バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「ゴールドベルク変奏曲に始まり同曲で事実上幕を閉じた天才の生涯を飾る不滅の遺作」「自分の葬式にかけてほしい程」「仕事がはかどります。」「絶対聴かないと後悔する」「バッハをこよなく敬愛したグールド」
バッハ:ゴールドベルク変奏曲(55年モノラル盤) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「偉大なる第一歩」「晩年の録音と対比すると興味深いです。」「日曜日の午後」「現代的なジャズ」「グールド最初の1枚」
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「人生の宝物」「音が輝く」「2巻と双璧。」「グールドの『旧約聖書』は」「バッハ×グールドだけの独創性。至上の音楽。」
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第2巻 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「グールド最高傑作のひとつだと思います。」「グールドの『旧約聖書』は」「速いテンポの意味。前人未踏の平均律」
バッハ:フーガの技法 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「とくに付け加える事もなく...」「グールドによるバッハ・フーガの技法の決定版」「オルガン使用の理由」「グールド唯一のオルガン演奏」「グールド唯一のオルガン演奏」
バッハ:パルティータ全曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「グールドのバッハでも最も好きな曲。」「何度聴いても飽きないのは何故?」「若き日のグールド,晩年の彼を聴き比べられる2枚」「格好良い、美しい」「ゆったりとした気持ちになれます」
バッハ:インベンションとシンフォニア (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「奏者の思惑にはまる」「ピアノへのこだわり」「ピアノへのこだわり」「オスカルも弾いている」「小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、」
バッハ:フランス組曲(全曲) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「比類なき銘品」「素晴らしい演奏です!!」「実に軽やかなバッハ」「愛しき妻への贈り物」「天上から降り注ぐ音楽」
バッハ:リトル・バッハ・ブック (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「グールド自身の選曲によるバッハ演奏のベスト盤」「おすすめです!」「未来永劫消えることのない光を放つバッハ」「すばらしい!」「新鮮な感動!」
バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)
「グールドがピアノで弾くわけ」「躍動感にあふれたバッハの世界」「『ドロップアウト』以前」「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。」「『ドロップアウト』以前」
未完のイタリアン・アルバム (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲), スカルラッティ(作曲), C.P.E.バッハ(作曲)
「グールドのバッハ中指折りの名盤!」「イタリアバロックとバッハ、そしてグールド」「涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバム」「小さい頃からバッハに苦しんで来たあなた、バッハが好きになります」「27歳の記憶の曲や!」
バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲), バーンスタイン(レナード)(指揮), ゴルシュマン(ウラジミール)(指揮), ニューヨーク・フィルハーモニック(演奏), コロンビア交響楽団(演奏)
「幸せな雰囲気一杯の作品」「名盤です。」
エリザベス朝のヴァージナル音楽名曲選 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バード(作曲), ギボンズ(作曲), スウェーリンク(作曲)
「ゴルトベルクはさておき・・・」「魂を揺さぶる―人類ピアノ音楽の極致」「バッハ以外のグールドの名演(1):エリザベス朝ヴァージナル音楽名曲選の決定版」「トリル好きにはたまらない一枚」「優雅な宮廷音楽」
ピアノによる「運命,田園」 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), リスト(その他)
「グールドの「田園」は本作のものの方がお薦めでしょう。」「最高の田園」「ピアノだけで「運命」が!」「ピアノソロの良さ」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集 (詳細)
ベートーヴェン(作曲), ゴルシュマン(ウラディミール)(指揮), バーンスタイン(レナード)(指揮), ストコフスキー(レオポルド)(指揮), コロンビア交響楽団(オーケストラ), ニューヨーク・フィルハーモニック(オーケストラ), アメリカ交響楽団(オーケストラ), グールド(グレン)(Piano)
「バッハ以外のグールドの名演(7)・最高のベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集」「新鮮でした。」「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では」
ラヴェル:ラ・ヴァルス (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベルク(作曲), クルジェネーク(作曲), ウェーベルン(作曲), ラヴェル(作曲), ドビュッシー(作曲), ブロット(ボリス)(指揮), キャンベル(ジェームズ)(演奏)
「乾いた音と湿った感性」
モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), モーツァルト(作曲)
「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」「我とともに唄え、モーツアルトを!」「まさに「あいた口がふさがらない」」「買ってください」「私もこれではまりました」
ブラームス:バラード,ラプソデ (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)
「the still air」「the still air」「グールド演奏で3指に入る名演」「the still air」「the still air」
ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)
「瑞々しさと冬枯れ」「孤高の調べ」「孤高の調べ」「グールド演奏で3指に入る名演」「これは哲学」
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 I (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
「なるほど、こう弾くか」「私にとってのスタンダード」「なるほど、こう弾くか」
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 II (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
「「田園」の発見。」「「グールドの中で、もっとも好きかもしれない」の巻」
ハイドン 後期6大ソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ハイドン(作曲)
「目から鱗の演奏」「さて」「バッハ以外のグールドの名演(3の1):初のデジタル録音による驚きのハイドン」「グールド最高レベルの傑作」「グールドの作品には聴く順番がある」
シェーンベルク作品集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), シェーンベルク(作曲), クラフト(ロバート)(指揮), CBC交響楽団(演奏), ベーカー(イズラエル)(演奏), ジュリアード弦楽四重奏団(演奏)
「からくりを解く一歩手前までくる」
シューマン:P四重奏曲/他 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), シューマン(作曲), ブラームス(作曲), ジュリアード弦楽四重奏団(演奏), モントリオール弦楽四重奏団(演奏)
「珍しいうえに素晴らしい」「シューマン弾きでないグールドの変態的シューマン」
アンド・セレニティ~瞑想するグレン・グールド (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), スクリャービン(作曲), R.シュトラウス(作曲), ブラームス(作曲), バッハ(作曲), シベリウス(作曲), メンデルスゾーン(作曲), C.P.E.バッハ(作曲), グリーグ(作曲), A.マルチェルロ(作曲)
「友人にプレゼントしました。」「多言を要さぬ名演」「凝りに凝った選曲にびっくり」「国内盤をおすすめします」
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>演奏者別>カ行の演奏者>グールド
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クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>サ行の作曲家>スカルラッティ
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クラシック>器楽>交響曲・管弦楽曲>ナ・ハ行の作曲家>バーンスタイン
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・「ゴールドベルク変奏曲に始まり同曲で事実上幕を閉じた天才の生涯を飾る不滅の遺作」
このゴールドベルク変奏曲81年デジタル再録音盤のリリースとグールドの死のどちらが先だったか私の記憶は定かでない。しかし、当時このグールドの「遺作」に接して、アリアで始まりアリアで終わるようゴールドベルク変奏曲それ自体と、同曲でデビューし26年後の同じ曲の再録音で幕を閉じたグールドの生涯の相似に複雑な感慨を覚えた記憶がある。日本映画の巨匠小津安二郎監督が丁度60歳の誕生日に死を迎えたように、時として神様は芸術家の生涯に劇的な幕切れを用意するものである。グールドは本作の録音以降にも録音を残しているが、バッハの大曲ということに関しては本作が遺作であることに間違いない。
そして、本作で展開されるグールドのバッハ演奏の総決算といってもよい、演奏と録音の圧倒的な見事さ。55年録音が38分23秒だったのに対し、この81年録音は51分19秒。冒頭とラストのアリアのゆったりとしたテンポに象徴されるように全体として悠然とした演奏で、55年録音では反復していなかった箇所も一部反復していることがこの時間差となって表れているが、グールドの同曲に対する解釈の見直し・掘り下げに基づくものであり、私は55年録音と81年録音が並存しても構わないと思う。両方とも、キビキビとした躍動感と深い叙情を兼ね備えた稀代の名演でその価値はバッハ演奏史において燦然と輝き続けるだろう。本エディションはデジタル録音であることに加えて、DSDマスタリングとルビジウム・クロック・カッティングによって一音一音の輪郭が鮮明となり、この歴史的名演が今生まれたかのような清冽さで収録されている。旧録音と対比しつつこの81年録音の演奏を丹念に分析した諸井誠氏の解説も読み応えがある。本エディションを廉価で入手できたのは大きな喜びであった。
・「自分の葬式にかけてほしい程」
とても癒されます。自分の葬式にはこれをかけてもらおうと思います。買いです。
1955年版とどちらを買おうか迷っている方は、こちらをお勧めします。
・「仕事がはかどります。」
仕事をしながら聞いています。昔聞いたグールドは演奏しながらたくさん歌ってましたが。これは彼の声ははいってないですね。でもとってもいいです。100%満足してます。
・「絶対聴かないと後悔する」
とにかくピアノを愛するかたは、0歳から死ぬまで、皆様聴くべきです。もう二度とこんなバッハありえないです。グールドの生声最高です!
・「バッハをこよなく敬愛したグールド」
バッハの傑作を挙げるとすれば、無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番(第5楽章のシャコンヌは圧巻ですね)、フーガの技法(様々な鍵盤楽器、弦楽四重奏曲、室内管弦楽で演奏されるので何枚も持っています)、それに、この「ゴールドベルク変奏曲」でしょう。主題のアリアを、バッハに深い畏敬の念を込めて、音価を長くゆっくりと、しなやかな手で一音一音鍵盤を撫でるように弾くグールドの姿が目に浮かびます。神々しくさえあります。catvcatさんは、ご葬儀にこの音楽をと書かれていますが、私は、娘の結婚式のBGMにと考えています。ちなみに、私の葬儀はベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第15番」と決めています。
・「偉大なる第一歩」
“グレン・グールド”の名が日本で一般の人にも広く知れ渡るようになったのは、実は最晩年に録音されたゴールドベルク変奏曲’81年盤が発売された頃、つまりグールドの死後だったと記憶しています。同じくこの’55年盤が彼のバッハデビュー盤であったというのは、なんという運命のいたずらだったのでしょう・・・グールドが22歳にして録音し、全米ヒットチャート1位となったこの作品は、モノラルという大きなハンディキャップを背負いながらも、今でも瑞々しい輝きを保ち続けています。グールドの見事な指さばきによりハイテンポで一気に弾かれてゆくこの“睡眠導入のための音楽”により、逆にアドレナリンの分泌が亢進し、皮肉にも頭がどんどん冴えわたってきてしまいます。’81年盤と大きく異なるのはこの点で、決してBGMにはなり得ない凄味まで感じます。
・「晩年の録音と対比すると興味深いです。」
このCDは若かりし頃の演奏であり、テンポが速めで溌剌さが前面に出ているように思えます。無論、好みの問題はありますが、若き演奏家としてすばらしい表現力を感じます。又、晩年に録音したCDと比較すると別人のような演奏です。こちらは枯れた味が感じられ、人生とは何かといったことを感じさせる演奏です。聴き比べすると一層の感動を覚えると思います。
・「日曜日の午後」
世界がもっと広くてもっと楽しいことがあると信じていた子供時代の日曜日。近所のお姉さんが練習していたアップライトピアノがうらやましくて、でもピアノを買う余裕なんて我が家にはなかったからいつも外でそのメロディを聴いていました。突然、揺れるレースのカーテン越しに「弾いてみる?」と声をかけられ、恥ずかしさとともに母の怒った顔が頭に浮かんで何も言わずに走って逃げました。
・「現代的なジャズ」
たまたま知るを楽しむで紹介されていたため、聞いたら、自由奔放な演奏に驚きました。気分を変えるにはいいですね。
・「グールド最初の1枚」
グールド最初の1枚 ラストレコーディングとの違い 個人的には後者かな。息子に取られてしまいました。
・「人生の宝物」
私事ですが、このCDの冒頭のハ長調プレリュードを聞いた瞬間、バッハという作曲家、グールドというピアニスト、ピアノの音、そしてクラシック音楽と、それらの全てを好きにしてくれた奇跡的な邂逅をもたらしてくれたCD。
よく知られたメロディを持つ1番、2番のプレリュードや、深遠な12番フーガ、童心に戻れるような愛らしい13番フーガなど、音楽の全ての要素が24曲の中にあると思います。複数の旋律を頭の中で追っていくというフーガ曲の楽しさを、グールドの特異な演奏がより際立たせ、教えてくれます。
ロック一辺倒の私が、このCDとの出会い以降、クラシックファンとなり、ピアノの手習いまで始める有様に。自分の人生に大きな楽しみをくれた宝物です。
・「音が輝く」
グールドの平均律は、私にとっては、演奏が始まった最初にクライマックスがやってくる。シンプルで美しいメロディラインは言うまでもないが、「これがピアノという楽器の奏でる音なのか」と思わず疑ってしまうほど美しい。ひとつひとつの音が、立ち上がって、粒だって、輝いて聞こえてくるのである。まだ聞いていない人は、是非一度この「音が輝く」を体感していただきたい。絶対にお勧めの1枚である。
・「2巻と双璧。」
いわずとしれた名曲、バッハの平均率クラヴィーア1巻のいわずとしれたピアニスト、グールドによる演奏。グールド流の遊び心(?)とのマッチングでいえば、2巻に軍配が上がるかもしれない。曲によってはほんの少し違和感を感じることもある。しかしながら、1巻の終わりに近い前奏曲、フーガ群は実にきれいだと思う。あまりクローズアップされないかもしれないが、グールドがいかに音の綺麗なピアニストであるかがわかると思う。グールドが厳粛に弾くバッハも素晴らしい。個人的には第22番変ロ短調の前奏曲、フーガが白眉。
・「グールドの『旧約聖書』は」
グールドの『旧約聖書』は、実は見えない長いスパンに渡りニューヨーク30th・ストリート・スタジオでレコーディングされている。それは1962年1月10日に始まりおよそ7年後の1971年1月31日に終わっている。(のべ35日と24回のセッションと言われている(●^o^●))例えば第一番ハ長調BWV846を取ってみても前奏曲は1962年6月7日、フーガは9月21日の録音である。それほどにグールドはこの自らの『旧約聖書』として残るこの録音にこだわったのだ。かくて第一巻は1965年に、第二巻は1972年に発売される。
既にグールドは、演奏会から『ドロップアウト』した1964年3月28日以前においては好んでこの平均律をリサイタルの曲目に選んでいる。グールドらしく前奏曲なしでフーガを演奏するというようなことも既に実践していた。グールドはこのバロック鍵盤音楽の最高傑作のこの曲においてですら、自らの好むと好まざるをハッキリと示していたのである。つまり、グールドは前奏曲よりフーガをはるかに好んだのだ。
このプロジェクトのプロデューサーを務めたポール・マイヤーズはこう言っている。『10も15もテイクを録った。ほとんどどのテイクもミスのない完璧なものでありながらどれも全く違っていた。テンポやダイナミックスだけでなくレジストレーションも全く異なっていた。グールドが次々と生み出す新しいバージョンを聴いていくのは素晴らしい体験だった。』
ここに集積されたもの、それはグールドの平均律における最良の『解釈』であると言えるだろう。そこにこそこの作品のアイデンティティがあり、グールドのアイデンティティがあるのだ。
・「バッハ×グールドだけの独創性。至上の音楽。」
前奏曲とフーガ48曲。しばらく聞いていなかったが、プレーヤがSACDに変わったこともあり、先週末、久しぶりに聴いた。やはり、すばらしい。グールドといえば、個性的、それもやや変人視する向きもあるようだが、彼の個性は真の独創といえる。自分の音をだすために、自分の演奏方法にあったピアノにするため、グールドは古いスタンウエーを徹底的に改造したのは有名な話だが、音が美しいのは当然だが、彼のタッチがすばらしい。バッハの楽譜にはテンポなどの指示はない(当時はみなそうだったらしい。自在に弾きたい彼にはピッタリの作曲家といえる。だから、タッチだけでなく、テンポも独特だ。ジャズの匂いがするのはそのせいだろう。好き嫌いはあるだろうが、私には「至上の音楽」と再認識した。聴くものを緊張させない、ある種の軽さと自由さ。
・「グールド最高傑作のひとつだと思います。」
平均率2巻は実にグールドにあった曲集だと思う。グールドらしい、遊び心、ドライブ感、彼流の叙情性がよく出ていると思う。まずはじめの前奏曲を聞いていただきたい。どの曲も素晴らしいと思う。その点からいれば、九番のフーガはもっとゆっくり弾いてもらえたら、と思わなくもない。グールドは他のところでは名曲の誉れ高きこの曲を大変ゆっくりに弾いている。ここでは前後のつながりを考えてこうしたのかもしれないが・・・。
・「グールドの『旧約聖書』は」
グールドの『旧約聖書』は、実は見えない長いスパンに渡りニューヨーク30th・ストリート・スタジオでレコーディングされている。それは1962年1月10日に始まりおよそ7年後の1971年1月31日に終わっている。(のべ35日と24回のセッションと言われている(●^o^●))例えば第一番ハ長調BWV846を取ってみても前奏曲は1962年6月7日、フーガは9月21日の録音である。それほどにグールドはこの自らの『旧約聖書』として残るこの録音にこだわったのだ。かくて第一巻は1965年に、第二巻は1972年に発売される。
既にグールドは、演奏会から『ドロップアウト』した1964年3月28日以前においては好んでこの平均律をリサイタルの曲目に選んでいる。グールドらしく前奏曲なしでフーガを演奏するというようなことも既に実践していた。グールドはこのバロック鍵盤音楽の最高傑作のこの曲においてですら、自らの好むと好まざるをハッキリと示していたのである。つまり、グールドは前奏曲よりフーガをはるかに好んだのだ。
このプロジェクトのプロデューサーを務めたポール・マイヤーズはこう言っている。『10も15もテイクを録った。ほとんどどのテイクもミスのない完璧なものでありながらどれも全く違っていた。テンポやダイナミックスだけでなくレジストレーションも全く異なっていた。グールドが次々と生み出す新しいバージョンを聴いていくのは素晴らしい体験だった。』
ここに集積されたもの、それはグールドの平均律における最良の『解釈』であると言えるだろう。そこにこそこの作品のアイデンティティがあり、グールドのアイデンティティがあるのだ。
・「速いテンポの意味。前人未踏の平均律」
グールドには「嫌いなのだが嫌いだと認めたくない曲を演奏する段になると、テンポを速めて弾く傾向」があった。また、ゴルトベルク変奏曲の再録音について論じたときに、グールドは、自分が最も好きな音楽とは、ゆっくり演奏されるのを聴きたい音楽と語っている(グレン・グールドの生涯 P.120)。グールドの「平均律 第2巻」を聴くと、そのテンポを「速すぎる」と感じるリスナーは少なくないだろう。つまり「変ホ長調の前奏曲」以降、総じて速いテンポに、リスナーは戸惑うかも知れない。グールドが、なぜ速いテンポで弾いたのかは、上記の発言をヒントにして、リスナーの受けとめにゆだねられる。私は、この平均律第2巻は、彼が、モーツァルトやベートーヴェンのソナタにおいて、作曲者の指示を無視してまで、速く弾いたのとは事情が違うと見る。つまりインタビュー「コンサート・ドロップアウト」の中で語られた次の言葉「完全に再創造するという観点から作品に取り組むのです。今まで聴いたことがない、と思われるような演奏をするのです。それがうまくできないのなら、もうやめて、その作品は忘れて、なにか別のものをやるべきでしょう」すなわち、平均律第2巻の速いテンポは「完全な再創造」の実践であり、その結果、前人未踏の平均律全巻録音がなされたと私は見る。
・「とくに付け加える事もなく...」
前半のオルガン演奏についてはマイクを極端に近づけているわけですが、これは残響を排除して空間性をはぎ取るという明確な意図によるものです。曲の構造を重視するグールドらしい意図ではありま~~す。オルガン=スピーカーというわけです。教会の火災で録音が中絶した後、総てをピアノで一気に録音し直すことも考えたものの実現せず、ばらばらに録音されたものがこのCDの後半に纏められています。そのために音質にもばらつきがありますが、充分に楽しめるものです。ピアノ演奏が纏められているという点で、フーガの技法についてはこのエディション版を購入~~されることを強くお薦めします。~
・「グールドによるバッハ・フーガの技法の決定版」
グールドによるバッハ・フーガの技法のCDは、オルガン演奏30分だけ収録したもの、何故かインヴェンションとシンフォニアを組み合わせたもの等が発売されているが、私はこの1997年発売の本作が決定版だと思う。コントラプンクトゥス第1番〜第9番が有名なグールド唯一のオルガン演奏約31分で、私は「怪演」などではなく、ピアノが本職のグールドらしさを感じさせつつも堂々とした名演だと思う。そして、本作を決定版と私が考えるのは、ピアノ演奏も収録されていること。即ち、コントラプンクトゥス第1、2、4番、正規音源による初発売となる同第9、11、13番、そして未完の同第14番のピアノ演奏であり、合計30分を超す。このうち、モノーラル録音は9、11、13番だけ。第1番等はオルガン演奏とピアノ演奏の比較に感興をそそられるし、何と言っても未完の第14番でピアノ演奏が止まる瞬間が時空の深淵をのぞくようで壮絶です。この瞬間の後にBACHの名によるプレリュードとフーガ変ロ長調BWV898(初発売)約5分が収録されているが、この曲はない方が、余韻があって良かったのではと思う。ジャケットもグールドがオルガンを弾いている写真の方が私は好きだ。そのような点を差し引いても本作は星5個に値する名盤である。
・「オルガン使用の理由」
レオンハルト盤と並ぶ決定版と考えている。 ここでのグールドのオルガン使用の意図ははっきりしている。彼はオルガンをピアノ化して使用したのだ。それは本曲の「構造」を明らかにしようという意図であり、十分理解できる。「怪演」という評価は当たっていないと思われる。組曲系(フランス、パルティータ等)とは違って複数の旋律線の織りなす構造を重視する平均律系(インヴェンションや本曲集)の演奏としてはグールドのアプローチは適切であり、従来のオルガン演奏の枠内で考えるべきではない。 ピアノ演奏も含まれている本エディション盤を購入すべきである。
・「グールド唯一のオルガン演奏」
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。
全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。
こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)
・「グールド唯一のオルガン演奏」
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。
全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。
こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)
・「グールドのバッハでも最も好きな曲。」
これは私がグールドのバッハの中でも最も好きなアルバムである。勿論平均率、ゴールドベルクも素晴らしい。しかしながら、パルティータのように比較的独立した曲が並ぶ曲集の場合、グールドの素晴らしさが一層引き立つように思われる。それは平均率1巻よりも2巻の方がグールドに合っていると思われる理由と合致しているのではないだろうか。さて、パルティータといえばチャーミングな1番、ドラマティックな2番が有名であるが、私のお気に入りはフランス序曲風に始まる4番、ワーグナー的なものさえ感じさせる6番である。特に6番の第1曲は異色の曲で、大変長い。しかしながらその長さを感じさせない、素晴らしい演奏であると思う。
・「何度聴いても飽きないのは何故?」
グールドのバッハは沢山聞きましたが、どれかひとつ、と言われたら、この曲集を挙げるかも知れません。組曲では、イギリス組曲やフランス組曲も勿論素晴らしいのですが、このパルティータは、本当に病み付きになります。グールドやバッハが好きで、万が一これを聴いていない方、人生損してます!
・「若き日のグールド,晩年の彼を聴き比べられる2枚」
グールドは剃刀のように鋭い1955年の「ゴルトベルク変奏曲」で本格的にレコード界に登場したが,次に録音したのがパルティータ全曲である.2番ハ短調の第1曲(シンフォニア)はフランス風序曲のスタイルで書かれた冒頭部,イタリア風に書かれた甘美でホモフォニックな中間部,そしてドイツ風の厳しいフーガ形式を取る終結部を持ち,3つの文化を融合させたバッハの能力には感嘆を禁じ得ない.グールドは3つの部分をそれぞれの特徴を実にうまく表現している.左利きであったグールドはしばしば低声部を強調することを好んだが,フーガ部分で嵐のように叩かれるバスの歩みは感動的だ.
この2枚のCDにはパルティータ全曲だけでなく,所謂「小プレリュードと小フーガ」も含まれている.グールドはこれらの小品にち?まり興味を示さず,録音は晩年までなされなかった.従って2枚のCDで若き日のグールドと晩年の彼を聴き比べることができる.(因みにピアノもスタンウェイとヤマハで異なっている.)小プレリュードでは,ホ短調BWV938が感動的だ.この曲は2声の易しい曲だが,潜在的ポリフォニーを多用しており3声に聞こえる部分が多い.(例えば33小節からのソプラノ.)33小節からのバスの上行の表現は(左利きの)グールドらしい.
・「格好良い、美しい」
グールドの演奏で好きなのは「ゴールドベルグ」と「平均率」、ピアノ演奏の「ジークフリード牧歌」、そしてこの曲である。「格好良い」と言った言葉を捧げたい。
グールドに対して、「ニュータウン的デオドランティスト」と言った批判がある。言っていること自体はわかるが、その人がロマンティストだろうがデオドランティストだろうが、私としては美しい作品を提供してもらえれば良い。
グールドの名演には人間の本源に達する魂が宿っている。彼はルビンシュタインを愛する人でもあったのだ。
ちなみにグールドの著作集も面白いので、そちらもお勧め。
・「ゆったりとした気持ちになれます」
このCDを聞くといつもながら、ゆったりとした気持ちにさせられます。こんな気持ちにさせられる演奏は、グレン・グ-ルドと田崎悦子さんのバッハだけです。
・「奏者の思惑にはまる」
いったいいくつの仕掛けがこの録音には組み込まれているのか。グールド自身がライナーノートに書いた有名なピアノのしゃっくりはもちろん慣例を破った曲順に込められた意図も含め、聴き手に非常な集中力と探求心をもって音楽に取り組ませる力のある録音である。強いられているとも思わずにいつしか懸命に聴き入ってしまい、やがて自分がグールドが語った“創造的な聞き手”とやらをやりかけていることに、つまるところ奏者の思惑に見事にはまっていることに、なんとも言えないおかしみをもって気付いたのだった。人々の耳に届く時には既に過去のある時点のものである“録音された音楽”が、しかし未来へ通じる生命を持ち得ることを鮮やかに示した一枚。
・「ピアノへのこだわり」
1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。
グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。
・「ピアノへのこだわり」
1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。
グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。
・「オスカルも弾いている」
グールドのバッハはみんな好きなのですが、その中でも私のお気に入りの一枚です。昔ヒットしたアニメーションに「ベルサイユの薔薇」というのがありましたが、主人公のオスカルがピアノを弾くシーンで、このグールドの演奏が使われていて、思わず笑ってしまいました。私が見た限り、ピアノを弾くシーンで毎回使われるのです!
・「小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、」
音楽の求道者=グールドが最も愛した「音楽」がこの<練習曲>という低いレッテルを貼られているバッハの作品集。二声と三声のシンプルな音の世界。否、余計な雑味を排したピュアな作品だからこそ、グールドがこの上なく楽しんで演奏しているのだ。彼自身、自らの演奏が創造する至極の実存に、鼻歌まじり、うなり声、さらに足で床板を叩いている!、それほど全身全霊をゆだねて音楽宇宙にひたっている。そして純粋の極みが産みだした演奏は、小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、もっとも慈しみあふれる自然の営みのように、聴く者をして静かな感動を授けてくれる。自然の営みが人間の原点であるように、感受性(音楽)の原点がここに実存する。その生命讃歌に感謝を捧げたい。
・「比類なき銘品」
バッハのフランス組曲ではグスタフレオンハルトのチェンバロ演奏がよく話題に上りますがピアノによる作品ではこのグールドの演奏が白眉ではないでしょうか?生き生きとしたタッチにこの作品の本来持つ美しさが滲んでいて世紀の天才、その所以が窺えようと言うもの。内向きな演奏で、聴いていて自身の内面深化を促されますが、ある意味でバッハの思うところを探り当てたような達観を感じさせる名演だと感じています。廉価盤でも手に入るようなので是非ご一聴を!
・「素晴らしい演奏です!!」
趣味でピアノを習っており、現在フランス組曲を学んでいます。ただ、いま一つ「分かった!」という感じがなく、迷いながら弾いていました。で、このページの皆さんのレビューを見て、買ってみようかな・・・と。聞いてみてショックを受けると同時に、目の前がパーッと広がったような感覚がありました。すごい!!本当に生き生きとしたエネルギーが伝わってきますし、一音一音すごくクリア。突き抜けるような青い空というイメージで、「あ~、バッハだなぁ」と感じました。
ボキャブラリーが貧困なのでうまくコメントできませんが、イイです、本当に。オススメです。
・「実に軽やかなバッハ」
グールドのフランス組曲を楽しんだ。実に軽快で 遊び心に満ちている。装飾音も多く 聞いていて 心が浮き立つようなバッハだ。こういうフランス組曲もあるのかと本当に驚いた。
バッハの凄味は 一つ一つの曲が いろいろな演奏を許す点にあるのではないかと最近思ってきている。バッハの曲くらい 色々なジャンルの演奏家が挑戦している曲もないのではなかろうか。特に ジャズ奏者の演奏が目立つような気がしている。そういえば グールドもゴルドベルグ変奏曲では ジャズのようなバッハであると 評価された記憶がある。
フランス組曲はチェンバロで演奏されたものは ある種の重さがある。それはそれで非常に僕としては好きだし それで今まで聴いてきた。今回 グールドの軽やかな演奏を聴いてみてこういう演奏も可能なのだという点に驚いた次第だ。同じ曲が 演奏によって その表情を変えるということは 別にバッハに限った話ではない。但し バッハの見せる振幅の大きさが楽しい。そこにバッハの偉大さがあり だからこそ 今なお 多くの音楽家がバッハと取り上げ、多くの人が耳を傾けるのであろう。
・「愛しき妻への贈り物」
バッハは10才の時に両親を亡くしている。そして最初の妻、マリーア・バルバラにも先立たれる。そして1721年12月、15才年下のケーテンの宮廷歌手だったアンナ・マグダレーナと結婚する。おそらくは明るい家庭生活を取り戻してくれた若妻に感謝の気持ちでいっぱいだったに違いない。それが、バッハのイマジネーションに火をつける。イギリス組曲・フランス組曲・パルティータはいずれも新婚早々に妻のために書いた2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に由来するからだ。1722年の第一巻にはフランス組曲の5曲が含まれている。
フランス組曲とイギリス組曲の構成の差、それはアルマンドの前にプレリュードを持っていることである。よってフランス組曲を『小組曲』、イギリス組曲を『大組曲』と呼ぶこともできる。演奏してみるとこのプレリュードの部分が長大で、CD2枚にイギリス組曲がなってしまうのも無理はないと思う(●^o^●)。
グールドはこのバッハの妻への愛に満ちた作品をいつものようにとつとつと弾いて見せる(●^o^●)。グールドはいつも一度に8時間録音していたそうだが1時間以上ピアノに向かっていることはなかったそうである。あとはただ再生テープを聴き、最良の自己表現たるテイクまで試行を続けるのだ。それがとつとつと弾いているように聴こえるというのも面白い(●^o^●)。
閑話休題。フランス組曲はELPのファーストの名曲『ナイフ・エッジ』の中間部にも(3:22以降(●^o^●))使われているのでロック・オンリーの人も聴けば、あーあの曲かと言うでしょう(●^o^●)。
・「天上から降り注ぐ音楽」
ゴールドベルク変奏曲(新旧)に限らずグールドの演奏にはほんとうに魅せられる。聞いているとこのCDもまるで天上から音楽が降り注いでくるようである。棚から楽譜をひっぱりだしてなるたけ弾けそうな曲に挑戦してみるけどああなるほどグールドはこんな風に弾いているんだ、バッハはこう弾くんだ、と感心しきり。忽ち弾くのはあきらめてグールドの世界に引き込まれてしまう。恐るべしグールド。
フランス組曲に続き、イギリス組曲、インヴェンションとシンフォニアとまだまだ至福の時は続きそうだ。
・「グールド自身の選曲によるバッハ演奏のベスト盤」
本作品は、1980年に彼のレコード・デビュー25周年を記念して企画されたもの。その時点までの彼のピアノによるバッハ演奏の録音の中から選曲したのはグールド自身。個々の演奏もさることながら、その選曲にいかにも彼らしさが滲み出ている。1曲目は55年の記念すべきデビューとなったあまりにも有名なゴールドベルグ変奏曲の冒頭のアリア。その直後の小プレリュードは当時の最新録音から選んでいる。そして本作全体の最後をイギリス組曲第2番の最後の3曲で締めくくっている。このように彼が世界をリードした25年に亘るバッハ演奏の中から偏りなく選曲された珠玉の名演の数々は、バッハに対して敷居の高さを感じている人や、これからグールドを聴いてみようという人にとって、格好の入門編になること間違いなし。グールドのレコードを買い始めて2,3枚目というときに本作(当時はLPでしたが)に出合うことが出来た私がそうでした。インヴェンションのレコードをあわてて買いに行ったものです。なお、グールド入門編としては彼の死後に企画・発売された「イマージュ」のDisc1もバッハの名演を集めていますが、バッハだけに限るなら、グールド自身の選曲ということもあり、こちらの方がお薦めかな、と思います。(バッハ以外の曲を含めてグールドの全体像をてっとり早く知りたいなら「イマージュ」がお薦めであることは間違いありませんが。)なお、本作は入門編としてだけでなく、一種のベスト盤として、ふとした折に繰り返し聴きたくなる優れた名演集なので、既にグールドによるバッハ演奏への関心を深めている方にもお薦めです。最後に、アルバム・カバーの写真はグールド11歳の時のものなので、それだけでもコレクターの心をくすぐることでしょう。
・「おすすめです!」
第1曲目のゴールドベルク変奏曲を聴いた瞬間から惹きこまれました。こんな演奏を聴いたのははじめてです。非常に繊細でありながらそのピアノの響きはクリアで、なんだか穏やかな情景が眼に浮かぶような一品です。もちろん、1曲目に続くほかの演奏もすばらしい限り。とにかく聴いてみてください。特にバッハ初心者にはお勧めだと思います。
・「未来永劫消えることのない光を放つバッハ」
1980年リリース。この年にレコード・デビューして25年になったのを記念して創られた。つまり衝撃のデビュー盤『ゴルドベルグ変奏曲』(1955)から1979年のBWV933・934の『小プレリュード』までのグールド録音のバッハを自身選曲したものだ。グールドは1982年10月にわずか50才で亡くなっていて、最後のバッハが1981年録音の2度目の『ゴルドベルグ変奏曲』であるからしてグールドのバッハはこの2枚である程度学習可能ということでもある(●^o^●)。
グールドの創り出す『バッハ宇宙』の素晴らしさは、このように『斜め聴き』しても充分に堪能出来る。ひとつひとつの曲は短くはかない。しかしながら頭の中に広がる活性化された広野の様な感覚がずんずん広がっていく(●^o^●)。同じようにピアノで弾きたいと思っても実は最も弾くのに遠いバッハであるのも同時に感じる。
未来永劫消えることのない光を放つバッハだ。
・「すばらしい!」
グールドのCDを初めて手にしたのがこれでした。聞き流した時点ではすごいけど退屈、という感想でしたが、聴きこむにつれて夢中になりました。私はそれほどクラシックに詳しいわけでもないし、特にバッハが好きというのでもなかったけれど、このCDを買ったことに心底ガッツポーズです。この感動は言葉では表現できません。 これが気に入った方は1982年に再録音したアリアもぜひ聴いて欲しいです。グールドの技巧的なところがよく言われがちですが、それだけではこれだけ人の気持ちを打つことはできないと思います。 とにかくすばらしい!グールドのバッハは50年、100年経っても色あせることなく同じように人に語りかける作品なのだろうなあと思いました。
・「新鮮な感動!」
何度聴いてもその美しい音色と活き活きとした音楽に心が奪われます。選曲が非常にすばらしく、どんな精神状態のときでも一瞬にしてグールドの独特の世界にひたることの出来る貴重な名盤です。
・「グールドがピアノで弾くわけ」
グールドといえば、なによりもデビュー盤の『ゴルトベルク変奏曲』が思い出されるだろうが、私にとってはこの『イタリア協奏曲』(たしか第3枚目のアルバム)こそがグールドを聴くきっかけになった重要なアルバムだ。はじめは「協奏曲なのになんでオーケストラはいないんだろう?」などとバカなことを考えながらも、このピアニストに次第にそして完全に傾倒していった。他のピアニストによる『イタリア協奏曲』もけっこう聞いたが、それらはあまりにも感傷的で、テンポが決して乱れることのないグールドの完璧な演奏に慣れてしまっていた私の耳には甚だ物足りないものに聞こえた。
この曲の第3楽章は流麗無比だ。グールドの神髄がこの楽章には表れている。それは左手のパッセージが非常にクリアであるということ。私見だが、対位法がふんだんに使われているこの楽章において、左利きでもあったグールドは右手と左手の平等化を図っていると思わせる部分がある。それは、冒頭部のパッセージが再現される最終部で、右手の高音を抑え、左手の旋律により強いアクセントをおいてグールドが演奏している場面だ。従来の解釈をくつがえす衝撃的な瞬間。
強弱をつけられないハープシコードが一般的だったバッハの時代とちがって、より現代的な楽器であるピアノはその名前のごとくダイナミックな音の強弱が特徴だ。ロマン主義の音楽では多くの場合、右手に美しい高音の旋律を歌わせ、左手の重厚な低音部によって曲の雰囲気を作り出すといった、ある意味運命づけられた役割が与えられている。私には、グールドはこの従来の二項対立的な形式を平等化し、そしてさらには逆転させようとしているかのようにみえる。考えてみれば、グールドは南より北を、華美より質素を、喧噪より平穏を、長調より短調を指向したひとだった。この延長線上に、メジャーな右よりもマイナーな左の存在に光をあてる閃きが生まれたのではないだろうか。このような解釈にたどり着いたピアニストはあとにもさきにもグールドだけだったように思える。
・「躍動感にあふれたバッハの世界」
なんと魅力的で躍動感にあふれたバッハでしょうか。冒頭のイタリア協奏曲から完全にグールドの世界に引きずり込まれました。ダイナミックな強弱と緩急を自在に操り、ピアノによるバッハをこれほどまでに魅力的に表出したグールドはまさに不世出の演奏家と言って良いでしょう。
・「『ドロップアウト』以前」
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。
閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。
・「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。」
グレングールドのピアノを聴くと、まるでマッサージされているかのように、一音一音に心がほぐされていく。その効果がもっとも期待できるのが「イギリス組曲」なんじゃないかと思う。本作トラック30におさめられている「イギリス組曲」は兎に角、良い。和音もメロディーもバッハもグールドも最高だ、としか言いようがない。
・「『ドロップアウト』以前」
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。
閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。
・「グールドのバッハ中指折りの名盤!」
ここには、普段チェンバロぐらいでしか聴けないC.P.E.Bachの「ヴュルテンベルクソナタ1番」が収録されていますが、ピアノでしか表現し得ない様々なニュアンスをたっぷりと堪能することができます。
他にも「マルチェロの主題によるオーボエ協奏曲」が非常におもしろい!個人的にはイタリアンコンチェルトがお勧め。とくに3楽章は驚異的な速さ。それにもかかわらず細かな表情がしっかりとつけられていて、聞く方も息苦しさを感じることなく曲に入り込めます。グールドは左利きだったらしいですが、それを知らずともこの盤を聞くだけで「もしかして・・」と感づいてしまいます。
・「イタリアバロックとバッハ、そしてグールド」
私にとってのグールド開眼のきっかけとなった一枚。それまで正統派のピアノによるバッハ演奏に耳慣れていたせいでか、いまひとつグールドの演奏にのめり込むことができないでいた。ところがこのアルバムに収められているマルチェルロのオーボエコンチェルトを原曲とするピアノ曲の演奏を聴いて、目から鱗が落ちる思いがした。うなり声とともに聞こえてくるのは、孤高の魂の調べであった。また、他のレビュアーが採りあげていないようなので、あえて言っておきたいのだが、アルビノーニの音楽を原曲とする二つのフーガはすごいの一言に尽きる名演である。これを聴くと、バッハがアルビノーニからいかに多くを学んだかがわかる。他の演奏もすばらしいものばかり。グールド入門にはこういうアルバムからのほうがいいかもしれない。
・「涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバム」
1971,79,80年 トロント、イートンズ・オーディトリアムにて録音。グールド没後15年たった1997年に発表された。1982年に亡くなったグールドの晩年期かつ未発表のバッハを多数含むアルバムとして注目すべきアルバムである。
特に『マルチェルロの主題による協奏曲ニ短調』の弾きっぷりに圧倒される。明確で強いセンテンス。右手と左手の独立性。それから構築されたコンポジションのはっきりした建築物のようなバッハだ。グールドのバッハはむしろ晩年に行くほど輝きを増しているように感じられる。
余談だがギドン・クレーメルの著書『琴線の触れ合い』には、グールドの晩年に共演を打ち合わせしたことが綴られている。1982年トロントでコンサートを開いた後、CBSはグールドとクレーメルを会わせようと尽力し、アンドラーシュ・シフとクレーメルは夜行性のグールドと真夜中近くに初対面している。話は盛り上がりグールドはまだ未発表だった新録『ゴルドベルグ変奏曲』のビデオを見せてくれたらしい!!!その後、話はリヒャルト・シュトラウスのソナタに移り(このソナタはグールドの最後の録音となった)、クレーメルの予想の倍のテンポで口ずさんだそうだ。もしかしたらリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタあたりを共演していたかも知れなかったのだ。
何しろこういう素晴らしい演奏を聴くともっともっとグールドに生きて欲しかった、と思うのは僕だけではないだろう。涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバムだ。
・「小さい頃からバッハに苦しんで来たあなた、バッハが好きになります」
小さい頃からピアノを習った人にありがちですが、モーツァルトやベートーベンのソナタは大好きだけれど、バッハインベンションとハノンは苦手という人に、このアルバムはお勧めです。ハノンは筋トレ、バッハは脳トレ(特に三声は)と思っていましたが、バッハがとてもエモーショナルだということが私にも初めてわかりました。バッハの時代、ピアノはまだありません。詳しくはありませんがチェンバロのような鍵盤楽器だったはずです。ピアノは強弱(フォルテピアノ)が思い通りに出せる楽器ですから、メロディーと伴奏を音量で弾き分けられますが、チェンバロでは全ての音が同じ大きさに出てしまい、右手のメロディと左手のメロディが同じ大きさで聞こえてもおかしくない音楽を作る必要があったのだということに、最近気づきました。だから伴奏、という概念はなく、複数のメロディが絡み合う→主旋律がわかりにくい→口づさみにくい→バッハは嫌い というのが 幼いピアニストたちの共通の病気で、そのまま大人になってもトラウマをひきずっているのではないでしょうか。そんな方、ぜひこのアルバムをお聞きください。できれば雨の夜に、車の中で。なぜかJazzyな気分になります。去り行く夏を惜しむ気分の夜、ドライブのお伴に最適な1枚。クラシックと思わずに聞くといいかもしれません。
・「27歳の記憶の曲や!」
オン・ザ・レコードのビデオは母が持っていて、イタリアン・コンチェルトの録音風景が強く印象に残っていました、私は元気いっぱいの3楽章が大好き!録音スタジオでの若き日のグールドの真剣な表情や、満足いくまでやり直したり真剣そのもので怖いくらいの緊張感でした、テープ編集を音の捏造と非難されたらしいけど、結果よければ全てよし!
何故かDomenico Scarlattiのソナタも入っていて選曲は???ですが、大好きな一枚です。
明日も気張ったろか~と、いう気持ちにしてくれる不思議なCDです。買わへんかったら、損やと思います、安いしお得や~
・「幸せな雰囲気一杯の作品」
第2番が1969年、第3番が1967年、第4番が1969年、第5番が1958年、第7番が1967年に録音。ちなみに第3番(BWV1054)はヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042と同曲、第5番(BWV1058)はヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041と同曲である。オリジナル・リリースのカップリングはvol.1が3・5・7番、vol.2が2・4番だった。 グールド28枚目及び36枚目のアルバム。
中でもグールドは自ら音楽を担当し、1972年に映画化されたカート・ボネガット・ジュニアの傑作『スローターハウス5』の中で第5番を使用しているのでおそらく最も納得がいった演奏だったのだろう。
グールドのバッハを演奏する歓びがオーケストラ全体に『伝染』していて、幸せな雰囲気一杯の作品だ。中でも、人気の高い第5番の第2楽章は秀逸です。
・「名盤です。」
元々有名な「ヴァイオリン協奏曲」が原曲で、ヴァイオリンのメロディパートをピアノが受け持っているのですが、そのピアノとヴァイオリンとの掛け合いが圧巻の一言。見事です。特に第7番は鳥肌が立つほどです。
グールドのさまざまな演奏を聴いていますが、ソロではなく、オーケストラをバックに演奏しても、あのグールドの「バッハ」は限りなく透明に響きます。
バッハはロマン派の作曲家とは違い、特に鍵盤楽器の曲では情感よりも完璧な構造美の体現を特徴としていますが、ここでも精緻に組み立てられたモザイク画のようで、ピアノとヴァイオリンが掛け合いながらひとつになるプロセスの美しさは我を忘れて聞き入ってしまいます。名盤です。
・「ゴルトベルクはさておき・・・」
グールド以外の誰がこのような録音を残すことができたでしょうか・・・これを退屈と感じる人もいるかもしれませんが、抑制された演奏は終始宗教的な美しさに満ちており、ひきこまれます。このスウェーリンクのファンタジアの音源はTV放送で、ビデオのコレクションにも収録されていますが、演奏中の雰囲気も静謐で、祈りのようです。グールドは好きなピアニストですが、好きになれない録音もあります。このディスクは、彼ならではの創造性という点で、バッハのインヴェンションとシンフォニアに並ぶ素晴らしさだと思います。
・「魂を揺さぶる―人類ピアノ音楽の極致」
―「真の音楽とはこのことである。一音で衝撃が走り、次の瞬間には感涙するだろう。」
決してこの表現は誇大ではない。グールドによるウィリアム・バード(William Byrd,1540年?–1623年)「セリンジャーのラウンド」の演奏は至高の名演である。小賢しい演奏論や音楽論を超えた説得力で現代の我々に語りかけ、その究竟の演奏に触れる幸せを噛みしめることが出来る。
・「バッハ以外のグールドの名演(1):エリザベス朝ヴァージナル音楽名曲選の決定版」
グールドといえばバッハの印象があまりにも強いが、バッハの曲以外にも数多の名演がある。まず、バッハに代表されるバロック音楽以前の、ルネッサンス期の曲をピアノで見事に弾ききった傑作として、本作は真っ先に推薦に値する。スティングの「ラヴィリンス」やセルシェルの「ルネサンス・リュート曲集」でダウランド等のルネッサンス期作曲家の曲の静謐な響きに心惹かれた人は必ずや本作を気に入るだろう。輝かしい調子の曲(例えばM3)もあるが、総じて落ち着いたしっとりとした味わいの曲が多く、静かな夜を落ち着いて過ごすのに最適の作品集の1つである。
ところで、本作は9曲中8曲をギボンズとバードの曲で占めており(録音はM1、5、7が1967年、M2、3、6が68年、M4、8が71年)、2007年10月にはその8曲だけを集めた作品が紙ジャケ仕様の作品が発売されている。しかし、本作にはモノーラルだが初CD化されたスウェーリンクのファンタジア・二調(7分23秒・64年録音)という捨てがたい曲が最後・9曲目に収録されており、現時点でこの曲を入手できるのは本作だけと思うから、私はグールドがエリザベス朝に創作されたヴァージナルのための曲にピアノでチャレンジした作品の決定版としては、07年盤より本作の方を薦める。
・「トリル好きにはたまらない一枚」
グールドのピアノの美しさを特徴づけるもののひとつにトリルの美しさがある。その流麗さと正確さにおいてグールドはまちがいなくナンバーワンであろう。このアルバムのなかでも、#4「ヒュー・アシュトンのグラウンド」や#8「セリンジャーのラウンド」(ともにバード)において、それが余すところなく表現されている。
一方、#9「ファンタジア」(スウェーリンク)はモノラル録音なので、バードとギボンズの録音とくらべて劣ってしまうのはしかたないが、グールドが若い頃にコンサートのレパートリーに加えていた重要な曲を正規盤で聞くことができるのはありがたい。
グールドを経由して、これらの音楽にたどり着いたひとは多いはずだ。このアルバムがグレン・グールド・エディションのなかで一般的にどのような位置を占めるのかはわからないが、愛すべき一枚であることはまちがいないだろう。
・「優雅な宮廷音楽」
この作曲者に、メロディーと伴奏という概念があったかどうかはわからない。キャッチーなメロディーなどあるわけでもなく、腕を二本使っているのは確かだから、主旋律と副旋律なのだろうか。 私が弾いたら絶対に音楽に聞こえないだろう曲集だが、グールドはさすがに違う。テューダー王朝の最後を飾る宮廷の優雅な音楽という感じがする。私には、いくら聞いても飽きない一枚だ。
・「グールドの「田園」は本作のものの方がお薦めでしょう。」
グールドの「田園」にはCD1枚に「田園」の全楽章を収めたものもあるが、そちらはテンポがちょっと遅すぎるので初心者にはお薦めすることをためらう。それに対し、本作のものは第1楽章のみだが、きびきびした演奏で実に壮快。オーケストラとは違った魅力に満ちている。私はグールドの全作品の中で屈指の出来だと思う。この「田園」第1楽章のためにだけでも本作を入手する価値はあると考える。「運命」も華を感じさせて素晴らしい。両方を一度に集められる本作はお得な作品である。
・「最高の田園」
田園は難しい曲だと思う。特にオーケストラでの演奏で、これ!という演奏に出会った事がない。ところが、このグールドの演奏を聴いて今まで考えを改めることになる。この美しく、深みのある田園。グールドの10本の指で奏でる田園はまさに絶品。これこそ最高の田園だと思う。
・「ピアノだけで「運命」が!」
グレン・グールド氏によるリスト編曲のベートーヴェン、交響曲第5番の全曲と、第6番「田園」から第一楽章のみが収録されたディスク。録音は第5番が1967年、「田園」が1968年。交響曲第5番は、運命という名前で親しまれたあのスーパーヒーローだが、そのヒーローから管弦楽という肉体を取り除いた純粋な精神にピアニズムという鋼鉄のボディを着せたような印象だ。単なるピアノへの編曲でなく、リストによる輝かしいアレンジがなされているわけだが、グールドは持ち前のテクニックと独特の間合いでこの難曲を弾ききっている。録音も、いつもの固い音だが、20ビットのリマスタリングでクリアに聴こえるか。もちろん唸り声も健在。「田園」も第一楽章のみだが、シンプルなピアノ曲として演奏されている。
・「ピアノソロの良さ」
グールドは他にワーグナーの序曲をピアノソロに編曲して演奏しており、ピアノソロの良さを訴えていたのだな、と思う。
ベートーヴェンの交響曲をピアノソロにしたとき、やはり物足りなさはあるものの、一人だけであれだけの壮大な曲を演奏できることに私は意義を感じる。他のピアニストにも、こういった挑戦をして欲しいと思う。
・「バッハ以外のグールドの名演(7)・最高のベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集」
グールドは本格的なオーケストラと共演して、耳タコの有名曲を弾いても、独自の解釈をもって曲に臨み、特に玉をころがすような弱音に代表される自己の美学に背くことなく、天才ぶりを発揮したのがこの作品。グールドだけが目立つ訳ではなく、グールドの演奏に引っ張られるかのように、オーケストラと指揮者(バーンスタイン、ストコフスキー等)の奮闘も賞賛に値する。57年から66年にかけての古い録音で、1番古い第2番はモノラルだが、ハンディを感じさせない。1番最後の録音が第5番「皇帝」でこれぞ名演中の名演。音質はさすがに全5曲の中で最高。全体を通して評価しても、本作を凌ぐピアノ協奏曲全集を私は耳にしたことがない。バッハに次いで多くの曲を録音したベートーヴェンへのグールドのリスペクトが感じられる魅力あふれる作品だ。
・「新鮮でした。」
グールドの演奏は叙情に流れないところが好きです。乾いたタッチでありながら不思議な深みがある。エモーショナルな演奏家の演奏ばかりを聴いてきた私には耳から鱗でした。
・「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では」
グールドが最も初期に全集を完成させたのは多くの人の予想に反して『ベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集』だった。それはピアノ協奏曲第2番 Op.19、1957年4月9-11日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ(グールドの3枚目のアルバム)で始まり、グールド24枚目のストコフスキーとの『皇帝』(1966年3月1・4日、ニューヨーク、マンハッタン・センターで録音)で完結してしまう。何よりもグールドはその全集の完成を急いだ、とも取れる。
グールドの録音順はグールドの興味の順とも言える。多くの反対を押し切って最初に録音したゴールドベルグ変奏曲はその典型だろう。つまりグールドはどのピアニストよりもこの5曲のコンチェルトにアイデアを持っていたということになる。その顕著な例が第1番のカデンツァだろう。グールドはそこで自作のカデンツァを披露している。おそらくは誰一人、今後このカデンツァの輝きを上回れないだろう。
情熱とアイデアに満ちたこれほど面白い全集が他にあるだろうか。知ったかぶりして何の冒険もなく弾く多くのピアニストの無能さをこの全集を聴くたびに感じるのだ。
・「乾いた音と湿った感性」
ポリー二の名演があるにも拘らず,この乾いた音が織り成すヨーロッパの危機感のようなものは,やはり尋常ではないと思います.バッハの世界もグールドなら,これもまたグールドの真骨頂ではないでしょうか.本来聞きやすいはずの近代ピアノ曲ですが,聞かず嫌いのためにも,こういう演奏が大切に思います.現代人にとってはもしかしたら必須の演奏かもしれません.凡庸な現代の演奏を聞くよりも遥かに充実感があります.
・「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」
グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。で、どう弾いているのかと思いきや…
K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。
天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、なんとも贅沢になれる1枚です。
・「我とともに唄え、モーツアルトを!」
曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。
グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。
音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。
教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。
・「まさに「あいた口がふさがらない」」
モーツァルトのピアノソナタというと、あの美しい旋律の穏やかな曲だぁ。と思っている人がかなりいると思いますが、そのイメージを初っ端からぶち壊してくれます。まず驚くのが8番。あの楽譜からこんな演奏が出てくるなんて!最初に聞いた時は、思いもかけない"奇襲"には正直びっくりしましたが、よく聴いてみると技術的に完璧な演奏だったり、なによりも音楽性に富んだすばらしい演奏だという事が分かると思います。ようするに魅力的なのです。この演奏はグールドにしかできないと思います。できることなら、全集を勧めたいですが、まずはモーツァルトの名曲がぎっしり詰まったこのCDで衝撃を実感してください。
・「買ってください」
モーツァルトがブームになって久しいですが、(アルファ波がでてるから)私はそれほどよいとは思わず過ごしてきました。バッハはやっぱり天才だ~とか、美しさではラヴェルか・・とか、単純だけどハイドンのピアノ曲も素晴らしいとか言ってきたのです。しかし!グールドのバッハを聴いて「弾き手によってこんなに違うのね」と知り、ではモーツァルトは?と思って、このCDも購入してみました。結果は・・・星5つです!!間違いありません。「クラシック嫌いでもグールドは聴く」と言われますが、このCDでもその力が発揮されています。誰もが子供の頃聴いた事がある名曲(ピアノの練習曲)、と簡単に通り過ぎないで下さい。特に最初に収められているの8番!の、1楽章と3楽章は…心臓に突き刺さる演奏です。1楽章は「そうそう!これぞグールド」とニヤリとさせられ、更に3楽章では奇抜さではなく、恐ろしい程のテクニック&それ故の表現力に泣かされます。モーツァルトのピアノ曲をお求めなら、ぜひ買ってください。とにかく聴いてみて下さい。私はグールドのお陰で25年ぶり位にピアノを再び弾き始めました。
・「私もこれではまりました」
私は、この一枚を聴いてグールドファンになりました。皆様の言うとおり、出だしの8番やトルコ行進曲付きには、とにかく驚かされます。でもそれと同じくらい楽しめるのが、最後のK545!!スウィング感溢れる第1楽章、倍速の第2楽章、踊り出しそうな第3楽章。墓の中のモーツァルトも「君の演奏には参りやした。やるんなら徹底的にやりなはれ!!」と激励してくれるでしょう。
グールドの魅力は何か。既成概念を破りながら、尚かつ普遍性を獲得しえた希有の音楽...そんな演奏家を私は他に知らない。
・「the still air」
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき
そこに想像される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。
・「the still air」
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき
そこに創造される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。
・「グールド演奏で3指に入る名演」
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。日本盤に間奏曲を加えこちらの方がより完璧である。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。
ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?
・「the still air」
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき
そこに想像される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。
・「the still air」
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき
そこに創造される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。
・「瑞々しさと冬枯れ」
過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。
ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。
間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。
他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。
またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。
かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。
グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。(あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。)
・「孤高の調べ」
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。
・「孤高の調べ」
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。
・「グールド演奏で3指に入る名演」
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。
ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?
・「これは哲学」
外傷性くも膜下出血で入院中の病室で、デッキに耳を当てて聴き入りました。
哲学的な思索。カンディンスキー。水の輪。
月並みな表現ですが、胸が震えるような。胸の奥がしんとするような。とても感銘を受けました。
・「なるほど、こう弾くか」
1965年から1967・1968・1980・1983年にレコーディングされたグールドのベートーベン・ピアノ・ソナタ第一集。第1番から第14番の『月光ソナタ』までを収録している。ただし、第4番と第11番のソナタはない。
まず、この作品集にたどり着くプロセスとして、秀逸なモーツアルトのピアノ・ソナタ全集の解釈やゴルドベルグ変奏曲の解釈を体験している者にとって、おそらくは初期・中期のソナタをこう弾くだろう、という予想がグールドの場合あると思う。そしてリスナーの予想は今回ほぼ的を射ている。特に第一番のソナタをこんなに瑞々しく演奏したのには正直驚いた。予想の上を行っていた、と言えるだろう。
グールドはベートーベンのソナタをまず後期ソナタから取り組み、むしろその特徴が出せそうな初期・中期を後ろに持ってきた。しかも全曲はレコーディングに至らなかった。ここにグールドの意図が僕には感じられる。ベートーベンのソナタを『解釈』する上で欠くことができない素晴らしい演奏だと思う。
・「私にとってのスタンダード」
私にとっての最初のベートーヴェン・ピアノソナタがグールド。始めてピアノのコンサートに行った後、どうしてもCDが欲しくなって買ったのがこの全集。きっかけは確か村上春樹さんの作品中に登場してたのを覚えてたからでした。それ以来この演奏が私にとってのスタンダードになりました。ギレリスやグルタのベートーヴェンも凄いし、素晴らしいけど、やっぱり最後はこれに戻ってきてしまう。どんな風に弾いていたのか想像するのも面白い。結局全集は完成しなかったけど、「ハンマークラヴィーア」とかも入っていたら良かったのになあ。演奏は彼独特のもので、決してスタンダードとは言えないと思うけど、とにかく「好きな」ベートヴェンですね。おすすめ。
・「なるほど、こう弾くか」
1965年から1967・1968・1980・1983年にレコーディングされたグールドのベートーベン・ピアノ・ソナタ第一集。第1番から第14番の『月光ソナタ』までを収録している。ただし、第4番と第11番のソナタはない。
まず、この作品集にたどり着くプロセスとして、秀逸なモーツアルトのピアノ・ソナタ全集の解釈やゴルドベルグ変奏曲の解釈を体験している者にとって、おそらくは初期・中期のソナタをこう弾くだろう、という予想がグールドの場合あると思う。そしてリスナーの予想は今回ほぼ的を射ている。特に第一番のソナタをこんなに瑞々しく演奏したのには正直驚いた。予想の上を行っていた、と言えるだろう。
グールドはベートーベンのソナタをまず後期ソナタから取り組み、むしろその特徴が出せそうな初期・中期を後ろに持ってきた。しかも全曲はレコーディングに至らなかった。ここにグールドの意図が僕には感じられる。ベートーベンのソナタを『解釈』する上で欠くことができない素晴らしい演奏だと思う。
・「「田園」の発見。」
驚いたのは第15番「田園」でした。テンポのとりかた、アーティキュレーションの多用、アクセントのおきかたはかなり独特で、聴く人が聞けばもったいぶったてらいの多い演奏になるかもしれません(グールド作品の中でもかなり曲芸的かも)。でも、たぶん、ポップスですね、この解釈は。印象的なフレーズをことさら印象的なサビのように念をおす演奏は、後でそらんじられるほどわかりやすくなっていると思います。うーん、バカラックスタイルってとこかぁ。
・「「グールドの中で、もっとも好きかもしれない」の巻」
ハイドンの後期ソナタも、ブラームスもいいけど、このCD(2枚目)におさめられているベートーベンピアノソナタの「16」「17」「18」(というよりも作品31-1、2、3)はとてもいい。
「16」の出だし、彼独特の玉が転がっていくようなタッチと、音質、速度感が見事だし、気持ちがいい。「17」はテンペストとして有名な楽曲だけれど、多くのテンペスト演奏の中でも、彼のこの演奏はもっとも聴きやすく、何度でも聴ける、優れたものだ。
ベートーベンのピアノソナタ弾きとしては、グルダがベストだと思っているけど、グールドのこれも、違った意味で最上のもののひとつ。
長調、短調、長調という曲の流れも、明るく始まり、テンペストを味わって、朗らかな「17」で終わるので、心地よく聴いていける。たぶんグールドもこのことを意識して、この3つのソナタを分離せずに1枚に入れたのだろう(最初のアナログ盤でもそうなっていた。このアナログ盤のジャケットは、嵐の中の帆船がコラージュで表現され、とても良かった)。3つのソナタの9つの楽章は、どれも味わい深く、現代的で、輝いている。
・「目から鱗の演奏」
あの2回目の「ゴールドベルク変奏曲」で新しい音楽に目覚めた人は多いと思うし、自分もそうで、その後、あれこれグールドの演奏は買い捲ったが、まあ、だいたい「グールド」の「演奏」として買っていた。で、この盤に出会って、目から鱗がもう一度落ちた。ハイドンが、これか、という感じだった。ハイドンとは、あまりにも遠い存在で、「音楽史的な興味」でしかなかったが、それを「バッハの」グールドが弾くというのだから、結構危なっかしい気持ちもあった。グールドのベートーベンの三大ソナタや、モーツアルトを聞いたことのある人は、好ましくなかった、という人も居ると思う。でも、この「ハイドン」は、今となれば、「バッハ」以上に寿命の長い演奏かもしれないと思える。とにかく、作曲家をカッコに入れて、ひたすら「音楽」だけに出会えるような「境地」があった。多弁を弄したが、要するに、難しいことは抜きに堪能できる名演奏、ということだ。
・「さて」
グールド=バッハ(またはシェーンベルグ系)と思っている人へお勧めです。グールドはほとんど聞いているファンの一人ですが、最高傑作はこのハイドンだと思っています。アドルノが生きていたら、どう思ったろうなぁ。
・「バッハ以外のグールドの名演(3の1):初のデジタル録音による驚きのハイドン」
81年、グールド初のデジタル録音による、傑作中の傑作。シャープな音の切れと録音の良さがあいまった、冒頭の玉をころがすようなピアノの一音、一音から魅惑される。80年代(つまり最晩年)のグールドの演奏では、あの2度目のゴールドベルク変奏曲の演奏に匹敵する、いや個人的にはそれをも凌駕するのではないかと考える稀代の名演だ。あまりとりあげられることがないハイドンのピアノ・ソナタでここまで美しい音世界を構築するグールドの力量には驚くばかり。グールド・ベスト5を選ぶとすれば、絶対に落とせない作品だ。
1つ苦言を呈すると、何故LP時代のオリジナル・ジャケットを使わなかったのだろうか。グールドの写真ではなく、カラフルな模様の絵を使ったジャケットはグールドらしく意表をつく素晴らしいものだった。日本語の解説はどうでもよい、そのジャケットで本CDを入手したい人は、米国からの輸入盤Haydn: The Six Last Sonatasを求めるとよいだろう。
・「グールド最高レベルの傑作」
驚くほど無内容なハイドンのピアノ曲を、「演奏」という創造行為で満たした奇跡の様なパフォーマンスです。「楽曲」と「演奏」の関係を再考するきっかけともなるでしょう。そして、何より、この演奏は美しく、隅々まで創りあげられている。グールドのブラームスを聞いて、気に入った方は、次はこれが良いかと・・・
・「グールドの作品には聴く順番がある」
ピアノ・ソナタ Hob.XVI:42が1981年3月11日、Hob.XVI:48が1981年3,5月、Hob.XVI:49が1981年2月24,25日、Hob.XVI:50が1980年10月13,14日、Hob.XVI:51が1980年10月14日、 Hob.XVI:52が1981年2,3月、いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド72・73枚目のアルバム。
ハイドンは偽作・真偽未確定作・一部分消失作を含んで58曲のソナタを残したと言われている。このアルバムはその最後の6曲を取り上げている。このアルバムを聴いていて思ったのだがグールドの作品には聴く順番があるように思える。
まずなんと言っても有名なのはバッハなのでフツー、バッハから入るだろう。次にグールドが録音したのはベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタなのでグールドがベートーヴェンのこの傑作をどうさばくか聴きたくなるのは当然だろう。
つづけて古典派のなかでもモーツアルトのピアノ・ソナタをどうさばくか聴きたくなるはずだ。原寮が、『グールドが"平明に"弾いたモーツアルトは傑作になりえただろうが、彼にそういう演奏を許さなかったクラシック学界というのは、私には大したものではないような気がしてくる。「グールドは誰に強制されたのではなく、あのスタイルを創りだしたのだ」と言うファンの声が聞こえてくる。しかし、本当にそうだろうか。』と書いても全然関係ない。聴けば必ず唸るはずだ。ここを通らずにはいられない。
そして次に聴きたくなるのがハイドンのソナタではないかと思う。つまりバッハをああ弾いて、モーツアルトをこう弾いたグールドがハイドンのソナタ(当然、モーツアルトと似た解釈を予想しているはずだ)をどうさばくかを聴きたくなる。
で、次に残りの作品群を探索したくなる。こういうのは優れたアーティストにはよくある現象だが、グールドの場合それが特に強い気がする。だから面白いのだけれど。
・「からくりを解く一歩手前までくる」
1964年1月2日から1965年11月18日までのべ10日間で録音。新ウィーン学派の中心的存在アーノルド・シェーンベルグのピアノ作品集。12音階を用いた彼の作品についてはおそらく説明の必要はないだろう。グールドがバッハを読み解くアプローチと同じアプローチでこのピアノ曲集に挑んだことは当然の事のように感じられる。そしてグールドはそのからくりを解く一歩手前まではこの中で行っていると思う。
しかし、この10年後ポリーニはその謎を全て解く演奏をして見せる。
シェーベルク没後100年の1974年5月ミュンヘンでポリーニにはこれらの曲集を録音する。10指の完璧なコントロールで解かれた12音階の構築物はそこでついに全てのカタチをみせてくれる。是非ともそちらも聴いて欲しい(●^o^●)。
・「珍しいうえに素晴らしい」
1968年5月9,10日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド78枚目のアルバム。
これが珍しいうえに素晴らしいのだ。どちらも素晴らしいのだが・・・・やはりグールドがより素晴らしい。弦を担当しているジュリアードSQも溌剌としているのだが、グールドのピアノがキラリキラリと光る。実に爽快だ。曲は1842年の所謂『室内楽の年』と言えそうなシューマンの絶頂期の作品で僕の知る限りこの曲の決定盤がこのアルバムだと思う。これも隠れた名盤ということになりそうだ。
・「シューマン弾きでないグールドの変態的シューマン」
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・「友人にプレゼントしました。」
おすすめは、やはりバッハとブラームスですね。特に、一曲目の協奏曲ニ短調BWV974 第2楽章 アダージョ(バッハ)はすばらし過ぎです。淡々と進んで行きながらも、程よく気持ちが入っていて、途中調子良くなりいいテンポ、間のとり方も上手で、時としてjazz的ですらあります。これ一曲だけでもこのCDの存在価値あり!です。他にもブラームスの間奏曲等が入っていますので聴かない手は有りません。
カナダの友人に『ピアニストのグレン・グールドって知っているかい?』と聞いたところ、知らないとの事でしたので、『国民的英雄?なので、是非聞いてみて!』と、早速、このCDをプレゼントしました。後日彼女から、とてもすばらしいCDをありがとう!毎晩寝るまえに聴いています。と、メールが入り、ちょっぴり嬉しかったです。
・「多言を要さぬ名演」
"The purpose of art is not the release of a momentary ejection of adrenaline but is, rather, the guradual, lifelong construction ofa state of wonder and serenity."―Glenn Gould「芸術の目的は、アドレナリンの瞬間的な放出ではなく驚きと穏やかな心の状態を生涯かけて築いてゆくことにある」―(グレン・グールド)
この最後の"and serenity"をとってアルバム名にしたのがこのCDである。この言葉に象徴されるような穏やかで静謐な曲を集めたものになっている。
グールドファンなら、ブラームスの118-2のインテルメッツォの別バージョンが気になるところだが、そうでなくても、グールドのことを全く知らない人(バッハだけは聴いたことがあるとか)でも彼の演奏をいろいろ聴いてみるのに適している曲集だと思う。
グールドの演奏はいろいろな分野の人たちに語られ、また、自身も語っているが、私が思う凄さは、ずば抜けた精神性でもって、いともあっさりと、濃密な音楽を創り上げてしまうところだと思う。決して誰にも真似はできない芸当だ。
・「凝りに凝った選曲にびっくり」
いやあ、こういうアルバムがあるとは寡聞にして知りませんでした。バッハとブラームスはつとに名盤中の名盤ということで知っていましたが、マルチェルロ、シベリウス、グリーグ、リヒャルト・シュトラウス、メンデルスゾーン(曲自体は有名です。賛美歌にも採用されています)、官能的なスクリャービン、ヴュルテンベルク・ソナタ(モーツアルトの先駆けか?はたまたハイドンの?)・・・と来ては、マニアックとしか言いようがありません。正に「グールド・ファンのためのアルバム」と言うべきでしょう。一般的クラシック・ファンは面食らうかも。「瞑想経験のの諸相」とも言うべきこのアルバム。音楽における思索家グールドの真骨頂なのかもしれませんね。
・「国内盤をおすすめします」
グールドファンの皆さんならすでに持っている音源ばかりだとはおもいますが、静かな瞑想的な曲を並べたアルバムで,あらためて聞いてみるとグールドの音楽の奥深さをかんじます。
わたしは初めに海外盤をかいました。その後、国内盤にはブラームスの間奏曲作品118-2の別テイクがはいっていることがわかりました。
一曲だけのために、また国内盤を買うことになってしまいました。
宮沢淳一氏が解説で詳しく書いていますが、聞いてみると、音色、テンポ、雰囲気が違うのよくわかります。
グールドが好きな方ならば、聴き比べをする価値はあると思います。どちらも素敵な演奏です。
買うならば是非、国内盤をおすすめします。
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