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▼歯科技工管理学(教養・社会学)3:セレクト商品

大槻教授の最終抗議 (集英社新書 467B)大槻教授の最終抗議 (集英社新書 467B) (詳細)
大槻 義彦(著)

「大槻教授よ土俵を降りるな!!!」「反オカルト科学者が必要とされている」「現代社会に必須」「非科学・エセ科学と戦わずにはいられない大槻義彦教授の理由」「大槻教授の意外な側面」


暴走する脳科学 (光文社新書)暴走する脳科学 (光文社新書) (詳細)
河野哲也(著)

「斬新な哲学的・倫理学的議論はない。しかし、中庸な考えも必要です。読んでおくべき本です。」「タイトルと内容の乖離」「全ては、あなたの脳のせいなのか?」「タイトルに品がないが、良書。」「脳科学とは何なのかを考える良書」


できそこないの男たち (光文社新書)できそこないの男たち (光文社新書) (詳細)
福岡 伸一(著)

「これは本物、二番煎じではない出来栄え...」「弱くはかなきもの、それは男。」「文系派科学者のジレンマ」「弱きもの、汝の名は男なり」「DNAには不思議がいっぱい。」


これから学会発表する若者のために -ポスターと口頭のプレゼン技術-これから学会発表する若者のために -ポスターと口頭のプレゼン技術- (詳細)
酒井 聡樹(著)

「初心者の痒い所に、手は届いたか?」


これからレポート・卒論を書く若者のためにこれからレポート・卒論を書く若者のために (詳細)
酒井 聡樹(著)

「書き出さなければ、始まらない。」「他のレポートの書き方の本に比べて」


これから論文を書く若者のために 大改訂増補版これから論文を書く若者のために 大改訂増補版 (詳細)
酒井 聡樹(著)

「初学者は必携。」「タイトル通りの本でした」「実践的」「駆け出しの研究者にお勧め!」「論文執筆のモチベーションが高まりました。」


論文捏造 (中公新書ラクレ)論文捏造 (中公新書ラクレ) (詳細)
村松 秀(著)

「ジャーナリズムの模範」「科学界の問題を徹底解剖」「論文捏造だけに収まらない話」「シェーンはいったいなぜ捏造を犯したのか?」「サスペンスのような実話」


先生はえらい (ちくまプリマー新書)先生はえらい (ちくまプリマー新書) (詳細)
内田 樹(著)

「内田樹の本領」「一気読み!」「内田カーに乗って」「恋愛と教育は誤解の上に成り立つ」「「先生がえらい」のではなく「えらいと思った人が先生」」


小説 鶴彬―暁を抱いて小説 鶴彬―暁を抱いて (詳細)
吉橋 通夫(著)

「川柳人・鶴彬(つるあきら)の生涯」


ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック)ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック) (詳細)
岩間 輝生(編集), 坂口 浩一(編集), 関口 隆一(編集), 太田 瑞穂(編集)

「読み物としておもしろい」「英文解釈のような丁寧な作り」「評論文を読み解くにあたって」「『ちくま評論選』同様、大学入試出題文から」


多読術 (ちくまプリマー新書)多読術 (ちくまプリマー新書) (詳細)
松岡 正剛(著)

「セイゴオ流多読術の公開」「セイゴオさんの本の読み方」「松岡正剛が語る、読書「道」。」「「本を読む本」の先」「読書の奥深さを実感できる一冊」


わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書) (詳細)
西林 克彦(著)

「なにより怖さがよくわかります」「全体の雰囲気を打ち破って部分を深く読むことこそ読解力の基盤」「文章を深く読みたい人にお奨めの本です。」「全く新しい観点の本」「わかってみたい」


時そばの客は理系だった―落語で学ぶ数学 (幻冬舎新書)時そばの客は理系だった―落語で学ぶ数学 (幻冬舎新書) (詳細)
柳谷 晃(著)

「数学に対する意識を変えた一冊!」「面白い。」「肩肘張らずに数学が学べる」「文系でも十分読める!!」「みんなにオススメ!」


奇跡のご当地ヒーロー「超神ネイガー」を作った男~「無名の男」はいかにして「地域ブランド」を生み出したのか~奇跡のご当地ヒーロー「超神ネイガー」を作った男~「無名の男」はいかにして「地域ブランド」を生み出したのか~ (詳細)
海老名 保(著)

「人生を成功させた男の物語」「小さい「から」強い、マーケット深掘り戦略」「ご当地ヒーローを作り上げた男の「思いの丈」全面展開」「ローカルヒーロー成功への手引書ではない。」「生き方の本」


負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫)負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫) (詳細)
野村 克也(著)

「珠玉の経営エッセンス集」「野村克也の目線」「プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代」「まさに有言実行!」


負けに不思議の負けなし〈完全版〉 下 (朝日文庫)負けに不思議の負けなし〈完全版〉 下 (朝日文庫) (詳細)
野村 克也(著)

「プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代」「まさに有言実行!」


野村主義野村主義 (詳細)
野村 克也(著)

「さすが野村監督!」「人間主義!」「野村克也の現役監督続投宣言」「これも素晴らしいい一冊です!!!」「闘い続ける衝動」


安全と安心の科学 (集英社新書)安全と安心の科学 (集英社新書) (詳細)
村上 陽一郎(著)

「人間のミスを防止することを考えます。」「「安全」と「安心」の?/「安全」の科学入門」「安全と安心を原点から科学した本」「安全・安心について、科学史・社会史的に書かれています」


医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか?医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか? (詳細)
尾藤 誠司(著)

「話が通じない二人 医師の作られ方/患者の出来方」「何かギクシャクした医療を風通しの良いものにしてくれる可能性を見つけることが出来る本」「面白く読める本ではありますが」「モアイは著者達そのものだ」「医師アタマは誰」


町医者が書いた哲学の本―正しい頭の使い方町医者が書いた哲学の本―正しい頭の使い方 (詳細)
三浦 由太(著)

「これはおもしろい」「真理の掴み方」「特に若い人に勧めたい」


物理学と神 (集英社新書)物理学と神 (集英社新書) (詳細)
池内 了(著)

「方程式-神=神への挑戦」「神と物理学に投影する人の営み/大人のための物理学チョイ入門」「無知と知の境界線」「哲学的物理学入門」「入門書としては優れもの。」


歯科臨床研究の統計ガイド歯科臨床研究の統計ガイド (詳細)
医歯薬出版


大人の時間はなぜ短いのか  (集英社新書)大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書) (詳細)
一川 誠(著)

「時間とは結局、個々人の頭の中にしか無いのだろうか」「熟練審判でも、オフサイドの誤審をしてしまうことがある」「結局のところ、解はないのだが」「なぜ短くならないのかをかんがえるのもおもしろい」「短いと感じる「錯覚」は、知識があっても回避されない」


理系のための「即効!」卒業論文術 (ブルーバックス)理系のための「即効!」卒業論文術 (ブルーバックス) (詳細)
中田 亨(著)

「初心者と多忙の学部指導教員の救いの神」「理系の3年生,今すぐ読もう!!」


宝塚式「美人」養成講座-伝説の「ブスの25箇条」に学ぶ「きれい」へのレッスン宝塚式「美人」養成講座-伝説の「ブスの25箇条」に学ぶ「きれい」へのレッスン (詳細)
貴城 けい(著)

「歴史のフィルターを生き残った自分の育て方「宝塚の25箇条」」「キレイ!!」「ほんとうに・・・」


▼クチコミ情報

大槻教授の最終抗議 (集英社新書 467B)

・「大槻教授よ土俵を降りるな!!!
大槻教授がオカルト批判の土俵から降りてしまったら誰が後を継ぐのか?氏にはこの世にはびこるオカルトを批判し始めたこととオピニオンリーダーとしての責任がある。本書はその経緯などを綴っているのだが、それらが表題とのギャップとなりあまりに物足りない内容とおもえてしまうのだろう。だがそれらは氏の科学にたいする真摯な姿勢に他ならない。たぶん本当に最終の抗議ではないだろうが、これからも世にはびこる「ウソ」を我々凡人にかわって暴いてもらいたい。

・「反オカルト科学者が必要とされている
「最終抗議」という題名から断筆宣言か?と思い購入した。でも、この「最終」というのは、星占い・血液型占いに対する「最初で最後の批判」ということで題名に付けられたらしい…。

前半は著者のオカルト現象に囲まれた生い立ちと、その体験から「火の玉」の研究をして成功したことなどが綴られている。「火の玉」の研究でNatureに論文を載せたなんて初めて知った(笑)。

今までの著者の著作を読んだことがないので、記述が“かぶっているorかぶっていない”はわからないのだが、本書はそれなりに面白かった。

オウム真理教の事件直後、マスコミはオカルトを自粛すると宣言した。しかし、現在再びスピリチュアルだの細木●子の六星占術だの血液型性格診断だのとマスコミや出版社が騒いでいる。この現状について非常に残念に思っていたので、本書にはとても共感できた。

ただ、150ページしかなく内容が薄いのがちょっと残念だった。

・「現代社会に必須
こういう本は現代に必要だと思う。そもそもオカルトな物が存在すること自体、生命に対する侮辱だ。○○したら、救われる。いくらかお金を積んでお祓いしたら救われるなど、そんなことをしなければ人は救われないのか?自分の人生くらい自分で磨くべきだと思う。そんな今の混沌社会に必須のバイブル。

・「非科学・エセ科学と戦わずにはいられない大槻義彦教授の理由
 超能力、占い、血液型性格診断、占星術等々様々な非科学・エセ科学との戦いに孤軍奮闘し続け、時には色物のタレント教授扱いされる大槻義彦教授の戦わずにはいられない理由の告白本といった趣です。 この新書自体が、非科学・エセ科学批判本という構成ではなく、大槻義彦教授自身の科学を志した少年時代からの生い立ち、学生・科学者としての生きてきた経過から、非科学・エセ科学と戦わずにはいられないその心情を浮かび上げる。 科学が巨大化することにより生ずる科学不信、科学がブラックボックス化することによる科学不信、科学の側が世にある理解の妨げを「放置」することによる科学不信、そして何よりも商売人・マスコミ連合による非科学の煽動。 大槻義彦教授の戦いは、終わりを迎えることはなさそうだが、第二第三の大槻義彦教授候補の不在が心配である。

・「大槻教授の意外な側面
 大槻教授とN氏との対決など、下手な漫才よりよっぽどおもしろく、単なるエンターテイメントとして見ていたものだが、大槻教授がオカルト的なものを批判する動機が、こんなところにあったのかと考えさせられた。特にその生い立ちと火の玉研究への情熱が語られている最初の部分が興味深い。科学至上主義者とみられる先生だが、その生い立ちにおいて日本古来の迷信のようなものと無縁ではなかったと言う。そこから逆に何故ああ激しく批判するかが、納得できるように思うのである。 理工系の学生からオウム信者が生まれてしまったことに対して、受験対策の為に公式を丸暗記するような教育しか受けなかったからだと良く言われる。だから科学的思考を自らできるような教育が必要だと。しかしそれだけでは半分である。それまで迷信的なものに触れたことが無く、宗教に係わることにニュートラルであるような者が何らかのきっかけで、はまりこむのである。科学的批判精神は、むしろ不合理なこととの触れあいの中から生まれるのではなかろうか。若者たちは、ほとんどそういったものに触れることなく成長して行く。そこに問題の根の一つがあるのではないかと考えさせられた。

大槻教授の最終抗議 (集英社新書 467B) (詳細)

暴走する脳科学 (光文社新書)

・「斬新な哲学的・倫理学的議論はない。しかし、中庸な考えも必要です。読んでおくべき本です。
著者が嘗て専門の哲学書を読んだように、最近の脳に関する著名な多くの著書は読んでいられないし、読んでも本当の理解は難しいでしょう。ですから、この本での脳科学に挑戦する多分野に亘る研究者の諸理論の記述は概観です。この本の議論は理路整然と述べられています。しかし、現在の脳科学の進歩は著しく(脳の本質的理解には程遠いのですが)その成果がさまざまな分野で応用されようとしています。臨床医学、薬学、心理学などにそして、哲学、倫理学などもその影響を免れません。この新書の目次は「第一章 脳の時代と哲学、第二章 脳と拡張した心、第三章 マインド・リーディングは可能か、第四章 社会的存在としての心、第五章 脳研究は自由意志を否定するか、第六章 脳神経倫理」である。著者の議論は古い哲学者の言葉の引用、考察が多い。過去の哲学者の智慧は時代によらずに人類にとって貴重な宝ですが、現代は、哲学、心理学などの基幹の揺すぶりが既に始まっている時代です。本の題名にあるように、脳科学の成果をとんでもないことに応用しようとする“暴走”は止めねばなりませんが、第六章のような議論は正しいけれども、机上の空論に成りかねなく、現実は歯止めを超えて進むものです。世界の倫理は、その後から形成されるのでしょう。この新書は、我々が普通考えない脳科学に関する諸理論(科学、哲学、倫理学など)およびその成果の応用の危険性などについて、まっとうな議論がなされています。読んでおくべき本でしょう。

・「タイトルと内容の乖離
タイトルが適切だろうか? 編集者の意図が強く反映されているのかもしれないが,脳科学への批判が主たる目的で書かれたとすると,議論の切れ味がいまひとつではないか.帯にも「“脳トレ”は本当に効くのか?」と書かれているが,この著作で,それほど問題としているわけではない.多少強引に脳科学への批判を表明している感じが残る.

むしろ,著者がこれまでも述べている「拡張した心」と,近年の脳科学で次第にわかってきた「脳の可塑性」との関係を述べるために,脳科学における幾つかの議論をたたき台として利用している印象である.心は内に閉じておらず,脳も内に閉じていない.それが中心となる主張であり,現代の心身一元論として大変面白い.批判は二の次であろう.

・「全ては、あなたの脳のせいなのか?
 最近脳科学がプチブームになっており、あらゆるメディアに脳科学者が登場し、無責任な放言があたかも脳科学的な裏づけがあるかのように受け止められている社会現象に危うさを感じていました。本書は今の脳科学ブームを客観的に考察している点で評価できると思います。全ての情動が脳の器質的な機能で説明される事はありえないと思います。人間をより理解するには脳だけでなく、心のありようを織り込まなければ正しい理解は出来ません。その意味で哲学者のコメントは価値あるものだと思います。

 本書で問題提起してるものの中で「心理主義」の危うさに関する考察は一読に値します。心理主義は、社会システムの欠陥であってもすべての原因は個人の脳の働きの不全であるとし、本来なら環境や社会を変革すべき課題に対しても個人が社会に合わせなければならないという考え方です。これは人々を管理したい人々にとって極めて都合のよい論理でもあります。

脳科学に関しては、より批判的で、メディアリテラシーを織り込んだ冷静な考察が必要であり、本書の問題提起は、押さえなければならない視点だと思いました。

・「タイトルに品がないが、良書。
脳科学が暴走してるなんてスタンスではないし、脳トレが効くかどうかを検討するものでもない。

脳にまつわる哲学・倫理学への格好の入門書である。エンハンスメント(能力増強)の考え方からはじまり、サイエンス・コミュニケーションの必要性へと至る。具体的には、心と脳は同じものか、脳研究で自己観は変わるか、脳研究の応用による倫理的問題は、などの問いを、幅広い分野の膨大な参考文献を紹介しながら、丁寧に検討していく。

最後に「一般の市民には、まだまだ科学技術リテラシーとマスメディア・リテラシーが欠如している」(pp.211-212)と言われても、そんなリテラシーを十分にもつのは、かなり高い要求なのではないかとも思う。それをめざすのであれば帯に書かれている具体的な「”脳科学リテラシー”入門書」も書かれなければならないだろう。

・「脳科学とは何なのかを考える良書
脳科学とは何なのか、哲学・倫理学からのアプローチで考えることができる本。

例えば、ある感情の時に脳がどのように機能しているのかをfMRIやPETなどの画像検査で調べることで、脳の機能局在を調べていくのも脳科学の仕事の一部である。しかし、その感情自体が言葉の意味と同じように社会的にコード化されており、それを脳にラべリングする脳科学者も無意識に社会のコードに従っている。ゆえに、脳科学というのは社会というバイアスがかかっていて、完全には客観的な研究ではないということが、改めて本書を読んで思い知らされた。

また、P26の一節、「脳科学者が、自分の専門性を超えて政治や教育や健康などの分野で無責任な放言を繰り返し、それがあたかも脳科学的な裏付けがあるかのように受け止められている社会現象も見過ごせない。科学者は、疑似科学や似非科学への注意を喚起を行う社会的義務があるはずである。」には非常に共感できた。“ゲーム脳騒動”のように、似非脳科学者が宗教や占いなどに対し“脳科学からの御墨付き”なんてもの与えないか今後心配である。

暴走する脳科学 (光文社新書) (詳細)

できそこないの男たち (光文社新書)

・「これは本物、二番煎じではない出来栄え...
前著『生物と無生物のあいだ』には、脳天をぶち抜かれるような衝撃を受けました。重要な遺伝子をノックアウトしたマウスに何も起こらなかった生命の動的平衡の不思議。そしてエピローグで語られる、人知れず孵化していたチョウと、傷つけたトカゲの卵の、切ないようなエピソード。1年以上前に読んだ本なのに、まざまざと思い出すことができます。このような本にはめったにめぐり合うことが出来ません。

今回の『男たち』の話も実に興味深いです。特に、アリマキを通して語られる「メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しする、細い横糸の役割を果たしているに過ぎない」事実..アリマキが暖かい間は単為生殖で、冬が近づくと初めてオスをつくるのは、何とも不思議で、生命のデフォルトがメスであることがよくわかりました。

福岡伸一..研究者として高い能力と、それをわかりやすく詩的に語る能力を併せ持つ、稀有な生物学者です。生物学者には文章力の高い人が総じて多いですが、福岡の文章力は抜きん出ています。無駄がなく、それでいて読んでいると想像力がふくらむ文章。お手本としたいような文章です。

前著の『生物と..』を読んで、二番煎じではと若干危惧していましたが、これは本物です。本物とわかったところで、『プリオン説..』を注文しよう〜っと。

・「弱くはかなきもの、それは男。
この本を読めば、なぜ男が報われないのかわかる。

男は一所懸命働く。そいでもって土日昼寝なんぞしていると、嫁さんから「もっと子供の面倒みてよ」とどやされる。「なんでかな〜、僕、まじめに生きてるのに、ちょっとの息抜きも許されないのかよ」と思う。

そんな想いの男性諸君!この本を読み給え。なぜ男がかくも弱いのか、哀しい存在なのかがわかる。

人間のデフォルトスタンダード(基本仕様)は女だった。アダムの肋骨の一本をとってイブを作り給うたなんてのは真っ赤なウソ。

なんせ男は女性に奉仕するために生きている。奉仕して奉仕して、女性より8年ほど早く死に、女性はその後幸せなおひとりさまを楽しむ。

思わず笑ってしまったのは、ひとつを除くすべての死因で男は女を上回る。脳、心臓、癌、はては自殺まで男は女の3倍くらいの割合でぽこぽこ死ぬ。そして除かれたひとつとは何か?女性の死因で唯一男より多いのは、老衰。これ、すなわち天寿の全う。

女性よ、男を哀れみ給え。かくもはかなき蜻蛉の如き人生なれば。

ま、そんな内容が少しクールで詩のごとく綺麗で、それでいて透徹した文体で描かれる。僕はこの本を読んで世の中の仕組みがわかった気がする。

・「文系派科学者のジレンマ
科学知識がない一般の人に、「科学」を読ませるときは、THESISよりも、「いちばんのりをめざす科学者」に比重を置いたほうが良さそうだ。

「二重らせん」「マリス博士の奇想天外な人生」「新薬スタチンの発見」「精神と物質」などなどは、ためになるだけでなく、読み物としておもしろい。この定石をしっかりと踏襲しているのが、福岡伸一氏の著作だ。

ここでは、Y染色体にある「男性らしさをつかさどる遺伝子」を追う科学者をとりあげている。デイビッド・ペイジとグッドフェローがくりひろげる一番争いレースは、グッドフェローのSRY遺伝子で決着がつく。(http://www.nature.com/nature/journal/v346/n6281/abs/346240a0.html)

描写がうまく、平均的な小説家よりも文章のテクニックがある。読者をひきこませる表現力は、サイエンスライターのなかではピカイチだ。平易に書かれており、中学生でも十分理解できると思う。

本の内容と離れるが、彼のような研究者がいることで、科学に興味をもつ学生も増えるはずだ。しかし、福岡氏は批判の方が多いように思う。理由は:1実績が少ない2コネがない3エンターテイメント性を高めるために、科学的でない表現をつかう4仮説を大胆にひろげるというところだろうか。彼の貢献はそれらの批判を補って余りうると思うのだが...

・「弱きもの、汝の名は男なり
専門家から見れば物足りないところはあるでしょうが、福岡先生は、広く一般に対して生物、生命系のしくみをわかりやすく伝えるという、これまでの学者諸氏が成しえなかった貴重な仕事をされている方だと思います。生命の本質に迫る内容という意味では、動的平衡や生物と無生物のあいだ(世界は分けてもわからないは現在通読中)の方が上ですが、読み物としても面白さはこれが一番のお進めです。特に中高生で生物系に興味を持っている方にいいと思います。

・「DNAには不思議がいっぱい。
母親の胎内で胎児が7週間は女性であるなんて知らなかった。SRY染色体の不思議さには興味津々で読み進んだが、研究者たちの熾烈な時間との戦いともいえる論文発表なども知らない世界の話なので興味深く読ませてもらった。

できそこないの男たち (光文社新書) (詳細)

これから学会発表する若者のために -ポスターと口頭のプレゼン技術-

・「初心者の痒い所に、手は届いたか?
 何かの因果か、はたまた祟りか、「学会発表」をやらざる負えない立場に追い込まれた貴方を助けてくれるかもしれない一冊です。 「学会」て、何?「学会発表」て、何?それって、何かの役に立つの?何からはじめたら良いの? そんな疑問が、貴方に舞い降りた時、期限を決められ「学会発表」を割り振られた時、この一冊が貴方の心強い味方になってくれるかもしれない。 欲を言えば、ポスター印刷の実際、手配の仕方、ポスターの持ち運び、会場に持参すべき文具類等、ポスターをA4の張り合わせで作る方法、ワードしか使えない者の対応方法等々実際に遭遇する局面の対応方法への言及が欲しかった。

これから学会発表する若者のために -ポスターと口頭のプレゼン技術- (詳細)

これからレポート・卒論を書く若者のために

・「書き出さなければ、始まらない。
 表紙の写真は現役の東北大生なのだろうか?非常に地味な印象である。 著者の酒井氏が、東北大学での学生の論文指導の中で必要性から生まれた『これから論文を書く若者のために』『これから学会発表する若者のために -ポスターと口頭のプレゼン技術』と続く著作の第一弾といった趣の一冊です。 敢えてであろうが、酒井氏の本シリーズの特徴である在仙台のプロ・サッカーチームと牛タンを例にとる論の運びが、嗜好を異にする者にとっては思考を止める部分がある。 さりながら、学生・読者に伝えたい論文・研究への思いが湧き出てくる、滲み出てくる著者の酒井氏である。

・「他のレポートの書き方の本に比べて
一つだけ難点を挙げると、サッカー好きな著者(仙台ファン)が例として挙げている「牛タンを食べると仙台の選手は〜」の例はわかりづらかった。しかし、他のレポートの書き方の本に比べると、いい例や悪い例(実例)が載っている著書はわかりやすかった。レポートを書く上でとても役に立った。

これからレポート・卒論を書く若者のために (詳細)

これから論文を書く若者のために 大改訂増補版

・「初学者は必携。
一般的に、大学院に進学し研究室に入れば、教員・先輩から論文執筆のノウハウは受けられる(はず)。本書は、そのような経験的・実践的なノウハウを凝縮しています。執筆前の準備から執筆・投稿、査読後の対処方法、さらには投稿論文の審査過程まで丁寧かつ本当にわかりやすく書かれています。難しい書き方はあまり無く、学部学生でも読みやすいと思います。まるで著者の研究室に属し、先輩からアドバイスを受けているかのよう。科学論文のごく基本的なポイントをしっかり押さえてあり、著者の専門分野(生物学)とは違う方でも、十分に活用できるのではないでしょうか。

特に私が気に入ったのが、リジェクト(不採録)後の対処法が書かれていること。多くの学生は、リジェクトされるとダメな研究と思ってしまいがちですが、実はそうではないことがわかるでしょう。単に研究論文の書き方を示した書ではなく、研究を他者に示すということ、研究者としての心構えを訓えてくれます。

研究者を目指す方は読んでおくべきと思います。

・「タイトル通りの本でした
 タイトル通りの内容が書かれていました。 若手研究者(年齢はともかく自分も駆け出しという意味では含まれる)には必携と思います。 学生や大学院生を指導する立場の人にとっては、この本をテキストとして利用すると効率のよい論文指導が可能になると思います。 論文を受理してもらうまでのプロセスが丁寧に書かれています。 今までにない本だと思います。

・「実践的
管見の限り、「論文の書き方」の本の中では、最も実践的なものだと思う。論文の構成など基礎的な論文の知識はもちろん学べるが、本書の特徴は、論文を公刊させるためにはどうすればいいのかを詳しく書いていることである。論文の審査やリジェクトはどういう経緯でなされるのか、またどう対処すればよいのかなど、論文を書いているだけではわからない知識を多く得られる本であるだろう。

・「駆け出しの研究者にお勧め!
研究者というのは研究室で実験をするのが仕事、なんて思って疑問ももたない大学院生時代というのは誰しも経験があることでしょうが、そういう状態の人、あるいは論文執筆を経験してそこから少し抜け出した人にぴったりの本です。

研究という仕事、論文執筆という仕事はいったいどんなものなのか、軽妙な語り口ですが見事なガイドブックになっています。技術的な要素が盛りだくさんですが本質的には「仕事論」とでもいうような本です。研究者ってこういうことをしてるんだ、ということがよく分かります。

イントロダクションの書き方のところなどは他に類を見ないほど例示や方法が具体的で感銘を受けました。さっそく応用してみたくなります。

・「論文執筆のモチベーションが高まりました。
私は、現在、社会人向けの大学院に通いながら、経営工学系の修士論文を執筆中です。

これまでは担当教授の指導のまま論文をただ黙々と仕上げてきました。

しかし、この書籍に出会って、研究そのものにあまりに漠然とした動機で挑んできた(と、これを読むまでは思っていませんでしたが)私自身の態度の見直しをさせられることになりました。

それだけではなく、興味関心のある対象に対して、またあたらしい研究テーマにも挑みたいというモチベーションもふつふつと沸き起こりました。

まず、第1部第2章の「なぜ、論文を発表するのか」の中に出てくる「世俗的理由」は、これまであまり意識さえしたことがない内容でした。「やっぱり、働きながら苦労して修士論文に挑んできた自分は間違いではなかった!」という自信をいただきました。

また第3部「論文を書き上げるために」は、論文執筆中にモチベーションが下がった方には必読の内容満載です。論文のみならず、日々の仕事の事務効率さえ見直したくなるような、有益な示唆をたくさんいただきました。

そして第4部では、「面白い論文を書こう!」という発想がこれまでの自分になかった視点でした。目からかなりの数のうろこが落ちました。

これから論文を書く若者のために 大改訂増補版 (詳細)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

・「ジャーナリズムの模範
各国各所で研究プロセスや論文の捏造やデータクッキングの類が科学への素朴な信頼を揺るがせている現在、本書で扱っているシェーン事件は大きな波紋を投げかけている。若造の助手の捏造をベル研究所の権威あるベテラン学者たちが見抜けなかったこと。科学者同士の暗黙の了解や信頼のナイーヴさ。一流科学雑誌のピアレビューが機能不全に陥っていること。NHKがバックについているとはいえ、著者チームの綿密で執念深い取材力には頭が下がる。エピローグで著者は、わからなさの時代ということを唱えている。先端科学だけでなく、科学の恩恵を享受している現代社会そのものが、わからなさの真っ只中にある。それを少しでも解きほぐすために、真面目なジャーナリズムの苦労が求められている。なお、講談社ブルーバックスの『背信の科学者たち』の併読も是非お薦めしたい。

・「科学界の問題を徹底解剖
科学の殿堂「ベル研究所」において、最もノーベル賞に近い男とまで言われたヘンドリック・シェーンによってなされた、一大論文捏造事件。なぜ捏造が起こったのか、なぜ研究所や科学ジャーナルは不正を防げなかったのか、そしてなぜ世界中の研究者がこれほど稚拙な論文捏造事件に振り回されてしまったのか。

シェーン事件というひとつの事件を通して、現代の科学界の問題と課題をくっきりと浮かび上がらせます。全ての研究者が読むべき本だと思います。そして日本でも論文捏造問題が頻発している今日、研究者以外の方にもぜひ本書を通してこの問題の本質を理解していただきたいと思います。

もともとテレビ番組用に取材・構成されたものであるため、単にドキュメンタリーものとして読んでも非常に読みやすく、ぐいぐいと引きずり込まれること間違いありません。下手な小説を読むよりもはるかにドラマチックで面白く、一種のミステリーのようなドキドキ感にもあふれているので最後まで飽きずに読み切ることができるはずです。

とにかく文句なしに手放しでオススメできる一冊です。ぜひたくさんの方に読んでいただきたいと思います。

・「論文捏造だけに収まらない話
超伝導で輝かしい成果を挙げた数々の論文が,実は捏造されたものだった。この論捏造事件について,綿密な取材を行い,まとめてある。当事者のシェーンが研究所内で何をしていたのか,周辺の研究者もよく分かっていなかった。しかも,周囲は素晴らしい研究成果であると言って,シェーンを持ち上げ続けた。この論文捏造事件において,当事者周辺に欠けていたものは,チェック体制と周辺とのコミュニケーションであったと思う。これらは広く見れば,私たちの生活においても欠かせないことである。論文捏造事件について書かれた本ではあるが,私たちの生活に対する警鐘のようにも思える。もうひとつ意外だったのは,高名な科学雑誌の原稿の査読体制が不十分であったということである。論文の内容よりも,話題性が重視される編集方針だったという。研究データの捏造自体,決して少なくないということも書かれており,科学の信頼回復は遠い道のりだと思われる。

・「シェーンはいったいなぜ捏造を犯したのか?
本書は、様々なシェーン事件の関係者への取材を元に執筆されている。その取材先の一人が、シェーンの研究チームのリーダーであった、バートラム・バトログ(事件当時、ベル研究所・固体物理学研究部門のヘッド)であり、事件発覚後、バトログがマスコミの取材に応じたのはこれが初めてのことだと言う。このバトログへのインタビュー取材により、彼が事件発覚前後においてシェーンをどのように認識していたかが彼自らの口から告白されている。しかし、その告白の内容は真実を語るというよりは責任を逃れるために発せられたもののように感じられた。また、シェーンの「酸化アルミ膜を載せた有機物における超伝導」の発見の再現追試に挑んだ研究者である大阪市立大(当時)の谷垣勝己教授、京都大学(当時)の石黒武彦教授、パリ南11大学のデニ・ジェローム教授、ミネソタ大学のアレン・ゴールドマン教授などにも取材し、シェーン捏造事件発覚前の時点における彼らの苦悩が詳細に明かされる。それに続く、内部告発者、マキューエン、ゾーン等による捏造発覚までの過程も彼等のインタビューを元にドラマチックに描かれていて面白い。一連の取材の中でも特に、シェーンの捏造論文が掲載された一流科学誌である「ネイチャー」や「サイエンス」の編集部への取材は、彼ら編集部が「論文審査システム(ピアレビューシステム)は不正行為を見破ることはできない。」と開きなおりの態度を見せていることなどを明らかにしてくれており、興味深い。しかし、残念なことに、肝心のシェーンへの取材は本人により拒否されており、シェーンの親友であるフェスに対する取材を通してでしか、シェーンの本質を探れていない。いまだ、シェーンが一体なぜ捏造を犯したのか? シェーンだけが悪者なのか? なぜ捏造は防げなかったのか? などは謎のままである。シェーン事件の後も、ファン・ウソク教授による韓国ES細胞事件や、松村秀一研究室のアニリールセルカン事件(http://blog.goo.ne.jp/11jigen)など科学界における捏造事件は後を断たない。現代の科学は、専門化・巨大化・成果主義化・利益主義化しており、研究不正行為を防げなかった構造的問題、研究不正行為に対する責任の所在問題など、難問が山積みである。最先端科学では再現追試実験自体が困難であり科学の定義そのものに矛盾するものとなってきており、シェーン事件は、研究不正行為とは無縁と信じられてきた物理学でさえ対策が必要であるという警笛を鳴らした事件といえよう。

・「サスペンスのような実話
医学分野で研究・発表・論文作成を日常行っている僕にとって、非常に面白く良むことができました。分かりやすい文章で、一般の方でも十分に楽しむことができると思います。臨床医学の分野では、「追試」が難しい分野を故意に選択して、自分のアイディアに沿ってデータを「調整」することで、期待する結果を得るという「捏造」は、残念ながら存在し、そのような不正に対しては、この本の著者が必要性を訴える審査機関の設置という方法では対処しきれないのでは? ジャーナルインパクトファクターの高い雑誌に自分の論文がいくつ掲載されたか、という実績によって、臨床医でさえ待遇が変わる時代になりつつある状況で、やはり、研究者の倫理教育に力点を置く必要があるのでは、と感じました。

論文捏造 (中公新書ラクレ) (詳細)

先生はえらい (ちくまプリマー新書)

・「内田樹の本領
この本が論じていることを突き詰めつつ否定形で書くと、

「えらい先生なんてのは、客観的に誰もが認める形で存在したりはしない」

「学ぶというのは、買いたいものをお金を払って買うような等価交換ではない」

だいたいこの2点に集約されるだろう。だったら「えらい先生」ってのは誰なのか、「学ぶ」ってのはどういうことなのか。それはここに書くとネタバレになるので、自身でこの本を手にとって、読んでみることを勧めたい。

そもそもこの本の作りはなかなか「あざとく」て、この本が読み通せれば、「難解」と定評のある同じ著者の『他者と死者 ラカンによるレヴィナス』(海鳥社)の前半部分の導入はクリアしたも同然、という仕掛けになっている(ちなみに後半部分は「他者としての死者論」なので、この本の議論を超える)。

こうした本作りを非難する向きもあるようだが、この両書はそもそも想定する読者が違うのであって、同じことを扱っていても語り口や切り口が違ってきて当然である(少なくとも私は、中高生に向かって『他者と死者』を読め、なんて言えない)。そうである以上、同じテーマを扱った違う本に仕上がって当然なのである。でなければ、新書の存在意義のかなりの部分は失われてしまうだろう。

ともあれ、レヴィナスの師弟論やラカンのお話なぞを、中高生向けの新書として書いてしまえる内田樹は、間違いなく当代超一流の書き手である。この「こなれ具合」を安直さととらえてしまうのは読み手の自由だが(必ずしもそれが的外れとは言い切れないところに、この人の一筋縄ではいかない真髄がある)、そうやって斬って捨てて、「わかったつもり」になってしまうのは、実にもったいないし、しょうもないと思うのである。

・「一気読み!
「完全に伝わること」が「コミュニケーション」ではない。かなり、目からウロコ、でした。内田さんのことは、三砂ちづるさんとの共著『身体知』で知ったのですが、購入した本としてはこちらの方がより「アタリ」かな?「言葉」や「他者」というものについて、楽観的になれる…というのも少し違うのですが、「コミュニケーションに感じるもどかしさに、悲観的にならなくてもいいんだ」と、目の前がけっこうひらけた思いです。この感想も的はずれだったりして…でも、それもアリ、なんですよね、内田さん?

・「内田カーに乗って
ちくまプリマー新書、ってのは筑摩書房が中学・高校生にむけて分かりやすい本を送りましょう、というシリーズ。だから、内田先生の筆の進み具合も、いつもの3割り増しくらい。もう、どんどんどんどん、すらすらすらと話は展開していく。このスピード感がたまんない。 内容も、「腑に落ちる」お話ばかり。対話とかなにか、学ぶとはなにか、先生とはどんなひとか? そうか、こういうことだったんだ!! たまに、ラカンとかレヴィナスとかの、現代フランス哲学者の名が、申し訳程度に出てくるけども、そんなの知らなくてもおかまいなく読める。そんで、「レヴィナスって、こんなこと言ってんだ、へー」と思えてしまう。たぶんレヴィナスなんてそうそう読まないから、知った気で居られる。これはなかなか気分の良いものだ。 ところで、僕には師と(勝手に)あがめてる人がいっぱいいる。内田さんも、いや内田先生ももちろん、我が師匠である。こういう態度こそが、この書によれば、すべての学問の道であるらしい。ふむ。今まで自分は、ちょっと節操がないほどに、いろんな人を先生とよび、その都度影響をうけてきたけど、これでよかったのだ、と納得した。 ほっ。 みんなも、「えらい先生」にいっぱい出会いましょ。

・「恋愛と教育は誤解の上に成り立つ
 中高生向けに限定してしまうにはもったいない。そんな吐息をつかせてしまうほどの深みを持った一冊だ。 いい先生はいない。少なくとも普遍的にはいない。そのような前提から本書は始まる。 いい先生とは、ある生徒とある先生の、個人と個人の関係に帰着する。つまり、恋愛と同じように、ある特定の関係性においてのみ成立するものであるというのだ。このような見解は、教育に普遍性が必要であり教育もプロにはそれなりの技量とたしなみが必要だという論理とは、まるで異質である。その異質性を、著者は自動車学校の教官とプロのレーサーを引き合いに出して解説する。ほとんど同じ技術を教えていながら、「これができれば大丈夫」ということを教える先生と、「学ぶことに終わりはない」ということを教える先生の間には巨大な「クレヴァス」があるというのだ。 今は学力低下が大きな話題になっているように、教育は技術に収斂していかざるをえないのかもしれない。ところが、本書はそういった境地からは遙かに離れていて、謎や誤解を師弟関係の基本に据えている。これはギスギスした今の社会への問題提起であり、師弟関係とはそうした美しき誤解の下に成立する性格のものなのだ。この深遠なる真実を、私たちは知っておくべきだろう。

・「「先生がえらい」のではなく「えらいと思った人が先生」
題名で興味をひきつけているが、一般的に題名から予想される内容とはまったく違う。

これは、「教員がいかにえらいか」を述べた本では決してない。「先生」は「教員」とは別の意味で用いられている。つまり、自分が「ついていきたい」と思った人が「先生」であり、それは必ずしも「教員」である必要がない。という主張だ。したがって、「自分はいい先生にめぐりあえなかったから運が悪い」という主張もナンセンスだと斬る。なぜなら「先生」はもともと自分で探して自分で見つけるべきものだからだ。教室で待っていたら「私があなたの先生です」といってやってくるものではない。むしろ教員の存在意義をも脅かす論考であるともいえる。「先生が何かを教えてくれるはずだ」と受身になるのはやめて、自分から学ばなければ何も学べないという、至極全うな主張をされている。

文体が中学生向けでまどろっこしいが、大人でも考えさせられる「学習論」ではないかと思う。

先生はえらい (ちくまプリマー新書) (詳細)

小説 鶴彬―暁を抱いて

・「川柳人・鶴彬(つるあきら)の生涯
 日本が戦争に突き進んだ時代に、時代状況と格闘しながら川柳の可能性信じ、志半ばで倒れた川柳人鶴彬の生涯を描いた作品。 本作は、鶴彬に関する最新作に位置づけられる。 2009年には、鶴彬生誕100年を記念して、ドキュメンタリー映画「鶴彬」の製作・上映が計画されている。

鶴彬の昭和十二年発表の作品に、以下がある。

万歳とあげて行った手を大陸において来た

手と足をもいだ丸太にしてかへし 

胎内の動きを知るころ骨がつき

小説 鶴彬―暁を抱いて (詳細)

ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック)

・「読み物としておもしろい
古くなりますが、筑摩の「高校生のための文章読本・小説案内」ともう一冊の三冊シリーズが大変良かったので、この本も購入してみました。受験技術が高まるかどうかはわかりませんが、選択されている文章はとてもおもしろいと思います。読むだけでも現実に対する批評眼は鍛えられると思います。

・「英文解釈のような丁寧な作り
評論のアンソロジーに限定せず、ただ漫然と文を読んで中身を本当に理解出来ているか不安な人に丁度いいです。大学受験、高校受験を問わず、現代文読解を勉強する一冊目としても最適でしょう。

第一部で評論を読む上での基礎的手法の知識を紹介。評論の基礎的手法である、段落相互の関係、対比、具体と抽象、レトリックをまず説明し、それぞれに文章(外山滋比古、内山節、山崎正和、小林秀雄)をつけて実際にどのように読むのかを示します。その解説はひとつひとつの単語や指示語、接続詞などを、記号なども使って懇切丁寧に分析する英文解釈のようで、このような試みは、受験参考書などを含めて、他にはないものです。

第二部は言葉を中心に現代思想とその周辺の評論文の24題。問は本文を本当に理解出来ているかを問う本質的なものと、重要語句や指示語の内容を問うものの2種類があります。なんのための問題かを意識出来るのは、勉強する側としては嬉しいものでしょう。字数制限はないので、自分で考えるという主体性を忘れては解けません。この点、本書は解答力養成においても素晴らしい出来です。

解答編では、その文を読む上での視点や重要語句、中心段落、主題、論点、結論、全体的な論の展開(チャート図)を細かく解説しています。それらを理解していれば当然導き出せるものとして、200字要約も全部についています。このような細かい分析的な姿勢は受験現代文や小論文にも使えるでしょう。例えば200字要約がある一橋国語にはピンポイントな対策ができます。

受験現代文の勉強においては、一度解いたものを何度も読み返すことはそんなに重要視されませんが、本書は全体的に丁寧なので、読解と解答の手本として、黙読以上音読以下のような感覚で、何度も読み返すのが効果的でしょう。

復刊した新釈 現代文 (ちくま学芸文庫)はクセがかなり強いですが、本書とちくま評論選―高校生のための現代思想エッセンスはクセが無く万人向けです。

・「評論文を読み解くにあたって
入門、ベーシックとなっていますが非常に骨のある内容です。しっかり読めば相応の教養が身につきますし、評論文を読解するにあたっての理解力も高まると思います。また、理解につまる箇所がでてきても充実した解説が大いに助けとなります。この本に収録されている「白」に関しては今年の東大入試にそっくり同じ箇所が出たみたいですね。(東大が出題するよりこの本に収録決定した方が先のよう。) 大変良書だと思います。

・「『ちくま評論選』同様、大学入試出題文から
 編著者らに「進学指導重点校」勤務の教員がいるからか、まさに「実戦的」現代思想入門文集となっている。取り上げられている文章に興味深いものが多いというのも、『ちくま評論選』同様、最近の大学入試に出題された、知的刺激を与えてくれる著作のオイシイところばかりだからだ。高校生のみなさん、受験に備えて、これらの文章に目を通しておきましょう。きっと似たような主題の文章が出題されます。以前の筑摩の高校生のための読本には、現代社会を考察する上での「古典」的な(基本的な)文章が採録されていたが、今はこれ。「使える」ものでないと読んでもらえないということか。

ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック) (詳細)

多読術 (ちくまプリマー新書)

・「セイゴオ流多読術の公開
 「あとがき」でセイゴオさんが述べているように、一昔前に刊行され、最近再評価されてまた読まれだした書物に「本を読む本」というのがある。この本はシントピカル・リーディングなる読書法、つまり多読術を提唱しているが、若干、敷居の高い読書を要求するものであった。セイゴオさんの多読術は、肩肘張らず、誰でもやろうと思えばできる読書法である。

 そうはいっても、自宅に2万冊、事務所に5〜6万冊の蔵書を有するセイゴオさんほどにはとてもや読めやしないが、この新書を読んでいると、少しは彼の領域に近づけるのではないかという気にはなってくる。

 文豪、酒豪、性豪、世に「豪の者」は多くいるが、本書の中でセイゴオさんは自らを「本豪」と称しているくらいだから凄い。またネットで評判の「千夜千冊」で紹介した本はほとんど二度読みしているという事にも驚き。さらに年間300日くらいは午前3時前に寝るようなことはなくその間本を読んでいるという発言にも、絶句!

 ここでは詳しく紹介できないが、セイゴオさんは目次読書法、マーキング法等の種々の読書方法、読書ツール等々を我々に紹介してくれている。これらを生かさない手はない。

 セイゴオさんは、幼い頃から自宅に多くの本があり、自然と本を読む環境があったこともあり、また、小学校の頃から担任の先生等から良書を紹介されたり、友人・知人等々から様々な本を進められたというよい環境を経験しているのだ。  カネのない時代、若い頃の彼の書物の入手方法には笑ってしまうが、この際、まあ、いいか。

・「セイゴオさんの本の読み方

・「松岡正剛が語る、読書「道」。
本読みのプロ中のプロ、松岡正剛が語る読書本。

世の中に氾濫する「読書術」は、いかに効率的に(それこそフォトやレバレッジに)知識を抽出・吸収して、読み捨てて、自分への投資活動を行おうという形で語られる。それはそれで良いし、その方向の読書に価値をおいて、僕自身もその読書方法をいま勉強中で、覚えようとしている。

しかし、それはそれとして、この本−松岡正剛の語る読書術−は少年時代からの「本好き」としての自分の血を騒がせてくれた。この本は、「術」というよりは、セイゴオが考える「読書とは?」というものであり、読書「道」を語っているイメージに近い。そう、ビジネスライクな本の読み方ではなく、趣味やライフスタイルのひとつである「読書という行為」、「読書への思い」、それを語ってくれています。(語りおろしのインタビュー形式)

少しセイゴオさんの言葉を拾い、抜き書きしていきます。例えば本はいろいろな読み方をするべきだと熟語の造語を羅列する。セイゴオの語彙力と想像力とユーモアには圧巻!

<これらはメタフォリカル(比喩的)な言い方なので、なんとなくわかったような気になってもらうためのヒントなのですが、以上のことをわざとちょっと熟語っぽく言うとすると、たとえば次のようにななりますね。「感読」「耽読」「惜読」「愛読」「敢読」「氾読」「食読」「録読」「味読」「雑読」「狭読」とか、また、「乱読」「吟読」「攻読」「系読」「引読」「広読」とか、それから「精読」「閑読」「蛮読」「散読」「粗読」「筋読」「熟読」「逆読」といったふうにね。それぞれがどういう読み方か、想像してみてください。>

これを読むだけで、凝り固まった自分の読書への想像力を広げてくれる気がします。

同時に、読書はメンタルなだけではなく、フィジカル(肉体的)な存在とも述べています。例えば、「食」はどのような状況で食べるかによって美味しさも変わるし、食べる量も変わる。読書もそういったものであり、もっといい加減に(かしこまらずに)体験すればいいと言っています。そして、これが非常に面白い。

<これはおそらく、ぼくがワイルの味蕾を使って読んだからです。>

書き手の思想や書き方や言葉づかいは、われわれには持っている受容能力では処理できないものがある、プラトンが読めなかったんだけど、ワイルを読んだ後に再読してみると、プラトンが読めた、と。つまり食でいうところの「味蕾(みらい)」と同じように、読書にも「感読レセプター」というのがあり、色んな自分のレセプターを対応させていく、成長させていく、開発していくことに喜びがあると言っているんです。これは音楽でも映画でも絵画でもそうですよね。レセプター、非常に面白い概念です。

さて、こういった読書との関わり合いには自分の知識・経験が関係するし、本と本がもっている「つながり」がある、と。

<ですから、世界の本は総じて「書物の海」や「テキストの森」を脈々と形成しているわけですが、ということは、そのあいだのどんなものも本にもテキストにもなりうるということです。逆にどんな出来事にもいくつかのテキストがありうる。(中略) で、ぼく自身のことを捉え返してみると、ぼくは何かのおもしろい本に出会うと、その本の中から別の本につながっていくことに夢中になってきたわけです。まあ、タコ足配線みたいなものですが、いいかえればインターテキストに入っていくことが好きだったわけです。>

例えば松岡正剛の「千夜千冊」には、膨大な内部リンクが貼り付けられています。それは、例えばあるキーワードは辞書的な意味ではない、それこそ読書の歩みによって蓄積された知識・経験としての言葉を明示するためなんです。

そう、言葉や文章の定義づけは文脈や知識や経験で変わる。それらは読書を通して豊かにしていける。それを体現しているのが、松岡正剛の生き方であるし、松岡正剛が表現した「千夜千冊」であるし、今回語った「多読術」なのだ。

でも、何よりも

<これは、いわば「本に攫(さら)われたい」ということなんです。「異人さんに連れ去られたい」ということなんですよ。そういうことがないと、読書は平坦なものになりすぎる。このことはいくら強調しても強調しすぎることはありません。>

このフレーズにピンとくる人、あなたはこの本を読んで絶対に損することがないと思います。あなたは既に読書の魅力に気付いているんだから。そしてもっともっと読書が好きになるから。

・「「本を読む本」の先
対話形式のため読みやすいのだが、それだけではなく、内容も豊か。まず、どんな読み方をしてもいいんです、と断言する。第1章の見出しになっている「多読・少読・広読・狭読」以外にも様々な読み方があり、それらを様々に組み合わせて読めばよいという。だから、書名の「多読術」というのは正確ではない。でもいろいろな読み方をすることをひっくるめて多読と称しているのだと解釈しよう。「目次をしっかり読む」「本にどんどん書き込む」「マッピングで本を整理する」「キーブックを選ぶ」など、「本を読む本」のその先を指し示しているといっても過言では無いだろう。読み応えのある本である。

・「読書の奥深さを実感できる一冊
あの「千夜千冊」で有名な松岡正剛氏がどういう風に本を読んでいるのか、読書好きの人間なら興味が無い訳がないと思う。そして、「本は二度読んだ方が良い」「本はいろいろな読み方をするべき」「速読にとらわれない」「マーキングしながら読む」など、自分の読書体験と照らし合わせても共感できる事が多かった。松岡氏が本書で最も言いたかったという、「読書は編集である」という主張について一章をさいて説明している。(これはちょっと難しい)読書の素晴らしさと奥深さを実感できる一冊。

多読術 (ちくまプリマー新書) (詳細)

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

・「なにより怖さがよくわかります
何が原因で「わかったつもり」が起こりそれによりどのようなトラブルが起こるかをくわしく説明した一冊。

それほど目新しいことは書いていないと思います。それでも、なるほどと思う部分がたくさんありますしきちんと対処法まで書かれているのはとても好感が持てます。

一冊を読み終わるとわかったつもりの怖さと、わかったつもりに陥らないように注意をはらおうという気持ちになります。そういう何より大切な意識をもたせてくれたということでとても役に立つ本だと思います。

・「全体の雰囲気を打ち破って部分を深く読むことこそ読解力の基盤
読解力が深まらない本当の原因は『わからない』ことよりも、不十分な読みや間違った読みをしているにもかかわらず『わかったつもり』になることである、という本書の主張には大いに賛成である。本書は読解において文脈(スキーマ・背景知識など)がいかに大きな役割を果たすかを強調しながらも、その文脈の誤用・乱用がいかに誤った読みを誘発し、しかも、読者に『なんとなくわかった』という感覚を与えうるかということを明快に説明している。第四章の結論となっている『部分を正確に読めていないから間違った『わかったつもり』が成立する』という主張はまさに正鵠を射たものであって、読解教育論において近年背景知識やスキーマの重要性がやたらと強調されているにもかかわらず、実は部分部分の不十分な、あるいは誤った理解こそ、読解教育が学習者に克服させるべき問題なのだということを改めて認識させてくれる。本書は我々の母語である日本語の読解を対象としたものであるが、その内容は英語の読解教育にも当然応用可能なものである。また、本書で説明されているような構造的な読みを習得することで、文章を書く技術も同時に向上することは疑いがないだろう。

・「文章を深く読みたい人にお奨めの本です。
 文章を読みほぼ理解できたと感じたが、他人に内容を十分に伝えることができないという思いを感じたことが過去に少なからずあった。また、他人の人の文章の批判的に読むこつを知りたいという思いもあった。 その時に新聞の広告で見つけた本が本書であった。本書は、文章を読んでなんとなく「わかったつもり」になることを、主に小学校の教科書の文章を用いて具体的に解説しており、非常に納得できる部分が多かった。 著者は、文脈とスキーマというキー概念を使って、「わかったつもり」になる構造を解説し、わかったつもりをいかに打開するかについても解説を加えている。入試の国語対策としても価値があると思われる.

・「全く新しい観点の本
速読の本にはよく、「フレームワーク」の重要性が記述されています。フレームワークを持っていれば、類似の本は、飛ばし読みで早く読める、と書かれています。

しかし、この本を読むと、この「フレームワーク」が、時に正しく読むことを妨げてしまうことを、実例をあげて示して見せます。それ以外にも、「ステレオタイプ」での読み誤りとか、読解力を妨げる要素が記載されています。

ほんとに、今までにない視点を提供してもらいました。決して、読解力だけの話でなく、人の話を聞く時にも同じ問題がありそうです。

最近、一読の後(わかったつもり)に、マインドマップで本の内容を整理するため、再読することがあります。マインドマップで整理しながら読むと、自分が読み飛ばしていた(覚えていなかった)とか、誤解していたことに、よく出くわします。まさしく、この本に記載されている、罠にはまっていたのか、と気づかされました。

では、どうその罠から脱却するのか、その方法論は、筆者の他の著書を読むことになるのかもしれません。

読書の楽しみや効能は、その本を読んでの自分の感じたことや行動であり、著者の言わんとすることを正しく理解する必要はないのかもしれません。しかし、それは、自分の世界を広げるチャンスを逃している可能性もあるとおもいます。

この本をきっかけに、少しでも著者の思いを正しく受け止めることができれば、すばらしいとおもいます。

・「わかってみたい
私は長い学生生活で、国語の成績が悪いことを「国語の答えは一つじゃないんだから」という理由で片付けていました。でもこの本を読み、実は国語の文章を「わかったつもり」で読んでいたのだという自覚が生まれました。深く読むこと、心がけていきたいですね。これから受験を控えているのに「どうしても国語の点数が上がらない」という人にも、ぜひ読んでもらいたい一冊です。

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書) (詳細)

時そばの客は理系だった―落語で学ぶ数学 (幻冬舎新書)

・「数学に対する意識を変えた一冊!
「問題を解くことだけが数学だ」という狭い固定観念から実は数学は身近で面白いものなんだ、という考え方が変わる一冊です。数学についての落語の話なので、興味を持ちながら数学を学べる良書です。難しい数式は出てこないので理系の人だけでなく文系の人や、数学に対して苦手意識を持っている人にもおすすめです!

・「面白い。
落語と数学なんて関係なさそう,と思いながら読んでみたが,意外や意外,結構落語の中に数学が潜んでいました。身近な話題について解説してあり,面白く読めました。オススメです。

・「肩肘張らずに数学が学べる
副題に書いてあるとおり、落語を通して身近な数学についてわかりやすく書かれています。内容についても既存のありふれた数学の歴史やテクニック本ではなく、平均寿命など身近な話題について書かれているのでうなずきながら読み進めていけます。落語も非常に面白く笑いながら数学とはどういうものか学ぶことができる一石二鳥の本だと思います。

・「文系でも十分読める!!
本書は語り口調形式でつづられているので,数学という言葉を聴いただけで拒絶反応を起こす人や,これまで数学が苦手だったという人にとってはもってこいの本です.何より日常の話題を扱っているので,私のように元来文系の人でも読める本です.また,落語という日本文化の真髄ともいうべき古典芸能を通して,数学に興味を持てる本だと思います.きっと何度読んでも飽きないでしょう.おすすめです!!

・「みんなにオススメ!
数学が苦手な人にも、得意な人にもオススメの1冊。落語を通して数学が学べるので、数学に苦手意識がある人でも、笑っている間にスラスラ読めます。また、「非ユークリッド幾何」や「カオス理論」の話題もあり、数学好きの人でも満足できる内容です。「こんなところにも、数学が潜んでいたのか!」という目からウロコの1冊です。

時そばの客は理系だった―落語で学ぶ数学 (幻冬舎新書) (詳細)

奇跡のご当地ヒーロー「超神ネイガー」を作った男~「無名の男」はいかにして「地域ブランド」を生み出したのか~

・「人生を成功させた男の物語
この本の最後で著者が、自分は利益や富を得るという意味では多くの成功者には及ばないが、あこがれを本業にし、信頼できる仲間に支えられ、日々感謝の気持ちで生きていられることが本当の意味での“成功”だというようなことを書いています。

実にうらやましい人生じゃないですか!

正直、ビジネス理論そのものについては、よくビジネス本に書いてあることばかりで、目新しいものは特にありません。しかし、それを確実に実行している様は、一読の価値があります。

大きな挫折をパワーに変えて、秋田の地にスーパーヒーロー旋風を巻き起こした男の物語は、読む人に絶対に“生きる力”を与えてくれるものと思います。



ところで、ネイガーワールドでは、だじゃく組合の怪人たちはトークがうまくて流暢なしゃべりなのに、ヒーロー側は揃いも揃ってセリフが棒読みチックなのも、陰と陽の理論の一環なんですかねw

・「小さい「から」強い、マーケット深掘り戦略
「楽しいこと」「好きなこと」を仕事にすることは難しいものである。特に「遊びごと」に近いものは「ノリ」で簡単に人が集まるだけに、「一時の盛り上がり」で終わってしまいがちだ。少なくとも最初は「楽しい」ので、収支についての詰めが甘くなりがちで、スタッフに無償労働を強いたりするようなケースが多く、結果としてビジネスとしての持続性を得られないことが多い。

「ネイガー」の場合、そこの詰めが極めて堅実である。キャラクターの独創性だけではなく、ビジネスの基礎においても妥協していない。スポーツジムを経営してきた筆者の経験が生きている、と言える。

そしてその堅実性が「夢」の純粋性に由来するというのが、面白い。「ネイガー」が大ヒットしたとき地元の業界関係者から「稼げるときに稼がなきゃ」という「アドバイス」を多数もらったという。しかし、筆者は断固としてショーのギャラを値上げしなかったのだ。その理由は「100年先も秋田で生き続けているヒーローを作る気でいたから」。これが「本気」なところがすごいし、正しい。

このような経営のあり方は、結果として非常に正解である。人口減少社会に入った我が国においては、マーケット全体の拡大は望めない。「ネイガー」の顧客である「秋田の子どもたち」も、少子化の中で減少していく。マーケットが縮小していく中で利益を出し生き残るために最も有効なのは「マーケット深掘り戦略」である。今いるお客様を大事にし、満足してもらうことにより口コミで更なるお客様を連れてきてもらうという、まさに「ネイガー」が実践している戦略なのだ。

筆者はこの本の中で「小さいけど強いビジネススタイル」を確立したことが成功の要因と書いている。そのとおりである。しかしあえて言えば、小さい「から」こそ強いビジネススタイルなのである。マーケット深掘り戦略にとって、規模拡大は敵なのだ。

最後に特撮ヒーローファンとして、「ネイガー」のような独創的でレベルの高いローカルヒーローが全国に輩出することを希望する。ぜひ海老名氏の経験を参考にしていただきたいと思う。

・「ご当地ヒーローを作り上げた男の「思いの丈」全面展開
 本書をお勧めできるのは、「超神ネイガー」を知っていることが前提となのが、たとえ知らなくても本書により、興味を持って頂ける方にお勧めしたい一冊です。 ご当地ヒーロー、地産地消ヒーローという区分になるのであろうが、「超神ネイガー」を作り出した男の、思いあるいは「思い込み」が、周囲の共感を生み、説得力を持ち、現実化する過程をビジネス書の体裁を踏まえながら、分析・回想される。 著者の海老名保氏の挫折の積み重ねと、その潜伏期の時間を有効利用した読書体験(主にビジネス関連書であるが)とが、海老名保氏の一途さと相まってネイガー・プロジェクトの成功と本書に命を吹き込んでいると感じる。 思いあるいは思い込みの強さに命を与え、夢を現実にするための手がかりのヒントを与えてくれそうな一冊です。

・「ローカルヒーロー成功への手引書ではない。
全国に200あるとも、300あるとも言われるローカルヒーローだが、この本はそのローカルヒーロー運営の、成功のバイブルでもなければ、製作運営のマニュアル本でもない。強いて参考書にはなるかもしれないが、それも本書に書かれているビジネスの比率で言えば、大きな方の率で理解できない運営者の方が多いだろう。そもそも、ローカルヒーローのビジネス運営を否定する自治体や商業団体などには、わからないことの方が多いのではないだろうか。だからこそ面白い魅力を持った本である。作者と作者を取り巻く人々との関係、距離感、前向きな姿勢と感謝の気持ちにあふれた本であることは間違いない。その作者と作者を取り巻く人々の人間性に培われた超人ネイガーだからこそ、秋田の文化と、日本人が失いかけた「情」や「夢」を伴ったキャラクターなのだ、ということ、決して金銭的な価値ではない本当の「豊かさ」とは何か、ということを改めて認識させられた本である。超神ネイガーは、秋田発のオンリーワン、すなわち日本でただ一つのローカルヒーローである。それがそのまま、作者イコールオンリーワン、という当たり前のことだから、この本の内容をそのまま、もしくは一部を切り取って自分の町の町おこしに当てはめようとしても当てはまらない。本気で町おこしをしたいなら、この本を読んでまずそれを理解することだ。

・「生き方の本
ビジネス書というより、人間の生き方についての本だと感じました。男の子を育てるいち母として、自分の子供にこんなふうに強く育ってほしい、そのために親として、自分に何ができるだろうか?を考えさせられました。ビジネスといったカテゴリーに関係なく、読んだ人の人生と著者の人生を照らし合わせ、様々な生き方のヒントが得られる本です。

奇跡のご当地ヒーロー「超神ネイガー」を作った男~「無名の男」はいかにして「地域ブランド」を生み出したのか~ (詳細)

負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫)

・「珠玉の経営エッセンス集
今から25年近く前に書かれた内容とは思えない新鮮かつ普遍的な目線が、ふんだんに盛り込まれた好著。著者が現役を引退して、野球評論家として活躍していた時期に、時には冷徹・時には温情の目で、各チーム・選手・監督の実情を、非常にわかりやすくユーモラスに書いている。「自分の成績・タイトルにこだわる『利益型』から、チームの勝利に貢献することを第一と考える『貢献型』への脱皮」は、最近の著書でよく目にする内容だが、既に25年前から言い続けていたことに驚かされた。プロ野球にとどまらず、広く組織を率いるリーダーとして、いかにあるべきかを明確に示しており、できるだけ多くの人に読まれてほしい本である。野球の奥深さや組織づくりの難しさ、そして何よりも野村監督の"すごさ"に圧倒させられるはずである。

・「野村克也の目線
本書は25年ほど前若しくはそれ以前の野球界を中心に描かれている。40になった私でも記憶にないシーンや人物名は知っていてもリアルタイムでない選手がたくさん居る。しかしぼやきのノムさんの著書はやはり辛辣ではあるのだがそこはかとない愛に溢れている。

自己啓発本として野球監督経験者の著書を読まれる方が多いが、数冊野村氏の本を読んでいる私にとって氏の本は自己啓発や組織の纏め方といった要素より「人として大切なこと」「人生の中でのその瞬間」といったことを考えさせられる本です。決して処世術を教えている本ではありません。

野村克也という人物を苦手に思う野球ファンはたくさんいらっしゃいます。そういった方にこそ手にとって戴きたい一冊です。

・「プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代
 今だプロスポーツとして人気NO.1のプロ野球。本書は、84年刊行の『組織戦の時代 プロ野球 野村克也の目』と、85年刊行の『プロ野球 監督たちの戦い』を改題・再編集し上下巻にしたものである。 本書は、野村克也氏によるプロ野球83・84年シーズンを中心とした時評集である。野村氏の目により、往年の名選手・名監督が分析的回想され、執筆当時の広岡西武や藤田巨人と選手たち、また球界を沸かせた選手、きらりと輝いた選手たちが俎上に挙がる。 本書の刊行は、25年の時を経て文庫本として発売に至る評論としての「強さ」と、現在の野村氏への興味と期待の現れであろう。 09年の現在、様々な「野村本」が出版されているが、プロ野球評論家としての野村氏の初期の姿を知る資料となる二巻である。

・「まさに有言実行!
現役を退いてから評論家として本格的に活躍を始めた時期(1983〜84年)の文章が集められた本である。したがって、江夏、田淵、山本浩二などなど、登場する選手や監督も懐かしい名前が並んでいる。後に出版される数多くの「野村本」の元になっていると思われるエピソードがたくさん出てくるので、そちらを先に読んでしまった方にも十分楽しめる内容になっている。

この本の中で一番感動した箇所は、何といっても池田高校の監督をした蔦さんについて触れたところである。

「いつもながらこの人はいい言葉を残す。あっさりしていて、そのくせ不屈の気持ちがどこかにこもっている。当たり前のことをいっているのだが不思議に聞く人の心をとらえる。選手が慕うのも当然だろう。蔦さんの後ろ姿を見ていて私はある人を思い出した。引退するとき相手チームの選手からも胴上げされた、あの西本さんである。この人も選手を育てるのがうまかった。」(上巻、pp.180-181)

人を育てることに使命感を抱いて野球人生を過ごし、数多くの教え子たちに胴上げされて花道を飾った野村監督。まさに有言実行の野球人生だったといえるだろう。本当にお疲れ様でした。

負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫) (詳細)

負けに不思議の負けなし〈完全版〉 下 (朝日文庫)

・「プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代
 今だプロスポーツとして人気NO.1のプロ野球。本書は、84年刊行の『組織戦の時代 プロ野球 野村克也の目』と、85年刊行の『プロ野球 監督たちの戦い』を改題・再編集し上下巻にしたものである。  本書は、野村克也氏によるプロ野球83・84年シーズンを中心とした時評集である。野村氏の目により、往年の名選手・名監督が分析的回想され、執筆当時の広岡西武や藤田巨人と選手たち、また球界を沸かせた選手、きらりと輝いた選手たちが俎上に挙がる。  本書の刊行は、25年の時を経て文庫本として発売に至る評論としての「強さ」と、現在の野村氏への興味と期待の現れであろう。  09年の現在、様々な「野村本」が出版されているが、プロ野球評論家としての野村氏の初期の姿を知る資料となる二巻である。

・「まさに有言実行!
現役を退いてから評論家として本格的に活躍を始めた時期(1983〜84年)の文章が集められた本である。したがって、江夏、田淵、山本浩二などなど、登場する選手や監督も懐かしい名前が並んでいる。後に出版される数多くの「野村本」の元になっていると思われるエピソードがたくさん出てくるので、そちらを先に読んでしまった方にも十分楽しめる内容になっている。

この本の中で一番感動した箇所は、何といっても池田高校の監督をした蔦さんについて触れたところである。

「いつもながらこの人はいい言葉を残す。あっさりしていて、そのくせ不屈の気持ちがどこかにこもっている。当たり前のことをいっているのだが不思議に聞く人の心をとらえる。選手が慕うのも当然だろう。蔦さんの後ろ姿を見ていて私はある人を思い出した。引退するとき相手チームの選手からも胴上げされた、あの西本さんである。この人も選手を育てるのがうまかった。」(上巻、pp.180-181)

人を育てることに使命感を抱いて野球人生を過ごし、数多くの教え子たちに胴上げされて花道を飾った野村監督。まさに有言実行の野球人生だったといえるだろう。本当にお疲れ様でした。

負けに不思議の負けなし〈完全版〉 下 (朝日文庫) (詳細)

野村主義

・「さすが野村監督!
 私が野村監督の著書を読むのは4冊目ですが、今回のこの「野村主義」も、非常に楽しめました。この著書も優れた文章で非常に読み応えがありました。

 今回の目新しい点は、中日・落合博満監督について今までより深く語っている点、また、現在楽天にいる岩隈・山崎・田中への苦言や期待を、最近のエピソードを交えながら示している点、さらに海の向こう側メジャーリーグの監督たちにライバル心を覗かせている点などで、まだまだ情熱が衰えない野村監督の言葉は、部分部分で思わず呻ってしまうほどの内容でした。

 さらに個人的に面白かったのは、楽天フロント陣との交渉に関する内容で、いかにもIT企業らしい振る舞いをしてくるフロントに対する野村監督の苦言です。「1年で次期監督を育てろ」というフロントに対する野村監督の苦言は、「そこまで言ってしまって大丈夫なのか?」と思うほど踏み込んだ文章で、非常に面白かったです。   野村監督の本が好きな方にも、まだ野村監督の本を読んだことがない人にも、この「野村主義」はお勧めできます。

  *追記* 「使い回しがほとんど見られない」とレビューしていた方がいらっしゃいましたが、私は過去に「野村ノート」「エースの品格」「あぁ、監督」の3冊を読みましたが、7割くらいはこの3冊と内容がかぶっています。ご注意を。

*阪神の九万オーナーとの交渉  ヤクルトの相馬社長の全面協力  南海・鶴岡監督との関係  ヘッドコーチにブレイザーを起用  巨人・川上監督への評価  ヤクルトの後継者にあたる若松と古田への評価  江本と江夏とのエピソード  外国人監督に対する考え  シダックス野球部での野間口の継投判断の失敗  落合監督の日本シリーズでの山井から岩瀬への継投の是非  リーダーシップと組織論 ect.   

・「人間主義!
 最近見られる、使いまわしの話材は少なく、新しいものが数多く見られたので、新鮮さがひときわ光る内容でした。 本書の中で、少年野球の監督は人間教育を先ず第一に考えていなければ試合には勝てない!とあったが、今のうちの息子のリトルリーグの監督はその見本のようなものであり、ゲームの内容もさっぱりである。今はひたすら耐えている息子を気遣うばかりである。 本書はWBCのことも出ているし、落合監督・等、かなり面白く話が展開していくので勉強になりました。

・「野村克也の現役監督続投宣言
 衆人環視の中、毎試合毎シーズン結果が数字で現れ批判に曝される過酷な職業であるプロ野球界。選挙公約、マニュフェスト等、選挙が終われば忘れ去られ、「結果責任」が言葉として踊るだけの政界とは、見事な対比を成している。 本が売れないと言われる中、数々の野村本が出版され続けているのは、プロ野球が今だスポーツニュースに大きな位置を占める日本で、野村克也監督は確かに「余人をもつて代え難い人材」であり、またプロ野球界でも稀有な語り手としての才能を持ち合わせていると思われる。存命・故人・現役・OBの別なく実名を挙げた選手・監督に対する言及は、読者にとってはやきり大きな魅力と言えるだろう。 野村克也氏とそのファミリーに対する好き嫌いの振幅度は、その存在感の大きさを逆に証明している。 プロ野球の世界に、己の職場を重ね人生を重ねる読者の存在が、また一冊野村本を世に送り出したと言える。 数々の野村本が発売されているが、本書は2010シーズンに向けた監督続投宣言(他球団を含め)と読める作りである。楽天・横浜・ロッテ球団に対して、「野村に監督を要請するのなら、この程度は理解しろ」とのメッセージか?

・「これも素晴らしいい一冊です!!!
人間教育。これは野球に限らず、どのような仕事をしていても必要なことだと思います。これが欠落しているがために、せっかくの技術を活かし切れていないと思うことが、世の中たくさんあると思うのです。もちろん、身近でもたくさんあります。ですから、なんとか自分の身近の周囲のことに対してなんとか働きかけて良くすることができないだろうかと思います。自分にできることは何か。それに集中して、それを貫いて、そして作り上げた「野村の考え」。とても尊い教えでもあると思います。これまでの著作もそうでしたが、単なる野球論に留まらない、「人が人として生きていくこと」の基本を大事にするように諭されるようです。

・「闘い続ける衝動
私は昭和48年生まれで、マスコミを通じて感じて来たことでしかありませんが、野村監督は選手としての評価よりも監督としての評価が高いけれども、ONに次ぐ名選手としての実績がある割には、前述の二人よりもイマイチ評価されて来なかったのではないかなと思います。それはスキャンダルにも因るでしょうし我々にははかり知れない何かがあってかの事かもしれませんが、監督として実績を挙げれなかった場合は、野村さんはONの影に完全に隠れてしまった、隠されてしまったのかもしれません。それはともかく、この方は本当に苦労してそして自分の頭でしっかりと考えて選手として生きてきたのだなと・・他の著書も読んできましたが、驚きを越えて唖然とするほどです。今の日本人というのは、マニュアル主義、マスコミの情報を鵜呑みにする・・と正面切って言われると反発したくなるかもしれませんが、本当に自分の頭で考えてそれに基づいて責任を取っていないように思います。もちろん私も含めてです。ただフォローすれば、自分で考えた所でそれを実行もできないし、責任も取れないような社会システムができあがっているのかもしれませんが・・本当に体一つで厳しいプロの世界を生き抜いた男の生きざまというのは凄いです。サラリーマンであっても、今のように管理されたシステムの社会であっても彼の生きざま・考え方は参考になると思います。ぜひ一読してください。

野村主義 (詳細)

安全と安心の科学 (集英社新書)

・「人間のミスを防止することを考えます。


 人間の誤判断や誤操作(ヒューマンエラー)があったとしても、間違いを非難したり、責任を問う前に、確実に起こった事の詳細をつかむ事が大切です。 事実をきちんと把握して同じ事を再度起こさないためにどうしたらいいのか、そのために必要な、fool-proof、fail-safeの仕組みを作り上げる事が大切なのです。 日本人はミスを犯すと、ミスをした人を責めてしまいますが、何故ミスを犯してしまったかを、組織的に議論して、ミスを再度起こさない事を組織として考える事の重要性を教えてくれる一冊です。

・「「安全」と「安心」の?/「安全」の科学入門
 飛行機・医療・自動車・食品等々、我々を取り巻く社会は時に人に牙を向けるかの様に、人を不安に陥れる時がある。 著者の村上陽一郎氏は、安全が保たれる社会構築への道筋に科学の力を用いて、学問としての「安全学」を提唱し、個人責任追及型・「被害者の処罰感情優先」ではない、「人は間違いを犯す」ことを前提としたもう一つの道を提示する。 トータルとしての「安全」「安心」確保への道筋が、システム構築にあるという真っ当な主張が、広がりを持つために本書が普及することが望まれる。

・「安全と安心を原点から科学した本
 現在、産業安全行政の一端に携わっているが、この行政においても「安全で安心できる」がキーワードになっている。 しかし、「安全」や「安心」自体の意味を明確に理解しているかと言うと、なかなか難しいものである。 そんな時、自ら関わっている「安全」や「安心」を別の角度から見ることができる本である。 この本は、(産業安全だけでなく)広い意味の安全を対象にして、何が現代社会の安全を脅かし、安心を損なっているのか、という全ての人に影響する本である。 「安全」とは何か。「安全」と「安心」の違いは何かなど分かりやすいヒントが多く得られる。 「危険」と「リスク」の違いも分かりやすく理解できた。 安全にするための対策である「フール・プルーフ」と「フェイル・セーフ」なども分かりやすい説明が書かれている。

・「安全・安心について、科学史・社会史的に書かれています
現代社会における安全・安心について、科学史的・社会史的な視点から述べられています。社会において、安全・安心とは何か。科学はどのように安全・安心を扱ってきたか。平易な文章で述べられています。

原子力問題、交通問題、医療問題など個別の問題についても章が割かれていますが、個別の議論よりも、安全論・安心論の基礎が述べられていると思ったほうがよいでしょう。

著者の村上氏の専門である科学史・科学哲学史の知見に基づくしっかりした議論になっており、安全問題に関心のある一般向けの本として大いにお勧めできます。

唯一気になる点としては、「聞き書き」のような、冗長な文章表現、余談への脱線が見受けられるところでしょうか。興味深いと感じるか、だらだらしていると感じるか、読者の感想の分れるところだろうと思います。

安全と安心の科学 (集英社新書) (詳細)

医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか?

・「話が通じない二人 医師の作られ方/患者の出来方
 患者とのコミュニケーション不全にお悩みの医師の方、主治医が私のことを分ってくれないと憤慨される患者さん。そこには理由があります。 本書は、「異文化コミュニケーションとしての患者―医師関係」を医師の側から描いた自省録或いは自省のノウハウ集、と言ってしまっては身もふたも無いが、近似値ではあろう。 医学教育・医師養成教育の鋳型に自己を適合させた医学生・医師が、臨床現場の現実の患者の前で戸惑い立ち竦む姿の背景には、「医師アタマ」があったのであろう。 原因が特定出来たのであるから、日本の医療の将来は明るいかも?

・「何かギクシャクした医療を風通しの良いものにしてくれる可能性を見つけることが出来る本
患者中心の医療と言われて久しいけれども、それを志せば志すほどかえってトラブルが噴出しているように思えてならない。多くの医師は決して私利私欲に走って医療に携わっているわけではないと思うし、昔ほどパターナリズムに凝り固まっているわけではないと思うのだが、それでも1人1人の患者により良い医療を行おうとすればするほど、何かギクシャクとしたものがあるように思える。それは一体何故なのか?という疑問に少し答えてくれているように思えるのがこの本だ。決して答がきちんと出ているわけではないけれども、いろいろ考えさせられることが多く、今後に役に立つのではないだろうか。

・「面白く読める本ではありますが
医師(医学系研究者)たちが、医師と患者の間の齟齬は、双方が双方の思考パターンの差異に無自覚であるからだ、という基本的主張に立って、特に医師側のアタマ=思考論理構造を解剖した本です。抽象的思考に慣れた読者には、議論のしかたで論理の粗雑さが目立つかもしれませんが、そこが読みやすさにつながってもいて、面白く読める本です。確かに面白く読めるのですが、ひとことで言ってしまえば「医師の考えも一つの価値観、パースペクティヴであり、不偏不党の真理性はない」ということであって、これは当たり前でしょう。だから、この程度の思考パターンに医師たちが無自覚であるとすれば、ちょっとショックです。それから、対象読者を誰に設定しているのでしょう。読んでもらいたいのは、医師なのでしょうか、一般読者なのでしょうか。というのは、わからない専門語や専門略語が当然のように用いられている一方、NOTEという用語解説コーナーが設けてあったりする。それがまた、なくてもいい解説だったりもする。星3つが妥当と判断しました。

・「モアイは著者達そのものだ
 表紙にあるイースター島のモアイ像。著者達は近年のEBMの伝道者、研修医指導の鬼軍曹達、モアイは彼らそのものだ。医師と患者の間にあるギャップを何で埋めるのか永遠のテーマである。エビデンスで有無を言わさぬことか、それとも愛かはたまた宗教(スピリチュアル)か?医師アタマの医師とは、EBM以前の先輩経験主義者達、あまりに社会性を欠き自分達をてこずらせる研修医達、自分達が吹聴してきた杓子定規なEBMオタク達、か。発想はわかる、しかしお得意のエビデンスや海外文献の引用によるエビデンス批判に終始しなんら具体的方策を考えつかず、ある意味自虐的、散文調で非常に歯切れが悪い。この本はご自身の医師アタマ(全ての無知な医師達に自分達が教えてあげよう)に気づかず、彼らが日々直面している医師アタマ達を非難するだけの矛盾に気づかない、ご愁傷様。本当の良心とスキルを持った医師にはこのようなリクツも弁解も必要ない。著者達の私的な満足感、(本人も述べているが)カタルシスを充たすだけのこの本に2310円払う必要は無い。第六章「医師は偉い人であるべきか?」は最高に笑止。

・「医師アタマは誰
たぶん、この人は臨床の経験が豊富ではない人だと思う。中途半端に臨床をやって、それでadministrativeな方面にスイッチしたようなので、非常にお粗末なものの見方しかできていない。何もかも中途半端なまま、こういう本を書かれても読者には訴えない。まだ若いと思うので、医師という仕事に真剣に向き合ってもらいたい。

医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか? (詳細)

町医者が書いた哲学の本―正しい頭の使い方

・「これはおもしろい
この本はおもしろい本である。まずはタイトル。「町医者」といきなりあるが、「町医者」の頭の構造が知りたくなるというか、それだけで興味がわいてくる。副タイトルは、「正しい頭の使い方」となっているが、「自分は正しい頭の使い方をしているのだろうか?」と考えさせられる。ともかくも『哲学』させてくれる本であり、「ゆとりのある方」には是非お勧めの一冊である。

・「真理の掴み方
真理とは何か。

それは、教科書や、学者の論文の中に必ずしもあるものではない。この本は、自分でそれを掴むための道標となってくれる。

高名な哲学者でも、有名大学の教授でもなく、町医者が書いたというのもまた面白い。いや、そこにこそ、この本の面白さはある。

むしろ、諸学の細分化により、「専門バカ」が増えてきた昨今、こういった別分野の畑から光を当ててみる事も必要なのではないか。

・「特に若い人に勧めたい
 名文である。

 臨床医という多忙な生活の中でよくぞこれだけ厖大な文献を読みこなしたと感心する。内容がよくこなれていて、体系的にも見事な構成になっており、難解な哲学をわかりやすく解説している。

 哲学史のところが冗長な感があるが、古代の哲学者がどうやって議論を前進させたかを学ぶことで、学会でさまざまな学説が対立しているときに新しい学説を打ち立てるためにインスピレーションを得ることもあるだろう。

 事実の収集から、現象論、反省、一般論、構造論、本質論という思考のプロセスの解説はイタイイタイ病を例として非常にわかりやすく理解できる。

 理系研究者向けとのことだが、確かに、若いうちに学んでおけば、優れた研究実績をあげることができそうな気がする。ものを考えることを停止してしまった多くの若者や一般読者にとっても役立つことが多いだろう。

町医者が書いた哲学の本―正しい頭の使い方 (詳細)

物理学と神 (集英社新書)

・「方程式-神=神への挑戦
タイトルに惹かれて購入したけども、正解でした!、かなりおもしろい!!歴史上の物理学者(科学者)たちの神への『挑戦』は特に深く楽しむことができた。16,17世紀のAge of Reasonがmodernityを賞賛してからの、科学の地位の向上と、論理的に説明のつかぬ神への挑戦。二つのバランスの記述は楽しめます。そして、神と悪魔のパラドックス、神のサイコロ遊びなど、とにかくおもしろい。神の存在をなんとかして方程式の中に入れようとした物理学者の苦労は少し滑稽でもあるし、神は賭博士であるといったユーモアあふれる著者の文章は、物理学が高校時代に嫌いだった私でえ、楽しめたので、かなりお勧めの一冊。

・「神と物理学に投影する人の営み/大人のための物理学チョイ入門
 キリスト教文化圏での科学(物理学)を担った人々を素材としながら、物理学特に宇宙論を中心にエピソードを織り交ぜ、大人のための物理学チョイ入門である。 理系頭には食い足りないかもしれないが、物理に拒絶反応を示す人々には「タテ書」の物理学入門書として有用と思われる。

・「無知と知の境界線
哲学や宗教学は好きだし、SFも好きだけれども、物理学は大の苦手。にもかかわらず、苦痛にならずに、興味を持って、最後まで読むことができた良書だった。神仏を対照させることで、とっつきやすく、わかりやすく、解説することに成功しただけではない。著者は人間を超越している存在を引き合いに出すことで、物理学者のみならず科学者が、無知の領域、未知の領域があることを忘れないよう、謙虚な姿勢を保つことを謳っている。そこに深く共感した。フラクタルや複雑系など、難しげな専門用語をそれなりに理解できたような気がするし、物理学の姿勢や目的がなんとなくわかった気がする。これで、少しは私も21世紀の常識に近づけただろうか……。

・「哲学的物理学入門
 「神様」というのは人é-"が勝手にでっち上ã'た観念である。今ではそういう考えのæ-¹ãŒå¤šã„。ã-かã-æ˜"は神の「存在」は絶対的な前提条件であった。「それでも地球は回っている」といったガリレオも神の存在そのものã‚'ç-'っていたわã'ではない。天才アインシュタインもまた神の理念に合わないからと宇宙の膨張ã‚'証明する自分のæ-¹ç¨‹å¼ã«é-"違った手ã‚'加えた。ã"の本はそういったエãƒ"ソードã‚'交えながら、神の意図ã‚'証明ã-ようとã-て発展ã-ていった物理学が、発展ã-過ぎて逆に神の「不在」ã‚'æš'露ã-てã-まう皮肉な過程ã‚'描いている。技è¡"å...ˆè¡Œã®ç¾ä»£ç§'å­¦ã‚'再考する上で、ã"の本のようなè§'度からの考えæ-¹ã¯æ¬ ã‹ã›ãªã„ものであるように思える。多å°'難ã-い部分は飛ばã-ても問題ない。最è¿'良書の多い集英社æ-°æ›¸ã ãŒã€ã!"の本ももっと読まれてもいいようなæ°-がする。

・「入門書としては優れもの。
 池内教授は、これまでにも一般の人々には理解しがたい物理学の領域をわかりやすく紹介した書物を数多く執筆してこられた。本書もその流れに連なるものであり、物理学とりわけ理論物理学の「入門書」としては、なかなかに優れものである。何より、新書ということで誰にも手に取りやすい上、各章ごとに比較的入手しやすい参考文献があがっている。 内容的にも、一般によく知られている例や言葉を使うなどして、著者なりの配慮が施されている。確かに、一部、難解な部分もあるが全体としては、物理の非専門家にも興味を抱かせる内容となっている。

物理学と神 (集英社新書) (詳細)

大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書)

・「時間とは結局、個々人の頭の中にしか無いのだろうか
幾多の偉人が頭を悩ませてきた難題である「時間」に関し、様々な面からアプローチを試みる書籍。

結局のところ時間とはどこに存在し、どう確認できるものなのかについて本書でも答えは出ていないが、古今にて提唱された様々な時間論、また、人間の感覚に関する説が紹介されており、それらが抜群に面白い。

一見それぞれ分野が異なるように思える、錯視、神経反応の速度差、過去〜現代の生活速度の変化などを説明しながら「人間の感覚とはいかなるものか」を各々解き明かし、結局は時間感覚についての考察へと収束させている。

また、人間は動くものなら何でもエサと判断して飛びつく“カエルの感覚”を見て嘲笑し、人間自身の曖昧な感覚(錯視など)を見て「人間なんて適当なもんだ」と苦笑するが、{それらはその生物種全体に共通し固有なものである以上、進化において獲得してきた優秀な仕組み}とする筆者の論には強く納得をさせられた。

あるのかないのかも分からない「時間」それ自身を命題として論ずるのでなく、「人間が感じる時間」について幅広く論じているから、飽きることなくスイスイと読み進められ、読了して気付いてみれば人間の感覚、そして時間論に関する様々な考えが頭に入っている。

時間に関する書籍としても、人間を解き明かす書籍としても、大変面白くぜひオススメしたい書籍だ。

・「熟練審判でも、オフサイドの誤審をしてしまうことがある
ユクスキュルは、動物は、物理学でいう一つの世界ではなく、各種に特有の知覚世界と作用世界に生きており、種なりの環世界を作って生きていると洞察しました。誰にでも同一である客観的な時空の知覚世界。それとはズレている知覚世界に生きている各生物種。このズレの問題を、生物でも特に人間種、知覚世界の範疇でも特に時間に絞り、人特有の時間知覚のズレとその原因を、現在まで判っている認知心理学の成果を使って、やさしく説いています。最終章には、時間がどう変質して、我々は時間に追いまくられる生活に陥ってしまったのか。人間として生きられる時間をどう回復すればいいのか。現代社会論にまで言及しています。

・「結局のところ、解はないのだが
時間に関して、哲学的、物理的、生物学的、心理学的・・なアプローチを試みている本です。特に錯視に関する詳細な記述は、人間の感覚というもののいい加減さを理解するのに面白く読めました。でも時間の感じ方の違いについて、断片的な検証はあるけれど、決定的なものはないということが分かりました。

・「なぜ短くならないのかをかんがえるのもおもしろい
としをとると時間がみじかく感じられるようになるといわれている.この本はその理由をおもに心理学的にあきらかにしようとしている.代謝,感情,注意,その他さまざまな要因が説明されている.私自身はとしをとって時間がみじかくなったとはおもっていないので,なぜそれらの要因があてはまらないのかをかんがえながらよむのがおもしろかった.

・「短いと感じる「錯覚」は、知識があっても回避されない
なぜ、時間が進むのを速く感じるようになるのか?文学博士にして心理学教育者の著者が、初心者から玄人まで対象として解説しています。

問題の定義は以下のとおり。 「物理的には同じ時間が経過しているのに、  感じられる時間の長さが異なるのはなぜか?」

本書では、五感などと違って時間知覚には感覚器官がないこと、知識があっても錯覚は回避されないことから、体感時間(「心的時計の進み方」)は心理学的に速く感じることを説明しています。例えば、代謝が上がると速く感じる身体的理由、また、脈絡やまとまりなどの意味があることで短く感じる心的理由など。

僕としては、情報過多になり、やりたいことが多くて「時間が足りない」と感じる心的理由にとても納得してしまいました。

なお、同時期に発売された以下の書籍とは、著者経歴・読者対象が対極で面白いです。コラボでなく偶然のようですし。 竹内薫;『一年は、なぜ年々速くなるのか (青春新書INTELLIGENCE)』

大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書) (詳細)

理系のための「即効!」卒業論文術 (ブルーバックス)

・「初心者と多忙の学部指導教員の救いの神
 単なる文章講座ではない、「理系の卒論」に絞り込んだ迷える大学生の救いの神になる新書です。 大学生が人生で最初に遭遇する「卒論」に、その心構えからスケジュールの立て方その他諸々を、噛んで含めるような優しい日本語で無駄なく説明し、伴走者の役割を果す一冊です。 学会の論文査読委員を務めた経験から、もう一歩の論文、完成度高い論文等々を読みこなし、躓くポイントの目利きである著者の経験が生かされています。 論文に取り組むための最初の一冊として、お勧めです。

・「理系の3年生,今すぐ読もう!!
理系の3年生の必須教科書にしたいぐらい,分かりやすくまとめられています.パワーポイント作成や発表に関しては,理系でなくとも,プレゼン発表のマニュアルとしても活用性が高いと思います.一つだけ気になる点があるとすれば,日程の設定が,若干遅めです.大学によって,配属,テーマ決定の時期などが異なることが多いでしょう.しかし,現在,就活の時期が前倒しになり,しかも長期化の傾向があります.このことから,本著の通りに日程を組めば,実験は終了せず,中途半端な状態でまとめなくてはならない可能性があります.少なくとも実験の安定期は,春休みかGW前までに作り上げることが必要です.

理系のための「即効!」卒業論文術 (ブルーバックス) (詳細)

宝塚式「美人」養成講座-伝説の「ブスの25箇条」に学ぶ「きれい」へのレッスン

・「歴史のフィルターを生き残った自分の育て方「宝塚の25箇条」
 いわゆるタレント本と呼ばれるものの一種であろうが、紹介された「ブスの25箇条」に引き寄せられて購読した。 著者の貴城けい氏も宝塚に関する知識も持ち合わせていないが、本書はいわば教育機関としての宝塚音楽学校と歌劇団に伝わる「ブスの25箇条」を素材にした「自分の育て」本であるが、巷に溢れる「自己啓発本」臭さは無い。 また、タレント人気便乗本でもない。

・「キレイ!!
届いたとき表紙がとってもキレイで感動しました☆言葉遣いもキレイだし、人としてすごく大切なことが書かれています!!満足です♪

・「ほんとうに・・・
この本はすばらしい1冊だと思います。女性だけでなく男性も知っていて損はないと思うので目にとまった方は何かのご縁と読んでみる価値があるとおもいますよ。

宝塚式「美人」養成講座-伝説の「ブスの25箇条」に学ぶ「きれい」へのレッスン (詳細)
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