだろうと思われることにも触れられていて、そういうところに、作者宮尾さんの視点がふと表面に現れてることがあって、おもしろかった。東福門院の娘、明正天皇の人生にも興味が湧いた。
・「聖人のような」
二代将軍の娘、後水尾天皇の中宮・和子の一生を、そば付きの女性が語る物語。
和子の母、江与の生まれから始まる、和子の人格を形作った血縁、環境といったものから語られる。当時としてはまれな、一夫一婦を貫き、両親と子供たち、という家族に育ったこと(後に、腹違いの兄弟が発覚するが。)が、繰り返し出てくる。
その思いを、入内してのちも持ち続け、帝の他の女御への移り気に苦しみのたうつ。帝の血を絶やさないための、御所では当たり前のことが、彼女には頭で理解できても心で理解できない。誇り故に、帝にお渡りをせがむことをしない。二十代後半以降、女として愛されないことで帝を恨むかのような記述は、彼女自身が招いたことなのである。
彼女は、満たされない心を、子の養育や着道楽で癒す。結果として、帝の親王たちの養い親となり、京の芸術家たちの庇護というかたちに実を結んでいくこととなる。親王が即位し、腹を痛めた娘たちは関白家などに嫁ぎ、彼女の人格、影響力は晩年に至って帝も認めるものとなる。
けして政争に関わることのなかった彼女が、子の養育という形で他の女御たちに差をつけていくあたりから、光を浴びる如く浮上していく。それでいて、彼女は仏教に深く帰依し、最期を聖人のように尼たちに見取られて長寿の一生を終える。
両親に愛されかわいがられ、心根の良い少女だったのだろう。帝に愛され子供を多く上げることが自分の役目だと思って、お渡りの途絶えを涙したのだろう。帝の愛が受けられないのならと模索した後半生が、やがては帝の尊敬を勝ち得て実っていく。血が天皇家に残らずとも、名を残した女性の物語。
・「早くドラマ化を」
これまであまりとりあげられることがなかった東福門院の生涯。徳川将軍家の娘として生まれ、家康の五女市姫が夭逝したばっかりにその代役として入内しなければならなかった運命。幕府と朝廷を結ぶ政略結婚の具とされたというイメージが強かったけど、この原作を読んで、改めて和子の聡明さと彼女が果たした役割の大きさが理解できました。彼女は決して自分の生んだ興子内親王の即位(明正天皇)を望んではいなかったのではないか?我が夫・後水尾帝と他の女性との間にできた親王こそ即位させることが彼女の後半の人生の目標ではなかったのかと思います。そうして、また彼女は本阿彌光悦や雁金屋(尾形光琳・乾山)との交流・庇護を通して京都町衆文化の発展に寄与したことも納得できました。これまで和子はテレビドラマの世界では、酒井美紀(2000年NHK葵三代)片山美穂(1989年NHK春日局)杉田かおる(1989年関西テレビ大奥)野際陽子(1988年長七郎江戸日記)山口いづみ(1987年江戸城風雲録怒涛の将軍徳川家光)三浦リカ(1978年柳生一族の陰謀)などで演じられてきましたが、みんな脇役です。和子をヒロインにしたドラマが見たいです。
・「川原ワールドにのめりこむきっかけ」
歴史・ギャグマンガです。「主人公のニキとユウリは幼馴染で、小さいころから高校までずーっと一緒。ひょんなことから二人は過去へと飛ばされてしまったからさあ大変、二人はどうなっちゃうの…?」なんて普通のマンガではありません(笑)。
注目すべきは、お二人の早すぎる適応力と、受験生ゆえの膨大な量の知識です(トルデシラス条約を知っているヒロインを見た事はありますか?)恐竜時代にとばされても、サバイバルして生き延びてしまう二人。ルネサンス時代に飛ばされても、ちゃっかり就職してしまう二人。
四頭身が標準体型の、の~んびりとした絵で描かれる、歴史ギャグ漫画です。(「刺客?」という台詞のコマのバックに、トーンで■を描く漫画家を知っていますか?)川原泉という、異色漫画家による、異色歴史マンガです。
個人的なオススメポイントは、恋人ではなく友人として、お互いを尊重しあう二人のステキな関係(こんなに堅苦しくモンじゃないだろうが…)。付き合っている女の子が、ユウリの悪口を言った時「でも、それはあなたには関係ないことでしょう?」とにっこり言うニキくん。男気だぜ…。
・「この作品で運命の出会いが!」
川原先生の大ファンでどの作品も思い入れが深いのですが、この作品でチェーザレ・ボルジアという人を知りました。塩野七生さんの「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」にであったのもバビロン~がキッカケでした。
あれほど優雅に冷徹に野望をおしすすめたチェーザレがさいごには非業の死を遂げるシーンはシンプルな一コマで表現されていますが、それがより一層、運命に翻弄されたチェーザレ・ボルジアという男をよく表現していると思います。ぜひぜひ続きを書いていただきたいです。
・「この人が新撰組を描いたらきっと素晴らしいのに~」
中国の壺を読んでいても思うのだけど、川原女史はこういう男を描くのが実に巧い。巧いというか、寡黙なる美学をもって、そうとしか生きられなかった不器用な男(もしくは女)を映し出す視線があたたかいのだ。悪者、時代を攪乱させた人間の、(史実と離れた処にあっても)ふっとかいま見せる体温や哀切といったものを、浮き上がらせてしまう。この人が土方や山南、藤堂、山崎を描いたら、きっとものすごく魅力的だと思うんだけど。私だけかなぁ・・。
・「カーラ君流歴史ファンタジー」
川原泉らしい学術的ファンタジー。現代日本の高校生がルネッサンス時代のバチカンにタイムスリップするという、なんとも魅力的な舞台設定にまずそそられる。旅人役がインテリジェンスのカナリ高めな現役高校生、しかも魔法のアイテムでどんな言語もペラペラなんで、けっこう環境に馴染むのが早いあたりが読者としては心強い。画面も情報量も相当緻密で、休憩入れながらじゃないと目もアタマも疲れます(そこがいいんだけど)。雑誌掲載時はストーリー構築に破綻したのか、単行本が一巻出たところで未完となっていたのでほぼ十年ぶりに完全版として読めるのが嬉しい。主人公の二人が旅するのはこのルネッサンス時代と、プロローグ的に語られる恐竜時代の二世界だけなので、もっともっといろんな歴史的舞台㡊??活躍させてほしいです。
・「チェ-ザレ・ボルジアを紹介してくれた漫画」
シリアスなのにコメディ、コメディなのにシリアス、という川原ワールド炸裂の傑作漫画。人気が無かったのか作者の都合なのか、主人公二人がタイムスリップする先は、恐竜時代とルネサンス時代だけで終わってしまった。非常に残念である。
国際人なニキと図書館の主なユウリの、ミョーに冷静な性格も面白かったのに。
やはり後半のチェーザレ・ボルジアとのからみが素晴らしい。チェーザレを美化して描いているわけではない。一代の英雄として書いているわけでもない。悪名高いチェーザレそのままなのに、その孤独さと冷徹さとをきちんととらえて、そのようにしか生きられなかった男の姿を見せてくれる。ちょっとだけ出てるだけなのにミケロットもなかなかの存在感だった。
・「物書きとしてたぐいまれな才能を持つ少女」
15歳の若さで殺されたアンネ・フランクが残した日記です。
たしか小さい頃に児童向けの「アンネの日記」を読んだと思うのですが、もはや記憶は遥か彼方で、内容はほとんど覚えていません。
今回は文春文庫の増補新訂版を読みました。
読む前は、戦時中の重苦しい雰囲気や、迫害される側の苦しみ、しかしその中で希望を失わない健気な少女・・・みたいな内容なんだろうなぁ、と勝手に想像していたのですが、いざ読んでみると、その想像は間違いだったことに気づきました。
この本の一番の魅力はアンネという一人の少女のキャラクターそのものにあると思います。自由闊達で強い精神力と論理性を持ち、批判精神にも富み、さらにそれらを表現するための多くのボキャブラリーをも兼ね備える、物書きとしてたぐいまれな才能を持つ少女。しかし、同時に思春期の女の子としての不安定さも有しています。そのアンネの内面が真実の言葉で語られており、そこに読者はかつての自分を重ね合わせて共感を覚えるのだと思います。
もちろん時代背景も非常に重要な要素なのは間違いありませんが、アンネのキャラクターが愛されたからこそ、この本が時代を超えて読み継がれているのだと思います。
この本の中で私が好きな箇所はアンネの姉、マルゴーからの手紙です。隠れ家で息を潜めるようなつらい生活の中でも、アンネが心優しい人々に囲まれて生活していたことが分かり、大きな救いを感じました。
・「限りなくノンフィクションに近いフィクションだと思う」
日記と書いてあるのでリアルタイムで当時書いたもののそのままの出版と思われがちだが実際は本にするためアンネ自身が書き直した日記をさらにお父さんが編集したものが一般的な「アンネの日記」なのであるその辺の認識がないと「騙された」ということになり捏造疑惑が湧いてくるわけであるが・・・
確かに思想的な思いを書きなおしの際に含めたり、都合の悪い事は削除したりした可能性は多々あるし、読んでいてひっかかる部分もあるしかし、それではまるっきり嘘ばかりで真実がないかというとそうでもないドキュメンタリーであれ、ニュースであれ人の手を介した以上、何かしら意図がそこに含まれることは仕方ないし(これは翻訳の際の言葉選びにも言える)完全なノンフィクションなど存在しないわけで全てが真実のような既存の売り方にも問題があるがこの本全てを「真実だ」とか、「捏造だ」とか白黒しかないような論戦は実にくだらない行為だと思う個人個人がリライトであることを踏まえて読み、どの部分が真実でどの部分が違うのかそれぞれ大戦中に思いを馳せて考えて判断すればいい
現在、その判断に一番最適なのがこの「完全版」オリジナル日記と書き直し版日記を足して編集し、お父さんが削除した部分も補完してあり現在出ている中では一番オリジナルに近い
あと、子供の書いた日記にいちいち整合性がないとか言うのもどうかと思う特に日記なんかはその日の思いつきで書いてるんだし
とにかく従来の「アンネの日記」を呼んだ事がある全ての人がこれをもう一度読むことをオススメしたい
・「レヴューというより、雑感です」
わたしにもなにか新しいものを始めさせたいと考えたパパは、クレイマンさんに頼んで、子供向きの聖書を買ってきてもらいました。そういうわけで、この年になって、ようやくわたしも新約聖書について多少のことを知ることができるようになったわけです。(一九四三年十一月三日 水曜日)
アンネは、あるとき、大切にしていた万年筆を自らの不注意で台無しにしてしまう。
たったひとつ、ささやかながら慰めがあります。わたしの万年筆は、火葬に付されたということです。わたしもいずれは火葬にしてもらいたいと思っていますから。(一九四三年十一月十一日 木曜日)
このプラス思考は、アンネが生来持っていた性質かもしれない。しかし、新約聖書中の次に引く一節を連想させもする。 一人の女性が、高価な香油をイエスの頭から注ぎかけてしまう。
なぜ、この婦人をいじめるのか。わたしに良いことをしてくれたではないか。(中略)この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。アーメン、わたしは言う。世界中でどこででも今後この福音が説かれるところでは、この婦人のしたこともその記念のために一しょに語りつたえられるだろう。(マタイ伝第二十六章第十節‐第十三節)
アンネが意識していたかどうか、それは、知るよしもないが。
「一九四四年二月十八日 金曜日」の項に、突然、「じゃあまた、アンネ・M・フランクより」と署名される。それまでは、「じゃあまた、アンネ・フランクより」だったのに。なぜ? 「一九四四年五月八日 日曜日」の項を参照すると、アンネの父方の祖父の名は、ミヒャエル・フランク、であることがわかる。署名された「M」は、ミヒャエルの「M」なのだろうか? 「一九四十四年一月二十八日 金曜日」の項を参照すると、アンネは「各国の王室の系譜とか、系図とか」に興味を抱いていたらしい。自分の家の系図にも興味を抱いた彼女は、ミヒャエル、と署名するようになったのだろうか。
私は、年下の女の子から向上心を育てるための、こつを教わった。
だれもが毎晩眠りにつく前にその日一日の出来事を思いかえし、なにが良くてなにが悪かったか、きちんと反省してみるならば、ひとはどれだけ崇高に、りっぱに生きられるでしょう。そうすれば知らずしらずのうちに、あくる朝からさっそく自分を向上させようと努めるようになるはずです。
・「日記のあとで起きたこと」
日記の真贋論争はすでに決着のついたことなのでここで蒸し返す必要はないだろう。確かに14〜15歳の少女が書いたにしては世慣れた感じのする文章ではあるが、本好きの少女の本から得た言い回しと思えば別に不思議はない。観察力・言語力の優れた少女の類い希なる真実の記録である。 1944年8月1日でこの日記は終わっている。この夢と希望に満ちあふれた少女がこの後どうなったか我々は知っている。知っているが故に、この日記の突然の中断は底知れぬ恐怖と絶望を我々に与える。そしてこれが同じ人間によって引き起こされたことだと思うたびにこの本の重みは益々増し、永遠に読み継がれていくことであろう。あれから60年。何が変わったのだろうか・・。アンネは今どこにいるのであろうか。
・「10代で読んだときは、最後まで読めませんでした。」
10代で読んだときは、最後まで読めませんでした。悲しい物語を、読んで、自分が何もできないことを知って、途方に暮れていました。完全版が出たこともあり、文庫にもなっているので、大人には手軽に読めるようになっていることを知りました。今度、図書館で見かけたら、ぜひ読んでみようと思っています。
・「洞察力の鋭さと構成の見事さ」
日本神話と、ギリシャ神話からモチーフをとった作品からなる短編集です。日本神話からの作品群は、「日出処の天子」の連載からしばらくの間、描かれており、また、ギリシャ神話からの作品は、「妖精王」連載のころになります。
「天沼矛」(あめのぬぼこ) 1986夜桜舞う夜の闇に住まう神と少女との恋を描く“夜櫻”、離婚歴のある男性との結婚を間近に控え、幼い頃の桜にまつわる思い出をふと思い出す女性の話“緋櫻”、療養所に入院中の二人の少年のふれあいを描く“薄櫻”の三話から成るオムニバス形式で、桜にまつわるエピソードが語られます。
「木花佐久夜毘売」(このはなさくやひめ) 1986古事記の木花佐久夜毘売と石長姫の姉妹の話をモチーフにした現代の話で、才女の姉をもつ、女子高生、典子の苦悩と成長を描いています。このような姉妹の確執は、この頃、作者の作品の中に幾度も現れるテーマといえましょう。(「常世長鳴鳥」(1985)瑠璃の爪(1986)奈落 タルタロス(1988)など)
「蛭子」(ひるこ) 1985イザナミ、イザナギノミコトがはじめて産まれた骨の無い子を川に流して捨てた神話をモチーフに、現代、地方から上京したばかりの女子大生の身近にある恐怖を描いた秀作です。霊や超常現象より、なにより人間が怖いと思える一作です。
「月読」(つくよみ) 1986アマテラスオオミカミとスサノオノミコト、ツクヨミノミコトの古代神話を独自の解釈で描いた作品。古事記のが語る、大らかな性の世界とは異質の、人間の苦悩とエロスが描かれます。
「ウンディーネ」 (1978)人嫌いの青年カメラマンが、鳥を撮影に来た湖沼で、一人の美少女と出会うことによって、青年は、人間らしいふれあいを感じていきますが・・・。
どの作品も、作者の人間に対する洞察力の鋭さ、構成の巧みさが感じられ、充実した一冊となっています。
・「切なさと悲しみに浸りながら、怖がってください」
日本の古代神話を題材にした表題作「月読」「蛭子」「蛇此礼」「木花佐久夜毘売」他、水の精霊「ウンディーネ」などのお話。古事記に興味がある人なら、何処かで聞き覚えがあるかもしれません。神話の世界は結構おどろおどろしていて残酷ですが、ここまで妖艶に悲哀に満ちた怖さに表現できるのは、山岸涼子ならでは。読んだ後に尾を引く恐怖は相変わらずです。女性でありながら、女性の怖さや厭らしさを嫌というほど描いてくれて、感服します。天照大神・月読命・須佐之男之命の三姉弟が登場する「月読」は、慈愛に満ちて明るく世界を照らす天照大神のイメージを見事に壊してくれますが、冷え冷えと静かに夜空に浮かぶ月の、太陽に対する憧れと哀しみが伝わってきます。 怖さを楽しむなら「「蛭子」「蛇此礼」。悲しさの後でほんのり暖かくなりたいのなら、「木花佐久夜毘売」「ウンディーネ」をお勧めします。 表紙をはじめ、扉絵はどれも神話を彷彿させて、幻想的で綺麗です。月が好きなので、表紙の月読命の心の痛みに耐えるような表情と、表題にぐっときて買ってしいました。
・「日本の神話に好きにもおすすめ」
神話に絡めたそれぞれの話しは本当に凡人には思いもよらない想像力だと、ただただ感動します。マンガといってしまうにはおしい秀作であると思います。昔おばあちゃんに聞いた神話が突如新鮮に思えてくるよおうな感覚と同じに寒気がするほど恐ろしいような、とても一言では言えない本です。
・「世の中に差し出してくれてありがとう」
コンビニでふと手にとって立ち読みを始めたら動けなくなってしまいその場で泣いてしまう前に慌てて本を買って帰りました。
物語については、多くは語れません。いつまでもひっそりと自分の胸の中で育んでいたい…そんな気持ちになりました。でも出来るだけたくさんの人に読んでもらいたい物語です。
こうの史代さんと同じ頃に広島(市外ですが)に生まれた私、「あとがき」に書かれていた思いには共感しきりでした。広島で平和教育を受けつつ、できれば避けて通ろうとしていた事、「うしろめたさのようなもの」(=原爆のこと)をこんなにも切なく哀しく、でもゆるぎなく強くやさしい物語に変えて世の中に(こんな今の世の中に)差し出してくれるなんて…こうのさんの力量や努力や誠実さに拍手です。そして感謝します。
ただちょっと口惜しさもアリ…かも(笑)同時代の広島人として、私も私なりに「うしろめたさのようなもの」に落とし前をつけないといけないなあ…と、思ったりもしたのでした。
あと蛇足ですが広島弁の女性がこんなにかわいらしく感じられたのは初めてでした。
・「男53歳 被爆二世(川崎市)」
「夕凪の街」では、原爆の惨禍の中で生き残った被爆者の苦悩や思い、「桜の国」では、自分のルーツや社会的立場を見つめ直す被爆二世を中心に描かれている。被爆二世と言っても健康状態や置かれている立場、考え方等は様々であり、偏見を与えることなく描写することは大変難しいと思われるが、この作品では、多くの被爆二世に共通するであろう悩みや問題が、主人公 七波の様々な思いや心のゆれを中心に的確に描かれている。物語は被爆二世が受ける結婚差別にも触れている。描き方によっては差別の助長につながりかねないが、そこは、被爆二世である凪生の恋人 東子を含め、問題にきちんと向き合い、乗り越えていく主人公達の姿を描くことで、しっかりフォローされている。 東子は両親に凪生との交際を反対されるが、広島の平和資料館を訪れ、被爆者問題への理解を深め、認識を新たにしながら、凪生への愛を貫く決意を固めていく。 21年前(結婚する前)、妻と広島を旅し、平和資料館も訪れた。被爆者、被爆二世の問題を理解し、納得した上で結婚してほしかったから…。この作品を読んでいたら、その時の記憶が鮮やかによみがえってきた。あの時の妻は、きっとこの作品の中の東子そのものだったのだろうと思う。 一般の人にとっても、被爆二世にとっても、被爆者、被爆二世の問題、…核、核兵器の問題を改めて見つめ直し、向き合っていくきっかけになる、大変すぐれた作品だ。
・「ヒロシマナガサキに投下された原爆、生き残った者たちのその後。」
こうの史代さんは1968年9月に広島市で生まれた。 どうして、かような作品を創り出すことができたのか。 私は途惑っている。 1945年8月6日に原爆投下の対象とされた軍都広島。 23年たってこの広島市に生まれたのだ。 「夕凪の街」はヒロシマに原爆を投下したアメリカ合衆国と、奇跡的に瞬時生かされた庶民の物語。 主人公皆実(みなみ)の生と死を想像できたのか。 さらに、「桜の国」の七波(ななみ)。今の時代に生きる娘。彼女の生き方のいさぎよさ。 被爆2世。 いずれも短編。これほど感動した漫画は無い。 私の知人には被爆者がおおい。 私の友はこの書を20回読み 貸してくれた。 その書には 折り目無く帯もついてあった。新品そのもの。 友は この書を大切な宝物として扱っていたのである。 これが映画の原本。 希望をもたらす素敵な絵とお話し。 すばらしい。 世界中で読まれてほしい。
・「それから…」
私は広島生まれなので、小さなころから、8月になると戦争映画や被爆者の方の講演会・劇団のお芝居等、原爆の恐ろしさを知る教育を、有無をいわさず叩き込まれてきたように思います。子供ながらにそれが悲惨だ、というのは理解していたのですが、しかし、自分が見た事のない次元での恐ろしさというのは結局小さなトラウマになってしまい、義務教育・高校過程を終えてからは、自らその機会をつくることはありませんでした。
今回、この本を買ったのは、ずばり表紙買い。淡い感じの彩色、上を見上げ歩く主人公がとても印象的で、思わずレジへと足を進めました。しかし、内容を見ずに買ってしまった私は購入後パラパラっと見た中身に読む事を放棄。それから数カ月後ー…電車広告等でこの本が騒がれているのを知り、再びページを開いてみることに。。。すると私がこれまで見た映画や演劇・聞いたお話のどれよりも印象に残る『ヒロシマ』の物語に、思わず涙がこぼれました。感動だとか、悲しいだとか、それはどの感情にもあてはまることない涙だと思います。小さい頃、耳を塞ぎ、目を背け、なるべく早く忘れようと家路を急いだ事も、その後原爆という一つの歴史を敬遠して来た事も何て浅はかだったんだ…という深い後悔が生まれました。是非多くの人に読んでほしい1冊です。戦争を経験した事のない世代には特に。おススメです。
・「おすすめします」
私は被爆者の子孫ではないですが広島育ちです。
「8月6日の場面から衝撃的な展開を見せる映画」は小学生から散々見てきました。それで、原爆は悪い、怖いというトラウマをしっかり植えつけられて、それでも、やっぱり表面上「原爆、戦争は悲惨」と頭で理解しているだけだったと思います。
だから、最近はネットやニュースで情報の溢れている中、自分が戦争反対なのか賛成なのかすらよく分からなくなっていました。
この作品は、いろいろと考えさせられる作品だと思います。私と同じように広島や東京で、同じように普通の生活を送ろうとしている人々をほのぼのと描いた作品ですが、原爆を体験していない私達にはないものが、終始影を落としています。
レビューで言いたいことはひとつだけ、読む価値のある作品であることは間違いないと思います。何を感じ取るかは人それぞれですが。。
最近上京して、東京出身の会社の同僚に「広島出身なら残留放射能で禿げるかもね」などと冗談で言われましたが、知らないことは罪ですね。。出来る限り多くの人に読んでいただきたいですが、作品の重い/軽いや暗い/明るい、泣ける/泣けないなどを価値判断にしている人に薦めたいとは思いません。
・「マリーアントワネットを知る基本の書。」
あのベルばらの作者、池田理代子さんも、マリーアントワネットの小説を書いた遠藤周作さんもこの本を参考にしたようです。マリー アントワネットを深く知るための基本の書といってもいいと思います。マリー アントワネットの書は他にも色々ありますが、この本は彼女に対して好意的なまなざしを持って書かれています。訳は古臭いですが、そこがかえって新鮮だったりします。ツワイクがいいのか訳者がいいのかはわかりませんが、まじめな文体の中にもユーモアが感じられ、スラスラと読み進む事が出来ます。そして、私はこの本をもう数年間、持っているのですが、いまだにパラパラと読み返したりしています。前半はマリーアントワネットが幸せな時代が描かれています。彼女の呑気さには笑ってしまう程です。親であるマリア テレジアが何も考えない娘に頭を悩ませている様子などは、第三者からみると、なんだか笑えてしまえます。とにかく前半は明るい内容です。
・「「普通の女の子」」
上巻は、フランスに嫁いでゆくところからフランス革命に至る部分で、変化に富んでおり、マリー・アントワネット自身も徐々に変わってゆきます。とは言うものの、この本の副題にもなっている「一平凡人の面影」と言う通り、作者は「普通の女の子」としてのマリー・アントワネットを描いて行きます。
14歳で結婚しながら、ルイ16世との間に7年間実質的な結婚生活がなかったことが、不幸の始まりでした。14歳の少女にとって、結婚という実体がない時代は、「私は退屈するのがこわい。」という感想通りの生活で、金を湯水のように使い遊びまくる生活でした。その後子供が出来、徐々に大人としてのマリー・アントワネットに変わってゆきますが、そこで起こった事件が「首飾り事件」で、これがきっかけとなって、フランス革命にまで進んでゆくのですが、すべてが後手後手に回ってしまい、少女時代の悪いイメージがずっと付き纏ってゆきます。作者は、そのあたりを非常にマリー・アントワネットに好意的な文章で描いて行きます。
この岩波版の本は、訳が古いこともあるのですが、ちょっと読みにくい本になっています。でも、古典と言えるような本で、じっくり読むとなかなか味のある文章になっています。
・「劇画の下敷き」
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・「ツヴァイクさんは本当にアントワネットが好きだったんだなあ」
マリー・アントワネットの古典的な伝記です。
後に河出書店から別訳の本が出ましたがやっぱり個人的には岩波文庫のこの本をおススメしたいです。確かに今からみるとこの岩波の訳には少々稚拙な部分もあるのですが男の人(ツヴァイク)から見たマリー・アントワネットへの感情の勢いがこの訳文にはあると思うからです。
今から読めばツヴァイクさんの伝記は少々史実と違うと批難されることもあるのですがそれでもマリー・アントワネット最後の矜持の描写は今でも感動します。同時にこの伝記は本当に彼女に惚れこんで居なければ書けなかった作品でしょう。男の人から見たアントワネット像としては唯一無二の作品。
あの名作「ベルサイユのばら」の参考本だった本です。
・「そんじょそこいらの伝記とはひと味違う、歴史哲学と世界観が詰まりに詰まった傑作」
上下2巻になる文庫は圧巻だった。ここ数ヶ月で読んだ本の中で最もインパクトが強かった。
この本が書かれたのは1930年と、ちょうどナチスが政権を握る寸前だ。伝記作家として超売れっ子だった作家でユダヤ人のツヴァイクも、その後南米で自殺してしまうという運命をたどる。
まあ、そんな暗さと不安が漂った伝記だった。
「一凡人の生涯」と副題にあるとおり、主人公のマリー・アントワネットはとことん無意識過剰の人物だ。そもそもの無頓着で歴史に流されてはては断頭台の露と消える、あまりにも有名な悲劇的物語だ。その辺の、人間の意志を逸脱した力が人間の運命を決定づけるといった有様は非常に暗く、1930年という暗さとか脱力感がなんとも言えず漂っていて、当時のユダヤ人たちが抱えていた問題意識が浮き彫りになっている。
同世代のユダヤ人作家にカフカがいるが、朝起きたら自分が虫になっていてなにもしていないのに親に殺されてしまったり、また審判と称して意味不明の中連行されて犬のように殺されてしまう物語は、無意識のうちに人生が規定されるといった、ツヴァイクの描くマリー・アントワネット像に近いものがある。
ツヴァイクは、序文やあとがきに素晴らしい文を残すことで有名であるが、この本はとくに、あとがきを面白く読ませてもらった。普通ならば「参考図書」などが羅列されたりするものだが、その反対で「どの文書を使わなかったか」である。おびただしい数の贋作書簡がマリー・アントワネットを取り巻いていて、そもそも筆無精な彼女がそんなに手紙を書くわけもなく、それで怪しげな書簡はすべて排除したといういきさつが、ツヴァイクの手で書かれている。
そんじょそこいらの伝記とはひと味違う、歴史哲学と世界観が詰まりに詰まった傑作であった。
・「日本の少女マンガの古典」
今、少女マンガを語るとき、「ベルサイユのばら」抜きでは語れません。全ての漢字にルビが振られていますので、小中学生にも読むことが出来、また原作者池田理代氏も、それを意識して描かれています。また、台詞もリズム感良く流れ、今では使われなくなった美しい日本語が台詞の中に生きています。小・中学生にも分かりやすく時代背景が説明され、ヨーロッパの歴史に興味を持つきっかけともなるでしょう。
・「若い子もぜひ!」
私は高校生です。 たぶん同年代の子でこの作品読んだ事がある人はあんまりいないんじゃないかな??と思います。 そこで,あえて私はぜひ若い人達にこの作品をおすすめしたい!
10代の皆さん!!!こ~んなふう↓↓に思っていませんか?? 「目がキラキラしてるのがヤダ~」…・…・・・・・① 「今の漫画の方が面白いし」・………・・・・・・・・・② 「難しくてつまんなそう…」・・・・・・・・・・・・・・…③ 「感動できなそう」・・・・・・・・・・・……・・・・・・・…④ 「恋愛とかの話なの?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・…⑤ 「昔とは感覚が違うから,共感できない」・…・・⑥
そんな考え全部間違ってますよ!!
①目なんてそんなにキラキラしてないし,星浮いてたりしませんよ。 すっごい絵が綺麗ですよ。本当に気になりません!すぐに見慣れてしまいます。
②確かに現代の漫画も面白いですよね。でもこの作品も現代の作品にも負けな いくらい面白いんですよ。むしろ現代の漫 画が好きなら,この作品も好きになれるはず。
③歴史ものですけど,難しくないです。楽しく勉強できちゃいます。
④本っ当感動します!これで感動しないのはありえない!そう思います!
⑤恋愛ばっちりありますよ。
⑥共感できます!時代を超えた名作なんで,現代の若いコにも通じるはず!
とにかく『読まず嫌い』してしまうにはあまりにももったいない作品です! 10代の子もぜひ読んでみてくだいね!!
・「これぞ名作!まさに永久保存版!!」
バービー人形や着せ替え人形の華やかでキラキラした可愛らしさに憧れ、胸ときめかして遊んでいた頃、いとこのお姉ちゃんが宝物のようにしていたのが王冠印のベルばらのコミックスでした。幼いながらもそのゴージャスで壮大な世界に心奪われ、親にねだり買ってもらった思い出があります。
十数年ぶりに読むベルばらはやはり素晴らしかった!大人になってから読むとまた新たな発見や理解があって、とても感慨深いものがありました。マーガレット連載時を知らない方には、カラーページや扉絵ギャラリーの美しさは本当に涙モノだと思います。
こういう超大作は縦21cm、横14.5cmの大判サイズがぴったり。ぜひ読み継がれていってほしい作品です。
・「多分これからも愛され続ける作品」
初めてベルばらを読んだのは2年前です。
カッコつけて名作系の本を買うように、「古典だし、一度くらい読むか」と思って買ったのですが、読み始めるなり、頭の中の辞書の「古典」の項を書き換えました。『古典とは、時代を超えて、普遍的な面白さをもつ作品の事である』と。
女であり男であるオスカルのカッコよさに惚れ、前半明らかな脇役作画だったのに大出世を遂げた尽くす男アンドレに涙し、時代に翻弄されながらも一人の女として生きたアントアネットの心に嘆息しました。漫画好きなら、これを読まなきゃ損です。重厚なストーリーよし、個性溢れるキャラクターよし、どこにも文句なしです。
余談ですが、「おもしろいよ」と言って同世代の友人に1巻を貸すと、私の場合確率10割で「続きは?」という返事が帰ってきました。本当に面白いモノは、いつ誰が読んでも面白いみたいです。
・「少女漫画、だけど偉大な歴史大作。」
40才のおばさまからのコメント。私と同年代の女性の多くはきっとベルばらを読み夢中になりました。あまりにも有名なので、ベルばらを読んでいない人がいるなんて聞くと、えっホント?とこっちの方が驚いてしまったりします。でも、よく考えたらベルばらが出てから20年以上たっているんですよね。でも今年はベルばら30周年記念とかマリーアントワネット生誕から250年とかで再びベルばらブームが起きているようですね。ベルばら世代でない人もこの漫画は絶対にはまれますので、まだ読んでいない方、ぜひ、読んでみて下さい。それから、これからフランスにでも旅行しようなんて思っている人は絶対読んでから行った方が10倍ぐらい楽しめると思います。
・「壮大な物語です」
帝政ロシア時代の女帝、エカテリーナ二世の生涯を追ったドラマです。ロシアの血を一滴も持たないドイツの田舎貴族の娘…それが、幼少時のエカテリーナ。そんな彼女が野心に燃え、ロシア皇太子の妃となります。野心に満ち、数奇な愛に翻弄された人生。為政者としての並外れた器量と、理想と現実とのギャップ、老いによる精神及び肉体の変容…。
ここには、彼女の全てが描かれています。ありきたりの「偉人伝」ではありません。世界史で習うような姿はどこにもありません。どこまでも生々しく、赤裸々に一人の人間としてエカテリーナ二世は描かれています。この作品の中で、生き、悩み、そして死んでいきます。エルミタージュ美術館を創立し、国の母と崇められたエカテリーナ二世。
そして、晩年「ピンクの色眼鏡をつけている」と揶揄された女帝。野心、夢、失望、出会い、別れ…一人の人間の一生を追体験する、壮大なドラマです。気軽には読めません。圧倒的な存在感と、パワーが溢れてきますので、どうしても頭も心もエカテリーナでいっぱいになってしまいます。どうぞ、じっくり腰を据えて読んでみて下さい。
・「もっともロシアを具現した女帝」
時代は18世紀ロシア。エカテリーナII世は元はゾフィーという名の二流貴族の公女。母の出自などのめぐり合わせからロシア女帝エリザベータよりロシアに招かれる。皇太子ピョートルの妃候補として――
エカテリーナと名を改め皇太子妃になっても皇太子には生殖能力がなく、暗黙の了解で愛人との間に公子をもうけることになる。愛人への思いに悩み、傷つき、やがて、愛人との関係と自分の置かれた状況を知性と判断力で完全に分けられるようになる。ロシア帝国の宮廷においてどのように身を処せばよいか判断し、運命を待ち、また自ら運命をつくる。
エカテリーナの雌伏の時である。
彼女の知性と教養、なによりロシア人であらんとする努力、これだけでもエカテリーナは類まれなる女性である。
運命は彼女に何を与えようとしているのか?さあ、次巻である第二巻へ!
・「ロシア史への入門にも良い。」
当時高校生だった私のロシア史への扉はこの本でした。ドイツの小国の「容姿には恵まれなかった」公女が、自分の知性と努力でロシアの女帝への階段を登ります。ロシアの血を一滴も持たない彼女が「大帝」と呼ばれ、輝かしい治世を歴史に残す…あり得ないような話だと最初は思いましたが、エカテリーナという傑出した人物、その並外れた頭脳と精神力、魅力を見出だし、納得させられました。池田理代子先生の描くエカテリーナは最初は器量よしとは言えない女の子ですが、忍耐と年月を重ねるごとに美しさが増して行きます。彼女の知性と人柄が内面から美しさ、魅力を出すようになるのが分かります。あと、エカテリーナの愛人だったグレゴリー・オルローフがお役目御免になった後、放蕩している時に偶然プガチョフ一行と行動を共にする事になっちゃった、という設定が面白かったです。「プガチョフの乱」を近い視点で見る事が出来て、興味深かったです。この作品でエカテリーナという偉大な女性の軌跡を知れただけでなく、ロシアという国の歴史、風土のイメージがつかめました。
・「ストーリーとしても面白いし、歴史の勉強にもなる」
最近は歴史を題材にしたマンガが多く見られますが、本作品ほどディテールにとみ、ストーリーとしても面白く、またロシアの歴史、ひいては歴史一般に対する興味をそそるマンガはないのではないでしょうか。つまらないことをして時間を過ごすぐらいだったら、このようなマンガを読んだ方が100倍有意義に過ごせると思いました。
・「紅海を渡る瞬間」
池田理代子の歴史漫画作品は「ベルサイユのばら」に始まって「オルフェウスの窓」を頂点とし、その後はどうも暗くなりすぎ・地味になりすぎて下降気味の印象を受けるのですが、この作品は少女マンガと大人向けマンガのちょうどいいバランスが保たれていると思います。特にエカテリーナが女帝の地位に就くまでの前~中篇が面白い。あまり容姿に恵まれなかった、そのかわり知性には大いに恵まれた14歳の少女が、幼い野心をしたたかな権力闘争能力に変え、幼いときからの野望を追い続ける姿は異様な迫力に満ちています。でも戦いのなか、彼女の女としての甘い夢は、夫にも恋人にも裏切られて無残に破れていく。そういう彼女の微妙な心の揺れが描かれる作品前半がいちばん面白いです。「たとえこの恋慕の情は断ちがたくとも、この私に飽きたという男のことなど、今日から二度と再び考えるまい」「もう二度と恋に傷ついて泣く女にはならない」「決して男性を自分の世界の中心には置かない」。そして、優しくて誠実な男性から差し伸べられた真実の愛の手を拒み、「この手を離してはいけなかったのかもしれない。これは最後の扉だったのかもしれない。人間らしく、一人の女らしく立ち返るための」。 そしてエカテリーナは恋人も友人も道具として使う孤独な王座への戦いに突き進みます。いよいよ人生の賭けに出る彼女の言葉、「神よ、私は紅海を渡ります。この海を分かちたまえ」。スケールの差はあれ、どんな人生にもこういう瞬間ってあるよなあ、と受験を控えたおばかな高校生だった私は思いました。
・「時空を越えて生き続ける阿修羅王」
小学校五年か六年の時に読んで、当時は理解不明なまま、妙に納得させられた。今でも、この作品はこういう作品だという明確な説明はできないが、SF、宗教、哲学など、光瀬龍(キャプテンウルトラの監修者でもある)の多くを注ぎ込んだ作品ということができると思う。原作も読んだが、萩尾望都はイメージを損なわずにうまくまとめていると思う。
ちなみに私は、この作品を読んでから、仏像の美しさに目が留まるようになった。
・「阿修羅ってかっこいい!」
壮大な原作をまたも壮大に漫画化。スケールの大きさがまたもマッチしている。キャラがいいんだよねー。絶対的に面白いもん。でもってキリストとか実はあんな?とか楽しさがある。未来のつらーい話だけど、スケールの大きさで夢が感じられる。インテリゲンチャ的な遠い過去からのキャラ設定もぞくぞくと楽しい。テンポ良くぐいぐい引き込まれて最後は満足ー。でも、もう読み終わっちゃった?と思うとしばらくしてまた読むから手元にいつまでも。
・「期待ハズレました」
ストーリーとして、面白くないこともないけれど、仏教やキリスト教にある程度の知識のある者が読むと、仏陀、イエスの思想の深さとは全く無関係にストーリーが進むので、物足りなさ、というよりむしろ、不自然さを感じてしまいました。百億の昼と千億の夜 1 (少年チャンピオン・コミックス)
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