背信の科学者たち (ブルーバックス) (詳細)
W. ブロード(著), N. ウェイド(著), 牧野 賢治(翻訳)
「科学的主張の検証可能性、科学者による審査(ピア・レビュー)課程」「科学者も人の子、で、すまされるか」「科学史再編」「欺瞞を防ぐ3つの安全網があるという。」
科学の罠―過失と不正の科学史 (詳細)
酒井 シヅ(著), 三浦 雅弘(著), アレクサンダー コーン(著), Alexander Kohn(著)
「科学の不正は、実は科学の内在律から発する」「事実だけではなく「何故」にまで迫っている点が秀逸」
科学者の不正行為―捏造・偽造・盗用 (詳細)
山崎 茂明(著)
「レフェリーシステムと不正行為」「オーサーシップの誤用」
宜保愛子イジメを斬る!!―オカルト論争解明マニュアル (詳細)
志水 一夫(著)
UFO解明マニュアル (ちくまプリマーブックス) (詳細)
大槻 義彦(著)
「さすが!と言うほかにない」
現代日本文学「盗作疑惑」の研究―「禁断の木の実」を食べた文豪たち (詳細)
竹山 哲(著)
「理系評論家」「パクリの系譜。そこから先に進んでいないのは残念。」
アンテナ (幻冬舎文庫) (詳細)
田口 ランディ(著)
「体感小説だと思います」「とても癒されます。」「アンテナ」「めちゃくちゃ上手い」「アンテナ???」
田口ランディその「盗作=万引き」の研究 (詳細)
大月 隆寛(編集)
「集団的追及のみごとな成果!」「盗癖とは人格障害である」「わたしたちの希望まで百マイル」「確かに面白いが…」「田口ランディを読んでみたくなりました」
文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫) (詳細)
京極 夏彦(著)
「この本から読まなくてはいけません」「映画を観る前に是非」「無題」「唯一無二の作品」「「圧倒的」である事の凄味」
「うぅん…。」「結局は、京極堂の名を使った売名本?」
山崎豊子 問題小説の研究―社会派「国民作家」の作られ方 (詳細)
鵜飼 清(著)
ユダヤ人世界征服プロトコル (詳細)
ノーマン コーン(著), Norman Cohn(原著), 内田 樹(翻訳)
「名著再蹂躙」「思想誘導書」
ミシェル・ド・ノストラダムスの未来記 (詳細)
モーゼス・ベン・ヨハイ(著), 飛鳥 昭雄(著)
トンデモノストラダムス本の世界 (宝島社文庫) (詳細)
山本 弘(著)
「ノストラダムス現象とは何だったのか?」「よく考えたらノストラダムスについて何も知らなかった」
偽書『武功夜話』の研究 (新書y) (詳細)
藤本 正行(著), 鈴木 真哉(著)
「大体、原本を公開しないからいけない」「史実の一人歩き?偽書徹底批判」「内容,存在とも「どうしようもなさそうな歴史」に反抗する本。」「「生きて虜囚の....」」「これは凄い。面白いし、ためになるおすすめ本」
韓国人の日本偽史―日本人はビックリ! (小学館文庫) (詳細)
野平 俊水(著)
「韓国の大ウソを暴く快作」「ホントにびっくりしました。」「韓国人という生き物」「日韓関係をクールに見る」「上の勉強不足の教師へ」
特報世界超古代史不思議発見 (別冊歴史読本 21) (詳細)
新人物往来社
トンデモ大予言の後始末 (詳細)
山本 弘(著)
「予言がどれほどハズれたのか、ツッコミまくって笑い飛ばす!」「さすがの労作。ここまで徹底されて、このお値段はオトク。」「やっぱり批判は論理的かつ緻密じゃなきゃ」
小さな悪魔の背中の窪み―血液型・病気・恋愛の真実 (新潮文庫) (詳細)
竹内 久美子(著)
「もしかすると・・・彼女は」「興味津々」「先生・・・・・エッセイですよね,これ。そう言って下さい(泣)」「意外とマシかも」「考えが飛躍しすぎでは…」
「血液型と性格」の社会史―血液型人類学の起源と展開 (詳細)
松田 薫(著)
A型人間―血液型による性格診断 (産心ブックス) (詳細)
鈴木 芳正(著)
血液型愛情学―愛と性のドラマ・25,000人の証言 (角川文庫 (5538)) (詳細)
能見 正比古(著)
新アダムスキー全集1 第2惑星からの地球訪問者 (詳細)
久保田 八郎(著), ジョージ・アダムスキー(著)
「ストーリーとして読んでも十分ステキな心の旅ですが、実は、現実です!」「持続する意志の集中」
地球の静止する日 [DVD] (詳細)
ロバート・ワイズ(監督), マイケル・レニー(俳優), パトリシア・ニール(俳優), ビリー・グレイ(俳優), エドマンド・H・ノース(脚本)
「いつの時代も変わらない普遍的なメッセージ」「友好的宇宙人を描いた映画の元祖」「好戦的なのは地球人達‥」「音声解説も面白い」「テンポ命」
本当は恐ろしいグリム童話 (WANIBUNKO) (詳細)
桐生 操(著)
「童話というより大人むけ小説」「人間の本質がリアルに描き出されている」「読み物としては」「お勧め!」「これが真実?」
● 科学哲学
● @【 20世紀日本ミステリー・サークル関連書出版史 】―検索で見つけにくいものも集めてみました
● @【 日本語で読めるUFO入門書 】―刊行順に列挙してみました
● 読んだ小説
● 幻盗舎
● 好きな本
● @【 遺跡発掘捏造事件の深層 】―検索では見つけにくいものも集めてみました
● 大予言今昔物語集
● @偽書なの? 【 前野家文書 『武功夜話』 の世界 】―遠藤周作、津本陽、NHK大河のネタ本が!? (@o@;)
● @ブラジルの謎の予言者 【 ジュセリーノ 】 の秘密――検索では見つけにくいものも集めてみました
・「科学的主張の検証可能性、科学者による審査(ピア・レビュー)課程」
著書において、伝統的科学観として1)科学における認知構造2)科学的主張の検証可能性3)科学者による審査(ピア・レビュー)課程の3つが挙げられている。
本著書においては、ガリレオガリレイ、ニュートン、メンデル、そして我が国の野口英世といった、誰もが知る科学者の研究不成行為の可能性についてまで言及している。例えば、ニュートン、メンデルについては、自分の仮説に合うような綺麗なデータを捏造をしたのではないのか?という疑惑を解説しており、「科学における認知構造」について切り込んでいる。野口英世については、彼の指導者であるロックフェラー研究所のエリートであるサイモン・フレクスナーの弟子として、また、最も権威ある研究所の花形であるとして、欠陥を見つけ出す審査(ピア・レビュー)課程から逃れたのであると結論づけている。(実際、野口英世の研究のほとんどは現在その価値を失っており捏造が疑われているのであるが、近年、彼の肖像が千円札に用いられたり、野口英世アフリカ賞なるものが創設されるなど、日本国の科学リテラシーの無さを象徴するようなことが起こっており、ぜひ官僚や政治家の方には本書を読んで頂きたい。)
本著書の出版は1983年であり、大変昔のことであるが、現在も我が日本において、アニリール・セルカン事件という、「業績として上げている論文がそもそも存在しない」、「著者名が書き換えられている」など、科学的主張の検証可能性や、科学者による審査(ピア・レビュー)課程を巧みに逃れる不正行為が起こっている。建築学分野では新規性・オリジナリティのない研究でも学位が取れるという特殊性や、査読付論文無でも学位が取れるという東京大学のシステムにも問題が投げかけれられている。
・「科学者も人の子、で、すまされるか」
Betrayers of the Truth, 1982 の翻訳が化学同人から1988年に出版されて、20年近く。最近の事件も解説してある。ここに書かれている科学者たちのデータや論文のねつ造と改ざんは減る気配はない。そのためもあって再度出版されたようだが、多くは前の内容と変わらない。私はねつ造と改ざんの手口を知りたくて今回の本も含めすべて読んだが、手口は今でも通用する。と言うことは手口は進歩していないのである。なぜ行われるかは書かれていることに賛成であるが、今はさらに競争が厳しくなり、多くなりはすれ、減ることはなさそうだ。科学者が自分たちでチェックする機構そのものもすでに限界であろう。科学者も人の子、誘惑はある。しかし誘惑に負ければ、キャリアは一生閉ざされることを常に肝に銘じておく必要があろう。
・「科学史再編」
科学とは誤謬と歪曲と欺瞞から免れ得ない人間的行為であり、ひとつのイデオロギーである…。アメリカの花形ジャーナリストである著者が、トーマス・クーンの科学革命論を下敷きにして、豊富な事例をもとに科学史の再編を試みています。論理実証主義や進歩史観という「神話」が今なおはびこる科学界に一石を投じる本だと思います。ところで、ベストセラーになった福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』を読むと、彼の科学観が本書の影響を受けていることが分かります。20数年も前に書かれた本ですが、今でも一読の価値はあると思います。
・「欺瞞を防ぐ3つの安全網があるという。」
欺瞞を防ぐ3つの安全網があるという。 研究費申請のピアレビュー 論文の審査制度 追試。研究費は政治が働く。論文審査は権威が働く。追試はしたいが設備と人と時間がない。安全網が安全に働く保障は、科学者の良心以外にない。
・「科学の不正は、実は科学の内在律から発する」
~過失と不正の科学史という本だが、最後の方では科学史は過失と不正でないかと思えるほど、衝撃的な欺瞞を次々とあばく。注釈は細かく、例えば文系の大学生さんのレポート書きには役立つのではないか?ちなみに私は医者だが、この本を読んでしまったばっかりに大学での研究に懐疑心が生じ、野に出る決意をしてしまった。ロジカルな告発に耐性のない人は読まな~~い方がいいかも。正しい方に道を迷わせてくれた本書に星五つ。~
・「事実だけではなく「何故」にまで迫っている点が秀逸」
科学者による不正を単に暴露するのではなく、不正の種類に関する考察や、そもそも何故不正が起こるのか(研究者の名誉心、上司からのプレッシャー、研究費獲得、論文数のみによる評価等々)についてまで話が及んでいます。研究者(または研究そのもの)はどうあるべきかを考えていく際の資料としても、失敗の原因追及の態度のあるべき姿としても非常に参考になるので、理系の方は是非読んでおきましょう。ただし、ワトソン−ロザリンド・フランクリンを巡るDNA発見者問題等に触れられていないのは、ちょっとだけ不満。
・「レフェリーシステムと不正行為」
著書において、海外の研究不正行為の事例として、フィッシャー事件、ピアース事件、ヘルマン・ブラッハ事件が上げられており、それぞれの事件における各国の対応の記述など大変参考になった。我が日本においても、アニリール・セルカン事件(http://blog.goo.ne.jp/11jigen)という、「業績として上げている論文がそもそも存在しない」、「著者名が書き換えられている」など、レフェリーシステム(査読・審査システム)を巧みに逃れる不正行為が起こっており、我が国の対応が注目される。
・「オーサーシップの誤用」
データの捏造や論文の盗用は,誰から見ても不正行為である。では,助言や技術協力をしただけの人を著者に含めることはどうだろうか?本書によれば,これはギフト・オーサーシップと呼ばれ,倫理上問題のある行為である。そのような意識のない研究者は多いのではないだろうか。著者は捏造・偽造・盗用などの不正行為がオーサーシップの誤用と結びついていると述べ,特に一章を設けて,オーサーシップの誤用を糾している。科学スキャンダルの大げさな報道とは無縁と思っている研究者たちは,普段の研究活動の中に不正行為が含まれていないかと自己点検する必要があるのではないだろうか。
・「さすが!と言うほかにない」
本書の最後で、科学的事実や根拠という裏付けのない「夢やロマン」はあり得ないと著者は語っている。この地球に異星人が現れたり、謎の飛行物体を目撃したりと宇宙に対して夢やロマンを持つことは確かに情緒的にはあってもよいともおもえるが、それがウソや事実誤認によって成されるものである事に、科学者である著者は黙っていられないのであろう。UFOが写真や映像に写った例、目撃例、体験談(人体への危害や症状なども含め)、宇宙人が目撃されたという例、など詳細なリポート(本文ではファイル)に基づき、検証結果を裏ファイルと言う形式で説明している。よく「何々の裏ファイルでは・・」などといかにもUFO現象を極秘扱いにした例があるが、それらを茶化しているようでおもしろい。化学式や図式などでも端的に表しているが、わたしのような理数系超苦手な者でも文章だけ読めば理解できる内容は大槻氏の著作に良く見られる「現象」だ。本当に頭の良い人間はムズカシイ言葉など使わずとも、平易なことばでわかりやすく説明できるものなのだ、ということが大槻氏の著作から窺える。
●現代日本文学「盗作疑惑」の研究―「禁断の木の実」を食べた文豪たち
・「理系評論家」
これを書くのが遅すぎた。日本で評論家といえば軽蔑語。しかし彼は大いに違う。その生い立ちを見れば分かるとおり、独創性を生業とする理系バリバリ人間。原稿料稼ぎとしか思えない評論家との違いは一読すれば分かる。それにしても評論家の評論家が居るとはあきれた。
・「パクリの系譜。そこから先に進んでいないのは残念。」
森鴎外や井伏鱒二が、他人の日記や資料を下敷きにして自分の小説を構築しているという話を、原文と作品との比較によって明らかにした、おもしろい本。最近では田口ランディが、既存の小説やネット上の投稿などを自分の小説に大量に使っていたことが明らかとなっており、そうしたパクリの系譜を理解するうえでも役にたつだろう。
ただし、内容的に竹山のオリジナルがそんなにあるわけではない。すでに指摘されていたことを、一本の本にまとめて、原文対比までつけて見やすくしたのが本書の価値。そこに、多少の追加の掘り下げはあるし、また見やすくはなっているのだけれど、それ以上のものはあまりなく「似てるでしょう」と言って終わってしまっているため、尻切れトンボな印象。
また、谷沢永一がなぜ!か!えらく入れ込んで、30ページに及ぶ解題をつけているけれど、その中にある「文学作品の創作性を定量的に評価する新たな方法を提案」というのは言い過ぎ。「設定を使っている」「場面が似ている」といった程度のランク付けをしているだけ。また谷沢の文そのものは、すぐに精神論に堕してしまい、怒鳴る割には中身がなくて鼻白む。
作品とネタもとの対比はおもしろいので、多くの人に読んでほしい。これまでのいろんな「文豪」たちの評価も変わってくるだろう。★三つは、うーん、ちょっと厳しいかな。三つ半ってところ。
・「体感小説だと思います」
不思議な世界観とエロティックな雰囲気にものすごく惹き込まれた。前作よりも強烈で、拒絶する人とアンテナの世界に入ってしまう人の両極端ではないかと思う。この本を読んでトリップしてしまった私にとってこの本のどこに惹かれたかは読んでもらわないとわからないだろう。
《コンセント》と成り得る人、《アンテナ》を持って生まれた人というのはいるのだろうなという気になります。
・「とても癒されます。」
泥濘に落ちて行こうとする主人公が、必要とする相手を感じる「アンテナ」によって結ばれた人々に導かれ、逆境に挑んで行きます。
ストレスと抑圧と虐待によって、精神的に傷ついた人間をテーマに、独自の精神世界を描いたとても官能的なストーリーです。
現代社会にとてもマッチしています。読んでて癒されました。
田口ランディさんすばらしい。超おもしろいです。読んでみてください。
・「アンテナ」
ハード版が改訂されたとの事で文庫版も読みました。文庫版が、より文章を整理していて、読み易くなった印象でした。 兎に角、いい小説デ、読後感が形容のしようがない感覚に陥ります。
・「めちゃくちゃ上手い」
消えた妹。新興宗教にはなる母。発狂する弟。 そんな中、主人公の男はSMの女王に触れて、心の痛みを解放させていく。 癒しを激しくストレートにかいた作品。お勧め。
・「アンテナ???」
田口ランディさんの作品が好きで買いました。消えた妹と「アンテナ」というキーワードを巡って主人公の男性が開眼していくさまに共感を持ちつつも奇妙な違和感を感じさせる不思議な作品です。 自分の夢が他人に漏れる・・ そんな事がありえるのか、それとも既に誰かに自分の夢は感じ取られているのかなんて今までに発想もしなかった自分の好奇心を擽られるような感じでした。まだ田口ランディさんの作品を読まれた事の無い方にはオススメの一冊です。
・「集団的追及のみごとな成果!」
書店で表紙を見た時、ついに出た!、と喜びに胸を躍らせました。
この本は巻頭から、2002年初めにマスコミで自ら盗作を認めた田口ランディの「盗作御殿」なるものが紹介されており、追及の鋭さと厳しさに惹きつけられました。もうこれは買うしかない!、と思わずレジに本を差し出した次第です。ランディは『アンテナ』と『モザイク』の盗作を認め、幻冬舎がこれらを絶版にしました。(文庫版は誤魔化しの手を加えたマガイものなのでご注意!)したがって彼女が盗作であるか否かはすでに明々白々としており、あとはこの犯罪がどこまで及んでいるかを追及・検証する作業が待たれていたのです。
本来は盗作問題は、まず、日本ペンクラブあたりが調査して、泥棒は内部で処分や制裁を行なうべきでしょう。それができないほど機能不全に陥っており、出版社と利害を共有するメディアも口をつぐんでいる以上、疑問を持った読者・第三者が緻密で精力的な批評・追及・検証をするほかありません。私は特に田口ランディに好悪の感情を持っていないし、この人物の稚拙な文章は作家と呼ぶ資格もないと考えていますが、こうした集団的追及・検証作業には喝采を贈りたいと思います。なぜなら「いくら盗みをはたらいても出版社が守ってくれるから大丈夫。だってあたしは作家だもん」という、文壇に蔓延している安易で危険な風潮を体現している常習盗作者を、きびしく批評した成果がこの本なのですから。
日本ハム事件の時の業者の隠蔽体質も憤りを覚えましたが、やはりこの問題でも出版社や多くのメディアが盗作家をいまだに擁護していることには強い不快感と違和感を持たざるを得ません。それを打ち破ったこの本は、日本の文芸批評史に残る快挙とさえ言えましょう。
・「盗癖とは人格障害である」
一種のホラー小説として読んだ。盗癖とは人格障害だ。そして田口ランディは盗癖のある人格障害者だ。「エッセイで嘘をついてもかまわない」と平気でいう神経はもう常人にはついていけないワールドに入っている。この人は少し病院で治療を受けたほうがいいと思った。
・「わたしたちの希望まで百マイル」
キレてるわりには、几帳面。いや、几帳面なくせして、怒ってるのか・・・。どうやらある作家に疑惑があるらしい。それはとても重大なことだそうだ。世の中にかかせないことらしい。それならばとぱらぱらページをめくるが、ちょっと困る。指摘する作品を読んでないから。それはともかくとして(全然そんなことないのだが)、内容である。重大な事柄だから、みんな興奮しているのがみてとれる。はやくも筆が浮ついている。執筆者も目を輝かせながら書いたのだろう。ぐっとくるものがある。そうなのか!と言いたくもなる。はつかねずみならふりふりお尻をふるところだ。もちろん執筆者が。でもときどき困ることがある。立ち止まるのである。作家の作品を読みこんでないのだし、そもそもその作家に興味がわくほどが魅力がないのだから。作品を読まなくても「わかる」のだ。わかっちゃうのだ。そうするとぼんやりしたものがだんだん見えてくる。擬似論理と嘲ることはできないが(事態が深刻らしいので)、この出版物の体裁は嫌悪以外のなにものでもない。薄気味わるい写真をぺたぺた貼るわ、目を覆いたくなる悲しい文章を掲載するわ、あげくの果ては経歴ですか。覗きですね。週刊誌ですね。よ、名編集長!そのあまりに几帳面な編集っぷりには感動いたしましたでございまする。これを「仕事」っていうのしょうか。時代はまだまだ明るいようです。
・「確かに面白いが…」
一言で言えば,IT時代の気鋭小説家田口ランディの,盗作疑惑の数々を検証・追及した著作である.肝心の「疑惑」問題だが,私個人の印象では,本書を読む限り,田口ランディ女史は黒だと思う.特にペンネーム(ハンドルネーム?) boud rate R.A.氏 の偏執的(?)とも言える詳細な検証は出色.グウの音も出ない.逆に残念なのは,大月隆寛氏の冒頭の「ようこそジャングルへ」.村上龍や安原顕による,田口女史ヨイショの提灯持ち発言を曝しているのだが,村上龍氏らの発言の出所・初出媒体が明記されていないところがあるのが困る.こういった検証本は精度が命なのだから,細部で手を抜かないで欲しかった.この点については敢えて言おう「逝って良し」であると.
本書は,名も無き一般人同士のインターネット上でのコミュニケーションを通じて上梓に至った一冊だという.本書の存在が何を示すのかは俄かに判定し難い.インターネット民主主義時代の曙光か,マスコミという第四権力に続く「インターネット・マス(大衆)」という第五権力の成立を示すのか.
田口女史の側のリアクションも気になるところだ.騒動の顛末を生暖かく見守りたい.
・「田口ランディを読んでみたくなりました」
どこで読んだのだったか、以前、四方田犬彦が「田口ランディと赤坂真理の登場で、金井美恵子と松浦理英子は用済みになった」という趣旨のことを言っていて、それ以来、田口ランディの名前は気になっていた。でも、読まなかった。盗作騒動の話も小耳に挟む程度には知っていたのだが、その後も活躍している様子だし、ネット上での弾劾についてはウォッチしてなかったので、大した問題じゃなかったんだろうか・・・くらいに思っていた。でも、読まなかった。 そんな中、この本を見つけて、ついフラフラと購入してしまった。私はこういう週刊誌的な話がキライじゃないのだ。 しかし、正直言って読み通せなかった。厚いのもあるけど、田口ランディ憎しの熱気に当てられて、気分が悪くなってしまったのだ。罵倒、罵倒、また罵倒。「何でこの人たちはこんなに盛り上がってるんだっけ?」と、そもそもの発端を失念してしまうほど。田口も悪いかもしらんが、アンタたちも相当なモンだよ。ここまでアンチ田口で発情している様子を見ると、精神分析的な観点から、これは田口ランディよりは大月隆寛をはじめとする執筆陣について何ほどかを語っているのでは、と思えてくる(唯一、栗原裕一郎の文章は、それなりにタメになったが)。 で、今回は何か1冊、田口の本を読んでみよう思った。いや、マジで。
・「この本から読まなくてはいけません」
この本から人物の紹介が始まります、シリーズを始めて読む人は、どれが1巻目なのか迷うかもしれませんが、この本が、シリーズ1巻目なのですよ。京極夏彦氏の本を始めて読みましたが、友人にこの本から読まなくてはいけませんと教わりました。僕の評価は、面白いか、そうではないかだけで判断するので5つ星か、1つ星しかならないけど、この本の後、はまってしまって立て続けに6冊このシリーズを読んだけど、分厚さを感じさせないほどの内容の濃さが活字中毒の僕には良かった。ですからこの本から読まなくてはいけませんよ。
・「映画を観る前に是非」
言わずもがな、妖怪小説家・京極夏彦の衝撃のデビュー作。その分厚さもさることながら、内容はといえば…もう超一級・極上のミステリ。京極堂の長弁舌の中に、事件解決の糸口が必ずある。そしてその長弁舌は、複雑に絡み合ったかに見える個々の事件と事例を両断する刃ともなる。それを「憑き物落とし」という。「妄想」「幻惑」と言う妖怪を、「言霊」の力でただの一つの「現象」に変えてしまう。奇妙に見える現象も「名」を付けることによって、正体不明の化け物から、名のある一つの「妖怪」にする。「妖怪」になったソレは、もう正体不明のものではなく、誰もが共通の名で呼べる、共通の現象となってしまう。京極堂はその手法で、事件に巻き込まれた人たちの眼前から、迷妄の霧を取り払い、隠された真実を白日のもとに曝け出すのだ。そのクライマックスは圧巻の一言に尽きる。宗教、民俗学、古典文学、医学、歴史、心理学…などなど、実に多彩な雑学が盛りだくさんなのも魅力の一つ。さて、このたびこのデビュー作が映画になるとのこと。ともあれ、映画を見る前に、是非原作をご一読ください。その面白さは「ベストセラーに名作なし」とベストセラー本に背を向け続けてきたこの私が、保証いたします。
・「無題」
京極夏彦氏の作品には長編が多いです。この話は京極氏の作品としては短いうちに入るうえ、内容面を考慮してもこれから京極氏の本を読んでみようと考えている方には最適だと思います。京極氏の描くこの独自の世界観は、一度は触れておいて損は無いと思います。自分に合う合わないは別として、新しい単位の物差しを見つけた様な感覚が味わえます。あと、文章がとても綺麗だという印象を強く受けています。小説や文章の構成などに関しては全くの素人なので、ただの個人的な印象に過ぎないのですが、登場人物の心情描写のあたりの文章は特に、間や言葉が滑らかに感じられてとても好きです。
・「唯一無二の作品」
普通にミステリーの傑作というとトリックや犯人探しに独自のものがあるものをいうと思うのですが、この作品は、そういった部分よりも宗教などの人文系の学問の薀蓄で形成された世界観が唯一無二となっています。
好き嫌いは分かれると思いますが、はまる方には、めちゃめちゃはまると思います。
分厚くて辟易するかもしれませんが、そういう薀蓄話がお嫌いでなければ、あっという間に読み終えます。
面白いですよ。
・「「圧倒的」である事の凄味」
この作品は、推理小説と銘打っているがそれは「ズルイ」。謎解きの究明にいたっては「あまりにも非道い」。それでも、五つ星を付けざるを得ないほどに「圧倒的に上手い!」。
「アンフェアな謎解き」などと声を荒らげるほど私も純情ではないけれど、これを俗に言う本格推理小説と思って読んだ私は愕然とした。
これは「犯人当て」などという次元で済むお話ではないのだ。世の中に妖怪という物が存在する事の謎解きと、理論。そこには妖怪マニアの浪漫主義などを軽く越えた、圧倒的なロジック(言い換えれば「科学」)がある。
とっつきにくい衒学的な装いさえも、全てはそのロジックを支えるための見事な手段だ。もちろん、主役である京極堂のヒロイックな魅力も楽しめるエンターテイメントである!傑作!!
その後の著者の作品に溢れる「京極世界」の要素は、ほぼ本作品で堪能できるだろう。
・「うぅん…。」
京極さんの理論の出所ということで、気になって読んでみましたが、うぅん…京極さんの小説が好きな方は読まない方がいいのでは。どんな予備知識をもって京極夏彦氏がこの小説を書いたのかについて、物凄く興味があるという方には良いかもしれません。
京極夏彦氏の傑作・妖怪シリーズ(京極堂シリーズと言った方がすっきりするような気もしますが)の名脇役、榎木津探偵が何故『視える』のか?を説明する、京極堂の説明の部分の理屈(うぶめの夏参照)について、盗作だということを訴えていらっしゃる本です。確かに、その部分のみについて京極氏には津田氏の作品が予備知識としてあったのだろうということが伺えます。
しかし、少々大人気ないような気も…。京極氏が引用したのはその一部分だけでしょうに、延々書き連ねてある京極氏への訴えは、度が過ぎるようにも感じられます。まぁ正直、その榎木津探偵の『視える』ことに対する理屈がなくとも京極堂シリーズの小説は面白いですが、この理屈の出所を知りたいという方は読まれてみるといいかもしれません。その出所となる話も掲載されていますから。
・「結局は、京極堂の名を使った売名本?」
京極堂って書けば、一応ファンは気にかけちゃうね。それを狙ったのかな?でも、映画化・アニメ化される作品を書く人は凄いと思うよ。何をそんなに怒ってるのか私には意図が汲めません。
・「名著再蹂躙」
原題「Warrant for Genocide」を『ユダヤ人世界征服陰謀の神話』(以下『神話』)というタイトルでこの出版社が86年に出した本が、ちょっとだけ装いを変えて再刊。
著者ノーマン・コーンが高名で立派な学者であること、元の本が圧倒的に面白い古典的名著であることは86年刊本の方のレビューで書いたので略す。20年以上前の『神話』を絶版にして2007年に新たに出したこの本がどう変わっているかに絞ると、結論として、中身は何一つ変わっていない。相変わらず抄訳。相変わらず電波本を高らかにアピールするような下劣な装丁(邦題や表紙絵、帯の惹句など)。訳者あとがきなどがあらたに付け加えられたわけでもない。付録から章立てからなにから本当に全て『神話』と同じである。
『神話』をすでに持っている人なら買い直す必要は全くない。そして、この名著を再び救われない形で売る出版社への幻滅に『神話』よりさらに星を減らして星三つ。
・「思想誘導書」
嘗て80年代に出されたバージョンを読んだ事があるが、要するにアシュケナジー系ユダヤ人がナチスの行ったポグロム政策の決定的な方向付けに拍車を与えたのが”シオン長老の議定書”と呼ばれてきた偽書であると、世界に蔓延るアカデミックな人民に信じ込ませる為の予防薬である事が徹頭徹尾、全編に読み取れる代物。 思わせぶりな世論誘導の書であると共に、これが一般的な世の正論であるが如くに捲し立て件の書を”紛れも無い偽書”として印象づける作為に溢れた”シオン議定書”の内容を一知半解のままに停め、二度とこの問題に近づけないようにさせる為の言葉に終始するばかりか、実は”シオン長老の議定書”の内容は編集され、一部しか載せられていない。
お分かりだろうか、この紙屑が出版された意義がどこにあるのか。当然、読む価値は、ある。
だが、このようなものを買ってはならない。
・「ノストラダムス現象とは何だったのか?」
ある年代の人間にトラウマを与えた「ノストラダムスの大予言」。1999年もとっくに何事もなく過ぎてしまった現在だからこそ、あの現象を振り返ってみる価値はあるだろう。なぜなら、この本を読む限り、ノストラダムスに代わるものはこの世に出現する可能性は高いことが推測されるからだ。
この本ではノストラダムスの予言を解読したと主張する様々な本を紹介している。とにかくどれも我田引水で無理な解読である。あまりにも無理なのでついつい笑ってしまう。しかし、このようなものに対して「笑う」という態度をとれない人が現にたくさんいるのだ。なぜこのような本を真に受ける人がいるのか、結局恐怖の大王とは何だったのか、この本を手掛かりに考えていただきたい。
・「よく考えたらノストラダムスについて何も知らなかった」
1999年に世界が滅びるとされるノストラダムスの予言。この予言がいかにいいかげんなものであったかを思い知らされました。
よく考えたら、ノストラダムスについても、その予言についても、あまりにも無知でした。
・「大体、原本を公開しないからいけない」
昭和34年に伊勢湾台風で家屋が損壊し、偶然発見された『武功夜話』等であるが、原本を全く公開せず、古文書の研究に関して全くの素人である所有者(御当主)の弟(吉田蒼生雄氏)が現代語訳した物で信憑性に欠ける。その『武功夜話』等を何の検証もせず、全幅の信頼を寄せて出版した、新人物往来社の責任も重大であるし、それらを無条件に信用して小説を発表した、遠藤周作氏・津本陽氏・秋山駿氏・堺屋太一氏と大河ドラマにしたNHK、それらに疑問を抱かず賞賛した瀧喜義氏・松浦武氏・小和田哲男氏・河合正治氏などの大学教授も、全くもって無責任である。また小島廣次氏・勝村公氏・名古屋大学教授三鬼清一郎氏などがが疑問を呈して、三鬼氏とTV東京の「なんでも鑑定団」で有名な愛知文教大学教授の増田孝氏が、原本を調査した際も貸出はされず、自宅内での調査しか出来なかったとの事で、御当主自体が協力的ではなかった。その後、小和田哲男氏などが参加した、2005年の家系研究協議会で原本のコピーを公開されているが、それ以外への貸出や公開は一切されていない。こう云った文書などは、江戸時代「寛永諸家系図伝」・「寛政重修譜」「藩翰譜」とか大名・旗本・御家人が自分の家の系図を幕府に提出しなければならなかったり、浪人が仕官をする為に系図が必要だったりして、「系図師」と呼ばれる仕事師が沢山居たらしく、司馬遼太郎氏も短編や随筆に書かれているが、自分の家の箔を付けたい人が利用したらしい。文書(先祖書)と系図のセットと云うのがかなり怪しい。最近でも勝村公氏が「武功夜話」異聞と云う本を出版されているが、当主の吉田龍雲氏からも何の反論も無い。また小和田哲男氏が「日本歴史」2008年8月号で(偽書疑惑)について反論しているが、肝心の原本が公開されて、それぞれ違う分野の複数の研究者が検証しなければ何の意味もない。新人物往来社も、現在『先代旧事本紀』の偽書疑惑の検証を2号に亘って行っているが、自社が出版の先鞭を切った、肝心要の『武功夜話』の検証をする責任の方が、大事ではないのでしょうか。
・「史実の一人歩き?偽書徹底批判」
昭和34年愛知県を襲った伊勢湾台風のため、崩れた旧家の土蔵から発見された「前野家文書」(武功夜話)の真贋を問う著作。
当初はあまり知られていなかった同文書だが、NHK「歴史への招待」での放映、昭和62年「武功夜話」の刊行などにより、歴史的大発見として評価されていく。著名な大学教授の賞賛、有名作家による前野家文書(武功夜話)を下敷きとした小説の出版が次々になされ評価は高まる。遠藤周作「反逆」「決戦の時」「男の一生」、秋山駿「信長」、堺屋太一「秀吉」、津本陽「下天は夢か」などだ。NHK大河ドラマ「秀吉」「利家とまつ」においても武功夜話が下敷きとなっている。
しかし、同文書には数々の疑問が指摘される。史実と矛盾する記載、同文書内で互いに矛盾する記載、同文書が成立した時代には用いられなかった言葉や表記法などが散見されるからだ。昭和になってからできた地名、明らかに軍隊教育の影響による表現「(生きて)虜囚の・・・」など、戦国時代にはありえない表現も散見される。原本が公開されないことも、疑義に輪をかける(所有者は武功夜話の編者)。
こうしたことから、著者は武功夜話を含め、前野家文書を“偽書”であるとする。そして、「武功夜話」の成立年代は、明らかに明治以降であり、しかも昭和29年以降の可能性も指摘する。
本書を読む限り、「武功夜話」は、偽書として限りなく黒に近い灰色である。早く所有者が原本を公開し、研究者による徹底調査が行われることを期待する。
・「内容,存在とも「どうしようもなさそうな歴史」に反抗する本。」
難しそうなタイトルだが,テーマは,NHKの番組や有名な小説,はては新聞記事の根拠となっている書物は,まったくのでっちあげである,というもの。とりあえず,歴史に興味のある人は読んでおくほうがいいかも。でも,この本,読み始めるとおもしろい,そして,なぜ,みんな簡単にこんな偽書を信じてしまうのか,だんだん疑問になり,最後は間違いを間違いといわず歴史をねつ造し続ける人や組織に腹が立つ。でもまあ,そういうものが歴史であると,教えてくれる本でもあります。あまりにも多量の悪貨の中にあって,このような良貨が駆逐されないことを祈ります。
・「「生きて虜囚の....」」
著者の史料批判は実に的を射ている。噴飯ものの連続に、一部分しか読んでいない私には、これまでの偽書とはまったく別物であったことをお教え下さった。奴隷狩りもあった中で「生きて虜囚の....」はまさに最終執筆期を教えてくれる。「であるか」という信長のセリフもこの偽書に基づいているため歴史ファンのすべての方にお勧めする。氏の歴史考古学に対する厳しさは、一度だけご一緒に発掘に参加した経験で感じましたね。
・「これは凄い。面白いし、ためになるおすすめ本」
戦国から江戸初期を舞台にした歴史小説では、『信長公記』と『武功夜話』が、頻出資料の両巨頭といっても言い過ぎではあるまい。次点は、せいぜい『日本史』『甲陽軍艦』『三河物語』あたりや、『ザビエル河童説』などの民明書房の優れた文献群ぐらいである。(一部に記憶違いがあれば許して欲しい) さて、本書は、頻出資料両巨頭の片割れである『武功夜話』が、実は偽書なのだということを、かなり強力に、実証的な考察を交えながら解説してくれる、とても貴重な一冊である。
墨俣の一夜城、三段撃ち、武田の騎馬軍団、鉄甲船、こういったパーツは、時代小説を面白くする断片の一つではある。フィクションとして考えるならば、説明扶養のイメージを喚起する意味でも価値がある。しかし、いったいどこまでが史実なんだろう、という素朴な疑問を抱かせるのも事実である。
少なくとも、その程度にしか認識していない一般読者としては、『武功夜話』が、専門家にとっては偽書というのが常識だとは、ついぞ知らなかった。私は、初めてそのことを耳にするや、猛烈に興味を持った。そして解説を探しているうちに見つけたのが本書なのである。
結論として、『竹内文書』などよりはハジけ過ぎたりはしていないが、それゆえ本当っぽく、挙句に著名な知識人がお墨付きを与えてきたことで、過剰なまでに信憑性が誇張され、一般に流布してしまったことが分かった。少なくとも事実を大事にする文脈からは、かなり悪質な疑似歴史科学の範疇になると判断せざるを得ない。
本書による、『武功夜話』のデバンキング(偽りを暴くこと)は、出所の怪しさ、純粋な論理的推論だけでなく、『武功夜話』よりも後代についた地名を、うっかり使っていることの実証なども交えており、かなり強力だ。そして、真相の解明は、それだけで十分に面白い。そういったわけで、もし史実に興味があるならば、本書は圧倒的におすすめである。
・「韓国の大ウソを暴く快作」
素晴らしい!韓国の大嘘を暴いた快作!作者は「日本書紀や万葉集は百済語の漢字音で書かれている」という論文を韓国で発表して韓国『朝鮮日報』で絶賛されて博士号を獲っただけあって、その博士号論文と正反対の内容を日本で本にしたわけですね!日本と韓国での言を使い分けるバランス感覚を垣間見ました。
日本と韓国はフクザツな関係があり、なかなか良好な関係が築けません。日本では韓国を手厳しく批判したり別のペンネームで友好本を書き、韓国では道化な日本人役としてテレビに出ることで両国民を喜ばせてくれる作者は日韓関係のシンボル的存在です。一部の不心得な日韓両国民が作者を互いに自国側の友好人士だと誤解するのは残念です。
正体不明の評論家たちが跋扈する日韓関係の虚構性を知るうえで、本書は重要な参考資料となるでしょう。続編を楽しみにしております。
・「ホントにびっくりしました。」
韓国人の内面には、私たちには計り知れない何かがあるのだと思い知らされました。気になって仕方が無いアノ子の家まで付いて行ったり、数分置きにメールを送ったり、そんなメンタリティを感じます。
・「韓国人という生き物」
多分、日本人で外国人(韓国人)と縁のない人にはわかりずらい事と思うが、日本など世界的に名が知れてるメジャーな国は評価されたり批判されたりで話題の中心になる事が多い。注目、評価、話題になる事で日本人の自尊心は満足される。でも、韓国の様に世界的に見てマイナーな国の人達は自尊心が満足される事が少ない。韓国人の事をよく理解している人はわかると思うが、韓国人は自尊心を満足させる為なら嘘でも平気でつくし、根拠のない事も平気で言う。韓国人は自分の自尊心を満足させる為に、自分達は日本人より偉いんだ!!日本文化は韓国がルーツで、全部自分達が教えたと言い続けるしかない。歴史を持ち出すのは大昔の事なので歴史的事実が本当の事かどうか確かめようがない。言った者勝ちだからだ。こういう事を言うと韓国の事をよく知らない人から、それは韓国人に対する偏見だと言われる事が多い。でも、実際、日本人を始め、その他の国の人々で韓国を知れば知るほど韓国の事が嫌いになる人が多いのはなぜか?理由は韓国人の次元の低い話に付き合わされるのにあきあきしてるからじゃないですか!?日本人はいつまで韓国人の次元の低い話に付き合わなくてはならないのか?野平さんの普段の苦労が忍ばれる。
・「日韓関係をクールに見る」
こと日韓関係の議論となると、熱血漢の韓国人はもちろんのこと、日本人までもが、売られたケンカは・・・という感じで激昂し、薄汚い暴言の応酬になることが多い。
この本の方法は、韓国人の主張を冷静に、かつ論理的に検討し、その真実部分は評価し、虚偽部分を指摘するという、まったくの正攻法なのだが、これほど公平なスタンスで、日韓両国を批判した本はいままでなかったのではないか。議論は相当細かいが、読みにくくはない。
なかでも、多くの「偽史」が、植民地下の朝鮮を懐柔するために日本により活用され、それが今では逆に韓国人に利用されているという話は面白かった。
・「上の勉強不足の教師へ」
1602年に明が作った「乾輿萬國全図」という地図にはっきりと「日本海」とでている。明の属国朝鮮ともな!
・「予言がどれほどハズれたのか、ツッコミまくって笑い飛ばす!」
「1999年7の月、恐怖の大王は来なかった!それから1年……」著者はノストラダムス研究者達が、どれほど予言をハズしまくったのかを検証して、ボッコボッコに笑い飛ばしてくれます。
この本は『トンデモノストラダムス本の世界』の続編ですが、前著で紹介しきれなかった予言者達や、1999年7月を前にしたあの騒ぎの一部始終が収められています。「なぜ今さらノストラダムスを?」と思うかもしれませんが、予言がハズれた後だから、あの馬鹿馬鹿しい騒動を思い出すことに意味があるのでしょう。著者は、人間が歴史上何度も同じような予言に惑わされ続けてきたことを指摘してます。そしてその失敗をもう繰り返さないために、この本を著したそうです。ノストラダムスに興味があった方にも、そうでない方にも、かなり楽しめる一冊だと思います。
・「さすがの労作。ここまで徹底されて、このお値段はオトク。」
とにかく巷に溢れかえった「ノストラダムス」本と、さらに映画やらCMやらアニメやら、えぐりまくった「解説書」。世間の「解読」がいかにいいかげんだったか、ここまで白日の元にさらされると、身も蓋もないというか。なんせ「1999年7の月」には私達が脅威に感じるようなことは何も無かったわけで、「核戦争だ」「小惑星の激突だ」「オゾンホールだ」「イスラム軍の侵略だ」とあれこれ言ってた「解釈」はぜ~んぶはずれたわけです。そこらへんをひとつひとつ解説してくれるのが本書です。しかも著者はフランス語で原典に当たって歴史的背景とともに解説しますので、「だじゃれ」「読み替え」的解釈とは、比べようがないです。「ノストラダムスの大予言」におびえていた方々は、この本で「総括」しま!しょう。でも何より、わたしとしては、ここで「あげつらわれた」諸著作の著者の方々の「反論」「再解釈=予言」を期待したいです。そしたら、また楽しめるし。
・「やっぱり批判は論理的かつ緻密じゃなきゃ」
くしくも著者が語るとおり活字になっていることは正しいことのように受け取ってしまう人多いんですよね。
ちょっと考えればわかるんですよ。本だって誰か人間が書いたものなんだから正しいかどうかは書いた人の能力や姿勢(意図的に嘘を書く人もいるので)次第だなんてことは。
ノストラダムスで典型的なのは孫引きどころか
ひ孫引きの解釈書 予言書? の多いこと。
伝言ゲームやればすぐにわかるのに。間に人を挟んだときに情報が如何に曲がるかなんて。
まして原文はフランス語でしかも中世でさらに方言がまじっているわけでしょ。そんなの日本人に正確な解釈が簡単にできるわけがない。
著者の感心させられるとこは
それをきちんと裏づけとって実証してくれてること。反論や批判の側のデータっていいかげんなことが多いけど著者の場合は別。よくぞここまで学ばれてるなあと。
情報論の入門書としてもありだと思いますよ。もちろん痛快に笑って楽しむのも結構でしょう。
●小さな悪魔の背中の窪み―血液型・病気・恋愛の真実 (新潮文庫)
・「もしかすると・・・彼女は」
この様なものの言い方は著者に非礼なことは充分に承知しているつもりなのですが、もしかするとわれわれは、とてつもないスケールの人物を「身近なところに迎ている」のかも知れない・・・
彼女のものはいつも楽しませてくれる、今回も、そそるようなタイトルとは裏腹に後半で晩年の今西錦司を登場させ、人類の未解決課題「進化」
について触れて、ダーウィン派と京都派(!)とのブリッジを予見する下りは、梅棹忠夫の「文明の生態史観」を彷彿とさせるものがある。
「進化」未解決課題に決着を付ける世紀の人物は、ウェッジウッド家の末裔と西陣織の末裔とのその又弟子共から排出されるケースが濃厚で、もしかすると他ならぬ彼女かも知れない・・・今のウチに、サイン会が
有ったら著
・「興味津々」
本の内容、信憑性については賛否両論分かれるところだと思いますが、自然科学への興味の一歩になるし、著者も一番それを望んでると思います!正しい、正しくないは置いといて、楽しく読めて自然科学に興味が湧き、ワトソン・クリックの遺伝子の本を読んだり、わくわくしました。今全書読破して、参考文献に挙げられてる本を読んでます。
・「先生・・・・・エッセイですよね,これ。そう言って下さい(泣)」
病気と血液に関連があり,病気に強いO型は社交的になるのだとする考え方,それはそれで面白いのだが,“O型が社交的である”ということの真偽についてはあまり突っ込まれていない。要するに,現象をすっ飛ばして,メカニズムの説明に突っ走っているのである。全体的に理論先にありきの書き方である。 男の格好良さと寄生虫,女の肌の白さと皮下脂肪,血液型と病気の関連も確かに面白い。しかし,数ある特性の中でそれらが淘汰の中で優位に働いたことに関しては,かなり無理矢理に説明している。いや説明というよりは,“現象の無視・歪曲”である。例えば,肌の白さと皮下脂肪(安産に重要)の関連を強調し,だから肌の白い女を好む遺伝子が生き残ってきたという主張を散々繰り返した後,黒人の場合は,それよりも紫外線からの防御が大切だから,黒人の場合は黒い方が美人とされるのであるという。このような説明方略を用いておれば,何とでも言えそうである。 他にも,長生きした画家や生物学者を並び立てて,画家と生物学者は長寿であると結論づけている部分など,はっきり言って,口をポカンと開けてしまった。およそ理科系らしくない推論である。 しかしまあ,これはエッセイである。そう,エッセイなのである。仮にも竹内先生のご著書である。 だから,いい本だったということにしておく。
・「意外とマシかも」
血液型と性格に相関があることを明確に示す、と最初に書いている。どんなトンデモな理論を持ち出してくるのだろうかと少し期待した。言霊もクオリアも出てこなくてがっかりだ。科学者としての中立性を保とうとしているのだが、そこかしこに自分の考えへの偏重が散らばっている。本書の内容を信じるのなら、一応血液型と性格に相関がないわけではない。統計処理によって一応の相関を見いだしている。ただし、巷で騒ぎまわっているような意味は全くない。血液型に関しては前半の半分くらいで、残りは免疫学に関する話。前半とは相当内容が変わるが、著者の血液型信仰をサブリミナルのようにほのめかす。著者が本書を書いた意図が読めない。
・「考えが飛躍しすぎでは…」
「血液型が実は本当に性格に関係している」など面白い内容がたくさんかかれていてすいすいと読むことが出来ます。文章も平易で,生物を学んでない方にとっても読みやすいと思います。しかし、どうも著者は毎回はなしを飛躍させすぎていて「本当か?」
と、疑いたくなる時があります。直感だけではなしを進めているような部分もあり、この本はいまいちだと感じました。
一度,進化のことを学んだ方であれば、この著者が言っていることが正しいかそうでないかを見抜けるので楽しく読めると思いますが,まったく進化について知らない方がこの本を読んで、書いてある内容を鵜呑みにしてしまうのは問題があると感じました。
・「ストーリーとして読んでも十分ステキな心の旅ですが、実は、現実です!」
この情報を立証するために、J・Fケネディが、アポロ計画を実現させようとしたという現実があるくらい、クル内容です。(ケネディは、アダムスキーに全米のすべての軍事基地にフリーパスにさせていたぐらい信頼し、政策まで、アダムスキーにアドバイスしてもらっていた。アダムスキー本人は、もともとのちに、個人的に国連に席まで持った人だったけど。)(キリスト、カトリック教の方なら、ローマ法王が、アダムスキーに感謝メダルを与えた事を、知ってる方もいるのでは?)
そのアダムスキーのファーストコンタクトストーリーです。
文章を読んでわかるのは、アダムスキーがほんとに一般人だな、と思わせる文体なのが、親近感を感じるほどですが、
実は、暖かく、誠実な、内面の持ち主で、見習うべき忍耐力を持っていることが、一番、彼自体を表していて、彼のスゴイところですね。
そしてこの本で、あなたも、スペース・ピープル(本物)に、書面で会えます!
あなたなりに、彼らを感じてみては、いかがでしょう?
・「持続する意志の集中」
1954年ごろにベストセラーになった本の翻訳です。ほぼ日本以外では新本では入手できない状況です。唐沢俊一さんの本「新・UFO入門―日本人は、なぜUFOを見なくなったのか」のなかでアダムスキーはすでに過去の人である、問題にされなくなっているという記述があります。しかし本当でしょうか。アダムスキーが生きたある時期に「空飛ぶ円盤」ブームがあり、それに乗った話を書いたというところに、多少、疑問のところがありますが、アダムスキーはその物語の中に核実験の危険性や反戦への意志を表示しています。そして1965年に亡くなるまで自説の通りに活動したのです。その意志力は評価するに値すると思います。集中した意志で、自分の目標に向かうという、持続的な強い意識の集中点をもって行動した人であり、元の話の真偽などどうでもいいと思わせるくらい徹底的に演じきったというところにアダムスキーの非凡さがあります。愛、友愛、平和、これらを実現するには持続的な強い意識の集中点をもたなければできることではありません。まだまだアダムスキーの著作集には見るべきところがあります。見るべきはその中に含まれる情報ではないのです。情報はもうすでに科学的に検証された事実を基礎にした常識とあわなくなっています。他の惑星の都市が地下に移動したと主張したところで無理があるのは明らかです。持続的な強い意識の集中点、これこそ見るべきところです。
・「いつの時代も変わらない普遍的なメッセージ」
この映画が製作されたのは東西冷戦下の1951年。政治的にこの映画を観るならば、全体主義への強い批判が汲み取れる。
・「友好的宇宙人を描いた映画の元祖」
50年代SFでは、「放射能X」「禁断の惑星」と並んで大好きな作品。
それまでのSF作品に登場する異星人といったら、ウェルズの「宇宙戦争」よろしく、侵略型宇宙人ばかりだったところ(確信はありません、別に当時のSFを読み尽くした、観尽くしたわけではないので、間違ってたらごめんなさい)、穏和な宇宙人クラトゥが登場するという設定は、(現在では珍しくもなんともありませんが)当時としては画期的なことだったという事を、先ずは鑑賞前に頭に入れていて欲しいです。
ストーリーの展開としては、争いの絶えない地球人に対して警鐘を鳴らそうとする異星人クラトゥ、しかしその強大な力を恐れた地球人たちは・・・
という、「王道だな」と現代人ならば思ってしまう展開なのですが、その王道と思われる作品の基礎を作ったのが、(私の知る範囲では)この「地球の静止する日」だと考えれば、これ以降に作られた作品にいったいこの作品の模倣が何本あるでしょう?更に言うなれば、果たしてその中で、この作品を超えるような作品がいったい幾つあるでしょうか?私にとって、その手の作品の中でこの作品を超えたと思えるような作品には未だかつて出会った事がありません。
・「好戦的なのは地球人達‥」
初めてこの作品を観たのは、確かTVだったと思うがそれまでのSF作品が地球人達を迫害する、宇宙人が当たり前の設定だった時代にこの作品は全く逆‥。好戦的なのは地球人達で、争いを止める様に問いただす宇宙人(クラトゥ)。 地球人達は自分達以外の存在を脅威に感じクラトゥ達の提案に耳を貸さずに地球から排除しようとする‥。制作された時代を反映しているのか、(米国とソ連の関係?)アウトサイダーは絶対排除!みたいな考え方は本当に愚かで情けない!その好戦的な地球人達に力を示す為、クラトゥ達は地球を静止させようとする‥。 昔の作品なので、クラトゥ達の円盤や着ぐるみみたいなロボット(ゴートだったっけ?)は今見るとセコい造りなんだが、作品のテーマは古さを感じさせるどころか、今の時代だからこそ考えさせられる奥の深い題材です。 どうして人間達は、ああも好戦的で愚かなんでしょうか?この作品が制作された時代から、変わってないどころかますます愚かになっているみたいです! この作品を観てもう一度、自分達を見つめ直して欲しいです‥。
・「音声解説も面白い」
米ソ冷戦と核戦争の危機の時代を反映した傑作SF。一見、特撮などほとんどないように見えますが、音声解説(ロバート・ワイズとニコラス・メイヤー)を聞くと(というか、字幕を読むと)、なにげないところにけっこう合成を使ったり、いろいろ工夫していることがよくわかり、驚きます。今見ても、チャチな感じがしないのは、脚本や技術がしっかりしているからでしょう。俳優の演技もすばらしいです。映画「テルミン」にもこの映画は出てきましたが、テルミンを使った音楽もいい。ジム・キャリーの「マジェスティック」にも出てくるけれど、こっちはテーマ的につながっています。
・「テンポ命」
「派手なアクションやスペクタクルシーンはないよ」と聞いていたから、買ったはいいけど見てませんでした。でももっと早く見ればよかったです!これだけ古い映画にしては驚くほどにテンポがよいんです!
古い映画は、味はあるけど冗長で、心地よい眠りに誘われる事が多いのですが、この映画はドラマがポンポン展開してくれるので、まばたきする暇もありませんでした。作品のメッセージも今でも十分有効で、心に痛く響きます(50年経っても人間の考えは進歩してない!)。
・「童話というより大人むけ小説」
純真な子供向けの童話が、毒はあるが高級な大人向けの小説に見事に変身を遂げている。深みのある心理描写や、普段はさりげない外見の下に隠されている人間の本質を鋭く問いかけているあたりも、かなり読み応えがある。
・「人間の本質がリアルに描き出されている」
ここまで売れた本に、今更付け加えるものもないという気もするが。残酷さやエロティシズムといった面にばかり気をとられ、つい見逃してしまいがちだが、当時の社会状況を背景に、人間の愛やエゴや憎しみの本質がリアルに描き出されている。童話のシンプルなストーリーのなかにはもともと、このように様々な読み取り方が出来る要素があるのだと思う。目からうろこが落ちるような思いにさせられた。
・「読み物としては」
グリム童話をより原作に近く、強烈な表現を特に強調した本です。
色々と非難を受けている様ですが、関連知識の無い自分には面白かったです。ある意味では人間の本質を垣間見られるようなヨーロッパの社会的風習や現実的な心理が生々しく描き出してありました。
関連書籍を読んで、専門知識のある方にはつまらないのかもしれませんが、
純粋に「読み物」として読んだ感想としては非常に面白かったです。
・「お勧め!」
私は小6のときにこの本に出会いました。元々ヨーロッパの昔話やグリム童話やお城の話などが好きだったのと、調度年頃的に性的な事に関心がわく年頃だったため非常に興味深くこの本を読めました。ヨーロッパ文学等に詳しい方にはもしかしたら物足りないのかもしれませんが、時間つぶしや、何か読みたい!って時に何も考えずに読むと楽しめると思います。
・「これが真実?」
これを読んだら、もう児童向けの童話を読んでも素直な気持ちにはなれないでしょう。エロティックでグロテスクな「グリム童話」の真実、知りたくありませんか?
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