モーリス restored version [DVD] (詳細)
ジェームズ・アイボリー(監督), ヒュー・グラント(俳優), ジェームズ・ウィルビー(俳優)
「ぜひ、再販を」「繊細で美しい作品」「息をのむ映像美とベストマッチのBGM!」「純粋に生きるとはかくも難しい」「再販を強く希望します。」
ミツバチのささやき [DVD] (詳細)
ビクトル・エリセ(監督), アナ・トレント(俳優), イザベル・テレリア(俳優), フェルナンド・フェルナン・ゴメス(俳優), テレザ・ジンペラ(俳優)
「再販しないメーカーは文化を理解していません」「Amazon.co.ukからの購入」「スペイン内戦を静かに告発する映画」「再販してください・・・・」「一刻も早く再発売するべき映画」
マルメロの陽光 [DVD] (詳細)
ビクトル・エリセ(俳優), アントニオ・ロペス・ガルシア(俳優), マリア・モレノ(俳優), エンリケ・ゲラン(俳優)
「静かな時間。悟りの境地。」「豊壌にして古典的で、ある意味とても正統な作品」「大切な映画。」「この映像表サは・・・」「エリセと時間と音楽と」
猫が行方不明 [DVD] (詳細)
セドリック・クラピッシュ(監督), ギャランス・クラヴェル(俳優)
「パリの日常・現実」「捜してみれば案外近くにいるかも」「サントラも絶対買いです!」「待ってました、DVD☆」「監督を探せ!」
モリー先生との火曜日 [DVD] (詳細)
ミック・ジャクソン(監督), ジャック・レモン(俳優), ハンク・アザリア(俳優), トム・リックマン(脚本)
「号泣した。」「先生は人生のコーチであり、そして友人として話せる人」「人生に希望を見失いかけたとき希望の光を・・・」「人生に向き合う」「何度も繰り返し見てしまう。泣いてしまうと分かっていても・・・」
ステラ [DVD] (詳細)
ジョン・エアマン(監督), ベット・ミドラー(俳優)
「涙、涙、涙のセントラルパーク」「泣かない私が」「price is a rip off」「大好きな映画です!」「色々な愛の形~ベット・ミドラー版」
カラスの飼育 [DVD] (詳細)
カルロス・サウラ(監督), アナ・トレント(俳優), シェラルディン・チャップリン(俳優), コンチタ・ペレス(俳優)
「人生はリセットできないものだということを学ぶ少女」「アナのまっすぐな瞳に惚れました」「アナ・トレントは可愛すぎる」「無邪気って怖いな」
インドシナ [DVD] (詳細)
レジス・バルニエ(監督), カトリーヌ・ドヌーブ(俳優)
「「この世で最も素晴らしい芸術作品」」「凛としたフランス人母とベトナム人娘 どちらも素敵。」「愛娘ヴェトナムの不安な自立の物語」「たくましさの中に漂う気品」「見ごたえあり」
ロシュフォールの恋人たち [DVD] (詳細)
ジャック・ドゥミ(監督), カトリーヌ・ドヌーブ(俳優), フランソワーズ・ドルレアック(俳優)
「最高,そして完璧の映画!」「ニュープリント版と英語版が見たい」「オープニングにまずはしびれろ!!」「詩情あふれる美しい作品」「フランス製ミュージカルの魅力」
カミーユ・クローデル [DVD] (詳細)
ブリュノ・ニュイッテン(監督), イザベル・アジャーニ(俳優), ジェラール・ドパルデュー(俳優), マドレーヌ・ロバンソン(俳優), アラン・キュニー(俳優)
「かなしい、物語」「素晴らしい映画」「求めても、求めても、」「泣きたい女性はどうぞ」「愛欲地獄のはてに女の瞳にうつる「虚無」」
シェルブールの雨傘 (詳細)
ジャック・ドゥミ(監督), カトリーヌ・ドヌーブ(俳優)
「☆一生涯忘れられない宝物のような映画☆」「哀しすぎる一篇の詩」「音楽と色彩の美しさ・・・・」「一番好きな映画」「美しくも切ない永遠の小品 女性向き」
バベットの晩餐会 [DVD] (詳細)
ガブリエル・アクセル(監督), ステファーヌ・オードラン(俳優)
「ベストヒット版で再発売して欲しい!」「廃盤に し続ける意味が解りません‥。」「心が洗われる「美味しい」映画」「永久保存版」「バベットの晩餐会」
ハワーズ・エンド [DVD] (詳細)
ジェームズ・アイヴォリー(監督), アンソニー・ホプキンス(俳優), ヴァネッサ・レッドグレーヴ(俳優), ヘレナ・ボナム・カーター(俳優), エマ・トンプソン(俳優)
「静かな美しさ、アイヴォリー・ワールド」「一瞬たりとも目が離せません」「イギリス人の家観と翻弄される運命」「文学を映像でみる楽しさを満喫させてくれる傑作」「「一番好きな映画」の中のいちばん」
Z [DVD] (詳細)
コンスタンタン・コスタ=ガヴラス(監督), イヴ・モンタン(俳優), ジャン=ルイ・トランティニャン(俳優), ジャック・ペラン(俳優)
「笑いでギリシャ軍事政権を倒した社会派サスペンス」「政治的に熱い時代の、傑作サスペンス。」「ポリティカル・エンタテインメントの傑作」「何度観てもいいものはいい」「ジャン=ルイ・トランティニャンの演技が素晴らしい」
アンナ [DVD] (詳細)
ピエール・コラルニック(監督), アンナ・カリーナ(俳優), ジャン=クロード・ブリアリ(俳優), セルジュ・ゲンスブール(俳優), マリアンヌ・フェイスフル(俳優)
「マリアンヌ・フェイスフルがきれいすぎ!」「モチ最高!この感覚」「古くない」「ポップな映像とキャッチーな音楽、今も色あせない最高のシネマ!」「全然肩に力が入ってないミュージカル映画」
サクリファイス [DVD] (詳細)
アンドレイ・タルコフスキー(監督), エルランド・ヨセフソン(俳優), スーザン・フリートウッド(俳優), アラン・エドワール(俳優)
「再発を・・・」「タルコフスキーの白鳥の歌」「枯れ木から「生命の木」へ・・・タルコフスキーの遺言。」「誰がための犠牲か」「祈り」
おっぱいとお月さま [DVD] (詳細)
ビガス・ルナ(監督), マチルダ・メイ(俳優), ピエル・ドゥーラン(俳優), ジェラール・ダルモン(俳優), キュカ・カナルス(脚本)
「川本三郎氏曰く「エスニシティは普遍性である」」「テテの宝物探し」「妄想癖のある男の子という設定が妄想であるような気がする」
めぐり逢う朝 [DVD] (詳細)
ジェラール・ドパルデュー(俳優), ミシェル・ブーケ(俳優), ギョーム・ドパルデュー(俳優), アラン・コルノー(俳優), ジャン・ルイ・リヴィ(俳優), パスカル・キャニール(俳優), イヴ・アンジェロ(俳優), ジョルディ・サヴァール(俳優), ジャン・ピエール・マリエル(俳優), アンヌ・プロシェ(俳優)
「フランス映画の傑作」「師弟の確執」「映画芸術」
ポリー・マグー お前は誰だ [DVD] (詳細)
ウィリアム・クライン(監督), ドロシー・マックゴーワン(俳優)
「皮肉にまみれたPOPの極意 」「キュート!!!」「まさにウィリアムクライン」「クラインの皮肉たっぷりな傑作。」
さよなら子供たち [DVD] (詳細)
ルイ・マル(監督), ガスパー・マネス(俳優), ラファエル・フェジョー(俳優), スタニスラス・キャレ・ド・マンベール(俳優)
「原題は「Au Revoir Les Enfants 」、日本の題名そのものです。是非、御覧になってもらいたい、名匠Louis Malleの名作です。」「さよなら子供たち」「戦争の切り裂くもの」「ぴりっとまとまっている」「映像美にも注目」
エリック・ロメール 四季の物語 BOX [DVD] (詳細)
エリック・ロメール(監督), メルヴィル・プポー(俳優), マリー・リヴィエール(俳優)
「まさに巡りゆく人生の四季」「エリック・ロメール 四季の物語」
ブルー・スチール [DVD] (詳細)
キャスリン・ビグロー(監督), ジェイミー・リー・カーティス(俳優), ロン・シルヴァー(俳優), クランシー・ブラウン(俳優), ルイーズ・フレッチャー(俳優)
「アブノーマル感濃厚なスリラー」「傑作なんだけど・・・・・」「隠れた秀作、もっと評価されても良い!!!」「隠れた佳作」
戦争のはらわた~Cross of Iron~ [DVD] (詳細)
サム・ペキンパー(監督), ジェイムズ・コバーン(俳優), マクシミリアン・シェル(俳優), ジェイムズ・メイスン(俳優), デビッド・ワーナー(俳優)
「2006年現在、バンダイビジュアルに版権がない」「ワイルドバンチにも匹敵する傑作!」「タイトルはアレだけど…。」「プライベート・ライアンもいいけれどこっちもお薦め。」「戦争の狂気!!」
エル・スール [DVD] (詳細)
ビクトル・エリセ(監督), オメロ・アントヌッティ(俳優), ソンソレス・アラングーレン(俳優), イシアル・ボリャン(俳優), オーロール・クレマン(俳優), ロラ・コルドナ(俳優)
「予備知識が必要とはいえ、全き秀作であることは確か」「映画の基礎を教えられる。」「丹念な日常の描きこみが生の深淵に通ずる」「ただ一言「名作」!」「「南」を想う。」
ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア [DVD] (詳細)
トーマス・ヤーン(監督), ティル・シュバイガー(俳優), ヤン・ヨーゼフ・リーファース(俳優), ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ(俳優)
「素晴らしい!」「乾いた映像美」「おススメです」「荒々しい海なのがいい」「おかしくてせつなくて」
・「ぜひ、再販を」
20年位前にテレビで見ました。眺めのいい部屋が大好きだったので、同じ原作者ということで見てみました。チャイコフスキーの切ない音楽。若き日のとても美しいヒュー・グラント(クライブ)。クライブからの告白、モーリスの戸惑い、そしてクライブからの突然の別れ、別れから立ち直れないモーリス。使用人との恋。イギリスの上流家庭と中流家庭の差。美しい衣装、調度品、屋敷、そしてイギリスの曇り空。何よりも、ヒュー・グラントの美しい顔立ちにほれ込んで今でも大好きです。私にとってはベストワンの作品です。特にヒューの現在のファンには見てほしい作品です。
だからぜひ再販してほしい作品です。
・「繊細で美しい作品」
10数年前、まだ高校生だった頃 友人のひとりがこちらのビデオを持っていたので拝見しました。同性愛というものに興味がなかったというか、どういうものかよく理解もできず軽い気持ちで見始めましたが、壮大で美しい風景や素敵な音楽に引き込まれてしまいました。とにかくすべてが美しく、とても繊細な世界でした。
ラストはちょっと切なく、なんともいえない気持ちになりましたが人を愛することの切なさや素晴らしさ、気持ちを貫き通すことの難しさは同性だろうと異性だろうと、いつの時代でも変わらないものなのだということを一番に感じました。現在は時代背景も変わっており、同性愛というものの捉え方もずいぶん変化している事を感じます。今はDVDでこの作品が楽しめるのでいいですね。観終わってしばらく余韻に浸ってしまう作品です。
・「息をのむ映像美とベストマッチのBGM!」
ジェイムズ・アイボリー監督ならではの、みずみずしさの際立つ美しい映像、切なさが残るストーリー。それを盛り上げる、ドラマチックなBGM。見終わって思わず至福のため息が。イギリス系のピリオド・ドラマ(「時代劇」)としては秀逸。正統派の英国俳優、ヒュー・グラントやルパート・グレイヴス、ジェイムズ・ウィルビィがケンブリッジ大学とイギリス郊外を舞台に繰り広げるドラマは、とかくホモセクシュアリティのトピックが注目されがち。しかし、真のテーマは、他者を、「生涯の友」を求めずにいられない人間の性や、愛を貫く勇気。必見です。ちなみに、ディープな鑑賞が好きな方には原作とサントラもおすすめ。美と感動の世界にひたれます。
・「純粋に生きるとはかくも難しい」
閉塞感の漂うシチュエーションでありながら、僅かな隙間を縫うように出現する自由な感情。抑圧された性はまさに人間社会そのものだと感じます。美しくもはかないとは、この映画の為にあるような言葉ではないでしょうか?プラトニックかセックスか。いずれにせよどちらも愛の表現です。ギリギリの線の上を許されざる愛へ傾きながら歩いていく青年の姿は、観ていて心乱されます。十年近く前に観た映画ですが最近観直し、更に心乱されました。
・「再販を強く希望します。」
きれいな映画でした。隅々まで、気を配られていて、視覚、聴覚すべてにおいて、美しい映画だと思いました。フォースターの原作をキャストも含めて、忠実に描いていると思いました。印象に強く残っているのは、ピクニックの場面と最後のクライブの回想のなかでモーリスが手を振って去っていく姿です。二つの場面とも、二度と戻ることのできない人生の一番幸せなその時が、幸せにふさわしいあふれる光の中に輝やいています。若さも、完全な幸せも、長く続くことがないからこそ、美しいのですね。その美しさを少しでも手元で眺めていたいので、再販を希望します。
・「再販しないメーカーは文化を理解していません」
度を超したマーケットプレイス価格をご覧下さい.再販しないのは,文化に貢献すべきメーカーとして不備だと言わざるを得ません.もちろん日本語字幕はありませんが,イギリス版が販売されています.リージョンフリーのプレーヤーをお持ちの方には救いでしょうか.
・「Amazon.co.ukからの購入」
この作品が日本で入手できないのは日本の恥だと思いますが、ここに出ている販売元にもいろいろ事情はあるのだろうと思います。有志によるプロジェクトに期待したいと思います。ヨーロッパのものを購入しても、ヨーロッパと日本はリージョンコードが同じ2ですので、日本でも再生できます。PALですが、日本のDVDプレーヤーは、PALをNTSCに変換して再生する機能またはそのまま再生する機能を持っているものが多いと思います。私の家の普通に日本で購入したDVDプレーヤー数台はいずれも大丈夫でした。これまで、この作品は映画館やLDで何度見たか分かりませんが、いつも新しい発見があります。今回も、改めて思うところが多く、ぜひ見て欲しい作品と思います。
・「スペイン内戦を静かに告発する映画」
極限までセリフを削ぎ落とした脚本の上に撮られた映画ですが、それはこの映画の主題が言葉で語らずともスペイン人にとっては大変なじみのあるものだからでしょう。導入部でこの映画の時代設定が<1940年頃>と一言だけ説明されますが、この年はフランコの反乱軍によって人民戦線内閣が崩壊し、マドリッドが陥落した1939年の翌年という大きな意味があります。
同朋同士が血で血を洗う殺し合いを繰り広げたスペイン内戦は、いくら考えても納得のいかない悲しい出来事としてスペイン人たちの胸に重くのしかかっています。
もちろんアナは幼すぎてスペイン内戦の理屈どころかそんな事件があったことすら知らないはずです。足をケガしたまま自分の前から姿を消した若い男が共和派の敗走兵であることや、フランコ派の村人たちに射殺されたことなども当然理解できていないでしょう。
しかし「フランケンシュタインの映画の中でどうして少女は殺されてしまったの?」と純粋に問いかけを続けるアナには、村に漂うフランコ独裁の重苦しい空気を見分ける心の目があったようです。そしてその結果大人の世界のありかたに激しい拒絶反応を抱くことになるのです。
人々の絆を切り裂いていったスペイン内戦を子供の心を通してこの映画はとても静かにささやくように告発しているのです。
・「再販してください・・・・」
再販してください・・・どうかよろしくお願いします。
・「一刻も早く再発売するべき映画」
他のレビュアーの方々も書いているように、この映画『ミツバチのささやき』のDVDは現在入手困難の状況にあります。こんな傑作映画が入手困難…意味がわかりません。メーカーさんには一刻も早く再発売してほしいと思います。レンタルという手もありますが、この映画を手元に置いておきたいと思う人が多いと思うので、ぜひもう一度手軽な値段で購入できるよう再発売してほしいです。
映画の内容自体はたくさんの方々が触れていることなので僕はあえて触れません。ただ、映像美だけではなく映画全体に溢れる「言葉」の力には注目して欲しいです。この映画に出会えて本当によかった。
・「静かな時間。悟りの境地。」
マルメロというのが果物の名前だとは観てから知りました。そのマルメロに射す太陽の光と、同じくマルメロに対する画家のノスタルジックな思い(故郷や故郷近くでの思い出)を表現している題名だと思います。主役を演じる画家のアントニオ・ロペス=ガルシアの魅力が本当に
画面に命を与えているようです。たぶん、実際に彼の作風はこの映画と同じなのでしょう。描き方も含めて。彼が描くマルメロはあるアパートメントの中庭に彼自身が植えているのですが
それに応えるようにマルメロも実をたわわにつけ、画家の思い出を浮かび上がらせるのです。それが陽光としてきれいに輝くし、画家もそれを毎年、家自身の記録としてともいえるくらいに書き続けるのです。そんな、平凡なシーンですが、この!アパートを通り過ぎる慌しい人々と対比して同じアパートで妻の画家が描く絵画との対比も影の対比として素晴らしく
老夫婦の静かなときを描き出します。こう書くと静かな映画だと思われるかもしれませんが、たぶん、いろいろなことをしてきて、若いときははしゃぎ、馬鹿なことをしてたどり着いた二人の時間なのでしょう。ですので、はしゃぎたい最中の方が観ると退屈かもしれません。しかし、この生活にたどり着き、過去を回想できる人生というのもいいものだと思います。私はまだまだ経験が必要だと認識いたしました。
画家の(主人公)絵の描き方がきれいなので、思わず、「ミスティリアス・ピカソ」などの画家の描いているシーンの入った映像を観たくなりました。そういえば一つのポイントにミケランジェロの絵が、彼のライフスタイルや技法、情熱に対する尊敬の念をこめた主人公の気持ちとしてこの映画の中に描きこまれております。凄い対比なのですが。
・「豊壌にして古典的で、ある意味とても正統な作品」
~ただ淡々と、一人の画家が絵を描くようすを時系列で追っている作品です。といってもアトリエで創作する姿だけを追っているのではなく、画家が絵筆を握っていないときのようすも織り込まれています。食事をしたり、友人と話をしたり、家族に会ったりする姿も映されています。ただそれだけなので娯楽映画とは当然違います。またドキュメントとも違う構成に~~なっています。つまりドキュメントのようなジャーナリスティックな視点ではなく、画家が創作している姿そのものにじかに切り込もうとしています。そのまなざしは端正で澄んでいて、気品のあるカメラワークと相俟って、映画全体を豊壌に実らせています。そういう意味で味わいに満ちた作品であると言ってもいいと思います。ところが演出がまったくなされてい~~ないかというと、もちろんそういうものではなく、じつは思いがけないほど古典的です。鑑賞者の目が映像のすみずみまで届くのを待ってから先へ進んでいくように、ゆっくりとゆっくりと映画は進んでいき、さまざまな転回点があり、とても古典的な伏線が置かれ、やがてクライマックスへと導かれていきます。長い古典劇を思い浮かべてみれば、この映画の演出との~~奇妙な符合に気がつき、はっとするひともいるでしょう。~
・「大切な映画。」
絵を描くことと同じくらい、生きることに対して誠実な画家を、映画を撮ることと同じくらい、生きることに対して誠実な監督が撮影した映画。うまく言えませんが、そんな感じの、幸せでやさしさに満ちた映画だと思います。画家と、それを取り巻く家族や隣人たちを描写しているだけなのに、観終わった後、とにかく癒されました。この映画に出てくる人たちは(恐らく撮影している人たちも)皆やさしい。気の利いた台詞も、ドラマチックな展開もありませんが、自分でも驚くほど、映画の中の人たちから、湧き上がるような生きる力をもらいました。粋で、チャーミングで、かわいらしくて、繊細で、時にくすくす笑うユーモアもある、純粋な映画です。この映画を観ることができて、幸せだったな、と思います。
・「この映像表サは・・・」
この映画を観て勇気が出ました。『記録(現実)』と『創造(想像)』の「間(はざま組)」の表現が素晴らしいと思いました。情緒もあるし。
・「エリセと時間と音楽と」
ただただ時間の美しさを思い知らされる作品。時間の経過が画家の創作にどのように影響してゆくか、創造の秘密も垣間見ること出来ると思う。効果的に使われるパスカル・ゲイニュの音楽もすばらしい。エリセは音楽の選択が本当にうまいと思う。「みつばち」のルイス・デ・パブロ、「エル・スール」のグラナドス、そしてこのゲイニュ。ラスト近くで流れる画家のテーマは圧巻だ。
・「パリの日常・現実」
何回見ても飽きない映画。何気ない日常をコミカルに、魅力的に描くことでは右に出るもののいないクラピッシュ監督。今までのフランス映画に持っていた「アンニュイ→眠くなる」のイメージを見事に打ち破ってくれた作品。ユーモアの点では、どこの国の作品よりピカイチだと思う。
主人公って誰だっけ?と思うほど、出てくる登場人物全員が強烈な個性を持っている。監督はユーモアのツボをよく心得ている。何気ない会話なんだけど笑える・・というシーンが盛りだくさん!しかも音楽も雰囲気もクール。
主人公は猫を探す課程で、なかなかうまくいかない恋愛や仕事に直面していく。あまりにも身近なシチュエーションに、ぐっと感情移入してしまう。恋愛で傷つくことを恐れるあまり、ゲイと生活する主人公。しかしそのルームメイトにもしっかり恋人がいて、さらに孤独を感じざるをえない。何もかも思うようにいかない、そんな渦中にある時のもやもやとした気持ち・・・をラストシーンで爽やかに、そして胸が熱くなるような結末で締めくくってくれる。
パリでの生活を考えている人も、この映画はかなり参考になるのでは?ちなみに、サントラも最高!
・「捜してみれば案外近くにいるかも」
迷い猫(グリグリ)を探しているうちに、なぜ自分には恋人がいないんだろうと考え始めるメーク・アップ・アーティストのクロエが主人公。
クロエは慢性的冴えないオーラを放っているがあまり自覚がない。このことは映画を観る側にはすぐに感じ取れて、(もとはそう悪くはないんだから、もうちょっと)という感覚にとらわれる。そのマイナスオーラをゲイの同居人ミシェルが代弁してくれるが、不慣れなスカート、方向を失った感覚が、孤独なおばあちゃん達、ナンパ男、レズ、ちょっとカンベンしてキャラのジャメルなどを引き寄せてしまう。仕事場でもセンスのないコーディネーターに一方的に負けてしまうクロエ。
クロエが(身近なところで妥協すれば案外・・・)という発想をもったり、みっともないけれど恋人募集の広告を出して、今の恋人を見つけたんだと話す美人モデルに会ったりなど、この映画は幸せをつかんだ人(幸せそうに見える人)がどうやってそれを手に入れたかがすぐ隣に感じられて共感できます。
全体に可愛いので、特に若い女性にお勧めします。
・「サントラも絶対買いです!」
フランス(特にパリ)に対して、オシャレなイメージを抱きがちな私たちですが、この映画に出てくる人はみんな地味で濃いキャラクター。パリの町並みも、きらびやかな夜景やオシャレなカフェなどは一切なく、古さと新しさが入り混じった下町の風景が淡々と映し出されています。ヒロインの女の子、やせっぽちで顔色が悪くて、仕事も恋愛も行き詰って・・・なんだか自分に重ねてしまう人多そうです・・。行方不明になった猫を探す主人公が、いろいろな壁にぶつかりながら自分探しをして、最後はハッピーエンド。観終わったあとはすがすがしい気持ちにさせてくれるそんな映画です。
・「待ってました、DVD☆」
パリ11区・バスティーユ界隈。下町の古い建物と、建設中の近代的なビルたちが混在する街。昔かたぎの個性あふれる住人たちと、「おしゃれ」に敏感な若者たち。そんな風景に合わせるかのように、クラシックからロック、サルサまで、様々な年代・ジャンルの音楽が流れてくる。
ヴァカンス後にいなくなった、
かわいい、かわいい愛猫を探す女の子を通して描かれる「素顔の」パリ。ひょっとしたら日本のどこかの街でもみられるような、日常の些細なやり取りにユーモアが感じられる。特に映画の中でもかなりの個性を放つマダム・ルネは最高!
個人的には、女の子が塔の上から愛猫の名前を叫ぶシーンが印象的。
・「監督を探せ!」
監督セドリック・クラピッシュは、全ての作品に本人がチョイ役で出演していて、それがまた静かな笑いを誘います。髪の毛がちょっと少なく不精髭の方を見つけたらそれが監督です。本当に全ての作品に、お見事と言わんばかりの小業が利いているので何度見ても飽きないですが、特にこの作品には心を奪われてしまいます。
・「号泣した。」
映画の途中から号泣した。涙が止まらなくなった。
原作はすでに読んでいたのでストーリーは知っていた。原作でも泣いたが、映画でも泣いた。
主人公はスポーツライターでデトロイトで忙しく働いている。ふとテレビを見ると難病に冒され死期の近い大学の恩師が出ていた。卒業時には連絡を取り合うと約束したのに16年も連絡していない。恩師はボストンにいて遠い。いまさら会いにいけるのだろうかと言い訳ばかり思いつく主人公。それを恋人にずばり指摘される。
そこで主人公は先生に会いに行く。大学時代のカウンセリングがあった火曜日に。
「人に触れられることは、私たちには必要なのだ」「愛は理にかなった行動だ。素直に受け入れよう」「人が人に依存することは、恥ずかしいことじゃない。」「人は、愛し合わねば、死んでしまう」
など、心に響いてくる言葉だ。
しかし、もちろん、モリー先生も完全ではない。夜中には死への恐怖ですすり泣いている。しかし、火曜日には、それを微塵も感じさせない。ジャックレモンの演技が、ノンフィクションのように感じさせるぐらい自然だ。ストーリーに驚きはない。淡々と進んでいくだけだ。そのため脚色の匂いがまるでしない。
この作品がジャックレモンの遺作となったのはいかにも残念だ。
この作品は万人に薦めたい!
・「先生は人生のコーチであり、そして友人として話せる人」
名優ジャック・レモンの遺作というのはいろんな所で書かれていますし、また私自身、俳優さんにはあまり詳しくないのでそこらへんは、他の人にお任せします。
この作品は、モリー先生がミッチ(大学の教え子)に、今までの人生などから学んだ、「人生に大切な物」を自らの死を講義の教材として隣に置きつつ、ミッチとの最後の論文として作り上げた、モリー先生の遺作でもあります。
ミッチにとってモリー先生はコーチであり、友人です。私にとっても、この作品を通してモリー先生は、人生のコーチとして大切な人になりました。 モリー先生はあなたにとっても、忙しい人生を生きるためのコーチ、また友人となってくれるのではないでしょうか?
・「人生に希望を見失いかけたとき希望の光を・・・」
主人公のミッチは、現在もデトロイト在住で人気のスポーツライター。アメリカに短期留学しているとき、このドラマの話をしたら、「どうして知ってるの?」と驚かれると同時に、アメリカ人が誇らしげに「このお話はほんとにすばらしい」という評価で盛り上がりました。俳優の演技力もひかるものがあります。日本でもこんなドラマ作ってほしいですよね(色々な脚色や俳優、制作者側の意図や宣伝なしに)。
・「人生に向き合う」
スポーツライターの主人公は全てが旨く行っているようだが、肝心な点で全てが台無しになってしまいそうなタイミングで、死にかけている恩師との会話で自分と向合い自分の人生を取り戻した。「肩の鳥に問いかけよ。これで良いのか。」「全ての人を今すぐ赦せ」呼吸すら難しくなった恩師の力強い言葉。この映画で主人公同様、恐れで自ら目を背けている自分の課題が見えてくるはず。でもそれに立ち向かう勇気も貰える映画。
・「何度も繰り返し見てしまう。泣いてしまうと分かっていても・・・」
私はこのパッケージを見るだけで、ウルウルしてしまう。
誤解を恐れずに書くと、モリー先生は私にとっても先生だ。「死に方」の。
日常生活で意識しない死へのカウントダウン。現在から未来へ向けて思いをめぐらせる事はあっても、未来から現在を振り返る事は無かった。
この作品は未来(「生」の最終地点「死」)から現在へ、というもう一つの視点を私に示してくれた。「どんな風に死にたいか?」は「どんな風に生きたいか?」と対をなす問いであると。
そして、心を通わせられる人たち、ペット、etc.身近にいてくれる存在に感謝せずにはいられなくなった私がいる。
うまく表現できないのがもどかしい。
派手さは無いが、私の中では大きな作品だ。
ぜひ見て欲しい。
・「涙、涙、涙のセントラルパーク」
「フォーエバーフレンズ」の「愛は翼に乗って」で大泣きした人に。ベット・ミドラー自身の実体験のようなお話です。エピソードのひとつひとつに涙が詰まっています。現代の日本でもこのような話は周りに一杯あります。ポツリポツリときたウルウルとハナ水が、最後のセントラルパークで大雨になります。心も洗われる涙です。
・「泣かない私が」
今まで映画を観て泣いたことのない私が、ラストシーンで号泣しました。まだDVDがない頃に高いセルビデオを購入し、更にDVDに買い換えました。ベッド・ミドラーのなんて素敵なこと。この映画を観て彼女のとりこになりました。女性の方、是非ご覧下さい!
・「price is a rip off」
I bought this in a second hand shop for 100yen. Also, you can buy it from Amazon.com new from America for about 1000yen. So, the price of 23,000yen is an obvious rip off.
・「大好きな映画です!」
初めて観たのはテレビ放送ですが、当時私はまだ20歳前後だったような気がします。その頃でもとても感動したのを覚えていますが、母親になった今観てみると、改めて素晴らしい映画であることを実感できます。年頃の娘の扱いに四苦八苦するステラと、そのステラを助ける友人達の熱演が見事です。どの俳優も役柄にぴったりマッチしています。この映画はよく、全ての母親に捧げる、などど掲げられていますが、それは勿論の事、私は全ての女性にこの映画を観て頂き、ステラの生き方、芯の強さを学んで欲しいと思いました。ラストシーンはどんな人でも泣いてしまうことでしょう。
・「色々な愛の形~ベット・ミドラー版」
また泣いてしまいました。最高のコメディエンヌであるベット・ミドラーらしい冒頭から、最高の演技者であるベット・ミドラー、そして、エンドロールでは最高の歌姫であるベット・ミドラー全てを満喫できる名作です。愛情・・・。色々な形の愛情があるのだなと思った。男の夢のために身を引く女。不器用ながら娘に全てをささげる母親。
そして、時には反発しながら、しっかり母親を理解する娘。別れながらも二人を愛し続ける父親。不器用に彼女を見守る友人ジョン・グッドマン。ステラを理解する父親の新しい恋人。みんな良い人ばかりなのです。
ラストシーンの涙の出方は半端じゃありません。
・「人生はリセットできないものだということを学ぶ少女」
子供にとって世の中は虚実ない交ぜの世界。死んだはずの母が枕辺に現れたり、父のベッドに別の女性がいたり、そんな出来事の一切合財を少女アナは現実のものとしてとらえていきます。自我の目覚めと世の中を認識する力との間にまだ大きな隔たりがあるために、幼いアナには社会の清濁をあわせ呑むだけの度量はまだありません。
彼女は受け入れがたい社会の現実を<リセット>することで乗り切ろうとします。彼女が押すリセット・ボタンは棚の奥にしまった古びた缶に入った白い粉。しかし、死んだ母が毒だと彼女に教えたそれが何であるかを彼女は知りません。ここにも母の言葉のすべてを真実としてしかとらえられない少女の姿があります。
父親を殺してリセットしたはずの社会に、新たにパウリーナ叔母さんが受け入れがたい存在となって立ち現れます。もちろん叔母さんは実の姉を亡くした深い悲しみの中で、幼い三人の姪へ精一杯の愛情を注いでいるのですが、アナにはそれが見通せません。
映画のラストでアナは自身が押したリセット・ボタンの正体を知ります。そしてやがて彼女は、人生がリセットのきかないものであることをも受け入れていくことになるのでしょう。
大人になるということはこれまで歩んできた道を消し去ることではなくて、歩いてきた道のりの積み重ねの上に成り立つのだということを、この映画は静かに幻想的に語りかけているのです。 この映画のメッセージをアナが肯定的にとらえられる日が来ることを祈るばかりです。
なおタイトルの「カラスの飼育」の由来は「Cri'a cuervos y te sacara'n los ojos.」(カラスを育てて目をくり抜かれる=飼い犬に手を噛まれる=恩をアダで返される)というスペインの諺です。叔母さんから見ればアナはカラスというわけです。
・「アナのまっすぐな瞳に惚れました」
冒頭、父親が浮気相手の上で腹上死する。驚いて逃げ出す恋人のあとに、父親の部屋に入り、コップを盗み出し洗ってしまうアナ。父の葬式のあと、叔母が残された家族の面倒をみるために引っ越してくる。死んだ父親の相手だった女性の夫との恋に悩む叔母、過去の思い出に浸る身障者の祖母、姉と妹、住み込みの家政婦の6人の生活が始まる。
物語は現在大人になったアナ(ジュラルディン・チャップリン)がナレーションをしながら、小学生のアナが、亡き母親(これもチャップリン)のことを思い出す形で進んでゆく。夫の浮気と自分の病の痛みに苦しむ母親痛みのないときにアナに優しくしてくれる母親アナは頻繁に母親の夢をみるそして・・・
大人になったアナにナレーションをさせる理由はわかりませんが、3つの時間軸が入れ替わりながら幻想的にシュールな話がすすんでゆきます。映画の出来としては、内容と正反対に甘い主題歌といい、ぶっ飛んだラストといい、破綻していると思います。サウラの手に負える役者達じゃなかったというしかないでしょう。
名優ジュラルディン・チャップリンの技とアナの個性のぶつかり合いを楽しんで下さい。
・「アナ・トレントは可愛すぎる」
ビクトル・エリセ監督の名作「みつばちのささやき」で発掘されたアナ・トレント主演映画。スペインが生んだ名匠カルロス・サウラが監督だけに、しっかりとした味わい深い作品だが、アナだけが目立ってしまう。彼女のファンのために作られた映画なのでは思える。アナはまだ幼少なので、演じるには少し酷なダークな内容だったように感じる。脇役もチャップリンの娘であるジェラルディン・チャップリンなど名優が固めており堅実な作り。シックで、ダークな映画。
・「無邪気って怖いな」
アナ・トレントといえば、「ミツバチのささやき」の方が有名であるかもしれない。ともかく、当時9才である彼女の瞳が恐ろしく綺麗。
「アナの魅力だけの作品である。」と酷評する人もいるようだが、私は「ミツバチのささやき」よりも好きな作品だ。
複雑な環境の中、父母を亡くした少女が姉の妹に育てられる事になり、毒薬(と彼女が思っている)をその叔母に盛ろうとするのだが・・・
「眠れないの?・・・」「眠れないの・・・」彼女の幻影に、母が出てくるシーンが印象的だった。
グレイゾーンが非常に多く、難解な映画である。解釈は人によってそれぞれであろう。
この映画に子供の「無邪気さ」は感じられない。
・・・無邪気であるがゆえに、怖いのだ。
・「「この世で最も素晴らしい芸術作品」」
僕はこの映画を観た後、なんとも言えない感銘を受けました。この映画が上映されたのは今から12年前だけど、内容といい、舞台といい全然古臭くなく、むしろ新鮮なぐらいでした。カトリーヌ・ド・ヌーブも衣装に負けないぐらいに美しくて大女優としての貫禄がありました。それから、この映画で初めてヴァンサン・ペレーズを知りましたが、彼の憂いのある美青年の演技も見事です。 今まで観た長編映画でこれほど退屈しなかった映画は初めてです。★マークを最低7個はつけたいです。
・「凛としたフランス人母とベトナム人娘 どちらも素敵。」
インドシナ(現ベトナム)を舞台に、フランス人母親と養女であるベトナム人の娘、及びその両方を愛したフランス海軍若い将校がベトナム独立前の歴史の大渦に巻き込まれていく話。凛としたカトリーヌ・ドヌーブとリン・ダン・ファンがとても魅力的。リン・ダン・ファンが初々しい娘から強い女性へと成長していく姿は、心を打つ。世の東洋を問わず、女性は、愛する男や子どものために、強くなれることを実感。この二人の愛や強さに付き添って最後は一級犯罪者として母国フランスの手に暗殺される将校役のヴァンサン・ペレーズも、やや弱々しいながらいい味を出している。挿入曲もすてき。特に、パーティーで母と娘がダンスをする場面は、魅入ってしまった。
・「愛娘ヴェトナムの不安な自立の物語」
宗主国フランスと植民地ベトナムの関係を、カトリーヌ・ドヌーヴ演ずる女農場主とベトナム人養女との親子関係にオーヴァーラップさせて、壮大な歴史物語を仕立てています。基本的にフランス映画なので、母なるフランスの「親心」が中心に語られており、そこを割り切らないと、フランス人は傲慢だなあ、みたいな結論に落ち着いてしまいかねませんが。三回見て脚本構成の巧妙さに感服している私としては、推奨しておかざるを得ない映画だと思います。政治その他の思想表現と恋愛や親離れなどの人間ドラマが、これほど美しく象徴的に一つの映画として結実しうるのは、悔しいけれども制作者のお国柄でしょうか。「オリエンタリズム」を批判するのは簡単だけど、やる気のある人が、これくらい骨太の芸術作品に代わる何物かを提示しない限り、無見識な洋物崇拝はなくならないでしょうね。
・「たくましさの中に漂う気品」
フランス統治時代のインドシナを舞台に、愛と時代に翻ろうされながらも、たくましく生きた人々を描く一大歴史物語です。それにしても、カトリーヌ・ドヌーブの演技は素晴らしいの一言です。フランス貴族の気品と高貴さを兼ね備えながら、強く生きる女性を鬼気迫る表現で好演しています。脇を固める、アンリ・マルトーら往年のフランス映画の名優達の味わい深い演技も、作品に安定感を与えます。当時のイケメン俳優ヴァンサン・ペレーズは、まだ髪の毛がフッサフサ。ドヌーブとの車の中での濡れ場は、見てはいけないものを見てしまった感がありますが・・・・。フランスのインドシナ統治、共産勢力と独立勢力の徒党など歴史的な背景がキーワードになってますので、ある程度予習をした方が、より楽しめると思います。
・「見ごたえあり」
フランスとベトナムのこういう関係があったのかと、カトリーヌ・ドヌーブはこんな演技もできるのかと、美しいベトナムのプランテーションの風景とともにとにかく圧倒される映画。見ごたえあり。
・「最高,そして完璧の映画!」
私が今まで見た中で一番好きな映画です。とにかくすべてにおいて完璧だと言えます。衣装,美術,演技,音楽,セット,ダンス,俳優どれをとっても必ず満足できると思います。フランス映画に期待できるのは,アメリカ映画などよりも,より日本映画に似ていて,感情の細かさがよくでているところです。
つまり,映画を観ている人中心なので,すべて思いを演技せず,観客に気持ちを考えさせてくれる部分をより与え,感情移入の仕方がうまいのです。だから,外国映画はちょっと…という人でもすんなり見やすいと思います。
かつて世界で一番美しい美人姉妹俳優といわれた二人が出演し,そうそうたるメンバーにより製作されている,すれ違いのちょっとせつなく,おしゃれでかわいらしい感じの映画です。音楽は今,車の宣伝でよく耳にするので知っている人は多いのではないでしょうか。この映画の存在も知らないような人たちもぜひ見てください。
お気に入りのひとつになるんじゃないかな?私は出来れば星10個にしたい!
・「ニュープリント版と英語版が見たい」
一番好きな映画はと聞かれれば,迷うことなくこの作品を選びます。テンポの良い音楽とパステルカラーの色彩、アメリカ映画にないフランスのエスプリが香る名品です。たわいのない物語の奥に潜むジャック・ドゥミ独特の運命的人生論は、一度見ただけでは分かりません。生きる歓びが画面一杯に広がりながら、観る者の心に不思議な哀愁を感じさせるのはなぜでしょうか?それは人間の幸福感というものが、いかにはかなく、とらえどころがない証であり、それを追い求めることこそが、人間の運命なのでしょう。この映画、公開当時、フランス語版の他に、歌もセリフもすべて英語で撮影された英語版があり、70年代にリバイバルされたのを見た人は、このバージョンを見ているはずで、これもなかなか捨てがたい。同じ演劇の芝居を何度も見たときのように、同じ映画でありながら、2度撮影している場面があり、フランス版と明らかに役者の演技が違う部分があるのです。すごく不思議だと思いませんか?この英語版を見たいです。
また今日本で発売されているソフトは、フィルムの状態が悪く、数年前に亡き夫のジャック・ドゥミのこの作品を、妻であるアニュエス・ヴァルダが、見事な修復バージョンで復活させました。フランスやアメリカのソフトでは、この修復版が発売されています。見比べるとその色彩は雲泥の差です。街の広場の噴水に青い絵の具を入れたというベルナール・エヴァンの美術が素晴らしい。ちなみに現在日本で売られている「シェルブールの雨傘」は、ヴァルダによる修復版が発売されています。この両方のバージョン、ぜひぜひ日本でも復活させてほしいものです。
・「オープニングにまずはしびれろ!!」
一時、車のCMで大量オンエアされていたので、このオープニング曲を知っている人はかなりいるかと思いますが、問題はCMで流れていた部分の後。その先を聴いてびっくりしたのを今でもよーく覚えています。とりあえずミュージカル映画なので、この曲に合わせた映像とのtoo muchさ。映画開始約5分で確実にノックアウトです。このオープニングを見るだけでも一見の価値ある映画です。
・「詩情あふれる美しい作品」
「ロシュフォールの恋人たち」は、詩情あふれるとても美しい作品だと思いました。
恋・夢・自由(liberte)との出合いを、ミシェル・ルグランの美しい楽曲で綴り、ドラジェのお菓子のような色をした街並みの・ロシュフォール(この映画の撮影のために街の建造物をペイントしたのだとか)でめぐり逢うというもの・・・。また、ドヌーヴ・ドルレアックの姉妹は、ロシュフォールの街に舞い落ちた花びらのようで、絵画的な彩りを添えていたのも魅力のひとつといえますね。
個人的には、ロシュフォールの街の公園の中にあるガラス張りのモダンなカフェ(姉妹のママン=ダニエル・ダリューのお店)に、私も立ち寄ってみたくなりました。(笑)(現存しているのだそうです)
「ロシュフォールの恋人たち」は、“明日、出合うべき素敵なものや時間”を、ゆっくりと思い起こしてみたくなるような、そんなとても素敵な作品です。
・「フランス製ミュージカルの魅力」
ミュージカルといえばアメリカが一般的ですが、わたしにとってのナンバーワン・ミュージカルといえば、迷いなくこのフランス製ミュージカルを挙げます。 衣装・セット・音楽等におけるセンスの良さというのか洒落た感じというのは、アメリカ作品には無いものだと思います。
歌唱については、ダニエル・ダリュウ以外の俳優は別の歌手が吹替をしているのですが、歌手の声質が俳優のものと見事に一致していて違和感は全くないし、何よりどの歌手も歌唱技術が素晴らしいです。ミシェル・ルグランの楽曲の良さももちろんですが、歌手陣もきっと一流なのでしょう。わたしはサウンド・トラックも購入しましたが、よくそれを聴いています。ジャズが好きな方なら、音楽のみでも楽しめると思います。
・「かなしい、物語」
こんなに哀しいお話が、実話だというから泣けてくる。偶然このビデオを借りて見て、何年か前に、カミーユ・クローデル展に行ってきた。あんな想いをしながら、作品をつくっていたんだと思うと、とってもせつなくなった。
本当にかなしいお話ですが、大好きな話です。「考える人」なんて作っているけれど、ロダン、お前が考えろよ、そういう感じです。
・「素晴らしい映画」
素晴らしい、の一言に尽きます。イザベル・アジャーニ最高!カミーユがなぜあんな一生を送らなければならなかったのか。狂気がつのり、自分が作った作品を次々と壊す場面、最後、弟のポール・クローデルに「私はなぜこんなところにいるの」と切ない文章を送る場面など。当時の女性が置かれた状況、彼女自身はきっと最後まで「意識は明晰」だったんだろうな、と思うと、なにも言葉がありません。そういえば日本にも「智恵子」さんがいらっしゃいました。
・「求めても、求めても、」
先日幸運にもカミーユ・クローデルの作品を鑑賞する機会に恵まれ、古いVHSを引っぱり出してきて見直した。
作品から、そして映画から感じられたのは、何かを狂おしいほどに求めるカミーユの姿だった。カミーユがロダンに求めたもの(男女の愛だったり、彫刻の技術だったり、作品のためのインスピレーションだったり)を、ロダンは最初与え、また与えることに喜びを見出したが、次第に疲労していく。求める気持ちが強すぎると、結末は破綻しかないのだろうか。決して自分にはできないし、したくない生き方だけど、あんなにも何かを求めて何かに執着できるのは、ある意味うらやましい。
イザベル・アジャーニは、この手の愛に狂って破滅する役がまさにはまり役。この映画が好きだったら、トリュフォーの「アデルの恋の物語」もお勧め。
・「泣きたい女性はどうぞ」
ずいぶん前に、一人の部屋で泣きながら観ました。こんなに悲しくて悔しくて切なくて・・・・・・主人公に同情と共感を感じ、画面を食い入るようにみていました。彼女の才能は、あまりにロダンだった・・・・・・のでしょうか。愛する思いが強すぎたのでしょうか、ラストの実際のカミーユが悲しすぎます。
・「愛欲地獄のはてに女の瞳にうつる「虚無」」
世間的に成功しているように見えて、作家としての才能・実力は盛りを過ぎているオーギュスト・ロダンと出会った若き日のカミーユ。才能を愛され、運命の相手と公私を生き、師匠の制作の手足となっているうちに、カミーユの才能は彼のエピゴーネンと化し、感情はロダンの優柔不断さに振り回された揚句、別離。運命の恋に破れたカミーユは手を差し伸べてくれた画商もいたのに、破滅。以後30年、精神病院に監禁されたという女の一生。
ロダン「彼女には見える感動がわたしには見えない。彼女の作品はモデルを越えていた。カミーユに必要なのは実制作だ」
カミーユ「彫刻家のあなたはわたしの腹を撫でていたのに気が付かなかった」
カミーユはロダンの子まで産んで育てるのですな。
カミーユの弟ポール「才能は姉を不幸にしただけだった」
でもああいう人生って本当に不幸だろうか。情熱(受難?)に生きて、激しさの記憶のなかに死ぬ。なかなかそうドラマチックで芸術的な人生は味わえるものではありません。
・「☆一生涯忘れられない宝物のような映画☆」
私の生まれる前の作品ながら生涯のベストムービーのひとつ。作品の感想については他の方々のレビューにほぼ同一の意見です。ただ廃盤になっているのか定価のほぼ2倍と非常に高額ですね。それだけ人気の作品だという現れでしょう。ただご覧になった方の中には家の壁紙などがどぎつく感じられた人もいると思います。この作品をこよなく愛する人は、是非US版DVDの購入をお勧めします。前述の壁紙も自然な色合いですし、全体を通して画質が日本版とは比較にならないほど綺麗ですよ!リージョンコードも全く関係なく再生できますし、ジャケットも素敵。私のつたない英語力でも簡単に購入できました。ただし一緒に購入した「ロシュフォールの恋人たち」はコードが引っ掛かって再生不可能でした(T_T)
・「哀しすぎる一篇の詩」
これは、映画というよりも、一篇の詩です。台詞のすべてが、音楽というミュージカルも後にも先にも、見たことがないし、しかも、その音楽に無理がなく、とても自然に最初から最後まで、流れていく。チャイコフスキーの楽曲より有名ではなかろうか、と思われるこのメインテーマは、これを聞いているだけで、哀しくなってくるし、このDVDを観る大昔から、当然、この音楽だけは知っていた。この作品の音楽の編集は大変だったと思うけれど、難しいから、後からもこのパターンのミュージカルはあまりないのだろう。青春の恋の哀しみは、様々な形をとって、いつの時代でも、誰しもが持っているものだと思う。その哀しみをここまで、ストレートに描き、そして、成功している作品はそんなにはない。カトリーヌ・ドヌーヴが、メインテーマの歌を歌いだすシーンには、何か、鳥肌がたつようなものを感じた。そして、ラストシーンは、大人の二人がいる、青春の終わりと哀しみを描いて感動的である。
・「音楽と色彩の美しさ・・・・」
当時20歳のC・ドヌーヴの輝く美しさとM・ルグランの切ない旋律が織りなす別世界。オープニングの雨傘の列を俯瞰で撮った映像に有名なテーマ音楽が重なる瞬間からもう溜息。実写でありながら徹底的に色彩構成にこだわった作りは、今のCG映画クリエイター達には想像もつかないだろう。ドヌーヴが紙の王冠をかぶってこちらを見つめるショットにどきどきしない人はいない筈。
・「一番好きな映画」
映像の美しさ、カトリーヌドヌーヴの可憐さ、ダニエルリカーリの声の美しさ、ストーリーの良さ、それにナント言ってもラストシーンで残る余韻が、アメリカ映画には無い、フランス映画の良さを感じさせる。
・「美しくも切ない永遠の小品 女性向き」
切ない、初恋のお話です。
耳に残るメロディー・セリフ代わりの歌・美しい娘・雨傘のきれいな色と動き。全てがコントロールされた、儚い美しさの小さな箱庭か秘密の宝物のような作品で、人が恋をする限り色褪せない作品です。特に女性には、恋心のあるうちは、人生の上で、成長(又は恋人・パートナーとのポジションの違い)ごとに、何度か観る事をおすすめします。その時々の感慨があるかと思います。
私(男・妻子有り)はこの映画を思い出す時、ある女性の事を想います。小さい時から同じ街に住んでいるのに、今は決して会う事も名前を口に出す事も無い、かつて互いに運命を強く信じた、一生忘れない人です。最期に偶然会った時の悲しい目は忘れられません。だから、この映画については、言葉になりません。そんな映画です。
・「ベストヒット版で再発売して欲しい!」
まだDVDじゃない時代にテレビからビデオ録画しましたが、もう寿命です。地味な作品ですが、見終わると幸せで満腹になります。何度見直しても、またふと見たくなる。多くは語らずとも、この作品をみると、人間の根本的な幸せってこういうことなんだなあ、いかに我々は余計なことにがんじがらめになっていることか・・・。晩餐会が進むごとにどんどん愛に満たされる人たち。そう、おいしい料理は愛情ですよね。こんな名作をどうしてほったらかしにしているのか不思議です。ベストヒット版でぜひ!!再発売して下さい!永久保存版として大切に見たいです。
マーケットプレイス・・・人間の欲の深さを見た思いが致します。シンデレラのビデオにしても、メーカーさんも変な希少価値をつけないで欲しいですよね。名作はみんなでわかちあいましょう!!
・「廃盤に し続ける意味が解りません‥。」
凄く良い映画です。
商業ベースに乗らないつまらない作品をバッサリ切り捨てるのは結構です。しかし こういう本当の名画を切り捨てるのは 権利を持ってるポニーさんにとっても 物凄い損失だと思うんですけど…。
それから もし次にDVD或いはブルーレイを出されるのであれば きっちりとハイビジョンリマスターでお願いします。(現在廃盤になっているDVDは4:3のTVサイズで しかもノンリマスターという ファンをバカにしているような酷い仕様なので)
・「心が洗われる「美味しい」映画」
この映画は公開当初、内容も全く知らないのに無性に観に行きたくなり、映画館に入った記憶がある。観終わった後、映画の素晴らしさに動けなかった。心が洗われる素晴らしい映画である。
ストーリーの情報があまりないようなので、チョコットだけ紹介する。デンマークの漁村に敬虔なプロテスタントである二人の老姉妹が住んでおり、村の老人たちの食事の世話などして暮らしていた。この姉妹のところにパリ・コミューンで家族を失い、母国をすてたバベットという女性がやってきて、家政婦として住みつく。ある日、宝くじが当たったバベットは村人と姉妹に対してお礼の晩餐会を開きたいと提案する。二人の姉妹の少女時代の淡い恋なども絡めてラストの晩餐会へ...
質素で敬虔なプロテスタントの村人にとって見たことも、味わったこともないフランス料理やワイン。だからこそ、ラストの晩餐会の料理がより豪華に見え、料理を味わう人々の気持ちが徐々に変化する様が映画を観る者にも伝わってくる。特に、料理を味わうおばあちゃんの顔が徐々に至福の顔に変わっていくところは「ホッ!」した気持ちになった。料理に老姉妹の少女時代の恋のエッセンスも加わり、本当に観るものの心は洗われ、観終った後は何故かやさしい気持ちになれる。すさんだ現代では、必見の「優しく、美味しい」映画だろう。バベットの作るフランス料理は本当に美味しそうで、この後フランス料理で「ウズラ」を食べてみたくなった。
・「永久保存版」
湿気と寒さと短い春の静かな村に、革命の嵐が吹き荒れるパリからやってきた異国の女性。戒律の厳しいスカンジナビア半島のプロテスタントと、もはや形骸化していたフランスのカソリック。毎日をビールパンで過ごすような村民と、特権階級御用達の高級レストランのシェフ。
一つ間違えれば、ハリウッド産のような大袈裟な映画にすることもできたと思う。宗教色を出すところではBGMにプロの聖歌隊を使い、観客にわかりやすいよう言葉をちりばめる。パリコミューンの説明として、暴動シーンなども挿入するかもしれない。とどめに、晩餐の後、食事の感想を感動的な言葉で誰かに語らせるw
しかし、この映画は原作の「空気感」を忠実に再現し、美しい芸術作品に仕上げた。本当に素晴らしい映画だ。
主人公のバベットは、原作者ブリクセン(ディーネセン)に似ているのかもしれない。(原作者自身も大変なグルメであり、料理の腕前・こだわりも相当なものだった)
補足ですが、バベットの晩餐会のメニューは、エスコフィエのレシピが参考になると知り、彼の著書を探してみましたが、同じメニューは見つからず。(あれば教えてもらいたい)わかったことは、うずらの棺桶風(パイケースを棺桶と見立てた)のうずらは、何度も油をかけて焼いたものらしい。うずらを囓る時のパリッコリッとした音は、グリルではなくコンフィだったからなのだ!さぞ香ばしかったことだろう・・・
・「バベットの晩餐会」
この作品は、86年の米国アカデミー賞受賞作品『愛と哀しみの果て』の原作者として知られるデンマークの女流作家カレン・ブリクセン女史の同名小説を、同じくデンマーク出身のガブリエル・アクセル監督が自ら脚本を書き上げ映画化、それまで取り上げられることの少なかった『食』をテーマにした上質な作品に仕上げ、88年の米国アカデミー賞外国語映画賞を獲得しています。映画は、北欧デンマークの海辺の寒村を舞台に、厳格な牧師だった父の遺志を継いで神に仕える道を選んだ老姉妹マチーネとフィリパの慎ましやかな日常から始まります。そして、二人のもとに身を寄せるフランス人の召使いバベットが数奇な運命の末にこの家に住み着くまでのエピソードが、映画の前半を通して淡々と語られていきます。その間、この映画の特徴とも言える僅かに青みを帯びたアンティークな映像からは、北欧の地に根差した敬虔なプロテスタントの人々の実直な暮らしぶりがリアルに伝わり、あたかも華美を嫌ったフェルメールの絵画を思わせる居心地のよさを感じさせます。映画は中盤、バベットのもとに届いた一通の手紙が発端となり意外な展開を見せ、この映画のクライマックスとも言うべき牧師の生誕100年を祝う晩餐会へと移っていきます。かつて、パリの最高級レストランで天才料理長として名を馳せたバベットが腕によりをかけて拵えた芸術作品ともいえるフランス料理によって、『最後の晩餐』を暗示させる12人の客人ひとりひとりが心豊かに満たされ、忘れかけていた牧師の大切な教えをその胸のうちに呼び覚まされるという大団円の描写は圧巻で、観る者すべてに満ち足りた幸福感をもたらします。
・「静かな美しさ、アイヴォリー・ワールド」
オープニングの美しいピアノの調べ…ウィルコックス夫人のドレスの衣擦れの音…ここからすでに画面にひき付けられてしまう。美しい映画である。それにも増して上品。若い頃には静かな内容にこんなに感動しただろうか?人生を積み重ねてみれば、より心に響くように感じる登場人物の台詞の数々。私自身はこの映画でエマ・トンプソンのファンになった。彼女は原作のマーガレット役にぴったりだと思う。夫の過去の不貞を知り、マーガレットが激しく泣き崩れるシーン(このシーンは原作にはなかった様に思うが…?)や駅のシーン、クリの木の話など印象に残る。美しい映像はレナード・バストが迷い歩く森の中の紫色(青?)の「つりがね草」の群生の場面にも現われている。字幕には「つりがね草」とあり、ラベンダーかと思って図鑑でも調べたが違っていた。(どなたかも仰っているように、これはイギリスの森の中で良く見られるブルーベルの群生だった。)ここはいつ観ても美しいシーンである。何度も観たい映画はそうありはしないが、私にとって「ハワーズエンド」はそのナンバーワンに挙げられるかも知れない。
・「一瞬たりとも目が離せません」
一時期、イギリス映画ばかり見ていた。特に、ジェイムズ・アイヴォリー監督作品はどれもすばらしいものばかりである。ブルーベル(野生のヒヤシンスの仲間だと思うのだが)の群生する森を、レナードが彷徨うシーンをもう一度見たくてDVDを買うことにした。そのシーンはもちろん、古いハワーズ・エンド邸とその周りの風景、ウィルコックス家の家具、インテリア、壁一面の絵画、よく手入れされた緑の絨毯や大木に咲き乱れる花、イギリスらしい野の花が所々に織り込まれ、スローモーションで観たいくらい全てが美しく、格調高い映画である。ハワーズ・エンドの呪いとも思える殺人事件が起きてしまうのだが、それほど怖いシーンではなく、穏やかなハッピーエンドとも言えるので、何度でも観たい映画のひとつになった。 映像と同様に音楽もすばらしく、「モーリス」と同じ、リチャード・ロビンスが手がけている。作品中、象徴的にベートーベンの「運命」が流れるのだが、レンの「頭痛」と、汽車の「騒音」と、「運命」とを重ね合わせるテクニックは凄いと思った。こういう良質の作品を観てしまうと、同じテーマ曲を流すだけのTVドラマが安っぽく見えてしまうのが悲しい。
・「イギリス人の家観と翻弄される運命」
イギリス人は自分の家を持ちたがり、家をすごく大事にする、古ければ古いほど価値がある、ということを、イギリス留学中に聴いたことを思い出しました。そういう、イギリス人の家に対する執着というのは、お天気が悪い日が多いイギリスでは、家の中で過ごさねばならない日が多いからかもしれません。家は心地良いようにいろいろと工夫し、改装したり、調度品を置いたりと、手がかけられているのが一般的です。
・「文学を映像でみる楽しさを満喫させてくれる傑作」
複雑でありながらシンプル、崇高にして世俗的、夢みるようでいながら現実的、というイギリス文化の多彩な要素を、かなりコミカルに描いた傑作だと感じます。そして映像の気高いほどの美しさよ!ブルーベルのシーンには、まるで金脈を掘り当てた人のようにぞくぞくしました。 ところがこのお話はそう易々と見る人をほろ酔い加減のままにはしておかない。絶妙なペースでお話は進み、あっ、と思うような展開へと進んでいく。この意外性もまたこの作品の魅力であると思います。 俳優たちのアンサンブルが素晴らしい。ホプキンス、トンプソン、カーターはもちろんですが、早々と姿を消してしまうウイルコックス夫人を演じたヴァネッサ・レッドグレーブの存在感にはため息が出ます。音楽のようなその英語をもっと聞いていたかった。夫人はハワーズ・エンドを自分の分身と考えていたのでしょう。だからいちばん愛してくれる人に残したかった。彼女が書いた書き付けは燃やされてしまったけれど、結局はその思い通りになったのですね。亡くなってからも存在感を感じさせる役どころに、レッドグレーブはぴったりでした。 これは一回見るだけの映画ではないようです。DVDの棚の中でも、特等席において、何度も楽しむ作品だと思います。
・「「一番好きな映画」の中のいちばん」
好きな映画を一本に絞りこむのは難しいけれど、どうしても一本と言われたらこの映画を挙げるだろう。ただ万人向けではない。友人に勧めたら「つまらない」の一言が返ってきたし、好みの分かっている人に対しては勧めにくい映画だと思う。ただ、すべてにおいて一流だということは好みに合う合わぬは別にして価値があると思う。映し出された自然、人間の表情の陰影、建物の存在感、鑑賞に値する演技、小道具など細部に至るまで、何度見てもため息が出る映画です。
・「笑いでギリシャ軍事政権を倒した社会派サスペンス」
今まで見た数千本の映画の中で最も笑えた映画だが、映画館を出たときは背筋が寒くなっていた。トランティニャンが演じた予審判事は、その後、軍事政権を倒した後のギリシャ大統領になり、この映画の関係者も何人かがこの政権に参加したと聞く。
ジャック・ペランが制作し、イブ・モンタンはじめ多くの名優たちが無給覚悟で参加したこの映画は、現実の世界も変えたのである。映画館で10回見て、ビデオを2本買い、DVDも買ってしまった。
・「政治的に熱い時代の、傑作サスペンス。」
コスタ・ガブラス、イブ・モンタン(彼は後に転向するが)を始め、フランスの左翼民主系映画人が多数結集した政治サスペンスの秀作。冒頭、某独裁国家の警察幹部達の会合で、コミュニストを害虫に例えて、繁殖する前に駆除するべきと力説する長官の言葉がコワイ。この後、民主化を説く左翼のオピニオン・リーダーが暗殺され、警察の上層部が事件に関与していた事が分かるが、、、。極めて政治的な映画だが、良い意味で通俗的な為、筑紫哲也のニュースショーや、今は無き反権力スキャンダルマガジン「噂の真相」を見たり読んだりする感覚で楽しめる。作り手側の政治的スタンスが明快な為、警察権力が見事なまでに愚弄されるが、結局、国家権力を甘く見たらイカンとの厳しい現実が待っている。映画のタイトルの本当の意味が分かるラストは、真に抑圧、差別からの自由と解放を願う人々にとって感動的であるが、現実問題としての共産主義の終焉と、左翼勢力の衰退が著しい今日、その言葉は重く、苦い。
・「ポリティカル・エンタテインメントの傑作」
久しぶりにDVDで再見しましたが、ミステリ的な手法を生かしてシリアスな政治劇を見事なエンタテインメントに昇華させたコンスタンタン・コスタ=ガブラス監督の演出に改めて感心しました。フラッシュバックを駆使した短いショットの積み重ねが最後までサスペンスを持続させます。俳優陣も揃って好演。特にジャン=ルイ・トランティニャンの演技は絶品です。
・「何度観てもいいものはいい」
久々に観た。再観、再々観にたえる名作であると改めて認識した。
みちのく国際ミステリ映画祭に、ジャン・ルイ・トランティニャン氏をゲストとしてお招きしたことがある。確か日本に来たのは「男と女」のプロモーション以来だった。その「男と女」のことばかり、どこに行っても言われるらしい。「わたしはほかにもたくさんの映画に出ているのに」とおっしゃったので、「そうでよね。ぼくは『Z』が好きですよ」と言ったら、ニヤリと笑った。ご本人もとても気に入っている作品のようだった。
ロバート・レッドフォードにはこの映画を見直してから、『大いなる陰謀』に取り組んでほしかった。
・「ジャン=ルイ・トランティニャンの演技が素晴らしい」
政治的なメッセージを強く打ち出せるテーマでありながら、コスタ=ガヴラス監督は右とか左といった思想表現を強くは前面に出さず、政治サスペンス映画としての傑作に仕上げている。 前半はイヴ・モンタン演じる進歩派の野党議員を主人公に、彼が殺されるまでを描き、後半は議員の死についての捜査を行う予備判事を中心に描いているが、初見の時はイヴ・モンタンが主演だと思っていたので前半のみで彼が殺されてしまったのはビックリした記憶がある。(ヒッチコックの「サイコ」のような構成) しかし、予備判事を演じるジャン=ルイ・トランティニャンの演技が圧倒的に素晴らしく、国家の権力者たちの脅しに屈せず、なおかつ反体勢力に過剰に同情的な態度もとらず、クールに尋問捜査を続けていく姿が印象的であった。そして最後に陰謀に首謀者たちを次々と起訴していく所は溜飲の下がる思いがしたが、その後のラストのニュースとナレーションは衝撃的で、現実のギリシャの暗殺事件の場合も同様の結末であったことを考えると、理想に燃えて活動しても現実はそう甘くはないことを痛感させられる。 時折、挿入されるフラッシュ・バックが短くても非常に効果的で、邦画のまどろっこしい回想場面とは異なり、最小限の映像表現で全体にカットに無駄がなく、政治を扱ったドラマ特有のディスカッションでだれてしまうような展開や、作り手側の過剰な思い入れによる政治的メッセージがないので、この手の映画が苦手な人でも十分に楽しめる。
・「マリアンヌ・フェイスフルがきれいすぎ!」
1966年のフランス映画なのに、全く古さを感じさせない映画です。60年代を思わせるようなカラフルなファッションや、セルジュ・ゲンスブールによる音楽が頻繁に出てくるなど、ミュージカルに近いと思います。そのためストーリーを楽しむというより、音楽や映像を楽しむという感じですが、音楽が良いので何度も観てしまいます。特に、当時ミック・ジャガーと付き合っていたマリアンヌ・フェイスフルが一曲披露する場面があり、彼女の容姿や歌声はキレイすぎてため息が出るほどで、一見の価値ありです。
・「モチ最高!この感覚」
フランスって国はすごい。国営放送が初めてのカラー映像をサービスしたのがこの作品とはね。物語はシンプルだが、その流れる音楽がさすがはセルジュ・ゲンスブール様、敬服します。さらにファッションも奇抜で面白い。フランスの海はいいですねー、ラメール。
・「古くない」
これが、43年前の映画なの?
とにかく、アンナ・カリーナがかわいくて、セルジュ・ゲンズブールがステキ。おしゃれで見ていて楽しくなる。
話も、王道の少女マンガでスキ。ミュージカルが苦手な方も、ぜんぜん見やすいと思います。
・「ポップな映像とキャッチーな音楽、今も色あせない最高のシネマ!」
この映画を見たのは今から10年前(VHS)。DVDで再発を願っています。映画のストーリーは極めてシンプルなラヴ・ストーリー。しかし、映画に登場する人やファッションが斬新で今見ても全然古くない。さらに画質もなぜだか綺麗。ソトーリーの進行途中で歌が突然始まるが違和感が無いどころかオシャレ。リラックスしたい時に流し見することができる。アンナ・カリーナの魅力が200%でた最高のシネマ
・「全然肩に力が入ってないミュージカル映画」
アンナ・カリーナファンはもちろんのこと、ゲンズブールファンも必見のフレンチミュージカル。あれ、この歌って・・・って思うこと間違いなしです。アンナを初め、登場人物のファッションもぜひ注目!
ちなみに、ミュージカル映画とは言え、そこはフランス人、結構だらだらって感じで妙に普通に歌ってるので、見ているほうも全然疲れなくていいかも。
・「再発を・・・」
VHSをもっていますが(←美しいジャケットデザインです)、DVDのジャケットもなかなか素敵ですね…。このソフトも当然欲しいのですが、中古は高いな…。私のビデオは、ずいぶん画質が傷んでしまいました。是非、再発してください。首を長くして待っています。
・「タルコフスキーの白鳥の歌」
私はあまり映画というものを、ストーリーで理解しない(できない)たちです。「核戦争の恐怖」は確かに1つのテーマでしょうが、「犠牲」というタイトルが意味するものは、もっと深いもの、生存の根本にかかわるものを暗示しているように思います。
個人的に、マリアと呼ばれているアイスランド人の女性が好きです。この女性は魔女であるとも言われ、他の人々と距離をおいている。寡黙で地味な存在ですが、神秘的な雰囲気を持っており、一人で離れた小屋に住んでいる。疲れた主人公は、結局自分の家政婦であるこの女性のところに行って癒される。
こういうキャラクターを見ると、もちろんタルコフスキーの技量でもあるでしょうが、ヨーロッパという世界の文化の深さを、蓄積を感じさせます。「個」であること、他と同化せずに、覚めて自分自身であること、、、
最後に主人公が家に放火した後、救急車で運ばれますが、それをひとり自転車で追いかけるのも彼女です。その姿には、感情よりも、ひとつの意志が現れているようで、美しいと感じます。
最初劇場で見、その後ビデオやBSで何度見たかわかりませんが、最後の「希望をもて」というテロップを見るといつも涙が溢れてきます。
・「枯れ木から「生命の木」へ・・・タルコフスキーの遺言。」
『僕の村は戦場だった』の最後に、一瞬だけ登場する象徴的な枯れ木のイメージが、『サクリファイス』での「生命の木」へと繋がっていく説は有名だが、果たしてタルコフスキー自身がそのことを意識してこの脚本を書いたのか、非常に知りたい。
癌で亡くなったタルコフスキーがこの作品の前に作ったのが『ノスタルジア』。イタリアを訪れているロシア人にまつわる話でした。そういえば、あの映画の主人公は病に苦しんでおり、あのラストへと到達する訳ですが、果たして『ノスタルジア』を作っていた当時からタルコフスキーは死を予感していたのでしょうか。あるいは、イタリアに亡命していた時点で自らの精神の敗北を感じていたタルコフスキーにとって、「死」と言うべきものは身近な、あるいは既に経験し㡊??ものだったのか。
その意味で、この映画はタルコフスキー映画の中で最も希望を感じさせる映画だと思います。汎神論的世界観の中で、現実に絶望しながら、そしてそれに上手く対応できない自分を憂いながら、自らの思い、希望を幼い息子に伝えようとする一人の老人。
それはそのまま、自分の息子に「アンドレイ」と自分と同じ名前を名付けた、タルコフスキー自身の姿と言って差し支えないと思います。
あるいは、アレクサンドルが映画の序盤で、口の利けない息子に教える、枯れ木に水をやり続けた一人の僧のエピソード。あり得ないことを、それでも信じることの意義そのものを、この映画は問うているのかもしれません。
劇中使われるバッハ・マタイ受難曲中のタイトル、「神よ、私のこの涙にかけて憐れみく!ださい、みてください」は、そのまま、この作品を理解する鍵ともなるでしょう。
相変わらず美しいラスト。タルコフスキー専売特許(笑)の「水と光と木」が同じ画面に同居しながら、タルコフスキー自身による言葉が重なります。
「希望と確信を以て-----------アンドレイ・タルコフスキー」
歴史に翻弄されながらも、その命を映画に刻み続けて生きた、一人の芸術家による見事な終章です。
・「誰がための犠牲か」
タルコフスキー監督の映画で、最初に見たのがこの映画でした。
正直なところ、最初に観た時は、自分が想像していたものと違ったように感じられ、一度観ただけでしばらくお蔵入りしていたのですが、忘れかけた頃、再度引っ張り出して、何度か観返しているうちに、何かしか感じるものが生まれてきました。今の私にそれを上手く表現することはできないのですが…。
しかし、アレクサンデルがマリアの胸に抱かれて、宙に浮かび、彼女が慰めの言葉を発するとき、この孤独な男の魂に安らぎが与えられたのかなと、勝手に思いました。そしてそれはタルコフスキー本人が求めていたものでもあるのかな、と。
核戦争勃発の放送が流れ、絶望と混沌の中、アレクサンデルが家族も、家も、名声も、自分が持てるもの全てを捨てるので、世界を救ってください、と神に祈り、その願いが叶えられたことで、彼は最後の儀式を行なうわけですが、確かにこの行為は「サクリファイス(犠牲)」であると思います。しかし、監督が伝えたかったのは、単に自分を犠牲にして世界を救う、というストーリーではなく、もっと深い何かが込められているように思います。
その感じるものは、人それぞれであると思います。
私が思ったのは、この犠牲によってアレクサンデル自身の魂も様々な呪縛から解放された、言い換えれば自分自身を解放するためには、自分を滅ぼすしかなかった、自分の体(キリスト教的に言えば『肉』)を犠牲にすることで、自分の魂(キリスト教的に言えば『霊』)に安らぎを与えた、ということなのか、と思いました。全てを神に委ねることで、ようやく心に、魂に平安が訪れた、と。
では、家族やその友人達は?それは私にも分かりません。
またバッハの「マタイ受難曲」がこの映画に綺麗に合っていたと思います。
・「祈り」
核戦争が人類を滅ぼそうとしている。その最後の日、主人公は自分の命を引き替えに愛する世界を平和にして欲しいと神に祈る…
粗筋を書くと戦争映画のようである。が、これは戦争に重きを置いたものではなく、主人公である一人の老人の強い祈りと神への想いを描いた作品である。
タルコフスキーは他の作品を観てもその命や魂を神に捧げ、もやしているように感じる。主人公の老人はタルコフスキー自身だ。この舞台は変化のない美しい白夜の広がる北欧。戦争などまるで及んでいないか…ここ以外の世界は消えてしまっているかのような静けさだ。とにかく映像が美しい。暗い森や煤けた鏡に映る青白い肌。タルコフスキーの作品には欠かせない水の音。凍てついた冬を忘れられないまま人々は静かに話す。そしてその中で老人は一心不乱に祈る。誰にも理解されずとも体を引きずって。もしかしたら戦争自体も老人の思い込みなのかもしれない。しかしその祈りの強さが心を打つ。
タルコフスキーはこの作品を最後に若くして亡くなってしまった。だから余計に、私にはこの祈りがひたすら透明で切実なものに感じるのだ。
最後の最後、主人公の息子が小さく神様に問い掛ける。その姿とセリフがとても印象的で、その瞬間この映画をものすごくものすごく好きになった。
どうしてなの?少年が訊くのは父にだが、瞳はまっすぐ神に向けられている。
・「川本三郎氏曰く「エスニシティは普遍性である」」
タイトルからイメージして「際物映画か」とずっと思っていました(監督の『ハモンハモン』も『ルルの時代』もなかなかに無茶苦茶でしたし)。しかしNHKのBSで偶然見て評価を改めました。比較するならフェリーニの『アマルコンド』に近いものがあります。ノスタルジックで、その中心にあるのは年上の女性に対する思春期前のそこはかとない思慕です。それとは別個に大人達の恋の鞘当てや日常生活が描かれ、そして少年は大人への扉を開いていくのです。カトリックの国ならではの、大らかさの中にある倫理性と、そして聖母的なるものを求める心象があります。
それから美術的な意匠にも目を見張るものがあります。ハリウッド的な美術に慣れてしまっていると、映画の根源であるこの見せ物的な美術にかえってハッとさせられます。カタルーニャの人間ピラミッドが冒頭とラストに出てきますが、人工的ではない、人のぬくもりのあるスタイリッシュさに感動します。回転する箱の上のマチルダ・メイも同様です。随所にセンスの良さが光っているのです。
かつてヨーロッパ映画がハリウッド映画以上に日本で上映されていた時期がありました。しかし今となっては、外国映画はすなわちハリウッド映画であり、スターの人気投票上位にアラン・ドロンやC.カルディナーレがランクインしていた時代がウソのようです。しかし確実にヨーロッパでは良い映画が作られ続けており、特に近年のスペイン映画は素晴らしい(少し前まで日本に入ってくるスペイン映画はエリセ監督作位のものだったのです)。この映画もまたしかり。万国向けではないものの、地域性に徹しているからこそより深い所で普遍的なのです。色々な出自を持つ主人公が交錯しますが、皆憎めなく、人間くささを十二分に伝えてくれます。現代日本に生きる我々にとってそれは無い物ねだりなのかも知れませんが、それでもやはり心の琴線に触れてきます。
・「テテの宝物探し」
女の子にあって男の子にないものは?男の子は自分にない「おっぱい」が大好き。プリンよりもやわらかく、甘いミルクをたたえる大好きなおっぱいを弟にとられてしまった9歳の少年テテ(これも胸ーTetaーに響きが似てます)自分だけのおっぱいを捜し、出会ったのがフランス人の旅の踊り子エストレリータ。彼女はフランス人の夫と暮らしています。街のスペイン人青年ミゲルも彼女に恋して、テテとミゲルの二人は彼女の愛をめぐって熾烈な争いを繰り広げるのです。少年のちょっと切なくも甘い年上の女性への憧れと母親への思慕、そしておっぱいを捜していた少年が、男の子にしかないものを最後に手にいれるまで、非常にコミカルかつ個性的に描かれていました。スペイン語ではなくカタラン語だったので、初めて聞くカタラン語の響きと彼らの習慣もなかなか面白く感じました。
・「妄想癖のある男の子という設定が妄想であるような気がする」
生まれたばかりの弟に母親の愛情を奪われて欲求不満気味の9歳児テテ。フランスからやってきた旅芸人夫婦の妻エストレリータのおっぱいを何とか自分のものにしたいと妄想をふくらませます。しかし彼女を狙っていたのはテテばかりでなく、地元の青年ミゲルも得意の伝統民謡で彼女の心を奪おうと試みるのですが…。
カタロニア地方出身の監督ビガス・ルナが95年に撮った作品で、ベネチア映画祭で脚本賞を受賞しています。
スペイン語のヒヤリング練習もかねて手にしたのですが、少々当てがはずれました。台詞の大半は旅芸人夫婦の出身国フランス語と舞台となった地方のカタラン語でした。カステジャーノ(日本でスペイン語という場合に意味する言語)がかろうじて聞こえてくるのはエストレリータがスペイン人と話す際に使うリンガ・フランカ(日本で言えば、例えば沖縄の人と福島の人が使う共通語のようなもの)としてだけです。
テテのcoming of age物語として見るにはちょっと無理があり、結局彼は豊満なおっぱいを母親の象徴としてしゃぶってみたいと考えるだけの無邪気な男の子に終始しています。ですから彼にとっては女性の乳房は性の対象になる以前の存在です。
私も弟に母親を奪われたという被害者意識を強くもった経験がありますが、だからといって9歳にもなって母親の乳房を奪い返そうとは思いませんでした。だから設定に納得がいかなくてこの映画を素直に楽しむことが出来なかったのです。こういう設定をよしとするのは監督の妄想ではないかと、ちょっと意地悪に考えてしまいました。
映画の冒頭とラストに出てくる「人間の塔」はなかなか圧巻。テテ役の少年は実際にこの塔の登り手だったところをルナ監督にスカウトされたそうです。
・「フランス映画の傑作」
久々にフランス映画の偉大さを再認識した映画です。音楽(芸術)とは何か?人の生きる意味とは何か?芸術や精神の世界と世俗の世界の対比が美しいフランスの自然を背景に描かれます。古楽界の天才サヴァールが監修、演奏したヴィオールの演奏の素晴らしさもあいまって、観衆は一時現実から遠い世界へ旅に出て人間や自然がかってそうであった純粋な世界がどのようなものであったかを教えられます。特に孤高の音楽家サント・コロンブを演じたジャン・ピエール・マリエルの演技に感銘を受けました。アランコルノー監督は谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」に影響を受け、光と闇の表現に努めたと聞いています。世俗と芸術、自然、暗闇と光、人間の生と死等が17世紀のフランスの再現の中に表現され素晴らしい効果をあげた作品です。
・「師弟の確執」
ヴィオールの名手サント・コロンブに入門を許された若干17歳のマラン・マレには師が選んだ、一切を捨てた孤高の芸術を理解できる筈もなかった。いやむしろ当時音楽家として成功する為の唯一の道であった宮廷音楽家への願望を頭から拒んだコロンブの方がよほど意固地であり、将来あるマレの才能を偏狭な自己の哲学に閉じ込めようとしたことの方が無理難題だったと言うべきだろう。それ故にマレのヴィオールを叩き壊してしまうシーンには、誰にも理解してもらえないことへのやり場のない自分自身への怒りさえ感じられるのだ。しかし晩年のマレは師の至った芸の境地を初めて理解する。そして自分が犯した過ち、つまりコロンブの娘マドレーヌを利用して師の奥義を盗もうとしたこと、彼女を死に追いやったことへの深い悔恨を覚える。ラスト・シーンで師弟間の葛藤は昇華されるが、決してこの物語に晴れ晴れしい結末をもたらすものではなく、むしろ一種の虚しさを私たちの心に残す。将来の夢を賭けていた、一介の靴屋の倅でしかなかったマレにとって他にどんな方法があっただろうか。たとえコロンブの技法を会得したとしても、片田舎で燻ぶるだけの生活は彼にとって何の魅力も無かったに違いない。アラン・コルノー監督の周到な準備による繊細かつ巧妙な演出も去ることながら、主役の4人に実力派の役者を配したことがこの作品を成功に導いている。因みにこの映画で若き日のマレを演じたジェラールの息子、ギョーム・ドパルデュは惜しくも2008年に37歳で亡くなっている。尚この作品は2007年にフランスのステュディオ・カナルからサウンド・トラック付のリイシュー廉価版として再リリースされた。勿論原語のみで字幕スーパーも無いが、日本でも復活されるべき名作だ。
・「映画芸術」
この映画は、高いお金を出してまで買って見る価値があります。私はこの映画を見て人生が変わったと言えば、かなり大げさですが、少なくとも私の人生に影響を与えた事は間違えありません。言うなればこの映画そのものが、「芸術作品」つまり、「音楽映画芸術」といった、音楽映画という一つの芸術のジャンルを思わせる作品です。
・「皮肉にまみれたPOPの極意 」
革新的写真家として、ロバート・フランクらと同等の支持を得るウィリアム・クライン。アメリカ人である彼が、写真家活動の中心地としていた60年代のパリ・モード界を、独自の視点で描き出した映像作品です。代表的写真集『NEW YORK』を始めとする大都市を舞台とした群像写真と、ヴォ-グ誌で見せたファッション写真、その両要素が余す所なく凝縮されたような作品で、映像としての魅力は計り知れません。兎角、主人公ポリーの愛らしさと魅力的なファッション性が話題になる本作ですが、ストーリーや人物の描写にも、実に彼らしい『毒』のある視点が発揮されており、じっくり観れば、決してただの「カワイイ映画」では終らない所が大きな魅力だと思います。そして、ウィリアム・クラインの写真を一度でも見た者なら、一目で彼の仕事だと判る独自の構図美と、先鋭的なビジュアル感覚が全てを支え、ゴダールやトリュフォーとはまた違った見応えを確立しています。少々大袈裟かも知れませんが、「主役とその他大勢」という図ではなく、「その他大勢を描写するための主役」という視点で観れば、監督の意図する所が見える気がします。音楽をミシェル・ルグランが担当している点も注目です。当時、この作品を観たファッションジャーナリスト達が、こぞって激怒したという皮肉にまみれた冒頭シーンから全ては始まります。
・「キュート!!!」
ほんとに何度見ても飽きない映画。60年代好きには絶対にはずせません。ファッション&メイクは凄く参考になりますよ。古い洋書でしかみることのできなかったモデルも多数出演してます。映画を見終わった後はポリーのとりこになることまちがいなし。絶対オススメ!!
・「まさにウィリアムクライン」
この映画はほんと最高です。ウィリアムクラインが何を考えてるのかがわからないくらいお洒落れすぎます。30年以上も前にこんなハイセンスな映画つくちゃうんだからフランス人のセンスには脱帽。主役のポリーマグーがかわいいっていうだけで観る価値あるしモード系に興味あるひとや60sから70sにかけてのヨーロッパのファションやメイクに関心あるかた是非観て下さい。
・「クラインの皮肉たっぷりな傑作。」
誰が見ても(好きな人には)バレバレなダイアナ・ウ゛リーランドのパクリっぷりから始まり、コレでもかと、当時のトップモデルを使いまくって描いた“おしゃれな映画の皮を被った痛烈な批判映画”ジャン・ロシュフォールは『髪結いの亭主』に出演しているが、若かったなあ。ウ゛リーランドは『ピンクはインドのネイビーブルー』など名(迷)言を残したVogueの歴史に残る名編集長だったが、まさか雇っていた写真家にパクられちゃうとは。よくも悪くも凄い人。
彼女のパロディは『パリの恋人』でも出てきます。このとおり濃~い人なのですぐ分かります。シュールでカワイイエンディングのアニメーションはフランスの奇才ローラン・トポールです。トポールはイイ仕事をいっぱい残した人。チェックして損はないです。
この時代が好きで写真が好きな人向けですね。なので星3っつが妥当かな。
・「原題は「Au Revoir Les Enfants 」、日本の題名そのものです。是非、御覧になってもらいたい、名匠Louis Malleの名作です。」
この名作は20年以上前に観ました。それが本日BSで放送されました!また放映される可能性もあるでしょう。あらすじも、感想も多くのレビューアーさんのおっしゃる通りです。短く言えば、ナチス占領下のフランスの寄宿学校を舞台に、ジュリアン・カンタン(フランス人)、ジャン・ボネ(ユダヤ人)の2人の少年の出会い、友情、悲別を名匠Louis Malleが詩情豊かに少年たちの心の動きをくっきりと浮かび上がらせて描いてみせる。夜、2人で千夜一夜物語を小さなライトで照らしながら読む場面など、青春そのものでさえある。この映画には大展開は余りない、しかしそのことがかえって、最後の悲劇をemotionalなものにしている。振り返ったジャン神父が“Au Revoir Les Enfants・・・”と答える。その言葉がGoodbye gave them birth. ・・・と私は感じました。 良い映画です。
・「さよなら子供たち」
ラストの「オヴォワー、レゾンフォン」のセリフ、思い出すだけで涙が出てきます。そして子供たちの、「オヴォワー」と一人一人しっかり返したその勇気と、先生(であり司祭でもある)に対する厳でまっすぐな敬意の表しかたには脱帽です。感動のラストシーンです。戦争のもつ残虐性を流血行為を1シーンも使わず余すところなく伝えた、ルイ・マル監督の秀作だと思います。
・「戦争の切り裂くもの」
第二次大戦中、ナチス占領下のパリ郊外のカトリック系寄宿学校。ボネというひとりの転校生がやってくる。優秀でどこか大人びた雰囲気を持つボネにジュリアンは対抗心を抱きながらも、二人はだんだんと仲良くなってゆく。しかし「反ユダヤ」の影が学校にもやってきて…。
血は一滴も流れない、死人も出ない、悲惨な暴力シーンもない。そういった形で描かれる戦争(映画)もありますが、それだけが戦争ではありません。日常でのユダヤ人差別もそうですし、理不尽に引き裂かれるひととひとの関係、あるいは壊されたひとの良心みたいなものもそうです。この映画で主に描かれているのも、戦時下での少年たちの、日常の、学校生活。それも非常に淡々とです。だからこそあのラストシーンにはぐっとくるし、戦争は(当たり前のことですが)こんな形でもひとを切り裂くんだと、改めて思わせてくれます。これはルイ・マル監督の自伝的作品だそうで。ラスト、ジュリアン少年の顔に重なる(おそらくはルイ・マル自身の=大人になったジュリアンの)「声」が忘れられません。
「反ユダヤ」はナチの特権ではありません。レジスタンスでナチに抵抗していたフランスでも、ユダヤ人の「密告」は日常的に行われ、戦後何十年かたってようやくその事実が公然に暴かれたそうです。この映画でもフランス人による「反ユダヤ」、「密告」が「戦争が切り裂くもの」につながっています。
・「ぴりっとまとまっている」
舞台は第二次世界大戦下、フランスの小さな寄宿制カソリック学校。ここで経済的に恵まれた家の子どもたちが戦火激しいパリを抜けて集団疎開をしている。校長をはじめ教員はみなとても良心的で、子どもたちがなるべく子どもらしい生活ができるよう心を配ってくれている。が、子どもたちはときおり襲う空襲に怯えたり、都会に残した両親の身を案じたりしながら、すごしている。やがて、子どもたちはある事件をきっかけにして、友達や校長との別れを迎えることになる。 テーマ、筋運びともに簡潔、上映時間106分、ぴりっとまとまっている。また、竹馬やうでたてふせ、映画鑑賞、切手収集など、日本の子どもたちにもなじみのある場面も多く出てくる。作中の子どもたちと同年齢ぐらいの小学校高学年ぐらいからの鑑賞をおすすめしたい。 ユダヤ人の子どもたちを宗教の違いを越えて命がけで守ってくれた校長(保護者参観日に行なった説教もすばらしい)、ドイツ軍の学校視察があるにもかかわらず情報を伝えてくれた教員、感服した。でもやはり、子どもたちは平和的な環境で、育てたいし、育ってほしいと思う。
・「映像美にも注目」
感動の最終場面もさることながら、全編にわたって、悲しいストーリーを暗示するかのような、明度のおさえられた美しい映像にも注目です。公開時にはまったく気にしていなかったのですが、今回クレジットをよーく見たら、撮影はレナート・ベルタではないですか! この作品の映像美は、彼の功績ですねきっと。この透きとおった美しい映像美をさらに追求したい方には、ダニエル・シュミットの『デ・ジャ・ヴュ(邦題)』をおすすめします。
・「まさに巡りゆく人生の四季」
1960年代から活躍するロメールが、1980年代末から1990年代後半にかけて撮った四季の物語シリーズ。ロメール映画の特徴である、バカンスの海と緑のむせ返るような香り、平凡な人びとの複雑な日常、よどみなく続くおしゃべり、いかした女の子にダメダメな男たち、などがつめこまれている。
ロメールもフランス映画も慣れてない人は『夏物語』(1996)からをオススメ。出てくる若者たちはみな美しいし、とにかくバカンスの風景が気持ちいい。ロメールの代表作のひとつ『海辺のポーリーヌ』(1983)のアマンダ・ラングレが、キュートさはそのままに魅力的なお姉さんになっているのが必見。
春と秋では、ロメールが初期から頻繁に描いて来た女の友情が描かれている。軽めでかわいらしい『春のソナタ』(1990)もいいけれど、特に『恋の秋』(1998)の中年女性たちが、同性から見て本当に素敵。
これら四作品で、おそらくいちばん一般受けしにくいと思われる『冬物語』(1991)は、しかしロメール映画の根底に流れる哲学が最もよく表れた作品かもしれない。この一見地味な作品は、「どんなに確率が低いことでも何かを信じて生きることのほうがずっと幸せだ」という、ロメール自身が「パスカルの賭け」と呼ぶ哲学に満ちている。個人的には一番のお気に入り。真実の愛を信じたくなる映画。
・「エリック・ロメール 四季の物語」
派手さのない静かなやさしさに包まれた四季のうつろい。ともすれば雑踏の中で目立たないままかき消されるごくなにげない幸せ。そんな、特別でない人々の四季おりおりの情景を透明感あふれるタッチで軽やかに豊かに描ききった秀作の4部。世の中の野心や欲望を離れた心地よい空間が欲しくなる時には
ロメールの穏やかな優しさを通して描かれた、てらわない感情とその風景に癒されます。
・「アブノーマル感濃厚なスリラー」
女優にも負けないくらい美しいキャサリン・ピグロー監督のスリラー。脚本には「ヒッチャー」のエリック・レッドが参加しており、アブノーマル感濃厚な映画になっています。ヒロインのジェイミー・リー・カーチスの警官姿もそれに拍車をかけており、とても魅力的。無名時代のトム・サイズモアが相手のコンビニシーンのスリルは必見です。
・「傑作なんだけど・・・・・」
リアリティあふれる傑作ポリスムービーなのは間違いないんだけど、チンピラ強盗が使っている銃が44マグなのはどうかと思う。もちろんそれも盗品なら有りなのかも知れないけど、もっと普通の銃でよかった。この映画の面白さはそんなところに無い。あと、VHSで出ていた吹替えが収録されていないのは大減点。平野文の声がぴったりの傑作吹替えだったのに。
・「隠れた秀作、もっと評価されても良い!!!」
本作、だいぶ以前にテレビ放映され、その時の印象が強烈で、DVDになったときにすぐに購入。ダイナミックな演出のイメージが強いキャサリン・ビグローの監督出世作とされているものであるが、荒削りながら随所に非凡な演出が窺われる。いきなり、冒頭のタイトルバックが見事! 本作は女性警官を主人公としたポリス・アクションであるが、主役のジェイミー・リーカーチスの制服姿が倒錯的な美しさで、全編何ともアブノーマルな雰囲気が漂っている。これは明らかに意識的な演出。この監督、露骨には描かないものの、性的な倒錯感を漂わせる演出が見事。また、犯人役のロン・シルバが狂気の殺人犯の不気味さを怪演。脚本が少々雑ながら、演出の見事さでぐいぐい見せる。脇役も実はかなり贅沢で、B級サスペンスの仕上がりながら、一度見たら忘れることのできない印象を残す秀作。もっと評価されても良いし、知られても良い。
・「隠れた佳作」
某ブックオフで1550円で売ってました。見つけた時は目を疑いました。
いや、評価通り面白いです。けして派手ではないし、ヒロインが特に魅力がある訳ではない。(失礼)殺人鬼も迫力不足。
だからこそ等身大のサスペンスとリアルなアクションが感じられます。
いや、観ていてヒリヒリする…。
・「2006年現在、バンダイビジュアルに版権がない」
戦争映画ファンには大変有名な作品です。第2次世界大戦を描いた映画のランキングでは、常にベスト5以内をキープしており、伝説化しています。しかし残念なことに再リリース化されておらず、かなりのプレミアムがついています。販売元のバンダイビジュアルに「再リリースして下さい」とメールを送信したのですが、「版権がありません、版権先には連絡しておきます(版権先は教えていただけませんでした)」で終わってしまいました。何とか再リリースしてもらえないですかね。有名な(戦争)映画は何回もリリースしているんですけどね、これだけの名作を一部の人しかDVDが持てないというのでは本当に辛いです。このレビューを見た方がバンダイビジュアルにメールを送信してもらったら再リリースできるかも(?)文句なしの名作ですから!!! しかし、サム・ペキンパー監督のバイオレンスの描写は独特ですね、特に子供と女性に対しての描写は何とも言えないものがあると思います。これは「ワイルドバンチ」でも感じました。
・「ワイルドバンチにも匹敵する傑作!」
私にとってのペキンパーNo1は、「戦争のはらわた」である。とにかく、ヨーロッパの戦場、しかもドイツ兵でどう話が展開するのやらという危惧も、オープニングの音楽から一気に吹き飛び、本編最初の奇襲シーンのあまりの美しさに恍惚となり、中盤の陣地での凄まじい白兵戦の混沌地獄に追い込まれるのだ。ここでも激しく短いカット割りとスローモーションの見事な編集で、死と殺意、恐怖と不安の渦に巻き込まれ、まさに戦場にいるかのような錯覚を体感するのだ。
J・コバーンが実にいい味を出している。他にも個性的な男たちが登場しては一人ずつ消えていく。名場面のひとつであろう、裏切り者を蜂の巣にして処刑する、気が遠くなるようなハイスピード撮影のクライマックス・・。最後に聞こえるのがシュタイナー軍曹の哄笑のみ・・。過激な戦闘と非情な死を描きこみながら、底には常にシュタイナーの複雑な視線が鈍く光っている。その視線を画面を通して感じるからこそ、この映画をただの戦争バイオレンスには終わらせなていないのだ。
アメリカでは全く興行的にふるわなかったが、ヨーロッパ各国では好評であったと何かの記事に書かれてあったが、合点のいく話ではある。ずいぶん昔に、この映画が東京の池袋の名画座でリバイバル上映されたのを見に行ったが、立ち見もでる熱気に包まれていて、映画が終わっても、観客は深い感動のあまりか、しばし沈黙が流れ、そのうちだれかが小さく「すごすぎる!」と思わず声を漏らしたのを覚えている。
・「タイトルはアレだけど…。」
この映画のタイトルで引いちゃう人が多いような気がするけど、この映画はすごく硬派でよくできたものだと思います。僕は戦争マニアってわけでもないし、古い映画には全然くわしくないけど、この映画はよくできていると直感的に感じます。まず、キャストいいです。あとは、ドイツ軍を一方的に「悪」と描いていない部分がいいです。ドイツ軍でも、いい奴もいりゃ悪い奴もいるだろう、と。あと最後のシーンで出てくるT34戦車なんかもすごくリアルです。CGバリバリの最近の映画より、むしろ重みがあって戦闘シーンはいいくらいです。なにより最高なのはラストシーンですね。すごい絶望的なシーンなのに陽気な音楽がかかってくるのは、フルメタルジャケットのラストシーンに共通するものがあります(キューブリックがぱくったのかな?)こういう皮肉が、なんかイヤミじゃなくてセンスを感じさせます。この映画、すごく面白いです。
・「プライベート・ライアンもいいけれどこっちもお薦め。」
ペキンパの最高傑作といえばやっぱり`ワイルド・バンチ`だろうけど一番その独特の映像スタイルを完成させ、自身の人間観を描ききったのが本作だろう。マルチカメラによるスローモーションシーンはマシンガンのようなカットでますますキレをみせている。アクション・シーンはペキンパ、コバーンの映画の中でも随一の迫力だ。CGばかりでちっとも質感のない最近の映画にはない、本物の重量感がある。J.コバーンが空になった薬莢を捨てる際のスローモーが決まっている。
そしてなんといってもこの映画のみどころは人間の恐るべきエゴの深さを描いたことであろう。戦争という極限の状況でも人間というのはエゴの塊でありそれを捨てることができない。情があり誠実で誰からも一目置かれているが戦場が生活の場と塊??したのようなJ.コバーン、常に栄光を追い求めその為には自分以外すべてのものを冷酷に犠牲にさらすM.シェル、反対のキャラクターを演じた2人も名演だ。
人間の醜さと戦争そのもの、一体先に存在するのはどちらなのだろうか?
・「戦争の狂気!!」
人は暴力によって支配されている、というテーマはペキンパー監督のテーマでもある。映画の後半でシュタイナーの部下達が味方の戦線にやっとの思いで戻った時、彼らを殺したのはなんと味方の機関銃弾である。そして裏切った中尉にシュタイナーが銃を向けた時、観ている我々は「こんな奴はやってしまえ!」とほとんどの者が思っている。そして銃を打った時に「ざまあみろ!」と。そう、それこそがペキンパー監督の言わんとしていることである。「ほらあなたたちは殺人を肯定しましたよ。正義のためなら人を殺してもいいんですね。それって暴力ですよね?」正義が悪を作り、暴力を肯定する。残念ながら人類の営みはこれからも変わることはない、(だから戦争はなくならない)と強烈なメッセージをこの映画は投げかけている。
・「予備知識が必要とはいえ、全き秀作であることは確か」
△「小さかった頃にお父さんのことが分かっていたかい?」と父は娘に静かに語りかけます。大好きな父。自分を宝物のように大切にしてくれた父。だがその父の真の姿を知るには少女エストレージャ(スペイン語で「星」)はまだ幼すぎたようです。
突然姿を消した父には悲しい過去があったようだ。あの長距離電話は誰に対して何の目的でかけられたものなのか。父が書いた手紙の相手は誰なのか。父と祖父との間の確執とは一体いかなるものだったのか。父が自分の初聖体拝受の日に教会の後ろで見守ったのはなぜなのか。そんな数々の疑問に対してこの映画は明確な答を与えることなく幕をとじます。あまりにも唐突な幕切れかもしれません。
エストレージャは父にまつわる多くの謎を、この映画の後日談となる「南(エル・スール)」での新生活の中で明らかにしていくことでしょう。父の真の姿を探す中で必ずや彼女が目にするのは内戦が引き裂いた人々の絆のはずです。身をもって祖国の悲しい歴史を学ぶ中で、少女は大人になっていくわけです。
大人への階段は痛みを伴うものであることを、この映画を見る者の多くは思い出すことでしょう。自分自身の成長の物語に照らしながら。
△父親の乳母であるミラグロスの話すスペイン語についてエストレージャが「話し方が違う」と言う場面があります。耳をすますとミラグロスの話すスペイン語は語末のsの音が消失しているのが見て取れるので、この人の出身がアンダルシアだなと想像できます。しかし映画の中ではそこまで分かるようには説明されません。そもそもアンダルシアが南(El Sur)を意味するのだということも地理になじみがないと分からないでしょう。 またスペインの内戦がどういう派閥同士の闘争であったのか、その歴史を知らない人にもこの映画は分かりにくいかもしれません。そういう意味ではスペインについて多少の予備知識が要求される作品かもしれません。
・「映画の基礎を教えられる。」
この映画は1983年公開だからかなり古い作品である。映画のタイトルやクレジットもモーションはなくタイポグラフィもシンプルで味気ない。だが本編が始まった途端、そこにはフェルメールの絵のような美しい映像に僕は一気に引き込まれてしまった。光と影。背景の中に現れる要素。暗闇の有効活用。抑えた色彩感。季節感の表現。もう数え切れないほど学習させられる映画である。映画の中にはさまざまな場面があるが、その舞台は…となると実に少ない。カモメの家が主軸だが他にはシネマの前、隣のバー、駅近くを思わせる部屋、そして教会とグランドホテルである。あとは海を見渡す丘の上や大きな裏山のような雄大な自然の景色だ。そのシンプルさが素晴らしく僕を惹きつける。また、バールの窓際の席で手紙をしたためるシーンや、グランドホテルでの昼食のシーンはエディトリアル的なファッション写真構成そのものに思えカット割りと構図の素晴らしさに唸ってしまう。カメラが捉える人物との距離感には相当の幅があるのだが映像が美しいので気にならない。目立たないけれど衣装も繊細な気配りが効いていて素晴らしい。質素だけれど上質であることがわかるし、一枚一枚の服の色彩がとても見事だ。映画の基本の基本がしっかりしていて見ていて本当に気持ちいい。娘が父の思い出を語る主法で散文詩的なナレーションが物語を引っ張っていく。この手法は静かな描写の映像をゆったりと見せながらストーリーを紡いで行くのに最も適している。しかし、その手法が効果を発揮するのは、この映画のように完成度の高い絵画そのもののような映像美が合わさってこそ。静かなナレーションを陳腐な構図や、画面内要素が整理されない絵にいくら重ねてみても物語には意識がいかない。このあたりの案配は極めて慎重に取り組まなければならないだろう。その意味でこの映画から立ち昇ってくる空気感は、何がどう存在しているからなのか、その構成要素をもう一度検証しておくべきだと思った。
・「丹念な日常の描きこみが生の深淵に通ずる」
「日本公開第1作「ミツバチのささやき」で話題になったエリセ監督だが、前作より10年経て、日本公開2作目のこの作品で、さらに幅広くファンを獲得したのではなかろうか。スペインの片田舎の風景の中、父親と娘の心の触れあいを、寡黙なくらいさりげなく、淡々と小さなエピソードを、風土色あふれる町並みや自然にすっかり溶け込んで、丹念に描いている。父親にも、男としての別の人生があったのだとふと思いが至る娘の表情や、父親が酒場で、思いに耽って酒の入ったグラスをひとり空ける姿など、エリセ監督の暖かく、しかも人生の深淵をさっと垣間見せるような演出とカメラワークが秀逸であり、すっかりエリセワールドの虜になってしまうのだ。
・「ただ一言「名作」!」
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・「「南」を想う。」
観る度に表情を深くしていく映画だ。少女のエストレリャから、大人の梯子を上りはじめたエストレリャに至る、その内面の陰影を、その変化を、なんと静かに強く映し出しているのだろうか。大人になったエストレリャのモノローグが全編を導くのだが、そのモノローグ自体が音楽と詩のようで、映画の感情を深く表現している。「ミツバチのささやき」の神秘から、生きることの、そのもののなかにある時間の感覚が色濃く感じられるという意味では、一冊の良質な短編小説そのものをも体験したような充実感があるだろう。
とはいえ、この映画にもやはり神秘がある。父親の能力、その彼の内面において推察すれば、常識的な生活を送るには、それはある意味では背負った十字架のようにさえ思われる。 その能力が眩しく映っただろう幼い少女エストレリャの視線も、時間を経るにつれ、大人の視線を持ちはじめたエストレリャの目にとっては、その一見世俗にありがちに思われるだろう父親の苦しみが、なんとも安っぽく情けなく思われたのだろうか・・。あの思い出のレストランで食事するふたりの会話の、その残酷さは、最も親しい人との関係における心のすれ違いを知っている人には、胸を苦しくさせるものであるだろう。
この映画の最初の計画には、南へ行ったエストリアも描かれる予定であったといわれているが、それを期待させながらも一本の映画として充分完成している。南スペインから訪ねてくる父の母と乳母の存在が、観ている我々にでさえ懐かしく思われるだろう。そして、あなたの「南」を想わせるだろう。
・「素晴らしい!」
『天国じゃ、みんなが海の話をするんだぜ』
脳腫瘍のマーティン。骨肉腫のルディ。 余命僅かの2人が、テキーラを呑みながら交わした言葉。 そしてまだ見ぬ海を目指して飛び出した。 ベンツ230SLベイビー・ブルーを盗んで。 それがギャングの100万マルクを積んだ車と知らずに。
素晴らしい! 荒削りではあるが、この勢いは他に類を見ない!
場面移り、音楽の入り、そのタイミングの絶妙さ!
散りばめられたユーモアの数々。
切り取られた絵画のような、数々の名シーン(トウモロコシ畑の銃撃逃亡シーンや、女の子に葉巻を渡すシーン)
愛すべき警官たち(ドイツの警官ってこんなんなの?(笑))
度胸の塊の銀行員(あれをできる奴はそうはいない!)
そして握りしめられる二人の手が語る、深い友情。。
男として、憧れる生き方(死に方?)だなぁ。 女性が観たらどう思うんだろ? 男性版『テルマ&ルイーズ』って感じかな。
この作品を更に盛り上げてくれるのが、ボブ・ディランの名曲、『ノッキンオンヘブンズドア』 ドイツのゼーリッヒなるバンドが、作品を見ながら音入れをしたらしい。 これまた絶妙のタイミングで、鎮魂歌として、旅の終わりを告げている。 海の上に、天国の門が見えるようだ。
また、作品を爽やかにしている要因として、あれだけのコトをやっていながら、死者ゼロ。 もちろん天寿を全うした者は除いてだが。
この作品を皮切りに、90年代後半にドイツのパワー溢れる作品が連続した。(そのうち書きます!) だが、日本でのドイツ作品人気の定着ならず、本作すらも廃盤となってしまっている。。 あの怒涛の波が、再び日本に訪れるコトを切に願う。
・「乾いた映像美」
もう何度この映画を見ただろうか。特にラスト30分は30回は見ている。
それほど、なぜかルトガー・ハウアーが天国での流行を知っていること、何より、荒々しい海へと続く一本道の映像美に心を奪われました。
拳銃を使うことにあれほど怒っていたあのルディが親友を救うために薬屋で発砲するシーンが示すように、本気で友人を思う気持ちの美しさにも感動です。
本当に素晴らしい映画です。みなさんもぜひ。
・「おススメです」
随分前に、レンタルビデオで観て感動しました。同じ頃に借りた「bandits(ブルース・ウイリスのものとは別)」と合わせて、ドイツ映画っていいかも!と思わせてくれた作品。コミカルながら、ジーンとくるものがあります。これはおススメ!
・「荒々しい海なのがいい」
文句なしに☆5つです。それほどすばらしかった。
主人公も脇役たちも皆、どことなく愛嬌があり親しみやすいキャラたち。
劇中で流れる音楽も最高にマッチしていて、観たら必ずサントラが欲しくなるでしょう。
ラストに出てくる海が、いわゆる南国的なきれいな海じゃなく、大西洋の荒々しい海なのがいい。
俺ももし余命幾許もなかったらどこに行こうかな、と考えてしまう作品でもあります。
機会があったら是非観てください。
・「おかしくてせつなくて」
公開当時、映画館に3回も観に行きました。同じ映画を繰り返し劇場に通って観たのは本作が初めてだし、それ以後もそんな作品には今のところ出会っていません。
余命残り僅かと宣告され、病床を並べることとなったマーティンとルディ。夜中の病院で揃って隠れて飲んだくれているときに『まだ一度も海を見たことがない』とのルディの告白を聞いたマーティンは、『天国では、みんな海の話をするんだぜ。』と、ルディはこのままでは天国へ行っても仲間に入れないと告げる。じゃあ、死ぬ前に一度は海を見に行こうじゃないか…酔った勢いで車を盗んで病院から飛び出す二人。ところがその車はギャングのお金を積んだヤバイ車だったから、さぁ大変!
…というのが大筋です。主人公二人もそうだけれど、彼らを追跡するギャングの下っ端2人組もどこか抜けていて憎めない。観ていておかしい。基本的にコメディの要素が強いです。
それでいて逃避行を続けるうち、マーティンとルディが次第に心を通わせていく様、時計の針が無情に刻まれていく様にはせつなさで胸がしめつけられます。
果たして二人は海へ辿り着けるのか。物語の最後、彼らの目を通して私たちは何を目にすることになるのか…これは観てのお楽しみです。静かな余韻に浸りながら、暫し放心してエンディングロールを観ることになると思います。
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