旧約聖書ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4) (詳細)
関根 正雄(翻訳)
「究極の信仰、そしてその問題性を示す旧約聖書の正典」「末期がんと信仰」
モーセと一神教 (ちくま学芸文庫) (詳細)
ジークムント フロイト(著), Sigmund Freud(原著), 渡辺 哲夫(翻訳)
「歴史書ではなく臨床の本として」「フロイトの本の中ではかなり面白い本」「父親殺しとトーテム、エディプスコンプレックスと去勢コンプレックスの起源」「海を割った男」「心的外傷モデルによる「抑圧されたものの回帰」」
世の初めから隠されていること (叢書・ウニベルシタス) (詳細)
ルネ・ジラール(著), 小池 健男(翻訳)
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・「究極の信仰、そしてその問題性を示す旧約聖書の正典」
神を敬い、罪のない義人が理由もなく家族や財産を奪われ、不幸な境涯のうちにも信仰を守れるか。旧約の神は、悪魔の勧めによってヨブに試練を与えることにした。最後まで神に忠実だったヨブは、ユダヤ教徒の模範とされた。その一方で、己への信仰を試すためには、義人さえ悲劇の底に陥れる絶対神に対して深刻な不信感を与えた。ヨブ記は真の信仰と無神論が、実は紙一重であることを示唆している。ヨブ記は正典なので旧約聖書に必ず収録されているが、この文庫版の価値は、ヘブライ原典から翻訳した関根氏が加えた詳細な注釈にある。ヨブ記は歴史的な過程を経て形成され、対話的構造を取っている。関根氏の注釈はヨブ記の各章ごとに、ユダヤ的絶対神の観念に疎い日本人が本文を読むだけでは看過してしまう重要点や構造に哲学的、神学的な説明を加えていることである。「翻訳」というよりも、キリスト教から現代思想にまで影響を与えるヨブ記の「研究書」としての価値のある一冊である。
・「末期がんと信仰」
簿記受験生さんのレビューに、関根氏の註釈等がすばらしいとあるのを読んで、買って読みました。註釈も解説もすばらしかった。じつは私は末期がんに悩む者の一人です。20代は熱心なキリスト教徒でした。故あって離れ、中年に復帰しました(自称、まだ教会へは復帰していませんが)。ヨブはユダヤ人ではなかったが、義人の典型に列せらるとは、驚きでもあり、「同類」として親近感も抱くことができました。彼と同様、神の摂理や経綸を信じたい気持ちと、疑いたい気持ちとの間を右往左往しておりますが、でも、あくまで神を信じたい私です。最大の関心事「終局」については諸説あるのですが、関根氏はヨブが問題解決を死後に期待したと言います(贖い主が「陰府の塵の上に立たれる」より)。私は不満やら諦めやら感じてしまいますが、やはり「神そのものを知った新生の喜び」に満足すべきなのでしょうか?
・「歴史書ではなく臨床の本として」
1939年に発表されたフロイトの宗教論・文化論についての論文である。精神分析は神経症の治療技法として創出されたが、人間理解の方法として宗教や文化の解釈と再構成にも利用されることがある。本論文はその一つである。
本書は精神分析的な視点からユダヤ教の成立史やモーセの出エジプトについて論じている。着想は独特であるが、現代的な歴史学や宗教学からは「事実に即していない」ということであまり取り上げられることは少ないようである。僕も詳しくないが、多分フロイトの言っていることは「歴史的事実」としては間違っているのだろうとは思う。
しかし、本書を単なる歴史書や宗教書として見ると、その価値はあまりないように思うが、視点を変えて臨床のモチーフやメタファーとしてみるとまた違った色合いが見えてくるように思う。
例えば、「モーセ、ひとりのエジプト人」や「もしもモーセがひとりのエジプト人であったとするならば・・・」などの章では、モーセの名の由来や出生についての探索が行われている。これは臨床の中で言えば、治療者が患者の生育歴や早期外傷体験の探索・想起などを行っているところが目に浮かんでくる。患者の語られる材料をもとに、自由連想を駆使し、一つ一つ確かめていく。これはきわめて臨床的なことである。
また、モーセという人物を実在のものとせず、心的内容物のある象徴として見て、ユダヤ教をスクリーンとして、そこに一人の人間の無意識や乳幼児体験を写しだすことができているように思える。宗教における戒律や取り決めは個人の超自我に当たるだろ。
すなわち、フロイトはモーセやユダヤ教の分析を行っているように見えて、それはメタファーとしてフロイトの臨床や分析技法を書き記していると理解することができる。本書を歴史書として見るか、臨床を記述している書として見るかで、かなり大きく異なってくるだろうと思われる。
・「フロイトの本の中ではかなり面白い本」
フロイトの精神分析の本の中ではかなり面白い本であった。フロイトが何かに脅迫されるような形で、自らの出自を解体していく。
モーセはレムの民に殺されたとか、モーセは二人いたとか、ヤハウェはモーセの神ではないとか、割礼はユダヤの掟ではなくエジプトの風習であるなどユダヤ人をユダヤ人たらしめる物事すべてがユダヤ人であることを裏切っていく。
何かの覚悟を得たフロイトの言葉の数々が、あくまで仮説ではあると断りつつも、確信に満ちている彼の心情を表している。
ユダヤの掟はある民族的な妥協によって、そして忘れたい記憶の痕跡として、定められた。そしてそのつぎはぎを隠そうとする意志があらたな歪曲を生み出す。そして消し去ったと思われた忘却した出来事が、徐々にではあるが力をつけていく。ユダヤに掟を与えたはずのモーセを殺してしまったのである。ニーチェなら「神は死んだのだ。われわれが殺してしまったのだ。」と言うだろう。
完成された精神に向かう弁証法に抗い、反弁証法的に展開されるこのモーセ論には訳者の渡辺の言葉を借りれば、「フロイトのわが闘争」が示されている。
ぜひとも読んでもらいたい。そして、今の我々の思考にも入り込んでいるモーセ殺害の記憶を想起してみるのもこの本を読む醍醐味であるだろう。
・「父親殺しとトーテム、エディプスコンプレックスと去勢コンプレックスの起源」
岸田秀さんが『靖国問題の精神分析』の中でも触れているが、フロイトが本当にやりたかったのは、最晩年のこの『モーセと一神教』のような社会集団の分析なのではないか、と。個人心理を集団心理に転用して分析するというよりも、個人の人格形成のメカニズムと集団の社会構造のメカニズムは同型なんだから、国家の問題を、個人の自我の問題と同じように語ってもかまわない、と。
つねに距離を置いてみられつづけられてきた本だが、ひとりの「エジプト人」であるモーセが(つまりユダヤ人ではない)ユダヤ民族をつくり、ユダヤ民族の"エス"がモーセの掟においてあるというテーゼは、すくなくとも読み物としても面白い。
イクナートンが「光への信仰」ともでもいうべき厳格な一神教をエジプトに導入しようとして失敗し、その信奉者が、ユダヤの地に民を率いてのがれ、やがて民によって殺されるが、そうやって生まれた「ユダヤ人」たちにとって、自分たちを率いてきたモーセを殺したことは父殺しの記憶して残る、というわけなのだから。
・「海を割った男」
ユダヤ人であるフロイトが自身の宗教であるユダヤ教を、心理学者として、また歴史を客観的にみるもの(学者)として分析的に考察した。内容は読んでいただきたいですが、一般的なユダヤ教徒からは猛烈な反発をうけそうな考察結果になっています。学者としての考えを自身の宗教心より優先させた、勇気のある論文で、その勇気に感銘をうけました。日本人に例えると、皇族に大陸(韓国)の血が混じっている、ときくと過剰に反応する人がいますよね。(このことの事実関係はだれにもわかりませんが)その、時には暴力的になりかねない世間の反応をおそれず、発表をおこなった、といったような論説です。エディプスコンプレックス等の当時は言っちゃいけないような考えを完成させたフロイトだからこそ、できた考えと思えばすこし納得します。
・「心的外傷モデルによる「抑圧されたものの回帰」」
この書における最晩年のフロイトはモーセに自己を重ねており、唯一神がユダヤ民族にとっての超自我として制作(自然発生説ではない)されるプロセスを丹念に措定している。 重要なのは、フロイトの「抑圧されたものの回帰」が心的外傷及びその遅延した露呈としての神経症をモデルとしていることだ。 汎性欲説(幼児研究においては有効だったが)ではなく、それまで否定してきたピエール・ジャネの理論を採用しているのだ。追憶と忘却のなかで隠蔽されているのはフロイト自身の変節である。 なお、解説はフロイト自身によるエスに関する1923年と1933年の図を両方収めていて参考になる。
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