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▼読書日記4:セレクト商品

コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫)コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫) (詳細)
村上 龍(著)

「うねり、燃える原色の匂い」「衝撃でした。」「感覚を刺激される」「私のいちばん本です」「あまりに強い個性」


デッドライン仕事術 (祥伝社新書)デッドライン仕事術 (祥伝社新書) (詳細)
吉越 浩一郎(著)

「一抹の不安」「締め切りの明確でない仕事は非効率」「「当たり前」を実行する難しさと、大切さ」「コンパクトによくまとまっている」「驚くほど生産性が上がった」


コインロッカー・ベイビーズ (下) (講談社文庫)コインロッカー・ベイビーズ (下) (講談社文庫) (詳細)
村上 龍(著)

「これぞマスターピース」「鳥肌たちました」「癒しなど存在しない」「村上龍のベスト」「運命の年」


電気グルーヴの続・メロン牧場―花嫁は死神 上電気グルーヴの続・メロン牧場―花嫁は死神 上 (詳細)
電気グルーヴ(著)

「反則だらけ」「お笑い芸人の敗北」「電気グルーヴのすべらない話が満載」「最高に面白い」「カットあり」


夢の中まで語りたい夢の中まで語りたい (詳細)
松久 淳(著), 大泉 洋(著)

「子猫ちゃん必読!!」


悪人悪人 (詳細)
吉田 修一(著)

「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!」「人間臭さがいい。」「聞きたいのです。」「非常に考えさせられた本でした・・・」「クライムノベル」


ラジ&ピースラジ&ピース (詳細)
絲山 秋子(著)

「2008年のベスト小説です。」「読めることが嬉しい。」「詩と小説の間」「絲山ワールドは、不機嫌が楽しい。」「すがすがしさ」


荒野へ (集英社文庫)荒野へ (集英社文庫) (詳細)
ジョン クラカワー(著), Jon Krakauer(原著), 佐宗 鈴夫(翻訳)

「自由と孤独を求めて 〜ある青年の生と死の記録〜」「品格を取り戻してくれた作者」「一気に読んでしまいました」「過剰な理想主義と自己探求」「リアルな自分探し…ではない」


うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2)うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2) (詳細)
吾妻 ひでお(著)

「もう文庫化・・・」「書き下ろしを読む為に」「“他人が読むことを前提とした日記”問題」


鴨川ホルモー鴨川ホルモー (詳細)
万城目 学(著)

「橙色のリュックサック」「“そこはかとなく”こみ上げる可笑しさ」「レーナウーン、レナウンレナウン」「「無駄」にのめり込む学生の青春」「読み始めから」


アカペラアカペラ (詳細)
山本 文緒(著)

「人生とは、きっと、日常を生きているということ。」「生きていくことの困難さと美しさ」「とても良かった」「これちょっと凄くない?」「フミオ リハビリ終了! 三篇の微妙な恋の物語」


さよなら渓谷さよなら渓谷 (詳細)
吉田 修一(著)

「幼児殺害事件のお話と思ったら…!?」「長い線路のような二人。」「誰かと話し合いたくなる作品」「罪と罰と幸せと」「ぐいぐい引き込まれました。」


1973年のピンボール (講談社文庫)1973年のピンボール (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「偏愛している作品」「移りゆく季節、そして小説(オリジナル装丁・第3弾)」「深いつながり」「深い繋がり」「青春の虚無感」


羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「「風の歌を聴け」第三巻。」「荒野の羊」「再読するほどに味わいが出てくる作品です」「多分、深い!」「おもろいで(笑」


切羽へ切羽へ (詳細)
井上 荒野(著)

「ひたすら美しい」「これは、確かに…」「誰もが口にしないが知っている秘密」「トンネルでの位置」「久々に“美しい”と思える恋愛小説でした」


しかたのない水 (新潮文庫)しかたのない水 (新潮文庫) (詳細)
井上 荒野(著)

「塩素の匂いがただようリアルさ」「小説のテクニックを見せつける連作短篇」


ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫)ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫) (詳細)
井沢 元彦(著)

「キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の世界の常識」「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の対立を分かりやすく説明」「日本人が疎い世界の宗教の常識を知る良著」「見えなかったコトが見えてくる」「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の相違点、共通点」


羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「再読するほどに味わいが出てくる作品です」「切ない。」「荒ぶる羊」「奇妙で、おもしろい。そして、せつない。」「村上ワールドの発展」


アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書) (詳細)
松本 仁一(著)

「アフリカ、格好の入門書」「食べること、それは近くて遠いことなのです。」「アフリカで何が起きているのか」「暗澹たる世界でも希望の灯も見える最終章にホッとする。本当の"援助"の意味を教わった。」「なんとも悩ましい問題」


八日目の蝉八日目の蝉 (詳細)
角田 光代(著)

「すべてを捨てても、だた一つ大切なものを守りたい強さ」「ラストが素敵!」「泣ける」「悲劇をこえて、たくましく生きる女たち」「引き込まれました。」


死海のほとり (新潮文庫)死海のほとり (新潮文庫) (詳細)
遠藤 周作(著)

「もっとも遠藤らしい?」「人間の弱さを淡々と語る優しく切ないストーリー」「ただ寄り添うだけでも。」「いつまでも本棚に」「人間イエスキリスト」


静かな爆弾静かな爆弾 (詳細)
吉田 修一(著)

「音のない世界が炙り出す、話し言葉と書き言葉の差異」「「悪人」以前、「悪人」以後」「春に住む」「大丈夫が大丈夫じゃなくなる瞬間」「シンミリせつないです。」


テンペスト  上 若夏の巻テンペスト 上 若夏の巻 (詳細)
池上 永一(著)

「めくるページが段々と速くなる(笑)、一気呵成のエンタテインメント!」「宣伝文句に偽りなし」「堅苦しい歴史小説を期待している人は読まない方がいい」「嵐の中でつい立ち止まってしまいます」「読み手で感想が分かれるのはうなずける。私は面白かった。」


テンペスト 下 花風の巻テンペスト 下 花風の巻 (詳細)
池上 永一(著)

「「ページを繰る手が止まらない」は、掛け値なしかもしれない」「歴史と個のダイナミズム/両義的重合」「見事、大団円!」「人物・心情描写がすばらしい」「華麗な琉球王国を垣間見て。」


エンブリオエンブリオ (詳細)
帚木 蓬生(著)

「著者が見事に脱皮した記念すべき作品」「怖くてすごい!!!」「お見事」「神の手に許されるコトって。」「ちょっとありえないかな・・・。」


▼クチコミ情報

コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫)

・「うねり、燃える原色の匂い
「全力だ!」村上龍のエネルギー溢れた作品を読むと、そんな気分になる。途方もなく広がる想像力と、ゴーギャンの絵が更に激しくなったような、原色の生物の息吹と色と匂いが立ち上り、句読点すらもどかしいように疾走する文体は洗練という形とは遠い。無論、それが村上龍の最大の武器である彼の生理であり、力強い才能のコアだと思う。

10年以上前、初めて「コインロッカーベイビーズ」を読んだとき、僕は細胞が叫びだすような興奮を感じた。コインロッカーへの置き去りの子供、崩壊した東京、破滅へと向かうストーリー。現実化すると単なる破滅的なテロリズムだろう。でも、閉塞から抜け出せない今の日本に少しでも元気を出すためならば、

この飛び切り危険でパワフルな虚構に引き込まれてもいいと思う。元気を出すためも、鬼才村上龍が若干30歳で描いた本作が多くの人に読まれることを望みたい。

・「衝撃でした。
衝撃的な作品でした。解りやすいエンターテイメントを好んで読んでいた僕には、最初の100ページを読むのに三日費やすほど体力の要る小説で、上巻はほとんど意地で読みきりました。ただ、下巻に差し掛かってからはどういうことか休まず一気に読まされました。マシンガンさながらのディティールの乱射が、この一貫した危うい感じのリアリティーとなっているのか、受け入れてみるとどんどん読み進められました。(疲れることには変わりありませんが)80年代から物語はスタートしていますが設定はどこか近未来的にも写り、「破壊と自閉」のイメージは僕の想像力の限界を超えたところに刷り込まれ、大袈裟かもしれませんが、ラストでは軽く眩暈がするような感覚でした。貴重な読書でした。

・「感覚を刺激される
冒頭からトップギアで走りだす、文芸的近未来小説。村上さんの小説作品は半分弱くらい読んでいますが、これを越える作品は知りませんし、私が読んだ日本文学の中では、間違いなくトップクラスの刺激的作品です。

精神的にギリギリのところに所在する登場人物の独白のような言葉と、精緻な性的・肉体的・感覚的描写の連続に、読者の感覚が犯されていくような錯覚があります。決して、感情移入するのではなく、感情浸食されていくような、そんな小説です。

できればもう少し長い小説にして欲しかったという思いはありますが、クライマックスを過ぎても、ひたすらダラダラ続いてしまう作品よりは遙かにまし。少し足りない位で止められた作者のセンスにも、敬意を表したいと思います。

・「私のいちばん本です
この本は語り尽くせない思い入れがあります。私が読書に目覚めるきっかけとなった唯一の本です。村上龍の作品では後にも先にもこれ以上のものはありませんでした。何度読み返しても、また感動してしまうんです。この感情はなんだろう??感動させようとしている話ではないと思うけど、感動してしまうんだ。見事に。

最も「ガツーーーン!!」ときたのは、キクという主人公が走ることに目覚めるシーン。私自身運動の喜びを知らない人間だったのに、まるで自分の体が目覚めたように、ビリビリと伝わってきました。その描写がすばらしかったです。他にも運動の描写がたくさん出てきます。どれもこれも体が震えるほどの感情を呼びました。ほんっとにこれ以上の本はないと思うんだけどなあ・・・。

でも、友人に貸したり、プレゼントしたりしたけれど、ちょっとキツイっていう人も多かったです。設定が、なさそうで、でもリアルだし、におってきそうな描写が多いです。テーマも重いです。村上龍独特の文ですよね。匂ってくる感じです。重油の匂い、新宿の公園の匂い、ワニの匂い、アネモネの匂い、ハシの匂い・・・それぞれ匂いを感じます。

・「あまりに強い個性
凄く面白く、エネルギーに満ち溢れた小説です。そのテーマを一言でいえば「破壊」ということになると思いますが、単なる負の力から絶対的な肯定へと昇華していく疾走感はすさまじいものがあります。その眩しすぎて目をつぶってしまいたくなるほどの強烈さは、人によっては、生理的にまったく受け付けることができないこともあるでしょう。が、一度、手にとって目をとおす価値は充分ある小説だと思います。ちなみに、「アキラ」よりも前に出版されていますので、「アキラ風に処理した」小説ではありません。村上龍の完全なオリジナルであり、村上龍の思想・世界観が最も忠実にわかりやすく表現された小説だと個人的には思っています。

コインロッカー・ベイビーズ (上) (講談社文庫) (詳細)

デッドライン仕事術 (祥伝社新書)

・「一抹の不安
 昨今の経営者は、美しくない。好決算を連発していながら、いかに残業代を払わずに人を使うかに腐心し、政治的働きかけをして恥じることがない。そうした中にあって、ライフとワークのバランスを説き、経営者として実際に成果を残してきた手腕は尊敬できる。 また、成功した経営者の本としては、郡を抜いて、思考に深みがあって論理的であり、その帰結として独創性に満ちている。読んで得るところの多い本だ。 しかし、気になる点はある。 なるほど、デッドラインを設ける、集中する時間を創出する、即断即決、etc…、により効率は高まり処理は高速になるだろう。 だが、処理スピードには、物理的限界があることは言うまでもない。 残業ゼロを実現するには、部下に的確に仕事を割り振りし、その進行を正確に把握し、適切なデッドラインの設定ができる、「優秀な上司」の存在が前提だが、そのような人間が存在するのだろうか。 残業をした従業員のいるチームにペナルティまで課せば、大量の仕事を抱えた従業員が、自宅残業に明け暮れることになるのは、言うまでもない。 読了後、残業代なしで自宅で仕事をするために、後ろめたい思いをしながら、コソコソと、人に見つからぬよう、GmailやUSBメモリで、持ち出し禁止の仕事用のファイルを持ち出して、自宅で仕事をする従業員の姿が、思い浮かんで仕方がなかった。

・「締め切りの明確でない仕事は非効率
締め切りをはっきりさせる、これはとても重要なことだ。・・・ぐらいにやる、このあいまいな表現が仕事に立ち向かう決意の低下、進捗管理の甘さ、仕事の質と完成時間の合理的な配分など優れた自己管理を遠回しにしてきた。考えてみてばこの仕事が終わったらこっちの仕事に移ろうとか、今週中に終わらせようとか、自分自身ではきっちり厳しくやっているつもりの仕事がいつ完成するのか?人はおろか自分にも分かっていないという大変お粗末な仕事になっているのだ。何月何日の何時ごろ終了するのか決めることのメリットは計り知れない。仕事をする上での大切な基本的な考え方を教えてくれる本。推薦いたします。

・「「当たり前」を実行する難しさと、大切さ
すべての仕事に「締切日」を入れる。当たり前といえば当たり前だが、果たしてそれをきちんと実行できているだろうか。何となくなあなあで仕事をし、なあなあで残業する働き方の非効率、無駄を正面から教えてくれる好著。とくに4章のデッドラインを会議で管理する手法は、部下を動かすにも実践的。著者やトリンプのようには、なかなかすぐには働けないだろうが、自分の日々の働き方を見つめ直し、変えるきっかけになる。

・「コンパクトによくまとまっている
シンプルだが、効果的な手法がコンパクトに展開されており、新書にしては珍しく、読後の満足感が高かった。

吉越さんといえば、トリンプの「早朝会議」が有名だが、もちろんそれだけではない。

「1毎日「お尻の時間」を決めて働く」「2仕事には「日付」で締切を入れる」

これらの意義や効果、やり方等がこの本を読めばわかる。

商品説明にある「ホワイトカラーの生産性を上げるのに、効果抜群」というフレーズに納得。

・「驚くほど生産性が上がった
・1毎日「お尻の時間」を決めて働く・2仕事には「日付」で締切を入れるこの2つだけで驚くほど生産性が上がった。当たり前のだと批判している人もいるが、トリンプの社長が書いているからこそ価値がある。試しもせず、常に何か新しい画期的な“魔法”を求める姿は自分の仕事のできなさを露呈するかのようである。

デッドライン仕事術 (祥伝社新書) (詳細)

コインロッカー・ベイビーズ (下) (講談社文庫)

・「これぞマスターピース
むらの多い村上龍の最高傑作。圧倒的なストーリーテリングには感嘆するしかない。彼の持つ資質が最高に良い方向に花開いている。それにしても ここで頂点を極めた村上龍は その後 長い長い低迷に入っているというのが 小生の偽らざる村上龍感である。是非 これを乗り越える作品を書いて欲しい。

・「鳥肌たちました
村上作品特有の、どろどろとした喉の奥に絡み付いてくるような文章はもちろん。この作品の評価すべきところは主人公2人の距離間でしょう。上下巻一気に読めば分かりますが、始めはキクとハシの描写が長く間隔を置いて書かれていますが、後半部分に向かっては互いの描写が知らず知らずの間に入れ替わり村上ワールドが広がっています。2人についての描写の間隔を詰めていくことで、そこに2人の距離感がリアルに生まれてくるのです。本当に、それに気がついたときは鳥肌が立つ勢いでした。「ライン」でのリレー式な描写も興味深いですが、『距離感』がこれほどリアルに浮き立たせるなんて本当に素晴らしいと思います。

・「癒しなど存在しない
 コインロッカーに捨てられた、という傷を持つキク。しかし彼は傷を癒してくれる人や共同体を探したりはしない。それらは、傷を癒したようにごまかしたり、束縛や圧迫による新たな傷を作り出すだけだからだ。だから彼は東京を破壊する。トラウマから自由になるために。自分を傷という檻に閉じ込めようとする世界を、人を、全てのものを破壊する。 違った方向から自由を求めるキクとハシが最後に重なるその瞬間までが鮮烈に刺激的にシャープに、圧倒的なスピード感で描かれている。 純粋で無垢な、そして美しく力強いエネルギーを感じて、掴み取れ!

・「村上龍のベスト
コインロッカーに捨てられた二人の赤ん坊が拾われ、育っていくにつれて近未来的世界で起きる様々な出来事。「母なるものの喪失」そこから始まる彼らの冒険は現代の日本の小説の中でも異色の出来になっており、村上龍の最高傑作と言っても過言ではないとおもう。うん、たぶん結構かなり面白い。「本を読むのは好かん」と言う14歳がいたらまず本作を読んでみるといい。本作を面白く感じたら村上龍の他の本やエッセイを読み進めるなり自分で他の本を探すなりするといいとおもう。それで何か物足りなく感じたらジュネや谷崎などを読んでみると良い。

・「運命の年
東京の片隅で、この年1980年に、この本を読んでいた。村上龍の長編としては、3作目だろうか。なかなか、作品を書いてくれないのでジリジリしているところに、いきなり上下巻で出版された。すごく、うれしくどきどきしながら読んだ事をおぼえている。内容については、全く予想した村上龍ワールド。

詳細については書かないことにするが、私の中に、何か、へらへら生きていてはいけないという意識を芽生えさせてくれた作品である。この年の秋、ジョン・レノンが射殺されたことも、私の中で、この作品をより印象深いものにした。

コインロッカー・ベイビーズ (下) (講談社文庫) (詳細)

電気グルーヴの続・メロン牧場―花嫁は死神 上

・「反則だらけ
電気グルーヴが活動停止中でも、この連載はずっと続けられていて、この時期の記録としてはかなり貴重だと思います。上下巻と同じ感想になっちゃうんですけど、アーティスト本としてはかなり反則の部類に入る本です。

・「お笑い芸人の敗北
いわゆる「タレント本」のなかで、こんなに内容が濃く、反道徳的で、涙がでるほど笑える作品を、おれは他に知りません。「お笑い芸人の敗北」といっても過言ではないと思います。石野卓球もピエール瀧も、各方面から高い評価を得ている才人です。そんなプロフェッショナルな人間の見識と、子どものように無邪気な残酷さが融合して、世間の常識なんか完全に度外視したシモネタ、冴えないやつへの悪口、おもしろエピソードを大爆発させています。「活字の電気は、こんなにも手に負えない」のキャッチコピーに偽りなし。

・「電気グルーヴのすべらない話が満載
要は、電気グルーヴの石野卓球・ピエール瀧両名の放談集の続編でありますが、まぁーとにかく石野、瀧各々から繰り出されるエピソードの殆どは結末に強烈な「オチ」がつくものばかり。ファンは恐らく読み出したら止まらなくなること必至です。とてもじゃないですが、上巻だけ読んで満足できる品物は御座いません。そこは注意が必要です!

・「最高に面白い
前作も面白かったけど続編も最高だっ!

小室氏の結婚式出席話しなども笑えてちょっと移動中に読むとニヤニヤと笑いを堪えるのが大変かも☆とにかくテンションの高さは読んでるとあーなんかテンション自分も上がってキターて感じで純粋に面白いのでオススメですー

・「カットあり
連載すべてを網羅した訳ではなく、いくつかカットされた月もあるのが残念。

個人的にカットされた卓球の「女のパンツを男が被る是非」の話が大好きだったので、本当に残念…。

電気グルーヴの続・メロン牧場―花嫁は死神 上 (詳細)

夢の中まで語りたい

・「子猫ちゃん必読!!
「anan」に掲載されていた連載がついに一冊の本にまとめられました!!松久さんと大泉さんの対談は何回読んでも面白いです。会話のあちらこちらに人柄が出ているようで、読んでいると、本当にお二人の会話が聞こえてくるような気分になります。書き下ろし小説「猫の帰還」では、松久さんの小説に大泉さんが写真で主演を演じられて、お二人の普段の連載とは違う一面が見られて、よかったです。「anan」は女性の雑誌ですが、この本は男性も楽しめると思います。

夢の中まで語りたい (詳細)

悪人

・「タイトルの意味が言い得て妙だが、実は儚くも美しい純愛小説だったりする。傑作!
 凄いな、この本は、、、。読み始めてひとときも中座する事なく一気に読了した。傑作である。恐らく今年世に出た小説群の中でも読む者の心を鷲掴みにするといった点では屈指の作品ではないか。本の帯にある“なぜ、事件は起きたのか?”“なぜ、ふたりは逃げ続けるのか?”“そして悪人とはいったい誰なのか?”とのフレーズが見事にこの作品を読み取るキーワードになっている。冒頭から、今作の登場人物たちのぐだぐだとした満たされない日常生活の中で湧き起こる儚い嘘と悪意の心理描写の上手さにぐっと引き込まれ、ある「悲劇」が起こった後は人間の深淵に潜む「業」の様なものを読んでいくのかと思いきや、物語は第3章で劇的に変貌する。変えたのは馬込光代の存在。彼女の登場で、物語は儚くも美しい純愛路線に大きく舵を取る。世の時流に乗る事などまるで諦めていた生きベタなふたり、生まれて初めて出逢った真に心を許せる者たちの、安っぽいラブホテルでのあまりに痛切な抱擁と逃避行の道行きでの魂の絶叫に、ページをめくりつつ胸が張り裂けそうになる。ラスト、なんとも切なくやるせない気持ちになりながらも、今作に登場する傷ついた者たちの絶望の「闇」の彼方に見える魂の救済を思わせる様な一筋の光明が救いと信じたい。

・「人間臭さがいい。
久しぶりに泣けた作品。年齢を重ねたから感じる事なのか、登場人物皆がとても人間臭くていい。登場人物皆悪人なのか、そうさせる環境で生きて来たのか・・・綺麗事の多い小説の中で人間味のある人々の心にふと足を止めてみたい作品。「生まれて初めて人の匂いがしたっていうか・・」と始まる少年の言葉が今の世の中に重なるような気がした。

・「聞きたいのです。
読書は自己完結するほうなので、他人の感想とか、あまり興味がない。なのに、この本を読んだ後、無性に誰かと、この本について話がしたい、と思った。

なぜ、この物語のタイトルが「悪人」なのか?途中まで浮遊したままだった、この「悪人」というタイトルが、最後にずっしりと、自分の中に沈澱してくる。

そして聞きたいのです。

この物語で締め括られる「?」のように、誰かに聞きたくなるんです。

・「非常に考えさせられた本でした・・・
朝日新聞を読んでいないため、新聞に連載されていた小説ということは本を手にとって初めて知ったのですが、作者が「ようやく代表作(?自信作?)といえるものが書けた」というだけあって、非常に楽しめました。

関係者の供述が其処此処に入るという組み立てられ方をしていることもあり、小気味よい展開と相俟って、あっというまに読んでしまいましたが、読み終わって、そのタイトルの意味するところ、非常に考えさせられました。読んだ方と内容について語りあいたくなる本です。

・「クライムノベル
これまでの吉田修一とは、明らかに違う。峠。殺人。ハイウェイ。灯台。逃避行。驚くほど面白くて一気に読んだ。凡百のミステリーよりもドキドキさせられたのは、作者が「事件」ではなく「人間」を描き切っているからか。失意の中での勇気。殺された娘を憶う父親の台詞が哀しく、そして強い。読後、ガツンとくる傑作。

悪人 (詳細)

ラジ&ピース

・「2008年のベスト小説です。
あー、満足。待ったかいがありました。

徹底した技巧。軽やかな文体は選びぬいた言葉だけで構成され、心血を注いだあとがうかがえます。何度も読み返しています。どこからどう見ても、傑作です。

この作品だけじゃないけど、トンネルをいったん抜けたようなラストの迎え方は、すがすがしく、優しい。だけどその後だって平面上で生きていくんだ。

この人の作品、優しい優しいといったレビューが多い。ため息とか、意味不明のかたくなさとか、ふと思い出すだけの過去とか、小さな揺らぎを切り捨てずに、かつ必要最低限の言葉で緻密に描写する手法で、変化や成長、変化のなさや成長のなさに他の小説家にはないリアリティを出しているように思います。その方法で、誰かのあとがきのまんまだけど、相変わらず、孤独な人間が、というか人間な孤独が、どうやって現代で祝福されうるのか、というテーマを追っている。

みんな知りたいんだと思う、それがどう可能なのか。で、希望は見え隠れするけれど、そんなこととは関係ないようにしっかりと現実が見えている。ひとりきりでも、もどかしさややるせなさを、誰かとあなたが同じように見ている。それが「優しい」んだろうなーと思う。あ、ちゃんと言えてないなこれ。うはは、逃げた。

まあこの人は別に祝福とか大仰なこと意識してなさそうなんだけどね。「ばかもの」も楽しみだけど、しばらくはパラパラめくって余韻に浸りたいな、と。

・「読めることが嬉しい。
 今作はドラマチックな展開があるわけでもなく、読者に強いメッセージを与えるものでもありません。しかし読んでいる間はなぜか心地よく、読後は読んでよかったなと素直に思いました。このような絲山さんの作品を出版してくれることがとても嬉しいです。次回も期待してしまいます。

・「詩と小説の間
相変わらず字数を徹底的に削っていて,その力の傾け方が好きである.これ以上削ったら詩になってしまうだろう.この本のお陰で前橋のさびれ具合が日本中に知れ渡ったことになるが住民としては野枝が引っ越そうかと思ったほど変に落ち着く匂いがあるそんなこんなが実に上手削りに削ってエッセンスを抽出していくような1冊を愛読者としては次も期待

・「絲山ワールドは、不機嫌が楽しい。
契約アナウンサーとして群馬のFM局にやってきた主人公「野枝」の、同僚やリスナーとの日々。なんといっても書き出しが強い。まずこれで持っていかれる。

 醜いのは野枝自身だった。いつも自分のことばかり考えていた。パーツが小さい地味な顔、寸胴で足の短い体型、身長が低いこと、冒険が怖くて無地の同系色しか合わせられない服装のセンス。性格はといえば彼女はいつも機嫌が悪かった。そしてそれが露骨に顔に出た。 彼女は自分の醜さに飽きるということがなかった。だか、それほど自分に固執するというのは、やはり一種の歪んだ自己愛なのではないだろうか。そう思うとまたぞっとした。

言葉の上ではネガティブ大会なのに、なぜか気になるこのキャラクター。もっと野枝のことが知りたくなる。こんな魅力的な不機嫌は絲山さんの得意技のひとつだ。

不必要な思いやりの鬱陶しさとか自分勝手な友情の心地よさとか、リアルと電波を通じた人づきあい(人間関係とか書いちゃうと嘘臭いので)を、角度とパースペクティブを変えながら描いてくれる。なんか愛想は悪いがなかなか気の利いたつまみをだしてくれる飲み屋みたいな小説。三十路女の楽しい不機嫌、四十男も堪能させていただきました。

・「すがすがしさ
無愛想で冷めた主人公と、寂しさ漂う群馬の風景。

ラジ&ピース (詳細)

荒野へ (集英社文庫)

・「自由と孤独を求めて 〜ある青年の生と死の記録〜
1992年、アラスカの荒野で一人の青年の遺体が発見された。死因は“餓死”。青年の名前はクリストファー・J・マッカンドレス。ワシントン郊外の裕福な家庭で育ち、頭脳明晰で将来を嘱望されていた若者だった。しかし、彼は大学を卒業後、家族の前から忽然と姿を消し放浪の旅に出る―。

青年の謎に満ちた人生と死の真相に迫った感動のノンフィクション・ノベルで、映画『Into the Wild』の原作です。映画のあらすじを読んで興味を持ち、すぐさま本書を購読しました。著者の緻密な筆致にぐいぐい引き込まれます。読後は言い知れぬ深い感銘と衝撃を受けました。青年の生き様は少なからず共感できる部分があり、その壮絶な最期には胸が痛みます。青年の生い立ち、放浪生活、そしてアラスカでの過酷な生活と死までの様子が、彼に関わった人達の証言と著者の見解で語られています。とりわけ、死の影が濃くなる第2章と第18章などは泣けてきます。真相ついては憶測の域が出ないのですが、著者の綿密な取材による裏付けと見解は信憑性があり読み手を納得させるに充分だと思います。

今の時代、社会や家庭に自分の居場所を見つけられず、ストレスや窮屈さを感じている人は多いと思います。私自身も世間のしがらみや煩わしい事から解放され何処か遠くへ行きたいと思う事、しょっちゅうです。クリスもそんな一人であった訳ですが、違うのは彼は生来の冒険好きで常人には理解し難い思想の持ち主だったと言う事です。家族や文明や資本主義を否定し、社会から隔絶された世界で一人生き抜く事が、彼の美学であり自己への挑戦でもあったのでしょう。命の危険を顧みない冒険家の気持は正直理解しかねますが、今までの自分を捨て見知らぬ土地で生まれ変わりたいという衝動は分かります。映画のほうも、アカデミー賞こそ逃したものの傑作との呼び声高い作品に仕上がっているそうなので是非見てみたいです。

・「品格を取り戻してくれた作者
まず著者に讃辞を送りたい気持ちと、この本で亡くなった主人公の品格が取り戻されたことに喜びを感じました。

このような鋭敏で良心のあるジャーナリストがいたことに幸運を覚えます。

また、ニュースの中で日々伝達される一方的な情報とは異なった真実があることを改めて考えさせられました。

生きることの意味、人生を豊穣にするモノは何か、など、書物にある綺麗な言葉と裏腹に主人公が亡くなる直前に記した言葉に対し著者が推測した内容は大変感動し共感を覚えます。

亡くなった主人公のように大衆に対して少数な価値観を持つのは私自身そうでしたし、人と価値観が違って悩んでいる人、もし人生の意味や生きる意味を多少なりとも深く考えたことのある方にこの本はきっと何かしら伝えてくれるかもしれません。

私にとってはとても考えさせてくれた本でした。

・「一気に読んでしまいました
クラカワーの本はどれも読み応えがあるが、中でもこの本はお勧めできます。構成が非常にうまいです。作者がその存在を知ったときにはすでに荒野で餓死していた一人の若者の足跡を、本書は感情を抑えた筆致で丁寧に辿っていきます。その過程は、特に劇的な場面もないのに、スリリングで引き込まれます。

作者が言う、「死の淵の中をちょっと覗いてみたい」(本が今手元にないので正確な描写でないが)気持ちを一度でも持ったことがある人、結構いるのではないでしょうか?人によってはそれが危険地帯を放浪することだったり、台風の日に防波堤を見に行くことだったり、絶壁の下を覗き込むことだったり・・。でも、おそらく誰もその時、自分はただ見てみたい、経験してみたいだけで、本当に死ぬのだとは思っていなかったはずです。かつて作者もそのような若者であり、自分が今も生きていてこの若者が死んでしまった事実の間に、それほど大きな差はないのだ、と作者は自身の体験を挟み込みながら語っています。読んでいるとこの部分は唐突に挿入されているように感じますが、若者の不可解な死を、我々の想像の手の届く場所へ運ぶ役割を果たしていると思います。

・「過剰な理想主義と自己探求
本書は、その焦点となる青年クリス(もしくはアレックス)にもたらされた結末、あるいは荒野におけるその不幸な試みとでもいうべきものだけについて書かれた物語にとどまりません。著者のクラカワーもその類にもれないでしょうが、社会からはみ出してしまう青年というものはいくらもいるもので、そのとまどいや矛盾、あらがいが抉り出されてゆくさまにこそ本書の価値を感じます。(たとえばお金に対する反発心とそれを必要としてしまう現実とのバランスが取れなかったりするわけです)若さゆえの理想主義が若者自身を蝕む様は、夢というものがもつもうひとつの側面をさらけ出してゆく姿をみるようでもあります。

・「リアルな自分探し…ではない
この作品…読むタイミングを逃していましたずっと心のどこかに引っ掛かっていた作品です多くの人に読まれ…賛否両論あったこのノンフィクションが一体どういう風に自分の心に響くのか…

内容は一行で書けます

「恵まれた世界で育った青年が、何もかも捨てアメリカを2年間放浪し、アラスカで死んだという実話」

それだけです本当にそれだけなのですだからこの青年をナルシストや無謀な若僧と非難した人逆に彼は現代のヒーロだと賞賛した人さまざまなのです

しかしこのリアルな世界は妄想と違って人々の胸に深く刺さりますそう…みんな刺さったのです

その傷を「イタイイタイ」と叫ぶ人その傷を「生きた勲章だ」と思う人その傷を「何ともないよ」と感じる人

みんな感じ方が違います男性と女性でも感じ方は違うでしょうそれでいいのです

わたしが残念に思ったのは彼はこの旅でひとつだけミスをします自分では気付かないミスですあと少しだけの知識があれば彼はまだ旅を続けていたかもしれませんそうすれば、この本は自身の手で書かれ優秀なノンフィクションライターとして賞賛されていたでしょう

ひとつ言っておく事があるとすればよくある「自分探しの旅」ではないという事です彼は自分を分った上で自分のすべてを開き自分の居場所を求めに行ったのです最終的には自分を捨てる旅になってしまったのですが彼は満足だったと思います映画化になったこの作品、先に本を読んで正解でした

最後にわたしが一番心に残った一文を記しておきます彼が最期を迎える事になった荒野(アラスカ)へ踏み入る前の記述です



「半分しか入っていないバックパックの中身で 一番重いのは…本だった」

荒野へ (集英社文庫) (詳細)

うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2)

・「もう文庫化・・・
もう文庫化されるとは、さすがに思いました。むしろ失踪日記が名作?なだけにそちらが先に文庫化されると思いましたが、会社が違うので無理ですね。この本を読む際には失踪日記を読んでからの方が面白いです。吾妻ひでおファンでなければ買わない本でしょうけど、文庫本化されると言うことはそれだけ氏のファンが多くいると言うことで嬉しいです。DXとついているのは文庫本化にあたってのオマケの部分ですね。それだけのために新たに買うのも何ですが、買ってしまいました^^;

・「書き下ろしを読む為に
前にでた本を持ってても書き下ろしと、江口寿史先生のあとがき、読むために買っても価値があります、まったりした感じが好きです、山なし落ちなしでもいいです、もっと日記本だしてください。

・「“他人が読むことを前提とした日記”問題
 「まぁ、ホントは読ませるのが日記を本にする目的なんだけど、それを意識しないように描いていったんですね」  「この『うつうつ』は、読者を考えないで描いてみて、どこまでおもしろいものができるか、という実験でもあったわけなんです」  この相反しているようにも、同じことを言っているようにも思える2つの自意識。“他人が読むことを前提とした日記”問題はブログ隆盛の今、吾妻ひでおだけの問題ではない。もちろん『うつうつ』の商品価値は“有名性”に負うところが大きいわけだけど(さらに「失踪」のヒットが本書の商品価値を倍増させたのは言うまでもない)。  いやぁ「失踪」のインパクトは無いものの、この日記も、まさに“うつうつ”と面白いなぁ。特に、アルコールの代替とも思える中毒的な読書履歴!著者は「本を読む目的は娯楽と現実逃避」って書いてるけど、まさにその通りだと思う。さらに表現を変えれば、“パラレルワールド”ってことだろうか。現実以外に本というもう一つの世界、避難所を持つことで、現実を生きるのがだいぶラクになる、という。この「うつうつひでお日記」っていう“虚構の現実”も読書と同様のパラレルワールドではある。ただこっちは読書と違って、それ自体が現実のメシの種でもあるって二重性がある訳だけど。 “他人が読むことを前提とした日記”というメタ性。同じ一日を2度描いちゃうあたりは絶対無意識じゃなくてSF的なお遊びだと思うけど、そういった現実と虚構の綯い交ぜが芸になってる。断ロリ会の例会に出席したり、ミャアちゃんにツッコまれたりとか。家族の存在を消去しちゃってるところとか。私生活の切り売りでも、私小説では出来ない漫画表現ならではの芸が随所に見られる。  それにしても著者も知らない本の売れ行きを他の出版社が把握している、っていうサラ金まがいの情報化、マーケティング志向って明らかにクリエイティヴの芽を摘んでるよね。

うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2) (詳細)

鴨川ホルモー

・「橙色のリュックサック
表紙を見ただけでも、うふふと笑ってしまう。京都在住経験者には、どこの景色が一目で知れることだろう。京大出身の作者による、京大生を主人公とする、京都が舞台の物語。葵祭のバイトに始まり、祇園祭を経て、気づけば吉田神社で奉納舞。十人の大学生が集められて挑まされるのは、大学対抗のある競技。対戦するは、京大青竜会、京産大玄武組、立命館白虎隊、龍大フェニックスの4チーム。野球でもなければ、ラグビーでもない。さて、ホルモーとはなんぞや?ホルモーがなにゆえ始まり、続くのか? 主人公達は謎の起源に迫るのでもなく、謎の解体を図るのでもない。巻き込まれて、盛り上がる。訳がわからなくても、わからないままに、続いていくもの。ホルモー自体が一つのお祭りのようなものである。伝統は続けることに意義がある、的な。奇想天外な設定に、片思いの繊細な男心の描写、リアルな生活感。妙な迫力と勢いにのまれて一気に読んだ。深くは考えないで、世界を楽しむのがお勧め。学生気分に戻りつつ、笑いながら楽しんだ末、読後に颯爽と香るは、春の青々しい楠の匂いだった。

・「“そこはかとなく”こみ上げる可笑しさ
最高にバカバカしく、読んでるうちに“そこはかとない”可笑しさがこみ上げる娯楽小説!

・「レーナウーン、レナウンレナウン
 冗談というのは、大真面目な口調で言った方が面白い。爆笑はしなかったが、4箇所で思わず「ぐふふ」と笑ってしまった。サムシングって表現とか、チョンマゲのくだりとか。 縦軸のストーリーは、大学のサークルを舞台にした単純な大学生の片思いの交錯である。しかし、このサークルが思わせぶり。京都大学青龍会?しかもホルモーって何?たいした中身がなかったら勘弁しないぞっ(学生小説ってそういうのが多いから…)て息巻いていると、ナカナカどうして。古都京都の深遠さをうかがわせる大仕掛けが次第に明らかになる。 楽しませてもらいました。

・「「無駄」にのめり込む学生の青春
最近、テレビドラマで『鹿男あをによし』ってやってるみたいですが、それの原作者が、この本の作者。

京都が舞台な点、ダメ学生が主役な点、作者が京大卒な点、作風がファンタジーチック(?)な点など、森見登美彦と比較しちゃいます。私は万城目氏の方を好きです。語彙が自然に豊富で、ところどころにあるクスグリも、こっちのほうがツボです。

ストーリーは、「ホルモー」という非現実的な競技(京都産業大、立命館、龍谷、京大が対戦)に、学生たちがふとした拍子に携わることになり、だんだんと打ち込んでいく。それだけといえばそれだけ。なんですが、何のために日々生きてくのか疑問に感じたり、それでも何かに打ち込んでみることがあったり、淡い恋があったり、そんなことを友人と話し合ってみたり、どこの若者にもありそうな風景が描かれます。懐かしさを覚えるのは、学生時代に京都にいた人だけでないはずだと思います。

主人公の友人(入学まもない1回生)いわく「僕たちがこの長い学生生活でこれから戦い続けなければならないものは、間違いなく虚無だ。いや、それは大学だけではなく、社会に出てからも、絶えず僕たちを苛むはずだ」(p.88)それでも彼らは、ホルモーや恋などのいろいろな経験をしていく。―それは必ずしも意図してやったことでなく、目的に疑問を持ってやってたり、ただ偶然やってることだったりする―そんな、一見無駄にしかみえない生活が、これはこれで学生生活謳歌してるかも的な、充足感をもたらしたりして。結局無駄なのかもしれないのですが。。あーくすぐったい。青春小説。

・「読み始めから
読み始めて数ページで、主人公が気に入ってしまいました。こんなことあんまりないことなので、一気に読んでしまいました。もちろん中身も最後までおもしろいです。特に今まで京都に住んだことのある人には、さらにお勧め。もちろん京都なんて修学旅行で行っただけって人にもお勧めです。

鴨川ホルモー (詳細)

アカペラ

・「人生とは、きっと、日常を生きているということ。
カタカナのしずかな短編が3つ。

・「生きていくことの困難さと美しさ
 さすがに、山本文緒はすごい、と思った。どの一行も丁寧に書いていて、そして、行間からそれぞれの登場人物達のどうしようもない生きていくことの困難な状況が描かれている。誰もが困難な状況を抱えているのに、でも、誰もが一生懸命で誠実である。「ソリチュード」の主人公なんか、1ページ目から自分で「駄目男」と自称しているので、本当にそうなんだろうと思っていると、途中から、色々な事情がわかってくる。「ネロリ」のココアちゃんも、バカな若い女の子だと思っていると、ラストで不意打ちに会ってしまう。 いつもながら山本文緒は油断ならない。気持ちの良い不意打ちの感動はこの人ならではの技だと思う。(「ネロリ」の最終の4行とか)。これからも、ずっと驚かせて欲しいけれど、この高さのレベルの小説を描き続けることは作者の身を削ることなのかもしれないと思うと、少し心配だったりする。

・「とても良かった
過去の山本作品を凌ぐものであると思った。これだけの作品を書いてきて、なお、新しい世界に触れることができていると思う。人間関係が希薄になったと云われる時代において、あたらしい形を模索している三つの作品。問題の提起の仕方に著者ならではの感性で切り込めているあたり、これからの作品も読み続けたいと思えた。

・「これちょっと凄くない?
 私はバッチーンとツボに入りました。「アカペラ」の残酷なラストシーン。そこまでの、踏み外してるけど健気な心の支えをパッキリ折っちゃう衝撃!「ネロリ」の、世の中の辺境で暮らすようなこころもとなさ。透明で、悲しみを突き抜けていて、でも安っぽく死んじゃうなんて考えは出てこなくて…。不自然な人間関係も、ラストで納得。読んで良かったです。 「ソリチュード」も、どう説明していいかわからないようなボンヤリしてあいまいな気分が、もやもやしたまま小説としてくっきり仕上がっています。直木賞受賞の「プラナリア」より好きかも。

・「フミオ リハビリ終了! 三篇の微妙な恋の物語
ファン待望の復帰作。店頭で表題作の冒頭を読んでみると、いつも書き出しの見事なフミオさんにしては、すっと入ってこない文章。意図的に変わった文体を試してるんだろうとは思ったものの、正直大丈夫かなと心配したんですが、読み終えてみるとはじめからもう一回読み直したくなる良い作品でした。この文体も読み終えてみると納得できるもの。この表題作「アカペラ」も含め、三作ともなかなかのレベルの作品をそろえてきてはいますが、はっきりした共通テーマのない中篇三本を並べた構成は、まだ一冊を一テーマでまとめきる体力が戻っていない証にも思われます。そういう意味ではリハビリを終えて、社会復帰第一作的な意味合いの強い作品集だと考えて良いのでしょう。最高傑作というのはさすがに言いすぎだと僕も思います。全体の共通テーマをあえて探すと、豊島ミホ的な「ちょっと変わった種類の愛情」といったらよいのかもしれません。冒頭の「アカペラ」は、崩壊しつつある家庭で、ちょっとぼけ気味の祖父に対する15歳の孫娘のつっぱしった恋愛感情を描き、二番目の「ソリチュード」は、従姉妹との恋愛関係を引き裂かれて家出した、自称「駄目な男」38歳が、憎かったはずの父が死んで里帰りをする話。三番目の「ネロリ」は、体の弱い弟にべったりの未婚の中年女性と、その弟に淡い恋心をいだく若い女の子の不思議な三角関係の話。自分とちょうど同い年の男を主人公にした「ソリチュード」が、個人的には一番好きです。

アカペラ (詳細)

さよなら渓谷

・「幼児殺害事件のお話と思ったら…!?
幼児殺害事件…。そこから隣人の過去があばかれて行く!?☆大学時代のレイプ事件の加害者と被害者という設定からして後味が悪いです。そして、人が思いもよらぬ衝撃の事実!?☆それぞれの立場からやるせない過去が告白されて行くのですが、加害者がその後も罪の意識を持っているという点では救われました。「不幸」「幸せ」とななんだろうと考えさせられます。相手を幸せに出来ない、そして相手を不幸に落とそうとする辺りからもう自分自身を不幸にさせていますよね。☆ラストは、救われるものがあったかな。☆個人的には『悪人』よりも考えされられる事が多く良かったです。

・「長い線路のような二人。
レビューを読むと賛否両論のようですが、わたしは面白く読みました。はっきりいってそれは、わたしが全くの部外者だからです。もし被害者や加害者そのどちらか、または近親者に同じ様な境遇の人がいたらそうではなかったと思います。なので、これを単純に物語として読んだ場合限定ですが、切ないな、深いなと思いました。

被害者がいくら過去を消そうと思っても、噂はずっと付いて回る。加害者は”何故あの時あんな事をしてしまったのだろう”と後悔ばかりが残る。その後の生活が平静であればあるほど、汚点となって、消すことが出来ないのはどちらの立場でも同じだと思いました。主人公・俊介は、自分の罪を一生背負って生きていくしかないし、誰といても癒されない被害者の女性はさみしかったから、なんとかして自分の居場所を見つけたかった。そういう点で、この二人の選択は、仕方がない事だった気がします。

この物語は、マイナスの二人を足して、何とか「0」にした感じがしました。でも決して「1」や「2」にならないという、つらい結末です。

・「誰かと話し合いたくなる作品
このレビューには賛否両論あるようですが、私は個人的にはすごく好きです。『悪人』のときもそうでしたが、主人公達の「心の叫び」が文章から滲みでていて、自分の心の奥をふるふると揺さぶられます。主人公ふたりが一緒に暮らしているという状況に、普通は違和感を感じてしまうのでしょうが、思わず「そんなこともあるかもしれない」と読者に思わせてしまう文章力は、さすがの一言に尽きると思います。この二人の関係を、果たして「愛」と呼べるのかということについては議論が分かれるだろうと思います。私は単純な恋愛関係や、罪悪意識、利害関係を超えたところにある、ふたりの強い「絆」を感じました。それを「愛」の一言で表現してしまっていいのか、今でもまだ答えは出ていません。また俊介の献身的な姿、かなこの揺れる心があまりに切なく、悲しく、涙がとまりませんでした。いずれにしても、この本を読んだ人とこの本についてたくさん議論したくなる、そんな作品だと思います。

・「罪と罰と幸せと
『悪人』と同様、ある犯罪をめぐる男女の出来事をややミステリー・タッチに描きながら、しかし最終的には普遍性の強い「愛」の物語へと昇華させていく手腕が凄い。あまりにも面白いので、最後まで一挙に読み終えた(『悪人』はページ数からして、さすがに一挙読みはできなかった…)。ただし、『悪人』とは異なり、物語の焦点をあまり拡散させずひたすら当事者ふたりの謎に満ちた人生へと集約し、また舞台も大きくは移動させず、ふたりが「さよなら」に至るまでの渓谷の事情をじっくりと表現している。なりゆきのように犯されてしまった罪となりゆきのようにやってくる罰があり、何の罪があるわけでもないのに受ける何らかの罰がある。そのようにしてふりかかる罪と罰を背負った人々は、どうしたら「幸せ」になれるのか。ふたりの事件に私的な興味をひかれて彼らを執拗に調べる雑誌記者の視点を借りながら、読者はこの問いを共に考えさせられることになるだろう。そして、ふたりの係わったような事件を体験したわけでもないのに、なぜか自身の「幸せ」のあり方を考えることになるだろう。それは、多くの人間が自己の性に対する多少の罪悪感を抱えており、また、誰もが幸せになりたくてでも幸せではないか、あるいは幸せだと信じきることのできない存在であるから、なんだろう。

・「ぐいぐい引き込まれました。
「悪人」が衝撃的だったので、楽しみでもありつつ、「でも二番煎じになるのでは?」と過度な期待はしていませんでしたが…、ぐいぐい引き込まれ、一気に読み上げました。幼児殺人事件をきっかけに、過去の集団レイプ事件を紐解いていく(紐解かれていく?)様は、類似した実際の事件とリンクして、読み手に 文章以上の想像力を与えます。描写力も素晴らしいですよね。私の中では、各場面の風景や家の間取り等、イメージがハッキリ出来上がりました。

もう少し長編であってもいいですね。内容の深さに対して、ちょっとまとまり過ぎた感もあります。(それだけ面白く感じたということでしょうが)

後読感がスッキリしないところも、個人的には好きです。「何が幸福で、何が不幸かなんて、他人には理解できない。当人たちも本当のところは、解らないのかも…」と、考えさせられました。私の母も読んでいましたが、「これからのあの二人の事が心配だ…」と。

ただ、書店のポスターや帯にある「どこまでも不幸になるためだけに、私たちは一緒にいなくちゃいけない…。」という文章から受ける印象は、恋愛小説っぽくも感じ、本の本質とはちょっとズレているのでは?と思います。

さよなら渓谷 (詳細)

1973年のピンボール (講談社文庫)

・「偏愛している作品
 デビュー作 風の歌をきけ と 大作 羊をめぐる冒険の合間の作品で わりと地味とという評価が多い。  話としては双子の登場、ピンボールを巡る 幾分シュールな展開もあり その後の村上春樹の世界を強く予感させる作品だ。いくつかの挿話は 結局答えが出てこないまま終わっていく。その辺のもどかしさも 既に村上らしい仕立てになっている。

・「移りゆく季節、そして小説(オリジナル装丁・第3弾)
 秋の小説です。 軽快な文体で暗いわけではないのですけれど、小説を通じて喪失感や倦怠感が重低音のように貫きます。 おもに「僕」と「鼠」の話が交差しながら進んでいくのですが、ふたりとも凍って冷たくなった原子のように凝り固まって圧迫されていきます。 現状にたしかな感覚を得られないままどんどんすべてが冬に向かっていき、ふたりとも行方を見失っていきます。「僕」は最後に大団円はずっと先のことだと語っています。たしかにそれは1983年まで待たなくてはいけないことをぼくら読者は知っています。 軽やかなスタート・ダッシュを決めたのが「風の歌を聴け」だとすればこの小説はその後の村上ワールドのターニング・ポイント的存在だといえるでしょう。物語が紡ぎだされるまでの変遷期とでもいうような。 たしかに文体も最初と最後では少し変わっていますし、村上ワールドのキーワード的きらめきが随所に蠢いています。それは最新作「アフターダーク」までつづくような。 それでは具体的にどこから変わったのか? ぼくはピンボールの挿話のあたりからだと思います。むかし「僕」が熱狂的にやっていた恋人みたいなピンボール台が象の墓場みたいなところで凍っている話。 そういえば、いまゲーム・センターでピンボールをやる人はあまりいないなあ。

 派手な仕掛けはありません。しかし人によれば、そっと心に添う小説だと思います。実際通勤途中でこの本をふたたび読んで会社をサボりたくなることがしばしば。会社なんて行ってられないね、というような。そういう意味では通勤・通学中はお勧めしません。

・「深いつながり
 村上春樹の僕三部作の二作目。今回、デビュー25周年だとかで新装丁になったのを書店で見かけ、読み直してみようと思いました。僕の中で「1973年のピンボール」は何か特殊な難解さがあり、今まで本は持っていたのですが、再読することはありませんでした。  208と209の双子の女の子。配電盤。ロストボール。そしてピンボール。難解です。

 ジェイが鼠に言ったセリフを読んだとき、霧がふっと消えるような感覚を覚えました。 「ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲め」 アフターダークで「ゆっくり歩け、たくさん水を飲め」という言葉が出てきます。広告用のチラシにも載っています。この重要なセンテンスが「1973年~」にも出てきていたのです。 最初に頭に浮かんだのが「破壊と再生」「喪失と再構築」みたいな感じでした。それが何を意味しているのかは分かりませんが、この作品の持っていた特殊な難解さの暗闇に一条の光が射した気分でした。 繋がっていると思いました。何かが繋がっていると・・・。 まだまだ熟読する必要も価値もある作品だと思いました。

・「深い繋がり
 数年前に読んだきりそれから一回も再読しなかった「1973年のピンボール」でしたが、村上春樹デビュー25周年ということで今回新装丁で再発行され、書店で見かけると、どうしても読みたくなり、ついつい買ってしまいました。 デビュー作「風の歌を聴け」と三部作最後の「羊をめぐる冒険」にはさまれるこの作品。この作品のみでの評価はとても難しいことだと思います。これに続く「羊を~」を見据えた上での作品であることは間違いありませんから。 簡単に言えば「僕」と「鼠」のパセティックな二十代の話。でも、それだけじゃない。一番気になるのがジェイが鼠に言った言葉。 「ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲め」 「アフターダーク」でもこの言葉が出てきます。「ゆっくり歩け、たくさん水を飲め」と・・・。しかも、ジョン・アーヴィングのようなリフレイン的な手法まで使って、何回か出てきます。「1973年の~」と「アフターダーク」は密接な繋がりがあるんじゃないでしょうか? この言葉の意味は?最初に思い浮かんだのは「破壊と再生」「喪失と再構築」こんな感じでした。確かなことはまだ分かりません。まだまだ熟読する必要のある作品だと思いました。 それにしても村上春樹っていう作家はどの作品を読んでもスゴイ!と思わせてくれます。読むたびに違った感慨が浮かぶ。ものすごい才能だと思います。

・「青春の虚無感
私が本作で強く惹かれた点は、青春の虚無感をずばりと言い当てている点です。青春は、いつかは終わってしまいます。おそらくそれは、20代後半になるころには、どんな人間にも残されてはいないでしょう。

登場人物の1人である「鼠」の言葉を引用します。“もちろん三十になろうが四十になろうが幾らだってビールは飲める。でも、と彼は思う、でもここで飲むビールだけは特別なんだ”

また主人公である「僕」は、大学時代にピンボールにハマるのですが、そこから何も得るもののないピンボールに多くの若い時間を費やす様も、とても虚無的だと感じました。

1973年のピンボール (講談社文庫) (詳細)

羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)

・「「風の歌を聴け」第三巻。
「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」とともに、俗に「三部作」と呼ばれる小説の3作目。前二作を先に読まないと半分も楽しめません。

「風の歌を聴け」に出てくる主人公「僕」とその親友「鼠」。この二人がとても魅力的な人物で、彼らへの思い入れこそがこの三部作を楽しむ上で最も重要になります。あの二人は文学史に残るアイドルになるかもしれない。夏目漱石の「坊ちゃん」みたいに。二人は「風の歌を聴け」で20歳前後、「1973年のピンボール」で25歳前後。「羊をめぐる冒険」で30歳となります。20歳、25歳の彼らとともに青春の苦悩を味わい、”ジェイズバー”でビールを飲み、それぞれの恋をし、バーテンの「ジェイ」と会話を楽しんだ過去があってこそ、30歳の彼らが遭遇する苦難と冒険にのめりこむことが出来るわけです。「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」に関しては、僕の場合、部分的に20回以上読み返しています。暗記している場面すらあります。小説を読み返すタイプではないんですが、この二作は別です。短いですし。

「羊をめぐる冒険」は探偵小説のように謎を追うストーリーです。探偵小説と青春小説を混ぜ合わせたような小説。ドラマチックな場面も多い。三部作の中でも特に人気の高い作品です。前二作と違って整ったストーリーと緻密なプロット、構成の巧みさをも楽しめます。特に終盤がいい。

ついでに言うと、この続編として「ダンス・ダンス・ダンス」という小説がありますが、こちらはこの「羊をめぐる冒険」に出てきた人物が中心になります。つまり人気シリーズなんですね。

・「荒野の羊
今読了したところです。素晴らしい作品でした。思いつきにすぎませんが、この「羊」はヘルマン・ヘッセの名作「荒野の狼」の「狼」とほぼ同じものを指しているような気がします。ニーチェのいう「権力意思」や「ディオニュソス的なもの」、バタイユの言う「エロティシズム」、三島の言う「死の権力意志」、コリン・ウィルソンの「絶頂体験」のような衝動です。人を聖人や革命家にもすれば、独裁者にもさせる「何か」。人をして「日常」の内に満足させず、もう一つ上の次元を求めさせずにはおかないもの。生の根拠にもなれば、個人を破滅させるような宿業的な衝動を指しているように感じました。あるいは「人が生きるはパンのみにあらず 言葉にもよる。」の「言葉」のようなものかもしれません。また、ヘッセの「狼」とは別の要素、日本の近代における周辺異民族への侵略という要素も関係する物のようでもあります。いずれにせよ、この「羊」は村上春樹の思想と表現の核心にあるものだと思います。

・「再読するほどに味わいが出てくる作品です
 この「羊をめぐる冒険」では、「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」では詳しく描かれなかった、主人公「ぼく」と友人「鼠」の性格や特徴が詳細に書かれ、物語としても引き込まれる仕立てとなっています。

 まるで、音楽を聴くかのように、小説の言葉がはいってきます。

 羊探しの旅のなかで発見する、様々な出来事。それぞれが紡ぎあい小説を、深く味わいのあるものに仕立てています。

・「多分、深い!
すごい作品です。村上氏の作品は全てまだ読破していませんが、いままで読んだ中で、一番好きです。よくわからなかった所もありますが、深いコメントが、ところどころにちりばめられています。読んだあと、車で夜、逗子のあたりのバーへ入って、ピーナツと葡萄ジュースが飲みたくなりました。

・「おもろいで(笑
やっぱり村上春樹さんの本でした。風景の描写でのあの文章の静けさはとっても心に浸透していきます。いままでの本とこの本との似ている雰囲気があり、この作者はよくここまで自分のまっすぐな所を文字にし何年間も維持することができるのだなと感心と共に改めて村上さんのすばらしさに一段と惹きつけられました。

羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫) (詳細)

切羽へ

・「ひたすら美しい
島という閉鎖的な空間を舞台に、詩情に満ちた文章で綴った、絵画の様な恋愛小説。 島に赴任してきた音楽教諭・石和への女性養護教諭・セイの片想い、妻帯の「本土さん」と月江の不倫、その月江の石和への恋慕。 それぞれの叶わぬ想いが、炭鉱を掘削する突端であり、貫通すれば消滅する切羽をメタファーとして流麗に描かれている。

特記すべきは、文中で「二刀流」と形容されている方言と標準語の使い分けで、前者は情念を、後者は現実を表象しているかの様にも思えた。 この言葉による試みも、この作品を極上のアートへ引き上げるのに大きく寄与している。

私には、この作品は大衆文学の直木賞よりは、むしろ純文学の芥川賞の方が相応な感じすらした。

・「これは、確かに…
直木賞受賞作といってもよく面白くない作品もあるけどこれは確かに面白かった

読み終えて、う〜んと唸ってしまうような…小説としていちばん難しいところを進んでいっているような…色々な事件が起こる作品は意外に書きやすいと思うけどこのような作品は本当に力とセンスがないと書けないと思った一読の価値は絶対にある

・「誰もが口にしないが知っている秘密
 離島の日常である。絵描きの夫と静かに幸せに暮らす養護教諭である。官能小説にも恋愛小説にもなりようもない設定である。寿命の尽きそうなばあさんが、淫夢を見ているらしいということが、大事件のように囁かれてしまう平穏な離島である。 そんな小説世界なのに、非常にエロチックで、たまらなく緊張感のある恋愛小説である。物理的にはほとんど何も起こらない。手さえ握り合わない。だがセイと石和は、間違いなく惹かれ合っている。周囲の何人かも、確実にそのことに気がついている。気づきながら誰も言葉にしない。 独白も解説もなくそんな様子を描ききっている。もしも何かが起こってしまったら、とたんにつまらない小説になってしまったかもしれない。ひょっとしたら、すべての女性が一つは持っているに違いない秘密を、言葉少なに描ききっている。

・「トンネルでの位置
結婚していても、心の中に他の人を忍ばせているのは珍しくはない。一線を越えて不倫にはいたらず何も起こらないからこそ、うつくしさを感じる。踏みとどめる存在として夫の存在がおおきい。夫に誠実でありたいという理性の勝利の物語だ。

・「久々に“美しい”と思える恋愛小説でした
夫を深く愛しているからこその物語だと思う。それでも普段隠れている自分のどこかが、夫とは違うものに惹かれ、どうしようもない想いにとらわれて行くのもよくわかる。単調な島の生活の中で、その刺激的な想いは主人公の内で強くなっていくのだけれど、その合間にも描かれる夫との馴れ初めや日常生活が、夫への愛の深さを再確認しているようにも思う。

そうして淡々と描かれて行く物語は、強烈ではないけれども、美しい印象を残してくれた。愛というものの深さ、恋というものの切なさ。荒野さんの小説は、文体や漢字の分量も美しく感じられる。

余計ではありますが、その昔、純愛物だからと「マディソン郡の橋」を薦められて読んで、憤慨した私のような者には、「切羽へ」は、涙が出るくらいの純愛小説でした。

切羽へ (詳細)

しかたのない水 (新潮文庫)

・「塩素の匂いがただようリアルさ
井上荒野さんの連作短編小説集です。とあるスポーツジムにかかわる人間群像を描いた作品です。卓越した文章力を使い、短編小説ごとに違う登場人物をかき分けていました。大江健三郎の文体で、夢見がちな初老の男性を描いたり、芥川賞作家の文章スタイルで、現代人の心の病巣を突いたり。その一方で、メロドラマの王道のような一篇があったり。と、文体の変化と人間分析のたくましさで、飽きさせられなかったです。

・「小説のテクニックを見せつける連作短篇
 メリーゴーランドのように、脇にいた人物がつぎつぎと主役と入れ替わっていく。それは見事なつくりだと思う。しかし、おもしろいんだけど、感動には至らない。 ちょうど、西洋庭園の中にいるような馴染めない感覚が残る。きれいなんだけど、あまりに人工的なつくりにしっくりこないような。精神の病を抱えているような主人公と野次馬根性旺盛な脇役たち。このシチュエーション自体型にはまりすぎているからかもしれない。

しかたのない水 (新潮文庫) (詳細)

ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫)

・「キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の世界の常識
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の世界の常識が取り上げられています。日本では、カルトがおこす事件以外は、宗教や宗教対立の問題について意識していることはまれであると思います。ひとたび外国に行けば、いかに宗教が現地の人の中で生きているかということに気がつくと思います。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教が一神教であるが故に引き起こすことがらについて、知っておくべきことが多く書かれています。宗教的な点では日本人の常識は世界の非常識であるということが本書でよくわかります。意外なことにユダヤ教が宗教や文化の多元主義を認めるなどの重要な証言が含まれています。

・「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の対立を分かりやすく説明
  本来、人を救うべき宗教が、何故かお互いに反目し、殺しあってしまう。この現実が各々の宗教原則と反目しないのかが長年の私の疑問であった。本書は、著者による各々の代弁者へのインタビューを中心に展開する。そもそもの原因が、各々の宗教の起源に内在するということを理解した。  インタビューを通して著者は、ニュートラルなスタンスでかなり突っ込んだ質問をしている。ここに著者のジャーナリストとしての真摯な姿勢を感じた。

・「日本人が疎い世界の宗教の常識を知る良著
私自身、正月は神社に参拝し、結婚式はキリスト式に、葬式は仏教で.という宗教感覚に乏しい典型的な日本人であるが、そのような素人にも非常に解り易く一神教の歴史・主張を説いてくれている名著。正直、今までの自分の無知を恥じると共に目から鱗が落ちました。ありがとう、井沢センセイ!

・「見えなかったコトが見えてくる
目から鱗とは、このことでしょう。今まで理解できなかった事が、解らなかった事が明確になり、見えなかったコトが見えてきました。それぞれの立場の人たちとの対談は、興味深かったです。また、圧倒されたのは、本の最後に紹介された友人からのメール。ここでは書きませんが、興味のある方は読んで見てください。絶対お薦めの1冊です。

・「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の相違点、共通点
第一部には、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教がどうのようにして生まれたかが書いてあるが、これが非常にわかりやすい。

第二部では、著者が各宗教の代弁者にインタビューを行っているが、著者の質問の仕方がうまく、代弁者もそれに真摯に答えているので、それぞれの言い分がよく判る。個人的な意見としては、懐の深さが一番足りないのはキリスト教のような気がする。

ユダヤ教・キリスト教に共通点が多く、イスラム教はそれらに比べるてかなり異質なものだと思っていたが、三位一体の否定はユダヤ教・イスラム教で共通するといった風に、そう単純でないこともよく判った。良書。

ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫) (詳細)

羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)

・「再読するほどに味わいが出てくる作品です
 この「羊をめぐる冒険」では、「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」では詳しく描かれなかった、主人公「ぼく」と友人「鼠」の性格や特徴が詳細に書かれ、物語としても引き込まれる仕立てとなっています。

 まるで、音楽を聴くかのように、小説の言葉がはいってきます。

 羊探しの旅のなかで発見する、様々な出来事。それぞれが紡ぎあい小説を、深く味わいのあるものに仕立てています。

・「切ない。
はっきり言って、最初読んだ時は結末の意外さに衝撃を受けました。「風の歌を聴け」との矛盾が多少あるのが残念ですが、それを考慮しても素晴らしい作品だと思います。

・「荒ぶる羊
この「羊」はヘッセの描く荒野の「狼」だと思う。日常とは別の次元に人を高めもすれば突き落しもするもの。聖痕を与えるもの。偉大な宗教開祖や革命家、凶悪な独裁者に共通するもの。三島由紀夫や全共闘の学生達に憑依したもの。「荒ぶる神」のようなもの。「先生」の祖先はこのアイヌの羊飼い青年なのだろう。

・「奇妙で、おもしろい。そして、せつない。
と、いうのは糸井重里のマザー3のコピーですが、まさにこれが本作を言い当てている言葉と言えるでしょう。

上巻では、“奇妙で、おもしろい”小説でしたが、下巻にはいると“そして、せつない”が加わります。

ネタバレになってしまうので、詳しくは言いませんが、ラストは涙なしには、読めませんでした。

・「村上ワールドの発展
 「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」に続く、「僕」三部作の終焉。これらの三つの作品を見てみると、よく言われている「村上ワールド」の軌跡が見て取れます。段階的に村上春樹の特徴とも言える、異界との接触というものが確立されていきます。(初めて村上さんの作品を読むのならこの3作から入るのをお勧めします。) 「羊をめぐる冒険」はそういった点で、村上春樹の方向性をしっかりと決めた作品なのではないでしょうか?純文学でありながら、ファンタジー的な要素を盛り込んでいくという。そして、多くのメタファーと示唆に富んだ作品へと進む村上春樹の傑作であると僕は思います。 そして、その方向は「羊を~」の続編「ダンス・ダンス・ダンス」である形でのゴールを迎えているような感じです。 しかし、この「羊をめぐる冒険」での「羊男」や「いるかホテル」など象徴的な存在を巧くメタフォリカルに書き出す力には圧倒されます。 文学は解釈のしようだということもありますが、多くの人を楽しませ、考えさせる村上春樹と言う作家は現在の文学界にはなくてはならない存在なのでしょう。

羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫) (詳細)

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)

・「アフリカ、格好の入門書
 例の名作『カラシニコフ』をものした元朝日のジャーナリスト(少し前に退社していたらしい)が描く、現代アフリカのスケッチ。もともと紙面で連載されていたときに目にしていたのだが、本書ではそれ以降の動きを加筆してある。 所謂「失敗国家」で目白押しのアフリカ。そのような低い評価は、西欧的価値観による「レイシスト」的な評価にすぎないと、アフリカの為政者たちは自己正当化をしてはばからない。そのようなアフリカ側の反発は、どうやらアフリカ人特有の部族優先主義が原因のようで、自らが所属する部族の利益を最優先することが、部族の長には求められるのだという。ジンバブエのムガベは白人農場を暴力的に接収したし、ナイジェリアのビアフラ内戦から、最近の「優等生」ケニヤの部族紛争まで、この部族を重んじる価値観は根が深そうである。 歌舞伎町にいるアフリカ人の多くがビアフラ系のナイジェリア人だとは知らなかった。主流の部族から日本に来ている者は、一人もいないらしい。 アフリカで会社を営む日本人のことについても触れられていて、目配りも良い。昨今流行の「社会起業家」のはしりであろうか。 新書という紙数の限られた媒体で、アフリカという広大な地域について紹介するというのも大変な苦労を強いられそうだが、浅く広くという感じで面白く読めた。文章も、流石というか、大変読みやすい。もっと本格的にアフリカを知りたい、という気にさせてくれる。

・「食べること、それは近くて遠いことなのです。
松本さんの本は、「空はアフリカ色」から始まり、 「アフリカを食べる」 、「アフリカで寝る」となかなか知られていないアフリカの紹介で、現地の様子を楽しく興味深く読ませていただきました。本書は現在アフリカで起こっている深刻な社会問題に関してルポルタージュしています。著者は長年に亘ってアフリカとのかかわりを持ち、その過程でアフリカを心底から愛するからこそ、こういった問題提起を行い世間に知らしめようとしていると思います。発展途上国への支援として、物資や単にお金を出したらよいだけとか、インフラ整備や設備を提供しただけでは、抜本的にはクローズしないことがよく分かります。その後のフォローアップが最も大切であることを再認識しました。そういった中で、アフリカに根を張り、コツコツとがんばり続けている人々がいらっしゃり、深い感銘を受けました。反面、国際援助という名目だけで、実態は人材や物資などを自国で賄い、国益に還元している国などがあります。庶民に衣食住、少なくとも食べることができる環境を提供することが、如何に近くて遠いことなのかということを深く考えさせられました。

・「アフリカで何が起きているのか
豊富な資源が開発されているにもかかわらず、なぜいつまでたっても貧しいままなのか。ジャーナリストとしてアフリカを見てきた著者がその現状を報告する。政府の腐敗。国民を食い物にして私腹を肥やす指導者。搾取され続ける貧困層の人々の生活。世界に注目されたアフリカ市場の動き。政府があてにならない状況で、それでも自立を目指して奮闘する市民の姿。そしてそんな今、われわれがするべき本当の援助とは?「国の独立」から「人々の自立」への流れを、生の声を交えながら、余すことなく描き出す。最後に希望と課題を示すことで読後感も大変良い。予備知識がなくても読める、素晴らしいアフリカ入門書と言える。

・「暗澹たる世界でも希望の灯も見える最終章にホッとする。本当の"援助"の意味を教わった。
日本のニュース番組ではアフリカのことは殆ど取り上げられませんので、現地ではいったいどうなっているのか、ということが良く分からない人が多いのではないでしょうか。かく言う私のそんな「良く分からない人」のうちの一人です。そこで本書を読んでみましたが、想像以上の世界でした。本書ではジンバブエ・南アフリカ共和国・アンゴラ・ケニア・ウガンダ・セネガル・ナイジェリアなど10カ国の実情がレポートされていますが、他の国も同様な病理を抱えているそうです。独立後に腐敗する政治システム、そんな中で希望を失った民衆の行動、そういう混沌の世界に乗り込んでくる外国人(主に石油メジャー & 中国人)、そしてそんな暗澹たる世界にも広がりを見せつつある人々の自立(それを支える日本人の例も)。。。読み応えがありました。(「ルポ貧困大国アメリカ」や中国の現状に関する本も併せて読むと、「国家って一体なんだろう?」と思わざるを得ません)本書の「人々の自立」に関する最後の2章を読むと「魚を与えるより魚を捕まえ方を教えよ」という教えを思い出しました。「がんばって働けばいい暮らしが出来るという励み、働く励みになるものを、目に見える形で示すことが大切だ」という日本人社長の言葉は、何もアフリカに限らず、日本でも当てはまりますね。

・「なんとも悩ましい問題
あまり日本のメディアに登場することのない、アフリカ諸国の現状を垣間見せてくれる傑作ルポルタージュ。取り上げられるのはジンバブエやスーダンといった問題国家から、世界一治安が悪いとすら言われる南アフリカ、日本人がほとんど知らないナイジェリア、アンゴラなど。どれもあまり情報がない国ばかりのため知的好奇心を掻き立てられるし、文章自体も非常に読み応えがある。

本書の特徴、それは視点が非常にフラットであること。ヨーロッパの植民地政策がアフリカの諸問題の根源になっていることは認めつつ、アフリカ人自身の腐敗も同時に糾弾する。だが、国際政治の舞台でそういった問題を指摘すると、「レイシズム」の一言で片付けられてしまうという、アフリカならではの問題もあるという。読めば読むほど、なんとも悩ましい気分になってしまう。

また、本書でもう一つ興味深いのが、たまにメディアでも取り上げられる「アフリカに進出する中国人」の問題。アフリカに影響力を持ちたい中国の国策があるとしても、行きたいと思う中国人がいるからこそ進出が進むわけで、彼らがいったいどんな思いを持ってアフリカまで来ているのか、非常に気になるところだった。本書はそのあたりも丁寧に取り上げられており、彼らの苦闘や苦悩、中国人社会の不思議さがよくわかる。

もっとも、救いのない話ばかりではない。最終章では、必死に活動を続ける人たちの話が取り上げられる。そんな苦闘を続ける人々がアフリカにいるということを、ぜひ本書で知ってほしい。

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書) (詳細)

八日目の蝉

・「すべてを捨てても、だた一つ大切なものを守りたい強さ
不倫相手の赤ん坊を誘拐して逃げる女。どうしようもない男のために人生棒に振ってバカだな・・・と、どこか冷めた視点で読んでいたのですが。中盤、追い詰められて、迷うことなくなにもかも捨てて逃げ出そうとするところでなぜか、不意に泣けてきました。ほんと突然に、何かが私の中で弾けたように。その後も、ずっと、心を揺さぶられるというか。(陳腐な表現しかでない自分がもどかしい)

もしかしたら私が今現在、女で、小さな子供がいて、夫がいて、住むところがあって、平穏に暮らしていられるからかもしれません。そんな平凡な日常を、どんなに願っても手に入れることのできない主人公の、「ただこの子と一緒にいられるだけでいい」という強い思いと行動は、私に何かを訴えてくるのです。主人公は犯罪を犯し、身勝手な行動で周りを不幸に巻き込んでいるのだとしても、とりあえずそれは置いといて、今この瞬間の、二人の幸せが続いたらいいのに、と思わせます。

捨てられないものだらけなのに、持っているものの大切さも理解していない。そんな自分に気づかされた一冊です。

・「ラストが素敵!
ようやく地上に出てきたと思ったらたった7日で命を終えてしまう蝉。 もし、自分だけが8日目も生きていたら・・・・。 他の仲間が見ることが出来なかったモノを見ることができたと喜ぶか、もしくは、自分だけ生き残ってしまったことを悲しむか・・・。 決して簡単に答えられることではないように思う。

両親の愛情をたっぷり受けて育つこと、 それってかけがえのない幸せだと思うけれど、 でも、血の繋がった両親がいないことが必ずしも不幸だとは 言い切れないとも思う・・・。

薫の両親には何だかイラつきばかりが残る。 確かに数年ぶりに我が子が戻ってきても戸惑うだろう。でも、もう少し愛情を注ぐことが出来たのではないかと思えてならない。もともとが夫の不倫から始まっているということがこの夫婦を私が受け入れることができなかった要因だと思う。夫の不倫相手に嫌がらせをする妻というのも何だか醜く見えてしまうし・・・・。

読了後、この本を読みながら、 私はずっと希和子を応援していたことに気づかされた。 彼女のしたことは犯罪以外の何物でもないけれど、 でも彼女と薫の幸せを願わずにはいられなかった。 幸せな時間をありがとう、という言葉は、 確かに的外れなものだけれど、 でも、あの時間がこれからも希和子を支えていくのだろうと思う。 「どうして私だったのか?」という薫の思いは最もだと思う。彼女は犠牲者・被害者以外の何物でもないのだから。ごく普通に生きることすらできなかった彼女・・・。でも、未来は明るいものであって欲しい。

爽やかで逞しさを感じさせるラストが素敵。

・「泣ける
この本を読み終えた時、泣いていた。べつにどの登場人物に共感するわけでもないし同じような体験をした人もいない。妊娠もしていないし、堕胎もしていない。内容的には辛辣な部分が多くある。しかし何故だが、読み終えた時とても優しくせつない気持ちになるのだ。角田光代さんは、全作品通して言いたい事は同じような事に思える。女同士の友情、母親への懸念、めぐりくる立場の変化、家庭、主婦、そういったものだ。この作者の作品で「彼女のこんだて帖」という、ほぼ自分のエッセイも混じっているのかもしれないと思わしき母親への気持ちを、料理という題材を使って書いたものがある。それと同じように、この八日目の蝉でも、「家庭の味」「料理」といったものがリアルに描かれている。彼女の書く文章や人と人とのやりとりには温度があるのだ。じめっとした、女同士の閉ざされた世界で守る永遠の処女性のようなもの。それを尊く思う気持ちと毛嫌いする気持ちが混在するのは何も少女に限った事ではない。大人になってもなお、それをひきずったまま殻から出られない女性を書かせたらこの人の右に出る者はいない。この本はミステリー仕立て(謎はないのだが)になっていて、先が気になりどんどん読み進めていく事ができる。そして最後にはやりきれないせつなさとほっこりした優しさ暖かさ、そして失ってしまったものへの憧れなどを感じられるだろう。みんなが未来に向かって歩き出そうとしている終わり方もいい。

・「悲劇をこえて、たくましく生きる女たち
不倫相手の子どもを誘拐し何年も一緒に暮らした主人公は、どう見ても愚かです。でも、彼女を笑うことなどとてもできませんでした。子どもを愛しく思う気持ちは本物だったと思うから。逃亡生活の、とくに新興宗教施設での暮しぶりのリアリティに驚きました。こういう施設の是非はともかく、どこにも行き場のない女性たちにとって必要なのだろうし、今もこういう場は日本のどこかにきっとあるに違いありません。行き場のない弱い女たちの寂しさとたくましさ明るさ、助け合いに、胸を打たれました。どんなことがあっても人は女は生きていくしかないし、生きていけるのだと。

逃亡生活は、いつか終わりがくる予感のなかで、だからこそ一瞬一瞬がせつなく尊く感じられ、この偽母子の暮らしがどうか少しでも長く続きますようにと願わずにいられませんでした。救いようのない悲しい話をこんな風に明るくたくましく描く角田さんの力と眼差しに、感服です。女は弱いけど強い。愚かだけど豊かだ。「八日目の蝉」という意味にも、ぐっときました。

・「引き込まれました。
最近では「薄闇シルエット」も良かったのですが、これはさらに良かったです。ぐいぐいと引き込まれ、つい最後まで読まされる本。一つひとつの事件の背景にあるそれぞれの事情や思いについても考えさせられます。誰が、何が正しいのかはわかりませんが、そんなもどかしさも丁寧に描かれていて満足しました。大変読みやすい構成で、テンポも良くオススメです。

八日目の蝉 (詳細)

死海のほとり (新潮文庫)

・「もっとも遠藤らしい?
「もっとも遠藤らしい」と言われる作品です。

「巡礼」と「群像」が交錯する物語で、「巡礼」は聖書学者である「わたし」がイェルサレムを訪れ、イエスの足跡を追う構成であり、「群像」ではイエスの一生が描かれている。イエスから逃れ、忘れようとし、信仰を棄てようとしても、そうすることができない現代に生きる「わたし」と、イエスと同時代に生きるひとびとを描く。これほどまでに人間をイエスの元にとどめておくモノは何なのか--が遠藤のメッセージだと思う。

・「人間の弱さを淡々と語る優しく切ないストーリー
キリスト教の人間でなくても、「イエス」という存在には、何かしら救いを期待しているのではいないだろうか?本書は、それを覆す。誰よりも、何よりも人間らしい、弱くも愚かで不器用なイエスの生き方と、間にはさまる主人公の心の揺れ方には、胸を貫く鋭さがある。難しいことなど何も言ってはいないし、問題提起もない。ただ、語るだけなのにこの本は人の心を鮮やかに書き描く。はっきり言って、あまりにもみじめなイエスの姿が読むにつれ、辛くなってくる。まるで自分の心の中の深淵があばかれるような恐怖が音をたてて、「救い」を否定してくる。それでも、ページをめくるのを止められない。それだけの力を秘めた、恐るべき遠藤氏の筆舌に圧倒されるばかりだ。

・「ただ寄り添うだけでも。
 医療者として働いている時に、もうどうにも手の尽しようのない患者とあたり、ただただ無力感に打ちのめされる時がある。そんな時、自分がただただ汚らしい、無力な、小さな子供のような存在に思えてくる。 そんな私のような医療者でも、、、。結末の部分を読むと、こんなふうに苦しむ人々により添うだけでも意味があるのかなと思えた。

・「いつまでも本棚に
何年か経って,ふと本棚に見つけ,夕暮れの中でまた読み返す。もう結末を知っているのに,最後のページでまた目頭を押さえる。そんな本です。

・「人間イエスキリスト
~この本は、現代と2000年前のキリスト生存の時期とか交互に描かれている。この作品中のイエスキリストは、「神の子」としてよりも、人間イエスとして描かれている。弟子達が離れて行ったり、過酷な状況にひたすら耐えつつもとても苦しんでいる一人の人間として描かれている。私はイエスキリストというと、やはり雲の上の存在で、遠い様な気がしていたけれ~~どこの本を読んで、人間としてこの世に生まれたキリストが、どんなに辛い思いをしたか?とか、とても寂しい思いをしたという事によって、更に近い者として感じられるようになったのがとてもプラスになった。一生の本と呼べる一冊となった。~

死海のほとり (新潮文庫) (詳細)

静かな爆弾

・「音のない世界が炙り出す、話し言葉と書き言葉の差異
 話し言葉っていうものは甘えや傲慢さを含んでいるものなのだと、この小説は教えてくれる。話し言葉には書き言葉にはないニュアンス、情報量が含まれていている。その“ニュアンス”を含めることが出来ない書き言葉であるメールの文章は、時に誤読を生む(顔文字はニュアンスを補完するための苦肉の策だ)。この小説の主人公の彼女、響子はしゃべることが出来ない(それにしても、この“響”という言葉は小説のテーマを象徴している)。主人公は、話し言葉、声、音といった情報が当たり前に存在する世界に暮らしていて、音のない世界に住む響子とのディスコミュニケーションに戸惑い、驚き、恐れを覚える。そして、響子と出会う前の日常が、いかにニュアンスに甘えたものであるのかを知る。まぁ、この小説の面白さは、話し言葉−書き言葉=ニュアンスあるいはノイズっていうものが、いかに豊かな情報であり、それを書き言葉、言語、文学に盛り込むことがどれだけ困難な作業であるかってことを、炙り出した点にあるんだと思うけど。ホットな話し言葉とクールな書き言葉は、まったく別のツールである、っていう。 それともうひとつ、響子が野良猫にハムを与える行為を、主人公は最初「偽善的」って捉えるんだけど、響子自身は「もしかしたらこの猫、神様かもしれない」って捉えている、そのコンテクストの差異。主人公はそれを「施してやる」「施させてもらう」って言葉に整理しているんだけど、これもニュアンスに頼って一方的に押し付けるのか、逆に少ない情報量からいかに相手の感情、表情を読み取るのかっていう、Push的なコミュニケーションとPull的なコミュニケーションの考え方の対置、相違を示しているんじゃないかな。 主人公は響子の世界を徐々に理解していくんだけど、小説の後半、仕事で自分しか見えなくなった主人公に甘えと傲慢さが芽生え、響子という存在を失ってしまう。結末はお楽しみだ。

・「「悪人」以前、「悪人」以後
公園での女性との出会いのシーンから、芥川賞受賞作「パーク・ライフ」を思い出す。が、しかしその後、大切に積み重ねられて行く二人の時間の描写は、「悪人」以前にはなかった体温が感じられた。彼女の耳が聞こえないという設定により、二人の間に不用意な言葉のやりとりはない。メモ帳を介しての一言一言が、これまでの人との付き合いでは感じられなかったほどに重い。音を全く排除した結果、吟味された言葉でのみ繋がっている関係性の純粋さと、社会的関係に頼らないことの不確かさが、浮かび上がる。やはり「悪人」以後、舞台を都会に戻しても、以前のような乾いた作風ではなくなっている。人と人のつながりの不確かさを書きながら、しかし、繋いだ手を離さないぞという必死さを見せる主人公に、何となく作者の実生活を想像してしまうような純愛小説。

・「春に住む
内容は、少々難解だ。まず、音の無い世界の不思議さに酔える。公園での激しい喧噪と、満開の桜の美しさという、両極端のものが同居し得る、という幻想性がある。

そして、野良猫に食べ物を与える、という、何気ない下りから、話題が神にまで及ぶのには驚かされた。この、神にまで言及するエピソードは、作品全体に、一定の意味を持たせている。

作品は、耳の不自由な女性との純愛や、番組制作のための海外取材を題材にしている。しかし、本質的な部分は、別次元のところにある。それは、目的意識の脆弱性だとも考える。

人の行動は、何らかの目的意識に、突き動かされて成される。そして、脇目もふらずに、それを遂行する過程で、目的意識が揺らぎ、いつの間にか、他の目的意識が成熟する。これは、番組取材の成功と、この物語の結末部分を読むと、なるほどと思う。

無音の世界の幻想の中で、人の心理のひたむきさを感じる。そして、出来るなら、春に住みたい。

・「大丈夫が大丈夫じゃなくなる瞬間
最初この主人公がどうにも厭な男で、なかなか作品に入ってゆけなかった。タイトルにある「静かな爆弾」は主人公の彼女響子の耳が不自由だからだと思いながら読んでいたら、いきなりこの作品に落とされた。主人公が知っていたのに関心を持たないことにしていたことに気付く感覚が、こちらに伝染するのだ。大丈夫だと思えない気持ちの行方が心を揺さぶる本だった

・「シンミリせつないです。
★公園で出会った耳の聞こえない女性と新聞記者との純恋愛小説です。★煩雑な新聞記者の彼と音のない世界で暮らす彼女の生活自体がとても対比的に描かれています。★一見して傍目から見れば2人の生活は、静かで穏やかそのものなのですが…。耳が聞こえ音がある生活になれている者にとって静の世界は、やはり気付かぬ内にとまどう部分も多く。もちろん彼女もそんな彼に内の心に気付いてゆくのが、シンミリと伝わって来ます。★離れてみて初めてその存在の偉大さに気付くことがある。それをシミジミと教えてくれるお話だと思います。それが物語で出て来る神様的な存在なのでしょうね。

静かな爆弾 (詳細)

テンペスト 上 若夏の巻

・「めくるページが段々と速くなる(笑)、一気呵成のエンタテインメント!
「シャングリ・ラ」で読書人たちを唸らせた池上永一、今作もまた負けず劣らずの傑作、筒井康隆に北上次郎、文壇界と書評界の御大が本の帯で絶賛するのも納得の、手に汗握り、熱い魂を感じながらの疾風怒涛の426ページだ。時は19世紀の琉球王朝、これは、千年の眠りから醒めた龍たちが、雷となって大空を疾駆しながら発情する夜に生まれた伝説の女性真鶴の物語。百花繚乱、絢爛豪華、艶やかな舞台を司るキャラクターたちが実に素晴らしい。真鶴はもちろん、朝薫、詞勇、雅博、多嘉良、聞得大君、麻真譲と正に千両役者に魑魅魍魎が揃い、物語を動かす。待ち構える驚くべき真実、謀略、思慕、活劇。薫りたつロマンティシズム、そこはかとない色気、冴え渡る知慮。これもまた紛れもなく冒険小説、若き血潮の青春小説、そして正真正銘の大エンタテインメント!阿片戦争後、清国への列強の脅威と薩摩の干渉が強まる中、生き残りと自主独立、かって隆盛を極めた琉球王国を復興を賭けた者たちの、熱い思いと信念が伝わってくる。文学でありながら、チャン・イーモウ映画の爛熟な歴史絵巻劇を想起させるし、世にも美しい男装者と女装の踊り子たちの絡み合いが宝塚歌劇のようでもあり、登場人物たちにより詠まれる琉歌が、まるでオペラの如き情感を醸し出す。男として生きる事を受け入れた真鶴の、その凛々しさと高潔さ、高邁な精神と、時折垣間見える女らしさ、健気さ、愛しさに涙、涙。一刻も早く後編へと進みたい衝動に駆られる事確実、秋の夜長のお供として格好の1冊と言っておきたい。

・「宣伝文句に偽りなし
面白い。とにかく面白い。ちょっとした暇つぶしのつもりで読み始めたもののページをめくる手は止まらず、上下巻850ページ一気読み。友人との約束を一つすっ飛ばしてしまいました。

多少の誇張が含まれてるものと、宣伝文句は眉に唾つけて接してますが、この本に関しては嘘偽りなしの100%保証つきですよ。

・「堅苦しい歴史小説を期待している人は読まない方がいい
 話題の本だし、とりあえず上巻だけ読んでみるか、と安易な気持ちで買ってみたら面白すぎてすぐに下巻が欲しくなってしまった、個人的にとても厄介な作品です。

 普段ファンタジーものをよく読む人にはすんなり入っていけると思う。キャラクターもいちいち魅力的で、彼らの人生に引きずり込まれること間違いなしです。ヒロインはなんでもできるスーパーウーマンなんだけど、なぜか嫌みじゃなくて、応援したくなるから不思議だ。彼女の恋の行方も気になるところ。

 逆に歴史小説が大好きで、「小説っていうものは難しい文章でなければならない」「ファンタジーなんて子供だましで大人の読むものではない」「ライトノベルは本じゃない」などと思っている人には不向きな作品です。レビューで低評価をしているのはそんな人なのでは。こればっかりは好みの問題なのでどっちがいいとか悪いとかじゃないですが。

 確かに文章はまったく堅苦しくなく、歴史っぽい世界観なのにカタカナも平気で出てきますし、最初は違和感あったんですが、物語のスピード感がすごいのですぐに気にならなくなります。私は、沖縄には全然興味なかったんですが、これを読んで興味を持ちましたね。今まであまり見たことのない独特の世界観に惹きつけられる。

 若い女性が主人公ということで、おじさん向けじゃないかな。(作者は男性ですが)女性が読んでも妙な男性くささを感じず、そこには少しも違和感がない。女性登場人物も男性登場人物も、ヒーローも悪役も、いずれも魅力的。映像化になっても面白いんじゃないかな。。

「文章が軽すぎ」「ご都合主義」「ファンタジーは低俗」とのたまう方は他の小説を読んでください。 男装の麗人、華やかな王宮絵巻、初々しく切ない恋模様、どうしても続きが気になるストーリー、軽妙な語り口……を求めている読者にはぴったりの小説です。

・「嵐の中でつい立ち止まってしまいます
 とにかく先が気になりどんどん読み進みたいと思う一方で,文章から伝わってくる光景の美しさ・人物のおもしろさについ立ち止まって余韻に浸ってしまい,なかなか先に進めない・・・そういうジレンマに陥りながら,結局上下巻を一気に読んでしまいました. 立ち止まったところで読み返してしまうので,上下で約8時間程かかったかと思います.

 心にひっかかりを感じることも途中でありましたが,それは1つには自分が現代に生きる女性だからではないかと思います.この違和感について考えることもまた楽しみの一つです.

 正直,写真で首里城を見たことがある程度で琉球に対するなんの予備知識もなく読んだことを少し後悔しています.実際にみたことがあり,空気に触れたことがあればもっと楽しめたかもしれません. このようなすばらしい小説の土壌となった琉球に感謝と尊敬の念を抱きました.

・「読み手で感想が分かれるのはうなずける。私は面白かった。
新聞広告で読んだ時は大人向けの歴史物だと思ったのだか、読んでみればこれは若い人向きかなと思った。読む人によっては歴史を面白おかしく脚色していていい評価をしないかもしれないが、物語としては面白い。

沖縄の歴史を殆ど知らないで読んだのだが、とれもわかりやすく書いてある。読み始めは、登場人物の身分の琉球表記がなじまなかったが、挟み込みの「主な登場人物」「用語一覧」を見ながら読み進めるうちに慣れてくる。

昨年の大河ドラマ「篤姫」と同じ時代なので登場人物に関連性があってへぇ〜と思うところもあった。

最後は死んで終わりかなと思ったら陳腐といわれてしまうかもしれないがヒロインが幸せになるところで終わる。肝心の息子は最後どうなるの?と思いはしたが、読み終わりは悪くなかった。

沖縄が好きで何度も行っているがこの本を読んだ後は地名や名所を違った目で見ることができそうだと思った。

テンペスト 上 若夏の巻 (詳細)

テンペスト 下 花風の巻

・「「ページを繰る手が止まらない」は、掛け値なしかもしれない
著者は沖縄那覇出身、石垣島在住である。これまで沖縄、琉球を題材に、ファンタジー大賞を受賞した「バガージマヌパナス」などの話題作を発表してきた。著者の魅力は、何というか、突き抜けたように明るい「土着性」とでもいおうか。土着というと暗さを連想しがちだが、著者の描く沖縄は、独特のファンタジアであり、たとえば東北あたりの土着性とは完全に一線を画す。

「テンペスト」は琉球王朝時代の物語。これが、とにかく面白い。スイスイと読みやすい面白さではなく、急流を流れ下るようなダイナミズムが満ちあふれている。わくわく感、どきどき感、てんこ盛りだ。

書店などに行くと、そうそうたる評論家、作家の「推薦文」がずらり。よくぞまあ、ここまで集めた、さすが角川と最初は思っていたが、いかに角川とはいえ、これだけのメンバーがお義理で絶賛の推薦文を書くわけもない。額面通り、「血湧き肉躍る」物語だ。ファンタジー的な要素も含まれており、物語としての整合性となると疑問符をつけたくなる部分もないでもない。しかし、そんな細かいことどうでもいいぐらいに、どんどんページが進んでいく。

最近は長編小説を読むエネルギーも少々なくなりつつあるが、上下段800ページ以上、一気読みだった。まるで「元気」を与えてくれたようだ。私としては間違いなく今年の「ベスト1」である。

・「歴史と個のダイナミズム/両義的重合
始めに言っておくとこの小説のおもしろさは異常だ。あまりにも魅惑的で、文章から離れることができなくなる。読めば読むほど、この世界に魅せられ、酔わされる。物語性、つまり世界観の設定がそうさせるのだろうか。

この話は19世紀初頭から末、実在した王国、琉球王朝末期を舞台とし、孫寧温(=真鶴)という女性を主人公とし、第三者的な語りで話が進められている。琉球王朝が持っていた、宗教、文化を元に、そこでの精神性、思想、人々の世界認識が表れており、国家間の外交問題、国内の情勢・政治的問題、また男と女、両方の性を生きることとなった主人公を中心とした人間関係、出世、失墜、性の反転という稀有な人生を描きながら近代化によって、王国が崩壊するまでを描いたものである。

歴史事実を背景に持ちながらも、個の歩みを通しながら、それを追ってゆくことで、また現代的感性で語ることによって生きた文章と、歴史小説とはくくれないほどのリアリティを持つ。しかし、ここでのおもしろさはそんな理由では記述できないのだ。史的事実とフィクション、宗教的精神性と合理主義的理性が重ねられ、ファンタジーでもありリアルでもある。そうここでは両義的性質が重ねられた、アンヴィバレントな現象、人物達が恐ろしいほどに読む者に想像力と妙な現実感を感じさせる。

巧みであるのは、この両義性を数々の事象や登場人物に反映させている点にあるといえる。

主人公の孫寧温は女性として生まれながらも、ここでの制度的問題により、男性でしか登用されない国の役人に性を偽ることでそれとなり、男性的で女性にはないとされていた理性的知性を天才的に持ち国のトップまで登りつめ、またその稀有な美貌から王の側室としても王宮に入るという、二重の人生を歩んでしまう。男として国家に仕え、同僚達と友情を交わし、女として恋をし、想いを交わす。男としての寧温は公人として理性をもってして生き、女としての真鶴は私人として情感をもってして生きる。

そして、中世・近世から近代への移行これにより、国家は解体され、国家を前提にする社会は崩壊し、ひとつの個となった主人公はその両性が幸福に融合する。国家から解き放たれたひとつの個は、しがらみを越え、想いを交わした人と生きることが可能となり物語は終わりを告げる。国家を愛し、命を捧げた主人公であったが、悲しくもその国家の崩壊により、個として幸福に生きることができたのである。それは新時代への希望を力強く描くものだ。

この移行は精神性が支配する社会モデルから理性による社会へ国家が統率する社会から個による社会へ向うものである宗教的精神性をもつ世界観を基盤にしながらも物語は最後にそれを破壊し、また主人公の両性の融合という、基盤となっていた設定を露わにした。

つまりこれはマジックリアリズムの作風を持ち、自己言及的な作品として位置づけることができるだろう。

僕はこの魔術的で現実的でもあるこの世界から当分離れられそうにない。鮮やかなのだ。実に。恋をしてしまった。

・「見事、大団円!
 宦官として王宮に入った寧温の八面六臂の活躍を描いた上巻に対して、下巻はその表紙の色、紅型の赤の示す通り真鶴の運命を描いている。 圧巻なのは最終章である。琉球王国の滅亡は誰もが知るところだが、それを悲劇に終わらせないところがこの物語の優れた点である。 国の終わりとともに身を投げた登場人物たちは、まるで沖縄戦で自決した人たちの心を代弁し、魂までも浄化したような錯覚に陥る。 琉球の死は、日本にとってもウチナンチュにとっても意味ある死として現代までつながっていることを、陰にも陽にも訴えている。 実際の歴史をもとに突飛なフィクションを融合させた本書には読み終わってもなお、もっとこの世界に浸っていたいと思わせる中毒性がある。 間違いなく池上永一の代表作と言える。

・「人物・心情描写がすばらしい
主人公の友人・兄の愛憎が混じったまさにアンビバレントな感情

同じ側室でありながら何かと手をさしのべてくれる主人公の親友。家柄・財産・美貌・教養・人柄すべてを持ち合わせているのに同じ女性として、読んでても全然腹がたたない。そして、飛びぬけた知能と、美貌を持ち合わせた主人公。

ここまで完璧で純粋な人間いるわけないやんと思わせる余地のないほど描く筆力にはただただ感心するばかり。

形あるものはいつかは滅びるということと長年の別離にも関わらず変わらないものもあったということ見事に対比させたラストシーンは、普通によかったと思いました。

・「華麗な琉球王国を垣間見て。
あんまり歴史物は得意ではないのですが、この本は読みやすかったです。上下のボリュームはありますが、だれもがきっとその厚みはあまり感じず、あっという間に読み終えてしまうと思います。主要な登場人物の絵が付いている装丁の勝利だと思うのですが、カラフルな琉球の様子が目に浮かび、とても楽しく最後まで読めました。

テンペスト 下 花風の巻 (詳細)

エンブリオ

・「著者が見事に脱皮した記念すべき作品
 少し前から、何の陰謀かは知らないが、とても地味な「閉鎖病棟」が本屋で称賛されている。これは喜ぶべきことなのだが、そこから入った方、なるべく書かれた順に二、三冊読んで、そして「エンブリオ」を読むといい。それまで著者が描いてきた「正義の味方のお医者さん」の話から、何作かの試行錯誤を経て、ようやく「悪いお医者さん」をかっこよく描けた、記念すべき作品だからだ。ただ、この「悪いお医者さん」系、私は続くことを期待していたのだが、やっぱりご本人が「いいお医者さん」だからなのか、あまり医学の話を書かなくなってしまったのが、ちょっと残念。

追記:「インターセックス」という続編が出ました。著者らしい完結編。 

・「怖くてすごい!!!
怖くて途中では止められない、という久し振りの傑作。なによりも怖いのはこの本で起こっていることが近い将来のうちに実現可能になりそうなこと。あぁ怖い。

・「お見事
近未来サスペンスといったところか。いや現実はすぐそこまで来ているのかもしれない。圧倒的な面白さで読者を惹きつける。後半部分がちょっと安っぽいか。

・「神の手に許されるコトって。
「神の手」が成し得る最新技術を駆使した不妊治療。敬意を払われ慕われる存在である医師。

しかし一方で、表面的な人間関係しか築けない冷酷残忍な影がちらちらと垣間見える。

ヒトが施す医療はどこまでが許されるのか。延命治療だって神への冒とくであるといえるかもしれないじゃないか。何がタブーで何が犯罪になるのか。ヒトが命を操作していいのか?!

スリルがあり、予想外の展開があり、純粋に面白く読める一冊。そして医療の線引きのムツカシサを感じた一冊。

・「ちょっとありえないかな・・・。
近い将来ありそうな気がする話ですが、あまりにも非現実的な設定があったりして、“?”と思うところが多いです。近い将来こんなことが起こらないことを私は祈りたいです。命はもっと神秘的なものであってほしいです。

エンブリオ (詳細)
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