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▼現代エンタテインメント作家25人による最強の25冊!〜国内編:セレクト商品

脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20) (詳細)
筒井 康隆(著)

「ドタバタを突き抜けたシュールリアリズム小説の大傑作」「ウロボロスの真書」「the show must go on」「筒井康隆ワールドの金字塔」「自由奔放な小説」


山猫の夏 (講談社文庫)山猫の夏 (講談社文庫) (詳細)
船戸 与一(著)

「ラストシーンが秀逸、いや、もはや強烈」「船戸のいや日本冒険小説の最高傑作★無限」「山猫と呼ばれるスーパー日本人、南米が舞台の船戸冒険小説の傑作!」「断定のカタルシス」「シブイ!!」


永遠の仔〈上〉永遠の仔〈上〉 (詳細)
天童 荒太(著)

「親である自分を顧みる本」「考えさせられます」「救いを求めて四国まで行ってしまった・・・」「もはやこれはミステリではない」「平凡な日常の終焉」


コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫)コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫) (詳細)
村上 龍(著)

「うねり、燃える原色の匂い」「衝撃でした。」「あまりに強い個性」「感覚を刺激される」「私のいちばん本です」


屍鬼〈上〉屍鬼〈上〉 (詳細)
小野 不由美(著)

「一読に値します。」「長編であることの短所と長所。」「静かにして確実なる恐怖」「下巻から」「蘇りたい?蘇りたくない?」


悪人悪人 (詳細)
吉田 修一(著)

「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!」「人間臭さがいい。」「誰が悪人で誰が悪人じゃないか」「聞きたいのです。」「誰が悪人か」


YY (詳細)
佐藤 正午(著)

「おもしろ過ぎる!!」「愛に対する欲望は、簡単に時間を超えるか?」「いろいろ考えせられました。」「読み出したら止まらない.」「過去の自分が現在の自分を支えている」


エトロフ発緊急電 (新潮文庫)エトロフ発緊急電 (新潮文庫) (詳細)
佐々木 譲(著)

「かなりオススメです!」「時代と悲しい人々」「女でも泣けるんです。」「何度も読んでます」「良い小説」


私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA) (詳細)
原 りょう(著)

「絶妙なバランス感覚で書かれたハードボイルド小説」「拾った宝くじが当たったような不運」「ハードボイルド+逆転劇が絶妙!」「至高の傑作。次はこれを読もう。」「「私」とはいったい誰を指すのか?」


アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ) (詳細)
古川 日出男(著)

「全読書人必読と言っていい壮大な法螺話の面白さ。」「物語りらしい、荒唐無稽にして甘美なアラビアンナイト物語」「語りと、物語の不滅」「ファンタジア」「全首肯」


不夜城不夜城 (詳細)
馳 星周(著)

「どもまでも黒い」「行間に漂う悲しい結末の予感」「青春時代に出会えてよかったと思える一冊」「この本は。。。」「だましだまされ」


サウス・バウンドサウス・バウンド (詳細)
奥田 英朗(著)

「この清々しさは何だ?」「どの様なジャンルでも面白い作品にしあげてしまう」「面白くて、熱くなる1冊。我々のパイパティローマは、果たして、何処に?」「面白い小説ここにあります だそうです」「姉さん、毎日が事件です。」


ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)ツ、イ、ラ、ク (角川文庫) (詳細)
姫野 カオルコ(著)

「すべてをひっくり返した画期的な恋愛小説」「緻密なディティール」「読み進むのがもったいないと思った小説、ありますか?」「潔癖なエロス みだらな純情」「ぜひ、予備知識なしに読んで、ひたってください!」


親指Pの修業時代 上 (河出文庫)親指Pの修業時代 上 (河出文庫) (詳細)
松浦 理英子(著)


血と骨血と骨 (詳細)
梁 石日(著)

「映画を見る前に」「人生って「因果応報」、しでかしたことははね返るもの」「在日文学の特長と限界」「骨肉の契り」「一気に読んだ。でも引き込まれなかった。」


容疑者Xの献身容疑者Xの献身 (詳細)
東野 圭吾(著)

「最高傑作」「ガリレオこと湯川学が挑む、数学の論理と純愛の論理の双対関係!」「東野さんはやはり天才です・・☆」「現時点での最高傑作かも」「一気に読みきりました。」


私の男私の男 (詳細)
桜庭 一樹(著)

「数枚の絵を重ね合わせた物語。」「大好きです」「問題作!!だが、成熟した女性の書いた真摯で切ない物語・・・」「確かに」「生理的には受け付けませんが。」


レディ・ジョーカー〈上〉レディ・ジョーカー〈上〉 (詳細)
高村 薫(著)

「誠実故に苦しむ魂の咆哮」「高村薫のマスターピース」「壮麗な大伽藍のような大作。「かい人21面相」事件を換骨奪胎した展開」「舞台と筆者がそろった!」「現代暗黒文学の金字塔」


ららら科學の子 (文春文庫)ららら科學の子 (文春文庫) (詳細)
矢作 俊彦(著)

「リアルな描写」「渋い…、が、臭みはない。」「日本人が得たもの、失ったもの」「69年へのオマージュ」「日本人は長嶋がバントさせられた問題を30年間引きずっている」


檻 (集英社文庫)檻 (集英社文庫) (詳細)
北方 謙三(著)

「北方ハードボイルドの最高傑作」「冒険小説」


青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫) (詳細)
五木 寛之(著)

「我が思い出の一冊」「絶対に読むべし!!」「麻薬のような内容」「完結するのかな?」「傑作です」


吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫) (詳細)
井上 ひさし(著)

「1日で読める?」「とにかく笑い転げました」「リアルタイム小説」「好みではないがお勧め」「作者の知識がほとばしる」


さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫) (詳細)
高橋 源一郎(著)

「難解、だが透明」「いつまでもわからないので」「あたたかな息づかい」「最高傑作」「飛翔する言語」


ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫)ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫) (詳細)
中島 らも(著)

「「ヒト」を知り尽くしている中島らも」「渾身の大作!」「鬼才らもさんの遺した神秘ミステリー長編」「努力する天才逝く-バナナのキジーツ」「混然一体としたパワー」


▼クチコミ情報

脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)

・「ドタバタを突き抜けたシュールリアリズム小説の大傑作
初期の作品ではあるが、個人的にはこれが筒井康隆のベストではないかとすら思っている。ここでの筒井は本当にオリジナルな、万華鏡のような小説世界を作り出している。次々と繰り出される悪夢のようなイメージ、奔放無比のストーリー展開、ボルヘスも真っ青の迷宮構造、異様な戦慄へと読者を誘うラスト。後期筒井の端正さ、円熟度と比べると粗削りな部分もあるが、そんなものをものともしないイマジネーションの爆発がここにはある。とにかくドタバタ・スラップスティックと呼ばれていた時期の頂点をなす作品であることは間違いない。ドタバタを突き詰めるとシュールリアリズムになるというが、これはジャリやヴィアンにも匹敵するシュールリアリズムの傑作である。筒井康隆にエンタテインメントを求める人々にはこの飛び方はきついのだろうか?「この世界を脱走してやる」と息まく「おれ」の情報・時間・空間をめぐる冒険はエンターテインメントとしても極上だと思うのだが。尾行者、正子をはじめとして時計屋の主人、職業訓練所の所長、天文台の助手等々、筒井特有の痙攣的キャラクターが生きに生き、あらゆる予定調和をぶち壊しながら疾走するストーリーは他に類を見ない。構成も凝りに凝っていて、定期的に挿入される尾行者の神経症的報告書は抱腹絶倒。とにかくこの小説のぶっ飛び方の凄さは読んでもらわないと絶対に分からない。読み終わると頭がぐらぐらしてくる。空前絶後の小説。

・「ウロボロスの真書
筒井氏は従来の文学の枠組みを遥かに超えた作品群を発表し、注目のデビューを飾った。勿論、文壇からは敵視(黙視)された。そんな筒井氏をマスコミが追いかけた時期があった。それが一段落した後、「それなら俺が俺自身を追跡してやろう」との意図で書いたのが本書である。本書では、逃げるのも筒井氏なら追いかけるのも筒井氏である。自身の尾を噛む蛇のようである。これがサンバのリズムで語られる。

物語中には相変わらずのナンセンス・ギャグやスラップスティック・ギャグ満載で笑わせてくれるが、基本的構図は一人二役を演じる筒井氏が自らを追跡すると見せかけて、実は逆に観察者(=社会)に対する厳しい風刺なのである。時間・空間の束縛に対する反駁、情報に踊らされる事の虚しさ。小説を書く上での約束事の無意味さ。これらを嘲笑しながら、高度な小説作法でエンターテインメントとして読ませる筒井氏の筆力は圧倒的である。

筒井氏の長編を代表する記念碑的傑作。

・「the show must go on
思い込みというのは恐ろしいもので、「筒井康隆はSF作家だ」としてしかとらえていなかった私は、本書をスラップスティック、ドタバタ喜劇だとしか記憶していなかった。いったいどんな読み方をしていたのか、再読してみると自分で不思議なくらいだ。

本書は、小説世界の枠組や約束ごとを次々に飛び越えてしまうという意味で、メタ小説だといえる。押井守が「紅い眼鏡」の中で、いきなり書割を押し倒して映画撮影所を抜け出ていく主人公を撮っていたのが「メタ」な技としては印象的だった。筒井康隆は、押井守以上に鮮やかに小説世界を連続技でどんでん返しさせていく。

メタ小説であるだけでなく、本書は実は哲学書だったのだと「再」発見した。これぐらい冷静に情報の本質、時間の本質、そして自分の内宇宙を見つめた小説を私は知らない。筒井康隆の筆にかかえると、情報も、時間も、空間も素っ裸にされてしまうのだ。

・「筒井康隆ワールドの金字塔
日本のSF小説愛好家に、「好きな作品ベスト10は?」的な質問を訊ねれば、必ず上位に入ってくる作品であり、もちろん筒井康隆の長編の中でもベスト5の1冊には数えられるのではないだろうか。読み込んでいけば、様々な深みを増す小説だが、難しい分析はさておき、まずは、とりもなおさず第一級のエンターテインメント作品である。例えば、この作品に描かれた現実と虚構の境界線の曖昧さ(障子をボートの縁で突き破ったときだったか、マンホールをくぐったときだったか...?)や、その曖昧さに翻弄される人間達の愚かさ、といった側面を捉えて、増加する現代日本の少年犯罪の根底にある、「現実把握能力に乏しく、リアルとサイバーを混同しているかのような無気力な若者達」の出現を予言していた、といったもっともらしい解説をすることもできるだろうが、そうやって現実と虚構に翻弄されていく人間達の行動が、まるでスラップスティック・コメディのようなドタバタ劇で進行していく様は非常にテンポよく、カタルシスへ向かって、創造と破壊が繰り返されていく感じはフリージャズ的あり、難しい読み方をしなくても十分楽しめる小説である。初版は相当前のことだったと記憶するが(正確な日付が手元にないので割愛)、今日読み返してみても、全く色褪せた感じがしない。そういう意味では、まさに「ageless」「timeless」な本だと思う。もちろん、この作品は単なるハチャメチャな娯楽小生ではなく、SFが社会批評、現代文明批評の有効な手段として機能していた時代の記念碑的作品であることは間違いない。

・「自由奔放な小説
本当に楽しそうにのびのびと小説を書いている。全盛期のロナウジーニョとサッカーの関係みたいな感じ? プレイしながらも自由になんでもできるしやってみようじゃないか、どんなむちゃなプレイをやってもうまく展開できるぞと、そんな感じ。発表が70年代前半であることを考えるとこの先鋭さは本当に驚異的だ。ただ、個人的にはちょくちょくだれたので、☆4つとしたがこれはただの好み。クオリティということで言うと、☆5つでも足りないと思う。

脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20) (詳細)

山猫の夏 (講談社文庫)

・「ラストシーンが秀逸、いや、もはや強烈
もちろん最初から全部読まなければ意味は無いが、20年前に初めて読んでから今に至るまで、このラストシーンを越えた小説を私は知らない。

・「船戸のいや日本冒険小説の最高傑作★無限
南米のある町に山猫と名乗る男が現れたことから始まる大冒険活劇小説。黒沢明の「用心棒」とシェークスピアの「ロミオとジュリエット」(ハムレットは作品名やないか!)を足して2乗して2で割った物語。主人公の山猫とその敵役が魅力的。しかしこの小説を日本の最高傑作たらしめているのは、この物語の書き手である、「おれ」なのである。生きる希望をなくし、だらだらとただ毎日を過ごしているだけの「おれ」が山猫に出会うことによって、男として成長していく。見事です。完璧です。ストーリーももちろん文句無しに面白いのだが、この「おれ」がどう変わっていくのかここらあたりに注目して読んでください。絶対に損はしません。読み終わるのがもったいなくなります。

・「山猫と呼ばれるスーパー日本人、南米が舞台の船戸冒険小説の傑作!
80年代前半のブラジル、反目しあい100年にわたる抗争を続ける二つの旧家が支配する東北部の小さな町が舞台。この旧家から出奔した娘の捜索のため、裏社会で名を馳せた謎の日本人“山猫”こと弓削一徳が呼ばれる。だが彼は単なる請負仕事で終わるつもりはなかった・・・。

内部に対立をはらみながら、急遽編成された探索隊を率いて“山猫”は出発する。イバラの原野とサボテンが密生する砂漠、灼熱の気候、野盗強盗団、元秘密警察出身の”山猫“のライバルの登場。

逃げた娘を連れ、町にもどった“山猫”は反目しあう2つの旧家と漁夫の利を狙う警察・軍隊を煽る。やがて争いが連鎖的に発生する。全てを見通した“山猫”の哄笑、封鎖された町の中で起こる凄惨な闘い・・・。

前半の過酷な自然の中での追跡行から、後半は小さな町を舞台とした闘争へとストーリーはぐいぐいドライブされていく。予想がつかない展開、主要人物も容赦なくばたばたと殺されていく。灼熱の南米を舞台にした船戸与一得意の冒険小説。執筆が80年代と船戸作品の中でも初期作品にあたるが、扱われているモチーフは以降の作品群と相通じるところがある。本作はなによりも冒頭から強烈な個性をもってストーリーを引っ張っていく“山猫”のキャラクターがたっている。船戸冒険小説の文句なしの傑作。

・「断定のカタルシス
 「〜だと思われる」「〜かもしれない」「〜と考える事ができる」・・・世の中はこのような末尾で終わる文体がなんと多いことか・・・。「一般論として」っていうのもあるなぁ。 そんな文章を読んで、そして書いてきた自分にとって、この小説の主人公・「山猫」が発する、全て断定した物言いに先ず唖然となる。 狂言回しの役割を担う「おれ」も、引きまくりで笑える。それが読み手である、気弱な自分を含む男性諸氏の心臓を鷲づかみにするのだ。 誰でも自論を、我を通したいと思う事はある。それを通す為に、その自論の正当性や論理性を強調し周囲に説明、協調を即すワケだが、我らが山猫はそんなメンド臭い事はしない。

 「俺が決めたのだからお前は俺に従っていればいい」

 これは言う方も言われる方も気持ちがいいか強い反発を覚えるかどちらかになる。この小説を読んで前者だった人は船戸ファン、それも強烈な読者になること請け合い。ではレビューワーの自分も山猫風に一言。 「頭が悪いくせにすぐ格好をつけたがるタイプなんだよ!このレビュー読んでるお前らは!考えるな。お前らは、この小説をただ読みさえすればそれでいい。」 ・・・あぁっ!そこのブルーザ系のセニョール&メニーナ!顎なんてさすらないでェェ!

・「シブイ!!
船戸与一を知り、衝撃を受けた作品です。「伝えろ、お招きによってたったいま山猫(オセロット)がやってきたとな。」シブイ!!

山猫の夏 (講談社文庫) (詳細)

永遠の仔〈上〉

・「親である自分を顧みる本
恐ろしい小説である。自分が親であることが恐ろしく思えた。この本を読んでから児童虐待の新聞やニュースに敏感になった。本当に許せんと思うようになった。すべての親に読んで欲しい本。

・「考えさせられます
子供が生まれる直前から生まれた直後に読んだ。親が子供にとって、どれだけ影響があるか、子供にどう接して行こうか考えさせられた本。子供が虐待を受けながらもどんなに親を慕い、そのために精神がゆがめられて行くのか、読んでいるだけで切なくなってくる。でも「生きていれば良いんだよ」という言葉は全ての救いになり、明日を子供と生きていこうと思わせる。子供の頃の環境と誤解が事件を引き起こし,それがかたられていく物語は圧巻。すごい本だとおもう。

・「救いを求めて四国まで行ってしまった・・・
普段、外国の文学作品や湯本香樹実のような小中学生を主人公にした文学作品ばかりを読んでいた私が、友人に紹介され、この小説家はだれ?と思いつつ半信半疑で読んだのがこの小説でした。しかし、小説の導入から私の心をつかみ、人生の闇を、他人と永遠に知り合うことができないという哲学的問いを描く重いテーマながら、

その重いテーマを鮮やかな構成力で描き、急展開のエンディングへと一気に読み進まされてしまいました。人生の闇を抱えたこの3人が救いを求めたこの小説の舞台「石鎚山」とはいったいどのようなところなのだろうか、救いはあるのだろうか、と思い実際東京から泊りがけで愛媛の石鎚山に登りに出かけてしまったほど影響を受けました。

  (実際、石鎚山は鎖場、頂上付近、ほぼ命がけの怖さ・・・)小説、石鎚山登山ともどもおすすめです!

・「もはやこれはミステリではない
かつて、「文学界を震撼させたミステリ」と何かの惹句をみたが、これはもうミステリという枠組みを超えた、ものがたりです。それが証拠に2巻目の途中あたりに来るころには、もうあなたは、誰が犯人でもそんなことはどうでも良くなってしまっています。ただ、ただ、この3人の行く末だけを、この人たちの幸せな行く末を祈っていることでしょう。私がそうであったように・・・

・「平凡な日常の終焉
何となく手にとって見て深く考えずに読み始めた本でした。内容すら知らないままに。話の主軸になるのは3人。看護婦の優希、弁護士の笙一郎、刑事の梁平。18年前に“あること”をして以来別れた別々の道。しかし、彼らには忘れることの出来ない記憶があった。そして、何気ない日常が一件の殺人事件と3人の再会によって動き始める。

キャラクターがそれぞれ立っていて、骨太な人たち。非常に重厚なつくりになっているのでもどかしく感じるけれど、かえってそれが次への渇望に繋がる。何がきっかけで“その行為”に至ったのか?上下巻一気に読んでもらいたい作品です。

永遠の仔〈上〉 (詳細)

コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫)

・「うねり、燃える原色の匂い
「全力だ!」村上龍のエネルギー溢れた作品を読むと、そんな気分になる。途方もなく広がる想像力と、ゴーギャンの絵が更に激しくなったような、原色の生物の息吹と色と匂いが立ち上り、句読点すらもどかしいように疾走する文体は洗練という形とは遠い。無論、それが村上龍の最大の武器である彼の生理であり、力強い才能のコアだと思う。

10年以上前、初めて「コインロッカーベイビーズ」を読んだとき、僕は細胞が叫びだすような興奮を感じた。コインロッカーへの置き去りの子供、崩壊した東京、破滅へと向かうストーリー。現実化すると単なる破滅的なテロリズムだろう。でも、閉塞から抜け出せない今の日本に少しでも元気を出すためならば、

この飛び切り危険でパワフルな虚構に引き込まれてもいいと思う。元気を出すためも、鬼才村上龍が若干30歳で描いた本作が多くの人に読まれることを望みたい。

・「衝撃でした。
衝撃的な作品でした。解りやすいエンターテイメントを好んで読んでいた僕には、最初の100ページを読むのに三日費やすほど体力の要る小説で、上巻はほとんど意地で読みきりました。ただ、下巻に差し掛かってからはどういうことか休まず一気に読まされました。マシンガンさながらのディティールの乱射が、この一貫した危うい感じのリアリティーとなっているのか、受け入れてみるとどんどん読み進められました。(疲れることには変わりありませんが)80年代から物語はスタートしていますが設定はどこか近未来的にも写り、「破壊と自閉」のイメージは僕の想像力の限界を超えたところに刷り込まれ、大袈裟かもしれませんが、ラストでは軽く眩暈がするような感覚でした。貴重な読書でした。

・「あまりに強い個性
凄く面白く、エネルギーに満ち溢れた小説です。そのテーマを一言でいえば「破壊」ということになると思いますが、単なる負の力から絶対的な肯定へと昇華していく疾走感はすさまじいものがあります。その眩しすぎて目をつぶってしまいたくなるほどの強烈さは、人によっては、生理的にまったく受け付けることができないこともあるでしょう。が、一度、手にとって目をとおす価値は充分ある小説だと思います。ちなみに、「アキラ」よりも前に出版されていますので、「アキラ風に処理した」小説ではありません。村上龍の完全なオリジナルであり、村上龍の思想・世界観が最も忠実にわかりやすく表現された小説だと個人的には思っています。

・「感覚を刺激される
冒頭からトップギアで走りだす、文芸的近未来小説。村上さんの小説作品は半分弱くらい読んでいますが、これを越える作品は知りませんし、私が読んだ日本文学の中では、間違いなくトップクラスの刺激的作品です。

精神的にギリギリのところに所在する登場人物の独白のような言葉と、精緻な性的・肉体的・感覚的描写の連続に、読者の感覚が犯されていくような錯覚があります。決して、感情移入するのではなく、感情浸食されていくような、そんな小説です。

できればもう少し長い小説にして欲しかったという思いはありますが、クライマックスを過ぎても、ひたすらダラダラ続いてしまう作品よりは遙かにまし。少し足りない位で止められた作者のセンスにも、敬意を表したいと思います。

・「私のいちばん本です
この本は語り尽くせない思い入れがあります。私が読書に目覚めるきっかけとなった唯一の本です。村上龍の作品では後にも先にもこれ以上のものはありませんでした。何度読み返しても、また感動してしまうんです。この感情はなんだろう??感動させようとしている話ではないと思うけど、感動してしまうんだ。見事に。

最も「ガツーーーン!!」ときたのは、キクという主人公が走ることに目覚めるシーン。私自身運動の喜びを知らない人間だったのに、まるで自分の体が目覚めたように、ビリビリと伝わってきました。その描写がすばらしかったです。他にも運動の描写がたくさん出てきます。どれもこれも体が震えるほどの感情を呼びました。ほんっとにこれ以上の本はないと思うんだけどなあ・・・。

でも、友人に貸したり、プレゼントしたりしたけれど、ちょっとキツイっていう人も多かったです。設定が、なさそうで、でもリアルだし、におってきそうな描写が多いです。テーマも重いです。村上龍独特の文ですよね。匂ってくる感じです。重油の匂い、新宿の公園の匂い、ワニの匂い、アネモネの匂い、ハシの匂い・・・それぞれ匂いを感じます。

コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫) (詳細)

屍鬼〈上〉

・「一読に値します。
 ページをめくると最初にTo 'Salem's Lotとあるように、これはかのスティーヴン・キング氏のホラー小説「呪われた町」(原題'Salem's Lot)を、設定の詳細が若干違うものの、ほぼ同じストーリー展開で、舞台を日本の田舎町にしただけなのですが、そこは小野不由美さんの驚愕すべく筆力、本家よりも日本人に合わせた作りで、同じ話ながらまったく別物のような物語に仕上ています。 これは凄いことです。はっきり言うと本家のイミテーションなのですが、本物よりも輝いているという、とてつもなく厄介な傑作です。 確かに長い。2段詰めで目いっぱい書き込み、総ページ数は約1700ページの驚嘆するほどの長さ。重厚な物語にものすごい描きこみのため、スローテンポで進む物語に本書を投げ出したくなる人もいると思いますが、あせらずゆっくり読み進んでください。後半物語が動き始めると、もう怒涛のごとくの展開です。ものすごく恐ろしい話です。これを読むと本当に恐ろしいのは人間なんだなあと、改めて実感します。 「十二国記」で知られる小野不由美さんの渾身の力作です。私の生涯ベストテンの一つの小説です。その分厚さに圧倒されること無く、一回読んでほしい作品ですね。

・「長編であることの短所と長所。
まず、短所としては、話がサクサク進まずに、物語の本筋がすぐには把握できない事。話がすぐに進まないと飽きてしまう人にはこの本は薦められない。

長所としては、風景や情景の描写が緻密で、村の雰囲気や、村人の心の機微までもが、丁寧に書かれている事。ほとんどの人が顔見知りばかりという、田舎の閉鎖的な環境が、様々な村人の様子を通して、ありありと伝わってくる。

最近はあまり使われなくなった漢字や表現も多いが、古民具的な味わいがあって、読みづらさは感じなかった。むしろそういう漢字や表現を使うことによって、昭和の時代のまま止まってしまったかのような村の雰囲気が感じられ、より味わい深い文章になったと思う。

死に包囲され、原因も解決方法も解らぬ中、じわじわと包囲網が狭まってゆく……というところで上巻は終わりになる。「これからどうなるんだろう?」、「すぐにでも下巻が読みたい!」、そう思わせる終わり方である。

・「静かにして確実なる恐怖
非現実的な恐怖というものに、どれだけ感情移入できるだろうか。これまでたくさんの『ホラー』を標榜する作品があったが、どれもそれはあくまで『物語』の世界だった。しかしこの『屍鬼』は感情移入を止められない。

…なぜか。

それはそこにある世界が今そこにある風景であり、そこにいる人物がとなりにいる『彼ら』だからだ。

非常に当たり前で現実的過ぎる世界に極端なほど非現実的な一つの事実を放り込んだだけでここまで恐ろしいとは。…しかしこの作品のすごい所は、その恐怖を感じさせないほどに面白い、という所だ。

ストーリーテリングの技術と文章力がないとここまで読ませるモノは作れないだろう。2巻の途中まではかなり忍耐が必要だが、あとは一気に読ませてしまう。そして読後に!感じる静かな恐怖…。

これをフィクションだと割り切ってしまってはいけない。

…それがどんなに非現実的でも目の前にある現実だからだ。

・「下巻から
何人かの方が書かれているように、上巻の前半は村の特殊なあり方形状が、延々書かれていてなかなか読むスピードがあがりませんが、上巻の後半部分から一気にテンポが速くなり、下巻後半部分では怒涛の展開、人間VS屍鬼との戦いはまさに圧巻でした。**若干ネタバレ***ハッピーエンドを期待してしまう私にとっては結末は少々ガッカリするものでしたが、それでもこれはお薦め作品です。前半のだらだら続いたように思われた村の描写も読み終わってみれば必要不可欠なものでした。この猛暑の夏にはピッタリ!?の作品です。

・「蘇りたい?蘇りたくない?
最初は、やたらめったらいろいろな人たちが出てきて、ちょっとたいくつなんですよ。

屍鬼〈上〉 (詳細)

悪人

・「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!
 凄いな、この本は、、、。読み始めてひとときも中座する事なく一気に読了した。傑作である。恐らく今年世に出た小説群の中でも読む者の心を鷲掴みにするといった点では屈指の作品ではないか。本の帯にある“なぜ、事件は起きたのか?”“なぜ、ふたりは逃げ続けるのか?”“そして悪人とはいったい誰なのか?”とのフレーズが見事にこの作品を読み取るキーワードになっている。冒頭から、今作の登場人物たちのぐだぐだとした満たされない日常生活の中で湧き起こる儚い嘘と悪意の心理描写の上手さにぐっと引き込まれ、ある「悲劇」が起こった後は人間の深淵に潜む「業」の様なものを読んでいくのかと思いきや、物語は第3章で劇的に変貌する。変えたのは馬込光代の存在。彼女の登場で、物語は儚くも美しい純愛路線に大きく舵を取る。世の時流に乗る事などまるで諦めていた生きベタなふたり、生まれて初めて出逢った真に心を許せる者たちの、安っぽいラブホテルでのあまりに痛切な抱擁と逃避行の道行きでの魂の絶叫に、ページをめくりつつ胸が張り裂けそうになる。ラスト、なんとも切なくやるせない気持ちになりながらも、今作に登場する傷ついた者たちの絶望の「闇」の彼方に見える魂の救済を思わせる様な一筋の光明が救いと信じたい。

・「人間臭さがいい。
久しぶりに泣けた作品。年齢を重ねたから感じる事なのか、登場人物皆がとても人間臭くていい。登場人物皆悪人なのか、そうさせる環境で生きて来たのか・・・綺麗事の多い小説の中で人間味のある人々の心にふと足を止めてみたい作品。「生まれて初めて人の匂いがしたっていうか・・」と始まる少年の言葉が今の世の中に重なるような気がした。

・「誰が悪人で誰が悪人じゃないか
久々に真ん中ストレートに刺さった本。 まだまだ進化する作家さんだと期待してるけど、現時点では 最高傑作だと思う。 被害者の父と、加害者の祖母(母代わり)、立場は真逆なのに 2人の辛さや悲しみがリンクしていました。 描写が秀逸で、登場人物や舞台となった地方都市が自分の中で リアルに浮かび上がってくる。 追い詰められ、切羽詰った2人の逃避行はせつな過ぎて痛い。 わたしにとって特別な映画「モンスター」と通じるものがあります。 両作品とも、誰が「モンスター」で「悪人」なのか分からない、 もしかしたら誰もが「モンスター」であり「悪人」なのかも知れない・・・ と思わせるタイトルも含めて。 心をえぐられる本です。

・「聞きたいのです。
読書は自己完結するほうなので、他人の感想とか、あまり興味がない。なのに、この本を読んだ後、無性に誰かと、この本について話がしたい、と思った。

なぜ、この物語のタイトルが「悪人」なのか?途中まで浮遊したままだった、この「悪人」というタイトルが、最後にずっしりと、自分の中に沈澱してくる。

そして聞きたいのです。

この物語で締め括られる「?」のように、誰かに聞きたくなるんです。

・「誰が悪人か
女は、殺されても仕方ない悪人だったのか。男は、冷酷な殺人鬼なのか。

悪人 (詳細)

Y

・「おもしろ過ぎる!!
 この本は恋愛小説という名の推理小説だと思う。漫画しか読まない23歳の私が初めて『おもしろ過ぎる!』と思った推理小説である。そもそも小説という物は最初が肝心で、出だしが面白くなかったら読む気が無くなって最後には寝てしまう(笑)

けど、この小説は出だしで私を引き込んでしまった。寝るどころか、寝る間も惜しんでとはこう言う事なのか!と実感したぐらいだ。推理小説は苦手だという人も一度は読んでほしい!読み終わったあと必ず誰かに薦めたくなる一冊だから。

・「愛に対する欲望は、簡単に時間を超えるか?
「あのとき、ああすればもっと、今より幸せだったのか。あのとき、ああいえばもっと、いまより幸せだったのか」いまでは数多くのフォロワーがいるらしい(モンパチとかゴイステとか、あと知らないけど)ブルーハーツの歌詞だ。

時間を止めるディオという怪物もいた。ドラえもんに頼めば、恐竜のいる時代にさえ連れていってもらえる。

ふりかえってみれば分かることがある。あのときが、人生の分岐点だったな、と。そのときは、大したことではないように思えても、時がたつことによって、ある時にした自分の選択が間違いではなかったかと不安で仕方なくなることがある。「あのとき、ああしていれば、自分は今よりもっと幸せだったかもしれない」

簡単にいえば、後悔するってことだ。自分の生き方に。!

作者は大胆に、私たちの夢をかなえてくれる。あの日、あのときにつれていってくれる。自分の目で、昔したあの選択が正しかったかどうか確かめてみろとでもいうように。

読めばわかる。いま私たちのしている後悔が、正しいのかどうか。

・「いろいろ考えせられました。
新橋の書店に立ち寄ったとき、なぜかふと手にとることとなったこの本。パラパラとプロローグを読み、もう手放せなくなりました。どうしてもあの日、あの時の過去を変えたい、その思いがかなうことは現実にはあり得ないことと思われていますが、この本を読むうちに、もしかしたら…などと思ってしまうほど、のめり込んでしまいました。ぐいぐいと引き込む筆力はさすがです。久々に読んだ小説ですが、佐藤正午氏のほかの小説もぜひ読んでみようと思えるような傑作であると感じました。

・「読み出したら止まらない.
最高におもしろいです。少しずつ謎が明かされていき、どんどんのめり込んでしまいます。結構複雑なストーリーなのですが、作者の書き方が非常にうまいと感じさせられます。レトリックに関しては、村上春樹の影響を受けているような印象を受けます。村上春樹の小説が好きな人は、きっとこの小説も気に入るでしょう。

・「過去の自分が現在の自分を支えている
過去の行動を悔いることはよくあります。“もう一度やり直せたら”と思うこともしばしばです。しかし、この本を読むと、人生をやり直すことが幸せとは限らないと感じます。それまでの人生を否定して過去に戻ることに“ためらい”を覚えない人はいないでしょう。しかも、“未来”を知っていることで、自分の行動や可能性を狭くしてしまうかもしれません。この本では、人生をやり直しても、前の人生で縁のあった人とは、関係を変えても、関わりがあります。何が起ころうとも、“代わりになる人なんていない”ということです。何度、人生をやり直しても幸福になるとは限らない。それならば、この人生を前向きに生きようと励ましてくれます。

Y (詳細)

エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

・「かなりオススメです!
めったに再読しないが、この作品だけは、結末がわかっていても何度も読み返してしまう。その理由は、確かにこの作品のジャンルとしては冒険・推理小説であるが、それに加えしっかりとした「歴史」のバックボーンがあるからである。たしか、この作者のいずれかの作品で「本当にあったことか、想像のことか、判断できないぎりぎりのところが面白い」という解説があった。実際この作品もそれに当てはまり、その辺りがしっかりとした読み応え感を与えてくれ、「また読みたい!」と思わせるのだろう。冒険・推理の部分で言うと、いわゆる冒険小説というものは、「何でこのタイミングで計ったように登場するの?」と、その場面場面での出会いが強引で、そこからストーリーを新たな方面へと展開しているが(個人的感想)、この小説は複線の流れ(アメリカ、東京、択捉)を自然と展開し、また編むことで読者をどんどん引き込んでいく。上記他にも、当時の風俗、択捉の自然・歴史なども丁寧に書かれており、充実した作品である。

・「時代と悲しい人々
 この作品に現れるのは様々な視点を持った人々だ。自国を滅ぼされた朝鮮人スパイや南京で恋人を日本軍の虐殺によって失った宣教師、スペイン内戦から帰国した殺し屋で一見アナーキストの主人公など。太平洋戦争前後の様子を、史実を歪めることなく、かつ豊富な登場人物とその経歴を描き上げる事で小説化している。佐々木譲の作品は膨大な資料の取材を感じさせるものが多いが、それでいて頭でっかちに終わる事が無いのは小説を彩る個性的な登場人物によるからだと思う。

 後半に突如現れる主人公と女との愛。ここで私は大きな問題を考えさせられる事になる。日米2つの国を揺さぶるスパイという使命を負いつつ、その使命と目の前の一人の女とを天秤にかけて図ろうとする主人公。国家・体制とは、イデオロギーとは、そして一人の人間の存在とは、ということを深く考えさせられる一冊だった。それほどまでにこの小説の結末は悲しすぎた。  読み終わった後に哀しさで感動する事はあまり無かった。だがこの小説を読み終えた後、なにかとてつもなく大きなものを失ったような哀しさを味わった。それだけこの本に引き込まれた。何度でも読みたいと思う。 

・「女でも泣けるんです。
潜入、追跡、銃撃戦に暗号通信。男くささむんむんの冒険小説だから、男性読者のロマンを掻き立てる系で、女性はお呼びでないかしら?と思いながらも手に取ってみたら、そのボリューム(文庫本でもすごく分厚い)にもかかわらず、面白くてもう止まらない。ページをめくる度にどんどん引き込まれて、最後は切なくて胸がいっぱいに・・・。クライマックスではほとんど半泣きでした。

冷笑的なアナーキストのくせに、それでも何かを信じてる男、つまり、女性目線から言うと、近づいちゃいけないのは分かってるんだけど、惹かれずにはいられない危険な男、が主人公。

物語の展開や緻密さも、西にフォーサイスあらば、東に佐々木譲あり!と言い切れるぐらい、「これって無きにしもあらず?」と思わされるほど、一貫して臨場感とリアリティにあふれていた。また台詞や心理描写がとても自然で、読みながらすんなり頭の中で映像化できる。

・「何度も読んでます
とにかく引き込まれます。3部作どれも面白いですが特に2作目のこの話が好きです。主要な登場人物がすべてどこか影があり、一人一人強烈にキャラが立っていて一気に読めます。そういえば昔NHKで『エトロフ遥かなり』というタイトルでドラマ化してましたが、また映画かドラマにならないすかね。3部すべて。

・「良い小説
良い小説は「面白いこと」に第一の存在意義があります。面白さの条件は三つのSを満たすことです。スリル、スピード、サスペンス、+恋愛要素で何かを得て失うことの描写に長けていれば最高です。しかし一番大事なのは読みやすいことです。この本はすべて満たしています。

エトロフ発緊急電 (新潮文庫) (詳細)

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)

・「絶妙なバランス感覚で書かれたハードボイルド小説
探偵・沢崎シリーズの二作目です。沢崎が作家の娘でバイオリン奏者として将来を嘱望された真壁清香の誘拐事件に巻き込まれます。

実にハードボイルドらしいハードボイルドだと思います。探偵の設定、ワイズクラック、彼と「瞬間的な相互理解」ができる男の存在(沢木耕太郎曰くハードボイルド小説の構成条件の一つ)・・・・・etc。ストーリーも巧みです。

沢崎は基本的に優秀なので、淡々と調査を進めていきます。その手際が鮮やかなので、読者は読んでいくうちに彼を信頼していくような作りになっています。調査の進め方も大抵外堀から埋めていくような形で行われ、途中で警察の捜査とバッティングして、ここで調査と捜査のすり合わせが行われます。

様々な要素が絶妙なバランス感覚で配置されているのに驚かされます。バチグンの出来だと思います。原寮の小説は沢崎シリーズ以外出されていません。95年に5年ぶりに出された、長編第三作『さらば長き眠り』以来止まっているのですが、今年出版されるという話があります。前もあったのですが、今回は本当であることを期待します。

・「拾った宝くじが当たったような不運
直木賞受賞作。タイトルからして鮮烈である。残念なことに、登場人物はあまり魅力的ではなく、前作「そして夜は甦る」のカギとなる諏訪雅之のような、原りょう作品の色と匂いを全身に纏った男は登場しない。

だがそんなマイナスポイントをカバーしてなお、釣りがくるほどに展開が良い。謎の設定が良い。幕切れが良い。何より沢崎が良い。

誘拐事件の概念を覆すというより裏返す設定が破綻なく活かされており、振り回され苦悩する沢崎の姿が声を殺した悲鳴のように描かれている。渡辺との白日夢のような再会も映画のラストシーンにも似たエンディングへと見事に繋がっていく。そう、「そして夜は甦る」の場合もそうだったが、作家の力量が最も問われる最後の数ページがこの作家は本当に巧い。名作と呼ばれる映画の幕切れのように、その余韻を思わず誰かと共有したくなる。

原りょうが寡作なのが残念でならない。既発表作をすぐにも読み尽くしてしまいそうで、それが何よりも惜しい。

・「ハードボイルド+逆転劇が絶妙!
「102回直木賞」受賞作。文章の書き方にクセのある方なので、状況説明が長い小説が苦手な方には少しツライ作品かもしれませんが、前作の「そして夜は甦る」を読んで、気に入った方は本作を絶対に読むべき。あなたを裏切らない作品であることを保証します!

作品自体はハードボイルドです。主人公沢崎が寡黙な男で、それをとりまくヤクザ、刑事も渋いです。色気のある女性の登場は皆無で、主人公との絡みもゼロ。ここまで硬派な小説も最近珍しいのではないでしょうか。最後の最後には、筆者特有の「想像を越えた結末」が待っています。

・「至高の傑作。次はこれを読もう。
プロット、表現(レトリックは、チャンドラー的ではあるけれど)ともに卓絶。いまだにこれを超えるハードボイルドミステリーは日本に存在しません。

とにかく読んでみてください。

作者の想像物であって、絶対にいるはずもないのに、どこかいて欲しい、いつか会ってみたい。そんなリアルな思いを、つい抱いてしまうほど、主人公の探偵・沢崎が魅力的。それは、いまや失われた孤高の姿を、どこまでも気高く守っているからなのでしょうか。

すごく、クールでカッコよいのです。いいですよ。

・「「私」とはいったい誰を指すのか?
 第102回直木賞受賞作品。 「週間文春 傑作ミステリーベスト10」 1989年 第2位 「週間文春 1977年~1990年ベストミステリー」 第7位 「週間文春 二十世紀傑作ミステリーベスト10」 第14位 「宝島社 このミステリーがすごい!」 1989年版 第1位 「宝島社 『このミス』が選ぶ 過去10年のベスト20」 第4位 「宝島社 読者が選ぶ 過去10年のベスト20」 第6位 「宝島社 覆面座談会が選ぶ『過去10年間のベスト20』」 第4位

 本書では探偵・沢崎の動き回る場所が実名でかつ詳細に綴られています。都心に住んでいる方やある程度知っている方は実際にイメージが湧き、物凄くおもしろいと思います。

 題名に「私」とありますが、この「私」が誰を指すのかということを読み進める段階でちょくちょく考えました。 すると、不思議なことに考える度に「私」が違ってくるのです。 少女を殺した「私」とはいったい誰なのかということを考えながら読むのもおもしろいと思います。

 沢崎が乗り回す自動車は日産のブルーバード。この本が出版された頃は憧れの車の一つだったようです。 因みに、今現在私が乗り回しているのも偶然沢崎と同じブルーバードです。 私は彼に妙な親近感を持たずにはいられませんでした。

 ソレデハ…

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA) (詳細)

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

・「全読書人必読と言っていい壮大な法螺話の面白さ。
以前「月刊プレイボーイ」誌が、「ミステリー徹夜本を探せ」との何とも魅惑的な特集を組んだ際、北上次郎、大森望、豊崎由美の当代きっての凄腕書評家3人に、爆笑問題の太田光がこぞって最高位に挙げていたのが今作、ずっと気になっていたのだが、ようやくこの度読了した。そして、これは評判通りの途方もなく壮大な作品だった。謀術、眩惑、魁偉、豪胆、妖艶、爛熟、恐怖、幻想、浪漫、正に血湧き肉踊る疾風怒濤の650ページ。その本、古今東西稀代のまたとない玄妙驚異の内容を備えた、たちまち読み手を虜にする物語と文中形容されるに相応しい1冊。プロローグで語られるナポレオン東征に対抗する奇妙奇天烈な企みが果たして何なのか、それを知るだけで、読書好きなら興味津々になる事請負なのだ。古川日出男が仕掛けた現代版千夜一夜物語といった趣。好き嫌いはあると思うが、読み続ける事が辛くなる頃合で小休止し、息をつきつつ、壮大な法螺話に身を任せたい。ミステリーのカテゴリーに入るかどうかは微妙だが、エキゾチックなムードや冒険小説がお好きな方には是非お薦めしたい。

・「物語りらしい、荒唐無稽にして甘美なアラビアンナイト物語
本書は、日本推理作家協会賞&日本SF大賞受賞作を受賞した評価の高い本です。

推理小説・ファンタジー小説の苦手な私は積読状態でしたが、昨年度のベスト推理1に選ばれるや、やっぱり読まねばと重い腰(手?)をあげました。

あー、やはり苦手でした。翻訳文調の私からすれば悪文になかなか読み進めなかったのです。(この感覚は村上春樹さんを読み始めたころにも味わったことがあります)・・・が、それも束の間!

摩訶不思議なアラビアの世界、夜の種族が暗躍する世界へとひきずりこまれたのでした。

聖遷暦1213年のカイロに迫り来るのは最新鋭の武器、近代的戦法のナポレオン艦隊。対するのは未だに馬にまたがり十字軍を打ち破った過去の栄光を信じて疑わない12人のベイ(カイロ知事)の軍でした。勝敗は言わずと知れていますが、そこで暗躍し勝利に導こうとしたのが、一人のベイの腹心アイユーブです。その秘策とは『災厄の書』をもってナポレオンを破滅に追い込むという奇想天外な作戦です。妖術師やら蛇やら魔族やら森の種族やら、それはそれは魔性転生のおどろおどろしい世界がひろがります。

言ってみれば、この物語りは日本神話と里見八犬伝と天草四郎をてんこもりにした講談といってよいと思います。

文章のちょっと雑なところや会話のはっつぁん・くまさん的なところも講談だと思えば納得します。作者の古川さんを検索して調べたところ、彼の原点の一人が村上春樹さんだとわかりました。読みはじめに村上さんを感じたのもあながちはずれてはいませんでした!

ああ、面白かった!

・「語りと、物語の不滅
しばらく積読状態だったのですが夏にも文庫化されるとのことなので、高い単行本を買った手前、慌てて読みました。凝った構成と彫琢された文章が紡ぎだす物語は幻惑的で色々な楽しみ方が出来るでしょう。私は語られる物語のストーリーよりも、物語を語るという行為と語られると語られる物語の不滅を巡る物語と思って読みました。読む人の数だけ楽しみ方があるような、そんな懐の深い物語です。

・「ファンタジア
この本を私は一週間とかかわずに読み終わりました。長いといわれている物語ですが、たしかに背景としての描写などには必ずしも必要ではないような部分もありました。しかし、それでも、物語としてのテンポ(展開)はそれとは裏腹に飽きが来るものではない。それこそ、物語の登場人物としての、いわば物語の中の物語の聴き手である書家や奴隷のように、私はこの本に耽溺することになりました。ファンタジーを読んだことのない人は、読み始めはなにやら疑心を憶えるだろう。しかし、これをファンタジーそれ自体として認識してよんだなら、すぐに魅了されるでしょう。困難な描写を上手く創造をしながら読むのはなかなか大変だが、全ての流れを掴むことの面白さ、何がどう繋がるのか、さながら歴史としてのミステリーとファンタジーの絡み合いは絶妙です。 さらにいえば、世界史に対してのいくらかの知識があればなお面白く読めるであろう。 

・「全首肯
 刊行してからさほど時間がたっていないのにもかかわらず、この本については、すでにさまざまな風聞があるようだ。 いわく、アラブ的な風俗・ディテールをよく再現している。 いわく、「物語」に翻弄される快感がある。 いわく、ルビを多用した、装飾過剰な文章の面白さ。

 いわく、ナポレオンのエジプト遠征などの「史実」と虚構が交差する、という「仕立て」への興味。 いわく、「ファンタジー」としてよくできている。 云々。

 その上、いまさらなにをつけくわえる事がありましょうか。 ただただ、そのすべてを首肯するだけでございます。

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ) (詳細)

不夜城

・「どもまでも黒い
主人公が黒い。 ヒロインも黒い。 黒くない人物がいない!!!

すえた匂いが行間から漂ってきそう。 どこまでも硬質。

普通、一般のハードボイルド作品は主人公が事態を好転させようと動く。でもここでの「好転」はあくまで世間のモラル、一般常識に合わせた「好転」だ。麻薬組織の壊滅とか凶悪犯の逮捕とか。 ところが本書の主人公の「好転」はあくまで自分にとってのものだ。 自分が生き残るためにどうするか。生き残るためなら、友を売る、嘘をつく、人を傷つける。なんでもする。 主人公はラストまで自分のスタンスを変えない。 悪党のまま物語はおわる。 またヒロインも同じだ。他人には理解できない枠枠組みを引きずって、悪女として物語を一層黒くしている。

最高におもしろかった。 エンターテイメントってこうじゃなくちゃいけないと思う。 最近読んだおもしろい小説は?と聞かれたら、向こう1年くらいは「不夜城」と答えます。

・「行間に漂う悲しい結末の予感
自分しか信じられない健一と夏美。策略ばかりで何を考えているのか分からない楊偉民。読み始めてスグに、この主人公達にはとても感情移入できそうにない、と感じた。全体を通じて冷たく暗い、救いの見出せない悲しい展開。嘘と策略と裏切りとカネと暴力と女と同性愛のオンパレード。アソビの無い展開に緊張感が伝わってくるけど、それと同時に

「ハッピーエンドでは終わりようが無い」という雰囲気が行間に漂ってる。過去の回想や複雑な策略を積み重ねて、悲劇が待つであろう最後のヤマ場へ持って行く盛り上げ方は上手い。感情移入できない筈なのに、ヤマ場に近づくと心拍数が上がってくる。そして結末。これが2人の逆らえない運命かと思うと、虚脱感、無力感、その他モロモロの重たい感じが残ります。「感動」とはほど遠いけれど、お勧めの秀作です。

・「青春時代に出会えてよかったと思える一冊
映画化になったらしいということで、表紙を見て「フーン」と思いつつ軽いエンターテイメントを期待して読んだらいい意味で裏切られた。

「おれはアウトロゥだ。ひとりで生き、ひとりでくたばる。孤独を感じることもない。おれは一個の完結した存在なのだ」

多分登場人物たちのような状況に実際に置かれたらそれは嫌だ、でも劉健一をはじめとするギリギリで刹那的な、突き放したような生き方がすごくカッコよく思えた高校時代。それと同時に、こんな作品を書ける人がいるんだと驚いた記憶がある。

「ハッピーエンドなんてクソくらえだ」作者がどこかで語っていた。

その凶暴性と鬱屈した感情を紙の上に吐き出すパワーはものすごいと感じた。フィクションであるのに、登場人物のそれぞれの生々しい描写や心情がリアルさを補強していて読んでるこっちも動悸が早くなる。騙しあい裏切りあいと、重い内容なのに読み手を飽きさせず一気に読ませる力がある。続編と完結編がそれぞれ出ているがそちらはさておき、一冊の完結した物語として一度は読んでおいても損はない秀作。

・「この本は。。。
馳星周の原点であり到達点であり、越えられない壁であると思う。何作読んでも彼の作品で本作より面白いと感じるものはなかった。

このページにアクセスした方、他の本は別として、馳の本で買うべきは本作です。

・「だましだまされ
 新宿歌舞伎町を舞台に、スピード感と底にある人間の持つ哀しさをうまくミックスした秀作。 だれが敵で、だれが味方なのか。ばかしあいと愛の挟間で、読んでいくほどに読者は翻弄されます。 読んだ後、歌舞伎町を歩くと、きっと周囲をこれまでとは違う目で見るようになりますよ。お勧めします。

不夜城 (詳細)

サウス・バウンド

・「この清々しさは何だ?
何故かモップス(吉田拓郎)の「たどり着いたらいつも雨降り」(子供バンドがカバー)を思い出した。決してハッピーエンドではない。決して大団円ではない。レジスタンスは成されなかった。資本により自然は破壊される。でもこの清々しさは何だ?

「心の中に傘をさして裸足で歩いてる自分が見える。」

少年は少年なりに素直で、恥ずかしがりで、母親に頼り、妹を想い、気になる女子がいて、友が好きで、父を煙たがる。妹はロマンチックに憧れ、母に甘え、兄の後を追いかけ、父を煙たがる。姉は父を煙たがるが、父を大人として理解する。弟妹を大人として愛する。母は父を理解する。徹底的に愛する。父は誰にも媚びない。そして自分を最も理解する。息子に向けて「俺のようにはなるな。少し極端だからな。」だが自分の立つべき位置は決して変えない。そしてその位置を家族全員が理解した時、家族の持つ美しさが立ち上がってくる。

家族をとりまく人達も生々しい。どこにでもいそうで、いなさそうな愛すべき人達。

例えこの世が土砂降りでも、心の中に傘をさして歩いていく。周りから見ればびしょ濡れでみすぼらしいのかもしれない。しかしその心の中が見えた時、彼の姿はあくまでも誇り高く、気高い。

・「どの様なジャンルでも面白い作品にしあげてしまう
一言で言えば、面白い作品であった。534ページという大作であるが、長さを感じることなく、スラスラと読むことができた。第一部は主人公二郎の家族が元過激派の父親に翻弄され中野から転居せざるを得なくなるまで、第二部は沖縄の西表島に転居後の生活が描かれている。小学生から見た大人の世界、そして子供同士の世界がうまく書けている。なんと言っても主人公の一郎の人物像が強烈で、自分の身の回りにいたら確実に関わりを持ちたくないタイプの人物であるが、彼の発言・行動は、一見めちゃくちゃでありながら、現代日本の問題点を的確に捉えて筋が通っており、読んでいて面白かった。作者の全ての作品に共通するところであるが、泣かせどころ、笑わせどころを作るのが本当にうまく、楽しめる作品であった。

「最悪」「空中ブランコ」「泳いで帰れ」そして本作と、どの様なジャンルでも面白い作品にしあげてしまう作者は本当にすごい!

・「面白くて、熱くなる1冊。我々のパイパティローマは、果たして、何処に?
 とにかく、目茶目茶面白く、そして、胸が熱くなる傑作だ。「空中ブランコ」に引き続き、奥田英朗は、またしても、魅惑的な独自の世界を構築させた。今作は、“元過激派闘士”の父を持つ小学6年生の二郎の視点で終始展開するが、登場人物たちが交わす会話や行動に対して、二郎が抱く感情、洞察力の文章の上手さ、鋭さは、奥田の真骨頂といえるものだ。この物語は、二部構成が取られているが、第一部の「東京」のパートでは、彼を取り巻く家族や友人たちの「日常世界」が、大層面白く、ユーモアたっぷりに描写される。中でも、12歳なのに、やたら年寄りくさい博学な印鑑屋の息子向井との会話や、母方の祖母の四谷の邸宅での、スペアリブを食べるシーンの二郎の小市民的な反応は、爆笑モノだ。中学生の札付きの不良であるカツをめぐっての、片親者でツッパリの黒木との確執や友情も、ぐいぐいと読ませる。そして、他のレビュアーの方たちも指摘する様に、居候していた父の友人の、“ある行為”が引き金となって、家族一同が西表島に移住する、第二部の「沖縄」のパートに舞台が移るにつれ、物語は、どんどん熱くなっていく。それまで、定職にも就かず、国家の制度にことごとく反発し、役人たちを罵倒するだけの、今日では化石の様な存在に思えた父が、沖縄の鮮やかで澄み切った青空と海を背景に、どんどん魅力的になっていき、“父”として、“男”として、そして、“人間”として、尊敬できる存在になっていく様が、スリリングに描かれる。父のみならず、二郎本人や、母や姉、妹迄もが、嬉々として、生き生きとしてくるのも良い。終盤、家族で釣りに出かけるシーンは、短いながらも泣ける。ラスト、“パイパティローマ”を目指す両親が、子供たちに託す言葉は、甘いかも知れないが、やはり、感動的だ。

・「面白い小説ここにあります だそうです
おもしれ〜!奥田英朗最高、何でこの人はこんな強烈なキャラをここまで面白おかしく書ききることができるんだろう。一度本人に会って詳しく話を聞きたくなる、そんな気にさせてくれる傑作です。なかなか分厚い本ですが一日で一気読みですよ。これを読んだら迷わず買い!損はさせないと断言します、「面白い小説ここにあります」の文句に偽りなし(趣味が合わない人は申し訳ありません)。そして共に奥田英朗にはまりましょう。

・「姉さん、毎日が事件です。
革命家の父を持つ少年が主人公。彼が属すこどもの世界でもドタバタいろいろあるのに、大人たちの世界にも問答無用で巻き込まれ、ある種不条理な洗濯機の中でぐるぐる回される中で、よくわからないけれど本能的な部分が磨きをかけられ、当人は気づかないだろうけれど、読んでいるこちらから見ると輝いて見える少年少女小説の傑作。ピュアなまでに頑迷な父親の造詣は圧巻だ。つかこうへいの小説を思い出した。少年の妹が疑問に思う。「なんでお母さんはお父さんなんかと結婚したんだろう」と。クライマックスを過ぎた頃、母親の心情が少し理解できたような気がする。「大変だけれど・・・アリかな」登場する人たちみんなが愛しくてクスクス笑いが絶えなかった。面白い小説です。

サウス・バウンド (詳細)

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)

・「すべてをひっくり返した画期的な恋愛小説
 なぜこれまで小学生から中学生にかけての時期を主体的に描いた恋愛小説がなかったのだろう。この小説はまさにコロンブスの卵。しかも、そうした構造上のアイデアだけでなく、ディテールの細かさ、筆の勢いなど、「姫野カオルコ」はこれまでにまったく体験したことのない才能である。小中学生の頃にこそホンモノの恋愛があったという共感は世代を問わないだろう。著者があえて時代背景を特定するような固有名詞を使っていないのもそうした配慮なのだと思う。小中学生の恋愛は世代的なものではなく普遍的なものだ。誰もがこの小説に描かれる小中学生時代のエピソードに類似した想い出を持つはずである。著者の設定上のもうひとつの工夫は舞台を「田舎」に置いたことだ。これも地域を特定していない点は、時代と同様の配慮だと思うが、田舎は都市に比べて社会的な制約、抑圧がある分“燃えやすい”。小中学生の恋も急進的になるのだ。戦後の文学は、社会のモラトリアム化と呼応して高校、大学、社会人…と間延びした恋愛、あるいは恋愛不在を描いてきた。しかも都市、東京やその郊外を舞台にした小説がメインストリームだった。「ツ、イ、ラ、ク」は、そのすべてをひっくり返した点で画期的な恋愛小説である。この小説の素晴らしい点を挙げれば切りがないが、もう1点だけ述べるとすれば、“複層的な他者の視線”である。「AがBに気づいたことを、Cも気づいた」。文章としては1箇所しか出てこないが、著者の意識の中には常にこの視線がある。いずれにしろ昨今、こんなに圧倒的な小説は読んだ事がない。泣けた。文句なくお薦めである。

・「緻密なディティール
姫野カオルコによる直木賞候補にもなった恋愛小説。 正しくは「恋愛群像劇」とも言える。

舞台は人口4万人の町。 中学生の隼子と教師の河村。 そしてそれを取り巻く実に多くの人間が織り成すストーリー。

本作最大の魅力はその数多い登場人物の個性だろう。 思春期特有の微妙な心理の複雑さや陰湿さが、実に細かく、丁寧に描かれている。 生き生きと、伸び伸びと、時に鬱々と。 しかし彼ら脇役の個性が主人公二人を損なう事は決してない。 緻密な脇役というディティールを丁寧に確実に積み上げることによって、 むしろより主人公を引き立て、且つストーリーの重みと厚みを増す役割を見事に果たしている。

ラストが爽快な恋愛小説の傑作。

・「読み進むのがもったいないと思った小説、ありますか?
さすがとしか言いようの無い作品。冒頭からぐんぐんと引き込まれ、寝食も忘れて読みふけっていた。物語中盤にさしかかる、準子と河村の最後の逢瀬のあたりから、私は読み進めることを躊躇しはじめた。巧みな心理描写に圧巻され、一行読むことにハッとさせられるほどだった。準子と河村がどうなるのか知りたい、早く先が読みたい。姫野カオルコなら、絶対に期待を裏切らない展開を用意してくれるはずだ。でも、こんなにも意地汚くて、俗物的で、いやらしくて、幼稚で、最高に魅力的で最高に甘い物語が終わってしまうことが切なくてしかたなかった。その文字の一つ一つをなぞるように、ゆっくり、ゆっくりと読み進めていった。

たかが恋愛小説でこんなにも気持ちが昂ぶるとは思ってもみなかった。準子と河村の最後の逢瀬のような経験が、自分自身にもあったからかもしれない。モンブランのように甘くやわらかな唇に、胸焼けを起こした夜が。

もう大人だから・・・そう割り切って、義務のような、打算だらけでカタチだけの恋愛をしていませんか?もう一度、溺れるように恋に堕ちたい。そう思わせてくれた作品。傑作!!

・「潔癖なエロス みだらな純情
傑作です。生きていることは線だけど,恋愛は点です。その点を描くために本書は長い線を引きます。線を描くために近畿地方に「長命市」という町を生み出しました。しかも,1本や2本でなく,同じ学年の生徒達,大人達が色とりどりの線を辿ります。登場人物たち皆によかったねを,姫野カオルコはプレゼントします。著者は長命市の皆を愛していますから。

優しく潔癖でヤって犯ってヤって犯っての正しさを知る神が統べる長命市へようこそ。ごゆるりとご彷徨ください。街角のどこかであなたと出会うかもしれませんね。

・「ぜひ、予備知識なしに読んで、ひたってください!
姫野作品はクセがあって敬遠していた。久しぶりに読んだら、おもしろくて驚いた!たまたま内容紹介も読まずにカバーを外していきなり読み始めたのだが、この読み方はお勧め。あらすじも知らずに行った群集劇を観ているうち、この子がヒロインだったんだと気づき、あっという間に違う世界にさらわれる、そんな怒涛の読書体験が味わえるはず。前半は小中学校時代のあれこれが縷々綴られるのだが、なんともリアルで読ませる。そうしているうちに、突如ヒロインの「恋」が浮き出てくるのだ。小中学校には確かに「恋」がひしめいていた。しかしかけがえのない相手は、その中からたった一人現れる。それを見事に表現した作品構造にしびれたー。他に印象深いのは、地の文(語り)が明らかに年長者の視点であり、小中学生のあれこれにいちいち「解説」をほどこすこと。田辺聖子さん風に言うとアフォリズム。その部分は、あ〜姫野さんらしい・・・と正直苦手なタッチだし、過剰で気負った文章は、年寄り臭いのか青臭いのかわからなくなるほどのくどさなのだが、本作はこれがなければ成り立たない。臨場感のある描写に回想めいた懐かしさを加え、また「解説」が読者の過去にも当てはまるものだから、作品世界がぐんと身近になる。そこに自分も属していたかのような錯覚を覚えるほどに。語り口には滑稽味があり、どぎつさも緩和される、など、読者と作品をほどよくつなぐパイプになっているのだ。そうして共感なり、懐かしさなりを覚えながら読んでいる途中で、不意打ちのように立ち現れる「恋」。その烈しさに打たれ、まぎれもない恋愛小説だったんだと思い知る。この型破りな恋愛小説のラストが極めて古典的であることもおもしろい。効いている。ラスト、最後の一文、著者のあとがきなどから考えるに、主人公は「恋」そのものと言ってもいいかもしれない。それほどに「恋」がせつなく、生々しく、荒々しく息づいている。

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫) (詳細)

血と骨

・「映画を見る前に
2004年秋ロードショー予定と言われる「血と骨」を是非とも読んでみたいと、探したがなかなか見つからず、ようやく探して、一気に読んでしまいました。暴力に対して、最初はちょっと抵抗もありましたが、そこを少し通り抜けると、不思議と次に読み進まないと気が済まなくなってしまいます。主人公の金俊平の、暴力で何事も解決してしまう、と言う生き様にはとてもついてはいけません。けれども、その暴力にはそれなりの理由があり、また酒の力を借りての仕業はどうしても畜生ではなく人間であることを感じずにはおれません。この小説の中の、金俊平と周囲の人々の生き様が、現実の在日朝鮮人の日本での戦前戦後の歴史なのかと考えると、戦争を知らない世代にとって、かなり勉強になります。

血のつながり、家族とは何か、民族とは何か、ひとりひとりが心の中に思い浮かべること間違いなしです。映画がとても楽しみです。

・「人生って「因果応報」、しでかしたことははね返るもの
こんなにひとでなしな主人公に出会ったのは生まれて初めて、度肝を抜かれました。(実在の方がモデルなのかしら?だとしたら恐ろしい)腕っ節の強さでのし歩き、なんでも力でねじ伏せて駆け抜けた人生・・周囲の人々の善意がなければそこらのドブ川でのたれ死んでいてもおかしくないのに。英姫さん、奴に優しすぎた。花子ちゃんも含めてあまりにも悲しい最期には涙がでました。私が奴の家族だったら・・例え臭い飯を何年かくらってでも寝首をかいて殺したでしょうね。奴の晩年は哀れで滑稽ささえも感じました。結局自らがしでかしてきたことが全部はね返ってきたんですもの。「因果応報」この言葉がこれほどしっくりくる物語ってそうそうないかもしれません。重量感はありますが読んで損はないと思います。しかしこの本を映画にするらしいですが、どこまで描ききれるんでしょう、興味津々です。

・「在日文学の特長と限界
たぶん、かなり誇張されてる部分もあると思われるが、程度の差こそあれ、主人公のような生き方しかできない人は結構いたんじゃないだろうか。

自分の父が作者と同世代、祖父が主人公と同世代なので、父や祖父、そして年長の親戚知人の姿が本作の登場人物に重なり合って見えたりする。

自分に限らず、ある年代以上の在日ならそう感じることだろう。

本作に特徴的な、ある種クローズドなリアリティが在日文学(とカテゴライズして良いものかどうかわかりませんが)の特長でもあり、また、必然的に限界でもあると考える。

過剰な描写が鼻につくきらいもあるが、自分自身が在日なので思い入れ度が高く、星5つを献上。

・「骨肉の契り
最初から最後まで、淡白な文調で進みます。戦争を抱えた日本での在日朝鮮人の生活。主人公の金俊平は荒くれ者の節操なしで、なぜだかそこかしこに女を囲いますが、力でねじ伏せれば、女という女が全部、その肉体の虜になるくだりは首を傾げてしまいました。感情移入するにはかなり高度な精神鍛錬が必要だと思ったのは自分だけでしょうか?

・「一気に読んだ。でも引き込まれなかった。
先に、著者の梁 石日氏の自伝「修羅を生きる」を読んでしまった。こちらは、ノンフィクションだけに、衝撃的だった。「血と骨」の金俊平は、梁氏の父がモデルである。ということだけど、モデルというよりは、父そのもののようだ。自分の父がこんな人じゃなくてよかった。と思うけど、果たして、どうしたら、人間はこんな風になるのか。と疑問を抱く。こんな人を育てた時代や、環境がもっとも恐ろしいのではないか。

金俊平の人生は確かに壮絶で、とんでもないキャラクターだ。そして、犠牲になった女性達も子供達も皆、大層大変な目に会う。起きる事件はどれも恐ろしくドラマティックなのに、どうして、この小説をドラマティックに受け止められないのか。どうしても、新聞を読んでいるような、「こんな事実がありました。」という報告書を読んでいるような・・・、小説としての吸引力を感じられなかったのが残念だった。

血と骨 (詳細)

容疑者Xの献身

・「最高傑作
東野作品は20作くらい読みましたけど、自分にはこれが最高傑作です。若干突っ込み所はありつつも見事な叙述トリック、そして石神の純粋すぎる愛と湯川の優しさを描いたストーリー、どちらも大満足でした。結末は賛否両論ですけど、自分はこれでよかったと思います。最後の石神の叫びには悲しさだけじゃなく、喜びも含まれてるような気がします。ちなみにこれから読まれる方は先に「探偵ガリレオ」「予知夢」を読んでおいた方がいいです。草薙と湯川の関係や、湯川のキャラクターを把握しておいた方が今作を何倍も楽しめますので。

・「ガリレオこと湯川学が挑む、数学の論理と純愛の論理の双対関係!
 探偵ガリレオシリーズの第3弾で初の長編小説。直木賞受賞作としてすでに数多くのファンを獲得しており、それは本書への250件近いレビューからも明らかである。今秋には映画化されるようで、おそらくその前に文庫化されることを想定すれば、本書に対する需要は増し続けるものと思われる。

 平凡な数学教師である石神に届いた「運命のチャイム」。いわば「純愛の論理」を「数学の論理」によって極限まで追い求めた男の心理を、切なさを交えて克明に描いた力作だ。多くのレビューが本書の価値や魅力を書いているであろうから、私が新たに付け加えることは多分ない。是非とも一読していただきたい。あえて印象を述べれば、湯川と石神の出会い・再会を描いた箇所には興味をそそられた。互いに別の道を歩むことになったとはいえ、そして二人の時間的距離がいかに開こうとも、両者の心理的距離は一瞬にして縮小するだけの関係であったことがよく分かる。

 またストーリーに直接的な関係はないが、石神が行った再追試における、答案用紙の裏に今の自分の考え=数学に対する自分の気持ちを書かせるという1シーンも強く記憶に残った。数学の本質なるものを教えようとする石神の教師としての熱意以上に、「数学を勉強することのそもそもの意味」に生徒が少しでも気がつけばそれだけで十分であるという学問論も決して無視できないように思うのだ。生徒が果たしてどのような「気持ち」を書いたのか、本書では描かれていないのが残念であるが、おおよその見当はつく。「数学と純愛」という一般人には似ても似つかないと思われるものの奥深くに潜む真理に私自身は理解が届いていないが、それは「崇高なるもの」の共通性なのであろうか。

 今後のガリレオシリーズにも大いに期待を寄せたいところである。月並みな表現で恐縮だが、いわゆる「美しいものには棘がある」、本書の鮮烈な装丁はそんな内面を物語っているのか・・・。

・「東野さんはやはり天才です・・☆
東野さんの作品は大好きで殆ど読んでいます。いつもいつも奇想天外な発想と人間的な情愛と理数的なトリックの数々にハラハラドキドキしながら楽しんでいます。今回の作品もとても期待していたのでゆっくり読もうと思っていたのですが、その誓いも虚しくあれよあれよと言う間に読み進んでしまって気がついた時は時既に遅しで・・もう読み終わっていました。とても悔しくさえ思っています・・笑石神さんの風貌や情愛の心が哀しくてつらくて最期は涙が止まりませんでした。でも彼なりにとても幸せだったのではないかと思います。だって人生を賭けても惜しくない素敵な女性に出会う事ができたのですから・・東野さんの作品はいつも哀しくても心が清清しくなります。

・「現時点での最高傑作かも
東野作品はほぼ全作品を読んできたが、個人的には、本作は今までの最高傑作ではないかと思っている。「白夜行」の精密さと「秘密」の感動を併せ持った作品とでも言えばいいだろうか。小説としての完成度は言わずもがな、ミステリとしても一級、巧妙に読者をミスリードする手腕は今更ながら見事と言うほかない。ラスト、それまで殆ど感情を表に出さなかった天才数学者がみせる慟哭は深い余韻を残すが、そこにあるのもは悲しみやせつなさだけではない。読者はその先に、ほんの僅かだが光を見ることができるのではないだろうか。とにかく、全ての本好きに勧められる必読の書だと思う。

・「一気に読みきりました。
世間とある種隔離されて生活する主人公の切ないほどの片思いが感じ取れました。高嶺の花に恋焦がれるのに一歩が踏み出せない、踏み出しても続かない、空回り・・共感してしまいました。ですが直接の言葉としては書かれてないので、人によっては気持ちが見えにくいかもしれません。人の心理描写がうまく、私は特に物理学者の“一目置いていた人のあまりにもあっけない最期”への嘆きとやるせなさに胸打たれました。感動できる作品だと思います。

容疑者Xの献身 (詳細)

私の男

・「数枚の絵を重ね合わせた物語。
批判を招きやすい禁忌の題材を巧く料理したなぁ、という感想です。余り長々と書いていないんですね。場面を絞って、何枚かの絵を重ね合わせて全体を想像させるような構成にしています。スリル感が高まると作者は考えたのかな、と思いました。精神の歪み、と言いますか、壊れた精神を持つ男性である父がその場面毎に違ったイメージで登場します。父の変貌してゆく精神世界を垣間見せようとしたのかもしれません。近親相姦、ロリコン性癖、ファザコン性癖といったものは、家族の愛情のある部分が完全に欠けていて、その埋め合わせを行おうとしている、と受け止めました。この作品は、たくさんの謎の説明をしないまま終わってしまいます。心地悪さもあるのですが、余白を随分広めにとって、韻文のような雰囲気を狙ったのかな、と思います。文章の上手さで補っている面も大きいかと思います。

・「大好きです
一風変わった親子の、欲望の物語である。直木賞受賞作であるが、それまでの桜庭一樹からは、少し毛色の違う作品である。近親相姦や、共依存がふんだんに取り込まれており、人によっては読んでいる途中で嫌悪感に苛まれるかもしれない。この小説に共感は出来ないが、猛烈に惹かれてしまった。主人公の、花と淳悟は、作中に語られるチェインギャングの絵そのものである。(二つの鉢から生えた貧相な木が、鉢を近くに置きすぎたせいで途中から絡り、一本の木になる状態)彼らの関係は正に依存で、しかしそれは共依存よりもっと醜くて淫猥で、 かつ枯れている。この関係は突き放して見るしかない。好きだけど嫌いな作品である。赤朽葉家の伝説の方が万人向けだと思うし、最後の一文の衝撃も上である。でも、私の男における最後の一文は、全部をひとつの言葉で射抜いた。共依存よりも濃い、血の依存を書き切った筆致にも脱帽。桜庭一樹はどんどん進化している

・「問題作!!だが、成熟した女性の書いた真摯で切ない物語・・・
読み始めてすぐに分かる。危ないな〜・・・と言う感覚・・・。桜庭一樹の作品では、今までにも時々見られた「雰囲気」、じっとりと、濃密な、「淫靡」な雰 囲気が冒頭から溢れかえっている。章ごとに語り手が変り、時間は過去に遡っていくが、次第に濃さを増すその雰囲気に息が詰まりそうに・・・徹底的に過激な 「性描写」も現れる・・・。(18歳未満はちょっとやめた方が良い?)余りの徹底ぶりに投げ出したくもなったが、真正面から「タブー」に切り込む姿には作者の「本気」が感じられた・・・。

描かれるのは、父と娘の「救いのない日々」であり、やがて罪人として「破滅」を予感させる・・・。しかし、結末に向かうに従って見えてくるのは、「家族」 を知らずに育った二人の切ない思い・・・。そして、それまでの「救いのない日々」も納得させられる・・・。この「どうしようもない」、だから 「切ない」という描き方は桜庭作品の「王道」だと思うけれど、この作品は、その「どうしようもなさ」が並外れているな・・・。

最後に描かれるのは、ようやく巡り会った父と子の無垢なる姿・・・思わず泣けます・・・。

確かに、全体の構成や描写にこれで良いのか?とも思う。「未完」?とも感じるのだけれど、この終わり方によって、私は「救われた」としか言いようがない事を正直に認めましょう。

桜庭一樹・・・切ない物語を書かせたら最高であるが、成熟した女性としても、ここまで踏み込むとは思っても見なかった。これからどこへ向かうのか?末恐ろしい人物である。

・「確かに
★の低いレビューにも共感し、納得もできましたが、

僕はこの作品、すごい好きです。

先ず話の筋が独特で 彼女ならではのグロテスクな感じもよく現れていて

大変良いと感じました。

・「生理的には受け付けませんが。
まず、六つの章のタイトルがよかったです。だんだん過去にさかのぼっていくという、特殊な展開の本ですから、読んでいるうちに時代がわからなくなったとき、助かりました。そしてそれぞれの章で主人公が違い(うち三つは一緒ですが)、その人物の一人称で語られているところが良くできているなと思いました。

正直言って1・2章は全体がなんだかぼんやりした感じで、そんなに面白いとは思いませんでしたが、3・4章で急展開、ドーンと奈落の底に落とされた感じ。そして5・6章ではつらくなりました。それはあまりにもこの二人の孤独の癒し方が、普通の人とは違う方向に行ったからです。本文の中でも何度か出てきますが、やはり近親相姦というのは人の道に外れたことで、それを認めてしまったら、ホントに何でもありと言うことになってしまいますよね。物語としては面白く読めますが、この二人に同情したり、共感することは決してないです。ただ、「これはフィクション」としっかり割り切った上で、別の次元で読むと、新しい切り口の小説として高く評価できます。

私の男 (詳細)

レディ・ジョーカー〈上〉

・「誠実故に苦しむ魂の咆哮
“リヴェラを撃て”を読んだ時は 普通のミステリーにはない重厚な文章にちょっと付いて行けなくなって女房から“あんたはCIA物が解らない”と笑われました。でも最近になって何となく高村さんの鋭い眼差しと帯のコピーフレーズが気になって“照柿”“李歐”“晴子情歌”“マークスの山”と読みついできました。

いずれも長編、くどい程丁寧でエンジニアの様に細やかなデッサン、時に関を切る情熱に いささか持て余す事もあったのですが、昨日読み終えた“レディ・ジョーカー”はすごかった。1997年出版のようですが いよいよ映画化されましたね。正に日本のミステリーNo1と言えましょう。読まれてない方は是非読まれたらと思います。

文庫版“マークスの山”の解説でどなたかが“高村は日本のドスイトエフスキーだ”と賞賛されていましたが、その通りです。

社会と人間の深淵を見つめ尽くす眼力、一言一句ゆるがせにせず語り尽くす筆力に酔わされました。

何故か“ジョーカー”を引かされた善良で優しい男達が突きつけた企業と社会への挑戦状、業界一のガリバー企業“日之出麦酒”城山社長の誘拐。事件は思わぬ方向に展開する、金融暴力・総会屋・政治ゴロ、闇の世界が暗躍する。

それにしても大企業・警察と言った大きな組織で働く人々を見直しました。

日之出麦酒城山社長の誠実で確かな実行力、加納検事の優しさ、そして迫り来る孤独に耐えてなお地上に立つ会田刑事の凛として涼やかな目。誠実故に苦しむ魂の咆哮、葛藤。

高村さんはクリスチャンでしょうか?基調に流れる“神は存在し給うか”の旋律は正にドストエフスキーも奏でた物でした。

私が今まで高村作品をよく理解出来なかったのは私の感性が高村さんの余りにも大きな感性に追い付けなかったのだと思い知らされました。

・「高村薫のマスターピース
現代の日本文き学が到達した一つの地点を示す文学的事件ともいうべき傑作。構成の骨太さ、文体の硬質さ、登場人物を書き込む筆の柔らかさ。そのようにいわば皮膚にひりひりと感じさせる刺激臭に満ちた 誠に過激かつ雄大な作品である。また 犯罪というものが いかに「人間性を示す」格好の題材であることを示すという点でも ドストエフスキーの「罪と罰」以来の作品と言っても 過言ではないとすら思っている。また 冒頭に出てくる 戦争直後に書かれた手紙に見られる叙情性は 高村が見せた初めての文章であり その一文が ラストで繰り返される場面では正直涙が出そうになった。まあ 800字では何も伝わりません。読んで下さい。

・「壮麗な大伽藍のような大作。「かい人21面相」事件を換骨奪胎した展開
前作「マークスの山」でもその緻密な構成に圧倒されたが、それさえも軽く凌駕するレベル。柱一本一本まで精密な彫刻が施された大伽藍建築を見るかのようだ。これが一人の作家のなせる技かと思うと、ただただ驚嘆してしまう。かといって冗長な展開になっていることもなく、ストーリーは鮮やかに展開する。上下巻2冊を一気呵成に読んでしまうおもしろさだ。「マークスの山」で登場した合田刑事も所轄の刑事として登場し、警察サイドで異端の刑事として活躍するが、本作全体からすれば一部にしかすぎない。ここに描かれるのは、犯人サイドだけではなく、警察、マスコミ、企業、政治家、総会屋、株屋・・多彩な人物が織り成し、作中では見えない暴力装置と言われる、一大暗黒叙事詩・・・。冒頭の、昭和22年の怪文書に記載される鬱々とした雰囲気に飲まれ、1990年の競馬場で出会う、鬱屈を抱える男たちが描かれる。彼らが犯罪を決心するまでの描写がすごい。1995年、彼らはビール会社社長誘拐を企てる・・・。「かい人21面相」こと江崎グリコ事件に材をとった作品であることはすぐにわかるが、現実には迷宮入りした事件に、著者は人間が抱える深い業、暗い闇をつきあわせた・・。事件はその後、21面相事件をなぞり展開する。実際の事件と同様、犯人サイドが見せる色々な側面に、捜査陣は振り回され続ける・・・。本作の凄みは犯人たちによる終息宣言後の展開だろう。下巻の後半3分の2を占めるこの展開で、本作が単なるミステリの範疇から越えてしまう・・・。最後は著者が頻繁に描き出す、暗い情念を抱えた男たちが残る・・。事件によって人生を狂わされた人物が多数・・・。鮮やかな手口を見せた犯人たちの結末もまた印象深い。転落していった暗黒の口と対象的に、ラストシーンの風景が何ともいえない余韻を残す・・・。

・「舞台と筆者がそろった!
 テーマがかの有名なグリコ・森永事件。そして筆者は高村薫。これで面白くないわけがないではないか! 舞台は競馬場。競馬にまったく縁のなかった筆者は、競馬場を1時間見に行っただけで、この小説を書いたという。

 「事件の真実は、案外こういうことなのかもしれない」と読んだ捜査関係者がつぶやいたとか。事件について知らなくても楽しめ、知っていれば知っているほどさらに面白みが増す作品です。 ほら、読みたくなってきたでしょ? 

・「現代暗黒文学の金字塔
サンデー毎日に連載されていた当時から、毎回、大袈裟ではなく、震えながら読んでいた、現代文学の金字塔。なぜに震えていたかといえば、現代日本がいかなる力、すなわち政治家、官僚、警察、ヤクザ、在日勢力、企業、市井の自営業者がどのようにからまり、差別をうみ、怨念を生み、なおかつその怨念を正当化して犯罪にはしるかを、つまりは我々の生きる世界そのものを、安易な感情移入なしに、前人未踏の筆致と描写で表現したからに他ならない。なおかつ知らないことで、その犯罪、大は官僚の汚職から、小は毒物混入事件まで、わたしやあなたが犯罪に荷担しているという事実を思い知らされる、重要な小説。 これこそ文字で書かれたヒエロニムス・ボッシュの地獄絵図。そしてポスト・モダーンな権力主義の方々がおっしゃるような、「小説がメディアとしての力を失った」「文学は死んだ」などの訳知り顔の世迷言への反証として記憶にとどめるべき傑作。平成恐慌と本書は、南北戦争と「アンクルサムの小屋」の関係と相似としたら褒めすぎか。

レディ・ジョーカー〈上〉 (詳細)

ららら科學の子 (文春文庫)

・「リアルな描写
設定も面白いですが、一つ一つの文章が短くてテンポが良かったのと、心象描写が凄くリアルだったのが印象的です。この主人公は、中国の僻地から30年ぶりに帰国し、いろいろな場面場面で、突然突拍子もないことを思いついたり、全然無関係なことを突然思い出したり、謎だったことが突然氷解したりしています。私たちのリアルな心象ではむしろ、こういうことはよくありますが、小説の心象描写はもっと理屈に合っているというか、ある程度予想がつく範囲であることが多いように思います。まるで著者が、主人公の稀有な人生を実際に体験したかのようです。

・「渋い…、が、臭みはない。
とあるシーンで涙目になったんですが続きを読むと主人公も泣いていました。小説を読んで涙腺にくること自体が滅多にないのに、こんな小説は初めてです。しかし、初めてなはずなのにどこか懐かしく郷愁を感じます。

・「日本人が得たもの、失ったもの
主人公はいわゆる団塊の世代なのかな?たえず競争にさらされ、そして怒りとエネルギーのやり場をなくした世代、それを学生運動にぶつけ、バブルに発散させ、リストラして今定年を迎える。そんな時代の流れを中国の農村部で生き、中国の時代の流れを見つめながら、日本にやってきた。全く異国の地となった日本にかつての運動家は何を見たのか?前より幸せな日本か?それとも?ストーリーに起伏があるわけではないし、淡々と語られるものの飽きさせない。日本が今まで歩んできた道、その世代の人の思いなどを少し学んだような気がする。感想を言うのが難しいが、読んでよかった、そう思う作品である。

・「69年へのオマージュ
この前読んだ『悲劇週間』に続いて、矢作俊彦の作品を読んでみた。

それにしても、いい文章書くなぁ。マイクハマーの頃ってこんなに読ませる作家だったかなぁ。

世界が荒れた69年は、もちろんしらない世代だし、学生時代も学生運動とは無縁だった。そんな自分でも、あの時代の残り火というのか、名残は感じていた。この小説はあの時代へのオマージュだ。

しかし、この小説は、声高に現代世界の批判を行うことはない。一人の男の行動を通して、淡々と時代の移り変わりを描いている。

アトムの話もうまく使ってる。

なぜだか、中島みゆきの『世情』が聞きたくなった。

・「日本人は長嶋がバントさせられた問題を30年間引きずっている
  これは30年前の日本人が現代の日本を語るという、ちょっとズルい小説である。それもSFという手法を取らずに、ある種リアリティを感じられるような設定で。1960年代と21世紀、中国と日本という2つのベクトルで、現代の日本を対象化し、批評している。  30年間生きてきた当事者達には様ざまな言い訳があるが、突然30年後の日本を目の当たりにした日本人には、それはただ驚くことの連続である。“30年後の日本”という主人公の先入観と、“実際の日本”の微妙な差異、そのディテールが、この小説の真骨頂である。 “風景”や“風俗”の変化は主人公の先入観、イメージの範囲だ。“個人”も、切り取ってそれぞれで見ればそれほど変わっていない。外見は変わっていても、当時のニュアンスを残している人は今でもいる。ではいったい何が変わったのだろう?  印象的なのは、往年の巨人長嶋が監督川上に命じられて、チームの勝利のためにバントを決めたという挿話である。個人が組織のために殉ずることの問題は、著者の矢作氏より少し年代が下の四方田犬彦も「ハイスクール1968」で指摘していた。30年前にすでに芽生えていた組織と個人の問題がいまだ解決されていない、ますます増幅していることを、この著書は語っている。  ある程度の年齢の者にとっては、30年前と今の風俗の違いをノスタルジックに捉えて、その部分にそれぞれの意味を見出してしまいかねない要素をこの小説は持っている。しかし、大部分の賢明な読者は、作者のシニカルな意図を、この小説の意味を、きちんと把握することが出来るはずである。

ららら科學の子 (文春文庫) (詳細)

檻 (集英社文庫)

・「北方ハードボイルドの最高傑作
切り詰めた文体から、ぶつかり合う肉の音が聞こえてくる。スーパーの店長として暮らす平凡な男が、檻を破って野獣に戻る話と書けば良いだろうか。とにかく出てくる脇役がいい (この後北方作品に出てくる 老いぼれ犬 と言われる刑事はこれが初登場だったかな?) 女がいい。 台詞がいい。北方いや日本のハードボイルドの最高傑作だ。こんな良い小説はそうそう無いぜ! 

・「冒険小説
極上の冒険小説に仕上がってます。ストーリ展開も素晴らしいし、一つ一つの事件が全て我々の心を掴んで物語の世界に引きずり込まれてしまいます。それにしても主人公の描き方がカッコ良すぎます。こういう男に男は惚れてしまうのです。いい読書時間をすごしました。

檻 (集英社文庫) (詳細)

青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)

・「我が思い出の一冊
始めてこの本を読んだのはもう10年以上も昔。自分の生き方について悩んでいた学生の頃だった。友人に薦められたのがきっかけだったが、1週間とかからずに、当時発刊されていた第6部まで一気に読み切ったのを今でもよく覚えている。そしてその後の自分の生き方に、少なからず影響を与えたように思う。

主人公、伊吹信介のような熱く、そして不器用な生き方は、今はもう流行らない、時代遅れの物語なのかもしれない。だが、この小説の舞台となった60年代と同様に、今もまた先が見えない激動の時代。そんな時代の青年達にこそ、この本は読んでみてほしいと思う。

・「絶対に読むべし!!
 私はこの本を大学1年生の時に読みました。主人公の伊吹信介の不器用な生き方に感動しました。自分がこれからやりたい事を見つけるために大学に入った信介は、いろんな事に疑問を持ち始め社会と対抗していく。その過程には、ヤクザとの喧嘩、人間関係、裏の社会などいろいろな事がありそれを乗り越えていくことによって人間として成長していく信介がうまく描かれています。 第1部 筑豊篇では、幼いころの信介が鮮明に書かれている。

 この本を読んで本当に良かったと思う。この本は作者の実体験も含まれているのではないかと思われる。自分の子供にも読ませたい本ベスト3に入る傑作!

・「麻薬のような内容
本書を初めて読んだのは中学生時代。

伊吹信介の熱くやや不器用な生き方を自分と照らし合わせ賞賛したり批判したりしながら読んだ記憶がある。当時は受験勉強をする時期だったが筑豊篇の後に自立篇、放浪篇…と続くので途中で読むことを中断することが出来ず、徹夜して読んだ。

5年後、10年後も本屋で本書を見つけると懐かしく思い出され、繰返して読んでいる。五木寛之の中では最も面白い小説であろう。

・「完結するのかな?
筑豊篇の巻頭に、香春岳について述べている、全体のモチーフとなるような短い序文がある。思えば、この序文は、伊吹信介のような昔気質の若者への挽歌だったのだろうか。この作品には、恐らく著者の個人的体験も数多く織り込まれているため、青春時代の自分への惜別の情も感じられる。読んだのは20年前だが、この序文はまだ鮮明に記憶している。五木寛之は最近はあまり読んでいないが、中学時代に「青年は荒野をめざす」と共に、心を熱くして読んだ、青春の一冊と呼べる本である。

・「傑作です
五木寛之さんの小説はかなり読みましたが、この本が一番面白かった。初めて筑豊を訪れたとき、香春岳を見て、感動がよみがえった

青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫) (詳細)

吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)

・「1日で読める?
 著者の博覧強記ぶりが爆裂しているといってよい一冊。わずか一日の出来事を書いているのでちゃんと読むと24時間で読める、と聞いたことがありますが、ホントでしょうか。確かにやめられないおもしろさはありましたが、さすがに一日で読む時間的余裕がなかったので。

・「とにかく笑い転げました
最後まで笑いながら読みました。こんなおかしな小説は珍しい。たとえば、「吉里吉里語講座」では通常の語学学校の常識が転倒しています。普通は外国語を学ぶ際、劣等感を持たないよう、口をきちんと動かすようを指導していますがここでは劣等感をもちましょうとなっているのがおかしい。主人公のどじなキャラに愛着しました。自衛隊との衝突のシーンもずっこけていておかしいし、会話は漫才のようだし。東北弁も生き生きしているし。ナレーションはユーモラスだし。政治的風刺も効いていて、ことばのあそびもおもしろくて。ラストシーンには、国家機密を解明する言葉の遊びが隠されているので、お楽しみに。どたばたであるとの意見もありますが、こういう上手などたばたなら楽しめます。

・「リアルタイム小説
 東北の一小村、吉里吉里村が突如、独立を宣言した! 初めは悪い冗談だとして真剣に受け止めなかった日本の政府・マスコミも、矢継ぎ早に打ち出される吉里吉里国の方策の前に徐々に色を失っていった。日本政府は総力を挙げて、吉里吉里国を潰そうとするが・・・・・・ ひょんなことから吉里吉里国初の入国者となった三文文士、古橋健治を軸に緻密かつ荒唐無稽に語られる、抱腹絶倒の騒動劇。スリル、サスペンス、アクション、ミステリ、ドタバタ、ギャグ、下ネタ、お色気と娯楽小説の要素を全て盛り込み、なおかつ骨太の論理で日本国の愚昧と国民国家の幻想を鋭く穿つ、超弩級の迫力を備えた大作。時にコミカルに、時にシリアスに、作者の胸につかえていたものを全て吐き出した感のあるこの小説には、井上ひさしの真骨頂が表れているといえよう。 1981年、第2回日本SF大賞を受賞。また1982年、第33回読売文学賞(小説賞)を受賞。 作者によると、小説の中で起こる時間と、読者が読んでいる時間が一致するよう計算したため、大長編になったらしい。物語の中では36時間進行するのだが、36時間かけると丁度読み終わる計算だとか(笑)

・「好みではないがお勧め
 ある日突然、東北の一山村が日本から独立する、という筋のユーモア小説である。作者はこの小説を通じて「国家」というものを支える諸制度や権力関係について、日頃このような問題を考える機会に乏しい読者に触れて欲しいと思ったのだろう。そして、作品を読む限りその狙いは見事に成功しているし、ヘタな評論を読むよりもよほど勉強になる。 しかし、こればかりは好みの問題で仕方がないのだが、文学評論的に言うと、「一般人より能力の劣る人間」を主人公にする、というユーモア小説のパターンを見事に踏襲しているような小説は、個人的には余り好きではないのだ。特に、本小説では必要以上に主人公の喜劇性が強調され過ぎている気がしないでもない。このあたりは好みであろうから、あまり気にされない方にとっては面白く読めると思われる。

・「作者の知識がほとばしる
一農村が吉里吉里国として日本から独立を宣言。日本政府の妨害を如何に対処し目的を達成するか。吉里吉里人達が繰り出す奇想天外な対抗策とその行く末がこの小説の骨子であって、私が読み進む上での大きな誘因だったのですが、それだけを追うと大きな肩すかしを食らうでしょう。

読後に私の心に残るのは、そこかしこに散りばめられたエピソードに秘められた著者の持つ縦横無尽の博学さと、農業や医学や政治など諸制度に対する主張の根源性でありました。著者が抱く理想郷の片鱗を寄せ集めた結果が吉里吉里国なのだと思います。

やっつけ仕事の様に感じるどたばた喜劇の進行と猥褻表現と鋭い言語感覚と炸裂する知性と、ごった煮のアンバランスさにすっかり飲まれてしまいました。

吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫) (詳細)

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

・「難解、だが透明
私が小説を読み始めた数年前の高校生の頃、まだ小説は難しく堅苦しいものだとして私の前にあった。何かの弾みでこの本を手に取り、読み終えて本を閉じた時、目の前がクラクラと揺れた。「あんた、小説舐めてんじゃない?」と言われた気がした。難しい、と言われれば、確かにこの作品は難解に過ぎる。だが一方で、なんとも鮮烈な感動と印象を与える。小説というものの価値観を変えさせれくれた、大切な一冊。何か面白いもの無い?と聞かれれば、未だにこれを薦めています。

・「いつまでもわからないので
はじめて読んだとき、すごくせつなくなってでもどうしてなのか全然説明できなくて何度も何度も読み返してみた

そしてやっぱりわからなくて、でも大好きでそれが何故なのかどうしでも知りたくて著者の作品をどんどん読んでしまいました

・「あたたかな息づかい
ここに描かれるそれぞれの物語が有機的につながっている感はない。むしろ、それぞれがそれぞれに突き放されている。しかし、そこに「冷たさ」はない。高橋源一郎が編む言葉の一つ一つが、彼の息づかいのようであり、また、登場人物が相手につける新たな「名前」であるかのように思える。「いとおしさ」のようでもある。

ただ、僕は、この小説について、これ以上何かを分かったようなことを言う自信がない。それは、この小説に超現実な世界が描かれているからではない。作者が「完全犯罪」を行っているのではないか、という一片の疑いがあるからでもない。

理由すらも分からないのだ。

・「最高傑作
高橋源一郎のデビュー作にして最高傑作!

いわゆる「普通の小説」のパターンに慣れている人は、「わからないもの」「難解なもの」と感じるかもしれません。でも、僕のように本を読むのが苦手な人間にとっては、他の小説よりずーっとわかりやすい。難解ではないのです。他の小説に似ていないだけ。

これだけ長いのに、最後までわくわくしっぱなしでした。

テーマもとてもいい。「ギャング」が、何を象徴しているのか。終盤でそれがわかってきたあたりで涙があふれました。

・「飛翔する言語
 この作品に登場する言葉はあらゆる制約からも解き放たれ、自由に、そして軽やかに空を舞っている。地球の重力からも解き放たれたかのようであり、束縛するものは何もない。素晴らしい、あまりにも素晴らしすぎる。 そして、この作品は小説という枠組からも自由だ。もはや、小説とも呼べない。ならば、長大な詩か? いや、詩でもない。じゃあ、何なのだ。わからん。俺の頭では表現できん。

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫) (詳細)

ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫)

・「「ヒト」を知り尽くしている中島らも
 酒に溺れる。新興宗教にのめり込む…と聞くと、暗い暗い悲惨な状況なのだが、まるで喜劇のように描かれているのがこの本。次々登場してくる奇術師、セラピストなどなど、怪しげで興味をそそる人々ばかり。 底なし沼のような人の心の闇を、老若男女問わず楽に読める物語に仕立てる中島らもは、奇才だとしか言いようがない。おそらく人の弱さやもろさをとことん知り尽くしてしまったのだろう。その病的な鋭敏さゆえ、現世では長く生きられなかったのかもしれない。 もっともらしくの給う評論家や学者より、人間を深く理解している。アフリカについて、呪術についての知識も半端でない。 自称中島らもファン、ますますファン度を増しました。

・「渾身の大作!
中島らもはアル中や薬中のネタばかり繰っていると思っていたら、大間違い。「ガダラの豚」は大エンタテインメントです。ジャンルとしては、私は冒険小説だと思いますが、冒険小説は現実離れしていて今更読めないという人も、読み始めたら止まらなくなること請け合いです。題材に使っているアフリカの呪術師や新興宗教に関する取材もバッチリで、今やヨレヨレとなってしまった感もある中島らもさんの姿から考えると、この小説をきちんと仕上げてくれた事は奇跡的なことであったように思います。非常に才能のある人なので、またアル中からも躁鬱病からも立ち直って、この本くらい面白い小説を是非書いて欲しい。中島らもが復活する日のことを考えて、みなさんせめてこの本だけは読みましょう。

・「鬼才らもさんの遺した神秘ミステリー長編
鬼才中島らもが僕等に遺した長編ミステリー小説。主人公・大生部教授は専門の文化人類学のフィールドワークの費用捻出のため、矜持を捨て、タレント教授の役割を超能力番組のコメンテーターの日々を送る。番組の中で共演するマジシャン、ミラクルは超能力者のトリック性を次々と明かしていく。番組の演出の描写が構成作家が書いた台本のようにリアルだ。一方主人公の妻はなくした娘の傷が癒えぬ事がトラウマとなっていて、友人に誘われた事を契機に自己開発セミナーと超能力を売り物にした新興宗教団体にはまっていく。セミナーの描写もリアリティがあって読みふけってしまう。大生部はミラクルの助けを得て、宗教団体教祖の超能力のいんちきをあばいて、妻の救出を図る。前編は”魔術はない”という一貫した論理でスト-リーが展開するが、後編はそれが一転。逆の論理で急展開していく。さて、その続きは後編で。

・「努力する天才逝く-バナナのキジーツ
後世に残る名作である。多くの人に読まれたい本である。中島らもは天才である。努力家である。シャイである。優しい人である。単なるエンタテインメントの域を超え、怪し気なものにひっかからないハウトゥー本でもあり、昭和30-40年代の日本の市井を伝える記録本でもあり、アフリカの生態を伝える本であり、宗教・哲学の入門書でもある。この本を読んだ人は「しりとりえっせい」を改めて読んでみるといい。中島らもの素敵で泥臭い人間像が見えてくる。

・「混然一体としたパワー
中島らもがこんなに面白い本を書く人だと思いませんでした!一巻は新興宗教とマジック、二巻はアフリカの呪術、三巻は大スペクタル?ミステリー?と大まかにテーマが分かれ、ティストも変えながら一気読みさせます。とにかく面白かった。エンターティメント十分ながら、その背景には膨大な下調べがあることを思わせます。最後の終わり方は、ちょっと納得がいかなかったけれど、そこまで一気に読ませるパワーは大したもの。新興宗教とマジック、アフリカの呪術についての共通する種明かしと、アフリカにおける呪術については、人々の規律として存在していることについても理解が出来ました。

ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫) (詳細)
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