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▼塩野七生:ルネサンス作品集など:セレクト商品

わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「マキアヴェッリに対する暖かい視点」「愛をこめて」「この1冊でコシモ・メディチ以降のフィレンツェ共和国の歴史がわかります。」「フィレンツェ共和国を守ろうとした男」「悪魔の書ではありません!」


マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)マキアヴェッリ語録 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「ビジネス本が不毛に感じる」「すばらしい!」「座右の書にしてください」「西洋の孫子」「「良い人」だと思われること。しかし、場合によっては実力行使できるだけの力を持て。」


新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO) (詳細)
ニッコロ マキアヴェリ(著), Machiavelli(原著), 池田 廉(翻訳)

「カトリック教会に禁書として扱われた叡智に触れて見ませんか?」「苦味が美味しく感じられる頃」「人間性の洞察に優れた書」「欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか」「ハートは熱く、スタイルはクールに」


コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「ランシマンより断然お勧め」「「東ローマ帝国」「オスマントルコ」を立体的に捉えることができるになる」「甘美でスリリング、それでいて歴史の醍醐味が溢れ出る」「人類の星の時間」「甘美な映画のような戦争絵巻」


ロードス島攻防記 (新潮文庫)ロードス島攻防記 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「流浪の騎士団」「戦いの場面が目に浮かびます・・・」「築城技術史としても読み応えがあります」「おまけ②」「なかなか息詰まるものが…」


レパントの海戦 (新潮文庫)レパントの海戦 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「地中海世界の時代が…」「歴史とは・・・」「世界史上の転機の海戦をドラマチックに描く」「海戦」「地中海の落日」


イタリア遺聞 (新潮文庫)イタリア遺聞 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「エスプリに富んだ楽しいエッセイ」「ちょっとした地中海の余暇を体験」「歴史が苦手な人も...」「エッセイで見るイタリアの歴史」「サロン風に気楽に楽しめるエッセイ」


イタリアからの手紙 (新潮文庫)イタリアからの手紙 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「まさに力作」「美しきイタリア!」「24杯の 名前のわからない カクテル」「何度も読み返す」「24のエセーに散りばめられたイタリア」


ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集)ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「目からウロコのルネッサンス」「塩野ななみが語るRenaissance」「これを最初に読んではいけない」「日本の将来を考えるヒント」「塩野七生のルネサンス入門書」


ルネサンスの女たち (中公文庫)ルネサンスの女たち (中公文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「女性の目から描いたルネッサンス期・女性の生きた記録」「乱世を生き抜く女性たちを描く」「「ダイナミックな生き物」としての歴史」「いいのだけど」


チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (塩野七生ルネサンス著作集)チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「善人からよりも、悪人から、より多く学ぶものである」「”毒を盛る男”と呼ばれた貴公子の、華麗にして儚い一生」「良質の歴史小説」


海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集)海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「地中海で隆盛を誇った貿易国家を描いた、警句と示唆に富んだ作品」「ローマ人の物語シリーズが終わることを心配な方へ・その3」「美術館のような都市を残した経済大国」「大国中国と対峙する日本の生き方に多大のヒントが!」「「歴史評論」としては抜群の面白さ。」


海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈下〉 (塩野七生ルネサンス著作集)海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈下〉 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「最盛期を迎えた国家が衰退に向かい滅亡するまで・・」「ヴェネツィアの興亡」「塩野女史のベネツィアへの愛情がこの本の魅力です」「したたかなヴェネツィア、しかし国防に失敗」「なるほど(下)」


神の代理人 (塩野七生ルネサンス著作集)神の代理人 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)
塩野 七生(著)

「表現手法の斬新さ!」「塩野作品の傑作!」「「 神の代理人」 とは誰か」「4人の法王とイタリアの衰退」「法王の列伝」


愛の年代記 (新潮文庫)愛の年代記 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「愛の高揚と破滅」「圧巻! 硬質な文章から漏れる官能」「イタリアの歴史の入門に」「愛の不思議さ、恋の恐ろしさ」「女法王ジョバンナ」


サロメの乳母の話 (新潮文庫)サロメの乳母の話 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「ニヤリ入門。」「歴史に興味を・・・」「噂話の気楽さで」「意外と、いける逸品。」「ゴシップ」


緋色のヴェネツィア―聖(サン)マルコ殺人事件 (朝日文芸文庫)緋色のヴェネツィア―聖(サン)マルコ殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「フルカラーの歴史へ」「ルネッサンスの時代・ヴェネツイアから始まる壮大な歴史絵巻」「人間ってすごい・・」「都市国家ヴェネツィア」「やさしいヴェネツィア史」


銀色のフィレンツェ―メディチ家殺人事件 (朝日文芸文庫)銀色のフィレンツェ―メディチ家殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「巧みな手腕」「鷹の目」「エレガントな歴史小説」「メディチ家を中心としたフィレンツェの抗争の一端」「「歴史」小説」


黄金のローマ―法王庁殺人事件 (朝日文芸文庫)黄金のローマ―法王庁殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「難しい歴史書を手に取る前に。」「イタリア都市3部作の見事な結末」「三冊とも読んでください」


男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「マニュアルを圧倒するマニュアル」「女こそ」「むしろ女たちへ」「私にとっての記念碑的作品」「フラーズ・ダルム」


再び男たちへ―フツウであることに満足できなくなった男のための63章 (文春文庫)再び男たちへ―フツウであることに満足できなくなった男のための63章 (文春文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「塩野節炸裂」「私にとっての記念碑的作品2」「マフくんったら・・・」「こわい女性からの一撃」「前作「男たちへ」のほうが好きかな。」


サイレント・マイノリティ (新潮文庫)サイレント・マイノリティ (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「本物になろう!」「切れよすぎ」「「マイノリティ」とは」「自分で考える。」「ローマ史観で語る"声なき声"」


人びとのかたち (新潮文庫)人びとのかたち (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「独特な視点の映画評」「映画を通して人を観る」「塩野七生の映画論」「塩野流社会・恋愛論」「映画の観方、ものの見方」


ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上)    新潮文庫ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)

「ハードカバー版との違い」「ハードカバー版を持っている人にも」「肯定的な人間観がよい」「ローマの不思議再発見」「読みやすく面白い」


ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「あまりにも良い仕事をしすぎた逸品。」「皇帝にも色々いる」「現代社会はローマより近代的か?」「ローマ帝国のまったく平穏な時代」


▼クチコミ情報

わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)

・「マキアヴェッリに対する暖かい視点
権謀術の代名詞で、どちらかというと暗いイメージがまとわりついているマキアヴェッリを従来とは全く別の視点で描いた本。ルネサンスの終焉、フィレンツェの崩壊を冷静に見つめた暖かい(血の通った?)人間像にフォーカスしています。歴史的背景などの説明も的確で分かりやすい。同じ著者による「マキアヴェッリ語録」と併せて読むのがおすすめ。

・「愛をこめて
 塩野七生という作家は 自分が女性であることを縦横無尽に使っている点では 特筆すべき作家である。好きな男に肩入れしている時の塩野は 「だって好きだからしょうがないじゃない」と言い切っている。これに反論することは難しい。塩野自身が それを分かっていて そう言っている。これを確信犯と言うのである。

 そんな塩野の想い人の一人が マキアヴェッリである。彼は「君主論」で 日本でもよく知られている。マキアベリズムという言葉は 日本でも悪い響きを持って言われる。そんな彼の悪評に我慢がならないのが 深情けをしてしまっている塩野である。

 本書で マキアヴェッリの生涯に親しく触れることが出来た。そこで描かれる彼は 幾分が滑稽味を帯びた 我々と等身大の男である。塩野は 彼を我々の目線に下げた上で その稀代の現実主義を説く。 実際 「君主論」を読んで見ると 彼は 科学者の視点で人間を語っているだけのように思えてしかたない。善悪を超えて 実態を冷静に叙述する彼は 正しく科学者である。 そんな彼を 愛をこめて塩野七生が描き出す。面白くないわけがない。

・「この1冊でコシモ・メディチ以降のフィレンツェ共和国の歴史がわかります。
イタリアの都市国家、なかでもルネサンスの中心となった共和国として、フィレンツェとヴェネツィアの歴史はおさえておきたいところです。後者に関しては同じ作者に「海の都の物語」という大作・好著があり、それがカバーしてくれますが、前者、特にコシモ・メディチが実質的に支配するようになって以降の歴史は、501ページに及ぶ本作がカバーしてくれます。というのは、本書はマキアヴェッリがフィレンツェ共和国の官僚として、そして失脚して以降の本人の言動を中心にすえて彼が活躍した時代を生き生きと描くとともに、その前後の歴史、つまりマキアヴェッリが生まれる前、生まれてから官僚に登用されるまで、そして死後フィレンツェ共和国がトスカーナ大公国になってしまうまでの歴史も簡潔に記してくれているからです。この構成が素晴しい。

マキアヴェッリ本人は有能だが、決して権謀術策の人ではなく、まさに「わが友」と呼びかけたくなる人間味あふれる人物だったことが本書でよくわかります。特に失脚中に、夜書斎で読書、つまり古の人と対話をするときにわざわざ官服を身につけていたという冒頭のエピソードが感動的です。わが国の漢詩に「一穂の青燈万古の心」という読書の醍醐味を集約した名句がありますが、それに通じます。歴史ものの読書を愛する人にとって、このエピソード一つとっても「わが友」と呼びかけたくなる人物にマキアヴェッリが思えてきませんか。

・「フィレンツェ共和国を守ろうとした男
16世紀のイタリアはフィレンツェ共和国に官僚として生き、運命の波に翻弄され、その著作により歴史に名を残すことになる、マキアヴェッリ。

フランス、スペイン、ヴェネツィア、ドイツ、法王といった軍事力のバランスの中でなんら主体性を持ちえなかったフィレンツェ共和国。

この両者を縦糸横糸としてフィレンツェ共和国に象徴されるルネッサンスの終焉が物語られていく。

読んでいて現在の日本の姿が重なって見えてきた。

・「悪魔の書ではありません!
塩野七生を理解するにはこの人を外しては考えられません。彼女の著作すべてに脈々と内包されている透徹した目は、マキアベッリそのものではないですか。世の中そんなに甘くない、天国に行きたい人は、地獄への行き方を知っているほうがどんなに役に立つことか。表面的なあるいは情緒的な反感はこの際すっぱり捨てましょう。生きることは戦いである。進化論を待つまでもなく、自然淘汰は世の常ではないですか。そこにこそ人生を生き抜くアルテがあることを認識しましょう。マキアベッリを知らずして、世の栄達はないにちがいない。あとは、あなたにフォルトゥーナがありますように!ついでに、サマセットモームが書いた「Then and now」もいっしょにどうぞ。

わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

・「ビジネス本が不毛に感じる
恥ずかしながら15年来の座右の書。 誤解を恐れずに一言で言えば「リーダーシップと群集心理」について書かれた本です。現実を冷徹な視線で直視した上で淡々と書かれています。 マキアヴェッリの名前をご存知ない方でも「目的のためには手段を選ばず」という言葉は知ってるでしょう。本当の意味は違っていて「祖国の存亡がかかっているような場合は、いかなる手段もその目的にとって有効ならば正当化される」というのが彼の言葉なのですが、権謀術数を容認したりラジカルでストレートな表現が多いからなのか、数々の誤解を受けてしまったようです。そういう事から彼の著作はキリスト教圏で禁書になった歴史もあります。マキアヴェッリの著作「君主論」や「政略論」「戦争論」は大著でどうも読むのメンドクサイ・・という方でも、日本が誇る才媛、塩野七生がそれらから普遍的なエッセンスを抜粋した平易で薄い本なのでお奨めです。16世紀のフィレンツェに生きた一外交官の言葉ですが未だに生生しい。特にリーダーシップを発揮しなくてはならない立場にいらっしゃる方などはマスト本だと思います。噂で聞いたのですが、世界一孤独な職業であるアメリカの大統領、ホワイトハウスの本棚にはマキアヴェッリの全著作があるそうです。読めばきっとその理由もわかると思います。

・「すばらしい!
あの「君主論」を読んで挫折したことのある方、本の名前だけ聞いたことがあるものの読むには至っていない方、塩野七生さんのファンの方は必読と言える本だと思います。当時の中世西洋やマキアヴェッリの置かれた状況など、背景をきちんと説明しながら彼の行動や発言、著作を紐解いていきます。よほど思い入れがなければ、こんな本は書けないだろうと思ってしまう。ほんの安さが申し訳なくなるほど。ちなみに、私はこの本を読んだ後に「君主論」を読み直し、何とか読了できました。またしばらくしたら読み返したい本のひとつ。

・「座右の書にしてください
 書物には三種類あると思います。役に立つ書物、毒のある書物、あってもなくてもいい書物の三種類です。 このマキアヴェッリ語録は、毒のある書物の一つだと思います。ただ、毒は用い方次第で薬にもなれば、劇薬となることもあります。僕は、毒のある書物の中でもこの本は、最も使い勝手が良いと思っています。 著者の塩野七生さん自身がそのように仰っていますが、余計なというか日本人にはピンと来ない、歴史的背景や人物を排除し、マキアヴェッリの思想のエッセンスを箴言化したものですから、非常に分かりやすいです。 東洋の古典に「韓非子」という優れた書物が存在しますが、岩波文庫版四冊を読み通すだけでも大難事です。自分の身を守り、厳しい社会を生き抜くための知恵袋として、簡便なこの書を座右の書とされることをオススメいたします。

・「西洋の孫子
まずマキアヴェッリの考えを知りたければ本書を読むのが一番手っ取り早い。なぜか。それは本書が君主論のみならず政略論やフィレンツェ史その他知人に宛てた手紙などから広く抜粋されているからである。

また孫子の兵法を読んだことがある人ならばマキアヴェッリが孫子とほぼ同様の考え方を持っていたことが分かるはずである。事実この本で書かれているいくつものことが孫子の兵法にも書かれているのである。たとえば、『中くらいの勝利で満足する者は、常に勝者であり続けるだろう。反対に圧勝することしか考えない者はしばしば落とし穴にはまってしまうことになる』などはまさに孫子のいうところの「百戦百勝は善の善にあらず」や孫子の戦略を基にした武田信玄の「凡そ軍勝は五分をもって上となし、七分をもって中となし、十分をもって下となす」ということばとその意味は共通している。また民衆に関しては「群集心理」の著者ギュスターヴ・ル・ボンと驚くほど似ている。その他にも友人に関して(意外にも対極の)論語とその意味は同様のことを言っている箇所もあるのである。

ところで、なぜこの二人が共通した認識をもっていたのか?それは二人とも冷徹な現実主義者であったらだと思う。やはり時代が変わろうとも人間の性質というものは冷静に見ればさほど変わらないということであろうか。

とにかく、マキアヴェッリの本どれがよいかと問われたら本書を一番に薦める。まさにマキアヴェッリのエッセンスを凝縮した本だと思う。

・「「良い人」だと思われること。しかし、場合によっては実力行使できるだけの力を持て。
 先哲の知恵の中から、レビューア自身の理解と解釈により再構成したものを、一つご紹介いたします。本書に出会うための一つのきっかけにしていただけたらと思います。

【「良い人」だと思われること。しかし、場合によっては実力行使できるだけの力を持て。】

 あなたは、他の人から「良い人」であると思われたいことであろう。そのためには良い性格で、思いやりに満ちており、信義を重んじて公明正大であると評価されていることが大切である。

 ただし、勘違いしないこと。実際にそうであるかどうかは別として、そう思われているという事実が必要なのだ。そして、もしこのような徳を捨てなければならない場合には、まったく反対のこともできるような能力を備えていなければならない。どうしてか。

 あなたが、どんなに良いことを行おうと、どんなに理想に燃えていようとも、現実には善い人ばかりとは限らないからだ。悪賢い人もいれば、力で強引にやろうとする人もいる。

 このような現実の中で、あなたが自分の理想を実現しようと思えば、それに対抗できるだけの実力を、あなた自身も持たなければならない。悪賢い人の罠を見抜くにはキツネでなくてはならず、オオカミを追い散らすにはライオンにもなれなければならないのだ。

 現実をありのまま見て、その本当の姿を知ること。そして、必要なら実力行使すること。

(ニッコロ・マキアヴェッリ(1469-1527))

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫) (詳細)

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

・「カトリック教会に禁書として扱われた叡智に触れて見ませんか?
「世の大多数の人間は、財産や名誉さえ奪われなければ、けっこう満足して暮らしてゆくものである」「総じて人間は、手にとって触れるよりも、目で見たことだけで判断してしまう」「人間はもって生まれた性質に傾いて、そこから離れられない」。

約500年前に書かれながら、カトリック教会の怒りを買い、一時禁書として扱われ、19世紀にようやくまともに読まれるようになってきた歴史的な名著である。無理もない。「運命は女神だから、彼女を征服しようとすれば、打ちのめし、突き飛ばす必要がある」「領土欲というのは、きわめて自然な当たり前の欲求である」などと平気で書いてある。

時代の変化によって社会的な記述に関しては簡単には適用できない部分もある。ただ、よく見れば、人間の本質は時代が変わっても何も変わっていないことに改めて気づかされる。

その一方で、マキャベリ式の君主論は、なかなか活動的だ。どっちつかずの態度は強く戒め、変化する時勢に自分を一致させ、「大事業はすべて、けちと見られる人物の手によってしか成し遂げられていない」として備えを奨励して、挙句の果てに戦争をやれ、とけしかける。

不愉快な名言も多いのに、ある種痛快な読後感も残るのは、あまりにもはっきり人間の本質を言い当てている点と、世や人のバカらしさを指摘しながらもそれを軽蔑せず、前向きなエネルギーに向けようとする意図がにじんでいる点だろう。時代を超えて一読の価値がある。

解説や訳注が丁寧で、文庫サイズで場所もとらず、1,000円未満で買えるのもありがたい。

・「苦味が美味しく感じられる頃
 中国や日本の古典は 経営者にもよく引用される。「孫子」「五輪書」「論語」「日暮硯」等 いくらでも例は挙げられる。西洋の古典は 余りビジネス雑誌に出てくる事も無い。その中で 本書は健闘している。

 マキャべりというと 元来悪いイメージが付きまとってきたのも日本である。性悪説に基づいた冷徹な「嘘つき」というようなイメージかと思う。小生もご多分に漏れず そんな先入観で一読した。

 とんでもない。マキャべりは「人間とはどういう動物か」を語っているに過ぎない。

 彼には「人間の善悪」というものは無い。善い悪いは抜きにして ただ 「人間とはそういうものだ」という彼なりの冷静な分析を披露しているに過ぎない。その意味では科学者が実験の結果を報告しているだけと同じだ。但し そこに分析されている人間の姿が 我々にとって 時には辛辣であることが 科学者マキャべり自身の評判を悪くしている。マキャベリにしたら迷惑な話だ。

「いかなる手段も 結果さえよければ必ず正当化される」「人は恐れている人より 愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける」  こんな言葉を否定することは難しい。吉田兼好が読んだら大声で笑って同意したに違い無い。

 「辛いのは中傷でなく真実である」とは 誰の言葉だったか忘れた。 マキャべりへの毀誉褒貶の原因は 彼の本に含まれている 苦い真実である。そんな「苦味」が美味しいのは 小生も中年だからだろうか。 

・「人間性の洞察に優れた書
マキアヴェリというと、すぐ頭に思い浮かぶ言葉は、「マキアヴェリズム」ではないだろうか。したがって本書が彼の主著のひとつであるからには、何かとんでもないことが書かれているに違いないと思っている方もおられることだろう。しかし、一度そのような偏見を捨てて、『君主論』そのものを読んでいただきたい。現実を直視すれば、至極まっとうな記述で満ちていることに気付かれるだろう。この人間性に対する認識の冷徹さは只者ではない。人間と政治を理解したいと思っている人には必読の書であろう。

・「欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか
 確か「プレイボーイ」誌のインタビューか何かで、出所したばかりのマイク・タイソンが言っていた。おおざっぱな記憶によれば、ざっとこんな感じだ。

「刑務所では読み書きと数を数えることを学んだ。それまでは、自分のファイトマネーがいくらかすら、知らなかったんだ。読むことを学んで、マキャベリを読んだ。みんな、彼のことを昔のイタリアの学者かなんかだと思っているけど、彼は欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか、について語ったんだ。だからこれは、おれたちの本だよ」

 「マキャベリズム」と呼ばれるものに由来する偏見に根ざした彼への悪評を払拭し、「真実のマキャベリ」を回復させようというのが、真面目なマキャベリ学者がずっと取り組んでいる仕事だが(そして名誉回復というのはいつも、面倒くさく時間ばかりがかかる仕事だとしても、大切な仕事ではあるのだが)、この字も読めなかったボクサーのようには、だれもこんなに正しくマキャベリを読んでこなかった。

・「ハートは熱く、スタイルはクールに
マキアヴェリズムと言う言葉から連想される冷血漢というイメージは、マキアヴェッリにはそぐわない。人類の命運を自らの問題と一体視し、その中で何が最善かを考え抜いた誠実の人である。

マキアヴェッリはおそらく個人としては人当たりのいい善人だったろう。同情心も持っていたに違いない。しかし彼はそれだけで自分を肯定出来るほど怠惰ではなかったのである。

もしマキアヴェッリが政治家であり、彼の主張どおりの政治行動を見せたならば、天国とか地獄とかが存在するとして、彼はあるいは地獄にいくかも知れない。しかし彼の民衆は安寧な人生を送れるだろう。逆もまた真なりである。

新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO) (詳細)

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)

・「ランシマンより断然お勧め
 1453年にオスマントルコがビザンチン帝国の最後の息の根を止めた歴史上の大事件に焦点を絞った歴史小説です。

 みすず書房からランシマンが著した「コンスタンティノープル陥落す」という本がでており、こちらのほうが時間的にも長期間、空間的にも広域にこの事件を扱ってはいます。が、素人の最初の一冊としては断然塩野さんのほうが面白い。(ランシマン本は、護雅夫の訳に問題があると思いました。日本語としてのリズムが悪いので原作の魅力を削いでいるように感じます。なおランシマンは英国の歴史家。塩野さんの他の著作に名前がでてきますが、十字軍史の権威とのこと。) 塩野本に魅せられて、この都市の陥落について何冊か読みましたが、これが一番読ませる本でした。

 ただ、主要登場人物のうち宰相ノタラスへの評価、というか観点についてはかなり素っ気無いので、他の著作でのノタラス評価も知った上で、この小説を読むとさらに味わいを深いものにできると思います。

・「「東ローマ帝国」「オスマントルコ」を立体的に捉えることができるになる
塩野七生さんの作品は初めてでしたが、読みやすく、興味を煽る文体でした。3日ほどで読破してしまいました。「東ローマ帝国」「オスマントルコ」に関する小説を読んだことがなかったため、このあたりの世界史を感情移入することができなかったためなかなか頭に入ってきませんでした。日本史や中国は、関連する小説や「三国志」などを読んでいるので、すーっと頭に入ってきて、観光でその土地を訪れたときの感慨がひとしおです。この作品を読んだことで、ヨーロッパを訪れたときにも同じような感慨に浸ることができるようになったと感じています。「東ローマ帝国」「オスマントルコ」を立体的に捉えることができるようになりました。また、欧州の人たちの心象風景にあるキリスト教的な世界観を垣間見るのにも役立っていくのではないかと考えています。他の、塩野作品を読んでいきたくなりました。

・「甘美でスリリング、それでいて歴史の醍醐味が溢れ出る
塩野作品の中でも「初期作」というべき物語。私が高校生のとき“塩野七生”という素晴らしい書き手に出会い、大学期に「西洋史を専攻しよう」と決意させてくれた、感動作。

よい点その1:「歴史は数々の人間たちの手によって作られていく」という視点。この作品も、ビザンツとオスマン=トルコ、それぞれの“立場”を生きる人間たち〜国王、一家臣、聖職者、商人など〜の複数視点から、コンスタンティノープルの陥落が詳細に見つめられています。 あるSF小説に「真実は複数あるんだろうな」という台詞がでてきますが、そのとおり“コンスタンティノープルの真実”はひとつではありません。戦争を引き起こす者の真実、それに加わった王や臣下、騎士・商人・庶民としての真実が克明に浮かび上がり、本質的な歴史のダイナミズムが伝わってきます。   その2:決して感情的にならず、つねに冷徹かつ、客観的な文体で描かれているところ。非常にシリアスで、べたな起承転結や情感を一切廃した著者の文体は、青年帝王マホメッド2世の姿をより残忍に・美しく際立たせ、必死の抵抗を試みながらも費えてしまうビザンティン帝国の悲劇をリアルに映し出しています。

 「甘美でスリリングな歴史絵巻」と裏表紙の解説文が的を得ているとおり、オトナで知的な雰囲気が存分に溢れたスペクタクル歴史巨編です!

・「人類の星の時間
若いころ読んだステファン・ツヴァイクの『人類の星の時間』という書がある。ツヴァイクはその序で「世界史の中で一つの天才の意思が白熱化して決定的になるとき、それはしばしば一分間に圧縮されるような劇的な緊密な時間が、数十年数百年のための決定をする、あるいは全人類の運命の径路を決めさえもする」とし、この時を『星の時間』と呼んでいる。この『時間』の中に『ビサンチンの都を奪い取る-1453年9月29日』としてコンスタンチノープルの陥落が取り上げられている。また、豊田譲の『艦隊山越え』も同じテーマを扱っている。迂闊にもこの二冊を読んでいたせいか(塩野七生の)本書を読んだものと錯覚していた。このほど誤りに気がついて遅ればせながら読んだ。

・「甘美な映画のような戦争絵巻
東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルがオスマントルコの若き皇帝マホメッドに陥落する戦争を克明に描いた甘美な歴史絵巻。500年前の登場人物それぞれが塩野さんの緻密な資料調査で、あたかも目の前の生身の人間のように描かれ、映画のような巧な構成で、登場して敵・味方・中立の証言者としてクライマックスへと突入していく。太平洋戦争記のような苦渋に満ちた壮絶さはないが、それは時間がそうさせるのか、読者にとって救いなのか。半世記では答えはでないが500年たって答えがでるものもある。

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫) (詳細)

ロードス島攻防記 (新潮文庫)

・「流浪の騎士団
聖ヨハネ騎士団に興味を持ち、この本を購入しました。小説というより歴史解説書といった感じですが、大変分かり易く厚さも調度いいです。

現存するこの騎士団の起源は十字軍時代に遡ります。エルサレムの病院から始まった騎士団は次第に軍隊的組織へと変貌、各地を転々としロードス島に落ち着きます。物語はロードスに攻め入るオスマントルコ軍と、迎え撃つ騎士団の攻防戦が緻密な筆致で描かれています。若き3人の騎士アントニオ、オルシーニ、ラ・ヴァレッテ、トルコのスレイマン大帝らを中心に、誰を英雄視する訳でなく物語は淡々と進んでいきます。中でもオルシーニはとても魅力的です。アントニオとオルシーニの絆、オルシーニの最期、敵ながら天晴れなスレイマン大帝、ロードス退去後のアントニオの生き様は胸を打ちます。ラ・ヴァレッテのトルコへの執念と騎士としての手腕は、放浪の末移住したマルタ島にて晩年発揮されます。(彼の名前がマルタの首都名になっている)その他、当時の貴族の在り方やライバル騎士団の末路など興味深い記述が満載です。

・「戦いの場面が目に浮かびます・・・
トルコのスルタン、スレイマンは見事な「ラテン語」で、「キリストの蛇たちの巣」であるロードス島・ヨハネ騎士団への宣戦布告を送り、壮絶な戦いが始まっていく。しかし騎士団の本国であるヨーロッパ諸国は、プロテスタントの出現、ローマ法王を巡る覇権争いに忙しく、遠い地で異教徒と果敢に戦う騎士団を支援する余力には乏しい。

数ヵ月後、大きな犠牲を払った戦いは終了し、ヨハネ騎士団はロードス島を去るが、その際にも勝者スレイマンは、騎士団長に対し「あなたとあなたの配下のように勇敢で義に厚い人々を、その住処から追い出さなくてはならないようになってしまった事態に、心からの悲しみを感じないではいられない」と告げたという。

宗教の対立は今も昔も変わらないけれど、著者の描く中世の騎士・貴族階級には、今、我々がなくしてしまった仁義といったものが根底に流れていたことを強く感じた。貴族階級出身の主人公・アントニオ・デル・カレットの晩年の生き方にも注目して欲しい。

・「築城技術史としても読み応えがあります
 ストーリーのすばらしさは他の投稿者の皆さんのレビューにあるとおりです。私はちょっと違う切り口から、本書の魅力を語ります。

 (1)新しい攻城兵器の登場→(2)城塞建築の革新→(3)戦闘形体の変容→(4)騎士という統治階級の衰亡、というのがこの本の基調です。

 地中海戦争三部作の第一作「コンスタンティノープルの陥落」では「大砲」という大型破壊兵器が史上初めて陸戦で威力を発揮した様が語られます。本作ではこの一つの戦争(戦闘というほうが正確かもしれません)が数十年を要したもののヨーロッパ人たちの城塞建築をいかに変えたかを伝えるのに、小品の貴重なページを惜しげもなく割きます。攻防戦前のロードス島要塞の刷新場面とともに、攻防戦のさなかのダメージコントロールからも目が離せません。

 ヒューマン面でのメインキャストは騎士達やスレイマン大帝ですが、当時の技術先進国ヴェネチア出身の築城技術者マルティネンゴ(&彼が防衛責任を負う城塞そのもの)はテクノロジー面の主役といえます。 本書の魅力はまさに両者の絶妙な織り交ぜです。

・「おまけ②
「ヴェネチア千年紀」の執筆中に構想がすでにできあがっていた三部作のうち、「コンスタンチノープルの陥落」に続く、第二段。前作の筆致は、編集者の物故による影響をいまだ引きずっていた感があるが、今回のロードス島は、ガレー軍船並に快速でとても歯切れがいい塩野流に仕上がっている。

戦争や略奪物を書かせると、さすが天下一品である。節立ても切れ味がよく、なにか完全に一皮も二皮も剥けたようである。中世の面影を引きずっている聖ヨハネ騎士団の行く末を、じっくり堪能していただきたい。ちなみに、同騎士団は現在でもちゃんと活動しているらしい。なんとも、ビックリである。

・「なかなか息詰まるものが…
コンスタンティノープルが陥落した後の地中海…気になっていると“続き”に相当するものがあった!!西へ進もうとするオスマン帝国の前に、キリスト教世界の最前線基地ロードス島があった。1522年、スレイマン大帝が自ら陣頭に立ち、このロードス島攻略戦が始まった。大帝の軍と、島を護る騎士団との激しい戦いの行方が描かれている。

ロードス島攻防記 (新潮文庫) (詳細)

レパントの海戦 (新潮文庫)

・「地中海世界の時代が…
長く続いた地中海世界、或いは地中海に展開した、ヴェネツィアなどのイタリア諸都市の隆盛の時代は、16世紀半ばに翳りを見せていた。地中海の制覇を目論むオスマン帝国は、西欧連合艦隊と激突する。文明が交代する時期の歴史絵巻がここに完結する…『コンスタンティノープルの陥落』、『ロードス島攻防記』と併せて愉しみたい!!

・「歴史とは・・・
塩野七生の戦記三部作の最後を飾る壮大な叙事詩。様々な人物の目を通して多角的に海戦に至るまでの経緯、海戦、その後を冷静な筆で描ききっている。正確な資料分析に基づいた緻密な描写、かつ勢いのある展開に一気に引き込まれる。

・「世界史上の転機の海戦をドラマチックに描く
 レパントの海戦は、大帝国オスマントルコの衰退、地中海の制海権喪失の転機をつくった世界史上の一大事件だったのですが、その実情は、薄氷の勝利だった...。

 海戦の直前まで仲間割れで味方同士で兵士の殺し合いがあるなどなかなかオスマントルコを迎え撃つ体制が整わないスペイン、ヴェネチアの連合艦隊。若き司令官の熱意による勝利の経過を時間軸を設定してドキュメント風かつドラマチックに描きます。

 最後までなぜか手に汗握ってしまってはらはらしながら読んでいて気付いたら読み終わっていたという感じでした。塩野さんの筆運びで、海戦を真近で見ていて勝利してほっとしたような一船員のような読了感でした。

・「海戦
東からローラーのごとく浸透してくるオスマントルコに抗すべく、ヨーロッパは一つの旗のもとに大同団結し地中海はギリシャ沖で決戦を挑む。とはいえ、人間の性であろうか危機を前にしても、利害が錯綜して遅々として迎撃態勢は整わない。

あくまで歴史に忠実に、驚嘆するほど細かいデータに基づき躍動感あふれる描写に、

いつの時代も変わらない生々しい人間の姿がリアルさと彩りを与える。

・「地中海の落日
「地中海戦記」三部作の完結編。レパントはギリシャ南部の都市で、この海戦は「コンスタンティノープルの陥落」の120年後に行なわれた。地中海が歴史の中心であり続けた長い時代の悼尾を飾った戦闘であり、ガレー船が海戦の主役を務めた最後の大海戦ともなった。この海戦のキリスト教側の総督はヴェネツィア、ジェノヴァ等の海運国の海将だったが、トルコ側の総督は雇われ海賊だったという話は、陸軍主体のトルコの事情を如実に示していて面白い。

海戦を挟んで、著者の自家薬籠中のヴェネツィアの政治家、市民の姿が精緻に描かれる。この中に、「ドン・キホーテ」の作者セルバンテスも本海戦に参加していた等と言う挿話も入っており興味深い。特に外交交渉によって、講和あるいは戦闘に入る様子が詳細に描かれ、物語に引き込まれる。

そして戦闘シーンである。前2作同様軍船の様子等が精密に描かれており、著者の資料研究ぶりが窺がえる。ただし、戦闘自身は5時間で終ってしまったので、物語に起伏を付けるため前述のような海戦前後の外交の部分を精緻に描写しているのであろう。

海戦の結果はキリスト教側の勝利に終ったが、戦闘の痛手のためヴェネツィア共和国は緩やかに衰退して行き、代って大陸型の近代国家が歴史の主導権を握るようになっていった。(ローマ贔屓の)著者は、落日のヴェネツィア共和国の最後の輝きを本作で描きたかったのだと思う。歴史の転換点となった地中海大海戦を鮮やかに描き上げた秀作。

レパントの海戦 (新潮文庫) (詳細)

イタリア遺聞 (新潮文庫)

・「エスプリに富んだ楽しいエッセイ
ヴェネツィア共和国の一千年の興亡を描いた大作「海の都の物語」に書ききれなかった、いわばこぼれ話を中心にしたエッセイ。塩野さんの本は読んでみたいが、「海の都の物語」や「ローマ人の物語」のような分厚い超大作はちょっと…という方に特にお薦め。

特におもしろかったのは、トルコのハレムの話(トルコはヴェネツィアの宿敵)。”官能的”の一言では片づけられない、ハレムの知られざる実態と、その中でしたたかに生き抜いた女たちの姿が興味深い。これをテーマにした歴史小説があれば読んでみたいのだが。

世界最古の叙事詩「オデュッセイア」は、実は朝帰り亭主が女房に言い訳するための壮大なホラ話だった…という説もケッサク。軽い文体の中に、男性心理への深い洞察が潜んでいる。

アガサ㡊クリスティーが40歳の時の写真しか載せなかった…という話を皮切りに、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスが、長生きしたにもかかわらず、20代の若い時の彫像ばかり作らせ、しかも美化修正してしまった…という、容貌についての話にも大笑い。

などなど、読みやすい文章で気軽に楽しめるが、エスプリと人間洞察に富んだ、とてもおもしろいエッセイである。お試しあれ。

・「ちょっとした地中海の余暇を体験
いつもどうりで期待を裏切らない、豊かで充実した内容。買って損しません。通勤の電車で、お風呂の中で、又は寝る前のひとときに。あなたを地中海のバケーションに連れていってくれます.読みやすい長さのエッセイ集。塩野さんの辛口の 語り口は絶品です。

・「歴史が苦手な人も...
正直、 イタリア?歴史?塩野七生?どれも興味はあったものの、敷居が高く(?)聞きかじりだけにとどまっていたのですが、ふと手にとって見て読み始めたら、世界史の授業が大の苦手だったことがうそのように、鮮明に歴史の現場を感じることができました。

この本自体が、特に題材、時代を限定したものでないこともあり、

古代ローマ、コンスタンティノープルから、近代のヴェネツィアまでを駆け足で、いったりきたり散策できる楽しみと、次はこの本を(この時代・都市・人物)を読んでみようと思わせる、入り口になりました。

・「エッセイで見るイタリアの歴史
 この本は、著者のエッセイ集です。 しかし、「イタリアからの手紙」に比べると、歴史的な内容が多くを占めていて、軽いエッセー集気分では、なかなか読めません。 また、その歴史も、著者御得意のローマ帝国、オスマン・トルコ、ヴェネツィア共和国のみならず、ナポレオンや、アメリカ合衆国まで出て来て、読むのに、若干、骨が折れる感じもします。

 しかしながら、内容的には、読者の目を惹くようなものも多いのではないでしょうか? トルコにおけるスルタンのハーレムについて、カサノヴァについて、ダ・ヴィンチについてなどなど。 また、ヴェネツィア共和国の外交官・大使による(本国への)報告書が大きく取り上げられているのが、本書の特徴・醍醐味です。 著者によると、これらの内容は、どんな内容であれ、非常に冷静かつ客観的に書かれており、マス・メディアの無かった当時の風俗を知るのには、非常に貴重な資料だそうです。

 歴史の表舞台に出てこない歴史を、著者の視点を通して読める、いいエッセー集だと思います。

・「サロン風に気楽に楽しめるエッセイ
現在刊行中の「ローマ人の物語」で有名な著者の地中海に纏わるエッセイ集。著書の作品は、ともすると断定的な調子で書かれている場合が多く(私はAと言う男を信じないetc.)、それが好悪を分けたりするが、本書はそんな点はなく、気軽に読める。ただし、本書の内容を深く研究したいと考える人は、中世以降のイタリアを中心とした地中海沿岸諸国の歴史を勉強しなければならない程、話題が豊富だ。

ヴェネチィアのゴンドラが黒い理由、ヴェネチィア製ハンカチーフが廃れた訳、ヴェネチィアのホテル事情、トルコのハレムに送り込まれたフランス女の数奇な運命、ホメロスの「オデュッセイア」が恐妻型亭主の壮大な言い訳話だったというホラ話、古代聖地巡礼ツアーの実態、シャイロックの末裔のヴェネチィア商人の金銭事情、著者が人名・地名を記す時の苦労話、カサノヴァがスパイだったという話、等など。

どれを取っても気楽に楽しめる内容で、素敵な読書タイムを過ごせる快作。

イタリア遺聞 (新潮文庫) (詳細)

イタリアからの手紙 (新潮文庫)

・「まさに力作
このエッセイは、作者が若いとき(といっても32-35?)くらいにかかれたもの、この年にこれくらいのものが自分に書けたかと問うと、無理だった気がする。非常に簡潔で、淡々とした筆致、しかも描写は、するどく。作者の特徴が出ている。人気が出るのもわかる気がする。

・「美しきイタリア!
 40年近く前の塩野女史のイタリア発エッセイです。どれも女史のユーモアとイタリアの美醜に対する愛情がこめられています。  『骸骨寺』『皇帝いぬまにネズミはびこる』では皮肉まじりのユーモアを楽しめますし、『ナポリと女と泥棒』『ナポレターノ』では愛敬半分あきれ半分に、だけれどどこか憎めないナポリでの出来事を追体験できます。イタリアの美しさだけでなく、ある種の欠点すらも奥深く楽しむように書かれています。  ちなみに私は規則と分類が好きなドイツ的人間(偏見)なので、ナポレターノとは気が合わないかと。でもどこか奔放な自由さには惹かれるものを感じるのです。

・「24杯の 名前のわからない カクテル
 塩野七生の 洒落たエッセー集。

 塩野といえば 大作「ローマ人の物語」で名高いわけだが その合間にちょこちょこ書いてくれるエッセーの味わいも格別である。小品といったら語弊があるかもしれないが 小品には小品の味わいがある。彼女の長編が「日本酒一升瓶」若しくは「ワイン1ケース」を思わせるとしたら 小品はすっと出されたカクテル一杯という趣である。

 カクテルは実に微妙な味わいで 塩野バーテンに作り方を聞くのだが あでやかに笑って 教えてくれないというような場面すら思われてしまう。それほど 24編のエッセーは24種類のカクテルのように香しいのだ。

 だれもが知っている通り カクテルというのは結構きついお酒。読み終わると それなりに酩酊感が出てくるから不思議である。

・「何度も読み返す
イタリアというものは、なんていうことをいろいろなエピソードで伝えているような作品。短編なので好きなところから拾い読みできます。この作家のファンでなくても、素直に面白く感じます。さらりと読めて楽しくなる作品です。

・「24のエセーに散りばめられたイタリア
 この本は、塩野先生のイタリアに関するエセー集です。 イタリアの風景、料理、歴史、人間などなど、塩野さんの見たイタリアが24のエセーに散りばらめられてます。 そして、そのほとんどが、とてもみずみずしく表現されてます。 私が気に入ったのは、「骸骨寺」、「皇帝いぬまにネズミはびこる」、「ナポリと女と泥棒」などです。 また、「マフィア」も圧巻!で、思わず夢中に!  面白かった部分をいくつかピックアップすると、"ローマは2千年もの間、下水道清掃をしていなかった"り、"ナポリの泥棒に、アメリカの軍艦が盗まれた"り、果てには、"シチリアがアメリカ合衆国の1州に?"なんて話が出てきます。

 どうでしょう? 少しは興味が湧かれたのでは?

 私は、特に、これからイタリアに行く人に、この本をお勧めします。 景色や空気は、現地に行ってから読んだほうが分かりやすいとは思いますが、この本を読んで少しでもイタリアへの関心を高めてから行くと、より楽しめると思います。 やっぱり、そこに暮らす人々の感情や日常を、少しでも汲み取りたいですよね。

 また、この本には、結構、南イタリアについても書いてあり、ローマやフィレンツェなどの北イタリアにばかりに目を向けがちな人たちにも、是非読んでもらいたいです。

 全体的には、「カラッとしていて、太陽が照ってて、柑橘系の匂いが漂っているエセー集」ってとこでしょうか。 昭和47年・刊行なのに、このエセー集は、内容・文章共に、現在でも魅力的です 「ローマ人の物語」などに比べると、エセー集でもあることから、軽い印象を受けがちですが、この本が、いまだ魅力的であることは、塩野先生の観点や感性が、しっかり入っている証拠だと思います。

イタリアからの手紙 (新潮文庫) (詳細)

ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集)

・「目からウロコのルネッサンス
ギリシャ・ローマと続いたあの奔放で自由な芸術や思索に溢れた時期に西欧文明はほとんど完成の域にまで達したのではないかとさえ思える。しかしその西欧文明は、キリスト教の宗教的呪縛により1000年近くの「中世の暗黒時代」を迎える。考えること、疑うことを禁じられた人々は、ギリシャ・ローマの文化的な遺産を省みることなく長い文化的停滞の時期を過ごした。そして13世紀以降、突如としてイタリアを中心としたルネッサンス運動が起こり、文化、芸術、社会思想などの爆発的繚乱期を再び迎える。ルネッサンスはその多くの成果を芸術作品に見ることができるが、それにとどまらず大航海時代といわれる新大陸発見を含む開拓の機運、人々の思索の自由、などをともなった社会的・歴史的な大変革の時期である。一体なぜこの時代にこのような文化的な爆発が起きたのだろうか。そしてこのルネッサンスの熱気をもたらした原動力は何であったのだろうか。そしてルネッサンス運動の中心が、フィレンツェ、ローマ、ベネチアと移るなかでどのように変遷し、又、フランス、イギリス、ドイツというヨーロッパ周辺国にはどのように伝播し、どのような影響を与えていったのだろうか。遠い昔、遠い西洋でのことがらといえども、今現在の我々の文化や生活にさえも大きな影響を与えているルネッサンスへの興味はつきない。イタリアに在住し「ローマ人の物語」を書きつづけている塩野七生ほどこのテーマを語るに相応しい人はいないだろう。ルネッサンスの起源から説き起こし、ルネッサンスを彩った、ダビンチ、ミケランジェロなど多数の芸術家、時の法皇、神聖ローマ帝国皇帝、大航海時代のヒーローたちなどの人物像に迫るなど、塩野調の歴史物語は圧巻である。物語は対談形式で進められ読み易く巻末にはルネッサンスの主要人物のデーターファイルが用意されているなど、この時代を俯瞰することができる。ルネッサンスという大改革、大革命の背景とその進行過程、そしてそれらの改革に対する反動の動きなどは、現在の小泉改革の進行状況と見比べてみるのも中々面白い。

・「塩野ななみが語るRenaissance
  今も人々を魅了するルネッサンスを、塩野ななみが語ります。多くの天才達があちこちを闊歩したルネッサンスに対する、彼女の熱意、思いがこの本から伝わってきます。イタリア好きの方なら、いや、歴史の好きな方ならきっと楽しめると思います。   それにしても塩野ななみはなんと色気と毒気のある作家なのでしょう。一度お会いしたいものです。

・「これを最初に読んではいけない
塩野七生の作品をどれか読んでみようと思って、最初にこの本を読んではいけません(でも多分楽しいはず)。初期のタフな大作を経てから読んだほうが、どうしてそんなこと書いているのかキレイに入ってくるはずです。ここ10年くらいはローマ人のことばかり考えているはずの彼女がルネッサンスのことをどう考えているのか知ることは、本当に興味深い。彼女には、いまもサッソウと馬に乗るチェーザレと彼がイタリアの光に見えたマキアベリが見えているのでしょう。

・「日本の将来を考えるヒント
彼女の見識の高さには、いつも感服されられっぱなし。学者が拾い集めたゴミ(他の人が書いた文献の拾い集め)をスッパリ切り捨ててるアルテ、物語り風にしたてあげるオペラはなんともいえない格調を保っている。

実はこの本を手にしたのは、混迷を深めている日本を変える唯一の道はルネッサンスがヒントになるのではないか、と思ったからであった。歴史から学ぶべき点は、史実だけではなくて、同じような状況でそこにいた人人が結果的にどのように行動したか、が参考になると思ったからである。しかし、事はさほど簡単ではなかったのだ。日本人のメンタリティーが、あまりに情緒的でありイタリア人と正反対であることに気が付いてしまったのだ。ではどうすればいいのか、われわれ一人一人が変わるしかないようである。自分で答えを見つけよう。ちなみに、彼女は会田雄次氏(故人)の影響を少なからず受けているようだが、いかがであろうか?

・「塩野七生のルネサンス入門書
塩野さんのというと”ローマ人の物語”シリーズが有名だが、それを書き始めるそものものきっかけは、ルネサンスに対する興味からだったそうだ。そのルネサンスに彼女はなぜ興味を持ったかの回答がこの本である。

本の構成は、西洋では良く用いられる対話形式であるとのことだが、これがちょっと私の体質には、合わなかった様だ。多分、私が非常に日本人的だからであろうか?

ただ内容については、非常に興味深く面白い本だと感じた。最初のルネサンス人として、聖フランチェスコを持ってくるあたり、塩野七生の感性の鋭さが感じられた。

ルネサンスとは何であったのか (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

ルネサンスの女たち (中公文庫)

・「女性の目から描いたルネッサンス期・女性の生きた記録
この本を手にしたのは、中田耕治氏の「ルクレツイア・ボルジア」を読んだ後、塩野作品としては「チェーザレ~」に続いてだった。中田氏の男性から見たルクレツイア像が、あまりに生々しく女性の淫乱さを指摘している<動>の部分であったのに対し、塩野氏の描いたルクレツイアは、女性だからこそ理解できる悲しさ・精神世界が広がっている<静>の部分が繊細に描かれていた。男性と女性では、こうまでも歴史上の人物とはいえ見解が異なるものなのか、と塩野ルクレツイアに救われたような思いだった。ボルジア家という数奇な家系に生まれ、時代に翻弄された女性の生涯はあまりにはかなく悲しい。また、片やミラノの女傑カテリーナ・スフォルツアは、自分の城を守るために剣を持ちチェーザレ・ボルジアと闘った勇ましい女性だ。女性はとかく歴史の裏側に埋もれがちで、光が当たることは少ない。塩野氏はそんな女性に最大限のスポットを当て、ルネッサンス期の女たちの生涯を生き生きと描き、私たちに知らせてくれた女性ならではの感性の光る1冊。

・「乱世を生き抜く女性たちを描く
ルネッサンス期のイタリアというと美術を中心とした芸術が有名であるが、実際のところは小国に分裂し、周辺の大国や、ローマ法王という超越的な存在など、かなり複雑な政治情勢の中、権謀術策渦巻く世界であったようだ。そうした時代背景に、塩野七生は4人の女性を取上げる。「ルクレッツァ・ボルジア」は法王を父に持つという家柄と美貌に恵まれるが、聖職者にしては多分に生臭い父や野心家の兄チェーザレによる謀略の道具とされ、政略結婚、兄による夫の謀殺、独身になるのもつかのま再婚、またまた謀殺・・という凄まじい経験を繰り返す。だがその父兄が流行り病に倒れ、彼女の境遇も一変する・・。中でも魅力的なのは、ヴェネチアの豪商から、政略結婚でキプロス王室に嫁いだ「カテリーナ・コルネール」のエピソードだろう。キプロス王室は彼女の嫁入り後、王や王子を相次いで失い、オスマントルコという超大国の圧力を受け続ける中、最後はヴェネチアに併合されてしまうが、まさに数奇な運命をたどった彼女の人生は興味深い(ただし彼女自身は政治的な人間ではなかったため、運命を逍遥として受け入れた風がある)。作者は小説でもなく歴史書でもない独特の語り口(後の「ローマ人の物語」で完成される)で、乱世を生き抜いていく女たちを生き生きと描き出す。中世イタリアという馴染みが薄い時代にもかかわらず、最後まで興味深く読める。また、年代が近いこと、小国分裂といった情勢などから、戦国期の日本女性の生き方と比べてみるのも興味深いかもしれない。

・「「ダイナミックな生き物」としての歴史
歴史が編年体の記述だけでは、とらえきれない、 「ダイナミックな生き物」であることを証明した、塩野七生の記念すべきデビュー作。

当時の政治状況の真っ只中で生き抜いていかなくてはいけなかった 4人の歴史的人物を「主人公」としてとりあげることで、自ずから 当時の政治状況と、それを形成していた様々や権力や個人が 美しい彫刻のように浮かび上がってくる。

歴史記述を芸術の域に高めた著者の真骨頂は、古文書を丹念に 調べ上げるという地味で独特の手法から築き上げられたことが 分かる。 

・「いいのだけど
チェーザレ・ボルジアの生きた、ルネッサンス時代の女性達の物語です。 彼女たち4人の関わり合い、そして、チェーザレ・ボルジアとの関わり合いを通して、時代を見ることができます。 私は同じく塩野七生の「チェーザレ・ボルジア」を先に読んでいたせいか、少し物足りなさを感じました。 先にこちらを読んでからの方が楽しめたかなぁ、と少し残念です。

ルネサンスの女たち (中公文庫) (詳細)

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (塩野七生ルネサンス著作集)

・「善人からよりも、悪人から、より多く学ぶものである
チェーザレ・ボルジアは15世紀から16世紀初頭のルネサンス期のイタリアで活躍した武人・政治家。日本では同時代の外交官マキアベリィが有名であるが、著者は日本ではなじみが薄いこの若き英傑を取り上げる。

ローマ法王を父に持ち、10代にして枢機卿の地位に着く。その後還俗し、ローマを中心とした中部イタリアで法王領を平定し、勢力範囲を広げる。妹のルクレッツィアは美人で知られ、兄チェーザレの意の元、政略結婚を何度も重ねる。小国に分裂し、フランスやスペインといった大国の干渉が絶えなかったイタリア。外交と政治と軍事が密接に繋がり、権謀術策、陰謀、実弟や実妹の夫も対象とする謀殺、昨日の敵は今日の味方、敵の敵は味方、とばかりに活躍し、政情をリードしていく。その現実主義で合理的、怜悧な判断、革新性など、戦国期の織田信長あたりを連想するが(ルクレッツィアはさながらお市の方か?)、チェーザレの全盛期は20代と遥かに若い(彼は32歳までしか生きなかった)。

活躍が華やかならば、その運命の変転も劇的。ローマ法王の父とともにマラリアに罹り、自らの運命を変えてしまう・・・(毒殺されたという説は著者は退けている)。

後年の「ローマ人の物語」で十二分に発揮されている、著者独特の小説でもなく、伝記でもない、という著述スタイルは本作でもすでに現れている。ただし、「ローマ人」では、カメラを寄せたり、引いたり、時として現代から時代全体を俯瞰したりと、自在な視点で描いてあったのに対し、本作はまだそうした自在な領域には達していないように思える。チェーザレを見つめる著者の視点は一定で、舐めるように対象を描き出すものの、内面には入らないのが、やや物足りなく感じられた。しかしながら、日本ではなじみのうすい人物の紹介でもあり、またともすればその芸術史的な側面からのみ語られることが多いルネサンス期イタリアの描いたという点で大変興味深い一冊である。

・「”毒を盛る男”と呼ばれた貴公子の、華麗にして儚い一生
結婚を認められていなかった聖職者、しかもその最高峰である法王の息子という出自からして、何かの間違いだったのかも知れない。しかし、誰が、どうして、この世に生を受けた人間の存在を、否定することが出来るだろう?

チェーザレは力強く生きようとする。陰謀渦巻くローマ法王庁に生まれ育ち、宗教上、本来存在してはならない者という偏見にさらされながらも、永く分裂状態が続いている「イタリア」を統一しようとする彼の姿は、単なる野心家のそれというよりも、愛に溢れている。家族への愛、祖国への愛、人類そのものへの愛。そういったものこそが彼の真実であるように思える。

本書は、ヨーロッパ世界で悪名高いチェーザレ・ボルジアに、新しい解釈を与え、その人物の魅力を伝えている。「男は、この世で何をするべきか?」ニコロ・マキアベッリならずとも、彼の魅力に取り憑かれずにはいられなくなる一冊。

・「良質の歴史小説
イタリアルネサンス希代の英雄が、塩野さんの美しくリズミカルな文体にのって、優雅に時には冷酷に、乱世を駆け抜けます。まるで極上の長篇歴史映画を観てるよう(価格も映画のチケット代とあまり変わらないし)。読み終わったあと、チェーザレが最後を遂げた時の、バラ色の朝焼け空を一度見てみたいと思いました。偉大なるヴィルトゥとフォルトゥナに乾杯。

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集)

・「地中海で隆盛を誇った貿易国家を描いた、警句と示唆に富んだ作品
いまではゴンドラと運河、という観光都市の印象が強いヴェネチアの都市国家としての千有余年に渡る歴史を描いた。地中海で隆盛を誇った貿易国家の興亡の歴史を、「美術史以外、ヴェネチア史ついて書かれた書物が皆無」の日本に紹介した逸品。大部の作品だが、決して難解ではなく、著者独特の硬質の筆致に慣れると大変おもしろく読める。

後年の「ローマ人の物語」でも顕著だが、著者はこの国家の歴史を描くにあたって、単に歴史上の事象を追うのではなく、その背景となる文化、技術、考え方など周辺事象を含め、余さず描いていく。干潟の上につくられた都市の構造から説き起こし、船の構造や発展、銀行や為替といった商業制度とその発展、政治制度、服飾、女性史などなど。もちろん歴史としても、第四回十字軍、ラテン帝国、ジェノヴァとの制海権争い、オスマントルコ・・・と内容には事欠かない。ヴェネチアが、キリスト教文化圏にあって、十字軍の狂信からも、宗教改革とその反動の独断からも、魔女狩り、異端裁判といった気狂い沙汰からも自由でいられたのはなぜか?

君主制を選ばず、かといって宗教国家でもなく、それでいて強力で統治能力に優れた政体を維持できたのはなぜか?「すべての国家は、必ず一度は全盛期を迎える。しかし全盛期を何度も持つ国家は珍しい。・・・それを何度も繰り返すのは、意識的な努力の結果だからである。」などなど、全巻にわたって示唆に富む。

・「ローマ人の物語シリーズが終わることを心配な方へ・その3
これまでこのレビュー・タイトルで、「神聖ローマ帝国」と「ビザンツ帝国」の本について書きましたが、ローマ人の物語シリーズが大団円を迎えた後、お薦めする作品の大本命は同じ作者による本作ということになるでしょう。残念ながら文庫本は品切れのようですが、私が持っている文庫本版で上下巻併せて千頁を超す大作。ゲルマン民族に追われ、撃退して独立を保ってから、ナポレオンに滅ぼされるまでの、ヴェネツィア共和国(いかに徹底して君主制を排除したかも丁寧に書かれています。)の悠久の千年の歴史は、必ずや読者を惹きつけてやまないでしょう。ヴェネツィアを中心に、ライヴァル国(例えば同じイタリアならジェノヴァ等の他の海洋国家、イタリア外ではビザンツ帝国やオスマン・トルコ)との抗争、他のイタリア都市国家や法王との集合離散など、イタリア千年の歴史を俯瞰するのに格好の本です。作者には「レパントの海戦」等、本書に取り上げられた1エピソードに焦点を合わせた一連の好著がありますが、まずは本書でマクロ的にヴェネツィアを中心とするイタリアの通史を抑えてから、個々のエピソードの本を読むとよいのではないでしょうか。聖地巡礼パック旅行やヴェネツィアの女たちといった章もあり、本書は当時の人々の生活に目を配ることも忘れていません。これだけ充実した内容でこの分量、一度読み始めるとまさに巻を置くこと能わず、読書の醍醐味を味わうことができるでしょう。

・「美術館のような都市を残した経済大国
ローマ人の物語で知られる著者であるが、中世ヴェネチアに対する彼女の洞察も、なかなかにすばらしいものがあります。なかでもエルサレム巡礼を記した”パック旅行”など、商人であり経済大国であった彼らの行動を、実におもしろく伝えてくれます。交易に必要なためもあったのでしょうが、他宗教にも寛容な彼らの精神が、どうして現在の西欧諸国に残らなかったのでしょうか。塩野女史の見解を伺てみたいものです。

・「大国中国と対峙する日本の生き方に多大のヒントが!
 6月末大学のクラスメートでアドリア海・エーゲ海のクルーズに行くことになった。そのクルーズの出港・帰港地が共にベネチアであり、クルーズ終了後更に2日間ベネチア観光の日程をとっていることから、思い立って昔読んだ塩野七生女史の「海の都の物語―ヴェネチア共和国の一千年」を読み直そうと考えた。

 十数年前に読んだ記憶があるが、細部は殆ど忘れていて、今回のクルーズの航路がヴェネチアが地中海の女王として、活躍した通商ルートと重なり合う為、興味は尽きなかった。是非ご一読をお勧める。  歴史としても面白いし、1000年に亘って繁栄を続けた統治機構を作り上げたプロセスなど、政治機構論的にもかつての政治学徒としても勉強になった。「ヴェネチア共和国は資源に恵まれなかった国である。資源に恵まれた陸地型の国家ならば、非効率の統治が続いても、それに耐えていかれる。古代ローマ帝国、ビザンチン帝国、トルコ帝国も、悪政が続いてもそれが帝国崩壊につながるには、長い長い歳月を要した。一方、資源に恵まれないヴェネチアのような国家には、失政は許されない。それはただちに、彼らの存亡につながってくるからである」との指摘は日本と中国との関係にもそのまま通用しそうな議論で、身に詰まされる思いを懐いた。

・「「歴史評論」としては抜群の面白さ。
塩野七生はきわめてユニークな作家だと思います。そして、大変な論客でもあります。私が始めて塩野作品を読んだのは、この「海の都の物語ーベネチア共和国の一千年」です。もう15年以上前のことです。分厚い本で一瞬どうしようかと迷いましたが、読みはじめたら推理小説のように止まらなくなり、確か一週間くらいで読んだ記憶があります。それくらい面白い。なぜ面白いのか。これは歴史書ではなく、歴史小説でもない。あえていうなら歴史評論、司馬遼太郎の「街道を行く」のようなものです。文章が上手いのは当然のこととして、さまざまなことのディテールが極めて具体的に記述してある。なぜ、ベネチアという国ができたのか、都市国家の規模としてはさほど大きくはないのになぜかくも長きにわたり地中海で覇権を握れたのか、ひとつひとつわかりやすく書いてあります。「歴史小説で歴史を学んだような気になるな」と言う意見があります。その通りかもしれません。しかし、歴史家の書いたもので面白いものが少ないのも事実です。読みづらい。分かりにくい。面白みがない。だから、こうした歴史評論のようなものがあることは歴史物が好きな私などにはとても重宝です。この本を読んでからというもの、スッカリ塩野フアンになってしまいました。最近、とくに「ローマは一日にしてならず」の刊行がスタートしてからというもの、すべて「ローマ」をもとに論を張られているのはやや食傷気味になるときもありますが、それは他の人の書いたものも読むなどして比較してみればいいのではないか、と思っています。と同時に、歴史小説ではなく、これだけ面白く歴史を語ってくれる作家は非常に少ない、とも感じています。歴史というものはイマジネーションも加えてあれやこれや考えるのが面白いのではないでしょうか。塩野さんの本は知識だけでなく、つねに新しい視点を与えてくれ、もっとも好きな作家の1人です。

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈下〉 (塩野七生ルネサンス著作集)

・「最盛期を迎えた国家が衰退に向かい滅亡するまで・・
ジェノヴァとの制海権争い、オスマントルコとの断続的な戦争を戦い抜くヴェネティアだが、時代はすでに大航海時代にはいっていた・・・。海運の衰えを工業や農業の発展で補い、18世紀にヴェネティア文化は爛熟に至った。同世紀末、ナポレオンのイタリア侵攻により同国の独立は終わりを告げる・・・。

「歴史家は、国の衰退はその国の国民の精神の衰微によるという。だが、なぜ衰微したかについては、われわれが納得できるような説明を与えてくれない。」著者は、隆盛を極めたひとつの国家が終焉を迎えるまでを丹念に描いていく。こうも言う。

「少なくともヴェネティア史に関するかぎり、このような単に精神の衰微や堕落のみに立脚した論にどうしても賛同することができない。」こうした視点で描かれる歴史は、前巻に増して、諫言・警句・教訓に富み、飽かせない。「20世紀のわれわれは、君主制はすべからく悪である、という色めがねを外すことから始めなければならない。」

「社会の上下の流動が鈍り、貧富の差が固定化し、結局はその社会自体の持つヴァイタリティの減少につながる。こうなってはもはや、いかなる改革も、いかなる福祉対策も効果はない。」「英雄待望論は、報われることなど期待できない犠牲を払う覚悟とは無縁な人々が、自己陶酔にひたるに役立つだけだからである。」

歴史に学ぶ、とは言い古された言葉だが、そうした知的好奇心を満足させてくれる名著。「栄枯盛衰が歴史の理ならば、せめてこのヴェネティアのように、優雅に衰えたいものである。」見事!

・「ヴェネツィアの興亡
ヴェネツィア共和国の誕生から成長、大発展までを描いた本。政治、文化、一般庶民の暮らしぶりまでさまざまなな側面を描いています。筆者の文章は読みやすく、その分量にもかかわらず、まったく読むスピードが落ちませんでした。歴史の紹介だけではなく、ヴェネチアに対する筆者の洞察も秀逸。数年ごとに読み返したくなります。また、この本を読んでからヴェネツィアへ旅行へ行くと旅行がとても豊かになります。

・「塩野女史のベネツィアへの愛情がこの本の魅力です
私の敬愛する竹田青嗣氏によれば、世の中の価値観は「真・善・美」に集約されるという。

この考えが正しいのであれば、歴史の場合、「善・悪」の価値観で評価するのではなく「真・偽」の価値観で認識すべき「事象」のように思う。

「情」と「理」の対立軸でいうならば、「情」で評価するのではなく、「理」で評価すべきなのではということ。

塩野女史の著書を通読していると、彼女の歴史観というのは、、常に「善・悪」や「情」でなく、「真・偽」及び「理」の視点で認識しようとする姿勢があり、非常に気に入っている。

しかしながら、塩野女史は、「善・悪」で評価はしないものの、「好き・嫌い」で評価しているところは読み手も共感できるところだ。本人も言及している「カエサル」好きはともかく、「ヴェネツィア」に対する彼女の愛情はこの著書を読みながらひしひしと読者に伝わってくる。

下巻の394ページより、「栄枯盛衰が歴史の理ならば、せめてこのヴェネツィアのように、優雅に衰えたいものである。そして、ヴェネツィアが優雅に衰えられたのは、ヴェネツィアの死が、病気や試練をいく度も克服してきた末に自然死を迎える人間の、死に似ていたからではないだろうか。」

あらゆる苦難を国民の団結と知恵で切り抜けてきたヴェネツィア。私はこの「第13話 ヴィヴァルディの世紀」の最後に記されたこの文章を繰り返し読みながら、すっかりヴェネツィアの虜になってしまった。

・「したたかなヴェネツィア、しかし国防に失敗
 上巻に続いて、ヴェネツィアの繁栄から緩やかで優雅な死までを描いた大作である。塩野女史が他の作品に描いた東地中海の歴史物語をヴェネツィア側からじっくり堪能できるのが楽しい。 下巻では、スペイン等の強力な海洋帝国の出現とトルコとの戦いにより、徐々に海洋国家の実力を失い、イタリア本土の農園経営によりヴェネツィア人気質が変化する様子が描かれる。最後はナポレオン相手に非武装中立を唱え占領され、静かにその歴史の幕を下ろす。 しかし、数百年に渡って貴族が無償で共和国の国政に携わる気概、民主主義の主体かつ人財プールとしての元老員、非常時には10人程度で迅速に国家方針を決めてしまう委員会等は、国体として参考としたいものだ。我が国の参議院も国家的人財プールたることを願って止まない。 しかし、ヴェネツィアがイスラム占領下のエルサレム聖地巡礼パックツアーまで実施していたとは驚きである。しかも滅亡寸前の平和時には、ヴェネツィアそのものを観光地化した才覚には本当に呆れるばかりだ。外資を呼び込む観光立国の先駆けだ。

・「なるほど(下)
ん~~。正直言って戸惑ってしまった。この本の前半部分、これが同じ人が書いたものかと。著者がもっとも信頼していた編集者が物故したのは、みなさんご承知の通り。編集者が違うとこうも違うものかと。全編を流れる文章のリズムと「節」立てが、明らかに違うのである。しかも、文章が硬直しているのである。さすがに、150ページ過ぎたあたりからは、七生流に流れはじめるのではあるけれど。この本は、いろいろな意味において、彼女の作家生活にとって大きな転機になっているのは、間違いない。彼女曰く「スペンシェラータ(気楽なとか、無責任なという意味)ではもはやなくなった、つまり大人になったということでしょう。」まったく、なるほど、である。

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈下〉 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

神の代理人 (塩野七生ルネサンス著作集)

・「表現手法の斬新さ!
塩野七海の著作に、読者が期待することは人間ドラマの模様と歴史的考証の正確さであろう。この本は、そのどちらをも兼ね備え、かつそれを越えた小説としての驚きをもたらしてくれる。塩野七海は、ここで法王を主人公とする古代の政治全体を劇場であるかのように見立てている。塩野七海が書いているのは、歴史書ではなく、あくまでも小説である。表現手法という形式的な側面から、小説としての面白さに迫ったのがこの作品だ。収録されている短編全てに違った驚きを読者は見いだすことができるだろう。オススメ!

・「塩野作品の傑作!
四人のローマ法王の壮絶な生きざまを描いた、塩野作品の傑作。彼女の作品というと、『ルネッサンスの女たち』が有名なので、ついついロマンティックな内容を期待してしまうところだが、とんでもない!生き馬を目を抜くような時代を、虎視眈々と生き抜いた壮絶なドラマが、塩野独特の美文で綴られて行く。『ローマ人の物語』では内容を重視するあまり、美文にあまり気を配らなかったようであるが、本編では終始『塩野節』が炸裂する。法王たちの陰謀の前には、我が国の政治家たちは何をやっているのだろう?と感じずにはいられない。塩野七生『ルナッサンスもの』最高傑作。必読。

・「「 神の代理人」 とは誰か
「神の代理人」は何度読んでも面白い。時代を超えて、現在の人間の生き様のようにリアルに感じられる。著者の淡々と、冷静に描写していることが反って迫力と情熱を醸し出す。ルネサンスを現代のわれわれにこれほど身近に感じさせてくれることに、塩野ファンならずとも唸ってしまうだろう。

戦後の日本では、アレッサンドロ6世のような人間は、「悪人」の代名詞的な存在だった。話合い、平等、民主主義を声高に唱えた前世紀の結果はどうだろう。将来の我が国どころか、自分がどう死んでいくかさえ分からず、不安と絶望がとぐろを巻いている新世紀に入った。アメリカ一極集中型の世界観がテロによって簡単に崩れ落ちようとし始めている。自分たちはどうなるのか、なぜ民主主義が崩れ始めたのか。何も回答が

・「4人の法王とイタリアの衰退
ルネッサンス時代の方法4人の物語をそれぞれスタイルを変えた叙述形式で書き分けています。十字軍の最高を夢見るピオ二世宗教改革の先駆けとも見れる修道士サヴォナローラとしたたかに相対するアレッサンドロ六世信念と行動力が裏目に出て、イタリア、カソリック協会の衰退をもたらすジュリオ二世イタリア・ルネッサンス末期を彩るお祭り好きのレオーネ十世これら4人の法王の姿を通じて、カソリック教会の俗界における権力の衰退、イタリアの衰亡、ルネッサンスの終焉が重ね合わさって描かれていきます。日本語で読める同時代を描いた書籍が少ないことを考えれば、イタリア史やルネッサンスに興味がある人なら読む価値は十分にあるでしょう。

・「法王の列伝
 十五世紀中頃から十六世紀初頭にかけての主だった四人の法王を列伝的に取り上げている。 四人の法王だが、一般的な表記だと、ピウス二世,アレクサンデル六世,ユリウス二世,レオ十世の四人である。四人共、個性的な人物で、驚いたり感心するエピソードも盛り沢山であり、読み物としてもお薦めです。 内容については詳しく述べないが、どの話も得るものや感じるものがあります。

 個人的には、ピウス二世の最期がとても印象的でした。

 学生でしたら、図書室や最寄の図書館に行ってみるのも良いでしょう。

神の代理人 (塩野七生ルネサンス著作集) (詳細)

愛の年代記 (新潮文庫)

・「愛の高揚と破滅
イタリア中世~ルネサンス期の、愛の物語を短篇集のようにして集めた本。史実などもネタにしているだけあって、どこからどこまでが本当なのか、わからなくなる。(勿論、たとえ史実だけを書こうと試みても同様の結果になるのだが)近頃ローマ人の物語で知られる塩野さんの書く文は面白くて読みやすい。本書

では、史料ももとにしながら、激しい愛の物語を、まるでその場で見てきたかのように、或いは同時代に生活していたかのように、リアルに描き出している。かなり官能的な部分もあるので、一定年齢以上のかたにおすすめ。大抵は、許されぬ愛と、そこからくる破滅、或いは苦難の多い恋愛であって、

お伽話タイプの恋愛物語ではない。姦通した妻は、さっさと処刑される。そういう時代だからそうなのだが、時にひどく痛ましい。この本は、文字通り愛に身を焦がしたイタリアの男女たちの絵巻である。

・「圧巻! 硬質な文章から漏れる官能
母の書棚から見つけた1冊の本は今から30年近くも前に書かれたもので、たしかに大仰なタイトルが時代を感じさせる。しかし、中世からルネサンス期、ヴェネツィアやミラノといった時代の雅を極めた都市を舞台に花開いた恋の物語の数々はいまなお新鮮だ。当時、恋はときに戯れにしかけられた。豪商の奥方がうぶな青年を寝室に引きこむ。彼女にとってはほんの火遊びのつもりでも、青年にとっては一世一代の恋で、彼は嫉妬に苦しめられる。また当時、恋はときに身を滅ぼすものだった。姦通罪は重罪のひとつで、それを破った男女には無惨な死が与えられることもあった。そのことを知っていてなお抑えられない恋情は匂いたつほど甘いものだが、その情熱とは対照的に恋模様は硬質な筆致でつづられる。抑えた文章のあいだからほとばしる官能。その後も星の数ほど生み出されてきたラブストーリーの多くが、まるでこの領域に達していないことを思い知らされる。

・「イタリアの歴史の入門に
とてもおもしろかったです。この本には、イタリア中世末期からルネサンスにかけて生きた女性の恋物語9編がおさめられています。塩野さんの歴史ものはどれもおもしろいですが、この本は歴史の初心者の方でも、とくに親しみやすい内容になっています。ルネサンスの愛の世界へ旅立ちましょう!

・「愛の不思議さ、恋の恐ろしさ
中世からルネッサンス時代の女性たちの物語。強い愛もあれば破滅的な恋もあり、一言で表現するなら「恋はおそろしい」だと思う。当時の歴史背景をからめて物語をねりあげていて、読みやすいし、雰囲気に入っていきやすい。

海賊に恋をした宮廷の女性の物語「エメラルド色の海」などは、淡く切ない恋物語であるとともに地中海沿岸やイタリア半島の各国が置かれている状況とそれぞれの危機意識の違いが、背景として描かれている。「女法王ジョヴァンナ」も、漫画的とも言えるような展開でいつのまにか法王になってしまった女性をコミカルに描写しながら、当時のカトリック教会の事情もきちんと説明される。

ただ、桐生操という作家の「イタリア残酷物語」という全く同じ内容の作品が存在するので、どういうことなのだろうかというのが、私の長年の疑問である。

・「女法王ジョバンナ
最終話の「女法王ジョバンナ」は最高のストーリーです。私のギリシャ人の友人はギリシャ語で書かれた原作を持っているそうなのですが、塩野さんが参考にされたというロレンス・ダレルの本は知らないとか。私はギリシャ語が読めないので、ロレンス・ダレルの本を是非読みたい。

愛の年代記 (新潮文庫) (詳細)

サロメの乳母の話 (新潮文庫)

・「ニヤリ入門。
社会情勢に頭をお抱えのそこのあなた。歴史ものなんてわかんねーとお考えのあなた。ライトノベルに飽きてきたあなた。

そんなあなたにニヤリとしていただける名著でございます。

「ローマ人の物語」などのお堅い歴史ものの印象が強い塩野七生さんでございますが、ニセの史料を遊びで挿入してみたり、かなり「ふまじめ」な作家さんでもあります。今作は「ふまじめ」大爆発。しかもその「ふまじめ」が塩野流の「リアル」で装飾されているものだからたちが悪い。時には納得、時にはニヤリ、時には唖然、塩野流「Wonderland」でございます。

・「歴史に興味を・・・
この作品を読んで、ヨーロッパへの興味が沸きました。歴史書として読むなら、「ローマ人の物語」は最高に読みやすいですが、楽しく歴史を紐解く上で、こう言った遊び心は不可欠だと想います。

客観的でありながら、女性らしさを残した文体が、より一層好奇心をくすぐります。

実在の人物を元に、周囲をとりまく人間関係や感情を旨く表現できている。とても面白い作品です。

・「噂話の気楽さで
地中海周辺の有名人物についての目撃談。…なしつらえの短編集。結構お遊び色強いです。『我輩は馬である』などと語りだす馬が出てくるくらいです。カリグラ帝の馬で、彼は称号や家まで与えられた歴史に名だたる馬らしいです。知らなかったですが。

何でそんなことになったのか、そうしてどうなるのか、興味いっぱいでひっぱられました。知ってたら知ってたで「そうするか!」という上手さがあると思います。残念ながら私のお知り合いはイスカリオテのユダくらいでしたが。なるほど子を見れば母が見えるものかもしれません。

表題のサロメは、淫婦か、あるいは無垢な印象で描かれることが多いように思います。この作品中のサロメははつらつと賢く、自ら考え自ら動き自らつかみます。大変素敵。距離もぐんと身近です。サロメの乳母が語るのは「うちのお嬢さん」であって、聖書の中に出てくる淫靡な娘ではないのです。キリストの弟が見る兄は「どうにも困った人」だし、ダンテの妻の目の前には生活がぶら下がっている。彼らは教科書の中にだけ存在する幻ではなく、この世界にあるどこかの場所、どこかの時代に、生まれて生活して悩んで喜んでそうやってただ生きていただけの人たちだったのかもしれません。面白かったです。

・「意外と、いける逸品。
  西洋文明の一端を知ることが出来たのでは?と思う内容でした。 私は、余り詳しい予備知識はありません。  ブルータスやキリストやサロメやネロについては、マンガとか、世界史の授業で名前を聞いたぐらいでしょうか。 そのわりには、結構楽しめました。 塩野七生(しおのななみ)さんの遊び心を感じます。

 文体が、歴史上の偉人たちの兄弟や妻の視点から書かれているからでしょう。親しみ易かったです。 作者の人間観察の視点もいいですよね。「キリストの弟」とか「師から見たブルータス」は特に、良かったです。物語としての面白さと、リアリティーを感じます。 本人の意図と周りの人の受け取り方は違うとか、淡々とした中にも考えさせられる内容でした。 

・「ゴシップ
 著者のローマ人の物語とは違って,遊びで書かれたお話.歴史上の偉人の「傍にいた人」から見た偉人の人物像.信憑性はさて置き面白い.息抜きにはもってこいの一冊.

サロメの乳母の話 (新潮文庫) (詳細)

緋色のヴェネツィア―聖(サン)マルコ殺人事件 (朝日文芸文庫)

・「フルカラーの歴史へ
「ローマ人の物語」の著者塩野七生による、ヴェネツィアとトルコを舞台にした創作歴史絵巻です。この本の読みどころを簡単に挙げると 1、史実に裏付けられた都市の描写 2、現代のフツーの人なら一生かいま見る事の無い、国家による水面下の活動 3、史実の中を泳ぐ架空の人物=マルコ・ダンドロと遊女オリンピアといったところでしょうか。

1と2に関しては人気のある他の著作でも見られる、要するに「定評のある」部分なのですが、3についてはこの作品にしかない楽しさです。モノクロームで実感の無い「歴史」がマルコとオリンピアによってフルカラーの「今」に塗り替えられ、歴史の門外漢である私たち読者を当時の地中海の国々の民にしてくれるのです。

この作品を読んだ後は、テレビの歴史クイズ番組等で見る地中海がそれまでの印象とはまるで違うものになる事は間違いないでしょう。※しかもなんと三部作です。この楽しさがあと2回もあるのです!

・「ルネッサンスの時代・ヴェネツイアから始まる壮大な歴史絵巻
ルネッサンスの時代・全盛を誇っていたヴェネツイア共和国の中でも由緒ある貴族の家柄に生まれたマルコ・ダンドロ。 かつての学友で、ヴェネツイア最高権力者・ドージェ(元首)の息子でありながら庶子ということで貴族の称号を与えられず、国外でその商才を発揮し戻ってきたアルヴィーゼ・グリッティ。子供の頃は対等であった彼らも、今では貴族と平民に分けられ、時代の力には逆らうことのできない悲劇が待ち構えていた。マルコと長年来の恋人・コルッティッジャーナ(高級娼婦)のオリンピア、アルヴィーゼとプリウリ公の奥方・リディアの関係が、ヴェネツアとトルコを舞台に激しく切なく描かれている。ただの恋愛物ではなく、当時の時代背景・ヴェネツイアの街がまるで自分がその場所に居るかのように鮮明に描かれている様はさすが塩野七生作品とうならせる、3部作の中でも圧巻の歴史絵巻である。

・「人間ってすごい・・
西洋の歴史なんてあまり興味なかったし、ヴェネツィアを舞台にした物語が始めは読みつらいかと思っていたけど登場人物がとても魅力的ですんなり入っていけました。オリンピアにマルコ、アルヴィーゼ・・時代や国に翻弄されながらもたくましい彼らにわくわくしてきます。話の中には実在の人物が出てくるけどこんなにも自然に物語の一部になっているのが凄いとおもいました。描写がとても豊です。私は歴史上の人物とか出てくると、とたんに教科書を思い出して味気なさや小難しいという様なイメージがわいて話を読みにくいな~と感じることがあるけど、それが全然なかった。オモシロイ!!!

・「都市国家ヴェネツィア
副題に「聖マルコ殺人事件」と付されているので、よくある推理物と勘違いしてしまうかもしれない。しかし本書はヴェネツィアという都市を主人公とした物語なのだ。その意味でこの『緋色のヴェネツィア』『銀色のフィレンツェ』『黄金のローマ』の三部作が一冊となった『三つの都の物語』というタイトルの方がより作品の内容を正確に表しているように思う。ヴェネツィアは、中央集権国家であり当事の超大国であるスペインとトルコとの間にあって苦渋の外交を迫られる。広く国際情勢とトルコ内政を分析した上で立案していく外交戦略を縦軸に、そしてヴェネツィアの正当な貴族であり十人委員会のメンバーであるマルコ・ダンドロと祖国を持てないでいるアルヴィーゼ・グリッティとの友情を横軸に物語は展開していく。

・「やさしいヴェネツィア史
現在と未来の視点を行き来しながら、ルネサンスの頃のヴェネツィア共和国を舞台に描かれる物語。途中、コンスタンティノープルに舞台が移動するものの、当時の強国オスマン・トルコとの政争なども詳しい。

主人公マルコと共和国元首の庶子、アルヴィーゼの友情。アルヴィーゼとリディアの悲恋。

これらが縦糸・横糸となって、ともすれば難しくなりがちな歴史の話が、同時代の人間の話のように親しみやすくなり、物語の中にスッと入って行けた。

高級娼婦オリンピアとマルコの関わりは、今後どうなっていくのか。期待がもてる。

緋色のヴェネツィア―聖(サン)マルコ殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)

銀色のフィレンツェ―メディチ家殺人事件 (朝日文芸文庫)

・「巧みな手腕
いやー、著者はやはりただものではないですねー。すごい力量だと思います。

16世紀という時代、フィレンツェという都市、このころの貴族の生活などを、著者は完全に自家薬籠中のものにしており、自在に話を展開している。

フィレンツェの僭主制から君主制へ向かうプロセスを、ヴェネツィアの共和政体と鮮やかに対比する手腕。政治や国際政治の議論を、登場人物たちの会話に織り込む話の巧みさ。大国スペインの影を、スパイを通してさりげなく描く仕掛けなど、本当に舌を巻いてしまいます。

歴史ってこんなに面白くも書けるものなのですねー。

・「鷹の目
「緋色のヴェネツィア」でも思ったが、遠い昔の話であるのに、実に生き生きと、登場人物を動かして物語を構築している。また、登場人物への感情移入をしすぎて、わざとらしく感じられてしまう危険だってあるのに、今作品では、上空から下界を眺める鷹の目のように、事件を目撃させてくれる。

終始水の匂い、潮の香りの漂うヴェネツィアから、半島内部のフィレンツェへ、舞台は移る。十人委員会から解任され、一般人となったマルコが「花の都」へ旅をする。乾いた土の匂い、乾いた石畳の香りへ。メディチ家とひょんなことから関わりをもち、そのうえ、ヴェネツィアで別れてから消息を知らなかったオリンピアと再会する。

共和制の母国を持つマルコの目からは、公爵の思うままに政治が動くフィレンツェはまさしく中世のままに見える。登場人物らに巧みに政治を語らせ、フィレンツェのみならずイタリアが、いかにフランス・神聖ローマ帝国に干渉されているかがよくわかる。

・「エレガントな歴史小説
 メディチ家が君臨する16世紀前半のフィレンツェを舞台とした、優雅な香りの漂う歴史小説。

ストーリーは、メディチ家傍流の若者ロレンツィーノが、暴君アレッサンドロに憎悪の念を抱き、そして暗殺実行に至るまでの一連の流れを軸に展開される。しかし、あくまでもこの小説の主役はロレンツィーノやアレッサンドロといった一個人ではなく、16世紀前半のフィレンツェという都市である点が特徴であり、当時のフィレンツェの政治的・思想的状況、そして人々の暮らしぶりなどが、眼前に浮かんでくるように、活き活きと描かれている。これを可能とする筆者の知識、筆力は脱帽ものである。 ルネッサンス時代のイタリアに興味がある人には、楽しみながら歴史・文化への理解が深まること請け合いであり、お勧めである。

・「メディチ家を中心としたフィレンツェの抗争の一端
塩野七生さんのイタリア都市を主人公にした3部作の2作目。 前作の諸事情によりヴェネツィアを後にした主人公はフィレンツェで殺人事件に巻き込まれる。今では美しいフィレンツェだが、それは栄えたメディチ家が芸術家のパトロンになったり、美術品を集めたり、荘厳な屋敷を建造したからこそ。しかし、フィレンツェは抗争の絶えない都市であった。その抗争の一部を借用して見事な小説にしている。そして物語は怒濤の最終章ローマへ。

・「「歴史」小説
 架空の主人公がイタリアの三都市を回るシリーズ。著者も実際に住んでいたフィレンツェの姿が、マキアヴェッリとのからみもあってよく描き出されている。同じくフィレンツェを舞台とした(と限らないが)『わが友マキアヴェッリ』と比較するのも面白い。こちらは勿論、実在した人物である、マキアヴェッリが主役。

 歴史小説で面白くもあり、また危険でもあるのは、どの部分が創作によるもので、どの部分が事実に基づくものかということだ。この「創作」が塩野氏は実に巧みだ。下手な創作などには、全く興をそがれてしまうが、塩野氏の作品には、著者からの謎掛け(?)を解く楽しみもある。関連して言えば、『サイレント・マイノリティー』の「歴史そのままと歴史離れ」で、著者自身がそれについて述べている。

銀色のフィレンツェ―メディチ家殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)

黄金のローマ―法王庁殺人事件 (朝日文芸文庫)

・「難しい歴史書を手に取る前に。
都市シリーズ三部作の、三作目。高級娼婦オリンピアの過去が明らかになる。

このシリーズは、ヴェネツィア共和国の名家の出身マルコ・ダンドロと、オリンピアの関わりを中心に、マルコの目で見た、実際に体験したことを、最近あったことのように、生き生きと描いている。マルコの、見事な観察眼は筆者の目でもあるからだろう。

古代という大きな遺産を抱えたローマで、マルコの目は私たちの目にもなる。ミケランジェロとの遭遇、老人とともに歩く遺跡群、政治から離れた彼は、実にのびのびと、趣味の世界に浸る。面倒くさい歴史書、色話に陥りがちな興味本位の歴史本に比べれば、誰が読んでも、すんなりとルネサンス世界に入っていけるだろう。

しかし、彼の方も周囲も、共和国の政治から彼を放っておくわけはなかったが・・・。

衝撃を抱えてローマを去るマルコ。次回作を期待する。

・「イタリア都市3部作の見事な結末
塩野七生さんのイタリア都市を主人公にした3部作の最終巻。ヴェネツィア、フィレンツェと来たら最後は当然ローマ。世界の首都。2000年の都。ここでも当時のローマの風俗や教皇、それを取り巻く人間像、都市の魅力を存分に引き出しながら、歴史上の人物をさりげなく登場させている。それでいて、人間の根元の部分、愛や憎しみといったものを描き出し、読者を取り込んでしまう作者に脱帽する以外にない。

この本の後でローマを詳しく知りたくなって、同じく塩野さんのローマ人の物語を読んだ。完全にローマの魅力に取り憑かれてしまった。

・「三冊とも読んでください
この本は、緋色のヴェニツィア、銀色のフィレンツェとの三部作の最後の作品です。これら三冊の本は、ミステリーと愛情物語を織り交ぜながら、歴史の舞台を面白く説明している。主人公は架空の人物だが、それと交錯する人々は史上の大人物で、その想像と史実とが綾なす世界が、塩野さんのテクニックの高さによって、とても面白く描かれている。

彼女の作品は、ともすれば教科書か歴史書のように難しいものもあるけれど、これらは実に読みやすく、この時代背景への興味を開くものとしては、有益である。

黄金のローマ―法王庁殺人事件 (朝日文芸文庫) (詳細)

男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)

・「マニュアルを圧倒するマニュアル
 書店に行くと、`自己啓発`あるいは、`自分を変える`、`自分探し`といったマニュアル的な本のコーナーがしだいに拡大していることに気付く。 そのような説教じみた本は過去の遺物と思っていたら、違うのである。 しかし、私は言いたい。複雑化・殺伐化した社会の中で、路頭に迷った人々を、食いものにするな、と。それらの本のページをめくってみると、書かれていることがいかにも安っぽく、売らんかな、の商売であることが見え透いているのである。 この本もマニュアルのような副題であるが、違う。 品格の違う年上の女性と話す機会があったとする。その後に感じる、圧倒されたような、励まされたような、心が洗われたような気持ちが残る、そんな本である。 ※マニュアルをかなり批判したものの、16年前、この本は私にとってのマニュアルまたはバイブルであったことを白状する。何をすればよいのかは書いていないので、本来マニュアルではないのだが、例えば、「原則に忠実である男は不幸である」との言葉を受け、その後の私の人生は主によい意味で滅茶苦茶になったのである。

・「女こそ
塩野七生(に会ったことがあるわけでないから私の勝手な想像なのだけど)のように、じたばたせず、かといって「オバサン」化することもなく、素敵に歳を重ねながら生きていきたいな〜っという私のバイブル。時代とか国とかを超えた本質的な意味での「人間」について考えさせられる、時折手にしては読み返している一冊。男の人へ向けたメッセージかもしれないけれど、女である自分にもたぶんに学ぶことが溢れている。

・「むしろ女たちへ
 あるがままの自分を見つめ、自分に向き合い、そんな自分を受け入れてなお、新たな自分を見出そうとする勇気を持ち、そうさせうる知性を持つ人、あるいは持ちたい人は是非一度、手に取るべき一冊。                                       

  大人になるべき時、模範の見当たらない日本では、とても貴重なものです。 男にとって。                                     

  男たちへ。 そしてむしろ、女たちへ。 ただし、女性は読んだ事を後悔しない、と覚悟してから開くこと。 今の自分に決して満足しない、現代のすばらしき日本女性がもっと増えれば、男も頑張らざるを得ないでしょう。 悲しい現実ですが・・・。  是非。  

・「私にとっての記念碑的作品
私は兎に角疲れきっていた。ナニカしなければならないと思っていた。そんなある日、何年か振りに本屋なんぞに立ち寄ったのである。そこで手にしたのがこの本である。とにかく題名が挑発的なのである。「なんだとー、この俺様に物申すってかー!聞いてやろうじゃないか。」と素直にもレジに並んでしまったのである。それが運の尽き。しっかり物申されてしまったのである。「このおばはん(塩野さん失礼)、ほんま、すげーじゃないか。いったいなにもんじゃ?」というわけで、その後彼女の作品をコトゴトク買わされるはめになってしまったのである。彼女の世界にハマリタイ人は、一度素直におとりよせしてみれば?

・「フラーズ・ダルム
 世の中、愛し方を知らない男と愛され方を忘れた女ばかりではつまらない。 だが女はまだいいのだ。愛されたいと願わない女はいない。愛されさえすれば、女はすぐに思い出す。しかし男は?男までが愛されたいと願うばかりで愛し方を知らないのでは、世の中おしまいではないか。 この本は、そんな男たちへ突きつけられた女からの優美な剣。男としてはこれをすべて受け止め愉しくいなしつつも、最後には女を愛してみせたいものだ。 ただし、最後に愛するかどうかはこちらで決めさせていただきますよ!

男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫) (詳細)

再び男たちへ―フツウであることに満足できなくなった男のための63章 (文春文庫)

・「塩野節炸裂
よくまぁこれだけ日本男児の事をボロクソに言ってくれるよな。そんなに欧米が良いのか!?と反発したくもなる。でも、昨今の日本情勢や世界経済から見た日本など、あらゆる分野に規制が掛かり鎖国国家日本といえる姿が浮かび上がる。

頑張れ日本と叱咤激励するような文体でもあるし、怒りや悲しみでも良いから動け日本!と応援する著者。新しい世代のオトコにこそ読んでほしい1冊。

頑張ろうゼイ!

・「私にとっての記念碑的作品2
あなたが飛行機に乗る時、何クラスに乗りますか?ファースト、ビジネスあるいはエコノミーですか?みなさん、どのクラスに乗るにしても心意気だけは、ファーストクラスでしょう。そんなあなたへの一冊です。とにかく話題豊富でためになる。いつか自分も使ってやろうと思っているのですが、なんせ、当方エコノミー症候群の人間なので話す相手がほとんどいないのが実状です。と言う訳で中身は少しずつ忘れかけてしまっている今日このごろです。

そんなことは置いといて、この本は一般人お断り的本なのである。一流とはこんな世界なのか、とビビッテしまうのがおちでしょう。でも、みんなイズレハ一流になるのですから、座右の銘として本棚に飾っておいたほうがいいかもよ?ちなみに、当方JALのグローバルクラブ会員です。

・「マフくんったら・・・
前作の54〜本作の63章へ考えさせてくれますが、だって自分はこんなもんだ物、、、、相田みつお氏のほんとの併読をお勧めします。

・・・こんなもんだもの・・・相田みつを氏の本との併読を〜 

だよねぇ・・・

・「こわい女性からの一撃
これは前作とは違う相手に一撃を喰らわせている作品です。前作は日本の(だらしなくなった)男共への一撃でした。そしてこれは(だらしなくなった)日本という国への一撃です。ただの男性批判、若しくは男性への警鐘と思ったら大間違いです。勿論日本=男性といえる場合もありますが、「一体どうしたの?!あんたたちは今まで何をやってきたの?そして今何をやっているの?何をこれからしようとしているの?ちゃんと考えてやってるの?!だめじゃない!!」という−尊敬の意味を込めて−こわいおばさんからのストレートパンチです。ゆめゆめあだや疎かにしてはいけません。精神が下劣になった国、民族、組織は必ずや滅びるという警告です。そしてどうしたら良いかという事を教えてくれる作品です。

・「前作「男たちへ」のほうが好きかな。
「再び男たちへ」というタイトルとなっているものの、前作とは、趣きがだいぶことなります。エッセイとしては、面白いですよ。共産党がしばしば登場するところは年月を感じさせますが。 でも、タイトルは考えて欲しかった。

再び男たちへ―フツウであることに満足できなくなった男のための63章 (文春文庫) (詳細)

サイレント・マイノリティ (新潮文庫)

・「本物になろう!
何と言う本質を突いた題名だろう。世の中多数決という偽善の中にあって、真実はいつもマイノリティーのなかにあるのではないか?しかも絶対的自由のなかで静かに呻吟している人人がいる。多数派はいつも喧騒の中にあって、偽善的お題目を唱えるのにかまびすしい。

昨今の不祥事を見るにつけ、静かに世をはかなんでいてもしかたがない。どうやればわれわれの静かな声を「ラウド、マジョリティー」に変えることができるか、静かに考える機会となる一冊である。

・「切れよすぎ
「私ならこの時点で即無能と判断する」「男は中身で勝負、などと幼稚なことは言わないでいただきたい」など、ぼろくそです。痛快としか言うほかありません。

・「「マイノリティ」とは
 このエッセイ集を通じて浮き彫りにされているのは、決してマジョリティになり得ないマイノリティたちの姿である。 著者がまえがきで触れてもいる「自由な精神」。イタリアもまた、戦中から戦後への、急激なロジックの変化に惑わされた国だった。その他にも、「イェルサレム問題」、「間奏曲」、「ラディカル・シック」などはまさに珠玉。

 多くの人間は「絶対的なもの」に捕われ、次から次へとそれを追い求めてしまう。自分という枠を広く保ちつつ、世界と向き合っていくことは、全く難しい。「マイノリティ」は、いつの世もマイノリティでしかないのだ。

・「自分で考える。
多数だから正しい?正義ならば許される?そんなことはない。人から認められることを基準に置くのではなく、自分の意志で、自分の考えで、飾りのない真実を知り、物事を判断する。それが「少数派」であっても、それがどうした?いま正義や多数派によって動いてしまう世の中だからこそ、そのことに疑問を感じてほしい。

筆者がこれまでに知った、あるいは出会った「サイレント・マイノリティ」たちの話。

・「ローマ史観で語る"声なき声"
著者は自分の世代を「サイレント・マイノリティ」と位置づけて、その声なき声を、著者が"行動的ペシミスト"と呼ぶ、浅薄な価値観に捉われず果たすべき役割を完璧に遂行する人、をローマ史上から選んで紹介する事によって、代弁する体裁を取っている。だが、「サイレント・マイノリティ」の意見を何故ローマ史上の人間像に求めなければいけないか(著者がローマ史研究の第一人者というのは理由にならない)、あるいは塩野女史の声は既に「メジャー」になっているのではないかという思いがして、題名と内容との不一致を感じた。

内容は相変わらず、ローマ史を丹念に調べ興味深い人たちを紹介している。本の分量は薄いのだが、エピソード数は多いので、調査量の膨大さも予想される。また、紹介にあたって、塩野女史独特の"言い切り"(私はAという考えは信用できない、ここでBと言うのは女心を知らない証拠だetc.)があり、ファンにとっては歯切れ良いが、そうでない方には、そこまで言うかという感じもあろう。

興味深い人が多いのだが、敢えてあげれば、異端裁判所を脱獄したピニャータ(これは異端裁判所というもの自体に影響を受けているかもしれない)、第2次世界大戦に巻き込まれたジャーナリスト、ロンガネージか。ロンガネージは面白い日記を残しており、次の1節は著者の信条でもあるらしい。「一人の馬鹿は、一人の馬鹿である。二人の馬鹿は、二人の馬鹿である。一万人の馬鹿は、"歴史的な力"である」

最後に、全体主義に触れた言葉を書いて終わりにする。「私も、悪人であっても能力のある者に支配されるのならば我慢もするが、善人であっても、アホに支配されるのは、考えるだけでも肌にあわが立つ」これは、全体主義賛美の言葉ではないのである。

サイレント・マイノリティ (新潮文庫) (詳細)

人びとのかたち (新潮文庫)

・「独特な視点の映画評
映画評と言うよりも、映画をネタにして人間のあり方を考えるエッセイと言う方が適切かもしれない。いずれにせよ、人間洞察に優れる塩野さんならではの、独特の視点がおもしろい。見ていない映画は(好みのジャンルでなくても)ちょっと見てみたくなるし、すでに見た映画も、なるほどそういう見方もあるのか…ともう1度見てみたくなる。

エッセイのテーマ上、人間ドラマ的な映画が多いが、西部劇にコメディ、サスペンス、アクション…といろいろな映画が取り上げられているのが良い。特に、人間のあり方とは縁遠そうな、娯楽映画についてのコメントがおもしろい。

たとえば「白いドレスの女」、悪女に翻弄されて犯罪に走る男を描いたサスペンス物である。ある種の男は、悪女に翻弄されてみたいという願望を持っており、この種の男がいなければ、悪女も悪女になりえないのではないか…という分析にはうならされた。ユリウス・カエサルは、クレオパトラの据え膳はしっかり食いながら、それに溺れる事のない男だった…という「イタリア遺聞」での記述を考え合わせると、なおさら興味深い。

また「ダイ・ハード」については、悪人たちは泥棒にすぎないのだから、主人公はあれほどムキになって戦う必要はなかったのではないか、アメリカ人の正義はがむしゃらだから…と皮肉っている。アメリカの正義が少しズレている事は最近特に顕著だが、映画の内容については塩野さんは勘違いをしている。「ダイ・ハード」の悪人たちは、確かに金目当ての泥棒だが、それをカムフラージュするために大量殺人をもくろんでいたのだから。

私が気がつかないだけで、他にも勘違いしている箇所はあるかもしれない。だが、紹介されている映画を実際に見て、それを見つけるのも一興だろう。

・「映画を通して人を観る
歴史ものだけでなくエッセイでも優れたものを書く塩野さん。私も映画好きなので、これは特に興味深い内容が多かったです。それにしても相変わらず独自の視点ではっとさせられる文章が多い。所謂今の映画産業に関わる人達では絶対に書けないこと(というより、書いてはいけないこと?)まで率直に書かれているのが素晴らしい。印象に残る文章を枚挙するとキリがないが、私が特に感銘を受けたのは「人間嫌い」の項。塩野さんの文章を読んでよく思うのは、世間ではこう言われているし、表立ってそうじゃないという人はなぜかあまりいないけど、ほんとにそうかなあ?と私が疑問に思っているような事柄に対して鋭くしかもある種官能的な視点や文章で答えを表現してくれること。このエッセイでは、演技派を主役に据えて重い話を生真面目に造るとアカデミー賞が取れる傾向にあるハリウッドのあり方に疑問と限界を感じていた私としては、この本を読んで胸のつかえが取れたと感じたほど。一方で、好きな役者については結構ミーハーなところも微笑ましい。ぜひ最近の映画についての本も一冊読んでみたいところです。

・「塩野七生の映画論
この本は映画論ということになっているが 要は 映画を題材とした「人間」の話である。題材は映画の主人公であったり 俳優であったり 監督であったりと 自由自在である。それを材料として 塩野七生の洒脱でユーモアの効いた文章が緩やかに流れ 陶然としてやまない。それでも 彼女の醒めた視線は随所に感じる。「天命を知るとは 自分の限界を知ることです」という最後の一文は さらりとこの本を閉じるために置かれているが それにしても甘く 苦く 重い一文である。

・「塩野流社会・恋愛論
現在刊行中の「ローマ人の物語」等の作品で有名なローマ史研究の第1人者の著者の映画論。塩野女史と映画とは正直言って結び付かなかったが、エッセイを買い込むうちに紛れ込んだようだ。

・「映画の観方、ものの見方
塩野七生さんが、映画を題材に語った47の"エセー"。ところで、私はここに取り上げられた映画を、ひとつも観たことがない。

それでもこの本は繰り返し読んだし、これからも読むだろうと思う。映画そのものがどんなものであったかよりも、そこに何を観、そこから何を引き出したか。その視点が何より面白いと思った。

映画そのものを観たことがある人ならば、より面白く読めるかもしれない。

人びとのかたち (新潮文庫) (詳細)

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫

・「ハードカバー版との違い
私はこの本をハードカバー版と文庫本番の両方を持っている。両者の違いは何か。分冊になっている、本の体裁が違う点はもちろん、1番大きな違いは、文庫本版でだけ読める、その冒頭の、感動的な「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読者にあてた長い手紙」という小文の存在であろう。私が知らなかった文庫本という形式の出版の歴史そのものから説き始めて、文庫本化に望む作者としての矜持を示してくれる。この小文を読めるだけでも、この文庫本版ローマ人の物語(1)は買う価値があると思う。

本文の内容については、既に多くのReviewerが書いている通り、すばらしいものであり、まさに巻を置くことあたわずの境地に多くの人を引き込んでくれるものと確信するが、ここではこれから「ローマ人の物語」を読み始める人のために、「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読書にあてた長い手紙」の存在を指摘させていただいた。

・「ハードカバー版を持っている人にも
ハードカバー版はかなりの大きさであるので、この洒落た文庫本は携帯に最適である。文庫独自のデザインと筆者からの冒頭の一文は、ハードカバーをお持ちの方にもおすすめしたい。

建国の父ロムロスから始まる物語は、その後の巨大なローマ帝国への萌芽を含んでいるのが興味深い。歴史を知らずともこの物語から入っていけば良い。

なお、キリスト教を背景に持つ欧米の歴史学者と違い、塩野氏は日本人の精神文化である多神教を肯定する立場である。そして作家らしく学者にはない想像力も発揮する。それらが多神教ローマに好意的でかつ魅力的な物語になったひとつの要因だろうと思う。

・「肯定的な人間観がよい
以前から気になっていたシリーズだが、ついにこの「ローマ人の物語」を読みはじめている。もともと、歴史には疎い方で、特に世界史のことはごく基本的なことも知らない。大事だとわかっていても、勉強のようにつまらなく感じてしまうのであった。ところが、この塩野七生氏の著作は文句なしにおもしろく読める。基礎知識がなくても、わかりやすい。そして、人間や社会の本質を理解する上で実にためになる知恵がつまっているのである。おもしろい理由のひとつは、人間のひとりひとりに焦点をあてて丁寧に描かれていることだろう。そして、その見方が肯定的なのがよい。現在シリーズの半分ほど読んだところだが、どの巻も粒ぞろいで退屈することなく読みすすめられている。

・「ローマの不思議再発見
大学受験以来、忘却の彼方にあったローマ史ですが、これが非常に面白い。

「ギリシアが高度な文化や政治制度を持っていたにも関わらず衰退する中、なぜローマだけが際限なく発展したのか?」。ギリシアとローマを対比させながらその謎に迫ります。

著者の堅苦しくなく、ウィットに富んだ語り口により、僕がかつて世界史を学んで(詰め込んで?)いたときには、覚えにくい文字の羅列でしかなかった古代ローマや古代ギリシアの人々が非常に身近にいきいきと感じられます。

第1巻と第2巻は、カエサルも5賢帝も登場しませんし、史料も少ない上に、非常に長い期間(建国~ポエニ戦争前まで)を扱っていますので、著者も大変苦労されたと思いますし、若干盛り上がりには欠けますが、副題のとおり「一日にしてなら」ないのがローマであり、「ゆっくりと、しかし着実に」発展したローマの特徴が非常によく分かるよう工夫されていて楽しめました。

なぜ、ローマだけが発展したのか?他者に寛容な多神教、王政と貴族政と民主制のいいとこどりをしたような政治体制、戦争で敗かせた相手をも取り込んで「ローマ化」する貪欲さ・・・

著者はこれらを「ローマの開放性」と表現し、これこそがローマを発展させた源であるとしています。

僕たちは、「文明の衝突」が叫ばれ、他者に対する非寛容と硬直した価値観による対立が益々エスカレートする現代に生きています。

そうした現代だからこそ、古代ローマの開放性を再評価する必要があると感じます。日本も同じ多神教をベースとしていますから、日本人である僕たちこそ、共感を覚えることも多いはずです。

次の巻も読まずにはいられない、楽しみながら「温故知新」できる、そんな本です。

・「読みやすく面白い
いかに簡単に分かりやすく書くか、をテーマにしているような理解しやすい文章で思わず引き込まれる。ただでさえカタカナの名前や地名だらけで馴染みにくいので著者も相当に文章そのものに気をつかってくれているように感じる。ローマがどのように生まれ大きくなっていったか、その鍵は「敗者でさえもローマに同化させる」という一点につきるようだ。この戦略がなければ破壊されたアルバの街の名門ユリウス家も途絶えていたことになる、あのカエサルもローマの懐の深さが生んだものだったとは驚いた。地図も丁寧でローマやアテネを訪れたことがある人ならば「あ〜だからあの丘にこんな建物があるんだ」ということがリアルに理解できて面白みも増すとおもいます。

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫 (詳細)

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)

・「あまりにも良い仕事をしすぎた逸品。
故司馬遼太郎氏は、あまりにも良い仕事をしすぎたがゆえに、その裏表としての「功罪」を生じさせた。即ち、あまりにも良い仕事をしすぎたがゆえに、多くの人が、そこに書いてあることが史実であると思いこんでしまっている・・・、つまり、司馬史観というフィルターを通して見てしまっていることである。

そして、その点で、塩野女史もまた、然りであろうか。これまで、日本人にあまり馴染みがなかった古代ローマというものを、系統立てて、わかりやすく、それでいて、既存の学者の説をなぞるだけに終わらない、優れた逸品に仕上げた。だが、それだけに、この時代までの、つまり、ローマ帝国がきちんと機能している時代までを理想的な政体であるかのように描いているが、いかに素晴らしい政体であっても、現実には、古代国家以外の何ものでもなかったであろう。(無論、現代より優れた部分もあっただろうが、)ローマとは、奴隷で成り立っていた政体であり、そのことは、貴族の平均年齢65歳、奴隷の平均年齢20歳という数字が雄弁に物語っているだろう。作者は、「解放奴隷」などの救済措置があったことで、奴隷制度の現実を希釈して伝えているが、これら負の側面についても、もっと詳述するべきではなかったか。

・「皇帝にも色々いる
ハドリアヌスはその鋭敏な感性と、人に一切親密さを抱かせない独特の感性で帝国を仕切り晩年には自分の存在すら必要の無いほどのシステムを築き上げる。別邸にこもった後は常に癇癪を起こし不機嫌極まりなく元老院にすらその矛先を向けたため皆からとにかく疎まれる存在になってしまった。その点アントニヌス・ピウスはとにかく人に好かれ、独断で決めることなく常に前任を意識しながらもスムーズに統治を完遂した。大改革を推し進めるものに人格円満な者は無いというのは本当なんだろう。穏やかに見えるピウスだが、未来の哲人皇帝となるマルクス・アウレリウスが家庭教師に死なれ泣いているのを見て「感情を抑制するのに、賢者の哲学も皇帝の権力も役には立たないときがある。そんなときは男であることを思い起こして耐えるしかない」と諭したあたり強固な精神に支えられた男であることよくわかる。

・「現代社会はローマより近代的か?
当時のローマを評したアエリウス・アリスティデス(ギリシア哲学者)の言葉より:「ローマは、誰にでも通ずる法律を与えることで、人種や民族を別にし文化を共有しなくても、法を中心にしての共存共栄は可能であることを示した。そして、この生き方がいかに人々にとって利益になるかを示すために、数多くの権利の享受までも保証してきたのである。」 (P.177)

ローマ人は、属州税により帝国を維持し、属州には自治の自由を与えた。現代の帝国アメリカは属州税はとらないが、グローバリゼーションの名のもとに、富がアメリカへ集中する仕組みを作る。 これは、ローマが明確に名主国であり、属州から税を集める権利を有していたのに対し、現代の国家は、表面的には平等であり、あからさまに帝国に富を移動させる仕組みがないためか。 表面的な平等のため、現在の属州・属国は、自国の文化を侵食されようとしている。

社会の統治システムは、決して時代を経ることにより、よくなるものではない。

・「ローマ帝国のまったく平穏な時代
帝国巡回の旅に出たハドリアヌス。塩野氏が、ハドリアヌスが挑発して勃発させたと論じるユダヤ反乱を制圧し、ローマ帝国の不安要素をほぼ排除します。しかし、後に「一貫していないことでは一貫している」と評される性格のハドリアヌスは、晩年、単なる気難し屋とも言える行動が多くなります。塩野氏は、この原因を「年齢(高齢)」「病気」だけでなく、やらねばならない仕事はすべてやったという精神のゆるみに求めます。ハドリアヌスがそれだけ働きに働いたということの裏返しといえるでしょう。功績が大きいながらも元老院からも市民からも疎まれて死んだハドリアヌス。その後を受けたアントニヌス・ピウスは、その名のとおり、「慈悲深い(ピウス)」政治を行い、人気を得ます。その治世は23年の長期に亘りながら割かれた紙幅はたった50ページ。この時代がローマ帝国にとってあまりにも平穏で、塩野氏曰く、「特筆に価する新しいことは何一つしないのがアントニヌスにとっての皇帝の責務の果たし方であった」。本書のみどころのひとつとして、現代にも通じるキリスト教とユダヤの関係に、ローマ帝国がどのように関わったのか(ハドリアヌスによる対ユダヤ政策)を挙げておきたいと思います。さまざまな因果が絡み合う歴史の「あや」を感じさせる項です。

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫) (詳細)
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